聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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42話

 

「……まさか、早速『任務や修行以外』で戻ってくるとは思いませんでしたよ、クライオス」

 

 その顔に僅かに笑みを浮かべたムウが、恐らくは幾分かの皮肉を込めて言ってくる。

 目の前にドーンと鎮座しているのは、全体的に酷いくらいの罅が入った風鳥座(エイパス)の聖衣。ソレを見ながら、ムウは

 

「はぁ……全く」

 

 と、解りやすい溜め息を吐いた。

 

 いや、俺とて出来れば来たくはなかったのだが、しかしこんな状態になってしまっていてはどうしようもない。やっちゃった側の俺が言うのも何だが、ここ迄酷い状態だと聖衣が持っている自己修復機能もマトモに働きはしないだろう。

 

 俺も可能であるならば蜥蜴座(リザド)のミスティの様に、『一度も痛みというモノを感じたことがない』――的なことを口にしたかったのだが……如何せん俺と敵対する相手と俺の実力が悪い方に咬み合ってしまっているのでそうもいかないのだ。

 

 ……今思い返してみても、良くアスガルドから無事に帰還できたものである。

 

「クライオス、確かに私は聖衣修復者としての技術を身に付け、この地にやって来た聖闘士の聖衣を修復することを生業の一つとしては居ますが……私にこの風鳥座(エイパス)の聖衣を直すことは出来ません」

「……」

「何故なら――」

「――既に風鳥座(エイパス)の聖衣は死んでしまっているから、ですか?」

「ほぅ、知っていましたか」

 

 関心したように頷いているムウには悪いが、結構有名な話だからな。

 と言うより、俺は思うのだ。

 ムウの所へ聖衣の修復を頼みに行く時ってのは、大抵は聖衣が死んでしまうような大破状態になった時が殆どじゃないのか? と。

 

 ……あぁ、12宮編の時に、星矢たちの聖衣に眼には見えない傷が入って居たのを直してたか。

 俺としては、寧ろその程度の傷くらい自己修復しろよと言いたいのだがな。

 

「如何に私といえども、既に死に絶えた聖衣を蘇らせることなど不可能。態々足を運んで貰って恐縮ですが、聖闘士の道は諦めて平凡な日常に帰ったほうが良いでしょう」

 

 平凡な道に――って、ソレが出来るなら俺も苦労はしない。

 少しだけ間を開けて首を左右に振ってから、俺はムウへと言葉を返した。

 

「――ムウ、悪いけど時間が勿体無いから先に答えを言うよ。俺は聖闘士を止めるつもりはない。少なくとも、修行を始めたばかりの頃ならその選択肢に飛びついただろうけど、今の俺はソレがいくら魅力的な選択だろうと選ぶ訳にはいかないんだ」

 

 そう、確かに無理矢理に連れてこられたような当時の俺だったら、五体満足で帰ることが出来るとなれば喜んでソレに飛びついていただろう。

 だが――

 

「今の俺は、護りたいモノが数多くあるから。そのためにも聖闘士を止めることは絶対に出来ない」

 

 そうなのだ。

 俺には護りたいものが、沢山出来てしまったのだ。

 聖域に居る同期の白銀聖闘士達、そしてアスガルドに居るヒルダ――と、その仲間たち。

 もしかしたら、これからももっと増えて行ってしまうかもしれないが、それでも自分がそれらを護っていきたいと思ってしまっているのだ。

 

 なのに今更、辞められるわけがない。

 

 そもそも俺は知っているのだ。

 

「ソレに、たとえ聖衣が死んでいても、蘇らせる方法がない訳じゃない……そうでしょう?」

 

 そう告げると、ムウの表情が一瞬だけ強張った。

 眉間に皺を寄せて訝しむような表情を俺に……ではなく、アルデバランへと向けている。

 まぁ、紫龍なんかもその方法は知らなかったみたいだから、余り一般的な方法ではないのだろう。

 

「そのことまで知っていましたか。ですがその方法は」

「正に生死に関わる。……まぁ、大丈夫でしょう。その為に、アルデバランも付いて来たんでしょうし」

 

 言って、俺は首を回してアルデバランを見る。

 するとアルデバランは軽く首を縦に振って

 

「――そうだな。確かに俺はその為に来たようなものだ」

 

 と返事をしてくれる。

 

 瞬間、俺は内側からこみ上げる嬉しさで顔の表情が緩んでしまいそうに成った。――だって、解るか? 黄金聖闘士だぞ?

