アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第五十二話

 第五十二話 体は不滅、心は癒えず

 

 

 PK集団の最後の一人がポイント全損による永久退場をしたことで、サドンデス・デュエルは完全終了し、一人生き残ったデーモンの視界には、そのメッセージやリザルトが表示されているはずだ。

 だというのに、その青白いアイレンズの視線は、ゴウへ向けられたまま全く動かない。先程とは違い、ゴウの全身を《電界路(インパルス・サーキット)》による黒い紋様が走っているからだろうか。

 

「どうして助けた」

 

 凝視され続け、ゴウがさすがに居心地の悪さを感じ始めたところで、以前聞いた時と同様、どこかやさぐれた、吐き捨てるような口調でデーモンからそう訊ねられた。

 

「どうしてって……」

「サドンデス中じゃ、部外者のお前がサドンデス参加者を何人倒そうが、ポイントは一切入らない。お前にメリットがねえ。返り討ちに遭って、ミイラ取りがミイラになる可能性もあったろうが」

「……関係ない。PKの連中に襲われてるのを見たら、それが誰だって放っておけない。まさかあんただとは思わなかったけど。僕は……あんたと再戦する為に今日、秋葉原に来た。永久退場なんてされたら困るんだよ」

 

 別にお礼の言葉が聞きたかったわけではないが、初めから喧嘩腰なデーモンに、ゴウもつられて素っ気ない口調になる。

 

「……お前、リアルであそこにいたのか?」

「PKっぽい連中が、車に乗り込もうとしてたところを偶然」

「あぁ、それでか」

 

 自身の現実の姿を知られたのかもしれない点には触れず、ただゴウがあのタイミングで現れたことに納得がいったという様子で頷くと、デーモンは突き立てていた三叉矛を地面から引き抜いた。

 

「再戦がどうとか言ったな? なら相手になってやるよ」

「い、今? いやいや、今はそれどころじゃ──うっ!」

 

 戸惑うゴウにはまるで取り合わず、デーモンは一気に距離を詰め、矛で突いてきた。

 一度対戦した経験が役に立ち、ゴウはこれをかろうじて避け、矛の柄を掴んで追撃を中止させる。

 

「待てってば! あんたリアルじゃまだ、PK……だった奴らの車の中なんだぞ!? もう警察にも通報してある。今日はログアウトして、また日を改めてから──」

「だからなんだ。一戦やる時間は充分あるだろうが。その程度の傷じゃ、体力もほとんど減ってないだろ。こっちもお前に投げられた時できた掠り傷くらいしかダメージはねえ。条件はほぼイーブンだ」

 

 ゴウが見た限り、デーモンに傷はない。だが、自己修復アビリティを持っているデーモンは、デュエルアバターの体が再生してしまう。自分以外の体力ゲージが表示されない無制限中立フィールドでは、実際にはどの程度ダメージを受けているのかは分からない。

 建物に放り投げた後に、内部で床を擦った程度ならともかく、追ってきた心意技を扱うPK相手にも、本当にダメージは負っていなかったのかは判断しかねる。

 

「放せ」

 

 デーモンの一言に危機感を抱き、ゴウが握っている矛の柄から手を放した直後、矛の切っ先から石突まで、全体が一気に赤く染まった。

 それを握るデーモンの両手の装甲も、灰色から赤に変わる。同時に伝わる熱気。元は手から高熱を発するアビリティが、強化外装の矛にも伝わっているのだ。

 しかも、あの状態で受ける攻撃は、ごくわずかながらスリップダメージを付与する上に、痛みが引かない。その厄介さを前回ゴウは、文字通り痛いほど味わった。

 ここでデーモンと戦うとは思っていなかったが、こうして戦闘が始まってしまった以上、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかないと、ゴウは意識を切り替えた。

 ブレイン・バーストで予想外のことが起きるのは、今に始まった話ではない。それにある意味では、元々の予定通りでもある。

 赤熱した矛を携え、デーモンが迫る。

 ゴウは繰り出される攻撃を避けながら機を待った。前回までの自分では、攻撃後の隙を見つけるか、ダメージを覚悟して受けてから、反撃に出るくらいしか策がなかった。

 今はほんの少しだけ違う。かの紫の王パープル・ソーンとの修行で発現し、大悟達を相手に使い方を(スパルタ方式で)覚え(させられ)た、新しい力がある。

 回避の拍子にゴウの体勢が崩れたところで、矛が上段から袈裟気味に振り降ろされる。これではもう躱せない。ではどうするか。受けて立つしかない。

 ゴウは意識を集中させた右手で拳を作り、刃の根元と繋がる柄の先端を狙った。そして、接触の瞬間──。

 

 バチィィィイン! 

