「全く!こんな猛吹雪の中に締め出すなんて人格に問題があり過ぎます!
「いくら近かったとはいえ、あの距離を歩くだけでもかなり寒かったんですからね!?
「それに!先程あなたに頭を踏み砕かれそうにもなりましたし!それについても謝ってもらいたいです!
「聴いているんですか!?大体貴方は初対面の人に対して失礼な態度が多すぎます!私が雪に突っ込んだ時もそうですし、あの時だって助けてくれてもよかったんじゃないですか!?
「まぁそのことはいいんです。考えれば貴方からすれば私は知らない人物で、このご時世こんな人里離れた道端に建つ古屋を尋ねるなんて、精々が野盗か遭難者、もしくは妖怪。警戒するのも分かります。
「しかしそれとこれとは話が別でしてね!あれ怖かったんですよ!?吹雪で倒された時も“あー倒れちゃったなー、誰か運良く助けてくれないかなー”なんて思って、そう思った矢先にやけに地面に響く足音と人の気配がして“これはもしかして!”と思えば、ちょっとでも私の方に歩幅がずれていたら頭バッカーンですよ!?多分その時にこの身体になってたら生理現象的に絶対出ては行けない物が出てきたかもしれないです!今も思い出したら漏れそうなんですもん!
「とにかく!貴方は私を怖がらせたことと、私に恥をかかせたことの二つについて謝ってもらいます!いいですね!?」
「……………あっ、終わった?」
「ぬぁぁああああああああああああああッッッ!!!!!!!!!」
うるさ。
人の小屋に(僕のではない)勝手に押し入ってきたと思えば、狭い部屋の中で大声上げて…常識がないのだろうか。
折角毛繕いをしている最中なのに、こうしてうるさくされちゃ集中できない。仕方ないから尻尾を消して、櫛を葉っぱに変える。
「……で、君誰?」
「そこからですか!?…いえ、そういえば私の名乗っていませんでしたね。私は四季映姫、貴方が頭を踏み抜き掛けた地蔵です」
「あらま……僕は黒金鈴八。狐の妖怪」
「狐…ですか?鬼ではなく?あ、そういえば尻尾ありましたもんね」
「地蔵…そういえば地蔵ってなんの妖怪なんだろう」
「誰が妖怪ですか。地蔵にはいろんな役割があるのですよ?例えば疫病から村を守ったり、旅人の安全を祈願したりと。それに僅かではありますが、私のように自我を持った地蔵には『神力』があるんです。例え貴方のような力の強い妖怪であろうと、『神力』を用いて戦えばただでは済みませんよ」
「『神力』なら持ってるけど」
へ?と僕の言葉に呆けた映姫の目の前に手を差し出し、狐火を灯す。本来ならば黒い炎の筈が、神力を込めると忽ち金色が目立つようになる。
その光景に、映姫はこれでもかというくらい目を見開いた。
「あ、ありえません!まさか妖怪を信仰してる村が…というか神力に蝕まれてない!?本当に妖怪ですか貴方!?神力は妖怪を裁く神の特権の筈なのに…」
「…そこら辺は全然わかんない」
まぁ多分、ここ数十年の間に人助けとか妖怪退治とかしてたからかなぁ。勘の良い人間には妖怪ってバレ掛けてるし、なんなら陰陽師とかにはバレてるし、そこら辺の人間が信仰してるって可能性もある。
「ま、まぁ良いです。いや良くないですけど。…ふぅ、それにしても止む気配がありませんね」
そう言って映姫は横目で、小屋の壁の少し大きな隙間から見える吹雪の景色を見る。
まぁ確かにここ数年は見ないほどの大吹雪だけど、永遠に止まないわけじゃないから良いでしょ。
四百年前くらいにはこれより酷い吹雪があった記憶あるし…風が強すぎて木々が根っこから吹き飛んでたなぁ。その時寝てたから僕まで空高く飛ばされちゃったし。
咄嗟の事の上に落下速度も風のせいで増してたから、着地地点が人里近くなくてよかった。めっちゃ大きい穴空いたのは良い思い出。
しかもその穴から温泉が湧いて出たっけ。吹雪の中で入る温泉は気持ちよかったなぁ。顔は冷たくなるのに身体は暖かくぽかぽかする感覚は新鮮だった。
念の為整備してそのままだけど、荒らされてなかったらまた入りに行こうかなぁ。
「…そういえば、少し聞いてもよろしいですか?」
炎を見つめながら思い出に馳せてると、映姫が不意に話しかけて来た。
特に断る理由も無いため頷く。
「ん…」
「では…。かなり前に聞いた話なのですが、数十年前に大和の国と合併した『諏訪之国』にある伝承があるらしいです。話せば長くなるので簡潔に言いますが、その国の神には妖怪狐の師匠がいるとか。神が妖怪に師事するなんて眉唾物ですが、同じ狐の妖怪なら貴方は何か知っているのでは?」
