アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第五十三話

 第五十三話 天降地昇(あもりちわく)

 

 

 以前の対戦でコークス・デーモンに敗北したゴウはその後、彼のカラーネームに当たる『コークス』について調べていた。

 コークスとは、石炭を高温の蒸し焼きによって乾燥、すなわち乾留させたもので、和名では『骸炭(がいたん)』と読む。石炭よりも燃料としての発熱量が上がることから、古くから製鉄業を主として使われていた物質である。

 このコークスは燃焼時、一酸化炭素を始めとする、有害物質を発生させてしまうことから、日本では十年以上前に植物を原料にして作られる、バイオコークスに代替されている。本来の石炭由来のコークスの使用には、認可証等の厳しい規制がかけられているようだ。

 そんな歴史はともかく、デーモンが両手に熱を発生させるのは、コークスの特徴を持った装甲から来ているとみていい。おそらくはダイヤモンド・オーガー同様、鉱石系のアバターに分類されるのだろう。

 そんな骸炭の悪魔は今、《煉獄》ステージとしては有り得ないほどに冷え込んだ気温下で、陽炎を揺らめかせるほどに全身を赤熱させていた。

 ──この辺り一帯の熱を吸い取って、自分の中に溜め込んだ……? 

 自分で推測しておいて、よく分からない理屈だが、デーモンが心意技らしき技名を口にしてからこの現象が起きたことから、ゴウにはそれ以外に考えられない。

 デーモンが矛を中段に構える。これまでにも何度か見た突きの構え。一つ違うのは、構えた直後には十メートル以上あった距離が、一瞬で詰められていることだった。

 

「ぐっ!? うううう……あぁっづ!」

 

 ほとんど見えなかった。間一髪、ゴウは反射的に構えた両腕の防御で、どうにか胸部の串刺しは免れたが、デーモンの突進の勢いは衰えず、背後の建物に打ち付けられた。浅いながらも矛は装甲に突き刺さり、容赦なくダメージと熱を与えてくる。

 ゴウがとにかく引き剥がそうと脚を上げたところで、デーモンはそれより先に自ら下がった。それからいきなり矛を逆手に持ち替えると、あらぬ方向へ投擲する。

 その先には、先程ゴウがデーモンに投げつけた金砕棒《アンブレイカブル》。心意の高熱に包まれた矛は光線のような速度で飛来し、命中した《アンブレイカブル》を一撃で粉砕してみせた。

 ゴウの攻撃手段の一つを潰したデーモンは矛を回収することなく、そのまま格闘戦に移行する。繰り出される拳や蹴りは一つ一つが重く、それでいて捌くゴウが半ば目で追えないほどに速い。

 ──くそ、受けるだけで精一杯で……攻撃に移る隙が無い! 

 じりじりと体力ゲージを削られていく中、とうとうゴウはデーモンの後ろ回し蹴りを躱し損ね、爪先に生えた四本の爪に胸部装甲を抉られる。続けて、ソバットの要領で繰り出されたバックキックが腹部の真芯を捉え、ゴウは呻く間もなく後方へ吹っ飛ばされた。

 

「っ! かはっ……!」

 

 先程以上の威力に建物の壁を突き破り、その拍子に強かに背中を打ち付けて倒れたゴウは、衝撃に息が詰まる。

 ──倒れたままでいるな、追撃が来る! 

 脳が警鐘を鳴らす。隙だらけの状態で寝転がっているわけにはいかない。痛む体に鞭を打って、ゴウは息も整わないまま立ち上がって外へ出た。

 ところが、接近しているとばかり思っていたデーモンは、蹴りを決めた地点から動いていなかった。それどころか──。

 

「ハァー……ハァー……」

 

 肩を上下させ、ひどく息が荒い。体が燃えているも同然の状態だからか、高熱を帯びている全身から、焦げ臭い黒煙まで漂わせ始めている。やはり、それなりのリスクを負う技だったようだ。もしかするとあの状態では、何をせずとも体力ゲージが削られていくのかもしれない。

