アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない 作:クリアウォーター
第五十四話 震撼
欠損していたデーモンの左腕が即座に再生し、高熱を伴う貫き手が、ゴウの心臓部を貫こうとしていた。
回避は間に合わず、矛を刺された右腕は動かせない。必殺技《モンストロ・アーム》の反動から立ち直っていない左腕で、ガードが間に合うか。そもそもできるか。
デーモンを含む周囲の動きが、やけに緩慢になる。
この感覚を、ゴウはブレイン・バーストにて度々経験することがある。理屈は知らないが、ゲーム内とは言え、極限下の状況で迫る死を切り抜けようとすべく、脳が活性化しているのかもしれない。
──ここまできて、また負け……? ……嫌だ。あと一歩なんだ。勝ちたい……勝つんだ! そのためにできることは? 僕の持ってる力で何ができる? どうしたら勝てる?
諦めそうになる気持ちを、闘争心で焼き払う。今この瞬間だけは、この勝負でデーモンに勝つことだけがゴウの全てだった。
左手がずきんと痛んだ。デーモンの必殺技との衝突で人差し指と中指の間にできた、痛々しい裂傷。そして、《
──体に力を張り巡らせるだけじゃない。外に溢れるぐらいに……限界を超えるくらいに……。
思い出したのは、紫の女帝が放った桁違いの紫電。
あれほどの規模は不可能でも、その何十分の一で構わない。目の前の相手に勝てるだけの力を絞り出す。
──エネルギーをかき集めて、放つ!!
ゴウが左手へこれ以上ないほどに全神経を集中させると、黒い紋様が更に何本も浮かび上がり、手を覆い尽くさんばかりに重なり合っていく。
そして左手が紋様によって黒く塗りつぶされた瞬間、放たれた稲妻が心臓部を貫く寸前のデーモンを撃ち抜いていた。ゴウが周囲の動きが緩やかに見えてから、一秒にも満たない時間であった。
デーモンは稲妻の直撃で上半身が吹き飛び、やや遅れて残っていた下半身も爆散する。
ゴウの前には、回転する灰色の死亡マーカーだけが残った。柄の七割近くが稲妻に巻き込まれて砕け、ゴウの右腕に刃が刺さったままの矛も、持ち主の死亡に伴い、光の欠片になって消えていく。
「か、勝っ、た……!」
息も絶え絶えになりながら、それでもゴウはしっかりと、噛み締めるように口に出した。
絶体絶命の中、加速世界で思考だけを更に加速させた(体感的にはそのつもりの)ゴウが絞り出した逆転の一手。それは二つのアビリティの同時発現だった。一つは体表面の紋様を介して電気を発生させる、《
そしてもう一つは、《
しかし、死亡寸前の状況下で実はそうではなく、『アビリティを対象に作用し、そのアビリティの性能を一時的に上昇させている』のでは、という発想が浮かんだ。
つまりこれまで《
根拠のない思い付きによる、ぶっつけ本番の試みではあったが、仮定は正解。実際には推測をしている余裕もなく、直感的な行動だった。
ただし、限界を超えた行動には当然、相応のリスクや代償も付いて回る。
ゴウは左手にアビリティの効果範囲を絞ったつもりだったが、実際には腕どころか肩までも電光が包み、現在も突き出したままの左の指先から肩までが、黒炭のような有様になっていた。黒ずんだ部位は芯まで焼け焦げているようで、痛みどころか感覚もない。
未だに煤けた煙を上げる腕は、自然と崩れて地面に落ちる前に光の欠片になって消えていった。今になって断面が痛みでじぐじぐと疼き出す。
──溜まってる必殺技ゲージも影響してくるだろうけど、まず多用はできないな。
もしも全身を効果範囲にして発動した場合、全身が雷そのものと化して、その場で自爆するのかもしれない。そう考えてぞっとしたところで、ゴウは全身に力が入らなくなり、仰向けに地面へ倒れた。
今になって《
ふと、倒れたままのゴウは背中越しにかすかな震動を感じた。デーモンと二人して、半径百メートル以上が更地になるほどの心意技を発動したのだ。おそらくはそれに反応し、ここから東方面の首都高を徘徊する大型エネミーを始めとして、あらゆるエネミーがより広範囲から引き寄せられているのだろう。
退避したいのは山々だが、今のゴウは小指さえも動かせない。必殺技ゲージは空、体力ゲージは残り五パーセント程度。通常対戦フィールドなら《バースト・アウト》の一言でログアウトできるところでも、この無制限中立フィールドではそういかない。
