アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第四十九話

 第四十九話 イレギュラー・エマージェンシー

 

 

 これは、ある少年の話。

 その少年が、これまでの生涯で最も大きな痛みを経験したのは、今よりもう六年近く前になる、小学二年生の時だった。

 少年はその年の夏休みに、海外旅行が趣味の父親に連れられて、親子二人で東南アジアのとある国へ二泊三日の旅行に出かけた。

 母親は留守番をすると言って、一緒には来なかった。知らない土地に行くのはあまり好きでないらしく、これまでも家族全員での海外旅行は一度のみ。ニューロリンカーが言語を翻訳してくれるから、海外旅行へのハードルは昔よりずっと低くなっているのにと、父が毎度呆れていたのを憶えている。

 その頃の少年は、どちらかと言うとよく自分の相手をしてくれる父の方が好きで、母が一緒に来ないことにも、そこまで残念には思わなかった。

 旅行先は以前に一度来たことのある場所で、少年にはとても楽しかった思い出の地として記憶されていた。その理由は毎年この時期に行われている、花火大会だ。別段有名というほどのものでもないが、地方都市と呼べる規模の街なので、訪れる人の数はそれなりに多い。

 日本では花火職人の後継者不足、火器の取り締まりが年々厳しくなっていることなどから、各地の花火大会に使用されるものは本物の火薬ではなく、空に映し出されるAR映像の花火に年々シフトしている。

 対して海外では、まだ規制がない国の方が断然多く、この国でも花火は昔ながらの火薬玉によるものだ。複雑な模様と配色をプログラミングで作り出せるARの花火も楽しめるが、やはり本物は迫力が違うと、少年には子供ながらに感じるものがあった。

 他にも楽しめるものは多い。会場のそこかしこに出展された露店による、名前も知らない味付けの濃い料理や、どういう発想で作ったのかよく分からない玩具。楽しそうな人々、その一員となっている自分。

 要するに、祭りの雰囲気そのものからして少年は好きだったのだ。

 旅行二日目の花火大会当日。日没寸前に父と会場入りした少年が、人混みの中で露店に並ぶ中、いよいよ花火の打ち上げ時刻となった。

 腹の底に響く爆音を上げ、色とりどりの光が織りなして弾ける火花のシャワーが、夜空を染め始める。会場のあちこちから歓声が上がり、少年も目を輝かせて見つめていた。

 そうして花火の打ち上げ開始から数分が経った頃、思いがけないことが起こる。

 少年が聞いたのは、複数の叫び声。その叫びの波よりも早く、ひゅるるる……と風切り音が近付いてくる。そして露店の並ぶ場所の、ほんの数メートル上空で一発の花火が炸裂した。

 その音と光が、それまで楽しまれていたものから、豹変したように暴力的なものへと変わり、周囲がパニックに陥る。火の雨が自分の真上に降ってくれば、それも無理もない。

 全方位に弾け飛ぶ花火とその破片の範囲内にいた少年は状況が呑み込めず、とにかく隣にいた父の手を繋ごうとしたところで、逃げ惑う客の一人にぶつかられて転んでしまった。

 起き上がろうとする少年だったが、騒ぎの拍子で倒れてきた露店のコンロに、右腕が下敷きになってしまう。

 少年は泣き叫び、手を抜こうとするも、子供の力では中々動かない。腕がどんどん熱を感じなくなっていく中で、コンロから転げ出た真っ赤な炭が、泣き喚いていてもやけに印象に残った。

 その後すぐに駆け寄った父がコンロの脚を持ってどかし、抱え上げられた少年は、すぐ近くに置いてあった飲み物と氷水が入った金タライの中に、右腕を突っ込まれる。そこまでが病院に搬送された少年が、祭り会場内で鮮明に憶えていられた最後の記憶だった。