 だが、ゴウにはそれ以上に、ずっと気になり続けていることがあった。

 先週の対戦で出会って以来、デーモンはほとんどゴウに興味を示していない。ただ対戦相手だから、目の前にいるから倒す。それ『だけ』しか伝わってこない。

 平坦な眼差しは、物理的にはこちらを視認していても、関心は向けていないのだ。話だってほとんど一方通行で、会話と呼ぶにも怪しい。

 ──《電界路(インパルス・サーキット)》を発動したあたりから、やっと感情が見えてきた。でもやっぱりそれも、僕に向けてのものじゃない気がする。まるで僕をフィルターにして、別の誰かと重ねてるような……いや、いま考えることじゃないか。

 ゴウはデーモンの内面の追及を無理やり打ち切った。考えている余裕はないし、まだ勝負は終わっていない。

 現在のデーモンは心意技によって、身体能力を大幅に上昇させている。こうなると《電界路(インパルス・サーキット)》の電撃は心意の熱に上書きされ、効果はほぼないだろう。《黒金剛(カーボナード)》の頑強さを以てしても、防ぎ切れないでいる状況だ。

 そんな今のデーモンに対抗できる心意技が、ゴウには一つだけある。

 できるかどうかは不確定だ。以前の発動は、ゴウ一人の力だけではなく、ある人物の《歌》による支援があってのものだった。あの歌の助けは一度限りのもので、もう借りることはできない。

 それでもゴウは無理とは思わなかった。ゴウとダイヤモンド・オーガーの中には、あの時の記憶と感覚、そして受け継がれた想いがしっかりと刻まれている。

 ──大事なものは揺るぎないイメージ。自分が描く、何より強い姿。言葉をトリガーにして……それを実現させる! 

 浮かぶイメージを思い描きながら、ゴウは叫んだ。

 

「《建御雷(タケミカヅチ)》!!」

 

 瞬間、ゴウから過剰光(オーバーレイ)が怒涛のように溢れた。迸る光が周囲を一瞬だけ染め上げ、すぐに収束していく。

 そんな光の発生源であるゴウの全身は、雷のように火花を散らす白いオーラが走っていた。《黒黒金剛(カーボナード)》の黒い装甲から一転、通常の状態よりも遥かに高い透明度になったダイヤモンド装甲が、数多く施されたカット処理により、あらゆる角度から光を反射させて輝いている。

黒金剛(カーボナード)》の発動時は同色で目立たなくなっていた、《電界路(インパルス・サーキット)》による黒い紋様が、通常状態よりも更に際立つ。そして最大の変化は、左右の肩甲骨から伸びるアーチ。そこに並ぶ八つの太鼓。

 その雷神を髣髴とさせる姿を前にしても、デーモンは怯まずに突進してきた。灼熱の体により文字通り、大気を焦がしながら飛び蹴りが繰り出される。

 

「はあっ!」

 

 ゴウは避けずに、蹴りに合わせて拳を放った。赤と白、二つの光がぶつかり合う。数秒の拮抗の後、競り勝ったのはゴウの雷に似た白い光だった。

 

「っだあああああ!」

 

 蹴りが弾かれて体勢が崩れたデーモンの着地を待たずに、ゴウは地面を蹴ってデーモンの右頬に正拳突きを打ち込む。

 砕かれたマスクの欠片を散らして宙を舞うデーモンは、空中で体を捻らせ、頭から地面に激突することなく着地してみせた。そのまま着いた片手と両足の爪で、地面を削りながら停止する。

 そうしてデーモンが前を向いた時には、すでにゴウは目前まで距離を詰めていた。これにはデーモンが驚きにアイレンズを見開く。

 

「な──」

「はああああっ!」

 

 光の軌跡を残しながら、ゴウは助走の付いたボディーブローを、デーモンの腹部に叩き込む。先程の意趣返しとなる形で、今度はデーモンが後方の建物の壁を突き破りながら吹っ飛んでいった。

 今のゴウは《建御雷(タケミカヅチ)》の発動により、デーモン同様あらゆる身体能力が強化された状態にある。一連の動きでデーモンに触れた両手を確認してみても、火傷のダメージはなかった。より強い心意がデーモンの発する熱を上書きしているのだ。

