俺の前に湯気をまとった深皿がテーブルに置かれると、こんがりと焼けたチーズの香ばしい匂いがふわりと広がった。満を期してスプーンを入れると、とろりと糸を引くチーズの下から、クリームソースをたっぷりとまとったキノコたちが顔を出す。
「おい、良い機会だから聞いてやる。正直に答えろ。お前はいったい何を企んでいる?」
「ちょ、デビットさん。アノス君は別に何かを企んでなんか……」
「いいや愛子。たとえ君の言葉でもこれは譲れない。ただでさえ魔王の天職を授かるなど前代未聞だ。その上、我々に協力的な他の神の使徒の方々に対して、こいつだけは何もせずにあちこちをふらふらしているだけときた。神殿騎士護衛隊長として、これ以上こいつの不審な行動を見過ごすことはできない」
ひとさじ掬えば、まず舌をくすぐるのはトータスにて『月影マッシュルム』と呼ばれるキノコ。滑らかな舌触りと優しい旨味が、グラタン全体の基盤を支える。
「隊長の言う通りだよ。異世界から召喚された神の使徒の中でも彼だけは明らかに異質だ。教師である愛子にとって生徒の一人だという話だが、彼のことをそれほど詳しく知っているわけではないんだろ?」
「チェイスさん。それは……そうかもしれませんけど」
「だいたい普段の言葉遣いからこちらに対して敬意というものを感じない。聞いた話だがイシュタル教皇に対して、我らが創造神エヒトルジュエ様を侮辱する言葉を吐いたらしいじゃないか」
続いて『紅樹しめじ』のぷりぷりとした弾力が歯に心地よく跳ね返り、わずかに甘酸っぱい香りが鼻を抜ける。『雷鳴エリンギ』は噛むほどに旨味がじわりと広がり、まるで森の滋味そのものを食べているようではないか。
「おい、お前。お前には教会上層部から既に異端審問にかけるべきだって話も上がっている。今のお前の態度次第では、異端者認定も十分あり得るんだ。素直に俺達の言うことを聞いた方がいいと思うがな」
『白霧ポルチーニ茸』の濃密な香りがクリームソースに深みを与え、『星降りトリュフ』が小さな粒となって芳香を広げる。さらに『蒼光しいたけ』の肉厚な食感がひとくちごとに満足感を添え、『夜鳴きヒラタケ』が後味にほのかな苦味を残し、濃厚な味わいを引き締めていく。
「正直に答えろ。お前一人訓練にも参加せずに何をこそこそ動いている? まさか魔人族と裏で通じているんじゃないだろうな?」
「それにあなたの使う魔法についても答えてもらいましょうか。あなたの使う魔法は我らのものとは違う。愛子の世界には魔法が存在しないと聞いていますし、どこでそれほどの魔法を身に着けた? もし何もやましいことがないのであれば、今すぐあなたが使える魔法の魔法式を全て我々に提出してもらいましょうか。我らの手で精査する必要があるので」
熱を帯びた七種のキノコの饗宴は、森と大地の精霊が祝福した一皿のよう。こんがり焼けた表面のチーズが糸を引き、クリーミーなソースと絡み合った瞬間、まるで北の山脈地帯そのものが舌の上で踊り出したかのような、豊潤で複雑な味の世界が広がった。
うむ、なんとも素晴らしい味だ。母さんの作るキノコグラタンが至高であるという評価は揺るがぬが、知る人ぞ知る名店であるウィステリアで食べたキノコグラタンには匹敵するかもしれぬ。期待を裏切らぬ素晴らしい一品であった。
「おい! 貴様。さっきから聞いているのか!!」
「聞いてはいるぞ。ただキノコグラタンより優先する理由がないのでな。話は食べ終えたあとで聞いてやるゆえ、静かにするがいい。マナーがなっていないぞ」
さきほどから俺に話かけてきていたのは神殿騎士であり教会から愛子の護衛を任命された者達だ。愛子専属護衛隊隊長のデビッドを筆頭にどうやら愛子に気があるようなそぶりを見せている。それが本心によるものか、それとも教会の命によるものかどうかはわからぬが、エヒトの正体を知る身としてはあまり仲良くできるようには思えぬ者達だ。
俺の言葉から全く相手にされていないことが伝わったのかデビッドは、怒りなのか顔を真っ赤にした。そして、まともに答えぬ俺から矛先を変え、その視線がシアに向く。