 黄金聖闘士が、俺の聖衣を蘇らせるために同行したことを認めたのだ。

 

 死んでしまった聖衣を蘇らせるには、小宇宙を高めた聖闘士の血液が必要なのだが、アルデバランの言葉は聖衣復活に必要な血液を提供するために付いて来た――と、そういう意味じゃないのか?

 

 ……フフ。まさかこんな所で、黄金に輝く白銀聖衣を手に入れることが出来るとは思わなかった。

 

「解りました。貴方達に覚悟が出来ているというのなら。私からこれ以上兎や角言うことは止めておきましょう。クライオス、館の中からオリハルコンとガマニウム、それからスターダストを取ってきなさい。それから修復用の道具も一式……私達の方も用意をしておきます、頼みましたよ」

「はいっ!」

 

 力強く返事をした俺は、例の入り口のないムウの館へと向かって走っていった。長く長く待たせてしまったが、これで俺の聖衣も完全復活まで秒読み開始である。

 

 

 ※

 

 

「可怪しい……どういう状況だ、コレって?」

 

 今現在、俺はムウの館の中で力なく倒れこんでいる。

 何故かって? ――そりゃアレだけ盛大に血液が抜かれれば、誰だってそうなるだろうさ。

 

 簡単に説明をすると、長年の修行で荷物持ちもしていた俺の行動は早く、パパっと修復に必要な道具を準備してきたのだよ。

 んで、いざ修復の段階になったら――

 

『さてクライオス。早速ですが、聖衣に新たな生命の息吹を吹き込んでください』

 

 なんて言ってきた。

 え? なんで俺? と、目をパチクリさせていたのだが

 

『安心しろクライオス。お前が血液不足の間は、俺が軽めの修行付けてやるからなっ!』

 

 といったアルデバランの言葉で全ての悩みが氷解してしまった。

 思わず両手と両膝を地面に付けて、ガックリと項垂れた俺は悪くはないだろう。

 

 ――んで、ガッツリと血液を抜かれた俺は、そのままパタンと倒れたわけだ。とはいえ流石に常識に定評のあるアルデバラン。そんな状態の俺に無理やり修行を付ける――なんてことはせず、一応はこうして休むことが出来ています。

 

 ……教皇から休暇を言い渡されて、初めての休みらしい休みな気がする。

 

「まぁ、でも、休暇が本気で動けなくなった時だけってのも、どうなんだろうか?」

 

 確か、人間って半分の血液が無くなると死ぬらしいのだが、俺が提供してしまった血液は確実にソレ以上有ったように思える。

 少しづつ、単純な肉体的な作りからして人間のカテゴリーから外れていっているのだろうか?

 

 しかし、聖闘士になればなんとか生きていけるのでは――といった、考えをしていた当時の俺は、色々と先見の明が無さ過ぎたようである。

 アニメ版や劇場版では、星矢達なんかは結構優雅に日常生活を謳歌していたように思えるのだが。

 

「おぉ! 目が覚めたかクライオス! 流石に急に倒れた時は驚いたぞ!」

 

 簡素な寝床で転がりながら、一人現状についての考察をしている所にアルデバランが現れた。その大柄な身体と相俟ったドスドスといった足音を鳴らしてくる。

 

「アルデバラン、髪型似合ってないね」

「……随分といきなりな事を言うな、お前」

 

 横になった状態の儘、ずんずんと迫ってくるアルデバランに思わず本音の一言を投げかける。

 知っているか? アルデバランの奴って、あんなゴツくてデカイのに髪の毛はサラサラのロングヘアーなんだぜ?

