アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第五話

 第五話 呼び方

 

 

 港区エリアの片隅に建つ一軒のプレイヤーホームに、大悟は再び訪れていた。入口の扉を軽くノックすると、すぐに「どうぞ」と招く声が返ってくる。

 

「いらっしゃい」

 

 ワンルームの内部には、すでに待ち人達が到着していた。

 一人はダフネ・インセンス。このホームの所有者で、自分も都合が合うときならば、ここを待ち合わせ場所にするといいと提案した人物。初めて会った時のようにクッション張りの肘掛け椅子に腰かけ、ほのかに甘い芳香のする煙を煙管からふかしていた。

 もう一人は──。

 

「来た来た!」

 

 ダフネ同様に椅子に座っていた小柄な騎士アバター、デュー・ウッドペッカーが大悟を見るなり、弾かれたように立ち上がる。

 

「いやーいよいよだね! それでどんなことするの? 筋トレ? って冗談だよ。デュエルアバターに筋肉がつくかってってね! 昨日は緊張でなかなか寝付けなかったんだぁ。あ、返したメール見てくれた? 返信なかったけど」

「あんなとっ散らかった長文読めるか」

 

 前回の対戦での口数の少なさはどこへやら、会うなりまくし立てて喋るデューに、大悟は素っ気なく返す。

 それは昨日のこと。

 前回の対戦後に教え合っていたメールアドレスから、明日予定が空いているかデューへ確認すると、何行にも連なった長文メールが返ってきた。すでにこちらからのメールで待ち合わせる時間と場所は指定しており、それに対しデューが了承したことだけは確認して、大悟はメール画面を閉じていた。

 ──もう帰りたくなってきたな。

 まだ何もしていないのに気力が削られている大悟だったが、約束は守らねばならない。

 

「それじゃあ……始めるか」

「はい! よろしく、師匠!」

「それじゃまず──なんつった?」

 

 意気揚々と妙な呼び方をするデューに、大悟は眉をひそめた。

 

「師匠? 俺が?」

「だってボンズは俺を鍛える人。俺はボンズに鍛えられる人。ならボンズは俺の師匠で、俺はボンズの弟子ってことじゃん?」

「そりゃ理屈じゃそうだろうが……」

「えー、やだ? それじゃあね、えっと……」

 

 呼ばれ慣れない呼び方に渋る大悟に、デューは新たな提案を出そうとする。

 

「あっ、じゃあアニキは?」

「却下。お前さんの兄貴になった憶えはねえ」

「じゃあ……オジキ?」

「張り倒すぞ」

 

 次の案が出るたびに悪化している。そんなやり取りに、ダフネがケラケラ笑っていた。

 

「あぁ、分かった。じゃあ師匠でいい。アニキだのオジキだのよかマシだ」

「よっしゃ、じゃあ改めてよろしく師匠!」

 

 師匠と呼ぶならせめて敬語くらい使えと言おうとしたが、また話が脱線しても面倒なので、大悟はもう口を閉じた。

 

 

 

「ぎゃああああああ!」

 

《砂漠》ステージの乾いた空気によって雲一つない夜空の下、エネミーに追いかけられているデューが悲鳴を上げて逃げ回っていた。

 そんなデューへと、少し離れた小高い砂丘から大悟は声を荒げて指示を出す。

 

「逃げるだけで敵が倒せるかぁ! さっさと反撃しろ反撃!」

「んな無茶な──ひっ!」

 

 デューを追うのは砂地に溶け込む淡い黄色をした、全長二メートル半のサソリ型エネミー。甲殻全体が仄かに発光しているエネミーの伸ばした鋏が背中を掠め、デューは大悟への反論の途中で口を閉じた。

 

「せめてランス返してくれよぉ!」

「それじゃ修行にならないだろうが! 素手である程度ダメージ与えたら返してやる!」

 

 デューの懇願を却下し、大悟は先端部を砂中に突き刺しているデューの強化外装の柄をぐりぐりといじくる。

 

「ねえ、本当に意味あるの? メインウェポンなしでの戦いなんて」

 

 隣に立つダフネが訝しげに訊ねてくる。

 

「さっきもホームで言ったろ。対戦で勝つのに、手札は多いに越したことはない」

 

