1や極では出てこないあの男が出てきます
それではどうぞ
桐生組、発足
錦山彰が逮捕された堂島組長射殺事件から数日後。
舎弟頭補佐の桐生一馬は、渡世と育ての親である風間新太郎に呼び出されていた。
天下一通りにある風堂会館に訪れた桐生は事務所にいた組員に頭を下げられながら、組長室へと足を踏み入れる。
「失礼します」
「来たか、一馬。まぁ座ってくれ」
中にいた風間に頭を下げ、静かに入室する桐生。
椅子に座って待っていた風間に促され、桐生は静かに椅子に腰を下ろす。
「忙しいところ呼び出しちまって悪かったな。俺もこの後行かなきゃならねぇ所があってよ、今しか話す時間が無かったんだ。」
「いえ、自分の事は気にしないで下さい。それよりも大事な話って……?」
今回風間が桐生を呼び出したのは、桐生の耳にどうしても入れたい話があったからである。
「……由美の事だ」
「っ!?……由美が、由美が見つかったんですか!?」
澤村由美。
堂島組長射殺事件の際に、堂島組長に強姦されかけていた所を桐生と錦山に助けられたホステスで、桐生の大切な幼馴染だ。
事件のショックで記憶を失った由美は、風間が面倒を見ている病院から姿を消し行方不明となっていた。
桐生もここ数日は、神室町で行方不明になった由美の情報を聞いて回っていたのだ。
「あぁ……由美は、ひまわりに居た所を保護された」
「ひまわりに……?」
ひまわりとは、風間が管理と運営を担っている孤児院の名前である。桐生や由美が育った故郷とも言える場所だ。
「そうだ。由美は覚えていたんだよ。お前や彰たちと育ったあの孤児院の場所をな」
「そうだったんですか……」
風間はひまわりの担当者から連絡を受け現場に急行し、由美を無事に保護した。故にもう桐生は由美の件に関しては心配する必要は無いという事を風間は伝えたかったのだ。
「それで、由美の様子は?」
「……由美を保護した後、俺は由美に何枚もの写真を見せた。記憶が戻るんじゃないかと思ってな、だが……」
風間が顔を逸らして言い淀む。
普段の風間を知っている桐生にとって、それはかなり珍しい光景と言えた。余程言い難い程の事情があるのだろう。
「親っさん……?」
「……由美は、一馬と彰の写真に拒絶反応を見せた。おそらく、事件のショックを想起させるものだったんだろう」
「!」
桐生は思い出す。
自分たちを殺そうとした堂島組長に向けて引き金を引いた時の光景を。
自分と共に殺人という一線を超えた錦山。そしてそれを間近で目の当たりにした由美。
彼女にとって一生モノのトラウマになる事は想像に難くない。
「一馬。由美は引き続き俺が面倒を見る。だが、記憶が戻るまでアイツには会うな。」
「……親っさん、それは」
「今お前が由美の前に姿を表せば、余計にあの子を苦しめる事になる。本当に由美の事を想うのなら、ここは耐えろ。いいな?」
「……はい」
それは、由美に密かな想いを寄せていた桐生にとって苦しい選択だった。記憶を失い、不安がっている筈の彼女の傍にいる事が出来ない。桐生は初めて自分が極道者であることを悔やんだ。
「失礼します」
するとそこへ、一人の人物が組長室へと足を踏み入れる。
白髪混じりの頭と顔にある大きな傷が特徴的な壮年の男。その男は、桐生もよく知る人物だった。
「おう、来てるな。桐生」
「柏木さん!」
東城会直系堂島組内風間組若頭。柏木修。
かつて"東城会イチの殺し屋"と謳われた伝説の極道である風間を長年支えてきた、言わば右腕的存在。
桐生にとっては、この世界に足を踏み入れて最初に出来た兄貴分でもある。
「柏木。準備は出来たか?」
「へい。いつでも行けます」
「そうか……」
風間は頷くと、片手で杖をついて立ち上がった。