「ふん、マナーだと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方がマナーがなっていないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」
侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせた。思えば森を出てから出会った人間は俺の仲間達やキャサリンのような人間が出来ている人物ばかりだった。ここにきてシアは初めて人間から明確に悪意を突き付けられた形になる。外の世界に慣れてきていたところへの不意打ちだったからか、思いの他ダメージがあったのだろうシアは顔を俯かせていた。
よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ている。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士だ。聖教教会の中枢に近い人間であり、それは取りも直さず、亜人族に対する差別意識が強いということでもある。何せ、差別的価値観の発信源は、その聖教教会なのだから。
そのあまりの物言いに愛子が注意しようとしたが、その前に俺の横から冷気が漂ってきた。見ればアレーティアの持っているカップの中身が凍結している。目を見れば先ほどの発言を行ったデビットに対して冷たい視線を向けていた。そんなアレーティアに対し俺は優しく手を伸ばし、頭を撫でてやる。
「抑えよアレーティア。感情の高ぶりだけで魔法現象が起きるのは才能の証だが同時に未熟の証でもある。シアも下を向く必要はない。お前は俺の配下でありそれ以上でもそれ以下でもない。周りの視線や言葉など気にせず堂々と胸を張っていればよいのだ。それにそもそも……」
「……たかが耳の形が違うというだけで異端扱いするような、
その言葉は、明確に創造神エヒトを侮辱する言葉だ。その言葉を聞いた神殿騎士達は最初意味が分からないような顔をしていたが、次第に俺の言った言葉を飲み込んだのか明確に俺に対して殺意を向け始めた。
「貴様ッ!! 我らの前でエヒト様を侮辱するか! 貴様は異端審問を待つまでもないッ! 存在すら許されぬ異端者め、今すぐ地獄に送ってくれる!!」
神殿騎士達が憤怒の表情を浮かべ、俺に対して抜剣し、襲い掛かってくる。突如現れた修羅場に、周囲の客達はオロオロし、愛子や護衛隊たちは止めようとする。
そんな中俺は食後の茶を一口すすり、満足のいく食事の終わりを噛み締めながら、そっと一息ついた。
『ぐわぁあぁぁ!!』
俺の『一息』が直撃した神殿騎士達はまとめて吹き飛んで店の壁に叩きつけられる。
「き……さま。なに……を」
「何をと言われてもな。食事の終わりに茶を飲んで、一息ついただけだが?」
「出た……アノスの理不尽な攻撃」
冷静になったらしいアレーティアの言葉が響く中、俺は壁に叩きつけられている護衛騎士達に歩み寄る。剣を取り、立ち上がろうとした護衛騎士達に対し、俺は重力魔法を使用した。
「がぁ!」
再び地面にたたきつけられたデビットに対し、俺は言葉をかける。
「貴様らに信仰を捨てよとは言わぬ。何を信じ、どんな教えを心の支えにするかは各々自由にやるがよい。だが、妄信するあまり見えなければならないものが見えていないのは問題だ。しっかり目を見開き、耳を澄まし、肌で感じよ。己の感覚で感じたことのみが真実だ。神の教えを排して見た時、シアの姿が本当に薄汚い獣に見えるか? 実情はどうあれ、差別が悪だと教えられてきた愛子達がお前たちの行動に胸を痛めているとは思わぬか?」
地に伏せながらもデビットが愛子の方を見る。愛子はデビットのシアに対する差別発言に対して、苦しそうな顔を隠せない。こういう時愛子は素直だからな。思っていることが素直に伝わる。ここで愛子の顔を見てはっとするあたり、まだ彼らは戻ってこれる可能性があるだろう。
