錦が如く   作:1UEさん

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いよいよ嶋野戦です。
年内に間に合って本当に良かった……
それではどうぞ


Pray Me

東城会本部。

世良会長の葬儀会場から脱出を試みる錦山の前に立ち塞がったのは、東城会きっての超武闘派極道 嶋野太だった。

 

「でりゃぁぁああ!!」

 

叫び声と共に嶋野の張り手が飛んでくる。

二メートル近い巨躯から放たれるその一撃を錦山は咄嗟に防御した。

直後、彼はその選択を後悔する。

 

「ぐっ、ぉおっ!?」

 

錦山の体は重力を無視して大きく吹き飛ばされた。

すぐさま受身を取る錦山だったが、ここで一つの違和感に気づく。左腕に痺れが生じて力が上手く入らない。

防御のためにその一撃を受けた左腕が衝撃に耐えきれず悲鳴を上げているのだ。

 

(何なんだよこのパワー……バケモンじゃねぇか!?)

 

頭なら即昏倒。胴体なら内臓破裂。

いずれせよ、まともに喰らってしまえばそれが彼の最後である。

 

「てぇぇぇぇい!!」

 

嶋野は錦山に休む暇を与えず、タックルで追撃して来た。

小型自動車の正面衝突にも匹敵するであろうそれをまともに受けるのは愚の骨頂。あっという間に轢き潰されてしまう。

 

「うぉっ!?」

 

そう判断した錦山は地面を転がるようにしてその突進を躱した。すぐさま起き上がり、嶋野の背後を取る事に成功する。

 

「うぉらァ!!」

 

すかさず拳を振り抜く錦山。

嶋野が振り返った直後、右のボディブローが嶋野の腹部を直撃した。

 

「効かんわァ!!」

 

しかしその拳から伝わる感触は鈍く、手応えがまるで無い。

 

「でぃやぁ!」

「ちっ!」

 

錦山は嶋野が突き出してきた手を躱し、すかさず飛び退いて距離を取る。

 

(コイツ、反則だろ……!?)

 

鍛えられた筋肉と恵まれた体格を持ち、人智を越えたパワーとタフネスを発揮する嶋野。

攻撃の一発一発が必殺の威力を持ち、並の攻撃ではダメージが通らない。

そして懐に飛び込んだら最後、その人間離れした怪力で八つ裂きにされてしまう。

 

「ここがお前の墓場や!!」

 

その姿はまるで人の形をした戦車と言うのが相応しかった。

筋肉という堅牢で分厚い装甲と怪物級の馬力を併せ持ち、腕力の砲弾で敵を制圧する戦略兵器。

 

(こんな奴相手にどうしろってんだ……!!)

「死ねやァァァ!!」

 

錦山が内心で毒づくのと、嶋野が雄叫びを上げながら襲いかかるのは同時だった。錦山は乱雑に突き出された一撃を回避し、背後へと後退する。

ここで、彼はある事に気づいた。

 

「ぬぅん、てぇい、どうらぁぁ!!」

 

張り手やラリアット、裏拳などの力任せの一撃を連続で振るう嶋野。その一発の威力は必殺級だが、その動きは単調で予測がしやすい。

 

(だったら……!!)

 

錦山はとある作戦を企て、即座に実行に移した。

嶋野が突き出してきた手に、敢えて自分から掴まれに行く。

 

「血迷ったか錦山ぁ?お前はこれでしまいじゃあ!!」

 

その巨大な手のひらで頭を掴み、その握力ですり潰す。

そんな嶋野のアイアンクローが極まるよりも早く、錦山は嶋野の両腕を掴んで飛び上がると相手の首に両足を引っ掛けた。

 

「なんやと!?」

「ぬぉぉぉおおおおおお!!」

 

そして両腕と背筋、その他全身の筋肉を総動員して嶋野の腕関節を逆側に折り曲げる。

腕十字三角固め。プロレスラーや柔道家が使う、関節技の一種だ。いくら筋骨隆々な嶋野と言えど、関節の強度には限界があると錦山は踏んだのだ。

 

(腕一本、へし折ってやる!)

 

しかし、そんな目論見は浅はかであった事が即座に証明される。

 

「こんのガキぁぁぁあああああ!!」

 

嶋野は腕を極められた体勢のまま上体を垂直に戻すと、腕と背筋の力を使って錦山の身体を持ち上げたのだ。

鈍い音と共に、折れ曲がっていたはずの関節が元に戻る。

 

(コイツ、マジかよ!?)