左手をポケットに入れたままのせいか、普段よりも足元が覚束ない。
「親っさん、何処へ行くんですか?」
「彰の面会だ。アイツに、一馬と由美は無事だって事を伝えに行かなくちゃな」
「親っさん、だったら俺も……」
「お前は待っていろ一馬。それに、話はまだ終わっちゃいない」
「え?」
困惑する桐生に、柏木が一歩前に出る。
「この話の続きは、俺がする事になってるんだ」
「柏木さんが……?」
「あぁ。親父が戻って来るまでの間にな」
「そういう訳だ。柏木、後は頼んだ」
「へい、行ってらっしゃいませ。親父」
「あぁ」
柏木に続くように、桐生も頭を下げて風間を見送る。
組長室は柏木と桐生の二人だけになった。
「柏木さん……話って一体?」
「まぁ落ち着けよ、桐生」
そう言って柏木はソファに座ると懐から煙草を取り出し、その内の一本を口に銜えた。
すると、桐生の身体が条件反射でライターを取り出して火を付ける。
それは極道として最も多く行う機会が多い動作の一つだった。当然、桐生の身体にも染み付いている。
「ふぅ……お前もやれよ桐生」
「はい、失礼します」
柏木に言われ、桐生も煙草を咥えて火を付ける。
二人の口から吐かれた紫煙が、静かに空気に溶けていく。
「なに、そう身構えるような事じゃねぇ。あまり堅くなるなよ」
「は、はぁ……」
変わらず困惑する桐生に対し、柏木はいつになく上機嫌だった。そして上機嫌のまま彼は本題に入る。
「話ってのは他でもねぇ。桐生組の事だ。」
「!」
そこで桐生は合点がいった。
柏木が上機嫌なのは、これからの風間組にとって大きな存在になるであろう桐生組に大きな期待を寄せているからに他ならなかった。
「堂島組長の件でゴタゴタしちまったとはいえ、元々は組を立ち上げる予定だったんだ。そろそろ頃合いかと思ってな。どうだ?」
「……」
桐生は思い出した。
事件直後、セレナで誓った約束の一杯とその時に抱いていた熱い気持ちを。
「はい。謹んでお受け致します」
「お?てっきり謙遜するかと思っていたがいつになくやる気じゃないか。どうしたんだ?」
柏木の問いに対し、桐生はすかさず答えた。
その顔に揺るがぬ覚悟と確固たる決意を滲ませて。
「俺は、自分の組でどうしてもやりたい事があるんです」
「なんだ?言ってみろ」
「錦を……勤めを終えて娑婆に出たアイツを、俺の組に迎え入れたいんです」
「なるほど、やはりそう来たか」
桐生の望みに対して、柏木は予測済みだったのか対して驚きもしない。義理堅く仲間想いな桐生らしい選択だと関心するばかりだ。そして、そんな桐生に対し柏木は朗報を伝える。
「そんな桐生にいい報せだ。昨日、錦山の処分が決まったぞ」
「本当ですか……!?」
「あぁ。錦山は三代目の意向により"破門"に処される事が正式に決定した。風間の親父の直談判が効いたんだろうな」
親殺しという大罪を背負った錦山に下されたのは破門。
本来予想していた永久追放と報復を伴う絶縁では無い。
周囲の目は厳しいだろうが、復帰の目は十分にあると言えた。
「親っさん……」
「親父はあぁ見えて少し恥ずかしがり屋な人だ。錦山の面会に行ったのは本当だが、この話を自分からするのは苦手だったんだろう」
風間の意外な一面に目を丸くする桐生。
昔から風間を知っている柏木だからこそ知っている話だった。
「そういう訳だ。絶縁じゃない以上、錦山にも復帰の目はある。だが……親殺しのアイツを堂島組を主体としている風間組で引き取る訳には行かない」
もしそんな事をすれば風間組は風間派と旧堂島派で内部分裂を起こしてしまうだろう。
余計な抗争の火種を作ってしまう事になる。