 勝ちの目が見え出したその時、周囲が一層冷え込み、薄暗くなった。何事かとゴウが上を向くと、いつの間にか空には《煉獄》ステージの緑色の雲ではなく、灰色の雲が浮かんでいる。そこからちらちらと白く細かい雪まで降ってきて、ゴウの元にも落ちた。

 雪雲は局所的で、少し離れた空を見れば緑色の雲が空を覆っている。誰の仕業かは考えるまでもない。

 正面の建物の奥から、デーモンがのそりと這い出てくる。更に周囲の熱を吸収したことで、その姿は最早、炎そのものと化した有様だった。その過剰光(オーバーレイ)の明るさに遮られ、こちらの与えた傷が、すでに修復されているのかどうかも確認できない。

 全身から振り撒かれる深紅の光は本来の装甲の色を完全に隠し、火の粉のように体から零れて地面に落ちると、道路に降りた白い霜を一瞬で消し去る。そして、青白かったアイレンズは今や紅蓮色に変わり、火山から噴き出す溶岩の如く爛々と輝いていた。

 

「ア…………」

 

 目が合ったデーモンから、そんな小さな呟きがゴウに届いた直後──。

 

「アアアアアアアアアアァァァァァ!!」

 

 デーモンのマスクの口元がぱっくりと裂けた。大音量の雄叫びを上げると同時に、ゴウに向かって一直線に突っ込んでくる。

 真っ赤な爪を突き出すデーモンの両手を、ゴウは驚きながらも受け止める。

 

「ッアァ! ガアアアアッ!!」

 

 攻撃を防がれたデーモンは荒々しく吼え、滅茶苦茶に動き回りながらあらゆる角度から攻撃を繰り出し始めた。

 ゴウもこれを迎え撃ち、両者が接触する度に、これまで以上に激しい光と音が発生する。

 わずか一分にも満たない、しかし激しい攻防の後、ゴウはデーモンの手首を掴んでその場に留める。戦いの余波で周囲は《世紀末》ステージよりもひどい廃墟と化していた。

 

「く、急に……何なんだ……!」

 

 そんな戸惑いの声をゴウは漏らす。向こうの出力はより上がっているが、それでも今の自分の方が馬力は勝っていると確信できた。

 気になるのは、あまりに乱暴すぎるデーモンの動きだ。これまでの戦闘では、その状況に最適かつ無駄のない動作をしていたのに、今ではデュエルアバターとはいえ、我が身を使い潰さんばかりに無茶な駆動をしている。その姿は、ゴウにかの《災禍》を冠した狂戦士を想起させた。

 ──暴走してる……? 負の心意に呑まれたか……。

 

「デーモン? デーモン、聞こえるか?」

「────……」

 

 こちらの問いかけが耳に入っているのかいないのか、おそらくは過大な負荷による《逆流現象(オーバーフロー)》が起きているデーモンは、少し前まで狂ったように叫び散らしていたが、今は何かをぶつぶつと呟いている。

 

「俺のセイで…………。どうシテ……何も言わズに…………俺ニ何も……オれは……」

 

 耳を澄ませたゴウがかろうじて聞こえたのは、所々で発音がおかしい、そんな言葉だった。

 

「…………」

 

 ゴウに理解できたのは少なくともそれが、自分の呼びかけに対する返答ではないということ。

 

「…………ふ」

 

 無性に怒りが沸き上がったゴウは首を後ろに思いきり逸らしてから、デーモンの額に頭突きを見舞った。

 

「──ざっけるなぁ!!」

「ッ!?」

 

 両腕を抑えられていたデーモンは、これをまともに食らう。

 おそらく、デーモンの心意の源泉もまた怒り。沸々と湧くむき出しの感情そのもの。それも対象はゴウではなく、デーモンが自分自身に向けているものだ。

 きっと彼の内面の世界は閉じ切っていて、本質的には外に目を向けていない。だからゴウにも終始冷淡な対応しかしてこない。だからPK集団に狩られてもそれでよかった、などとのたまうことができる。