「んどりゃああああああっ!!」

 

嶋野は叫び声を上げながら持ち上げた錦山の身体を地面に叩きつけた。

プロレスで言う所のバスターに近い方法で無理やり関節技を外す。

 

「がはっ!?ぅげほっ、ごほっ……!?」

 

背中から思い切り地面に落とされた錦山は、その強すぎる衝撃で肺の中の空気が全て絞り出された。

呼吸のリズムが狂い、嗚咽と共に激しく咳き込んでしまう錦山。

 

「ふざけた真似しおってぇ……!!」

 

嶋野は抵抗出来ない錦山を両手で掴むと、腕力だけでそのまま持ち上げた。

その後、抱きつくような姿勢で彼の腰にその丸太のような両腕を回す。

 

(や、やべぇ……!)

 

錦山の背筋が凍り付く。

嶋野が繰り出そうとしてるのはベアハッグと呼ばれるもので、腰や背骨にダメージを与える事を目的とした絞め技だ。

嶋野の怪力でやられれば最後、彼の腰は粉々に砕けてしまう事だろう。

 

「死に晒せやぁぁぁ!!」

 

そして嶋野が両腕に力を込めた。

その圧倒的なパワーに錦山の腰部が軋み悲鳴を上げ始める。

 

「ぐっ、ぅぉらァッ!!」

 

錦山は咄嗟に嶋野の両目の目蓋に自分の指を突き入れた。

目潰し。目を有する生物に対して最も原始的で残酷な攻撃方法。

彼の指先に生暖かく気色の悪い感触が伝わるが、人間が動物である以上効果はてきめんだ。

 

「ぐわぁぁぁぁあああああああ!!?」

 

錦山は嶋野の拘束から解き放たれ、地面に落ちる。

一方嶋野は激痛と共に視界を奪われ、両手で目を抑えながらその場でたたらを踏んでいた。

 

(やるなら、今しかねぇ!!)

 

このチャンスを逃す訳には行かない。

そう決議し錦山は背中と腰の痛みを無視し、両手の拳に力を込める。

 

「でぇりゃァ!!」

「ぐぁっ!?」

 

錦山は嶋野の顎に全力のアッパーをぶちかます。

これにより嶋野の身体が上に仰け反った事でその巨体が無防備になった。

その瞬間。

 

「うぉぉおおおおおおらああああああああああああッッッ!!」

 

殴る。殴る。殴る。

全力で握り込んだ左右の拳を一心不乱に連続で打ち付ける。

 

(今を逃したらもうコイツは仕留められねぇ!絶対にここで終わらせる……!!)

 

錦山はもはや何処に当てるかなどは考えていない。ただ一撃一撃にこれ以上無いほどの全力を込めて、嶋野の身体を何度も何度も執拗に叩き続けた。

 

「うぉぉらァァァッッ!!」

 

そして、錦山のトドメの一発が鳩尾に突き刺さった。

嶋野の巨体がついに片膝を付く。

 

(やったか……?)

 

錦山は一瞬。ほんの一瞬だけ緊張を解いた。

解いてしまった。

直後。

 

「こ、のガキ……よくもやって、くれよったなァ!!」

 

その瞬間を狙ってたかのように嶋野の右手が伸び、彼の首を掴んで容易く持ち上げた。

 

(な、なんだと……!?)

 

戦慄する錦山は立ち上がった嶋野の両目と目が合った。

その目は赤く充血し、額には血管が浮き出ている。

ただでさえ凶悪なその面構えは、今にも憤死しそうな程の怒りでよりその迫力を増していた。

 

「どぉぉりゃあああああああああッ!!」

 

嶋野は力任せに錦山の身体を振り回し、そのまま勢いよく投げ飛ばした。

 

「ぐはっ、ぁぁ、ぐっ、ぅ……!」

 

ロクな受身も取れずに地面に叩きつけられた彼の身体は、その勢いを殺しきれず地面を転がる。

 

(な、なんて野郎だ。本当に、人間かよコイツ……!!)

 

嶋野の理不尽なまでの頑丈さとパワーに錦山は嫌気が差していた。

先程の連撃は、彼が持てる全てを余す所なくぶつけたはずのものだったのだ。しかし、嶋野はそれすらも意に返さずに力でねじ伏せてきた。格が違うとはまさにこの事だろう。

 

「絶対に許さへんで……ワシがここでぶち殺したるわ……!!」

 

そう叫んだ嶋野が腰を落として低く構える。

それはまるで、相撲における立ち合いを始める寸前の力士のような格好だ。

 

(く、来る……!!)

 

全身の痛みと痺れ、そして疲労を端に追いやって錦山は無理やり立ち上がる。

彼は軋む骨の音と悲鳴を上げる筋肉の声を無視し、これから迫り来るであろう破壊の権化に備えた。

 

「死ねや、錦山ァァァああああああああッ!!」

 

そして、人型の戦車がついにその進撃を開始した。

対する錦山の身体は度重なる乱闘と嶋野から受けたダメージによりまともに言うことを聞こうとしなかった。

回避は間に合わない。防御などもってのほか。

となれば、彼に残された手段はもう一つしか無い

 

(やってやるよ……!!)