 

 光と音、火花が発生する。ここでゴウは初めて、デーモンから動揺の気配を感じ取った。矛から伝わる力が弱まったところで、柄の部分と接触している拳で押し返す。おまけに、空いている腹部へ前蹴りを決めた。

 

「はあっ!」

「ぐ……!」

 

 ゴウの足裏から再び火花が散り、デーモンが呻きながら後退する。これにより、この闘いでクリーンヒットを先に決めたのはゴウとなった。

 ゴウが獲得した新たなアビリティ、《電界路(インパルス・サーキット)》。その効果は、全身に広がった稲妻状の黒い紋様に、ゴウの意思で必殺技ゲージを消費することで、高電圧を発生させられること。

 発動中の部位に触れている時間や電気の規模によっては、その対象をスタン状態にさせることも可能である。先程のPK集団のリーダーは、ゴウを吸盤の付いた触手で捕らえていたことで、電気が発生しても即座に拘束が解けず、その効果を存分に受けてしまったのだ。

 そして今、デーモンはゴウの拳に接触した矛から伝った電気を受け、腕の力が一瞬だけ弛緩してしまった。

 その隙を突いて、ゴウは反撃に出たのだ。ちなみに蹴った際にもアビリティを発動させ、蹴りの威力を底上げしている。

 ──いける。ちゃんと武器になる。

 ゴウは手を握っては開いてを繰り返して、感覚を確かめる。

 今の攻撃でも、拳のみ、足のみといった具合に、ピンポイントでアビリティを発動できた。必要な箇所以外には──例えば腕全体や脚全体に発動して、その分の必殺技ゲージを無駄に消費するということもなかった。発動部位をコントロールする特訓の成果は、しっかりと出ている。

 だが一方で、デーモンの放つ熱自体を克服しているわけではない。矛の柄を殴った際にもダメージは受けているし、右手にはしっかりと火傷の痛みを感じる。

 ──結局は上がった火力で、倒される前に倒すしかないんだけど…………? 

 一度攻撃が決まったことで警戒され、もう簡単には決まるまい。次はどう攻撃を当てようかと考えていたゴウは、目の前のデーモンから、これまでとは違う雰囲気を感じ取った。

 

「さっき聞いた音と同じ……やっぱり電気系のアビリティだったか。……嫌なこと思い出させやがる」

 

 ゴウが腹に当てた蹴りの跡が消えていき、小声でぶつぶつと呟くデーモンの握る矛から、熱とは異なる赤い光が発生する。

 間違いなく過剰光(オーバーレイ)。しかも仄かに薄暗い。おそらくはネガティブな感情から生み出された、負の心意技を発動しようとしている。思い返せば、先程PKアバターの一人を燃やした炎の光と同じ色だ。

 

「っ……その心意は駄目だ! 知らないのか!? 負の感情が元の心意は──」

「より心の穴に引き込まれるか? それがどうした、どうでもいい」

 

 ゴウの警告は、デーモンに遮られた。負の心意の多用によるデメリットを、承知の上で意にも介していないらしい。

 

「どうでもいいんだよ、そんなことは。そもそもPK共に全損させられたとしても、別にそれでよかった。どうせバーストリンカーだったことも忘れるなら、どう終わろうがどうでもいい」

 

 どうでもいいと連呼しているのに、それまで感情が窺えなかったアイレンズと声には、明確な怒りが宿っているのをゴウは感じた。自分の行動が、一体デーモンの何の琴線に触れたというのか。

 

「《炎獄万魔殿(パンデモニウム・インフェルノ)》」

 

 吐き捨てるように口にした技名と共に、デーモンは危うげな光を放つ矛の刃を、足元の地面へ振るった。その動作で、明らかに刃が届いてなかった左右数メートル先まで、横一文字の線が地面に刻まれる。

 すると、線から細長い炎が点々と噴き出し、それぞれが地面に向けて折れ曲がった。その先端は五つに先分かれしている。ただの炎ではない、あれは五指のついた腕だ。

 炎は地面の線から這い出るようにして噴き出し続け、最終的にデーモンの姿と同じ輪郭を象った、四体の炎の分身が出現する。

 す、とデーモンが矛をゴウへ向ける。

 それを合図に、まるで地の底から召喚された悪魔を思わせる分身達は、一斉に火の粉を散らしながらゴウへと殺到した。

 