 その醸す雰囲気にゴウは先月に戦った、もう二度と会うことはない《鉛の粛清者》と似通ったものを感じた。

彼も初めはこちらに対してひどく無関心だった。しかしそれは、自身の悲願成就に熱を注ぎ込んでいたから。それ以外には脇目も振らずにいたからだ。

 対してデーモンには感じる限りそういったものが、無い。空虚ささえ感じる。それこそが彼と似ているようではっきりと異なっている点だ。

 

「いい加減にしろ!」

 

 ゴウがデーモンの両手首を放し、雑に蹴って押し退けると、デーモンは頭突きのショックがまだ残っているのか、よたよたと後ろに数歩下がった。

 

「今あんたの目の前にいるのは僕だろうが! 心の中に誰がいるのか知らないけど、自分から勝負を持ちかけといて、そんな火だるまにまでなっといて、まだまともに僕を見ようとしないのか? 本気で来いよ!!」

「……!」

 

 本気で来い。数日前に自分も、似たようなことを宇美に言われたことを思い出す。今ならあれだけ宇美が怒ったのも理解できる。

 デーモンもバーストリンカーである以上、デュエルアバターを形成している《傷》を持っている。大なり小なり心に抱えているものがあるのだろう。今の垂れ流していた独り言からして、現実で悲しい別れがあったのかもしれない。あるいはブレイン・バースト内で近しい者が永久退場したのかもしれない。

 だが、いずれにしてもゴウにはどうにもできず、この場では関係のない話だ。

 いま自分達は、この無制限中立フィールドで遭遇し、闘っている。それなのに、ここまで死力を尽くして向こうがこちらを見ていないのなら、こちらがただの馬鹿ではないか。これでは周りを飛び回る羽虫をうっとうしく思うのに、毛が生えた程度の差でしかないではないか。

 ゴウはただ、デーモンの中に自分が何も残していない、いてもいなくても変わらない存在でいることが悔しかった。

 故に負けたままでいたくなかったのだ。それがアビリティを獲得してまで、ゴウがデーモンとの再戦に執着した理由でもある。

 ゴウの頭突きでいくらか頭が冷えたのか、それとも発言に思うところがあったのか。尚も燃え盛ったままのデーモンからは、狂気的な気配だけは収まっていた。

 

「どうして……。そこまで……たかがゲームにそこまで真剣になる?」

「真剣にやる意味と価値が、このゲームにあると思っているから」

 

 しわがれた声によるデーモンの問いに、ゴウは即答する。ブレイン・バーストを通して、自分が多少なりとも前向きになれた実感があるからだ。

 

「…………」

 

 デーモンは何も言わず、炎の尾を引きながら、一気にゴウから距離を取った。足を止めた先には、ゴウの《アンブレイカブル》を破壊し、地面に突き刺さったままだった矛。

 ゴウはてっきり、拾い上げた矛にも炎を伝導させると思ったのだが、デーモンの纏う心意の炎が、いきなり体の前面からめくれるように剥がれていき、ものの数秒でデーモンは心意技発動前の姿に戻った。灰色の装甲は赤みを失い、熱が抜けて冷え切っているのが見て取れる。

 しかし、それまでデーモンの全身を覆っていた炎と、素体の芯から発生していた熱は、完全に消え去ったわけではない。背後に移動し、左右に分かれて上方へ向かって広がっている。背後の景色をほぼ覆い隠すそれはまるで、背中から巨大な翼を生やしているかのようだった。

 そんな煌々と輝く炎の両翼は、徐々に収束して光量と密度を増していく。続けてデーモンは、矛を地面へ向けて垂直に突き刺した。

 ──まさか、あれを撃ち出す気か!? 