──締まらない終わりだけど目的は果たせたし、ひとまずはよしと──。
エネミーに倒されるのを観念しかけたゴウの真上、《煉獄》ステージの緑色の空を背景に白い火花が発生した。
火花は弾けながら少しずつ広がり、中から小さな黒雲が現れる。更に黒雲は上部から緑の細長い茎が伸び、先端に白い花を数個咲かせた。記憶の中の形状と名前が合致し、この花が彼岸花であることをゴウが思い出したのは、つい数日前のことだ。
花を咲かせた黒雲は、仰向けに倒れているゴウに合わせて横倒しの状態なのに、重力に負けて花弁が垂れ下がることはない。以前話していた、相対座標の固定がどうとかいう仕組みだろう。
現れたのは高尾山地下で出会い、リンクと仮称した情報回路でゴウと繋がっているエネミー、そのアイコンの姿である。彼女とこうして対面するのは、ハイエスト・レベルへ強制的に連れていかれて以来だ。
「……イザナミ」
つい名前を呼んでしまい、ゴウは口を噤んだ。ここには自分とイザナミだけでなく、こちらからは姿が見えない幽霊状態のデーモンもいる。イザナミのアイコンは見えているだろうが、大っぴらに会話をするのもあまり良くない気がして、思考発声の要領で無言での話しを始めた。
『この前も言ったけど、改めてありがとう。アビリティを取得できたのは君のおかげだ』
『……礼を言われる筋合いなどないわ。あの時は不細工な泥の塊と、それに
数日振りに聞くイザナミの声は、相変わらず不機嫌そうだったが、《
『それでもやっぱりありがとうだよ。礼儀としてさ』
『我が従僕となるのを拒否し、あまつさえ逃げた小鬼が礼儀を語るか』
『う……だからそれは前に謝ったじゃないか』
『ふん。それよりも獣の群れが接近しているぞ。ああも耳障りな音を垂れ流し続けていれば、寄って来るのも道理だが』
『分かってる。もう体も動かないし、大人しく倒されるつもりだよ』
背中越しに伝わる震動はより大きくなっている。エネミーの到着も近い。
『潔いのは結構だが、此度のうぬは死なぬ。この我が、獣共を追い払ってくれよう』
『え?』
いきなりそんなことを言い出したイザナミに、ゴウは困惑する。どういう風の吹き回しなのか、この場から助けてくれるらしい。
『どうしてまた急にそんな……。それにそんなことできるの? 確か君、今の自分じゃあの静電気みたいなのくらいしかできないとか前に゛っ!』
その静電気に似た衝撃を食らい、力の入らないゴウの体が小さく引きつる。
『喧しい。確かに今の我には腕尽くで獣共を退けさせる力は無い。だが、この場に近寄らせぬ程度のことは可能だ』
『どうやって?』
『些末なことよ。我が本体による威圧をうぬとの接続を通し、この端末より振り撒く。ただ、獣共に通ずる規模へと増幅させる故、これまで形成した接続自体を糧として消費する必要がある』
『糧って……まさかそれ、君とのリンクがなくなるってこと?』
『然り。我とうぬの接続は完全に断ち切れる』
イザナミはあっさりと、ゴウの確認を肯定した。そうなると話は別だ。
『じゃ、じゃあいいよ。別に僕は一回くらい死亡したって、一時間すれば復活できる。そんなことしなくていい』
『何をうろたえる必要があるのか。そも、うぬが損を被るわけでもあるまい』
『損とかじゃなくて……。だって急すぎて……いきなりさよならなんて、これでお別れなんて聞いてない! せっかくこうして──』
『元より、我らの回路の接続からして偶然の産物に過ぎぬ。この状態にももう飽いた。故に終わらせるだけのこと。最後に別れがてら、うぬを窮地から救ってやろうというのだ。光栄に思うがよい』
『思わないし頼んでない!』
『…………つくづく、うぬは我の意にそぐわぬ小鬼よな。されど此度の戦いはいつぞやのものに比べ、座興としては中々に楽しめたぞ』
イザナミはどこ吹く風といった様子で、ゴウの抗議を受け流し、さらりとデーモンとの勝負を褒めまでする。これまでの態度からは考えられない、わずかに優しささえ感じる物言いが、より別れ際の一言として強調される。
今や目前までエネミーは接近しているらしく、足音は地響きを起こし、いくつかの唸り声まで届いていた。
『刻限か』