 

 まぁ、俺は適度にウェーブが掛かって外ハネまで綺麗に決まっている、萱草色ロングなんだがな。……え? 俺が似合ってるかどうかって? 多分完璧だよ。

 だってコーディネートしたのは『ビューティーサロン・アフロディーテ』だからな。

 

「気分はどうだ? いい加減に昼時だが、食事は出来そうなのか?」

「出来なくても飯は食うよ。食べないと回復しないからね」

「そうだな。食事はシッカリと摂ったほうが良いぞ!」

 

 『ワハハハ』といったふうに笑いながら、アルデバランは俺の肩をバンバンと叩いてくる。地味に痛いから止めてくれ。

 

「――じゃあ早速作るんで、ちょっと待っててください」

「うん? そんな状態で何を言っとるんだ? 食事なら俺が作ったぞ?」

「え?」

「む?」

 

 ふらつく体に鞭打って、よっこらしょと立ち上がってみれば、何やらアルデバランから不可思議な言葉が聞こえてくる。

 なんだって? 『アルデバラン()が作った?』

 

「言っただろう? その為に俺が来たのだとな。修行の必要な弟子とはいえ、疲弊している時くらいは休ませてやらねばな」

「…………」

「クライオス、どうし――――」

「……ぅ、うぁあぁ」

「な、泣き出しただと!!」

 

 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。

 然程変わったことを言われた訳ではないのに、アルデバランの優しさが暖かすぎて涙が溢れてくる。

 思えばシャカを始め、聖域にはネジが何本か一遍にぶっ飛んだ人たちが多すぎるんだ。マトモな考えで付き合うと、精神がどうにか成ってしまう。

 

「ま、まぁ、大した物は作れていないが、とにかくこっちに来い」

「あい、ありがとうごじゃいます」

 

 目尻から流れる涙を拭いながら、俺はアルデバランに連れられて歩いて行く。

 そう言えば候補生時代にも、アルデバランは良く食材の提供なんかをしてくれてたなぁ。

 

「……あぁ、やっと来ましたか」

 

 と、案内された部屋へと着くと、其処には既に食事を処理中のムウが居た。

 良いか。食事を摂取中ではなくて、処理中……な。

 

「アルデバラン、コレは?」

(ヤク)のステーキとローストビーフ、肉と野菜を煮込んだポトフに黒豆と牛肉のフェジョアーダ(煮込み料理)、それから牛串焼き(シェラスコ)とビーフストロガノフだな」

「へ、へぇ……アルデバランって、料理得意なんですね」

 

 所狭しと並べられた料理の数々。

 部屋中に充満しているのは作られた料理による香りである。

 山々と成るかのように積み上げられた料理を、ムウはうんざりしたような表情のままに遅々としながら食べているのだ。

 

「作り過ぎじゃないですかね?」

「うん? まぁ、俺もそうだがお前だってまだまだ成長期だろう。これくらいシッカリ食べなくては大きくはなれんぞ」

「……まだ大きく成るつもりなんだ」

 

 まぁ、確かに俺は勿論として黄金聖闘士の連中も基本的には成長期真っ盛りだからな。今現在で成長期が終わってるのは童虎とサガの二人ぐらいだろう。

 あぁ、カノンもか。

 

 しかし、これを食べるわけ?

 

「クライオス、何も考えずに先ずは箸を動かしなさい」

 

 幾分青褪めた表情のムウが、まるで願うかのように俺に言ってくる。

 そりゃそうだよな。

 俺だってこんな量の食事を平らげろと言われたら、思わず顔面をヒクリと動かしてしまうぞ。

 

 だがその前に

 

「アルデバラン、次から俺が食事を作りますから」

 

 と、そう告げてから、俺も料理に向かって箸を伸ばすのであった。

 正直、ブラジル系料理に箸は辛いな――と思う。

 

 

 ※

 

 

 ムウの館に到着してから数日後のこと。

 

 2~3日は俺もムウの助手として聖衣の修復作業を手伝っていたのだが、残すのは最後の仕上げだけだということで俺は修復作業場から放り出されていた。

 星矢たち4人の聖衣を小一時間で修復したムウにしては、随分と作業がユックリに感じるのだが……まぁ、その分だけ破損が酷かったということなのだろう。

 

 決して俺に、修復手順を覚えさせようとした――という訳ではないと信じたい。

 因みに現在、俺は何もすることがなくボーッとしてる……なんてことはない。

 

 アルデバランが言ってただろ?

