アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

8 / 57
第八話

 第八話 貪欲なる王

 

 

 次に大悟がデューの鍛錬を行うことになったのは、盆を過ぎた八月中旬のことだった。詳しくは確認しなかったが、デューもデューで忙しかったらしい。

 ようやく都合の合った当日の待ち合わせの時間になり、大悟は無制限中立フィールドに赴いたのだが──。

 

「遅い……」

 

 薄青色の空の下、大悟は一人呟いた。

 デューによると今回ダフネは来られないらしいので、これまではプレイヤーホームが出現していたこの場所は、今は何もない空き地である。ブレイン・バーストでは、ホームの鍵を所有する者が接近しない限り、施錠されたホーム自体が出現しないのだ。

 それでも変わらずにここを集合場所にしたのだが、デューは待てど暮らせど現れず、大悟はこうして待ちぼうけをくらっていた。

 前回も前々回もデューは先に待っていたのに、今回はどうしたのだろうか。そう考える大悟は一つ心当たりを思い出した。

 ──パトロールってやつかな……? 

 無制限中立フィールドにダイブしたら毎回行っているという、周囲の見回りをしているのかもしれない。それでも時間になって来ないのなら何かあったと考えるべきだろう。

 このままこの場所にいるのにも焦れてきた大悟は、ここは一つ探し回ろうと決めた。

 まだ着いて三十分そこそこだが、待たされるのは好きではない。ここではリアルのようにニューロリンカーで連絡を取ったり、暇を潰すこともできないので尚更だ。

 入れ違いになるのも考慮して、ストレージから一本の筆を取り出す。自動で墨汁が染み出すそれで、大悟はこの場を離れる旨と離れた時点でのリアルでのおおよその時刻を、一つの岩に書き込んだ。

 この《砂塵》ステージのほぼ唯一のギミックである、巻き込まれれば全身を鑢がけにされた末に死亡する危険もある砂嵐が通りさえしなければ、メッセージが読めなくなることもないだろう。もし結局出会えずじまいになったのなら仕方ない、そんな日もあると諦めることにする。

 

「どこで油を売っているのやら。理由によっちゃ拳骨だな」

 

 そうして、砂嵐を回避しがてら、現実の建物が変化した褐色の巌窟で休憩を一度挟みつつ、適当な方角に足を運ばせることおよそ一時間。大悟の気を引き締める事態が起きた。

 

「これは……」

 

 現実では港区の白金台、広い敷地を持つ《自然教育園》よりも少し北東に位置する、大悟の記憶では何かしらの研究施設か病院だったはずの敷地内。

 この場所の岩や地面にいくつかの妙な黒ずみが見られた。その部分はまるで溶けたかのように不自然に形が崩れているのだ。顔を寄せてみると、かすかに()えた匂いが鼻をつく。

 そしてすぐ近くの地面に、心当たりのあるサイズをした足跡を見つけた瞬間、大悟の胸中を嫌な予感が占めていく。

 分かったのはデューが『何か』に遭遇し、戦闘になったということ。この足跡はデューが強く踏み締めたことでついたものだろう。

 問題はそれがいつのことなのかということと、デューの所在だ。

 ──この黒いの、そう古いものじゃないが二、三時間でできたものでもないな……。

 大悟が黒ずみに触れても、その表面の細かい砂粒しか指には付かない。

 無制限中立フィールドでデュエルアバターが死亡した地点に発生する《死亡マーカー》は見当たらない。この場から逃走したのなら、大悟との待ち合わせ場所に着いていただろう。

 交戦中に戦闘から離脱できたのはいいものの、ダメージを受けすぎたので一度ポータルでログアウトした後に、全快の状態で集合場所に戻ろうとしている。そんな線も有り得ない話ではないのだろうが、そう楽観的にもなれない。

 どうしたものかと考える大悟は、ふと粘っこい視線を感じ、はっと顔を上げた。

 前方の岩の陰より現れたのは、乾いた血のような赤黒い鱗に覆われた、四つの首を持つヘビ型エネミー。大きさからして小獣(レッサー)級か野獣(ワイルド)級か。

 エネミーは大悟を見るなり四つの顎を外れそうなほどに開くと、見た目にそぐわない速度で襲いかかってきた。

 

「ったくこんな時に……!」

 

 今はエネミーの相手をしている場合ではないのにと、迫る四つの頭を舌打ちして避けた大悟はあるものを見た。避けたエネミーの頭の着弾地点。そこが砂埃だけではなく、紫の煙を上げる。すぐに収まった煙の発生元には、周囲に見られるものと同じ黒ずみ。