 デーモンは発生させたエネルギーの全てをぶつけようとしているのだと、ゴウは瞬時に悟った。同時に、これ見よがしに誘ってもいる。「真正面から受けてみせろ」と。

 ──これは避けられない。避けちゃいけない。どれだけの威力でも、受けて立たなきゃ駄目だ。

 そうゴウは肌で感じ取るも、さすがにこの《建御雷(タケミカヅチ)》形態でも、正面から突撃するのはあまりに悪手なのは分かる。仮に耐え切ったとしても、攻撃できる手足が機能する状態とは限らない。

 ──目には目を。歯には歯を。心意には……心意を。向こうが心意技を放つなら、こっちも同じことをすればいい。

 できる、できないよりも先にゴウはそう考え、肩に備わったアーチに並ぶ太鼓型のパーツに目を向けて、意識を集中させる。

 

 ドドン! 

 

 すると太鼓の一つが力強い音を鳴らし、激しいスパークを発生させる。

 ゴウは自ら想像し作り上げた『最強の自分』の姿で、炎の翼を蠢かせる悪魔を正面から見据えた。太鼓は一つずつ順に、より大きく音を響かせながら、雷に似た過剰光(オーバーレイ)を纏わせていく。

 そして最後の太鼓が一際大きく打ち鳴らされ、八つ全ての太鼓への充電が完了する。

 片やデーモンの翼も極限まで圧縮され、今や二つの球体となって太陽の如く輝いている。

 合図もなく、両者は同時に叫んだ。

 

「《八雷神(ヤクサノイカズチ)》!!!」

「《獄門解放(ゲヘナ・バースト)》!!!」

 

 鬼の雷鼓(らいこ)から稲妻が轟き、悪魔の双翼は極太の熱線となって大気を焦がす。八条の稲妻と二条の熱線は、発射から一瞬で両者の間にあった、三十メートルほどの距離を埋めて激突した。

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

 

 一歩も退くものかと、両者は吼える。戦闘中では(相手が待ってくれないので)実質不可能な、時間をかけて練り上げられたイマジネーション。それも二人分の心意エネルギー全てが、少しでも気を抜けば自分に向かってくると分かっているからだ。

 ゴウはその場で大股になって足を広げ、地面に根を張らんばかりに踏ん張った。

 ぶつかり合うは、鬼の雷霆と悪魔の業火。

 実際は数秒なのに、数時間にも思える紅白の拮抗に変化が起きる。

 始めに、前触れなく衝突部分から重低音で不規則なノイズが聞こえた。次に、そこから空間が歪んだようにゴウには見えた。そして、ノイズ混じりの歪みが波紋となって広がり出した。

 波紋が接近していても、ゴウは技を出した体勢から動かなかった。正確には動けなかった。それまで押し負けまいと力を込めるあまり震えていた体が、ノイズが発生してからは意思に関係なく固定されているのだ。

 上げていた雄叫びも止まり、声が出せない。まるで周囲の時間が空気ごと停止しているような、今まで体感したことのない感覚だった。

 特別遅くも速くもない、小走りほどの速度で広がる波紋がゴウに触れる。多少の振動とわずかなダメージを受けた。

 耳をかき鳴らすノイズ以外は何も聞こえなくなり、素通りした波紋は地面に転がる小石から立ち並ぶ建物まで、広がる先にあるもの全てを軒並み破壊していった。光の速度で鑢がけでもしたかのように、塵も残らず分解し、消滅させていく。

 ──どうなってる!? 何が起きて──。

 困惑するゴウをよそに、ノイズがぶつりと途切れた。発動していた《八雷神(ヤクサノイカズチ)》は霧散し、《建御雷(タケミカヅチ)》も意思に関係なく解除されていて、ダイヤモンド・オーガー本来の姿に戻っている。

 体を固定していた圧力もなくなり周囲を見渡すと、心意技の衝突地点から半径数百メートル近くが、残骸どころか何もかもが消え去った更地と化していた。上空に発生していた雪雲も消え失せ、周囲の気温もデーモンが心意技を使用する前の状態に戻っている。

 遠目に見える、中途半端に巻き込まれて一部が抉れ、自重を支えられなくなった建物がいくつか倒壊していく。

 加えて視界にいきなり、バーストポイント取得のリザルト画面が表示された。首を傾げるゴウだったが、これはすぐに納得した。これまでの心意技の応酬に引き寄せられたエネミーが、建物と同様に巻き込まれたのだろう。

 ──でもエネミーが消し飛んだ時じゃなくて、どうして今になって表示された? それにエネミーが死ぬ威力のものに触れて、どうして僕にほぼダメージがない? あの波紋を作った一人だから? あのフリーズした感じ……心意技の衝突で、フィールドに一時的なバグが発生した? エネルギーが周りに拡散したのか? 