 『クライオス()の監督係を俺が受け持つことになった』ってさ。

 

 ソレはつまりはそういう事で――――

 

「グレートホーンッ!!」

「ぐぁあああああ!!!!」

 

 遠くチベットはジャミールの山々に木霊する俺の悲鳴が聞こえるだろうか?

 光速で放たれる一瞬の抜き打ち、グレートホーン。

 今現在アルデバランの指導の元に、俺はそのグレートホーン見切ると言った荒行を課せられているのだった。

 

「どうしたクライオス! お前の実力はその程度なのか!」

 

 その程度ですが?

 グレートホーンを生身で受け止めて、それでも立ち上がってくる俺のタフネスを少しは褒めてくれても良いのではないだろうか?

 ……まぁ、手加減をしてるから立てるのだろうが。

 

「と言うか、この修業はかなりの無理があるのではないかと思うのだけど?」

「無茶では有っても無理ではない。事実、お前は俺が放った拳を見えているはずだからな」

「それは…………」

 

 思わず口篭ってしまう。

 確かに見えなくはない。アルデバランの放つ拳を、俺は確かに見ることは出来ているのだ。ただ見えればどうにかなる訳ではないことは、アスガルドでも証明済みである。

 

 見えるだけでどうにか出来るのなら、交通事故なんて起こりはしないのだ。

 とは言え、見えているからこそ致命傷を避けることも出来ているのである。

 

「アルデバラン、確かに俺は貴方の拳を見ることが出来ますが、しかしタイミングが……」

「拳を放つタイミングか。だが、今回の修行はソレを養うためのものでも在る。所謂、『拍子を読む』というやつだな」

「拍子? リズムのことですか?」

「そうだ。俺のグレートホーンは敵の動きの先の先を取る技ではあるが、それも全ては相手の拍子を外した所で放つからこそ効果を発揮する。仮に俺が放つグレートホーンに対応できるようになれば、お前はまた一歩新しい段階に進むことが出来るだろう」

 

 無茶を言う――と、文句を言っても終わらないのが黄金聖闘士の修行だ。腹をくくるしか無いだろう。

 しかし、一体どうすればいいんだ?

 見えているけれど躱せない。

 俺の反応速度や身体能力よりも、グレートホーンは兎に角速いのだ。

 見てから避けるでは間に合わないのだから、見ないで避ける? ……いやいや、アホかね俺は。見なかったら大ダメージ必死だって。

 

 兎に角、集中してみるか?

 

「行くぞ、クライオス! ――グレートホーンッ!!」

「あ――」

 

 再び俺は星になった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 集中して見る事に拘ってみた結果、どうもコレでは駄目なことが解ってきた。

 グレートホーンを見ることは出来る。今までよりも鮮明に、確実に見ることが出来るようになってきたのだが、結果として俺の対処能力が上がったりはしなかったのだ。

 

 これはもう、やり方を変えるしか無いだろう。

 見てから動くのではなく、見る前の段階……小宇宙(コスモ)の動きを感知するのならばどうだろうか?

 

 俺達のように小宇宙を使って戦う者達は、必ずその動きというものが存在する。幸いにして俺は他の聖闘士と比べても小宇宙の感知にかけては自信があるからな。……まぁ、シャカによって躾けられた目を閉じての修行によってだが。

 

 さて……出来るかな。

 

 

 

 ※

 

 

 ユックリと目を閉じたクライオスに、アルデバランは

 

「ム?」

 

 と小さく唸り声を上げた。

 一瞬、『何を考えている』と問いかけようとしたアルデバランであったが、すぐにその言葉を引っ込めることに成る。

 その場にただ立っているだけのクライオスの、何とも不思議なこと。

 先程まであった小宇宙の粗さが消えて、波一つ立っていない湖面のように澄んでいるのだ。

 

 其処には荒々しい小宇宙の強さは微塵もないが、しかし

 

(先程までとは明らかに違う……か)

 

 目に解る以外の強さが確実に内包されている。

 アルデバランは思わず口元を吊り上げていた。楽しくて仕方が無いのだろう。

 自分達の鍛えている少年(クライオス)が、新しい何かを始めている。そしてそれは、自分の予想を超える何かであるように感じるのだから。

 

