アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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竜虎闘争篇
第四十七話


 第四十七話 明日に備えよ

 

 

 七月二十日、土曜日。今日は週に一度のアウトロー集会の日。

 先週は宇美とフリークスの面々と共に、高尾山へ登っていたゴウには、二週間振りの参加となる。大悟と宇美を除いたメンバー達とは、最後に会ったのが七月の頭頃になるので、一度参加しないだけでも、何となく久々に感じてしまう。もっとも、そんなわずかな懐かしさなど、本人達と直に会えばすぐに吹っ飛んでしまうのだが。

 そんなアウトロー一行は現在、絶賛エネミー狩り中であった。

 

「来るよ、奴を中心に全方向へ火炎ブレス!」

 

 対象の情報を紙に書き込み、アバターの身にインプットすることで対象の動きを先読みできる、《手記記録(メモランダム・ライター)》アビリティを持つインク・メモリーが、仲間達に警告を飛ばす。

 警告の数秒後、標的のエネミーは顎が外れんばかりに開かれ──本当に顎の関節を外し、大口から炎を吐き出した。しかもこのエネミー、頭が八つもある。

 全長二十メートルを超す巨体を、赤銅色の鎧に包んだヘビ型の巨獣(ビースト)級エネミー、《アーマード・ヒュドラー》。その鎧から露出した八つの頭部からは、四方八方に炎が吐き出され、ゴウを始めとする前衛メンバーを襲う。

 だが、白く高い壁がメンバー一人ひとりの前方の地面から発生し、炎の波の前に立ち塞がった。後衛に位置する晶音──クリスタル・ジャッジの二つ名でもあるアビリティ、《石英鉱脈(クォーツ・ヴェイン)》により作り出された石英の防御壁だ。

 白い壁はエネミーの超高温ブレスにより、みるみる黒ずんで崩れていくが、ゴウ達が火炎から回避するまでの時間を充分に稼ぎ、誰一人ダメージを負ってはいない。

 

「そらそらそらそらぁ!」

 

 炎が収まると野太い声が周囲に響くと同時に、エネミーの八つの頭部めがけて、何本もの赤茶けた槍が高速で飛来する。鎧がない部位とはいえ、角や棘で突起だらけの頭部に槍は次々と弾かれるか、黄土色の鱗に浅く刺さるだけだったが、一本だけが一つの頭の右眼に突き刺さり、エネミーが高音域の悲鳴を上げた。

 

「ちぇ、クリーンヒットは一本かよ。キルン、もう十本追加だぁ!!」

 

 たったいま投げ槍を繰り出したのは、フォレスト・ゴリラことコング。現在は《シェイプ・チェンジ》の発動により、体格がゴリラのそれにより近くなっており、通常時よりも太く盛り上がった腕を伸ばしながら、仲間に催促を出す。

 

「んなにホイホイ作っれか! できたらまとめて渡してやっから、今は落っこちてるやつでも拾って使え!」

 

 後衛の一角に窯炉(ようろ)を据え、炉で熱したフィールドオブジェクトに、金槌を何度も振り下ろすクレイ・キルンが、コングに負けず劣らずの大声を出す。丁度その時、キルンが金槌で打っていたオブジェクトの塊が、先程コングの投げていたものと全く同じの、シンプルな形状の投げ槍に変化した。

 フィールドオブジェクトを、自身の装甲と同質の武器に作り変えるキルンのアビリティ、《鍛造錬金(フォージング・アルケミー)》の効果によるものである。完成したばかりの槍を、傍らに置いてある数本の槍の束へ向けて放り、キルンは次の作業に取り掛かった。

 一方、エネミーは槍が右眼に刺さった頭とは別の頭で槍を引き抜いて噛み砕き、残り六つの頭がコングへ一斉に襲いかかる。投擲の一撃により、コングに対するヘイト値が上昇したのだ。

 狙われたコングは樹上を移動する猿よろしく、エネミーの首に纏わり付きながら、図体に似合わない軽やかな動きで牙を避けていく。

 そんなコングに一つの頭がしびれを切らしたように、他の首と距離を取って大口を開いた。自身を巻き込んででもコングを焼き尽くすつもりか、明るくなった口蓋の奥で陽炎が揺れ──。

 

「《イグナイト・バズーカ》!」

 