 この事故は後に日本でもニュースに取り上げられ、原因は一つの花火の発射台の固定が甘く、途中で傾いた状態で発射されてしまったからだという。死者こそ出なかったものの、騒ぎによる二次被害を含めて多数の怪我人を出し、少年が右腕に負った火傷は皮膚移植が必要なほどだった。

 これが少年の経験した、最も大きな体の痛み。

 それ以上に少年にとって重大だったのは、この事故をきっかけに両親が離婚してしまったことである。

 元より父は定職に就いても長くは続かず、離職と転職を繰り返していた。毎回途切れずに次の職に移れるとは限らず、その間は自宅にいることも多かったからこそ、少年の相手をする機会も多かったのだ。当時は知らなかったことだが、母の実家から金銭的な援助も受けていたらしい。

 そんな理由もあって、母には不安や不満が募っていたのだろう。そこに息子の大怪我がきて、とうとう限界を迎えたのだ。

 離婚成立後、親権を得た母に連れられた少年は、それまで住んでいた地から母方の実家がある、東京都の港区で暮らすことが決まった。

 引っ越しの日を最後に、父には会っていない。父が直接火傷を負わせたわけではなくとも、自身がついていながら我が子に重傷を負わせた点を母に強く責められ、責任を感じたらしい。離婚時の取り決めも、『今後息子と接触しない』など、母の出した条件を全て容認したという。

 これが少年の経験した、最も大きな心の痛み。

 以来、少年はある悪夢を度々見るようになった。前触れなく全身が発火する夢だ。

 燃えている自分を、家族や友人を含む周囲の人々が、助けようと手を伸ばしてくる。その誰もが燃え移った炎に焼かれていく。

 周囲の全員が燃え尽きた頃、灰の山に囲まれて一人残された自分自身を、少年は俯瞰的な視点から眺めている。

 包んでいた炎が消え、灰色一色になった全身は、輪郭しか分からない。その中で目立つのは、手足の指から伸びる尖った爪。腰から垂れる細長い尻尾。左右の側頭部から生えた歪んだ角。

 その姿が少年には、まるで悪魔に見えた。

 

 

 

 電気街のメインストリートで、後ろからアバターネームで呼ばれた時、コークス・デーモンは相手がPKだとすぐに悟った。最近、行動がルーチン化していたのがまずかったか。

 どこにでもいそうな十代の中高生といった容貌のPK男は、周囲にはいかにも「自分達は友達です」といった様子で親しげにデーモンへ話しかけながら、逃げても周りに仲間がいると耳元で囁いて、進む方向を指示し始める。

 路地に入っていくと、後ろの男の他に二人の男が加わり、最後に後方から走ってきたワンボックスカーが前方に停車、車内へ入るように促された。運転手を含めた車内の二人と合わせ、計五人のPK集団は、デーモンを座席へ座らせると、無制限中立フィールドにダイブするように指示する。

 言われた通りにダイブすると、自分の他に四体のデュエルアバターが、油断なくこちらをねめつけてきた。そのまま待たされ、しばらくして残りの一体が出現する。一人はこちらが逃げないよう、しっかりコマンドを言い切るのを確認してからダイブしたのだ。

 それから《煉獄》ステージのフィールドを歩かされ、大通りを出ると一体のデュエルアバターが立っていた。こちらを見るなり、手に挟んでいたアイテムカードを何やら操作してから、仲間の一人に渡す。カードは六人のPK達の間を順に回っていき、最後はデーモンに投げ渡された。

《サドンデス・デュエル・カード》。現物を見るのは初めてだが、どういう物かは聞いたことがある。デーモンは説明のスクロール文を読み飛ばし、二重確認のイエスボタンを押した。

 すると、真っ赤な光を発しながらカードが回転して浮かび上がり、サドンデス・デュエル開始のカウントダウンをホログラムで周囲に表示する。

 あまりにためらいのない動きに、PK集団からわずかな動揺の気配を感じる中、デーモンは構うことなく近くの建物をまで歩いていき、壁を背もたれにして地べたに腰を下ろした。