 以前初めて心意技が完成した時、大悟と打ち合った際にも、余波で周囲のオブジェクトまで破壊していたが、今回は規模が段違いだ。

 立て続けに起こる事象と疑問に、ゴウはどうにか理屈を付けようとしていても、内心では動揺はほぼ収まっていた。そんなことよりも遥かに優先すべきことが目の前にあるからだ。

 更地に残されたのは、ゴウだけではない。おそらくは、この現象のもう一人の原因である、デーモンもまた立っていた。さすがに戸惑った様子で周囲を確認していたが、ゴウと目が合うと、地面に突き立てたままだった矛を引き抜いた。

 勝負はまだ終わっていない。両者は同時に動き出し、次のラウンドが始まった。

 大破壊に伴い、必殺技ゲージがフルチャージされている反面、ゴウの体力ゲージは残り四割を切っていた。高熱によるスリップダメージは、《黒金剛(カーボナード)》の発動以降止まっている。心意によって事象を上書きされたことで、元に戻っても再度発生することはないようだ。もっとも、また接近戦になるので、また食らわざるを得ないのだが。

 ──あれだけの戦闘をしたんだ。向こうだって最低でも半分は体力を切っているはず。もうすぐ心意技を連発した反動で、まともに動けなくなる。勝つには短期決戦しかない! 

 戦闘が再開して、ゴウはすぐにデーモンの動きの変化に気付いた。これまでより攻撃が当たりやすくなっている。やはりデーモンも、自分と同じくそれなりに消耗しているのだ。

 ただ、ゴウもそれは同じなので、矛を始めとした攻撃を躱し損ね、付与された高熱が蝕むように襲う。

 ゴウはすでに、アバターの全身にくまなく熱が籠っていた。デーモンの攻撃だけでなく、自身の《電界路(インパルス・サーキット)》を連発していることで、電熱が放冷される暇がなく全身に蓄積している。このアビリティはあまりに多用すると、その部位周辺の装甲が溜まった熱により、脆くなってしまうのが欠点だ。

 じりじりと体力が削れ、一秒ごとに死亡に近付いている。にもかかわらず、ゴウはマスクの下で笑みを零していた。

 この一進一退の攻防こそがゴウが求めていた『対戦』だ。先の大破壊の謎がどうでもよくなるほどに、楽しい。

 ――なぁ、あんたはどうなんだ?

 

「《アダマント──」「《クリメイション──」

 

 ──この気持ちは僕だけ? それとも──。

 

「──ナックル》!!」「──フィスト》!!」

 

 ゴウの硬質化した右手とデーモンの赤熱した左手、両者の拳が激突する。

 

「う……く……」

「ぐ、おお……」

 

 こちらの腕をじわじわと押し返してくる、デーモンの肘から推進剤代わりに噴出される炎に負けじと、ゴウも力を込める。

 ばきん、とそんな音がした。

 デーモンの腕からだ。装甲に一条の亀裂が発生したかと思うと、亀裂は一気に広がり、爆発が起きた。

 

「うわっ!?」

「ぐ……!」

 

 爆発の反動で、両者の間に数メートルの距離ができた。

 デーモンは左腕が肘まで欠損していた。僅差で先に決まったゴウの必殺技でダメージが入り、そこに自らの必殺技で発生した熱エネルギーが追い打ちをかける形になったのか。

 ゴウの方は欠損こそしていないが、爆発に巻き込まれて弾かれた右腕は手甲と前腕部の装甲が砕け散り、素体がむき出しになっていた。

 

「《バックファイア・タービュランス》!!」

 

 デーモンは左腕の欠損にも怯むことなく戦闘を続行する。右脚を大きく後ろに引き、ゴウから見て半身の体勢を取った。

 残っている右手で矛を一回転させると、刃の部分が発火する。そこからデーモンが手を放しても、矛は手元に留まりながら回転の速度を増していき、炎が完全な輪を形成したところで、デーモンは回転する矛を投げつけてきた。

 

「ぐあっ!」

 

 ゴウは体を限界まで捻り逸らすことで、どうにか直撃こそ避けられたが、燃える回転刃は胸部に浅くない傷を刻む。しかも後方に飛んでいった矛は、弧を描いてこちらに戻ってくるではないか。

 ──ブーメランか! 