 

 

 これは、ある少年の話。

 海外の祭り会場で火傷を負った少年は、この事故とそれがきっかけになった両親の離婚を経て、性格が百八十度変わってしまった。それまでの明るさは鳴りを潜め、ほとんど感情を表に出さなくなってしまう。東京は港区にある、親権を得た母親の実家で暮らすようになり、転入した学校でも、新たな友達は一人も作らずにいた。

 そんな生活から二年近くが経ち、小学四年生に進級した頃、少年の家庭環境がまた変化をする。

 母が再婚したのだ。交際している男性を初めて紹介された時は、少年にも複雑な気持ちはあったが、離婚当時は自分に負けず劣らず気落ちしていた母が、嬉しそうな表情を浮かべる頻度が増えた喜びの方がわずかに勝った。

 ほどなくして、新居での生活が始まる。母の実家からも近く、学校の転校も不要だった。

 少年の新しい『父親』は、母が勤めていた会社の先輩に当たる人物で、こちらへ過度に構うことはしない。それでいて無関心なわけでもなく、絶妙な距離感で接してくれるので、少年にとってはありがたい存在だった。

 問題は、義父には連れ子として一人娘がいることだった。年齢は少年より一つ上で、書類上では義理の姉に当たる。

 邪険にされるわけでも、いじめられるわけでもない。むしろその逆で、この姉はとにかく少年を可愛がった。曰く「ずっと兄弟が欲しかった」らしい。

 姉は何かにつけて少年に構い、スキンシップも激しく、家では四六時中、とにかく少年と一緒にいたがった。落ち着いている父親とはまるで正反対で、本当に親子なのかと疑うほどだ。

 何よりも苦なのは、その底抜けに明るい性格が、昔の自分を見ているようで。

 ついに耐え切れなくなった少年は、姉を怒鳴りつけてしまう。同居からたった二週間後のことであった。

 姉は少年に怒られたことへの理解に時間がかかったのか、何秒かきょとんとした表情を浮かべた後、わんわんと泣き出してしまった。

 ぼろぼろと涙を零して大泣きする姉を放置し、自分の部屋に戻った少年もしばらく経つと、かなりひどい言葉をぶつけた自覚から罪悪感が湧いてきたが、それでもこれで少しは距離を置くだろうと思っていた。

 ところが、翌日には姉はもうけろりとしていて、しかも昨日の号泣が嘘のように、にこやかに話しかけてくるではないか。

 この時に少年は、メンタル的にこの姉には一生敵わない気がした。ただし、過剰なまでの猫可愛がりはこの日以降、多少は落ち着くようになる。

 それから何ヶ月か経ったある日、少年は姉に呼び出された。何事かと思えば、「あるゲームアプリを渡したい」と言う。

 一度は断る少年だったが、いつになく姉が神妙な面持ちをしているので、仕方なくコピーインストールを了承した。向かい合う姉とケーブルで直結した少年の視界に、聞いたこともないタイトルのダウンロードの可否が表示される。

 イエスを選択すると、周囲が炎に埋め尽くされた。ゲームの演出とすぐに分かっても、渦巻く火炎が仮想のものと理解していても過去を刺激し、体が強張る。

 そんな少年の手に何かが触れた。ひんやりとしているのに、どこか温かいそれは、ざわめく少年の心を落ち着かせていく。

 視界正面で燃え盛るタイトルロゴの下に表示された、インジケーターが百パーセントに到達して消え去る。残り火がダウンロード完了の旨をした英文を形作り、それも消え去ると、目の前には真剣な眼差しで少年の両手を握る姉。

 慌てて握られた手を振り払い、ダウンロードの完了を少年が伝えると、姉はそこでようやくいつもの笑顔を見せた。

 ブレイン・バーストプログラムを得た少年が、バーストリンカーになった日のことである。

 

 

 

「《黒金剛(カーボナード)》!」

 

 心意技は原則、心意技でしか防げない。デーモンの心意技である炎の悪魔達が向かってきた瞬間に、ゴウもまた心意技を発動していた。白い過剰光(オーバーレイ)が発生した全身の装甲が一回り以上厚くなり、黒に染まる。

 ゴウはすぐに悪魔達を迎え撃つことはせず、逆方向に走り出した。逃げ出すわけではない。

 

「あった……!」

 