 そうしてカードのカウントダウンがゼロになり、燃え上がる表示がデュエル開始を告げ、PK集団に油断なく半円状に取り囲まれているのが、現在のデーモンの状況である。

 

「はっ、なんだよ。ろくに抵抗しないでやんの」

「腰が抜けて立ってらんねえのか?」

「ってかよ、リアルからここまでコマンド以外一言も喋ってねえぞこいつ。おーい、口ついてますかぁー?」

 

 取り囲むアバター達が、口々にデーモンを嘲る。何かの手違いで一度死亡しただけで永久退場する身になっているというのに、この挑発行為。数の優位さが気を大きくさせているのか。

 現実での手口のスムーズさからして、まず初犯ではないのだろう。しかし見たところ、歴戦のハイランカーのような雰囲気は感じられない。

 尚も無言のまま分析しているデーモンに、一人が痺れを切らしたように怒鳴る。

 

「……おい! 余裕ぶってないで何とか言えよ! この──」

「まーまー、待て」

 

 デーモンへ向けて脚を上げるアバターを、半円の中央に立っている別のアバターが制した。

 胴体には段々に波打った厚い装甲、四肢には環状の突起が不規則に並んでいる、鮮やかな青緑色をしたM型アバターだ。サドンデス・デュエル・カードを最初に持っていた、デーモンが現実世界で会っていないバーストリンカーである。

 

「下手にゲージを溜めさせるような真似はするなって、いつも言ってんだろ。狩りは一息で決めるに限る。サドンデスが受理された以上、ポータルに逃げようもんなら、その時点で即敗北扱いになってポイント全損。ま、そうでなくてもリアルで生身の体が抑えられてるわけだから、とっくに詰みなわけだけど」

 

 デーモンを蹴ろうとしていたアバターが、舌打ちをしつつも大人しく引き下がる。

 どうやら立ち振る舞いからして、青緑色のアバターがこの集団のリーダーらしい。

 

「とは言っても……ずーっとだんまりなのも確かにつまんねぇ。この状況を作るまで、それなりに苦労したもんだ。ついでに君の活躍もいろいろ調べたんだぜ? デーモン君よぅ」

 

 爽やかなのにどこかねっとりした声質で、気取った口振りのリーダーは、扁平な形をしたアイレンズをデーモンへと向けてくる。

 

「レベル6のコークス・デーモン。白のレギオン、《オシラトリ・ユニヴァース》所属。ほぼ近接系で、スリップダメージを与える熱を発するアビリティに、同じ効果を持つ矛の強化外装持ち。何よりに注目すべきは、部位欠損さえ元に戻る再生能力に、心臓刺されようが首切られようが即死しないこと。スペックの高いアビリティ持ちは羨ましいねぇ」

 

 デーモンのプロフィールをつらつらと上げながら、リーダーが丸いヘルメット型の頭部をやれやれと振る。

 

「でも『不死身』なわけじゃあない。いくら体が治ろうが削られた体力までは戻らないし、ピンポイントの急所攻撃が、通常攻撃程度のダメージに抑えられるってだけの話。ま、それが厄介なんだが、この人数で一斉攻撃すれば何ら問題はないわけだ。抵抗されたところで、丁度こっちにはメタ張れる奴もいる」

 

 そう言って、リーダーが消防士のような恰好をした、サーモンピンクのアバターを横目で見た。

 アバターの背負うタンクから繋がる、両腕に装備された管は放水ノズルのようだ。いつデーモンが不審な動きを見せても対応できるよう、しっかりと先端の照準を合わせている。

 

「結局さ、少し対戦の腕が立つからって調子に乗りすぎたんだよ。だから俺らにPK依頼が来て、こんな目に遭ってる。今回の依頼主は結構金払いが良くてさ。多分、何人かが結託して金を出し合ったと見たね。顔も知らねえけど」

 