 おまけに軸が不規則に揺れて乱回転し、速度も上がっている。今度は躱すのは難しい。ゴウは即座に迎撃を決めた。

 

「《モンストロ・アーム》!!」

 

 内側から膨張していく左腕を右手で支え、ゴウは自身を両断しようとする矛へ殴りにかかる。接触の寸前で巨大化が完了した左腕は、矛の軌道上にゴウの体を遮る形になり、炎の丸鋸と化した矛とぶつかって激しい火花が散った。

 

「う……うううう──っだああああ!」

 

 接触面からがりがりと左手が削られていく感触に耐えながら、ゴウは巨大化した左腕を真上に振り払った。その勢いで矛は外れ、必殺技の効果が切れたのか炎も消えて、デーモンの後方へ縦に回転しながら落下していく。

 その時、距離を詰めてきたデーモンの腹周りの装甲が不自然に蠢き、紐状に剥がれ出した。やや鋭角な菱形をした先端が、デーモンの胴体を何度も周る。そうして四メートル近い細長い物体は後方へ伸びると、地面に落ちる寸前の矛へ巻き付いてキャッチし、デーモンの元へ瞬時に引き寄せた。

 

「し、尻尾あったの……?」

 

 中指と薬指の間から手の甲の半分が裂けた、左手が元のサイズに縮小していくゴウは、驚きのあまり呆けた声が口を突いて出た。

 つまり、デーモンはテイルパーツをずっと胴体に巻き付けていたのだ。石のような装甲が完全に体に溶け込んでいて、今の今まで気が付かなかった。

 デーモンは尻尾を巻き付けたままの矛を右手で握り、ゴウの心臓部めがけて刺突を繰り出す。必殺技の反動でまだ左腕が動かないゴウは、右腕でこれを受け止めるしかなかった。

 

「うぅっ! ぐああああああ!!」

 

 三叉矛による三つの刃は、今や装甲の無いゴウの右腕に深々と貫通する。加えてデーモンの赤熱した右手から熱が伝わり、ゴウの内側へ容赦なく流れ込んできた。

 痛みと消耗から片腕では押し返せず、未だ必殺技発動後の硬直が解け切っていない左腕を動かそうとするゴウは、デーモンが欠損している左腕をわずかに上げたのを見た。

 自己修復しているとはいえ、まだ肘先から数センチしか再生していないのに、何をするつもりなのか。その答えはすぐに出されることになる。

 ぶわっ、と断面から唐突に黒い灰が噴き出し、前腕のシルエットを形作った。すぐに拡散した灰の中から出てきたのは、コークス装甲を含めて傷一つない、灰色の左腕。

 

「これが俺の本気だ」

 

 そんな一言の後、五指が真っすぐに伸ばされた赤熱する左手が、ゴウに向けて突き出された。

 

 

 

 数分前、コークス・デーモンは自身の心意技により、意識を負の感情に呑み込まれかけた。ダイヤモンド・オーガーの身体強化に対抗するべく、リスクを承知の上で、無理に心意技を重ねがけしたからだ。

 内に留め切れずに溢れ出した心意の熱に意識が飛びかけ、目の前の相手の判別さえもできなくなった。ただ自分の敵としか分からなくなり、何かを口走った気もするが、内容は憶えていない。

 少ししてから、強い衝撃を額に感じた。意識が鮮明になった直後に投げかけられたのは、オーガーからの怒声。

 

 ──『──本気で来いよ!!』

 

 その言葉に昔の記憶が掘り起こされ、デーモンの脳裏にアバター姿の姉が浮かぶ。

 

