PM003
メロディーに合わせて五人がダンスを踊る。
右手にはマイクの代わりに丸めた紙束を握りしめている。ヘッドセットなんて貴重なものを手に入れられる予定が今のところない。ゆえにしばしの間はマイクで我慢してもらう予定だ。部室がいろいろあって魔改造されたからね。支給された部費はその日のうちに封筒に入れて星梨花に手渡されている。
「ほーらほら、茜!ワンテンポずれていってるぞ!」
「うにゃああああ!わかっているよ先生!」
「ならテンポを取り戻せ!」
「言うは易く行うは難しなの!」
しかしテンポは取り戻せないまま曲は後奏へと突入して終わりを迎える。。
茜はメロディーが止まり次第そのまま真後ろに転がった。マイク代わりの丸めた紙束も放り出している。
「麗花はちょっと無駄な動きが多いな。フリにない動きはなるべく控えような。」
「はーい!」
「星梨花はもう少し体を大きく使ってもいいかもしれないな。だけどとてもよく出来ていたぞ!」
「はい!」
「茜は…、ダンス中にいっぱい言ったから覚えているな。」
「うぅう…、うん。自分でもよく理解できているよ。」
ダンス練習を始めて五日と経っていない。しかし既に一曲通してフリを覚えて踊ることが出来ている。学校もあるし丸一日練習に費やせる訳ではない筈なんだがな。本当に物覚えいい、これが若さか。
んむーと唸りながらゴロゴロと転がっている茜にしても他のメンバーがハイパーハイペースすぎるだけなんだよなぁ…。茜も十分すぎるほどに出来ている。
とはいえ、一人で黙々とフリを再確認する志保、それに星梨花にフリのコツを教えている静香。この二人は圧倒的だ。記憶があるだけあって少しフリを確認しただけで完璧に踊って見せた。流石としか言えない。
そんな二人を疑問に思ったのか茜が寝ころびながら二人の方に顔を向けた。
「そういえば…、なんで志保ちゃんに静香ちゃんはそんなに上手に出来ちゃうの?」
その問いに志保は平静を保っていたが静香は肩を大きく揺らした。
目を泳がせるんじゃない。静香、うまく誤魔化せよ…。
けれどもその問いに答えたのは星梨花だった。
「静香さんは初等部の頃からアイドルになりたいと言っていましたもんね!」
「なるほど、静香ちゃんとは経験の差か…。志保ちゃんはもう見た目からストイックそうだしね。」
一度起き上がったのにも関わらず再度部室の床に転がる茜。
そんな茜がもう一度ゴロゴロと転がるのを見てから俺は静香に近づく。星梨花は教えてもらったコツを確認しながらフリの復習を行っているため静香のもとを離れている。
「静香の夢はまたアイドルなんだな。」
「何笑っているんですか。というか先生のせいでもあるんですよ。」
「俺のせい?」
「あんな景色を見せられたら…、もう一度見たくなるのは当然じゃないですか。」
「なるほど。道理だな。」
「けどアイドルを目指すきっかけは先生ですけど、…スクールアイドルになろうと思ったのは未来の影響だと思います。」
久々に聞くかつてのアイドルの名前に俺は静香の顔をまじまじと見てしまった。
ここで未来?一緒にスクールアイドルをやろうとでも言われたのだろうか。そう考えていた俺の顔を静香はじっと見ていて、目が合ったらクスリと笑われた。
「たぶん、先生の思っている通りですよ。未来に一緒にスクールアイドルになろうと言われて、でも未来はここに落ちちゃって。それでも未来は落ち込んだりしないで『でへへ』って笑ってライバルだねって。負けないよって。未来からそうまっすぐに言われて私はやらないなんて言えるわけないじゃないですか。」
「そりゃあそうだ。」
「劇場《あの場所》がない事は理解しています。でもアイドルがこの世界に存在している限りステージは絶対にあります。そして、同じアイドルなら一緒にステージを作ることは出来るはずです。だから、また未来と一緒に…。」
口元に笑みを浮かばせた静香は失くした場所に思いを馳せつつも実現したい将来に向かって走っている。時間が無いと焦っていたあの時の静香は何処に行ってしまったのだろうか。本当に大人っぽくなってしまったものだ。
「絶対に実現しような。」
さてと。
なら俺はWelcome!!とFloodingの仮歌の録音でもしましょうかね。あとフリを撮影して静香と志保に確認してもらおう。あとはそうだな、星梨花への借金を何とかしないとだな…。
いつでもいいですよとは言われたけどそれに甘えるのは社会人としてよろしくはないだろうしね。
*****
動画撮影用に購入したビデオカメラをセットする。
そして星梨花の調達した衣装を着用した五人が学園の第二体育館のステージに並ぶ。
そう。
本日はサイトに載せる動画の撮影日なのだ。
