聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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53話

 

 

「今回のことは、異例中の異例のことだ。本来、我々黄金聖闘士が初動で動くことなど有り得ないのだから」

 

 そう言って、口火を切ったのは山羊座のシュラだった。

 発せられた言葉に頷くのは、俺を含めてわずか3人のみ。

 この場所に集まっているのは、黄金聖闘士からはシュラ、アルデバランの二人が。

 そして白銀聖闘士から俺とオルフェの二人が居るのみである。

 

 コレは勿論、アーレス神殿へと攻め込む為の人員だ。

 仮にも聖戦だと言うのに、実際に投入される人員は僅かこれだけ。

 普通に考えれば戦力の出し惜しみと取れてしまう少数による攻撃なのだが、今現在の世界情勢ではコレが限界なのだ。

 言っただろう? 世界規模で犯罪の発生率が上昇している、と。

 その所為で、数日前より世界各国から応援要請がひっきりなしに増えている。

 

 内容は化物の騒ぎ、不貞聖闘士の暴走、各国でのテロや犯罪などと色々と多岐にわたる。

 もっとも本来はテロだなんだと言ったものは聖域が関わる話ではないのだが、今の時期だけ特別にということで聖闘士が派遣されることに成っているのだ。

 こうして考えると、アーレスを含めて敵側の連中の行動に小狡い感がある。

 

 ―――まぁ、正面からやりあった場合に最大で88の聖闘士を動員できる聖域が負ける方が可怪しいのだ。

 最高戦力である黄金聖闘士は12人。

 それに比する力を持った戦士は海界に海将軍(ジェネラル)と呼ばれる7人。

 そして冥界には3巨頭と、それに近い者が数人程度。

 実際、黄金聖闘士とそれ以外の戦士の能力というのは隔絶されたものがある。

 つまり、もしもヨーイドンで正面から遣り合えば聖域の有利は動かないのである。

 

 だからこそ海王ポセイドンは世界中に雨を振らせて洪水を引き起こし、冥王ハーデスは自分の陣地に引き篭って惑星直列(グレート・エクリプス)を引き起こす事で手持ちの戦士以外の要素を絡めてくるのかも知れない。

 

 まぁ、コレは俺の勝手な想像だがな。

 

 そんな訳で、結果としてアーレスの依代となっているテアと関わりが深いという事でシュラと俺が選ばれ、次に推薦ということでアルデバランとオルフェが選ばれた。

 もっとも、黄金聖闘士を既に二人も選出しているという部分でかなりの悶着が在ったので、オルフェに関しては俺が捩じ込んだ形となっている。

 

 流石に黄金聖闘士二人と白銀聖闘士一人だけの組み合わせなんて勘弁してもらいたい。

 

 ちなみに俺が不在の間の白銀聖闘士の運用に関してはシャイナに一任し、

『もしも帰ってきた時に前回のような勝手な状態になっていたら、ブッ飛ばすぞ♡』

 と、各員に通達をしたので恐らくは大丈夫だろう。

 後はどの程度、シャイナに人を纏める能力が有るのかによるだろうな。

 

 とは言え、俺達が敗北をすればそんな事を悩む必要も無くなってしまうのだが。

 

「―――さて、どうするか?」

 

 シュラの言葉に頷いた後、尋ねるような言葉をアルデバランが口にする。

 

「どう、とは何だアルデバラン」

 

 首を傾げ眉間に皺を作るシュラには言葉の意味が理解できなかったようだ。

 もしかしたら、情報が上手く伝わって居なかったのかも知れない。

 

「オルフェ、説明をしてくれ」

「はい。―――シュラ様、アルデバラン様が仰言ったのは、『どう攻めるか?』ということだと思われます。アーレス神殿は東西南北を4つの守護宮殿に護られており、中央の本殿を尚も結界で覆っているのです」

 

 そうなのだ。5日後に結界を解いてやろう―――なんて言っていたくせに、肝心の本丸は確りと防備を固めているのである。

 だから一気に大将首だけを狙うという訳にも行かず、順番に攻略していく必要性が有るのだ。

 コレは聖域の一般警護―――要は、雑兵の方々が身を以て調べた内容である。

 恐らくは教皇の間で戦ったレーフィンの奴も、その守護宮の何処かに居るのだろう。

 サガの攻撃で吹き飛んでいったとはいえ、流石に一撃で死ぬほど軟ではないだろうから。

 

「つまり、我々はこれから東西南北の守護宮殿へと向かい、其処に有るであろう結界の要を破壊。それからアーレスへと挑むことになります」

「正直な所、他の黄金聖闘士も来てくれれば簡単に事が済んだと思うんだけれどね」

 