「近い将来、お前たちは選択を迫られることになる。今まで信じてきたものが足元から崩れ、何を信じて、何を捨てるのか、自らの意思で決めなければならない時が必ず来る。その時、お前たちに愛子が語ってきた言葉をよく思い出すがいい。愛子はまだ経験は足りぬが教師としての熱意は本物だ。その言葉がきっとお前たちが進むべき新たな道への標となる」
その言葉を最後に俺は神殿騎士達を気絶させる。後は適当にこ奴らの部屋に押し込んでおけばいいだろう。
周囲を見渡すと先ほどの騒動でいくつかの備品などが壊れてしまっている。
「<
指を鳴らすのと同時に<
「お前がオーナーか?」
「は、はいそうですが?」
スっと伸びた背筋に、穏やかに細められた瞳、白髪交じりの髪をオールバックにしている男に対し、ルタ金貨がたっぷり詰まった袋を手渡す。
「料理長に伝えてくれ。この店のキノコグラタンは非常に美味であったと。それとこれは素晴らしい料理を振る舞って貰った礼と騒ぎを起こした詫びだ。取っておくがいい」
「はい。必ず料理長に伝えましょう」
その言葉を背後に、俺はアレーティア達を伴い、自らの部屋に引き上げた。
***
月が輝きを薄れさせ、東の空がしらみ始めた頃、俺達は旅支度を終えて、『水妖精の宿』の直ぐ外にいた。手には、移動しながら食べられるようにと握り飯が入った包みがある。極めて早い時間でありながら、嫌な顔一つせず、朝食にとフォスが用意してくれたものだ。しかも俺がキノコ好きだと理解したのか、キノコの炊き込みご飯の握り飯だ。感謝の念が絶えぬ。今から食べるのが楽しみだ。
依頼を受けた冒険者達はこれより北の山脈地帯の調査を開始する。同時に俺達が極秘で請け負っているウィル・クデタ護衛任務も同時に進行する。件の護衛対象はいよいよ始まる冒険者としての活動に興奮気味だ。
そうこれから任務に向けて俺達の活動が始まろうとしている。それにもかかわらず俺の眼前で起きていることはなんなのか。
「青ランク冒険者アノス・ヴォルディゴード! アレーティアさんとシアさんとティオさんの自由を賭けて、貴様に決闘を申し込む!!」
目の前にいるのは金ランク冒険者らしいアベルという冒険者だ。全身フル装備で固めながら俺に向けて勇ましく声を上げる。
「ふむ、アレーティア達の自由を賭けてと言ったが、自由を拘束した覚えはないが?」
「惚けるな青ランク! 貴様のような雑魚冒険者の元に、美しく確かな実力を持つ彼女達が自らの意思で共にいるわけがない。きっと弱みを握って脅しているんだろう。卑怯な奴め、もうこれ以上貴様の蛮行を許すわけにはいかない!」
どうやらこやつの中で俺がアレーティア達を弱みを握って脅している最低男に見えるらしい。
「決闘は一対一で行う。僕が勝ったら、お前は彼女達に二度と近寄るな! そして、そこの彼女達は僕のパーティーに入ることになる」
ふむ、アレーティア達を俺から解放するという話だったはずだが、なぜかアレーティア達がアベルのパーティーに入ることになっているな。
「さぁ、君達。もう安心してくれ。今から君達を解放してあげよう。そして一緒に行こう! 君達ほどの実力なら歓迎さ。僕と共に金ランク冒険者として華々しい活躍をしようじゃないか!」
その言葉に得体のしれないものを感じたのか、アレーティアが雫並みに背が高いティオの後ろに隠れた。いや、隠れているわけではないのか。ティオをアベルの方にぐいぐい押しているように見える。それを横目にシアがそっと手を挙げた。
「あのー。私とアレーティアさんはアノスさんの仲間ですけど、その人は仲間でも何でもない赤の他人なので好きにしていいですよ」
「パーティーメンバーに入れるなり、ハーレムの一員にするなり、性〇隷にするなり好きにすればいい」
「ちょ、おぬしら! あの男に妾を売るつもりか!? 流石に酷いではないかッ! お、おぬし身体強化まで使って妾を押すでない!」