 そして、すでに二割ほど削れている、エネミーの体力ゲージ。

 ほんの一瞬だけそれらに目を奪われた隙を突かれ、エネミーの首の一つから吐き出された、どす黒い液体を大悟は完全には回避しきれず、右脚に液体が降りかかる。

 

「ぐっ……」

 

 強い酸か毒か、焼けるような痛みと共に大悟の体力が削られる。

 続けてエネミーは四つの首がそれぞれ大悟の手首足首に巻きつくと、どういうことか大悟を捉えたまま移動を開始した。

 

「この……放せ!」

 

 大悟は手足を動かしてエネミーを引き剥がそうとするが、エネミーに振り払う方向に合わせて首を器用に動かされてしまい、力が乗らない。

 一体どこへ連れていこうというのか。大悟がエネミーの奇妙な行動を理解できずにいると、エネミーはすぐ近くの巌窟群のひとつに入り込んだ。

 内部は入るなり地下へと続く斜面となり、薄暗い下り道を進めば進むほど、入った直後から感じていた饐えた匂いがどんどん強くなっていく。

 やがて坂道が平地に変わると、大悟はエネミーに唐突かつ無造作に放り投げられた。

 転がった大悟は素早く立ち上がってエネミーと対峙しようとするが、エネミーはそのまま大悟を見向きもせずに出口へ向かっていってしまった。しかも、出口にはもう一体同じ姿をした四つ首ヘビのエネミーがいて、大悟を運んできた個体を通すと、すぐに移動して出口を塞ぐ。

 その時、訳が分からないでいる大悟は背中にひどい悪寒を感じた。

『何か』が、こちらを見ている。『何か』に、見られていた。

 振り向きつつ周囲を見渡す。壁に括られた松明に照らされた広い空間。現実での建物の上下数フロア分を全てぶち抜いて作られた──おそらく建物の地下部分全体がワンフロアになっている地下空洞を、規則的に並んだ柱が支えている。

 その奥にとんでもないものがいた。

 赤黒い鱗に覆われたでっぷりと肥えた巨大な胴体が、鎮座するように床へ横たわっている。左右からは三本ずつ生えている四本指の肢。胴体とは相対的にあまりにも細く、明らかに胴体を支えて移動することはできそうにない。

 そこに繋がる、いつぞやのヤツメウナギ型エネミーよりも太い首は、およそ六メートルまで持ち上がって鎌首をもたげており、後頭部に環状に並んだ突起は冠を被っているようにも見えなくない。

 そして、頭に対してとても小さな、純度の低いガーネットのような両眼。その卑しげにこちらを睥睨(へいげい)する視線こそが、大悟の感じた悪寒の正体だった。

 遅まきながら三段の体力ゲージと《バジリスク》と読める英名が、視線の端に表示されていることに大悟は気付く。

 固有名を持ち、巨体に見劣りしない、全身から発せられる威圧感。それは巨獣(ビースト)級よりも更に上のエネミー、《神獣(レジェンド)級》エネミーのそれに他ならない。

 世界各地の神話に登場する神魔霊獣(しんまれいじゅう)の名を持つエネミー達は、そのほとんどが無制限中立フィールドにそれぞれが縄張りを持っていて、中にはダンジョンのボスとして君臨する存在さえいるのだが──。

 ──こんな所にこんな奴がいるなんて聞いたことがない。特定のフィールドでしか出現しないタイプか? それとも遭遇して生きて帰った奴がいないのか……いや、今はそんなことはどうだっていい。逃避をするな、どうにかしてこの状況を乗り切る方法を考えろ! 

 

 気圧される心を奮い立たせようとする大悟は、そんなヘビとトカゲが融合したような怪物バジリスクの少し前方に、くるくると回っている水色をした物体が目に留まった。エネミーの巨体と威圧感に目を奪われ、これまで気付けなかったそれが、死亡マーカーだと大悟が理解した直後。

 六十分の死亡待機時間を終えたマーカーが、全身を鎧に包んだ小柄な騎士型アバターへと変わる。

 

「デュー……!」

 

 蘇生したデューは大悟の声に反応しなかった。それどころか、目の前のエネミーが見えていないはずがないのに、両膝を着いたまま動こうとしない。

 待ちわびたとばかりに、ぐばぁっと湿った音を立ててバジリスクが大口を開ける。そのまま眼前に提供された料理を食そうとするかの如くゆっくりと頭部が下がって──。

 

「デュー!」

 

 大悟は駆け出し、バジリスクの頭が届く寸前にデューを小脇に抱えると、そのままカーブを描きつつ、全速力で元居た場所まで引き下がる。デューが軽量級でなければ間に合わなかっただろう。

 

「何やってんだ、しゃんとしろ!」

 