 一発の砲弾が炎を吐き出す寸前のエネミーの口へと滑り込み、直後に誘爆を引き起こした。爆発した頭が、黒煙を上げながら地面に倒れ伏す。

 ワイン・リキュールのライフル型からバズーカ砲に変形した、強化外装《デカンター・ショット》から放たれた必殺技が炸裂したのだ。おまけにエネミーの口内から吐き出される寸前の炎に引火し、威力は跳ね上がっている。

 

「わわ、コングさんまで巻き込んじゃった……あ、でも元気そう」

 

 コングが爆風に吹き飛ばされてしまい、リキュールは慌てるが、当のコングはエネミーの攻撃圏内から押し出されただけだった。すぐに起き上がってけろりとしているので、リキュールはほっと安堵の声を上げる。

 そうして、ヒュドラーの全ての頭が前方のメンバー達に引き付けられ、背後への警戒が薄れたのを見計らい、一頭の白狐が跳躍した。背中に乗せているのは、稲妻にも似た黒線の紋様が全身に刻まれた鬼。

 かけ声の必要もなく、ゴウは宇美の背中から飛び降り、エネミーめがけて落下していく。

 

「はああああああああああ!!」

 

 エネミーの首の根元が密集する部位に、ゴウは力一杯に両腕を振り下ろした。ここも厚い鎧に守られており、高所からの勢いを増した攻撃でも、エネミーの体力はほとんど減らない。だが、ゴウの狙いは攻撃でダメージを与えることではない。

 ゴウの両拳が着弾したその瞬間、けたたましい音と眩い閃光を伴う電流がエネミーの全身を駆け巡った。

 

「今です!」

 

 体を仰け反らせて硬直するエネミーから離れ、ゴウが叫ぶ。

 それを合図に、必殺技《コメット・ストライク》により、立方体の彗星と化したアイス・キューブを先頭に、仲間達がスタン状態のエネミーへ一斉攻撃を開始した。

 

 

 

 戦闘開始から三十分を超えたところで、体力ゲージが尽きたアーマード・ヒュドラーは、光の欠片となって霧散していく。

 

「あー、ポイント多いよ。『当たり』だー」

 

 リザルト画面を確認していたキューブが、嬉しそうに周りに知らせる。

 ゴウも確認してみると、本来の相場よりもずっと多いバーストポイントを取得したことが、視界のリザルト画面に表示されていた。

 普段は倒しても同レベル帯のバーストリンカー相手より、貰えるポイントが遥かに少ないエネミーだが、稀に大量のポイントを得られることがある。この現象はエネミーの種類や等級を問わずランダムで、アウトローでは『当たり』と称していた。

 これはとある王の働きによる成果なのだが、ゴウはそのことをまだ知らない。

 

「お疲れ、オーガー」

「フォックスさん。お疲れ様で──えぇー……?」

 

 ノーマル・モードに戻っている宇美とハイタッチをしようとした寸前、宇美がさっと手を下げ、ゴウの手は空しく空を切った。

 

「な、なんで避けるんですか」

「いやほら、それ触ったらビリビリしそうで、つい」

「しませんよ。ちゃんとオンオフできるんですから。さっき乗せてもらった時も大丈夫だったでしょ」

「ごめんって。ほら」

 

 笑いながら手を出す宇美と改めてハイタッチしながら、皆の集まっている場所へ歩いていくゴウの姿を確認するなり、エッグ・メディックが急いで駆け寄ってきた。

 

「まー、オーガーちゃんてば、そんなボロボロにしちゃって! 凄いアビリティなのはいいけどもね。あんまり負荷かけすぎると腕取れちゃうわよ! ほら腕出して、巻き直したげるから」

 

 メディックは有無を言わさず、ゴウの左上腕部に巻かれている、黒く焦げて千切れかけた包帯を剥がしていく。

 包帯の残骸が全て除かれると、ゴウの腕に空いた、直径五センチもの貫通痕が露わになる。アーマード・ヒュドラーの前に戦ったエネミーとの戦闘によりできたものだ。

 

「《ファーストエイド・バンテージ》」

 

