様々なモノを宇宙に送る中、世界が初めて宇宙へ送り出したのは一人の『ウマ娘』だった。
彼女の名前はライカ。人類初と呼ばれなかった、偉大なる宇宙の旅人。
※この小説はウマ娘プリティーダービーを原作としていますが本編と全く関係がありません。歴史と作者の自己満の捏造であり若干のグロ描写もあるので苦手な方はブラウザバックしてください。
私はまわりを見渡したが、神は見当たらなかった。』
ユーリイ・ガガーリン
宇宙。それは今尚すべてが謎に包まれ、古くは神が居たとされ、その実在を確認できていない無限の空。
神の姿を一目見ようと、その姿を求めて人は星を見上げ、理論的に明らかにしようとしてきた。
ガリレオに代表される天文学の歴史は神学との関連が深く、常に神の姿を求めて人は空へ思いを馳せたのだ。
ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』。人はやがて、宇宙への思いを見上げるだけでは無く辿り着きたい彼の地へと変えた。
世界中で夢想家や科学者達が非現実的な方法での宇宙到達を構想し、やがてその熱意は太平の世に届き人類の総力を上げた宇宙開発が始まる。
1903年、ロシアのツィオルコフスキー博士が液体燃料型多段式ロケットや人工衛星、惑星への殖民など宇宙開発の基礎技術を提案、それから早くも1926年にアメリカで液体燃料ロケットの打ち上げに成功した。1927年にはVerein für Raumschiffahrt、つまり宇宙旅行協会が設立され、宇宙への期待がますます加速していった。
その後2度の大戦を経験した人類は戦火の中で宇宙への希望を繋ぐ為にフォン・ブラウン博士らはロケット兵器の開発という泥をかぶりながら技術を発展させ、やがて宇宙開発の全盛期が来る。
アメリカ合衆国とソビエト連邦、二国による冷戦下での宇宙開発競争だ。
フォン・ブラウン博士が悪名を背負いながらも繋いだ宇宙への夢は歪な形であれどついに世界へ届き宇宙へ手を掛けたのだ。
二国は次々とロケットの打ち上げを行い、宇宙開発競争と呼ばれるほどの熱意を持って物を、生き物を宇宙へと送り出した。
これは、その中で未来への希望を背負い全人類の夢を叶えるために犠牲となったひとりのウマ娘、ライカの物語である。
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宇宙開発においてアメリカの先を行くソビエトロシアではついに有生物飛行を行う事が決定された。
航空戦力、技術力の面でアメリカの後手を行くソビエトロシアの宇宙開発及びロケット兵器開発は最も力を入れられた分野で、科学大国としてアメリカよりも先を行くことが火急であった。
有生物飛行を行うに当たり、何を送り出すかが議題に上がった。宇宙空間においてこの時代に最も問題視されるのは無重力状態でも無酸素状態でも無く、一重に動かない事であった。
当時の技術力の関係上、ロケット内の搭乗スペースは限りなく狭く、基本的に動くことで生命を維持する生物ではその狭さに耐える事が出来なかった。
いくつかの動物が検討・実験され、やがて多大な犠牲の中から最有力候補として上がったのが、当時のソビエトロシアで動物として扱われていたウマ娘であった。
ソビエトロシアではウマ娘の排斥、隔離を行ってきた歴史がある。それはコサックウマ娘に代表される騎バ民族はソビエトロシアの前身であるロシア帝国の象徴的な存在であった為だ。ただそれだけの感情論的な排斥でウマ娘達はソビエトロシアにおいて動物として扱われ、根拠の無い科学的な論文によって家畜とされてきた。
そんなウマ娘が有生物飛行の対象として選ばれたのは、人間以上の身体能力と動物以上の意思疎通を可能とする事を考えれば当然の事であった。
ソビエトロシアは収容所から若く優れたウマ娘達を集め、様々な訓練を行った。主なものとしては無重力状態での脈拍を抑える訓練、室温の急激な変化に耐える訓練等である。
そして多くの犠牲者を出しながら訓練を耐えきり、遂に宇宙へ飛ぶ事が決まったのが、『ライカ』というウマ娘であった。
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無重力訓練の為のジェット機から降りると、待機所で彼女は地上の感覚を取り戻すために足踏みをしていた。汗で濡れた特徴的な青い髪は艶めかしくゆるやかなカールを描き、彼女の動きに合わせて上下していた。
「訓練お疲れ様、早くシャワーを浴びに行かないと野郎どもと一緒に浴びることになるよ。」
そう声をかけると集中していたのか彼女はやっとこちらに気づいたように金色の瞳を向け、足踏みをやめて静かに微笑んだ。
「こうして地上に降りたときに、足を動かしておかないと二度と走れなくなる気がして、ついつい時間をかけてしまうんだ。」
