アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第六話

 第六話 果てなき世界

 

 

 一回目の鍛錬の数日後。大悟の元にデューからのメールが届いた。

 内容は、ここ数日の通常対戦で勝率が少し上がったというもの。文面だけでも(いくらか話が脱線気味になってはいたが)喜びの感情が見て取れて、次はいつ会えるのかという言葉で締めくくられていた。

 それから一週間後の現在。二人は二回目の鍛錬の真っ最中だ。

 

「たああぁっ!」

 

 威勢の良い気合が辺りに響き、デューの突き出すランスが、エネミーの鉤爪のついた前肢に突き刺さる。

 今回の相手は、あちこちが隆起した岩のような質感をした巨大な甲羅を持つ、ワニガメに似たエネミーだ。攻撃を受けたエネミーは低い唸り声を上げると、たるんだ皮が皺を刻む太い首がぎゅるんと伸びた。

 そんな伸ばす前では想像もつかない長い首の先、ジャキンと裁断機のような音を立ててエネミーの口が閉じる前に、デューはすでにランスを引き抜いて、噛みつきから逃れている。

 

「よしよし、深追いしすぎないように」

 

 不気味にねじくれ、淀んだ黄色をした腐り気味の木の上から、大悟はデューの戦闘を見守っていた。

 現在のステージは《腐蝕林》。同系統の木属性である《原始林》よりも毒々しく、周りの背景は黄緑気味で発酵臭も強い。最大の特徴は、地上の至る所に紫色をした毒の沼が広がっていることで、踏めば当然体力が減少することになる。

 ──しかしまぁ、思った以上に成長が早い。

 デューの成長ぶりは、大悟の見立てよりもかなり上だった。

 足場の良くない《腐蝕林》ステージでもしっかり立ち回り、エネミーの攻撃を避ける動きにも危なげがない。自分の教え方との噛み合わせが良かったようだが、本人の素養による面もかなり大きいと見える。

 大悟がそんなことを思っていた矢先、デューが攻撃をしようと飛びかかると、エネミーが頭と四肢を甲羅の中にすっぽりと収納してしまった。

 大型のカメというのは、大抵が甲羅から出た部分を引っ込めることができなくなるものなのだが、仮想の生命体であるエネミーにそんな理屈は当てはまらないらしい。

 

「うわあっ!?」

 

 そのままその場で高速回転し始めたエネミーに、デューは攻撃を弾かれて吹き飛ばされた。その先には発酵ガスが泡立つ濁った毒の沼。

 

「足を下に向けろ!」

 

 大悟の指示に、デューは体を折り曲げ、足を地面へと向けた。直後に足裏に羽のエフェクトが舞う。

 

「な……んのっ!」

 

 毒沼に突っ込む寸前、デューは《羽歩法(フェザー・ステップ)》を発動して足場のない空中を跳躍する。そのまま回転の止まったエネミーの元へと放物線上に跳んでいき──。

 

「《スパイラル・チャージ》!」

 

 ランスを天に突き上げた状態で必殺技を発動した。ランスから放出される水色のエネルギー体の勢いに押される形で、デューの右足がエネミーの凹凸だらけの甲羅に着弾する。

 その威力はわずかにだが、このエネミーの体で一番強固な部位であろう甲羅に亀裂が入るほどだった。

 更にデューは地面に着地してもそのまま止まることをせず、疾走から再度アビリティを発動して、エネミーの吐き出す泥の弾丸をも飛び越えていく。

 

「ここだぁっ!」

 

 そうしてエネミーの甲羅、亀裂を入れたばかりの場所めがけて、ランスを突き立てた。

 

 ガガガガガ……バキィン!! 

 

 連続ヒットの効果を持つランスが甲羅の亀裂に深く刺さっていき、数秒の後に亀裂が甲羅全体に一気に広がった。体力ゲージを大きく削られ、エネミーが激しく暴れる。

 

「おぉ!」

 

 これには大悟も思わず驚きの声を上げた。

 おそらく普通に必殺技の《スパイラル・チャージ》をエネミーの甲羅にぶつけたところで、与えられるダメージはそう多くはなかっただろう。

 そこでデューは必殺技を推進力として利用し、硬い甲羅に衝撃が加わりやすい蹴りを選択した。そうして小さいながらも亀裂が入り、その場所へ威力が一点に集中する貫通力に秀でたランスによる追撃。