「だから、もしお前が自分の組に錦山を迎え入れようとするのならば桐生組はいずれ風間組から独立してもらう必要がある。この意味は分かるな?」
「はい……直系昇格ですね?」
直系昇格とは、東城会の二次団体として認められる組織になる事。末端の"枝"からそれを支える"幹"になることを指す。桐生組は風間組の三次団体として立ち上がる訳だが、そのままでは風間組内に不和を引き起こす。故に桐生組は錦山が出所するまでの間に独り立ちし、風間組とは関係ない別の組織でなければならないのだ。
「あぁ。だがそいつは並大抵の事じゃねぇ……歴代の幹部達はみんな、それこそ死に物狂いでのし上がってその地位を築いたんだ。その中で命を落とした極道を俺は何人も知ってる。桐生……お前の気持ちは分からんでもないが、お前が進もうとしているのは茨の道だぞ?」
極道の先輩として、そして兄貴分として忠告する柏木。
しかし、そんな事で"堂島の龍"は止まらない。
「覚悟はとっくに出来ています。あいつの居場所を作れるのは、俺しかいません」
己が一度決めたことは何があっても貫き通すのが、桐生一馬が往く極道であるからだ。
「フッ……流石、風間の親父が目をかけただけの事はあるな。」
答えを聞いた柏木は満足気に頷くが、同時に真剣な表情でこう続ける。
「だがな桐生。少し厳しい事を言うが、お前はシノギに関しては錦山や他の奴には劣っている。取り立てだって、そんなにいつも依頼がある訳じゃねぇだろ?」
「……はい」
当然と言えば当然だが、極道のシノギは法に触れたものである場合が非常に多い。
盗みや強盗(タタキ)、違法物や偽造品の売買といった表立った犯罪行為から、特殊詐欺や賭博、強請りや集り等といった警察が介入しにくい裏稼業まで、そのシノギは多岐に渡る。
難しい事を考えるのを何より苦手とし、筋の通らぬ事を許せず、それでいて身体を張るのが得意な桐生がこなせるのはせいぜい借金の取り立てくらいだ。
しかしその取り立てでさえ、顧客からの依頼が無ければ成立しない。
「その点、錦山は上手くやっていたぞ?シノギはいつも安定していたし、金回りも良かった」
そんな桐生とは対象的に、器用に立ち回る事を重視した錦山はいくつものシノギを掛け持ちしていた。
多方面に顔を売り、付き合いやコネを大切にした働きで顧客達からの評判は良く、桐生のような一度の大きな利益は無いものの安定して確実な利益を出していた。
「今のお前に足りないものは安定した稼ぎだ。今の時代、極道は金を稼いでナンボだからな。結局はそれが人を集め、組織をデカくしていく。そうだろ?」
「はい、重々承知しています」
「そこでだ。ウチから腕利きの奴を何人か出す。そいつらを上手く使って、シノギについて勉強しろ」
「柏木さん……ありがとうございます」
極道は法に縛られない私的な集まりの一つである。
故に一般社会のように上司と部下が配属されるなどという事は無い。各々が組織内から勝手に人員を集って組を名乗るものなのだ。
故に極道が組を立ち上げる際、本来は手駒がいないからといって親組織から人員を貸してもらえる事など有り得ない。ましてや今回派遣されるのは風間組の中でも腕利きの連中。
極道としてこんなに恵まれている事は無いだろう。
それだけ柏木は、桐生に対し大きな期待を寄せているという事だった。
「話は以上だ。俺はここに残るが、桐生はどうする?」
「俺はセレナへ行きます。麗奈に、由美の件を報告しないとならないので」
「そうか、分かった。お前に預ける人員の選別が終わり次第報告させる。それまではいつも通りに過ごすと良い」
「分かりました。失礼します。」
桐生はタバコの火を消してから一礼をすると、踵を返して組長室を出た。