呟くと同時に、仰向けのゴウと向かい合っていたアイコンは、上部へ九十度傾いてから、少しだけ上昇して花弁の部分を輝かせる。その花弁から咲くようにして、イザナミ本来の姿が現れた。
粗末な着物に、顔のほとんどを隠す伸び放題の白髪と、病的なまでに白い肌。半透明かつ、実際の大きさよりも拡大された姿は、まるで花弁から投影されたホログラム。それでいて強く実体を感じさせるという、矛盾したものだった。
「イザナ──」
ゴウが声に出して制止しようとした寸前、無風であるのに着物がはためき、長い白髪を逆立たせるイザナミから、途轍もないプレッシャーが全方位に発された。
ゴウが初めて出会った時に抱いた底知れない迫力が、今回は明確な敵意を向けているのを感じる。
対象ではないゴウでさえ、心臓を鷲掴みにされたような怖気を覚える、死さえ想起させるプレッシャー。その対象となったエネミー達の反応は凄まじいものだった。
まず聞こえていた足音と唸り声の波が一斉に静まる。次に静寂から一転、悲鳴に似た咆哮が辺りに響き渡り、歩調の狂った慌ただしい足音が、我先にとこの場から離れていった。
「うっ……!? ああ……!」
イザナミからプレッシャーが辺りに振り撒かれ始めてから、ゴウは自分の中で何かが磨り減っていく感覚があった。それが二十秒ほど経った頃、ぶつんと千切れる。
これこそがイザナミがプレッシャーのリソースとして使用したことで、自分とイザナミを結んでいたリンクの構成データが、形を維持できずに断ち切れたということなのだろう。
その影響か意識が朦朧とする中、リンクの切断に伴い、真上に浮かんだアイコンが形を保てずに崩れていく。同様に半透明の姿が更に薄まり、消えていくイザナミ本体が一瞬だけゴウを見下ろした。再び垂れ下がった髪に隠れた顔はすぐに逸らされたが、何かを堪えるかのように口元が引き結ばれる。
その光景を最後に、ゴウの意識は途絶えた。
ボアソナード・タワーの屋上。
幅広い刀身をした得物を握る大悟は片膝を着いていた。体には周囲の地面と同様に、あちこちに切り傷が作られている。
正面に立つのは、明るい銀色の鎧が輝く騎士アバター、プラチナム・キャバリアー。こちらには目立った傷は特に見られず、距離の空けた場所から膝を着く大悟を冷淡に、それでいて油断なく観察している。
「……さすがは音に聞こえた《フェムト流》。致命傷貰わないだけで精一杯だ」
「だったら……本気を出したらどうだい……」
大悟の称賛に、剣を携えたキャバリアーは微塵も喜ばず、気だるそうな態度も崩さない。
「君は剣士じゃない。お得意の徒手空拳や、普通に薙刀のリーチを生かした戦法を取れば…………そこまで傷だらけにはなっていないはずだ」
「ほっとけ。今は
言葉で一蹴する大悟だが、キャバリアーの指摘は正しい。
剣道部に所属し、現在は都大会本選の真っ最中である蓮美とは違い、大悟は剣というものに接点はほとんどなかった。ごくたまに、父方の実家にある寺の道場にて、蓮美の形だけの練習相手になってやる程度が精々である。
いま握っている刀は、本来は薙刀型の強化外装である《インディケイト》を、柄を伸縮させる機能を利用して刀剣の形を取っているに過ぎない。太刀と薙刀、刃物として扱いに共通する点もあるが、やはり取り回しは異なる。
現在の加速世界で五本の指に入る剣士であろうキャバリアーからしてみれば、齧った程度の剣技と認識されるのも当然であった。
「あぁ、そういえば昔、お前さん以外にもオシラトリに腕の立つ剣士がいたな。剣に電気を流してよ、楽しそうに対戦する気風の良いねえちゃんだった。何年か前に永久退場したって聞いた時は、少しショックだったよ。お前さんも残念だったんじゃないのか?」
「…………そんなこと、今は関係ないだろう……。その余裕ぶった態度、気に入らないな……」
「雑談の一つくらいで、とやかく言うな……よっと」
キャバリアーに言い返しながら大悟は立ち上がり、刀を両手で持って体の中心に据え、切っ先は正面に傾ける、正眼の構えを改めて取った。攻撃と防御、相手の動きのどちらにも対応しやすい、剣術でも特に基本的な構えである。
「キャバリアーよ、俺は何も、お前さんを侮っているわけじゃない。それでもお前さんの土俵に上がってこうした戦法を取ってい
ドッ!