 道端に落ちている、自分の得物はすぐに見つかった。PK集団との戦いで投げつけてそのままにしていた、《アンブレイカブル》を拾い上げて力を込めて握る。

 ──強化外装を体の延長、自分の一部にするイメージ……。

 そう強く念じると、デュエルアバターの身を取り巻く心意の光が、金棒にも伝わっていく。過去に一度だけ成功して以来になる、強化外装への心意システム付与は、しっかりと身に着いていたようだ。

 踵を返したゴウは、迫りくる悪魔の一体に、金棒を叩き付けた。炎の体は実体があるようで、確かな手応えと共に悪魔が吹っ飛ぶ。

 ところが、一斉にかかって来た残りの三体の相手をゴウがしている内に、吹き飛ばした一体もすぐに戻ってきた。炎なので当然と言えば当然だが、燃える体に傷跡はない。

 それからもゴウが一定の威力がある攻撃を入れると、悪魔達は一時的に動きを止めるのだが、またすぐに動き出してしまう。頭を潰してみてもすぐに元に戻ってしまい、結果は同じだった。

 これと似たような状況を、ゴウは一度経験している。今年の二月に一度だけ遭遇した、ショコラ・パペッターと対戦した際のことだ。

 パペッターは必殺技で、チョペットなるチョコレートでできた自律人形を作り出してみせた。このチョペットにも物理攻撃がまるで効かず、ゴウは散々な苦労を強いられたものだ。

 だが、このデーモンが作り出した炎の悪魔は、パペッターの指示で動くチョペットと異なり、デーモンが何も命令しなくとも動いているのでそれ以上に厄介だった。

 

「キリがない……!」

 

 ゴウが呻くと、離れた所に立つデーモンが先程と同じく、矛で地面を切り払う動作をした。そこから更に炎を悪魔が四体現れる。一体、何体まで作り出せるのか。

 その光景に気を取られたゴウを、悪魔の一体が後ろから羽交い締めにしようと飛びかかってきた。

 

「ぐっ!?」

 

 完璧に極められる前にゴウは慌てて引き剥がし、悪魔を裏拳で殴り飛ばした。心意で強化された装甲によってダメージは受けなかったが、それでも触れられた背中や手には、焼きごてを押し付けられたような激痛が残る。高熱や冷気に耐性を持っているアバターでも、しっかり熱さや冷たさを感じるのと同じ原理だろうか。

 新たに発生した四体が向かってきている。このままでは人数に物を言わせて押さえ込まれてしまうだろう。どうにかしてかいくぐり、デーモン本体を叩くしかない。

 そこでゴウは一つ作戦を思い付き、一度大きく金棒を振るって悪魔達をなぎ倒してから、近場の建物に入り込んだ。追ってくる悪魔達の足音が聞こえる。

 

「ふっ!」

 

 ゴウは足を止めずに、建物内の柱へ金棒を叩きつけた。

《煉獄》ステージの大型建造物は、《魔都》ステージほどではなくとも破壊不可能に近い強度を持つ。不気味な触手が絡まるこの太い柱も、本来なら何度攻撃しても壊せるかはあやしいところだが、ゴウの心意による事象の上書き(オーバーライド)が、一撃での破壊を可能にした。建物を支える役割を果たせなくなり、砕けた柱の周辺から嫌な音が発生し始める。

 それでも炎の悪魔達は建物の外に逃げたりはしない。おそらく知能の類は備わっておらず、標的を燃やし尽くすまで追い続けるのだろう。技としてまとめると、追尾機能を備えた炎攻撃といったところか。そこにいかなる手段で消火しても、また復活するというおまけが付いた凶悪な仕様だが。

 そんな悪魔達を躱しながら、ゴウは建物を駆け回り、目に付いた柱を軒並み壊していく。そしてとうとう、建物そのものの崩壊が始まった。天井が瓦礫の塊と共に降り注ぎ、背後の悪魔達を押し潰していく。

 

「《ランブル・ホーン》!」

 

 必殺技の発動で角が伸び、脚力も強化されたゴウは、一直線の強行突破で壁をぶち破って建物から脱出した。そのまま立ち止まることなく、デーモンに向かって突進する。

 またしても悪魔を生み出そうとしていたデーモンに、ゴウは《アンブレイカブル》をぶん投げた。さすがにデーモンも心意技の発動シークエンスを中止し、おそろしい勢いで回転して迫る金棒を避ける。

 その間に距離を詰めたゴウは、必殺技の効果時間が終了するも構わずに、デーモンへタックルを見舞った。

 