頭を下げてくる事務所の連中に軽く挨拶を返し、そのまま風堂会館を出る。
(さて、いよいよだな……)
これから桐生組としての本格的な活動が始まる。
錦山が出所して来た時に落胆されないように、組織を上手く運営していかなければならない。
桐生は気合いを入れ直すと、真っ直ぐにセレナへと歩いていく。セレナは風堂会館の向かい側にある為、少し歩けば直ぐに到着する距離だ。
しかし、桐生がセレナのエレベーター前まで辿り着いた時、何者かが桐生の背後から声をかけた。
「桐生さん」
「ん?」
振り向いた先にいたのは、一人の若い男。
黒のスーツをだらしなく着崩し、空いた胸元にペンダントを付けたその男を、桐生はよく知っていた。
「若……」
「お疲れ様です、桐生さん」
東城会直系堂島組内風間組構成員。堂島大吾。
数日前に殺された堂島宗兵の一人息子だ。
そして、この世に生まれた時から堂島組を継ぐ事が決まっていた男でもある。
「どうされたんですか?」
「話があります。こちらへ」
そう言うと大吾はセレナの裏路地へと入っていく。
堂島組の次期組長候補に言われてしまえば、流石の桐生も従わざるを得ない。
桐生は言われるがまま、大吾の後に続いて裏路地へと入った。
そのままセレナ裏の空き地へと辿り着く。
「桐生さん……もう人目はありません。普通にして良いですよ」
「……あぁ、分かった」
桐生は先程までの"若"呼びと敬語をやめ、普通に話す。
"カラの一坪"の一件の際、桐生は堂島組を抜けてカタギになっていた時期があり、その時にある揉め事に巻き込まれて以来、大吾は桐生を深く尊敬していた。その為大吾は桐生に人目のいない所では"若"では無く一人の男として扱って欲しいと頼み、桐生もまたそれに応えているのだ。
「それで、話ってなんだ?」
「聞きましたよ桐生さん。正式に組、立ち上げるそうですね」
「……あぁ」
大吾はタバコに火をつけて、有害な煙を吐き出しながら続ける。
桐生に背を向けたまま、決して振り返ること無く。
「桐生さん、一つだけ聞かせて欲しいんです。桐生組は……ゆくゆくは風間組から独立するんですか?」
「あぁ、そのつもりだ」
「それは、何故です?」
「……組を立ち上げる以上、のし上がりの精神を持つのは当然だ。組長である俺にやる気が無いんじゃ下のモンも付いて来ねぇ。それだけだ」
「ふぅ……そうですか…………」
大吾はほんの数口だけ吸ったタバコを落として踏み消すと、裏口に来てから初めて桐生に対して向き直った。
「本当に嘘が下手な人だ、貴方は……」
「大吾……?」
振り返った大吾の表情は、炎のような憤怒の色に染っていた。
彼は、その感情のままに桐生に問いただす。
「貴方が組を持とうとするのはそんな理由じゃない。アイツを……出所してきた錦山彰を迎える為だ。違いますか?」
「っ!」
図星を付かれた桐生はここで納得する。
大吾は桐生に錦山を迎えて欲しくないのだ。
彼は堂島宗兵の息子。つまり、錦山彰は彼にとって実の父親を殺した大罪人に他ならない。
「元々桐生組を立ち上げようって話は大分前からあったんだ。にも関わらず出世欲のない貴方はそれらの声に耳を傾けなかった。だが、親父がアンタの兄弟に殺された途端にこれだ!それをのし上がる為だと?笑わせるな!!」
自分の父親を殺した男が、何年後かに釈放されて我が物顔で東城会に復帰する。大吾にとってそんな事は断じて認められない。あってはならない事なのだ。
「親殺しの外道が風間さんの養子だからって理由で破門に処され、それで水に流せって言うのか?だったら俺の立場はどうなる?実の父親を殺された俺の立場はどうなるって言うんだ!?答えてみろ、桐生!!」
「大吾…………」