「あなたがべたべたアノスに着いてくるから仲間だと勘違いされる。ここで立場を明確にするべき」
身体強化まで使ってティオを後ろから押すアレーティアに対し、自身も魔力による身体強化で抵抗するティオ。いつの間にかずいぶんと仲が良くなったらしい。
「それでも俺が決闘を受ける理由がないな。これから依頼の調査だと忘れたか?」
今から調査を行うという時に決闘などやるのは空気が読めぬ奴だけだろう。
「安心しろ。貴様のような雑魚冒険者が一人欠けても何の支障もない。諸君! 自ら戦わず、彼女達ばかりに戦わせる腰抜けはこの依頼にふさわしくない! 違うか!?」
周りを引き込もうと声を張り上げるアベル。その反応はまちまちだ。
「確かにな。アレーティアちゃん達が強いのはわかるけど、あいつはどうなんだ?」
「ぶっちゃけハーレムしてるのが気にくわん。アベル共々盛大に爆発してしまえ」
「どうでもいいよ。これから依頼だぞ。何考えてるんだよ」
アベルへの批判も混じっているような気がするがアベルには聞こえていないらしい。都合の悪いことが聞こえなくなるという昔の光輝にあった悪癖に似ているな。
「おっと、のらりくらりと躱そうとしても無駄さ。なぜならこれはただの決闘じゃない。聖教教会の名の元に行われる決闘審判なのだからな」
得意げな顔をしたアベルが取り出したのは一枚の羊皮紙。
「これにより貴様は神の名の元に罪の有無をかけて決闘に応じなければならない。これを受けなければ聖教教会より、貴様は異端審問にかけられることになる」
決闘審判。確か聖教教会がもめごとを解決するために行う決闘の方式だったな。高位の聖職者を神の代行と定め、その眼前で決闘を行うことでその沙汰を決めるという。
この場にこれらの許可を出す聖職者は奴らしかおらぬな。横目で愛子より早く出ていたデビット達神殿騎士を見るとにやにや笑っているのが見えた。
「審判はこの神殿騎士騎士団長デビットが行う。これから決闘を行うわけだが、その前に身体チェックを行う。これは神の名のものと行われる聖戦である。神の意に反する邪悪なアーティファクトは回収させてもらう」
俺の元にはデビットを始めとして3人の神殿騎士がやってきて、探査魔法らしいものを幾重にも行使し、頭から足先までチェックしてくる。ちなみにアベルの方にも一人確認に向かっているが簡易の探査魔法を一瞬かけただけで終わっていた。
ガチャッ
音の出所を見ると俺の手首に何やら見覚えのない金属の輪のようなものが掛けられていた。
「これはなんだ?」
「なに、これはお守りのようなものだ。信仰に厚い敬虔な信徒であれば神の加護を授かるだろうよ」
といいつつ金属の輪から魔力を吸われる感覚がある。並の人間なら碌に魔力を使えなくなるレベルだ。お守りだと言っていたが、本来の用途は魔力封じのようなものだろう。
「では、決闘を始める。エヒト神の名の元に、今ここに聖戦の開始を宣言する」
決闘が始まると共にアベルが詠唱を始める。
「”光よ、我が身を守る盾と鎧となれ” ──
詠唱と共にアベルが着ている鎧に魔力が流れ、光を放つ。
「ふん。君のような青ランクには過ぎたものだと思うけどねぇ。彼女達の前だし特別大サービスさ。なぜ僕が金ランクで、『閃刃』という二つ名で呼ばれるのか教えてあげよう」
その言葉と共にアベルの姿が消え、背後に気配が現れる。
「
それからアベルは俺の周囲で高速移動を開始した。ちょうどガハルドと決闘した時の光輝くらいの速度はでているか。
「な、速ぇ!」
「全く目に追えねぇ。これが、『閃刃』か」
「噂に違わぬ実力者だな。金ランクも納得だ」
周囲の冒険者が称賛する中、慌てた様子で宿から愛子達が飛び出してきた。
「ちょっと、何があったんですか! どうしてアノス君が戦ってるんですか!?」
「愛子。いくら君でもこの戦いに介入は許されない。エヒト様の名の元に行われた決闘審判だからね。大丈夫さ、君の生徒が罪無きものであれば無事に戻ってこれる」
愛子達が神殿騎士達に止められる中、アベルが調子づく。