彼女はそう言いながら僕の手から水筒を受け取り中の水を飲み、残りを頭から被った。汗で濡れていた彼女の髪が水でぺたりと張り付くように重さを増し、透けた服は肌色を浮かせたわけでもないのになにか良くないもののように思えて僕は気恥ずかしさから思春期の少年のように目を逸らした。
そうして冷たい水を浴びてさっぱりした様子の彼女は僕の提案通りタオルを持ってシャワー室へと向かった。彼女の汗の匂いが残る待機所の窓を開け、換気をしながら僕は静かに息を吐く。
彼女の名前はライカ。世界初の宇宙旅行へ招待された幸運で不幸なひとりのウマ娘だ。茶色や黒の髪に白い髪が交じる髪色が多いウマ娘の中で珍しく彼女は深い青色の髪で、瞳は金色。彼女を見ているとまるで宇宙を見ているかのようで、選ばれたのは運命だったのかと思える。
ウマ娘である彼女をヒト扱いしない政府の上層部と違い、僕ら一般人の中では彼女は共に宇宙を目指すクルーの仲間だ。ただ、僕らよりも早く彼女は宇宙へと向かい、僕達は彼女の後を追う事になる。
それはとても不幸な事で、悲しい事実だったが彼女は明るく笑いながら、
「私はウマ娘だから、追うよりも先に進む方が向いているよ。誰よりも早く前に進むのさ。」
といった。
有人宇宙飛行として扱われない彼女の宇宙旅行は、行きの駄賃しか貰えない。僕らヒトと違って動物としてしか扱われないこの国では彼女は実験動物で、ロケットの中のストレス下で薬物による安楽死が決定されている。薬で死ぬのが先か、高負荷で死ぬのが先か。そんな誰もわからない暗闇の中を彼女は進むのだ。
「シャワー上がったよ、紳士くん。私は先に食堂に行っているから私がナンパされないうちに同席したほうがいいぜ?」
彼女の軽口にハイハイ、すぐに行くよと返事を返しながら僕はシャワー室へと向かった。
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生物がロケットにより宇宙へ向かう際、どのような問題があるのか?
先ずはロケット内の高熱化が問題点として存在する。ロケットが上昇していく際にその高速による摩擦熱が発生し、ロケット内部は生物の耐えられる温度を容易く超える。有生物飛行では宇宙空間での生命維持の実験の為に断熱材と生命維持装置が取り付けられるが、それが耐えられるかどうかについては、不明である。
なぜなら、その為の実験だからだ。
次に、積載量問題による酸素欠乏の問題がある。この時点のロケット、ライカの乗るスプートニク2号は人間が乗れるほどのスペースはまともに存在せず、よって積載する酸素も5日分ほどしかない。それも何が起こるか分からない宇宙空間での事であり、到達する前に酸素が欠乏する可能性すら存在するのだ。
ライカの乗るスプートニク2号。はじめ、犬を載せたロケットにするはずであったそれは、冥府への片道切符どころか無人の闇へ飛び立つ鉄の棺桶だった。
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1957年11月3日。遂に彼女が飛び立った。
人が乗るにはあまりにも狭い宇宙船に、僅かばかりの流動食と空気、そして人類の夢を載せて勢いよく空へ飛んでいった。
彼女は宇宙へ向かう前に、静かに僕に思いを吐露した。
「ウクライナに生まれて、シベリアの収容所に閉じ込められてから、私は一度も自由を感じたことは無かった。
狭い檻の中で寒さに震えて計画的餓死を待つだけの人生だったけど、宇宙飛行に選ばれて、私は初めて自由になったんだ。
君の乗る
そう言って彼女は僕にもたれかかり、静かに目を閉じた。柔らかだが筋肉質で力強い彼女の身体を感じ、普段なら興奮する僕だったが、とてもそんな気分に離れなかった。
「星を見るのが好きだった。それに私の母親はウマ娘には珍しいキリスト教徒でね、神様が本当にいるのか知りたかった。
私達ロシアのウマ娘の境遇を助けてくれない神様なんて本当にいるのか疑問だけど、空を見上げると宇宙は広すぎて本当にいるんじゃないかって思えてきたんだよ。
それで、私に答えを知る機会が与えられた。まるで神様に呼ばれている気がしたんだ。」
僕は静かに彼女の頭を撫でた。青い髪の中に潜る耳が擽ったそうにぴくぴくと動き、静かな動きで催促してきた。
「宇宙について勉強する中で、私が一番に知れることに興奮した。やかましいクルーの仲間達と空を見上げて、ひとりじゃない事に安心した。キミと出会えて、キミより先に未来に進める自分に優越感を覚えた。
全部、私の中で大切な事だった。自由って、檻の中で想像していたことはこれなんだなって思えた。」
彼女は顔を伏せて僕に見えないようにしていたが、肩を震わせているわけでもない彼女が泣いているように僕には思えた。撫でる手を止め彼女の肩に回して静かに力強く抱きしめると彼女の手が僕の手に重なった。