今の大吾に対してかける言葉を桐生は持ち合わせていない。なぜなら、経緯はどうあれ錦山が堂島組長殺害の容疑で逮捕されたのは事実で、肉親を殺された大吾の怒りもまた至極当然のものだったからだ。
「桐生さん……俺は貴方に憧れてるんです。貴方のような男になりたいと、俺は常々思っていました。ですが……もしも錦山を自分の組に迎えようって言うのなら、俺はその考えを改めなくちゃならない」
大吾はそう言って、スーツの懐から一丁の拳銃を取り出した。重厚感を持った黒鉄色のそれを、ゆっくりと桐生に突き付ける。
「大吾、お前……!」
「覚悟は出来ています。場合によっちゃ刑務所だろうが何処だろうが行きますよ。それでも俺は、親父の仇がのうのうとシャバに出てくるのを認める訳には行かない。そして、そんな錦山を庇う桐生さんもまた親父の仇だ。だから……答えてください。」
そして大吾は、桐生に問いを投げかけた。
「桐生さんは本当に……桐生組に錦山を迎え入れるんですか?」
大吾は本気だった。
桐生のここでの回答次第では、大吾は迷わず引き金を引くだろう。そうなれば桐生の人生はそこで終わってしまう。
(俺は誓ったんだ。必ず優子を助け出して、シャバに戻ってきた錦の居場所を作る。そして……セレナで過ごしていたあの日々をもう一度取り戻すんだ!)
しかし、桐生にも退けない理由がある。
義理と人情を重んじる彼は一度交した約束を履行するためなら何度だって命を張る。それが、同じ釜の飯を食べて育った兄弟からの一生の頼みとあれば尚更だ。
「大吾……お前の怒りは尤もだ。俺達極道が結ぶ義理の親子とは違う、本当の肉親を殺されたんだ。仇を討ちたいと考えるのが当然だろう」
「……」
「だがな、俺もここで退く訳にはいかないんだ。どんな壁があったとしても俺は絶対に逃げたりはしない。たとえその壁がお前であってもな」
譲れないものがあるのは互いに同じ。どちらの意見も決して曲げられない。
何故なら両者に曲げるつもりが一切無いからだ。
「そうですか……では仕方がありません。貴方を殺って、その後に錦山にも死んでもらいます」
引き金に指をかけ、桐生の額に狙いを定める。
奇しくもそこは彼の父である堂島宗兵が撃たれた場所でもあった。
「大吾……お前、殺しは初めてか?」
大吾の銃を持つ手が小刻みに震えている。
そもそもが拳銃の扱いに慣れておらず、ましてや殺しという現代社会の禁忌に手を染めようとしている以上、覚悟と恐怖が付きまとうのは致し方無い事だった。
「うるせぇ!だったらなんだ!?」
「息巻くのはいいが、安全装置くらいは外しておくんだな」
「なに?」
大吾の視線が安全装置へと向く。
目線と銃口が桐生の額か外れたその一瞬の隙に桐生は動いた。
「なっ!?」
視界の奥で動く桐生に気付き慌てて銃口を向ける大吾だが、両者の距離は既に一メートル圏内。"堂島の龍"の拳が確実に届く範囲だった。
「ふんっ!ドラァ!!」
「ぐほっ、ぐぁっ!?」
桐生は拳銃を持つ大吾の手首を掴むと、鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。
怯んだ所に右ストレートで追い討ちをかけ、大吾の身体が地面に叩き付けられた。
「ぐっ、クソっ!!」
すぐさま立ち上がろうとした大吾の目の前に、黒鉄色の銃口が突き付けられる。あの一瞬の攻防の中、桐生は大吾の拳銃を奪っていたのだ。
「終わりだ、大吾」
「くっ……!!」
形成は逆転した。
もう大吾に、桐生を殺す手段は残されていない。
「諦めてくれ、大吾。俺は出来る事ならお前とは対立したくねぇ」
「なんだと?勝手な事ばかり言いやがって……!」
大吾は真っ向から拳銃を突き付けられ、それでもなお吼える。たとえどんな目に遭ったとしても、これだけは決して譲れないからだ。