 デューを鍛えるにあたって、まず大悟は改めてデューの戦い方やアビリティなどの確認から始めた。一度は対戦をしていても、それだけでは知らないことの方がずっと多い。

 デューのアバターとしての強みは大きく三つ。

 一つは馬上槍型の強化外装、《ペック・ランス》。

 ある程度の勢いで対象を突くことで、先端のみに数秒間の連続ヒット効果が発動し、その貫通力は折り紙付き。システム的に破壊不可能でなければ、大抵のオブジェクトは破壊できるだろう。必殺技ゲージを消耗しないのも使い勝手が良い。

 二つ目に必殺技の《スパイラル・チャージ》。

 腕を大きく引いてから突き出すモーションで発動し、螺旋状のエネルギーを纏った突き技。現在のデューの放つ一撃で最高の威力と攻撃範囲を持つという。

 最後にデューが唯一所持するアビリティ、《羽歩法(フェザー・ステップ)》。

 発動すると高速移動が可能になり、なんと発動時の一歩目だけは地面のみならず、何もない空中も足場にできるそうだ。

 大悟との対戦で見せた、減速によるフェイントの原理がこれだ。ただし一定距離を走らないと再発動ができないので空を駆けたりはできず、燃費もあまり良くないらしいが、より使いこなしていけば大いに戦法の幅が広がるだろう。

 

 ──『槍以外の攻撃方法も伸ばすべきだな』

 

 そんなデューの性能を確認してから、大悟が出した今日の課題がこれだった。

 強化外装に頼りきりになってしまうと次の手は読み易くなるし、破壊された場合は勝利から大きく遠のくケースが多い。

 強化外装にアバターのポテンシャルほぼ全てが注がれた、『剣が本体』とまで言われる規格外のバーストリンカーも存在するが、アレは参考になるまいと大悟は口には出さなかった。

 相手と距離を取る遠隔系アバターならともかく、相手に接近しないことには始まらない近接系アバターであるデューならば、素の格闘能力も上げるに越したことはない。

 幸いにもデューの装甲はかなり頑丈で、多少殴られたところですぐには砕けないのは、以前の戦いで実証済みだ。

 

「ランスの間合いの内側に入られたら、即座に格闘で対応する。これができるだけでも地力は上がる」

「そうは言うけどねぇ……いきなり相手がエネミーっていうのはどうなの」

「向こうは手加減なんてしてくれないからな。こっちも死ぬ気で挑む必要がある。必死にやるから技術は身に付くんだ」

「スポ根チックな理屈ねぇ……」

 

 ようやくエネミーに攻撃し始めたデューを眺めながら、大悟の説明を聞いたダフネが半信半疑といった様子で首を傾げる。

 基本的に現在のバーストリンカーで等級を問わずエネミーを単体で倒せる者は、ハイランカーしかいないとされているが、案外そうとは限らない。

 頑丈なデュエルアバターの体力を一撃でごっそり削り取り、逆に渾身の必殺技を受けてもほとんど体力の減らないエネミー達ではあるが、その動きはプログラムされたAIによるもの。対戦相手達の、人間の思考回路ほどに複雑ではない。

 攻撃パターンを把握すれば、全く手が出ないわけではないのだ。無論、エネミーが高位になるほどにこれに当てはまらなくなってくるが。

 

「それに小獣(レッサー)級なら、身体的構造からかけ離れた動きはそうそうしない。動きさえよく見ていれば、時間はかかっても勝てない相手じゃ──どうした?」

 

 不思議そうな視線を向けるダフネに、今度は大悟が首を傾げた。

 

「いや……思ったより真面目に付き合ってくれてるんだなって」

「何だよ、適当に言いくるめて放っぽった方が良かったか?」

「そうじゃないけど……それになんだか手馴れているというか、ちょっと意外。前にも同じように誰か教えたことがあるの?」

「……さてな」

 

 大悟と同じく近接系のデューとは違い、経典の《子》であった彼女はアバターとしてのタイプが正反対なので、よくこちらの助言が参考にならないと衝突したものだ。

 そんなことは話す気にはなれず、さりとて嘘でもそんなことはないとも言えず、大悟はただはぐらかすだけだった。

 