るのには、ちゃんと理由がある」
大悟が話す最中、持っている刀──の形を取っていた薙刀の柄が目にも止まらぬ速度で伸長し、二十メートルは離れているキャバリアーの胸に深々と突き刺さった。そして言い終える頃には、薙刀は収縮して本来の長さに戻っていた。
「……!?」
そして、驚きを隠せない様子のキャバリアーとの距離を、薙刀を手放した大悟はすでに詰めていた。
──得物のリーチが伸びるのは、何もお前さんだけじゃねえぞ。
この薙刀《インディケイト》は、《伸》のコマンドで柄を最長十メートルまで、《縮》のコマンドで最短十センチまで、柄の長さを伸縮させることができ、変化を維持している間は必殺技ゲージを徐々に消費する。そこまではキャバリアーもとうの昔から知っていることだ。
だが、この強化外装は柄が極端に短い状態を一定時間維持したままゲージが底を尽きた場合、知る者はごくわずかだが、自動で元の長さに戻る前にワンアクションが発生する。
縮めていた反動のように柄が本来最長の十メートルを超え、倍の二十メートルまで一瞬で伸びてから、元の長さにまた一瞬で戻るのだ。《インディケイト》のリーチの変化をすでに把握している者にも、一度限りの不意打ちが可能となる。今のキャバリアーのように。
ハイランカーであるキャバリアーが驚愕から立ち直るわずかな隙の間に、大悟は騎士の握る剣を叩き落としていた。
「《
一撃目。発生した運動エネルギーを、対象へ余すことなく伝える掌底。
「《
二撃目。一撃ごとに外部へより広く伝播させ、より内部に深く浸透させていく。駆け抜ける衝撃が、相手に反撃を許さない。
「《
三撃目。一撃ごとに名前を付けることで、暗示的に威力の底上げを助ける。心意技ほど明確ではなくとも、ゲームシステムからやや外れた技術。
「──《
四撃目。大悟がアイオライト・ボンズとして長年かけて体得した、ブレイン・バーストにおける戦闘技術の集大成。その掌底の四連撃を、キャバリアーの胸に作った刺し傷へと叩き込んだ。
全てをまともに食らったキャバリアーの全身が一気に爆散。明るい銀色の炎に包まれて──。
「《リザレクト・バイ・コンパッション》」
澄んだ声が、タワーの屋上に凛と響き渡った。
人のものとは思えないほどによく通る声を聞いた直後、大悟は反射的にその場から薙刀を放った場所まで一気に後退する。
前方では、光の粒子が宙を泳ぐように輝きながら、炎の残滓を残すキャバリアーの死亡マーカーへ音もなく触れた。その瞬間、空から白い光の柱が降り注ぎ、凝縮して人の形を取っていく。
そうして光が消えた後には、たったいま死亡したばかりのプラチナム・キャバリアーが、無傷で立っていた。
大悟は待機時間を待たずして復活したキャバリアーではなく、キャバリアーを復活させた、光の粒子を発生させた張本人へと視線を向けている。
キャバリアーが駆るアリオンなるペガサス型エネミーが繋がれた手綱を握り、この屋上での剣戟を見守っていた、白の王ことホワイト・コスモス。
ブレイン・バーストの歴史で未だ三人しか存在しないとされる、希少な《回復能力》を持った、加速世界史上初の《
──回復だけじゃなく蘇生まで……なるほど、それで《ネクロマンサー》か。
「そろそろ頃合いだわ」
コスモスが短くそれだけ言うと、剣の柄に手をかけていたキャバリアーが柄から手を放し、足早にコスモスの元へ駆け寄る。
コスモスからペガサスエネミーに繋がれた手綱を、キャバリアーは渡した時と同様に両手で丁寧に受け取ると、大悟の方へ振り向いた。そのバイザーの奥では、普通のアイレンズとは異なる、黒みを帯びた赤い両眼が輝いている。