 と、俺はオルフェの説明にプラスした。

 しかし、聖域の膝下を都市化させていることも問題だったのか、其処を護るためにも聖闘士を配置しなくては―――なんて話が出てしまい、戦力を余計に防衛へと回さなくてはならなく成ったのだ。

 

 コレは俺の所為で起きたバタフライエフェクト、なのだろうな。

 

「そういうことか。ならば取るべき方法は決まっている。考えるまでも有るまい」

「……そうだな。各自が一つの守護宮を攻め、結界の要を破壊した後にアーレス宮殿へと攻め入る」

「ソレしか有るまい」

 

 シュラとアルデバランの話し合いに口を挟むことも出来ず、俺は黙って聞くだけしか出来なかった。

 もっとも、コレはある意味では正しい。

 そもそも、俺たちは一対一での闘いを旨とする聖闘士だ。

 仮にゾロゾロと一人の敵に対して向かっていったとしても、全員で一斉に掛かるなんてことは出来ない。

 

 と言うよりも、先ずしない。

 俺なんかはその辺り、もっと柔軟に考えて良いと思うのだが……残念ながら黄金聖闘士はその辺りの意識が非常に高いのである。

 

 もっとも、全員で向かって順番に一対一を繰り返せば良いように思えるのだが、ピンチに成ったら交代―――みたいにな。

 まぁ、きっと認めてはくれないので、敢えてソレは言わないでおくが。

 だがしかし、コレだけは説明をしておこうと思う。

 

「コレは俺の予想ですが、結界の要に成っているモノは恐らくは並の攻撃ではびくともしない。

 本当なら天秤座の武具を使用できれば良かったのですが、五老峰の老師は現在聖域と反目していて聖衣をお借りすることが出来ない状態です。

 ―――正直、気が重い話です」

 

 アーレスの神殿とは言え、攻め入る場所はアテナの管理世界である地上界だ。

 破壊対象の結界は海界のメインブレドウィナや冥界の嘆きの壁ほどの強度はないと思うが、それでもどれほどの力が必要なのかと考える気が滅入ってしまう。

 

「ふむ……敵の結界か。その辺りの情報も欲しい所だったが、しかし、ソレばかりはやってみないことには始まらんか。小宇宙を究極にまで高め、自らの力で破壊をするしか有るまい」

「そうだな。俺達に残された時間も、然程多くはない―――」

 

 と、この段階でシュラとアルデバランの二人に反応があった。

 少し遅れてオルフェにも、だ。

 全く、何だかんだで面倒なことをしてくれるよ、敵さん方は。

 俺は内心で溜め息を吐き、軽く足元に力を込めた。

 

「さて、時間が惜しい。早急に事を進めるとしよう」

「あぁ。余計な邪魔が入りすぎないうちに―――な!」

 

 シュラの言葉を皮切りに、俺たちは一斉に飛ぶように散開をする。

 

 周囲で窺っていた連中が痺れを切らして飛び掛かってきたからだ。

 その数は―――数えるのが面倒なくらいは居るなッ。

 

「見たところ聖闘士崩れか……! これだけの数を考えると、聖域の候補生システムも少し考える必要があるな!」

 

 宙へと舞いながら、俺は襲いかかってきた連中を見定める。

 相手は何某かの鎧を身に纏った連中。並の人間ではないが、だからといって聖闘士と呼ぶほどに強くはない奴等だ。

 聖域だけでも1000人を超える候補生の数。ソレが世界中に散らばっていると成ると、こういった奴等も大量になるか。

 この程度の連中に遅れを取る俺達ではないが―――

 

聖剣抜刃(エクスカリバー)ッ!!」

 

 迫る敵兵に対し振るわれたシュラの手刀は、光速の斬撃と成って周囲の空間ごと敵兵を切り捨てていく。

 

「下がれ―――威風激穿(グレートホーン)ッ!」

 

 高めた小宇宙を抜拳の要領で打ち出す神速の一撃が、敵の群れを紙屑のように吹き散らす。

 

銀糸夜想(ストリンガーノクターン)ッ!」

 

 そして、オルフェの奏でる竪琴の音色が、聞く者達の心を蝕み空間を刺激して衝撃波と成って襲いかかった。

 だが、流石はオルフェだ。黄金聖闘士の二人と比べても、遜色のない動きを見せている。

 

 だがしかし―――いやぁ、容赦のない連中だな……。流石にちょっと引くぞ。

 連中は敵とは言え、聖闘士未満から青銅聖闘士程度の相手だと言うのに……。

 宙返りから着地を決めた俺は、敵の攻撃を避けつつ周囲を観察してドン引きしていた。

 幾ら何でも敵だからって、もう少し優しく接してあげるべきではないか?