 アルデバランは拳を握り、決して取らない筈の構えをとる。

 

「おぉおおお!」

 

 声を上げたアルデバランは次の瞬間にはクライオスの間合いへと入り込み、拳を大きく振り上げていた。今までのグレートホーンとは違い、完全に肉弾戦の構えである。

 

 だが

 

 クン――と、

 

 アルデバランの放った拳はクライオスに依って捌かれて空を切る。

 拳圧によって大地が抉れ吹き飛ぶが、そんなことでアルデバランもクライオスも動じたりはしない。

 

 振り下ろした拳を返すように裏拳にしてアルデバランが打ち出すが、既にその場所からクライオスは移動を終えていて再び拳は空を切った。

 

 目を見開き、驚愕の表情を浮べるアルデバランだが、対峙しているクライオスは尚も穏やかな表情を浮かべている。

 

 一撃、二撃、三撃――と、更に続けて放たれるアルデバランの攻撃にもクライオスは反応をする。それはまるで、どう動くのかが解っているかのような躱し方であった。

 

 何度かの遣り取りの後、アルデバランは自ら距離を取るように離れると

 

「――――フフ、フハハハハハハハ!!」

 

 大きく笑い声を上げてきた。

 流石にクライオスもその声には表情を顰めて返す。

 

「驚いたぞクライオス。最初は一体何を考えているのかと思ったが、まさかそのような状態で俺の拳を尽く捌くとはな。大した物だ」

「……有難うございます」

 

 アルデバランは本気で喜んでいるのだろうが、とは言えクライオスの方は其処まで余裕が有るわけではない。

 見ることから感じることへと方向性を変えたことが功を奏したようで、確かに反応速度を高めることに成功はした。しかしそれでもかなり無茶な部分があり、実際には紙一重で避けているにすぎないのである。

 

「そう言えばお前はシャカの弟子だったな。目を瞑ったのは酔狂でも何でも無く、そういった修練を行っていたから――ということか」

「えぇ、候補生時代にやらされましたよ」

「ウム。どうやら俺の小宇宙の動きを感知して動いているようだな。見事だ。ソレは俺にも出来そうにはない、大した物だと褒めておこう」

 

 フワリといった雰囲気を持って笑みを浮かべるアルデバランだったが、そんな彼とは対照的にクライオスの眉間には皺が寄っている。

 嫌な予感がヒシヒシと感じられるからだろう。

 

「俺も本気を出そう。正真正銘、全力のグレートホーンだ」

「っ…………」

 

 一瞬でガラリと変わったアルデバランの放つ雰囲気に、クライオスは一瞬だけだが確かに反応を返した。

 アルデバランの高めている小宇宙から、それが冗談ではないことを悟ったからだろう。『そんなのは無理だ』といって泣きを入れるか? と、そんな思考が頭の片隅を過るがクライオスはすぐにその考えを排除する。

 

 まぁ、黄金聖闘士には意味が無いからというのがその理由だが、もう一つだけ理由がある。それはアスガルドでも考えたことで、『いい加減に腹をくくる』――だった。

 

 クライオスは基本的に臆病である。

 元々の知識や経験などが関係してくるのかもしれないが、その為に酷く臆病で自分の能力を過小評価してしまうところがある。

 その結果、小宇宙を高めることが強さと成る聖闘士の闘いにおいて、今ひとつ煮え切らない部分があるのだ。

 

 アスガルドでは一瞬とはいえタガが外れて力を解放できた、最近では自分の意志でセブンセンシズの扉を開くことに成功している。

 ならば次は、セブンセンシズを自らの力に変えるべきなのだ。

 そしてその為の機会が、今目の前に在るのである。

 

「…………」

 

 目を閉じたまま、クライオスは意識を周囲へと傾ける。

 カノン島の火山の中での事を思い出し、周囲の環境と状況とを読み取りアルデバランの意思を読み取っていく。

 

「面白い奴だ、お前は」

 

 ニヤリっと笑みを浮かべたアルデバランは腕を組むと、その場に仁王立ちの様な格好で立ち尽くす。

 グレートホーンを放つための構えを取ったのだ。

 