「かっ……!」

 

 デーモンは矛で受け止めるも、心意の装甲に加え、速度の乗ったゴウの体当たりは防ぎ切れず、矛を折られて吹き飛ばされ、地面を滑った。

 後方で完全に崩れた建物の下敷きになった悪魔達は、身動きが取れないか、少なくともしばらくは出てこられないだろう。

 このまま一気に勝負を決めようと、ゴウが追撃しようとしたその時。

 

「《氷獄伏魔殿(パンデモニウム・コキュートス)》」

 

 デーモンが新たに技名を呟いた途端、ゴウは急激な寒気を感じた。

 周囲を見渡すと、地面や建物に薄く白い霜が降り始めている。ゴウが破壊したばかりの建物だった瓦礫の山も同様だった。何より、そこに埋まっているはずの炎の悪魔達の、心意特有の気配が消えている。

 この急激な気温低下の原因が、誰のせいかは明らかだ。

 

「何を──!?」

 

 ゴウが問い詰めようとしたデーモンが、ゆっくりと起き上がっていた。どういうわけか、柄の中ほどから折れたばかりの矛は、何事もなかったように修復している。

 ──あの矛、熱を伝導させるだけじゃないのか? 体と同じように強化外装まで直るなんて……。

 デーモンは全身の装甲の隙間から、余すことなくオレンジ色の光が漏れ、熱気と煙を立ち昇らせている。その姿は、炎の悪魔達とは比べ物にならない脅威を、ひしひしとゴウに感じさせるのだった。

 

 

 

 これは、ある少年の話。

 

「はいっ、コーくん!」

 

 少年がブレイン・バーストを始めて、一年が過ぎた頃。

 直結による通常対戦フィールド内で、《親》である姉が「レベル4おめでとう記念だよ」と、一枚のアイテムカードを少年に差し出した。渡す側なのに、自分が物を貰ったような喜びようである。

 少年は呼び方を窘めてから、カードを受け取った。『コーくん』という呼び方は、現実の本名でもアバターネームでも通じてしまうので、姉は現実でも加速世界でも少年をそう呼ぶ。何度言っても止めないので、少年は口では毎回文句を言うが、実際のところはとっくに訂正させるのは諦めていた。

 受け取ったカードを起動してみると、ガラスで作り出されたような、透明な三叉の矛が実体化する。ところが少年が手に取った瞬間、無色透明だった矛は、少年のアバターと同じ質感の灰色に変化してしまった。

 

「それね、《ミラー・トライデント》っていうの。ショップで見かけた時から、コーくんに似合うだろうなって思ったんだ」

 

 矛を握る少年を見て、姉が満足そうに頷いて拍手をする。

 確かに似合うだろう。悪魔のような風貌のアバターに、フォークに似た武器を持たせれば、様になるに決まっている。知らない者へ初期装備だと伝えれば、誰でもすんなり信じるだろう。

 だが、自分のアバターの見た目が好きではない少年としては、正直あまり嬉しいものではなかった。

 

「もー、そんな顔しないの」

 

 装甲と同じ材質のフェイスマスクを、姉が両指でつまむ。マスク越しなのに表情が分かるのかと少年が問うと、「雰囲気で分かるよ。家族だもん」と即答された。

 

「ちゃんと扱えるようになれば、すっごい戦力アップになるんだから。その強化外装はね、見た目だけじゃなくって、正式な所持者になったアバターの性質をコピーするんだって。だからどこか欠けても、耐久値の限りはコーくんみたいに治っちゃう……はず。それに素手での格闘もいいけど、別の戦い方を伸ばしても損はないよ?」

 

 姉は言うことは間違ってはいない。持て余さないようになれば、強化外装は大きな力になる。しかし、少年が言いたいのはそうではなく──。

 

「それにね、こういうのは逆に突き詰めちゃった方がいいの。いつも言ってるでしょ。世の中、本気で楽しんだ者勝ちだって。楽しまなきゃ損々。ね?」

 

 姉にこちらを先回りするように断言されてしまい、少年は閉口する。こういった時の姉の言葉には妙な説得力がある。そこはベテランのバーストリンカー故か。

 姉は加速世界の中でも大レギオンである、白のレギオンと通称される集団に属し、少年も姉に(しつこく)誘われ、同じレギオンに加入した。

 姉の実力はレギオンの幹部集団にも匹敵し、これまで幹部を除いて数人しかいない、レギオンの最終試験目標である『巨獣(ビースト)級エネミーの単独討伐』を成し遂げた一人だ。

