アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第四十六話

 第四十六話 駆け巡る衝動

 

 

 バチチィィッ!! 

 

 ゴウの両手から光と音が放たれた途端、それまで気まぐれに体を波打たせていたスライムエネミー、メルティ・マッドの体が全方位に膨れ上がった。

 

「うわっ!?」

 

 当てていた手が体ごと跳ね飛ばされ、ゴウはその勢いに尻もちをつく。

 前を向くとメルティ・マッドは、ゲル状の体を膨張と収縮を繰り返しながらめちゃくちゃに動かし、まるで苦しんで身悶えしているようだった。実際、心意技を受けても無傷だった体力ゲージ(一般的な小獣(レッサー)級らしく一段のみ)が、あの接触だけで一割近くも減少している。

 そして、下から何かがこみ上げるような仕草で体を蠕動させると、ずるんっと音を立てて、取り込まれていたソーンが吐き出された。

 王の矜持からか、ソーンは取り込まれていても離さなかった錫杖で体を支え、汚水が流れる床に顔面から着水することだけは免れる。体中に伸びていた棘を始めとする尖ったパーツ群は溶けて丸くなり、頭部のヴェール装甲も半分近く失っていたが、見たところアバター素体への深いダメージは無さそうだ。

 

「ソーンさん! なんとか間に合って良かったです」

「全っ然良くないわよ! 失敗したわ、こんなネトネトになるならやるんじゃ……あら」

 

 ソーンは不満を漏らしながらゴウの方を向くと、体にへばり付いたエネミーの粘液を払い落とす手を止めた。

 

「えらくイメチェンしたのね」

「はい? …………何だこれ!?」

 

 ソーンの言葉の意味が分からず、自分の身に目を落としたゴウは、自身の姿に仰天した。

 アバターの体に、それまでは無かった黒い線が走っている。正面だけでなく、体を捻って確認した限りでは、背面にも。枝分かれしながら全身に広がり、ジグザグを描く紋様は、まるで落雷を模しているかのようだ。

 

「こ、これ、あとで消えますよね? ずっとこのままじゃないですよね?」

「それより今はあっちが先でしょうよ」

 

 戸惑うゴウをよそに、ソーンが顎でメルティ・マッドを指し示す。先程よりも痙攣が収まっていて、もう少しすればまた襲ってくるだろう。確かにあれを先に倒さないことには、落ち着いて話もできない。

 

「……ちょっと待っててください」

 

 ゴウはソーンにそう言うと、エネミーに向かって駆け出した。指の一本一本にも紋様が浮かんでいる右手で拳を作り、手のひらで触れた時と同じく、神経に電気を巡らせるイメージを頭に浮かべながら、正拳突きを繰り出す。

 拳が接触した瞬間、またも光と音の火花が咲き、メルティ・マッドが軟体ボディを激しく揺らした。体力もがくんと減り、明らかに効いている。

 以前にアウトローのアイス・キューブが、氷を纏ったパンチで同種を攻撃した際もダメージが通っていたあたり、このように何らかのエネルギーを付与した場合なら、物理攻撃も効果があるようだ。

 これまで手も足も出なかった相手に攻撃が通じる感動に、取り込んで腐蝕させる以外に攻撃手段のない相手を一方的に追い詰めることへの、若干のやましさが混じる中、ゴウは数十秒でメルティ・マッドの体力をゼロにした。

 それまで絶えず体表が揺れていたスライムエネミーは、体が不自然に硬直し、光の欠片になって消えていく。

 一ポイントを獲得したという旨のリザルト画面が、ゴウの視界に表示される。一人で倒して一ポイント分とはあんまりな成果だが、特定の攻撃に致命的な弱点があることを考えれば妥当なものかもしれない。

 

「それ、ちょっと見せて」

 

 戦闘が終了し、近付いてきたソーンに言われ、ゴウは腕を伸ばしてみせた。細い指に、腕に走る紋様をつつとなぞられ、むずがゆさにどうにか耐える。

 

「……いま触ってる所にさっきと同じやつできる? まず最低減で……うん、次は少し出力上げて。そのまま段々と……っ!」

 

 ゴウが徐々に力を込めていくと、ソーンの指と紋様の接触部分に火花が散った。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「平気よ。それよりステータスを見て。名前が表示されてるはずだから」

 

 引っ込めた指を抑えるソーンに促され、ゴウはインストメニューからアバターステータスを表示する。通常技のタブをアビリティに切り替えると──これまで二行しかなかった項目に、新たに三行目が追加されていた。