会話の最中に平然とかまされた不意打ちによって倒され、それが主君の目の前とあっては睨むのも無理からぬ話であるが、その眼差しにたっぷりと含まれているのは敵意を通り越し、もはや殺意だった。
無言で大悟を睨みつけていたキャバリアーは、それでもすぐにペガサスに跨って腹を軽く蹴る。それを合図に、白い天馬は蹄を鳴らして屋上を駆け出し、タワーの端に到達する前に雄々しく美しい翼を広げて飛翔した。
飛行によるものか、それまで全身が真っ白だったのに、両翼と尾の先端にのみ赤い光を発生させたペガサスが向かう先は東の方角。あるのは本日の七王会議の会場、今や全壊して煙が未だに棚引く、日本武道館跡地。
そこから嫌な気配が一気に噴き出したのを大悟は感じ取っていた。
──負の感情を凝縮したみたいな心意……例の《マークⅡ》とやらか? にしても『頃合い』ってのはどういう……。
「キャバリアーを倒すなんて、さすがの腕前ね。ところで……彼への当たりが強い気がしたけど、私の気のせいかしら?」
「……あぁ、俺あの野郎嫌いなんだ。腕は立つくせに、この世の何もかもがどうでもいい、ってツラと態度が気に食わん。それにあんなの勝った内に入るかよ。あの《
この場で自分の他に一人残ったコスモスの問いに頷きながら、薙刀を拾い上げた大悟は鼻を鳴らす。
一気に倒せたのは、初見の手がうまく決まっただけのこと。今回のキャバリアーは少なくとも、本来の実力をまるで見せていなかった。そうしなかったのは、この場にいたコスモスを巻き込まないようにしたからか。それとも、遠くからでも目を引くような行動を控えたかったのか。何にせよ食えない男だ。
「それに微妙に浮き足立っていたというか、俺とやり合っている間もあまり集中していなかった気がする。あいつ、何しに行った?」
「すぐに分かるわ」
長物を持った近接系アバターが三メートルまで距離を詰めているというのに、コスモスはまるで動じる様子もなく、底知れない雰囲気を醸し続けている。もう遥か昔に初めて会った頃と、まるで変わっていない。
「お前さんが加速研究会の会長ってのは……事実か?」
「ふぅん? 情報の出どころは《黒》か《赤》か……そうね、あなたの昔の行動からして、二代目赤の王……いえ、《ブラッド・レパード》あたりが妥当かしら?」
コスモスは大悟の問いを否定しない。それこそが肯定に等しい行動だった。それどころか、大悟が誰から知らされた情報なのかまでも、的確に当ててみせる。
「……ロータスを嵌めてまでライダーを全損させたのは、ライダーの能力が必要だったからか?」
聞きたいことは山ほどあるが、大悟がまず聞きたかったのは、このことについてだった。
先月に加速世界で猛威を振るったISSキット。このキットの最も恐ろしい点は、近距離と遠距離の二つの心意技を使用可能になることでも、使った分だけ心意の力が強化されていくことでもない。
それ以上に脅威なのは、使用者の負の感情の増幅に伴い、キットそのものが複製され、ストレージにキットそのものを新たに増やすことである。そうして使用者が別の者に渡すことで、感染するようにキットの数は増大していくのだ。黒のレギオンを始めとするバーストリンカー達が、キットの大元を迅速に破壊していなければ、拡大は二十三区中に広まっていただろう。
大悟がレパードから聞かされた話では、このキットの複製機能はレッド・ライダーのコピーデータをキット本体に寄生させ、ライダーの持つアビリティを基にしていたからだという。すでに永久退場したデュエルアバターをデータとして復活させる。そんなにわかには信じ難いことを可能にしたのが、おそらくはコスモスの能力だとも。
今度の質問には何も答えず、コスモスは右手を上げ、指を宙に走らせる。すると、ストレージからアイテムが召喚された。