 静かに高まっていくアルデバランの小宇宙。

 力を貯めこむように高まっていくその小宇宙は、正に黄金の野牛と呼ぶに相応しいものである。

 

「グレートホーンッ!!」

 

 瞬間、間を抜くように放たれた拳撃は

 

 ――トン

 

 クライオスを捉えることは出来なかった。ほんの一瞬前までは確かに視界に捉えていたクライオスが、拳を放った瞬間消え失せていたのである。

 

 『トン』という小さな刺激、それを感じたアルデバランを視線を自らの胸元へと向けた。ソレは、懐へと入り込んで掌を押し当てているクライオスだったのだ。

 

 アルデバランは自身の胸元に添えられているクライオスの掌に、ゴクリと唾を飲み込む。

 

「――――なんとか合格……ですかね?」

 

 目を閉じたまま、はにかむような表情を向けてきたクライオスに、アルデバランは

 

「あぁ、合格だ。――フハハハハハ!」

 

 と、再び大きな声で笑うのであった。

 

 

 ※

 

 

 死ぬかと思った。

 何度も生き死にを繰り返している俺ではあるが、それでもやはり死ぬかもしれない――なんて状況は御免被りたいものだ。

 

 間一髪では有ったが、辛うじてアルデバランの動き出す瞬間を感知することが出来た。これは見て避けたわけでも、動きを感じて避けたわけでもない、動こうとしていることを感じ取った結果である。

 

 動き出す前に、動く準備をする前に、動こうとしていることを感じ取ったからこそ出来たのだ。……自分で言っていても何とも馬鹿げた話だと思うのだが、しかし事実なのだから仕方がないだろう。

 

 実際問題として、俺が黄金聖闘士に力押しで勝てるのかと? となれば、ソレは100%有り得ないのだから。

 

 しかし、アルデバランの修行は今回のことで終了と成ったようである。

 ムゥの聖衣の修復が完了するまでだが、束の間の平和が訪れるのだ。

 嬉しい限りである。

 

 まぁもっとも、

 

「聖衣の修復が終わりましたよ」

 

 そうなるんだろうな――と言うのも、解っていたのだがな。

 

 疲れた顔をしながら館からムゥが出てきた。

 そう言えばいつの間にか、作業の音が止んでいたようである。

 

「おぉ! 出来上がったか!」

 

 と、喜んだのは俺ではなくアルデバランだった。

 ドスドスと足を鳴らしてムゥの元へと行くと、俺もソレに合わせて移動をする。

 

「思いの外、貴方の血はこの聖衣との相性が良いようですね」

 

 クスッと笑みを浮かべてムゥが言った。

 それはつまり、俺は風鳥座の聖闘士になるべくして成ったっということか?

 ムゥの案内で作業場へと入ると、其処には眩いほどに輝きを放っている風鳥座の聖衣が鎮座している。

 

 オブジェ形態になっているからだろうか? 聖衣が此方を見つめているように感じてしまう。

 ――――はいはい、解ったよ。すぐにまた、お前を着ることが有りそうだから心配するなって。

 

 だがこうして見ているとアレだな。

 今回も修復作業はトンテンカンとノミを打ち降ろしていたのだが、出来上がった聖衣のパーツは間違いなく修復前よりも増えている。

 ガマニオンやらオリハルコンなんかで形成して余剰パーツを増やしているんだろうが、聖衣修復者になるには芸術的センスが要求されるな、コレは。

 

「有難うございます、ムゥ。おかげで聖闘士を廃業しないですみそうです」

「いっそ、廃業して私の跡を継ぎませんか? 貴方ならば良い職人になれそうだ」

「ハハハ、それは止めておきます。俺なんかよりもそっち方面に適した人間が、きっとその内に現れますよ」

「ふむ……正直、それほどに才能のある人物が早々現れるとは思えないのですがね」

 

 社交辞令の一つだろうが、流石に懸念にしていた内容を言われてドキッとしたな。流石に聖衣修復者に成るのは俺には無理だな。だって俺は、芸術的センスがゼロだから。元のパーツとの適合性を考えながら新しいパーツを増やし、尚且つ星座の形に収まるように直すとか無茶も良いところだろ?