 結果、対象が小獣(レッサー)級とはいえ、エネミー相手に大ダメージを与えることに成功したのだ。

 大悟はデューに、発動時の一歩目のみは空中であっても着地可能な《羽歩法(フェザー・ステップ)》で、毒沼への落下を防ぐように指示を出した。

 だが、そこまでだ。そこから先は他でもないデュー自身が考え、行動に移し、成果を出した。

 二週間近く前のデューとは完全に別人の動きだ。この動きや判断が対戦でもできれば、レベルアップもそう遠くはあるまい。

 大悟がそんなことを考えている間にも、デューとエネミーの戦いは続き、徐々に後退していくエネミーが、辺りに点在する中でも一際広い沼に足を踏み入れた、その瞬間だった。

 沼から飛沫が柱になって上がり、何かが飛び出してきた。

 現れたのは、紫色の斑模様をしたヤツメウナギに似たエネミー。沼から出ている部分だけでも高さは四メートル、尖った牙がぐるりと並ぶ円形の口の直径は一メートル近い。

 

「これはまずいな……」

 

 現在デューの相手である小獣(レッサー)級のワニガメエネミーの上、《野獣(ワイルド)級》よりも更に一段階上位のエネミー、《巨獣(ビースト)級》エネミーの登場に大悟はすぐさま木から降りる。

 ヤツメ(仮称)はデュエルアバターのデューではなく、ワニガメエネミーへと襲いかかった。

 察するにこの広めな沼がヤツメの縄張りで、デュー相手に後退していたワニガメエネミーが足を踏み入れたことで攻撃してきたのだろう。エネミーが別種のエネミーを襲う場面というのはかなり珍しいが、真偽を調べる時間も、呑気に観察している暇もない。

 

「な、なん──べっ!?」

 

 暴れる二体のエネミーが撒き散らす毒沼の飛沫が、この光景に呆気に取られていたデューの顔面へ直撃した。

 

「……ったく何やってんだ」

「うぅ……べぺっ」

「ほれ、逃げるぞ」

 

 慌てるデューの元に到着した大悟は、デューの顔に付いた毒液を拭ってやると、すぐにこの場から離れるよう促す。

 ところが、デューは首を横に振った。

 

「はぁ!? 嫌だよ! せっかくあそこまで追い詰めたってのに! あのやたら頑丈なのをあそこまで体力削るのにどれだけ時間かけ──痛ってえ!?」

「馬鹿野郎! あんなデカブツ、二人だけで相手できるか!」

 

 喚くデューに大悟は拳骨を降らせて黙らせる。

 巨獣(ビースト)級ともなると、よほど相性が良くなければ、仲間が二十人はいないと勝負にすらならない。

 

「それに見ろ、お前さんの相手はもう駄目だ」

 

 大悟が指差す先で、ヤツメは口をワニガメエネミーの甲羅にへばりつけると、ゴリゴリと氷を砕くかき氷機のような音を立てながら穿ち抜いてしまった。

 甲羅の中の心臓部まで貫かれたのか、ワニガメエネミーが光の欠片となって消えていく。

 その奥からこちらを覗くのは、魚特有の感情の窺えない目玉。

 デューももう文句は言わずに大悟と二人、逃走を開始した。

 背後から聞こえてくるのは、ヤツメが長い胴体をずるずると引き摺る重い音と、頭部左右に規則的に並んでいた丸い鰓孔(えらあな)から出ているのだろう、ヒューヒューという空気音。

 

「ししし師匠! アイツ追いかけてくんだけど!? 意味分かんねえサカナのくせに!!」

「粘液のおかげでしばらく陸でも行動できるのかもな。そんなのどうでもいいから前向け前! 後ろに気ぃ取られて沼にでも嵌ったら追いつかれるぞ!」

 

 ヤツメは縄張りの侵入者を誰一人逃がすまいと、時折木々をなぎ倒しながら執拗に追いかけてくる。

 どうにかして振り切らなければ死亡は免れない。そんな状況下で、前方に人影の姿を大悟は捉えた。

 湿気による薄い霧の向こうにいたのは、ホームに残っていたダフネだった。気が向いたら見物に来ると言っていたが、暇になって出てきたのだろうか。それにしても間が悪い。

 

「おい逃げ──」

「やった……! ダフネ、頼むよ!」

 

 その場を動かないダフネに大悟が逃走を促そうとするより先に、デューがどこかほっとした声を上げた。

 

「師匠、ダフネの技を受けないように横に避けるよ。一、二の……三!!」

 

 自信ありげなデューに言われるがまま、大悟は質問せずにダフネの直線上から横に逸れると、距離にしておよそ四十メートル前方、煙管を握るダフネが鋭い声を飛ばす。

 