 へらへらと笑うリーダーは、デーモンの反応を確かめるようにじっと見つめ、やがてつまらなそうに溜め息を吐いた。

 

「……ノーリアクションか。君さぁ、誰にでもそんな塩対応で有名らしいじゃん。領土戦にもまともに参加しないで、レギオンの中でも浮いてるとか。この分じゃ永久退場したところで誰も悲しまなさそうだ。こっちとしちゃあ、罪悪感が軽くなって何よりだけども」

 

 白々しい言葉だった。どうせ初めから、罪悪感など欠片も持ってはいないだろうに。

 デーモンには目の前の相手の人となりが、もう充分なほどに理解できた。

 

「おい、そろそろ……」

「あー、分かってる」

 

 仲間の一人に急かされ、リーダーが頷く。長話はこれで終わり、いよいよ処刑の時間らしい。

 デーモンは最後に、神経を逆なでする捨て台詞の一つでも吐いてやろうかと思いかけて、やはり止めた。ここまで来たら、最後まで無言を貫こうと決める。

 

「もう飽きたし、さっと終わらせっか。ゼロで一気な。五……四……」

 

 PK集団が互いを巻き込まないように、間隔を空けながら展開した。リーダーの指示により、それぞれが体の各所からぎらついた過剰光(オーバーレイ)を発生させる。

 どこで知ったのか心意技も使えるか、とデーモンは目の前の光景をどこか他人事のように眺めていた。

 自分にとってブレイン・バーストは、とうにそこまで惜しいものではなくなっている。どうせ持っていた記憶も消えるのだ。今日がたまたま、バーストリンカーでなくなる日だっただけの話。

 そんな淡白な思いを抱きながら、デーモンは静かにうなだれた。

 

「三……二──」

 

 ドォォン!! 

 

 PK集団が攻撃を開始する直前、突如として爆発のような音が響く。

 デーモンは何事かと顔を上げた。PK集団も攻撃を中止して一斉に振り返り、背後で立ち込める土煙に注目する。

 

「なん──」

 

 煙を突き破って出てきた何かが、リーダーアバターの頭部を直撃し、デーモンへ向かって吹っ飛ばした。

 リーダーは声を上げる間もなくデーモンのすぐ横の壁に激突し、金属の壁を突き破る。できた大穴からはリーダーの姿が見えず、建物内に潜んでいた金属虫達が慌てて這い出てきた。

 他のPK達が戸惑う中、晴れていく土煙から現れたのは、額に二本の角を生やした、鬼のマスクをしたアバターだった。肩に担いだ透明な棒状の強化外装に、その白っぽいクリアカラーな装甲は、デーモンの記憶に新しい。

 先週アキハバラBGで対戦したアバターだ。名前は確かダイヤモンド・オーガーだったはず。ただ、この男がどうしてこの場所にいるのかは、さっぱり分からない。

 オーガーはずんずんとこちらに近付き、強化外装を手放すと、未だ座ったままの自分の両脚をおもむろに掴んできた。

 

「そのまま動かないように。後は隠れといて」

「あ? ──ッ!?」

 

 いきなり踝をひっ掴まれ、これにはデーモンも声が出た次の瞬間、脚がすっぽ抜けたかと思うほどに物凄い力で、オーガーに引っ張られた。そのまま両脚を脇に抱えられ、プロレスのジャイアントスイングの要領で振り回される。

 

「ぁぁぁぁ…………でやああああああっ!!」

「!? !!??」

 

 訳の分からないまま目が回り始めてきた頃、大声を上げるオーガーの腕が離れる。

 たっぷり乗った遠心力に、デーモンはハンマー投げのハンマーさながらの勢いで、大通りを挟んだ反対側のビルに向かって飛んでいった。

 

 

 