 

 まぁ、本当に修復だけで行くなら出来なくもないとは思うが、流石に聖闘士に成って1年もしないで引退とかは有り得ない。

 

「――さて、クライオス。貴方はコレからどうするつもりなのですか?」

 

 修復の終わった聖衣を聖衣箱(クロスボックス)へと詰めて担ぐ、ムゥが不意にそんな問いかけをしてきた。普通に言葉だけを考えるのなら『この後の予定は何ですか?』と聞いているようにも感じるのだが、結構真面目な表情を此方に向けてきている。

 

 コレは俺の行動指針を訪ねているのかもしれないな。

 

「コレから、と聞かれても……先ずは聖域(サンクチュアリ)に戻って残った休暇を消化します。――残っていればだけど。その後は何事もなければ職務に復帰するか、何人かの黄金聖闘士に依る修行が始まるんじゃないかと」

「確かにそうなるかも知れんな。教皇が何かしらの任務を命じるかもしれぬが、でなければミロやアイオリアがお前のことを監督しようと考えるはずだからな」

 

 アルデバランの言葉にそんな未来を幻視して眉を顰めてしまう。

 既に修行済みのデスマスクとアフロディーテは除外、シャカとシュラも弟子育成中の為に除外で、カミュも一応は新たな弟子育成を希望中だから除外されるだろうが、しかしアイオリアとミロはどうしても残る。

 

 いっそミロの方は言葉巧みに誘導すればカミュの方に追いやることが出来ないだろうか? もっともその場合、カミュの弟子がまた逃げ出すことに成るのだろうが。

 

 ムゥは俺達の言葉に何度か頷くと、「そうですか」と口にする。

 そして何やら神妙な面持ちになると、ちょっとした決意を込めたような表情に成った。――あ、嫌な予感がする。

 

「クライオス、アルデバランも聞いて欲しいのですが今現在の聖域は――」

「――ムゥ……!」

「クライオス?」

「大丈夫。少なくとも今の聖域はまだ大丈夫だよ」

 

 思わず声を上げてムゥの台詞を遮ってしまった。

 だって仕方が無いだろ?

 俺だけに現在の聖域――所謂、『教皇が偽物だ』と告げるのなら兎も角、中枢を護る戦力であるアルデバランにまで知れてしまっては後々面倒にしかならない。

 

「解りました。そうですね、今暫く私は様子を見ることにしましょう」

 

 ムゥはもしかしたら賛同者が欲しいのかもしれないが、出来ればそれはもう少しだけ待っていて貰いたい。

 それにかなり遠回しな言い方には成ってるが、あぁ言っておけばムゥにも俺が味方だということが伝わりはするだろう。

 

 一応は念のため、時期を見てムゥには城戸沙織(きどさおり)の事を教えたほうが良いかもしれない。

 現代の女神(アテナ)が生きていることを知れば、ムゥも時期が来るまでは不用意なことをしなくて済むかもしれないからな。

 

 因みにアルデバランは少しだけ首を傾げていたが、深く俺とムゥの会話を追求することはしなかった。あまり考えたくなかったのか、それとも俺やムゥのことだから悪巧みではないと信じたのかは判らないがな。

 

 とは言え、コレで再び聖域に帰ることが決まってしまったな。

 前回、任務として彼方此方に言っていた時と比べると随分と早かった気もするが、まぁ、休暇なんてのはそんなもんだろ。

 

 本当に、帰ったら何をやらされるのかね?

 

 

 




最近、自分で投稿している作品の幾つかで『続きはまだですか?』のような感想を目にして、それが切っ掛けで創作意欲の出てくるダメダメなニラです。

いや、正直ありがたいんですけどね、そういった感想があると『書くぞ!』気持ちが湧き上がるんで。

ただ、色々な物を書きたく成ってしまってる浮気症な自分がイカンのだと思います。
因みに今現在書きたいのは、ダイの大冒険、マクロスフロンティア、プリパラの3つ。

本当は既に投稿済みのヤツも書かなくちゃいけんですがね(苦笑)。
HUNTERとか、NARUTOとか、マリオネットとか……。

チョコチョコ色々と書いていきますので、見捨てねぇでくだっさい(泣)


PS:次回は白銀聖闘士を大量に出します。




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