「《セダティヴ・フレグランス》!」

 

 ダフネが煙管を大きく横に振ると、その火皿から薄青色をした煙が噴出した。

 大悟とデューが横に跳んでも、その巨体故にすぐに止まれなかったヤツメは、ダフネの必殺技による煙に突っ込んだ。

 途端に地面を高速で這いずっていたヤツメの動きが緩慢になる。とうとう前進を止め、まるで忘我状態のようにゆらゆらと頭を揺らしだした。目と鼻の先にいるダフネを襲う様子もない。

 本来はデュエルアバター対象の必殺技だろうに、巨獣(ビースト)級エネミーにここまで効果を及ぼす(さま)に目を剥きながら、大悟はダフネの元に歩いていく。

 

「……一発でエネミーを非攻性化なんて凄い技だな」

「単純な相手ほど良く効くの。前に気絶していたあなたを助けた時もコレ使ったんだから。でもこれだけ大きいエネミーだと、あんまり効き目は長くない。ちょっと小突いただけですぐ我に返るから──」

 

 ダフネが少し得意げに解説していると、ミシミシと何かが軋む音がした。

 音の発信源は未だに動く様子のないヤツメの後方に立つ、ねじくれた一本の木。ヤツメが体をくねらせて前進していた拍子にぶつかりでもしていたのか、時間と共に不自然に折れ曲がっていく。

 

「ねえ、これヤバいんじゃ……」

 

 大悟の隣でデューが呟いた。

 どんどん曲がっていく木の根元近くには、ヒレのついたヤツメの尻尾。

 

「ダフネ、さっきの必殺技は?」

「ゲージが足りないから無理ね……連続でやっても効果が薄くなるし」

「じゃあ逃げるぞ」

「え? きゃあ!? ちょ、ちょっと!」

 

 大悟はすぐさまダフネを肩に担ぎ上げ、じたばたと暴れられるのも無視して逃走を再開した。デューもすぐに続く。

 その数秒後にはズゥン! と重い物が倒れる音と振動の後、倒れた木に尻尾が下敷きになったヤツメの奇妙な鳴き声が辺りに響き渡った。

 

 

 

「はぁー……」

 

 どうにかヤツメを撒いて、ダフネ所有のプレイヤーホームに戻ってから、大悟はデューを連れて、また出かけていた。

 ダフネも誘ったが、後ろ向きの状態で大悟に担がれていたことで、追ってくるヤツメとしばらく見つめ合ってしまったせいで気力が削がれたと、ホームに戻るなり椅子にぐったりと体を預けて動かなくなってしまった。

 

「はぁ~あ~……」

 

 これ見よがしに溜め息を吐き続けて後ろを歩くデューに、無視していた大悟は仕方なく後ろを振り向いた。

 

「いつまで引き摺ってんだ」

「だぁってよ、今回は師匠の補助なしで……口でアドバイスはあったけど、一人でエネミーを倒せるとこだったんだよ? それをさー、あのウナギがさー。……あー、なんだか腹減ってきた。夏バテにはウナギが良いって言うよね、土曜の牛の日……あ、今日土曜日だ。誰か傷心の弟子にウナギご馳走してくれる師匠がいないかなー?」

 

 別に土曜日のことを指してはいない上に、今年はもう過ぎている土用の丑の日を持ち出して、中々に図々しいことを言い出したデューに、今度は大悟が溜め息を吐く番になる。

 

「アホなこと言ってんな。デュエルアバターに水も食事も必要ないだろうが」

 

 デュエルアバターが栄養不足で餓死をすることなどまずないのだが、無制限中立フィールド内にはショップをはじめとして、食料品や食材アイテム、飲み物などの飲食物を入手することはできる。実際に大悟も飲み食いの経験は幾度となくあるものの、デュエルアバターの身には空腹は無視できるものだ。

 ところが、デューは「えー?」と異論を唱えだす。

 

「でもさ、食べることは栄養を摂る以外にも生きる上での楽しみだって言うよ? ちょっと前にダフネがスープ作ってくれたことがあってさ、あれうまかったなぁ……味も具の触感もリアルと変わらなかったし」

「生きる上での楽しみ、ねぇ……」

 

 所詮は娯楽の域を出ないと断じるのは簡単だが、長時間の鍛錬の中で休憩も兼ねて軽食を摂ることは、モチベーションの維持に効果があるのかもしれないと、大悟は一考する。

 ──……今度何か用意しておくか。確か前に握り飯が売っていたショップがあったような……。

 