「…んー、多分僕」
「…え?」
「一週間だけだけど、諏訪子を鍛えたよ。弱っちかったけど」
「え、え、え、え、え。ちょっと待ってくださいね?頭が混乱して来ました…。………すいませんもう一度言ってくれませんか?」
「僕、神の師匠」
「聞き間違いじゃなかった!」
そんな大した事じゃ無いと思うけどね。
精々オタマジャクシから足が生え掛けのオタマジャクシになった程度だし。
「じゃ、じゃあ数十年前から様々な人里でよく聞くという御狐様って…」
「多分…僕?」
さっき話した妖怪退治関連の話かなぁそれ。
それにしてもそろそろ眠くなって来たなぁ…。
「はぁー…なんだか貴方と話すの疲れて来ましたね」
「…じゃあ、暇だし寝る。おやすみ」
「え、あ……おやすみなさい」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「(突然眠ってしまった…)」
この吹雪によって倒れた私を___頭を踏み抜かれそうになりましたが___起こしてくれた狐の妖怪、黒金鈴八さん。
この人の話を聞けば聞くほど過去に通りがかる人間達の会話で聞いた嘘みたいな内容の話に出てくる妖怪に似ていて、どうせ違うだろうと思いながら単刀直入に聞いてみればまさかの大当たり。少なくともそこらの妖怪とは比べ物にならない程の実力を持つ、神力を持った大妖怪だった。
というか神力を得ておいてなんで死なないんですかね?本来なら妖怪の身であるその身体に神力が宿れば苦しみながら死ぬ筈なんですけど。普通の妖怪なら。
…まさか、
しかし、私はそんな話は聞いたこともない。思えばこの知識だって、私の身体を彫った人間の知識ですから、情報に間違いはない筈です。
妖怪の知識を引っ張り出せば出すほど、私は目の前の妖怪がどのような存在なのか分からなくなる。綺麗な顔をしていますが、狐の妖怪だけあって姿を変えているのかもしれませんし。
そういえば、狐の妖怪の変化は見た目だけ変化して、中身は変わらないそうですね。………ま、まぁ少しだけ…。
「………」
…へ、変化しているだけかもしれないと思っていても、この顔を触るとなると変な緊張が…、え、ええい!女は度胸!いざ行かん!
そんな内情とは裏腹に緊張に震えた指先でこの人の頬を突いてみる。
___すっごい柔らかぁい。
気付いたらこの身体になっていた数十分前、私は私の身体を探ってみたりする過程で顔も触って感触も確かめて見てみましたけど、この人のように綺麗な肌でも無いですし、何より柔らかく無いです。
あ、あぁ手が勝手に突くだけじゃなく摘んでしまう…うっ、や、やばいです、ついに手のひらまでが出陣しちゃってます…!
「……うーん」
「(ドッキィッッ!!)」
お、起こしちゃいました!?わ、私は悪く無いんです!私のこの手が“黒”なんです!私は“白”です!
内心でよくわからない言い訳を続ける私の目の前でこの人は起きる気配もなく寝返り、向こうを向いてしまいました。
…ほっ。助かりました。良い加減これを機にやめなくては。
粗相を働いた右手を左手で抓りつつ、私はすっと離れようとし…また寝返りを行った鈴八さんにびっくりして硬直する。
「…寒い」
「へっ?」
寝言でそう呟いた鈴八さんは立ちあがろうとして床についた私に手を掴み、ぐいと引っ張りました。そしてそのまま体制の崩れる私をまるで抱き枕のように、私の向きが自分に鈴八さんの方へ向くように抱きしめ…………………………!!??!?!?
そこで私の意識は、目の前の光景に対する許容範囲を余裕で超えて闇へと葬り去られました。
次に目覚めた時、私は思い出すでしょう。
はだけた着物から見える、真っ白い首と鎖骨を___。
あとついでに男性とは思えないほどの甘い匂い。
Q.『諏訪之国』の伝承。
A.大和之国と合併した際に、縁によって制作された書記。当時は鈴八くんの情報があまりなく、ただただ物語として書いていただけだが、日本各地で囁かれる鈴八くんの噂話をかき集めて伝承として形にした。『その狐、拳一つで神が産みし大蛇を砕く』
Q.整備された温泉
A.鈴八くんが生み出したクレーターから湧き出した温泉を、鈴八くんが己の手で整備して整えた秘湯。古代ほどではないが、その秘湯がある森は迷いの森と化しており、余程運が良くないと辿り着けない秘湯と噂されている。