「僕はキミより先に、神様を探しに行くよ。
あんなに広い宇宙なんだから、神様はきっといる筈さ。
それで、神様に会ったら僕はお願いするのさ。
もう一度、キミとクルーの仲間達と、ここに来させてって。」
彼女はベンチから立ち上がり、僕を振り返ってニカッと笑った。
「私は先に宇宙で待ってるよ。
私がもし神様に会えなくて、宇宙のどこにも見当たらなかったら、そのときは君が探しに来てね。
そうして彼女は旅立った。
遥かなる宇宙旅行へ、沢山の羨望と夢と希望と僕達の絶望を載せて。
神様を探しに君は旅立ったんだ。
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スプートニク2号の打ち上げ成功は、アメリカへスプートニク・ショックとして多大な影響を与えた。
同年10月に空へ打ち上がったスプートニク1号を見上げた人類は、二番目に上がった彼女を地上から見上げた。
青空の中白い軌跡を残しながら一直線に宇宙へ向かう彼女の姿はまるで駆け出すレースのようであり、全人類の心の中に何か熱い思いを残した。
スプートニク2号に大気圏への再突入の為の設備がついていないことを人類が知ったのは、彼女が宇宙へ到達した頃だった。
記録によると軌道投入までは順調であったものの投入後に分離するはずであったロケット本体と衛生の分離に失敗し、スプートニク2号はロケットと結合したまま周回軌道へと入っていった。さらに断熱材の一部が損傷し、内部の温度は40℃まで上昇した。
搭乗していたウマ娘、ライカがいつまで生存していたかは正確には分かっていない。データでは彼女は動揺しながらもニンジン流動食を口にしたとされる。
その後、高熱化したスプートニク2号内部の異常な高温に晒され、彼女はストレスにより一日か二日しか生存出来なかったとされる。
これらのデータは、ソビエト崩壊後の2002年に公開された。
スプートニク2号からの通信は11月10日に途絶え、更に打ち上げ162日後の1958年4月14日に大気圏に再突入し消滅した。
最後の通信は途切れ途切れで破損しており、彼女の残した遺言は不明であった。
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『世界的な大ニュースです。ソビエト連邦の宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリン氏が宇宙軌道での旅行を終え、地球に帰還しました!』
1961年4月12日。僕は彼女の背中を追って、宇宙へ向かった。
彼女の時と違い、広い生活スペースと充分な食料と酸素、そして帰りの為のチケットを手にして。
誰もが僕を称賛した。世界は初めての有人飛行に興奮し、人類の偉大な一歩に選ばれた僕を羨望と夢の眼差しで送り出した。
沢山のインタビューに答え、宇宙への夢や希望を語ってきた僕だけど、本当の思いは違った。
君に、会いたかった。
あの日君は、神様を探しに行くと言って居なくなった。探しに来てねと言って、闇の中へ消えていった。
君は、神様に会えたのだろうか。
宇宙には、本当に神様がいたんだろうか。
その答えを知りに、君を探しに僕は行くよ。
あの約束を守る為に、宇宙へ飛び立つよ。
やがてロケットは成層圏を抜け、ロケットの噴射が終わって僕は周回軌道に放り出された。視界には無限の暗闇が広がっていて、地上で見るよりもなんだか暗く見えた。
くるりと宇宙船が回るに連れて、地球の姿が露わになる。海に囲われた僕らの故郷は青く美しく、大気のうねりが生命を感じさせた。
無音の感動の中、僕は大きく涙を流した。これが、君の見た景色なのか、地球はなんて美しいんだ、様々な思いが僕の心を飛び出しそうになったが、それ以上に大きく、冷たい穴が空いた。
思い出すのは、宇宙のように暗く、地球のように青い君の髪と月のように輝く君の瞳だった。
その姿がどこにも無くて、僕は悲しみに涙したのだ。
「空はとても暗かった。一方、地球は青みがかっていた。
私はまわりを見渡したが、
だから、神はどこにもいなかった。」
深い絶望と悲しみの中で、僕は君を弔った。
僕の淡い想い。君の深い青色。
宇宙に浮かぶ月はとても綺麗だった。
宇宙開発において絶対という言葉は存在せず、安全という言葉も存在しない。アメリカNASAに建てられた宇宙開発に関わった者のための慰霊碑の巨大さがそれを物語っている。
ライカの飛行や沢山の動物実験を乗り越え遂に飛び立ったユーリ・ガガーリンの帰還であったが当初彼は地球には戻れないと考えられていた。その為彼の飛行中に彼は二階級特進し、実質的な死者として扱われた記録がある。