「……ところで、今どこに向かってんの? まぁまぁ歩いたけども目的地はまだ? もしかしてこのステージでしか出現しないエネミーとか探してる?」

「ん……あぁ、もう少しで着く。今の食べ物の話じゃないが、ずっと戦い通しで根を詰めすぎるのも良くないからな。少し息抜きだ」

 

 訊ねるデューにそう答えてから、しばらくして大悟が足を止めた場所は、現実の高層ビル群に該当する巨木が立ち並ぶ場所だった。

 その高さを見上げるデューがげんなりとした様子で呻く。

 

「息抜きって木登り? 何もこんなバカでかいのを登らなくたって……」

「《腐蝕林》ステージは建物進入不可能だからな、エレベーターが無いんだ。いいからもう少し付いてこい」

「もう少しって?」

「一番上まで」

 

 巨木の一つに足をかけ、大悟は瘤などの突起によって見た目よりもずっと登りやすい幹をひょいひょいと登り始めた。下を向くと、デューがいかにも渋々といった様子で付いてきている。

 登ること数十分。二人はようやく木の天辺に辿り着いた。

 

「ひぃ……や、やっと着いた……」

 

 乗っても問題ないほどに繁茂している濃い黄色の枝葉の上で、デューが大の字に寝転がった。

 大悟もその場で胡坐をかき、軽く息を整えてから指を差す。

 

「ほれデュー、景色を見てみろ」

「景色ぃ……? そんなの見たって腹膨れないじゃん」

「いいから、ほれ」

 

 大悟に促され、のろのろと体を起こすデュー。いかにも乗り気でなさそうな様子はすぐに変わった。

 目線の先に広がっているのは、世界。緑色した空の下、どこまでも広がるジャングル。少し向きを変えれば、更に広い海が見える。

 

「…………すげえ」

「たまには良いもんだろ? こういうのも」

 

 大悟は長く加速世界に留まるときは、時折このような高い場所に登って景色を眺めることがある。エネミーとの戦いや技の修練の中でのわずかな休息、気分転換。また、今回のようによじ登ることもアバターの動きや機能を理解するという点で、まったく無駄な行為というわけではない。

 

「本当にどこまでも広がってるみたいだ」

「ブレイン・バーストはソーシャルカメラの範囲内だから、日本の領土までしか存在しないはずだがな。ステージが変わるだけで、この場所から見る景色も大きく様変わりする。《腐蝕林》は特別見栄えの良いステージでもないんだが、それでも中々……」

「へぇー……見てみたいなぁ、もっといろんな場所」

 

 デューの様子を見るに、どうやら連れてきた甲斐はあったようだ。

 じっと景色を眺めるデューを横目に、大悟は咳払いをしてから口を開く。

 

「……それとな、さっきのエネミー相手の動きはかなり良かった。成長が目に見えていた。レベル4になって間もないのに、あそこまで立ち回れる奴はそうはいないはずだぞ」

 

 ──あ、しまった。あんまり褒めると……。

 つい褒めすぎたかと大悟は思ったが、もう遅い。

 こちらを向いてぽかんとするデューが、ゆらゆらと体を揺らしだす。

 

「へへへー。えーなんだ師匠ってば、俺が落ち込んでるからってわざわざここに連れてきてくれたんだ。無愛想に見えて、なんだかんだ弟子思いなんだからこのこのー。もっと素直になれば良いのに。あ、あれだね、いわゆるツン──あだだだだだ!?」

 

 肘で小突いてきたり、ばしばしと背中を叩いてくるデューの右腕を取って、大悟は関節を極めた。

 

「調子に乗るな」

「イ、イエッサー! イエッサッサー!」

 

 大悟はギブアップ、と自由な左手でタップをするデューを離してやる。

 

「俺をからかおうなんざ百年早いぞ」

「ひー痛てて……冗談通じないんだからもう……」

「そういえばお前さん、そこまで強くなりたいってのは、何か目標でもあるのか?」

 

 ただ何となくだった。そんな疑問が頭に浮かんで、大悟はデューに訊ねてみた。特に深い意味もなく、会話のネタ程度のつもりで。

 

「……うん。俺にはどうしてもやらなくちゃならないことがある。あいつを……《全損》させる。俺の《親》をそうしたように、今度は俺が《ブルー・ナイト》を永久退場させてやるんだ」

 

 そんなことを口にするデューのアイレンズに、大悟は一瞬だけ昏い炎が燻っているように見えた。

 

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