 ──『──いつも言ってるでしょ。世の中、本気で楽しんだ者勝ちだって』

 

 デーモンの《親》であった姉はこれを有言実行し、デーモンの知る誰よりもブレイン・バーストに全力で打ち込み、誰よりも楽しそうにしていた。

 そんな姉が、突如ブレイン・バーストを永久退場してしまったあの日から、デーモンの熱意は失せてしまった。超えようとしたバーストリンカーの姉はもういない。

 永久退場の理由に思い当たるものはある。だが、たとえそれを追求したところで、あの頃の姉が戻ってくるわけもない。

 目標を失い、それでも渡されたブレイン・バーストを捨てられず、惰性のままにプレイし続けた。より効率的に相手を倒す力を着け、遊びなく対戦相手を倒していく。

 対戦に勝てば多少は気が紛れるが、それも一時的なものに過ぎず、鬱屈した気持ちは常に心の奥底で澱のように沈んでいた。

 姉と同じレベル7になれるだけのポイントは、安全マージンも込みでとうの昔に貯まっているのに、レベル6から上げる気は起きない。レベルが並んだところで、肝心の姉はもう加速世界にはいないのだから。

 それなのに、今になって姉と重なる者が現れる。アバターの姿形は全く似ていないのに、電気を発生させる能力に、頼んでもいないお節介を焼く。それと何より、ブレイン・バーストに対する真剣さ。

 心がざわめき立つ。これまで合わせようとさえしていなかった眼差しを見れば、否が応にも熱意が伝わってくる。それがどれだけのものか確かめたくなった。

 故にデーモンは、敢えて効率の悪い力比べとして、最大火力の技をぶつけ合った。そして今、このコークス・デーモンの持つ力を総動員して、オーガーと戦っている。

 高熱を発した状態の両手で断続的にでも触れることで、対象に熱とダメージを与え続けられる《蝕熱(カース・バーン)》。

 首を落とされても心臓部を貫かれても、クリティカルヒットには至らず、ダメージ比率が変わらない《無瑕疵(クリティカル・ノット)》。

 いかなるダメージで受けた傷も欠損も自然に復元され、燃費は悪いが、必殺技ゲージを消費すれば高速での復元も可能な《不朽(イモータリティー)》。

 そして、これらのアビリティをコピーし、アバターの装甲と同様の質感に変化する強化外装、三叉矛《ミラー・トライデント》。

 それでもオーガーも然る者で、ワンサイドゲームにならない伯仲する『対戦』に、いつしかデーモンは熱中していた。負けたくないとは常に思っていても、勝ちたいと思ったのはいつ以来だったか。

 必殺技の撃ち合いを経て、普段は胴に巻いて装甲代わりにしている尻尾で、矛を素早く回収。オーガーの右腕に矛の刺突を防がれたところで、これまた隠していた高速復元により、欠けていた左腕を一気に復元させる。

 

「これが俺の本気だ」

 

 短く、しかしはっきりと、デーモンはオーガーに意思を示した。

 隠し玉まで出し切って掴んだ勝機。狙う場所は左胸の心臓部。《バックファイア・タービュランス》でできた傷に、この貫き手をねじ込めば勝負は決まる。

 勝利を確信したその時、デーモンの視界の端で、オーガーの左手から小さく火花が散った。

 裂けた手の甲から発生した、ダメージエフェクトかと思った直後、オーガーの全身に走っている黒い紋様が、左手にのみ新たに何本も浮かび上がる。紋様の発生は止まらず、何重にも重なって素体の灰色も装甲の白色も、一気に塗り潰して黒くなった左手が──。

 

 ピシャアアアアァァン!! 

 

 落雷のような凄まじい音が轟き、視界は眩い光に埋め尽くされる。

 ──……そうか。

 光に視覚を奪われる寸前、稲妻と化したオーガーの左腕をデーモンは見た。

 ──それが、お前の本気か。

 胸から上を貫いた熱と衝撃に消し飛ばされながら、残りの体力ゲージが一気に吹き飛ぶ。

 アバターの体が爆散する最中でも、デーモンは不思議と悪い気分ではなかった。

 

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