「これでわかっただろ? 君と僕の間にある越えられない壁というものがあることを。それが分かったならさっさと降参するがいい。僕も君が身の程を弁えるなら寛大な処置を取るつもりさ」
「降参もなにも足の速さを見せられただけではな。俺の世界では足が速いだけで称賛されるのは小学生。つまり幼児までだ」
俺の挑発に顔をしかめるアベル。見た目余裕のある態度を見せているがどうやら寛大な心を持っているわけではなさそうだ。
「あーあ、なるほどぉ。君は僕が君を攻撃しないとタカをくくってるわけだ。確かに金ランクの僕と青ランクの雑魚冒険者の君ではステータスの差も歴然だろう。確実に何倍もの差があるだろうねぇ。それだけ差があれば僕が手加減しても君がうっかり死んでしまうかもしれないなぁ」
うっかり死んでしまうというところは同意見だ。ただし死ぬ対象は逆だが。
「君は二つ誤解をしている。一つは決闘審判で相手を殺害しても罪に問われることはない。二つ目は僕の最高速はこんなものではないこと。いつまでふざけたことが言えるか見ものだね」
そしてアベルは再び高速移動を開始した。先ほどの2倍の速度は出ているだろうか。
「速さとは力なのさ。この速度で攻撃された者は何が起きたかもわからず地に伏せる。これが最後通告だ青ランク。この場で土下座して許しを乞うなら今だ」
「何度言っても変わらぬ。いい加減曲芸にも飽きた。さっさとかかってくるがいい」
「どうやら想像を絶するほど馬鹿のようだね。ならお望み通り、何が起きたかもわからない刹那の間に殺してあげるよ」
俺の周りを旋回するように動くアベル。確かに並の人間では閃光のようにしか見えぬかもしれぬな。
だが、俺には通じぬ。そのまま振り返り、目前に迫っていたアベルの剣を指二本で受け止めた。
「なッ!?」
「高速で動いたからと言って、俺が捕えられぬとでも思ったか?」
アベルは必死な表情で剣を引き抜こうとするがびくともしない。そのまま離さない剣ごとアベルを上空に持ち上げて、そのまま地面に叩きつけた。
「……がはぁっ……!」
地面に叩きつけられた衝撃で身動きが取れないアベルの元まで行き、その首根っこを掴んで無理やり立たせた。
「は、はな……せ」
「なに、俺にも思うところが出てきてな。今まではアレーティア達、特に実戦経験が圧倒的に不足しているシアに少しでも経験を積ませてやろうと後ろに下がっていたのだが、どうやら俺は舐められているらしい」
加えて何か対処する時、俺はいささか奇抜な手段を取ってきた。そのせいで未知のアーティファクトを使っているなどと疑われたこともある。
ならばどうするか。俺の右手に付けられた魔力封じのおかげで神殿騎士達は俺が魔力を使えないと思っている。ならばそれをあえて利用してやるとしよう。これから行われることに魔力が関わる種も仕掛けもないのだと、やつらこそが証明してくれるのだ。
「だからここは一つ、純然たる暴力を見せてやろう」
「はは、調子に乗るなよこのクズが!! 今この鎧を防御形態に変更した。速度こそ出せなくなるが、これで僕の耐久は5倍! これでお前みたいなクズは僕を傷つけることなんてッがぱぁ!!」
話が長いので途中で右ストレートでアベルを吹き飛ばす。抵抗することすらできずに吹き飛ぶアベルに対してアベルが出した最高速の約3倍の速度を軽く出して追いついた後、そのまま吹き飛び続けているアベルを地面に叩きつける。
「ぐわぁぁぁぁぁッッ、がばぁぁッッ!!!」
地面に巨大クレーターを発生させながら弾むボールのように浮き上がったアベルを真上に蹴り上げる。
「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」
垂直に50mほど上空に打ち上げられたアベルがそのまま真っすぐこちらに向かって落ちてくるのでタイミングよく右手を突き出し、アベルの背中を強打する。
「ぅわぁ……ああ、が……!? こッ……ふ……」
コキン、ピシっ、ガッシャァァァ!!