 

「追い詰めたぞ!」

 

 と、瞬間に背中に軽い刺激を感じて自分の状況へと意識を戻す。

 どうやら避けることを御座なりにし過ぎたせいで、背後を神殿の岩壁に阻まれてしまったようだ。

 だが―――

 

「誰が追い詰められた、と?」

 

 いかなる時にもクールでいろッ! と、口を酸っぱくして言われている俺は、中身はともかく外見で慌てたりはしない。

 内から湧き上がる小宇宙を開放し、拳に乗せる。

 追い詰めたというのは、同等かソレ以上の実力を持った奴が口にする言葉だ。

 

「コレはお前たちを一箇所に集めたというのだ! 尽く消し飛べ! 閃刺衝撃(ディバイン・ストライク)ッ!」

 

 勢いよく振り抜いた技が、目の前の敵を尽く蹂躙していく。

 大地を砕き、空を裂き、悪意ある敵を粉砕する。

 宙を舞う敵兵の成れの果てに軽く視線を向けながら、俺は少しばかりの虚しさを感じるのであった。

 

 

 ※

 

 

「常識的に考えれば、勝率は半々といった所だろうな」

 

 口にした独り言に対して、返答をしてくれる相手は此処には居ない。

 アルデバランもシュラもオルフェも、皆がそれぞれ此処と決めた敵の守護宮殿へと向かってしまったからだ。

 

 かく言う俺も、現在は残った守護宮殿へと足を進めている最中である。

 そんな中、今回の聖戦に対する私感を述べた訳だ。

 

 コレはなんと言っても、最大戦力の差と言うものが大きい。

 敵の狂闘士は……まぁ、どうとでも成るだろう。

 仮に俺やオルフェが敗北をしたとしても、黄金聖闘士の二人でお釣りが来る。

 

 だが……。アーレスは拙い。

 神というだけあって、奴の幻影が放っていた小宇宙は常軌を逸していた。

 本来ならば女神の加護が欲しい所であるが、今の俺達にその加護が果たして有るのだろうか?

 

「―――と、全く次から次へとッ!」

 

 走り続ける此方に向かい、飛びかかるように襲った来るのは不貞聖闘士の連中だ。既に打倒した数は10や20では利かない数だというのに、それでも次々と湧いてくる。

 中には雑兵崩れも居て、強さの基準が一定ではないのがこの数の理由の一つなのかも知れない。

 だが一つだけ奴等には共通している部分があり、それは全員が全員正気ではないということだ。

 

 ある者は虚ろな瞳で、ある者は狂人の如く叫び声を上げて、ある者は呆の様な状態で襲いかかってくる。

 碌でもない状態で襲いかかってくる奴等では有るが、ただ戦うという面に関して言えば然程に問題はないのだろう。

 戦力としてではなく、嫌がらせという意味で。

 

「―――と言うか、だ。……いったい何人居るんだ貴様等はッ!!!」

 

 殴って、蹴って、突き飛ばして、弾いて、投げ飛ばす。

 目に映る敵の数々をソレこそ千切っては投げというように倒していくものの一向に数が減っているようには見えないじゃないかっ!

 

 コレはいったい―――って!? マジかっ!

 

「……う、うぅあ……ッ!」

 

 俺が倒した連中が、捻じ曲がった四肢を使ってそのまま起き上がってやがる。

 頭がぶっ飛んでるから、痛みも感じないで戦うってのか?

 こんなの、本当に狂戦士(バーサーカー)じゃないか!

 

 なんて言う効率的な再利用―――もとい、非人道的な行いをっ!

 

「……っ仕方がない。余り好きではないんだが四の五の言っている場合でもないか―――舞えッ! ロイヤル・デモンローズ!!」 

 

 掌を中心に空間が歪み、其処から双魚宮の薔薇園にて栽培されている『デモンローズ』を喚び出す。

 周囲に撒き散らされる薔薇の花弁は風に乗り、高められた小宇宙と共に香気が周囲を包み込んでいった。

 

 その結果、

 

「う、うぅあ……」

「は、はぁ、ふへぇ……」

「ふふ、はにゃあ……」

 

 あー……うん。

 致死性を弱め、肉体の麻痺と幻覚作用のみを強めて叩きつけたんだが、正直ヤルんじゃなかった。

 屈強な男どもが恍惚な笑みを浮かべて地面の上を身悶える光景は、なんというか、酷く醜いッ!