 メディックが必殺技コマンドを発声すると、手元に白く清潔そうな包帯が出現し、ひとりでにゴウの腕に巻き付いていく。必殺技と言っても意味は真逆で、体力ゲージの回復こそできないものの、損傷部位の補強をする支援補助的な技だ。鎮痛作用もあるようで、破れてからぶり返していた疼痛も、改めて巻かれたことで再び収まっていく。

 

「ありがとうございます、メディックさん」

「はい、どういたしまして。……それにしても、全身にタトゥー入れたみたいになっちゃってるわねぇ」

「いいじゃーん。強化形態って感じが出ててカッコいいよー」

 

 アビリティの副産物として、ゴウの全身に浮かび上がった紋様を、メディックがまじまじと眺め、キューブはアイレンズを輝かせる。

 この黒線は、アビリティを発動せずにいることで徐々に薄まっていき、完全に消えるには発動から三十分ほど経過する必要があると、今日のダイブで判明した。

 

「それでもアビリティをボーナスじゃなくて、自力で取得したっていうのはやっぱり凄いです。それも二度目なんて」

「だわなぁ。探しゃいるけどよ、覚醒アビリティの二つ持ちなんて相当レアだぜ」

 

 リキュールとキルンに褒められるも、それを自分一人で成し遂げたわけではないので、どう返していいものやらとゴウは頭を掻く。

 

「でも、まだまだです。もっと使いこなせるようにならないと……」

 

 新たに獲得したアビリティ──《電界路(インパルス・サーキット)》によって、全身に浮かび上がった黒い紋様から、高電圧を発生させられるようになったゴウだが、これをゴウは自分の意思で操作している。つまりはデュエルアバターの補助操作を行う機能、《イメージ制御系》により人体には備わっていない架空の発電器官を制御しているのだ。少なくともゴウはそう解釈している。

 生身の体を動かす時と遜色のない、アバターの手足を動かす感覚とはやや異なるので、発動時に感覚をうまく掴めないことには、このアビリティは十全には機能しない。本来は拳だけでよかった発動部位を、腕全体で発動してしまったことで、巻かれていた包帯まで電気で焦がしてしまったのは、ゴウの制御不足といっていいだろう。

 

「けれど、明日には例の相手と再戦するつもりなのでしょう? 仕上がりは間に合うのですか?」

 

 晶音に首を傾げながら訊ねられる。

 すでにアウトローのホームで集合した時に仲間達へ話したが、ゴウは明日にでもコークス・デーモンと対戦をする気でいた。百パーセント出会えるという確証はなくとも、当てはある。

 昨日、学校帰りのゴウがアキハバラBGを訪れ、マッチメーカーから聞いた話によると、デーモンはここ数週間、休日に姿を見せることが多いらしい。それにゴウの通う中学校のように今日が終業式、明日からは夏休みに入る学校は小中高を問わず多い。

 アビリティ獲得に付き合ってくれたパープル・ソーンの話では、デーモンは港区を領土とする白のレギオンに属しているそうなので、二十三区の東側を主に散策すれば、マッチングリストに名前が表示されるかもしれない。仮に領土内でマッチングの遮断特権を使われてしまった場合は、もうそれまでだが。

 明日遭遇できるにせよ、できないにせよ、今回の集会で納得ができる段階までアビリティを習熟するのが、ゴウが自分に課したノルマだった。

 それでも傍から見れば、ひどく慌ただしく見えるのだろう。晶音の意見は間違っていない。

 

「何もそこまで急がなくてもいいのでは……」

「まぁ、ジャッジよ。オーガーの気持ちも分かってやれ」

 

 大悟が手を晶音の肩に置く。

 

「負けたままでいたくない相手が新しくできたんだ。有言実行でアビリティを覚醒させてまでな」

「師匠……」

「だから俺達も応援してやろうじゃないか。アウトロー流で」

「……師匠?」

「為せば成る、為さねばならぬ何事も。アビリティを使いこなせるよう、ここはもう一丁、為させてやろうじゃないか」

 

 温かい言葉をかけてくれた大悟が、不穏なことを言い出し始めた。

 ゴウの脳内に警戒アラートが鳴り始める。これまでの経験上、この手の展開は大抵えらい目に遭うことが多い。

 

「コング、手ぇ貸してくれ。俺と二人がかりでオーガーのスパーリングといこう」

「よしきた」

「師匠? コングさん?」

「そういえば、お前さんがレベル6になってから稽古するのは初めてだな。これは油断したら返り討ちにされるかも分からん」

 