 得も言われぬ感動に、ゴウは仮想デスクをスクロールしていた指を震わせて、ソーンへと報告する。

 

「あった……! ありました!」

「そんなのあんた見れば分かるわよ。あたしが知りたいのは名前よ、アビリティ名」

「あ、はい……。えっとイ、インパルス……サー……キット? 《インパルス・サーキット》だと思います」

 

 自分と温度差のあるソーンの返答に、少しテンションが落ち着いてしまったゴウは、英名表記のアビリティを口に出して読んだ。続けてアルファベットの綴りもソーンに伝えると、それで合っているだろうと頷かれる。

 

「でも、どういう意味なんでしょう? インパルスって、そんな名前の戦闘機があった気がしますけど……。サーキットはレースの周回コース……?」

「インパルスっていうのは多分、神経の電気信号のことだと思う。活動電位だったかな。神経が外部からの刺激に興奮、つまり反応する時に神経内に伝わる微弱な電気ってこと。サーキットはこの場合、電気回路のことでしょうね」

「じゃあ直訳すると……電気信号回路? 微妙に長いな……」

 

 すでに所有していた二つのアビリティは、《剛力》や《限界突破》といった具合に、割とすんなり直訳できたのだが、今回は少し難しい。

 ゴウが唸っていると、ソーンが呆れた様子で口を開いた。

 

「そんなの難しく考えなくてもいいのよ。要はその体のラインは電気が流れる、電気柵の電線みたいなものってこと。ただし、電源の入れた電気柵と違って常時帯電状態じゃないし、効果も自分の意識した範囲だけみたいね」

 

 ソーンの分析の通り、アビリティ発動のタイミングと範囲はオートではなくマニュアルらしい。現に戦闘時も含め、こうして両足が床を流れる水に浸かっていても、電気が流れることはない。また、今の戦闘で分かったことだが、威力の強さと発動時間に比例して必殺技ゲージの消費量も増大するようだ。

 

「もっと細かい制御は勝手に練習してもらうとして……正直、驚いたわ。本当にアビリティが覚醒するなんて」

「ソーンさんのおかげです。あんな体張ってまで……そうだ。取り込まれる寸前に僕に攻撃したのは、ヒントだったんですか?」

「覚醒のきっかけになるかな、くらいの考えよ。お誂え向きのエネミーがのこのこ来たから、ダメ元の精神で試しただけ。その気になればいつでも脱出できたしね」

「あ、やっぱり普通に逃げられたんですね」

 

 本来求めていたのは、接近戦を避ける為の飛び道具としての電撃。発現したのは、全身に電流を発生させる導線。

 閃いたイメージが、一瞬で全身を駆け巡る落雷だったからだろうか。

 希望とはやや異なるが、ゴウに後悔はなかった。むしろ、アバターの戦闘スタイルにマッチしていることを考えれば、これで不満に思うのは贅沢すぎるだろう。

 

「そう言えば、夕方に『勝ちたい相手がいる』って話してたよね。それって誰のこと? 覚えるかも分からないアビリティを欲しがってまで、誰に勝ちたいわけ?」

 

 ソーンがふと思い出したというように、そんなことを訊ねてきた。

 かなり今更な質問だが、実際にゴウがアビリティ獲得を実現したことで、ようやく興味を持ってくれたということか。

 

「コークス・デーモンってアバターです。聞いたことありますか?」

「コークス・デーモン? それってオシラトリ……白のレギオンのとこの《魔燼(バンデッド)》じゃ──」

 

 ソーンがいきなり口を閉じ、ゴウが立っている向こうを怪訝そうに睨んだ。

 ゴウも何事かと思い、同じ方向を振り向くと、道の奥から水音に混じって、何かがこちらに近付いてくる音が聞こえてくる。

 その数秒後、薄暗い水路の向こうから、何匹ものメルティ・マッドがこちらに迫っているのが確認できた。押し合いへし合いで前進するスライム達の体が、通路を完全に埋め尽くしてしまっている。

 

「げっ、そうか。僕が心意技使ったから、近くにいたのが寄ってきたんだ。それにしてもまた多いな。この辺りが密集している場所だったのかも」

「ポータルはあいつらのいる方角ね。あたし、遠回りするの嫌よ」

「僕が呼んだようなものですから、僕が倒します」

 

 このエネミー達にはこれまでは逃げるくらいしかできなかったが、今の自分には対抗手段がある。ゴウはソーンの前に立ち、迎撃の体勢を取った。

 ところが、ソーンはゴウを素通りして前進し、大挙するメルティ・マッドの群れに向かって歩いていってしまう。

 