 実際に幹部入りの話もあったそうだが、姉は今の立場のままでロウランカー達の指導役を望み、平のメンバーと立場は変わらないでいる。

 社交的な性格も相まって、レギオンメンバーとの交友関係は広く、ロウランカーではその姿を見たこともない者も多いレギオンマスターへ、レギオン加入当初の少年を対面させたりもした。

 一方でその《子》である自分は、レギオン内では一兵卒に過ぎない。領土戦で同じ場所へ配置されると、姉に助けられることも多々ある。彼女に守られる側から、彼女を守る側になるまで強くなることが、いつの頃からか少年の密かな目標になっていた。

 

「よーし、せっかくだからこのまま対戦してみよ! 習うより慣れよってね」

 

 言うが早いか、明るい青色をした騎士アバターの姉が、剣と盾を構える。

 両側頭部に飾り羽をあしらった兜に、そこから少し伸びる薄い金髪。はためくマントを着けた鎧と、放電して電気を纏わせられる、取り回しやすい片手剣と丸盾。

 これで頭にリングを浮かべて羽根でも生えていれば、鎧を身に着けた天使そのものだろう。そのまんま悪魔な自分とは正反対な見た目だと、少年はいつも思う。

 その姿を作り出した核となっている、姉の《心の傷》を少年は未だに知らない。デュエルアバターの鋳型になるほどの傷となると、思い当たるのは物心ついた頃に実の母親と死別しているらしい、ということくらいだが、別にわざわざ聞く気もない。

 少年が両手に発動した《蝕熱(カース・バーン)》アビリティが伝導し、手に取ったばかりの矛も赤熱していく。なるほど、リーチが伸びるのは確かに有用で悪くない。

 構える少年を前にして、姉が称賛するようにぴゅうと口笛を吹いた。

 

「いいねいいね。じゃあ、いくよっ!」

 

 結局、初めて扱う武器をすぐにものにできるはずもなく、少年は負けた。こういった稽古を含んだ対戦でも、姉は花を持たせようとはしないので、少年は一度も姉に勝利したことがない。いつもは頭の中がお花畑みたいな性格をしているくせに、妙にシビアなところがある。

 その日の夜。床に就いた少年は、目標はまだまだ遠いと思いながら、ゆっくり眠りに落ちていった。

 朝起きた頃には、すでに姉がバーストリンカーとしての記憶を失っていることなど、考えもせずに。

 

 

 

 これは、ある少年の話。

 姉の永久退場から、およそ三年が経った、二〇四七年現在。

 姉が全損した理由は未だに不明とされ、当時はレギオン内でもかなりの騒ぎになったが、少年は当時の時点で、もうどうでもよかった。

 レギオンに残留し続けているのも、離脱するのさえ面倒だからだ。領土戦にも今ではほとんど参加しなくなり、レギオン内で半ば幽霊部員のような立ち位置に収まっていた。中には自分のことを、レギオンメンバーとは数えない者さえいる。

 実の父親に続き、バーストリンカーとしての姉も自分から去っていった。目標は消え去り、残ったのはやり場のない喪失感だけ。目指す場所を失った少年には、ブレイン・バーストは日々の鬱屈を一時的に解消するものでしかなくなっていた。

 乱入し、乱入されては相手を速やかかつ、効率的に倒す。モチベーションに反して、あの日姉からプレゼントされた矛の腕前を含め、実力だけは上達していく。

 傷が立ちどころに修復される体に、発する熱は消えない痛みを相手に与える。加えてその見た目と、対戦相手から勝ち星とポイントを奪っていく様から、少年のアバターはいつしか《魔燼(バンデッド)》と呼ばれるようになっていた。

 そして、六年前の事故以来、未だ同じ悪夢を見る。ブレイン・バーストを始めてから、だいぶ見る頻度は減っていたのに、姉の永久退場以降、再び週に一度は見るようになった。

 火だるまになっている自分を助けようと手を伸ばしてくる人達が、燃え移った自分の炎に焼かれていく。その中には、それまでいなかった姉の姿が加わっていた。

 結末はいつも同じで、一人残されて灰色の悪魔となった自分自身を俯瞰している。その姿は、自身のデュエルアバターと瓜二つ。

 そして目が覚めると決まって、最新医療によって火傷の跡さえ残っていない右腕を、少年の心と共に幻影の熱がじりじりと焼き焦がすのだ。

 傷は未だ、癒える気配はない。

 

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