ただ、撮影とはいっても一応ライブを想定している。ファンの前で行うライブのような緊張感を多少なりとも味わってもらおうと一発勝負、撮り直しは予定していないと伝えていた。
「そうだな、一応伝えておくが今日が本番だ。気合は入っているか?」
不敵な笑みを作って五人の顔を見回す。
星梨花と茜は少々緊張しているようだ。とはいえ緊張に飲まれている様子はない。堂々としたものである。前世同様大物だな。
「今日はファンの前で披露するわけではない。だけど何度も撮り直しがきくなんて甘ったれた考えでそこに立つなよ?本番は何時だって一度きりだ。今日だって一度きりだ。」
「何を言っているんですか?そんなことは当たり前じゃないですか。」
「そうね、静香。そんな事は当然よ。」
「え?え?茜ちゃんとしては撮り直しに少し期待していた感じだったんだけど…。」
茜が甘ったれたことを言っていたので麗花さんによるたかいたかいの刑に処しておく。俺が麗花さんをけしかければ直ちに「ばびゅーん」と言って麗花さんが茜へと突進していった。ってうーわ。肩車されながら大好きなお菓子を買ってもらった幼稚園児みたいにはしゃがれるとあんなにも恐ろしいのか。あれには茜も反省せざるを得ないだろう。
「はい、麗花ストップ。茜を下ろしてやれ。」
「はーい!じゃあ茜ちゃん、最後のたかいたかーい!」
「あ、ちょ、麗花ちゃ。ジャンプしな…、ぎゃにゃぁぁぁああ!!」
茜はグロッキーに、麗花さんはツヤツヤとした表情で戻ってくる。丁度良いタイミングなので仕切り直すように注目と言って手を叩いた。輪のように集まった五人の視線が俺に集まる。
待っていたとばかりに俺は口を開いた。
「もう一度言うが今日の撮影は一度きりだ。ライブの本番だって一度きりだからな。だけどな、お前たちが練習してきたその曲を披露する機会は一度きりじゃないんだ。むしろ俺が一度きりにさせない。失敗しようが何しようが挽回する機会を絶対に作ってやる。何度だってチャンスを与えてやる。だから安心してくれ。」
志保は微笑み、静香は「お願いしますよ?」なんて言っている。星梨花は「楽しみです!」と言って茜は 「なるほど~」と頷いている。麗花さんは「馬車馬ティーチャーさん頑張ってください!」と発破をかけてくれた。でも馬車馬ティーチャーはやめてくれ。
「いいか?完全無欠の完璧なステージなんて目指さなくていい。完全無欠の解釈なんて人によって変わるし、文句言うために粗を探せば誰だって一つや二つは見つけることが出来るんだからな。そんなあやふやなものなんか目指すな。」
「ただ」と小さく呟いて大きく息を吸う。
「等身大の自分を見つめろ。等身大の自分を見せつけろ。等身大の自分で魅せてみろ!それこそが今できる最高のパフォーマンスだ。それだけを目指せ!」
元気の良い「はい!」という声が第二体育館に響き渡った。
さあ、初めてのステージだ。見る人すべての視線を奪ってくれよ?
全員配置に着く。
少しカメラの位置を調整してバミリが見えないように手を加えたら諸々の準備ができた。
ステージ上の五人に聞こえるように声を張って五秒のカウントをとる。
―――― 2、1、0
ゼロのカウントをとってから音源のスイッチをオンに切り替える。
一拍おいてメロディーが流れ出す。と同時に五人の初めてのステージが始まった。
*****
『静香さん!私、頑張りました!』
『そうね、星梨花。とっても良かったわよ。』
『ありがとうございます!』
『志保ちゃん、茜ちゃんどうだった?』
『かなり良くなっていたと思いますよ、茜先輩。』
『ほんと?ねえねえ、静香ちゃん。茜ちゃん志保ちゃんに褒められちゃった!』
『そ、そうですか。いえ、そうですね。茜さんもとってもカッコよかったですから。』
『そうね、カッコよかったですよ。』
『茜先輩、とってもカッコよかったですよ!』
『ちょっとちょっと。そんなに言われると茜ちゃん照れちゃうよ!』
『茜ちゃん、“頑張ったね”のたかいたかーいしましょうか?』
『麗花ちゃん?絶対やめ、あ…、あにゃぁぁぁああ!!』
『曲のフリ、忘れていなかったのね。』
『そっくりそのまま静香にお返しするわ。』
『忘れるわけないでしょ。あの場所での思い出は、大事なものなんだから。』
『……。そう。私もよ。』
『いつになく素直じゃない。』
『お互い様だと思うけど。』
『そうね。でも志保に記憶があって本当によかったと思っているわ。』
『…どういう意味かは何となく解るから言わなくていいわよ。』
『自覚があるようね。けど、それは私もかしら。たくさん迷惑をかけてしまったと思っているわ。』