 大悟が激しく肩を揺さぶると、ようやくデューはこちらを振り向いた。しかし、そのアイレンズには恐怖と、それ以上に諦観の念が感じられる。

 

「……師匠? どうしてここに……」

「お前さんが来ないから探し回っていたんだよ。それよりこっちの台詞だ、どうしてこんな所に──」

「ギャジャラララララ!!」

 

 大悟の質問は獲物をかっさらわれて怒り狂う、バジリスクの空気をかき鳴らす叫びに遮られた。首を揺らし、駄々っ子のようにばたつかせた六本肢が地下全体を揺らす。背後の出口を塞ぐ四つ首のヘビエネミーも、同調するかのようにシューシューと空気を吐き出していた。

 

「集合時間の一日前にダイブして……エネミーを何体か狩ろうとしたんだ」

 

 デューが消え入りそうな掠れ声で口を開き、ぽつぽつと事情を説明しだした。

 

「……それで戦ったんだけど捕まって、ここに連れてこられて……ランスも壊されて……何度も俺……俺、もうポイントが…………あと五ポイントしかないんだ」

「っ!?」

 

 つまりデューは待ち合わせより早く──といっても現実では一分半にも満たない時間差で、無制限中立フィールドにダイブしていた。しばらく間の空いた鍛錬前にほんの準備運動、体を温めるつもりで単独でエネミー狩りをしようと考えたのだろう。

 そうして戦闘時に大悟同様に隙を突かれて捕らえられ、神獣(レジェンド)級エネミーの前に連行され、今まで殺され続けていた。

 責められはしない。縄張り外からバーストリンカーを引き込むエネミーなど、大悟は聞いたこともない。あの戦闘の痕からデューが奮闘したことも窺えられた。

 ともかく結果的にデューは《無限EK》に陥ってしまったのだ。

 EK(エネミー・キル)。その名の通り『エネミーに殺される』ことで、強力なエネミーの縄張り奥深くで死亡してしまい、復活後にすぐに同じエネミーに殺されることを繰り返す状態。故に無限EK。

 少し前までは《無限ED(エネミー・デス)》と呼ばれていたのが、エネミーを利用して別のバーストリンカーを連続で殺させるという事態が何度か起きたことで、呼び名が少し変わった経緯がある。

 この場の出口は一つで、そこを他のエネミーが守っている。しかし、そちらに長く意識を向けようものなら、バジリスクに殺されてしまう。

 かといって、正攻法で倒そうにも相手はエネミーの中でも上位の強さ。経緯はどうあれ、この場所に入ってしまった時点で無限EKから逃れるのは非常に困難だ。それでも──。

 

「……デュー、大丈夫だ。絶対にここから逃がしてやる。だから立て」

「…………」

 

 デューからの返事はない。

 無理もない。残りのバーストポイントが一桁になるまで殺され続けたのだ。そうでなくとも日常的にポイントを使用していると思われるデューでは、元々の保有ポイントもそう多いものではないのだろう。

 だが、過ぎたことを嘆いていられないのも事実。

 まずは、と大悟はデューに向かって手を伸ばし──。

 

「うっ……!?」

 

 うなだれているデューの額にデコピンを食らわせた。

 本来なら拳骨をかますところを、今のデューには体力ゲージの一ドット分すら貴重なので、その貴重な一ドット分を ──デューの体力ゲージは見えないので、大悟の見立てで消費して活を入れる。このまま心が完全に絶望で埋め尽くされれば、デュエルアバターを完全に動かすことができなくなる《零化現象(ゼロフィル)》を起こしかねない。

 

「お前さん、兄貴の仇討ちがしたいとか言っていたよな。だったら、ここで全損するわけにはいかないだろうが」

 

 発破をかける意味で以前聞いたことを持ち出すと、こちらを見上げるデューの未だ諦観の消えないアイレンズに、わずかに光が戻った。

 

「……戦えとは言わない。ただアレには近付かず、攻撃は避けろよ。できる限りターゲットがこっちに向けられるようにする。……よっと」

 

 デューの両脇を抱えて無理やり立たせると、大悟は前に出て蛇の王に改めて向き合う。

 

「よう怪物、同じものばかり喰うのも飽きただろ。一つ口直しはどうだ? 喰えるもんならよ」

 

 この状況は大悟にとって思いがけずに起きた、ある種の正念場だ。己の研鑽してきたものが神獣(レジェンド)級エネミーにどこまで通じるのか、という。

 その答えを出す為に、そしてデューと生きてここから出る為に。

 これまで誰かに話しかけられたことなど、一度としてないであろうエネミーに、大悟は効果があるのかも分からない挑発をしてみせ、戦闘体勢を取るのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。