 ──まずい……ありがたいけどまずい。このままだとボロ雑巾みたいになる未来しか見えない。そして僕の意見は九分九厘、却下される。ここは誰かに助け舟を……。

 ゴウが視線を巡らせると、一番に晶音と目が合った。

 わけあってアウトローを離れ、再び帰って来た彼女。現在のメンバーが全員揃っての、初のエネミー狩りであった今回、石英による防御壁や足場を作り出し、何を言わずとも仲間達の行動をベストな形でサポートしてくれた。

 そんな彼女ならば、この (自分だけが) 切迫した状況を助けてくれると信じて、ゴウは目線を送る。

 目の合った晶音は一瞬だけ訝しそうにゴウを見たが、はっとアイレンズを見開いてから『成程、そういうことですか』と言わんばかりに頷いてくれた。

 

「……ボンズ、コング、少しよろしいですか?」

 

 大悟とコングに向けて挙手をしてから、晶音は二人とゴウとの間に割って入る。

 ──おぉ、さすが古参のリンカーは状況把握の早さが違うなぁ……! 

 ゴウは内心で称賛しながら、晶音の次の言葉を待った。

 

「どうやら彼は、更に追い込みをかけてほしいようです。ということなので私も参加しましょう」

「…………うん?」

 

 てっきり大悟らを宥めるなり、忠告するなりしてくれるとばかり思っていた晶音から、何故だか尊敬の眼差しが向けられる。

 

「そのストイックな心構え、頭が下がります。これは仮にも先達である私も、うかうかしていられませんね」

「あ、あの違……」

 

 きらきらと輝くアイレンズは、とても冗談を言っているようには見えず、晶音の善意百パーセントの計らいに、ゴウは言葉が詰まる。まるで屋根に登ってからいきなり脚立を外された気分だ。

 ──全然違うこと考えてた。この人もしかして、結構ア──天然なんじゃ……。

 

「んじゃー、オーガーファイトー」

「日が落ちたら戻ってきなさいね。お腹にたまるもの用意しといたげるから」

「ワシも作業があっから戻るわ」

「応援してます、オーガー君」

「僕は見てるよ、観察したいからね」

 

 キューブ、メディック、キルン、それにリキュールまでも、他の仲間達は続々とホームのある方角へ歩き出してしまう。メモリーだけが万年筆と紙を生成してその場に残るが、情報アップデートの為の観察であり、手助けをしてくれるわけではない。

 ──味方が……味方が消えていく……いや全員味方だけども。あれ? 宇美さんは……。

 先程のエネミーとの戦闘では、言葉を交わさずとも意思疎通ができた友人兼ライバルの姿を探すと、宇美はホームへ帰る仲間の中にひっそりと紛れ込んでいた。

 おそらくは、これまで晶音のしごきで鍛えられてきたので、とばっちり食らう前にこの場から去るつもりなのだろう。そのさり気なさ足るや、隠密や隠蔽のアビリティでも使っているのではないかと思うほどだ。

 視線に気付いたのか、宇美は首だけ振り向いてゴウと目が合うと、くるりと体を一回転させ、こちらに体ごと向き直った際にウインクを送ってきた。その意味は「頑張れ」か。はたまた「骨は拾っておいてあげる」か。

 ──まぁ、僕がアビリティをうまく扱えるようになれる為の稽古だから、僕側の手助けがいても仕方ないけどさ。けどさぁ……。

 この不条理さをどうにか言語化できないものかと、ゴウがもどかしい気持ちでいると、正面の大悟、コング、そして晶音が三者三葉に構えを取る。

 

「技術を覚えるのなら、より追い込まれた状況で体に叩き込むに限る。さぁ、用意はいいか?」

「……………………はい!」

 

 構える大悟にそう問われ、たっぷり間を置いてからゴウは腹を括った。

 

 

 

 それから三分間粘ってゴウが死亡した後。現実時間では一時間も経たない内に行われた週末の領土戦により、純色のレギオン間の領土圏が大きく変動することとなる。

 変化していく加速世界の情勢に、後に東京のバーストリンカー達は否応なく巻き込まれていく。

 それにはアウトローも、そしてもちろんゴウも、やはり全くの無関係ではいられないのだった。

 

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