『そうね。茜さんには感謝してもしきれない。』
『ええ。』
『……。』
『…ねえ、志保。』
『なに?』
『私、志保にも感謝しているから。』
『どういう風の吹き回し?』
『うるさいわね!素直に感謝されなさいよ!』
『それもそうね。じゃあ受け取っておくわ。』
『そうしなさい。志保が覚えていてくれて、少しは嬉しかったんだから。』
『私は静香とプロデューサーが覚えていてくれてとても嬉しかったわよ?』
『…さっきの嘘。私も凄く嬉しかった。』
『その性格何とかした方がいいわよ。』
『んぐ…、直そうとは思っているのよ。』
『そう。じゃあお互い頑張りましょう。』
『そうね。志保も素直じゃないものね。』
『まあ、最近は素直に甘えたりもしていたんだけど。』
『志保が?誰に!?』
『それはいいじゃない。あ、そうだ。私も静香に感謝しているから。』
*****
サイトにアップロードした後の反響は想像以上だった。
多数のスクールアイドル専門のニュースサイトより問い合わせがあったし、取材依頼までも来た。あとはファンになりました!と言う方々からの嬉しいファンレターも数多く届いた。とはいえクレシェンドブルーは未だ学校名も何もかも正体を明かしていないので、それら全てラブライブのサイト経由だったが。
だけれども…。
「サイト経由でこんだけ反響があったんだから…。」
学校名を明かしたらどれだけの問い合わせが学校に来るのだろうか。
ぶるると身震いをしてしまう。なんせ学校側の対応が透けて見えるから。どうせ『アイドル部の顧問は石見先生だから石見先生よろしくお願いします』となるに決まっている!!断言できる、賭けてもいい!
「今から気が重い…。」
ぐでぇと職員室の自分の座席に突っ伏す。
顔を横に向けると青い空が広々と広がっていた。こんなにも俺の心は曇り模様なのに、なんだ当てつけか?心の中でシャドーボクシングを行って青すぎる空への反撃を妄想しつつ、届いたファンレターがプリンターから吐き出される音を聞く。
あ、音止まったね。
いったい何枚あったんだろうね。
いよっこいせと立ち上がろうとする俺の頭を誰かに押さえつけられる。
何奴!?と思ったが特徴的なハニーブロンドの髪が見えたので吐息と一緒に気も抜いた。
「こーはい君!今日の夜暇?」
「あ、結構です。」
「ちょっと、最後まで聞きなさいよ!」
押さえつけられた頭をペシペシ叩かれる。
なんだなんだ鬱陶しいな莉緒。どうせ飲みの誘いだろう?
「今日の夜ー、このみ姉さんと一緒にー。はじけちゃいましょう!」
「飲み会でしょう?嫌ですよ。先輩の酔いかた面倒なんですもん。」
「セクシーだからいいじゃない!」
ほう。ほう?
ちょっと言っている意味がわかりませんねぇ。
「まあ、実のところ俺も行きたいのはやまやまなんですがね。」
「じゃあいいじゃない。」
「はい、これをどうぞ。」
「あら、どうも。ってなにこれ。」
「先輩に押し付けられたアイドル部に届いたファンレターです。とっても忙しくなってしまったんですよ。」
莉緒が目をまん丸くしている。可愛い。
酔うと絡み酒になるから全然かわいくないんだけどな。ちなみにこのみさんは記憶ないタイプの泣き上戸。両方面倒くさいな。やっぱり行きたくないな。うん。
「すごいじゃない、あの娘たち。いったい何枚あるのかしらこれ。」
にーしーろー、と数えだした莉緒はあまりの多さに数える事を放棄して「んー、いっぱいね!」と言った。そうだな、いっぱいだ。
そんないっぱいのファンレターを指差しながら俺は息をついた。
「実はまだ校名も何もかもを秘匿している段階でこれなんですよね。明かしたらどうなってしまうことやら…。」
「確かに…。」
顔を青くして両手で口を押える莉緒。
ようやく事の重大さが解ったか。
しかしそんな空気を吹き飛ばすような声が俺たち二人に届く。
「ならお姉さんが手伝ってあげるわよ。」
「このみ姉さん!」
「このみさん!本当ですか!?」
ガバリと振り返る俺。
キャアと驚く莉緒が可愛い声を上げているが気にせずこのみさんの手を取った。そんな俺を気にする事もなくこのみさんはウインクを飛ばしてくる。
「ええ。言ったでしょう、何かあったら手伝うって。言ってくれればいいのに。」
天使って…、いるんだな。
感極まって俺はこのみさんにハグをかました。想像以上に小さくて「なんかフィットしないですね」と言ったら脛を蹴られた。
痛かったです。
003終
クレシェンドブルーはたちまちラブライブ本選出場ランキングを駆け上っております。
あと正体を明かしていないとは言っても見る人が見れば普通にバレます。顔隠してないし。特定作業専門の方が元気よく活動していそうですね。