そのタイミングで鎧が耐久限界を迎え、粉々に砕け散る。
「まだだぞ、ほら、気張るがよい……」
「がふぁうッッ」
そのまま蹴りをお見舞いする。クルクル回転しながら飛んでいくアベルを再び追い越し、ボディーブローを叩き込む。
「がはぁあ!」
蹴りの運動エネルギーとボディーブローの運動エネルギーが相殺し合った結果、アベルの身体がその場に留まった。そのがら空きの顎にアッパーを叩き込むとアベルの身体が垂直に伸びあがる。
そこで俺は初めて両手の拳を構えた。
『なぁ、アノス。俺は子供の頃……ボクシングの世界チャンピオンになることが夢だったんだ……』
何やら哀愁を漂わせながら、芯の入っていないふにゃふにゃしたシャドウボクシングをやっていた父さんの姿を思い出す。きっと何かの漫画の影響だろうと思っていたら予想通り。
これは父さんが子供の頃から読み続けている国民的ボクシング漫画の主人公のフィニッシュブロー。
∞の字を音速で描きながらウェイビングを行い、アベルの前まで迫る。
「見るがいい……これが魔王の……デンプシーロールだ」
振り子運動を利用して、アベルに対して左右のフックを連続で叩き込む。
「■■■■■■■■ッッ!!」
拳が炸裂するたびに、アベルの顔面がギターの弦のように超高速で左右へ震え、輪郭が溶けて残像の霞のように変わっていく。
そして止めの縦回転からのアッパーを叩き込みアベルを空中に吹き飛ばす。
ぐしゃ……
肉が潰れるような音と共にアベルが大地に叩きつけられた。
「…………ぁッ……ぁぁ……」
「ふむ……ずいぶん加減が効くようになったな。俺も成長したものだ」
「「「「「「「これで!!?」」」」」」」
愛子護衛隊が疑問を呈するが実際、アベルは地上波のテレビに映す際にはモザイクが必要な有様になっているとはいえ生きている。加減が成功している証だ。そうでなければアベルは跡形も残ってはおらぬ。
地球に転生した俺は前世での力を引き出せない状態だったがそれでもトータスのステータスで1万ほどの力は出せていた。そんな中で気軽に魔法が使えない地球で力を抑えて生活するのはそれなりに苦労したものだ。何しろ加減を間違えれば周囲に大惨事を齎してしまう。父さんと母さんに迷惑をかけぬように、加減を覚えることは急務だった。
その成果に満足した俺は、アベルの仲間に声をかける。
「そこのお前」
「ひっッ!!」
「アベルはまだ生きている。今治療すれば助かるだろう。見たところ治癒師なのだろう。助けてやるが良い」
「あ、あ……アベル様ぁ!!」
俺の言葉に我に返ったのか治癒師の少女を切っ掛けに残りの仲間がアベルに駆け寄る。
「アベル様ッッ!」
「ひっ、アベル様……顔が……潰れて……」
「早く回復魔法を!!」
「は、はい!!」
金ランクの冒険者の仲間だからか中々の手際だった。これなら<
「アベルに伝えておくがいい。身の丈に合わないアーティファクトなどに頼らず、今度は自力で金ランクまで登るがいいと」
伝えたいことを伝えた俺は踵を返す。おっと、忘れるところだった。
「どうやら神エヒトへの信仰を微塵も持たぬ俺には無用のものだったようだ。返すぞ」
腕の魔力封じの腕輪を引き千切って外し、そのままデビットの横の壁目掛けて投げ返す。壊れた腕輪はデビットの立っていた場所のすぐ横の壁に轟音と共にめり込んだ。
「あ……あ……あ」
呆然として何も言わぬが構わないだろう。
「さて、思わぬアクシデントにあったが、これから依頼の調査だ。一応聞いておくが青ランクの俺が依頼に参加するのに不安があると思うものは前に出よ。話を聞いてやろう」
俺の言葉に対して前に出る者は一人も現れなかった。
>閃刃のアベル
一応公式キャラクター。原作では王都のギルドを訪ねたハジメとユエと雫に対して、ユエと雫目当てにだる絡みした結果、筋肉乙女に鯖折りにされた挙句、ユエに男の象徴を破壊され筋肉乙女に連れていかれる。おそらくアベルベルというくどい名前になってしまったであろうキャラ。
本作の勇者(笑)枠として出されたキャラ。ありふれの名物の一つが勇者(笑)ですが本作の光輝はアノスの手入れによって現時点で勇者の卵くらいにはなっているので代わりに勇者(笑)してもらいました。
金ランクらしいが原作のギルト長の態度から真っ当に習得したかはかなり怪しい。本作では元々顔だけが取り柄の下級冒険者だったが、身の丈に合わない古代のアーティファクトを手に入れたことで勢いで金ランクに。金ランクなのに金ランクに相応しい品性と素の実力を持っていないので迷惑を被った冒険者も少なくない。
>
本作オリジナルのアーティファクト。
正式名称は『凄く速く動けるよ三世』。正式名称は致命的にダサいが、古代の天才錬成師オスカーオルクス製作の超一級アーティファクト。なおこれを着たミレディが調子に乗って高速移動して遊んでいたら鎧を脱いだ後に全身筋肉痛で数日動けなくなったというエピソードがある。そのせいか解放者達には性能の割にネタアーティファクト扱いされていたとか。