「そんなに俺を止めたきゃここで俺を殺すんだな!じゃなけりゃ俺は、絶対に止まったりはしねぇぞ!」
「…………そうか。分かった」
桐生はそう言うと、拳銃から弾倉を抜いた。
慣れた手付きでそのまま拳銃を解体すると、大吾の目の前にそれらを落とす。
ただの部品と化したそれらを見て、大吾の感情が困惑を極める。
「どういうつもりだ?」
「俺はお前を殺さない。だが、錦にも絶対に手出しはさせねぇ」
「なんだと……!?」
桐生が選んだ選択肢は、決して根本的な解決とは言えないものだった。彼にとって錦山との約束は大切だ。だが同時に近い将来、東城会の未来を担うであろう大吾もまた桐生にとって大事な存在なのだ。
「お前は堂島組長の息子だ。組の明日を担うべきお前が、こんな所でその命を捨てるだなんて馬鹿げてる」
「馬鹿げてる……?親の仇討ちすんのが、殺られたら殺り返すのが馬鹿げてるって言いてぇのか?テメェそれでも極道かよ!!」
「そうは言ってねぇ、命の張りどころを間違えるなって言ってるんだ」
先程、大吾に拳銃を突きつけた時に桐生は確信していた。これからの東城会には堂島大吾が必ず必要になると。
「大吾。お前は暴力や権力に絶対に屈しない男だ。これからの東城会は、お前みたいな若くて気骨のある奴が支えていくべきなんだ。もしお前がここで死んじまったら、お前の親父さんがいた東城会のこれからを、一体誰が支えるんだ!」
「!」
桐生の言葉に大吾は目を見開く。
"命の張りどころを間違えるな"とはつまり、命を張るなら東城会の未来の為に命を張れという事だったのだ。
「俺に考えを改めさせたいならいつでも来い。俺は逃げも隠れもしねぇ。全力で相手してやる。だが、お前が命懸けで取り組むべきは仇討ちじゃねぇ。お前の親父さんの分までこれからの東城会を支えていく事だ。それだけは忘れるな」
「桐生、さん……」
「それにな……俺の兄弟はお前みたいな若造に簡単に殺られるほど弱くねぇ。本当に堂島組長の仇を討ちたいなら、もう少し鍛えてから出直すんだな」
桐生はそう告げると、踵を返してセレナの裏口の続く階段を昇って行った。今の大吾は、そのまま店の中へ消えていく桐生を見送る事しか出来なかった。
「…………まったく、何処までも勝手な人だ」
吐き捨てるように呟いた後、大吾はバラバラになった拳銃の部品を拾い集める。街中でこんなものが発見されれば大問題になるからだ。
(だが、おかげで俺のやるべき事は定まった。感謝しますよ、桐生さん)
桐生によって分解された部品達を一つ一つ組み上げる。
それらの部品は綺麗に嵌り、やがて大吾の手には一丁の拳銃が収まった。大吾はそれを胸にしまい、立ち上がる。
(桐生さんが錦山を迎え入れるのを諦めないのなら、俺は桐生さんに負けない組織を作る。そしてシャバに出てきた錦山をこの手で殺す。たとえその先に、桐生さんとやり合う事になったとしても……!)
まだ年若く、その器は完成には程遠い。
だが、その男の覚悟は本物だった。
桐生一馬という憧れを超え、堂島大吾は今初めて己だけの極道を見出す。
(それが俺の通すべきスジ。俺が進むべき極道だ!)
堂島大吾。
後に彼の手によって関東最大の極道組織である東城会の舵が握られる事になる事を、この時はまだ誰も知らない。
と、言うわけで若かりし頃の堂島大吾でした。
後に大物になる彼ですがこの頃はまだボンボンのドラ息子です(ZEROでのサブストーリーを経てマシにはなって)が、一度覚悟を決めた時の極道ぶりはこの頃から健在です。
今後どう言った形で出てくる事になるのか……そこも楽しみにして頂けたら嬉しいです
次回はいよいよ三章です。お楽しみに