 一方その頃、ゴウの連絡を受けて無制限中立フィールドにダイブした大悟は、秋葉原に向かう為、《靖国通り》をひた走っていた。

 すでに道程の半分は過ぎている。エネミーに狙われでもしない限りは、この分ならあと数分で到着できるだろう。そう考えていたところで事態が急変した。

 背後からプレッシャーを感じ、大悟は動かす足はそのままに背後を振り返る。すると、薄いペールピンクの光がオーロラのように揺らめきながら、自分に迫っているではないか。一瞬、変遷かとも思ったが、あの何枚ものガラスが重なり合って割れるような特有のサウンドがしない。

 無音の光の膜に大悟はものの数秒で呑み込まれ、同時に発生した地震に足が止まる。発生と同じく唐突に地震が収まる頃には、光は遥か前方へ進んでおり、目を凝らしてかろうじて見える程度の極めて薄いものになっていた。

 ──今の光は過剰光(オーバーレイ)……まさか心意技なのか? 発動者はどこから……。

 自分でそう考えながらも、大悟は半信半疑だった。あまりにも技の範囲が広すぎる。ここには自分しかいないし、儚げな光は視認した限りでは、上にも横にも端が見当たらない。

 しかも光に包まれる前と後で、周囲に変化はない。だが、あれだけ広範囲に広がる現象に、意味がないわけがない。確かめる必要がある。

 

「《天部(デーヴァ)水天(ヴァルナ)》」

 

 額のアイレンズから枯れ草色の光を零し、大悟は《天眼》アビリティの機能を拡張させる心意技を発動させた。両眼のアイレンズは閉じ、心意により拡張された自身を中心に円状に広がる感覚を、前方にのみ伸ばしていく。

 

「…………ん?」

 

 大悟は首を傾げた。伸ばしていた感覚が、不意にぶつりと切れたのだ。

 大悟がこの技で感知できる範囲は、一方向に最大限まで伸ばした状態で一キロメートル。遠くなればなるほど精度が下がりはするが、それは徐々にであって、こんな唐突に切れることはない。少なくともまだ限界距離でもないのに、こうなったことは技として完成して以来、今までなかった。考えられる原因は何か。

 ──光の内側に閉じ込められたのか? 心意技も通さない……結界? その意味は……。

 心意技を終了させて周囲を確認する大悟は、また奇妙なものを見た。

 西の空に巨大な黒煙が立ち昇っている。《煉獄》と名付けられてはいるが、このステージは火属性ではないし、発火ギミックもないはずだ。しかも煙の発生場所は大悟がダイブした地点にほど近い、日本武道館の辺り。

 ──誰かが戦っている? 相手はエネミーか、それとも……。しかも妙だな。あれだけ煙が出ていれば、何かしらの戦闘音がここからでも聞こえただろうに。結界の内と外は音も遮られるのか? 

 嫌な胸騒ぎがする。あの煙といい、この結界といい、何かが起きていることだけは一目瞭然。これは一秒過ぎただけでも、状況が大きく変化していくと自身の勘が告げた時には、大悟は心意技を発動していた。

 

「《天部(デーヴァ)風天(ヴァーユ)》」

 

 両脚に過剰光(オーバーレイ)が渦巻き、下駄が通常のものから一本下駄に変化すると、大悟は元来た道へ踵を返し、それまでの数倍以上の速度で走り出した。

 元々ここにダイブした目的は、ゴウの援護の為である。本来ならば、優先すべきはそちらだろう。

 だが、ゴウがいるはずの秋葉原駅周辺は、この結界の外。感知できないだけではなく、物理的に出入りができない可能性もある。

 ゴウには、ブレイン・バーストであらゆる状況に陥った際の対応について、一通りのことは教えてある。それにもう彼は右も左も分からない、自分が逐一守っていなければならない雛鳥ではない。

 それどころか、安心して背中を預けられる男になっていた。もし本当にPK集団と遭遇したとしても、切り抜けられると信じられるほどに。

 一陣の風となって駆ける大悟は、後ろ髪を引かれる思いをほんのわずかに残しながらも、それまで進んでいた東の方角を一度として振り返りはしなかった。

 

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