「目的はもう達成したんだから、あたしはこの下水道からさっさと出たいのよ。ネトネトは完全に取り切れないし」

 

 ゴウの返答を待つことなく、ソーンが錫杖《ザ・テンペスト》を前方に突き出した。その先端のクリスタルに心意の光、過剰光(オーバーレイ)が灯ったのをゴウが視認した瞬間──。

 

「《茨乃罰(ソーン・リトリビューション)》!」

 

 ソーンが高らかに技名を叫び、錫杖から途轍もない規模の紫電が放たれた。

 幅七、八メートルの通路を埋め尽くし、耳を劈く高音を轟かせる雷光の奔流は通路の奥に到達し、爆発音を発生させる。水を伝って電気が流れてこないのは、その熱量に水が一瞬で蒸発してしまったからか。

 

 心意技に呑まれたメルティ・マッド達の姿は見えずとも、視界に表示されていたいくつもの体力ゲージがいきなり見えなくなったことで、一撃で消し飛んでしまったことが容易に窺える。

 眩い光と、地下道ということもあって反響し続けた音がようやく収まると、案の定エネミーは一匹残らずいなくなっていて、通路の壁は一面黒焦げだった。蒸発して消し飛んだ分を埋めようとするかのように、むき出しになった地面を再び汚水が覆い始めている。

 ──《紫電后(エンプレス・ボルテージ)》なんて呼ばれるわけだ。それに技を発動するまでの早さ、そして威力。これが王……バーストリンカーのトップクラスの力……! 

 

「行くわよ」

 

 呆気に取られるゴウを尻目に、ソーンは平然とした様子で歩を進め出した。

 

 

 

 その後は十分もしない内に見つけた梯子を登り、天辺のマンホールを開けると江戸川区役所の正面の道に出た。

 かび臭い下水道からようやく解放され、ゴウは地上の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込みながら、ソーンと共に区役所に入る。

 青い光が揺らめく、現実世界へ帰還する為の離脱ポイント、ポータルはエントランスに入ってすぐに見つかった。

 

「あの、最後に一つだけ聞いてもいいですか」

「手短にね。なに?」

「どうして指導役を引き受けてくれたんですか?」

 

 ゴウの質問に、ソーンは「今更何を言っているのか」というような視線を向けてきた。

 

「出された条件にメリットがあったからよ。その場にいたんだから、あなただって知ってるでしょ。ついでにアビリティの意図的な入手理論のサンプルになるかも、って期待はあったけどね」

「……本当にそれだけですか?」

 

 ソーンの返答に、ゴウは完全には納得していなかった。

 報酬のメモリー・メモは記された情報はもちろんのこと、そのアイテムという形態から、内容を複数人が直接目にすることができる、という利点に魅力があるのは分かる。それと大悟が言っていたように、アビリティ獲得に頼み込む自分の熱意が、微力ながら後押しになったというのも分からなくはない。

 しかし、それを差し引いてもだ。

 

「基本的にアウトローのことを知る人って、関わりたがらないんですよね。あなたも夕方の打ち合わせで散々、成果が無くてもこれっきりだ、一度きりだって言っていたじゃないですか。いや、もちろん協力してもらったことには感謝しています。でもそこまで渋って……メモにしても、どうしても手に入れたいってわけじゃないのなら、他にも理由はあるのかなと思って」

「…………」

 

 ゴウの疑問にしばらく黙り込むソーンだったが、少し迷うような素振りを見せてから、やがて口を開いた。

 

「……一応、借りがあったからよ」

「借り? アウトローにですか?」

「ううん、ボンズに。……一度赤のレギオンが崩壊寸前になったことがあるのは知ってるでしょ?」

 

 ボンズと赤のレギオン。この二つのワードに、ソーンの言わんとしていることを何となく察しつつ、ゴウは頷いた。

 先代赤の王、レッド・ライダーが加速世界から永久退場した結果、レギオンマスターを務めていた彼を喪失したレギオン、プロミネンスは大混乱に陥った。脱退者が続出、領土戦は連敗。その御旗が加速世界の地図上から消え去るのは、秒読み段階に入っていた。

 これを防いだのが、残存するレギオンメンバーを纏め上げ、連戦によってレベル9にまで上り詰めた、現在の赤の王《スカーレット・レイン》。

 ただ、この領土平定には大悟も関与していたという。

 