右手に握られていたのは、簡素なデザインをした拳銃の強化外装。その銃身の側面に輝く、二丁の銃が交差するエンブレムに、大悟は目を見開いた。
「それはライダーの……!? どうしてお前さんが……」
レッド・ライダーはその実力もさることながら、破格のアビリティを持っていた。その名も《
ピストルやライフル等の銃型強化外装を生み出すことができ、それを他者に渡すことも可能。性能も高く、当時のプロミネンスでは多くのメンバーが、ライダー謹製の銃器を所持していた。
しかも、銃のどこかに付いているエンブレムは《遠隔セーフティ》機能も兼ねており、たとえ所持したメンバーがどこかのレギオンに移籍したとしても、ライダーの意思でその銃の引き金は引けなくなる安全機能まで付いていたのだ。一丁作るのにも相応の代償が必要らしく、ライダーは『企業秘密』と、ついぞ大悟はアビリティの仕組みを聞くことはできなかった。
そのライダーが作った銃を、レギオンメンバーでもないコスモスが、どうして所持しているのか。
「この銃の名前は《セブン・ローズ》。三年前、不可侵条約の成立後にライダーが他の王達に贈る予定だった、友情の証」
「友情?」
「それと平和のね」
そう言うとコスモスは銃口を自らに向け、何のためらいもなく引き金を引いた。弾は発射されない。続けて数回トリガーを引いても、やはり何も起こらない。
──引き金が動くなら、銃にセーフティはかけられていないはず……。弾が込められていないのか?
「弾ならちゃんと入っているわよ」
大悟の考えを言い当てたコスモスが、シリンダーを外して銃身を傾けると、シリンダーから七つの銃弾が排出される。コスモスの左手に収まる弾丸はそれぞれが赤、青、黄、緑、紫、黒、白と、七つの色に輝いていた。
「七色の弾丸は一つの銃口という同じ出発点を歩む。歩む道は別だとしてもね」
「
「ライダーに銃のデザインと名前の相談をされてね。私は一足先にこのサンプルを貰ったの。とても大事な、思い出の品よ」
コスモスは排出した銃弾を再びシリンダーへ込めてから、銃身を優しく一撫でする。大事な物というのも嘘ではなさそうだ。
「そんな相談をされるくらいに信頼があった…………友達じゃなかったのかよ」
「友人よ。他の王達もね。少なくとも私の方は、彼らを今でもそう思っているわ。もちろんあの子──ロータスも」
「だったら──」
「それでも彼の能力が必要だった。私の目的の為に」
大悟の糾弾めいた物言いにも、コスモスの清らかさを感じさせる声は落ち着いたまま、一切の動揺を見せない。それがかえって不気味さを抱かせる。
「他の何を置いても、私には叶えたい目的があるの。悲願と言ってもいいわ。それには多くのピースが要る。ライダーの《
コスモスがそう言い終えると同時に指を差す先──東の空で雲が割れた。
おかしいと、大悟も全く思わなかったわけではない。緑の分厚い雲によって、常に曇り空の《煉獄》ステージが、今回は心なしかいつも以上に明るい気はしていた。だが、ゴウの救援、謎の広範囲結界、破壊された武道館、コスモスとキャバリアーの出現と、それよりも優先すべきことが多すぎて重要視していなかったのだ。
一体誰が考えるだろうか。その明るさの原因が巨大な火球──
直線距離でおよそ六百メートルは離れているここからでも、大気を震わせる轟音と、触れるもの全てを焼き尽くす熱量によって発される、煌々とした光が届く。
「コスモス、お前──」
振り向く大悟に、コスモスは銃口を向けていた。引き金が引かれると同時に、弾が出ないはずの拳銃からは、インティにも負けない白い光が吐き出される。
大悟の視界が白に埋め尽くされた。そして──。