 だってエレクトしてるもの! 何がって? 馬鹿! 言わせるなよ!?

 どうやらこの技(ロイヤルデモンローズ)を上手く使い切るには、並を超えた鋼の精神が必要なようである。

 いや凄いな、アフロディーテは。

 

 流石は教皇の正体を知って、それでもなお忠誠を誓う男だ。

 

「―――器用なことをするものですね」

「―――ッ!?」

 

 不意に届く声に俺は驚き、一瞬だけ肩を震わせる。

 戦闘行動中の俺が、接近に気が付かなかった?

 俺が声の聞こえた方向へと視線を向けると、其処には一人のローブを被った人物が立っている。

 

「……貴様は」

 

 睨むように相手の仕草を観察する。

 頭まですっぽりと覆うようにローブを身に纏っているが、このシルエット……俺は覚えがあるぞ?

 

「―――お久しぶりですね。クライオス様」

 

 頭の上から被っていたフードを取り去り、ソイツは笑みを浮かべてきた。

 アスガルドに居た侵入者。

 ヒルダの侍従を名乗った女。

 

「アスガルドに居たイーリスか。貴様は」

「はい♪」

 

 屈託のない笑みを浮かべる奴に対し、俺は―――

 

「ディバイン・ストライクッ!!」

 

 遠慮すること無く攻撃を叩きつけた。

 だが奴は此方の攻撃を見透かしたかのように躱し、「アハっ!」なんて言いながら距離を取る。

 俺が引き裂いたのは相手のローブだけである。

 

 その女は此方を馬鹿にしているのか? メイド服姿で恭しい一礼をしてみせてきた。

 

「―――随分といきなりじゃないですか? 久しぶりに顔を合わせたというのに。これは感動の再会というものでしょう?」

「巫山戯たことを言うな。顔を合わせたのが旧友とでも言うのなら懐かしみもするが、貴様はアスガルドでの騒乱の元凶だと俺は睨んでいる。

 ……いや。今現在ここに居ることを考えれば、もはや自明の理でしか無い」

「安直に過ぎませんか? けど、フフフ。確かに当たりです。私は軍神アーレス様の配下、恐慌のアヴァドル様に使える下僕です。主に不和と混乱を招くための下準備、をさせて頂いています」

 

 なんとも虫唾の走る物言いだろうか?

 アスガルドでの騒乱を、コイツは自分がやったことだと自白したのだ。この女は。

 

「けれど、勘違いはしないでくださいね。私が出来るのは精々が後押しをするくらいのこと。邪な思いが無い者にそうさせることは出来ないのです。

 私の力など、とてもとても矮小な物ですから」

「戯言を……。俺の前に姿を表して表情を崩さずに居るのは褒めてやる。だが、こうして顔を合わせた以上無事に済むと思うなっ!」

 

 敵だ。コイツは敵なのだ。

 如何に女であろうとも、()()()()()()()()()()()()()

 

「とても、とても苛烈な小宇宙を放つように成ったのですね。ほんの数年前とは大違いです」

「フン。時が経てば人は嫌でも成長をする」

「成長……ですか」

 

 含みの有る言い方をしてくるイーリスに、俺は僅かな苛立ちを感じていた。

 この女……いったいなんなのだ?

 何かを企んでいるのだろうが、

 

「貴様がアーレス側の人間だというのであれば、俺が此処に居る理由も知っているだろう? 時間がない。貴様が何を企てているのか、力尽くで吐かせてやろう」

「―――ッ!? ……怖いですね。えぇ、まぁ、貴方と生命を掛けて戦うのも良いのですが、今日の私は案内係に過ぎませんので遠慮させて頂きます」

「案内役だと?」

 

 此方が高めた小宇宙を受け流すようにするイーリスに対し、俺は未だに拳を納めては居ない。

 だが、奴の言葉が気になるのも事実。

 

「クライオス様。私の主である恐慌のアヴァドル様が、貴方に会ってみたいと仰言っています」

「………どのみち今から向かう所だ。首を洗って待っているように伝えろ」

「ウフフフフ、そうじゃありません。そうじゃないのです。違いますよぉ」

 

 やっぱり腹立つ。

 コロコロと笑いやがって。

 本当に問答無用で叩きのめしてやろうかっ!

 

「会ってみたいというのは、クライオス様。アヴァドル様から、貴方に提案が有るということですよ」

 

 相手の言葉に一瞬、肩口がピクリと下がった。

 提案……? 何を言っているんだ、いったい。

 

 

 


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