「その時に師匠が一時的にプロミネンスに入って、領土戦に参加していたって話は聞いたことがあります」

「ライダーはボンズとよく対戦しててね、あたしも時々ギャラリーになることもあった。そんなボンズがプロミネンスに入って領土戦に参加してるって聞いて、最初は驚いたけど、その行動にはすぐ納得がいったわ。あいつの存在に警戒して、攻めあぐねた連中もいたらしいし、結果的には騒乱の沈静化に一役買っていた」

「それが借りですか?」

「そうよ。あの頃にはもう不可侵条約が結ばれて、あたしは締結を承認した立場の一人。そうでなくても領土持ちのレギオンは、領土が隣り合ってないと合併もできないから、あたしにはライダーの大切にしてた場所を守るのに、できることは何もなかった」

 

 ソーンの錫杖を握る右手に力が込められ、何を言わずともゴウには無念さと悔しさが伝わってきた。

 

「それが、あたしが一方的に感じてた借りよ。……時々、しがらみのない連中を羨ましく思わなくもないわね」

「ソーンさん……」

「ただし!」

 

 しんみりとしかけた空気を壊すように、甲高い声でソーンが叫んだ。

 

「プロミ建て直しの最大の功労者は、やっぱりスカーレット・レイン。次いで残存メンバー、ボンズはその次よ! 確かにあいつの行動理由の半分くらいは、ライダーへの義理からかもしれないけどね、もう半分は十中八九、好き勝手に暴れたかったからなんでしょうよ」

 

 鬱憤を晴らすように、錫杖の石突でガンガンとコンクリートの床を突きながら、ソーンがこちらをきっと睨みつけた。

 

「だからあたしは口が裂けても、その件でお礼なんて言ってやらない。今回手を貸したことでやっと肩の荷も降りたことだし、これで完全にイーブン。いや、《子》にアビリティまでゲットさせたんだから、むしろあいつはもう、あたしに足向けて寝られないか。あんたもいま話したこと、絶対ボンズに言うんじゃないわよ! いいわね!?」

「わ、分かりました! 墓場まで持っていきます!」

 

 神器である錫杖を突き付けられながら詰め寄られれば、ゴウにはそう言う他ない。

 返事に満足したのか、「よろしい」とソーンは錫杖を下ろした。

 

「じゃ、あたしはいい加減ログアウトするから。ボンズにはそっちでちゃんと報告しときなさいよ。預かっておいてうっかり全損させた、なんて誤解されるのはまっぴらなんだから」

 

 つかつかとヒールを鳴らしてポータルに直行するソーンは、何故かその足を急に止め、ゴウの方へと振り向いた。

 

「あ。そうそう、オーガー」

「はい、なんですか?」

「あなた、アウトローに愛想を尽かした時は、うちのレギオンに引き抜いてあげてもいいわよ」

「へ?」

「シンプルなアタッカーは誰とでも組ませやすいし、実力は即戦力として申し分ない。それにクリキンの時と違って、間違いなく電気系の能力持ちなのも、この目で確認したからね」

「ク、クリキン? どこかで聞いたような、確かキルンさんが前に……。いや、そうじゃなくて僕は……」

「別に強制じゃないわよ。無理に引き込んだら、おたくの連中が総出で乗り込んできそうだもの。でも選択肢の一つとして考えておいてちょうだい。それと、コークス・デーモンとのリターンマッチ、負けんじゃないわよ」

「はい、あっ、勝ちます! ありがとうございました!」

 

 まくし立てて話すソーンにゴウは戸惑いながら、最後はその後ろ姿に礼を述べた。

 初対面時とはだいぶ印象の変わったソーンは、振り返らずにポータルに入ってしまったので、聞こえたのかどうかは定かではない。

 

「……最後のスカウトは聞かなかったことにしよう、うん」

 

 ともかく、失敗に終わりかけたアビリティ獲得は、最後の最後で成功を収めることとなった。自分一人ではまず叶わなかっただろう。特に大悟、ソーン、それにメルティ・マッド、そして──。

 

「君のおかげだ。ありがとう」

 

 一人呟くゴウは、意識すれば感じ取れるリンクの先にいるイザナミへ、感謝を伝えようと試みる。

 リンク先からは、やはり一言どころか反応もない。先程のアクションはどういった気まぐれだったのか。

 ──まぁ、そっちから話しかけてくれる時を気長に待つよ。

 ゴウは苦笑しながら、両手に視線を移す。アビリティ発現の証である、全身に広がる黒い紋様は未だ消えないが、少し色が薄くなっている。発動しなければ、その内完全に消えるのだろうか。

 

「いろいろ試していく必要があるな。そして今度こそ……」

 

 ゴウは意気込みながら両手を握り締め、ポータルへ踏み込んで現実世界へと帰還していった。

 

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