「うおおおおぅ!?」

 

 デューの慌てふためく声が響く。

 サソリ型エネミーが掲げる尾の先端から、オレンジ色の光線を発射していた。地面に着弾する度に、派手に砂が撒き散らされている。

 

「ビーム撃った! ビーム撃ってくるんだけど!? ねえ!?」

「身体的構造が……なんだっけ?」

「はっはっはっ。尻尾が急に増えたわけじゃないだろ。エネミーなんだからビームくらい出すさ。どれ、ぼちぼち手を貸してやるか」

 

 先程までと少し違うことを言いながら、笑ってごまかす大悟はデューのランスを砂から引き抜いて加勢に向かった。

 

 

 

 それからも大悟はデューをエネミーと連続で戦わせていった。危ない局面になると手を貸しつつも、援護以上に手は出さず、時には逆にエネミーをけしかける。

 そうしておよそ丸一日を生かさず殺さずの状態で過ごしたデューは、ズダボロになりながらも一度も手足の欠損や死亡はせずに十ポイント以上を稼ぐことに成功した。

 

「…………」

「今回はこんなところだな……おい、起きろ」

「へうっ!?」

 

 砂漠のあちこちに転がる岩の一つを背もたれにして放心状態になっている、デューの頬を軽く叩いて意識を引き戻す大悟。

 

「しゃんとしろ。今回得た経験を活かして対戦に勝って、そこで初めて成果になるんだからな。それに何匹かエネミーを倒したからって、連戦連勝できるなんて過信はするなよ……って何をニヤけてんだ」

「えっ? いやいや、そっちからこっちの表情なんて分かんないだろ。アーマー被ってんだから」

「雰囲気で分かるわ。ちゃんと話聞いてたんだろうな?」

 

 激しく首を縦に振って頷くデューを見て、大悟はまぁ良いかと肩をすくめる。

 

「今日はもうログアウトして休め。通常対戦もしない方が良い」

「ええっ!? なんでよ? 体が覚えている内に──デュエルアバターの体だけど……教わったことをすぐに実践した方が良いじゃん!」

「あぁ?」

 

 不満そうに異を唱えるデューを、大悟はじろりと睨みつけた。

 

「一晩経って忘れるものを、身に付いたと言えるのかよ」

「うっ……そりゃそうだけどさぁ……」

「丸一日ほぼ休まずに動いたのは今日が初めてなんだろ? 生身の体が疲れるわけじゃなくても、働かせたオツムはきっちり疲れてんだ。休むのも鍛錬と思え」

「うす……」

 

 大悟の指摘に、デューは渋々といった様子で頷いた。

 今は動き通しで、多少なりランナーズハイに近い状態であるのだろうが、一度現実に戻れば精神的疲労がどっと押し寄せることは、大悟もかつて身を以て経験している。

 それでも今回せっかく死亡しなかったデューが勢いで対戦を誰かに仕掛け、疲労でうまく回らない頭が原因でみすみすポイントを失うのも忍びないと思い、念押しをしたのだ。

 

「じゃあな、また連絡する」

「あ、ちょっと。そっちじゃなくてこっちの方が《ポータル》に近いよ?」

 

 結局デューと大悟がエネミー相手に戦っているのを、終始見ているだけだったダフネが、立ち去ろうとする大悟の進行方向とは反対側を指差した。

 無制限中立フィールドでは、自由にログアウトして現実に戻ることはできない。基本的には各所に設置されている、ポータルと呼ばれる離脱ポイントまで移動する必要がある。

 

「いや、俺はもう少し体を動かしてから帰る。デュー、俺の言ったことしっかり守れよ」

 

 そう言って大悟が歩き出すと、しばらくして後ろから声がした。

 

「またねー師匠!」

 

 無邪気なデューの声を受けても、大悟は振り返らずに挙げた右手を軽く振るだけで、砂地を歩き続けた。

 ブレイン・バーストをプレイしていて、誰かに「またね」と再会の言葉を告げられたのはしばらく振りだった。それに──。

 ──師匠、ね……。

 そう呼ばれるのを案外悪くはないと思っている自分に苦笑しながら、大悟はその場を後にした。

 

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