 

錦山は覚悟を決めて全神経を研ぎ澄ました。

突進してくる嶋野を集中して観察し、冷静に間合いを見計る。一発逆転のカウンター。あの突進に合わせた一撃で死中に活を見出す。それしか彼が生き残る術は残されていない。

早過ぎれば威力が乗らず、遅過ぎればあっという間に轢き潰されてしまう。

一歩間違えた瞬間に自分の負けが確定する極限状態で、錦山は周囲の時間が酷く遅く流れるのを感じた。

ほんの数秒が数分に感じられる中、彼は己の直感を信じてその時を待った。

そして。

 

(……来たッ!!)

 

目で見た敵との距離感、肌で感じた相手の殺気、耳朶を打つ嶋野の叫び声。そして背筋を走り抜けた悪寒という名の危険信号。

それら全てが合致した絶好の機会が訪れた。

 

「はァああッッ!!」

 

その刹那。

錦山は思い切り地面を蹴って、その身体を宙へと浮かせた。

残された体力を絞り出して放った、渾身の飛び膝蹴り。

彼が狙うのは猛烈な勢いで迫る嶋野の顔面だった。

 

「でぇぇぇえええぇぇええええい!!」

 

対する嶋野は、突進する勢いはそのままに両腕を突き出して飛びかかってきた。

その剛腕で錦山を捉えて八つ裂きにするつもりなのだろう。

 

(しまった、これじゃ届かねぇ!!)

 

ここで、錦山は一つの失策をした。

彼は嶋野がそのまま走り込んで突進してくる事を前提にしていた為、今嶋野に飛びかかられてしまうと狙っていた位置と高さが合わなくなってしまうのだ。

しかし、宙へと浮いた錦山と嶋野の身体は既に自分達の制御下を離れている。今更足掻いたところで何もかもが遅かった。

そして、激突。

 

「クッ……!!」

「ぐほっ、ぁぁっ!?」

 

錦山は自分の膝に確かな手応えを感じていた。

彼の放った飛び膝蹴りは嶋野の両腕の間をすり抜けて、その分厚い胸板へと叩き込まれていたのだ。

その直後。空中でお互いの勢いが反発し合った結果、嶋野の身体は背中から地面に叩き付けられ、錦山の身体は上へと跳ね飛ばされてさらに宙へと浮かんだ。

 

(!!!)

 

その時、彼の脳裏に稲妻が走った。

閃き、天啓と言っても良いだろう。

嶋野は地面に叩きつけられた直後で身動きが取れないでいた。大の字に寝転がったままこれ以上無いほどの無防備を晒している。

対する錦山の身体は宙に浮いたままで踏ん張りが効かず、自由な身動きが取れない。これでは回避も防御もままならないだろう。

一見して同じに見える彼らの条件。

しかし錦山の身体はこのすぐ後に、重力に引かれて下へと落ちるのが確定していた。嶋野太の真上の位置で。

 

「ぅ、ォォおおおおおおッッ!!」

 

唸る。落ちる。敵を見据える。

構える。備える。拳を握る。

打ち砕く。殴り抜く。

今度こそ。確実に。

絶対に。この喧嘩。

今が。この時が。

 

 

 

《勝機!! 》

 

 

 

「嶋野おおおおおおおおおおおおッッ!!!!」

 

燃え滾る気合と共に今、錦山の全身全霊の一撃が嶋野の顔面に叩き落とされた。

 

「が…………ぁ……………………!」

 

腕力、筋力、体重。おまけに重力落下の勢いすらも合わせて束ねた最大最強の一発は、東城会が誇る猛虎を完全に仕留めたのだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!!」

 

息を切らす錦山。

そして、その周囲を取り囲む東城会の極道達は、目の前で何が起きているかを認識するのに多大な時間を要した。

 

「そ、そんな……」

「あの嶋野の親分さんが……」

「嘘だろ……?」

 

超武闘派極道として東城会の内外問わずその名が轟く嶋野組。その長である嶋野太が勤め上げのチンピラに負ける。余りにも現実離れしたその光景にその場の極道達は目の前の不届き者を捕える事も忘れてただ呆然とするしか無かった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!」

 

そして。

 

「うおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

猛る虎を仕留めた一匹の鯉が勝利の雄叫びを上げた。

自らの存在を高らかに世界に示すように。

だが、地獄を這い出たばかりの鯉にとってこの勝利はこれから続く果てない黄河の道への始まり。言わばようやくスタートラインに立っただけに過ぎない。

それでも。

遥か先の龍門を目指す彼にとってこの勝利は、確かに大きな一歩であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早鐘のような脈動。沸騰しそうな身体。

止めどなく流れる汗。

そして、大の字で気絶する嶋野を見ながら俺は実感した。

 

(か、勝った……あの嶋野に……!!)

 

風間の親っさんと双璧を成す伝説級の極道。

その男と真っ向からやり合って、俺は勝利を掴んだのだ。

かつて無いほどの達成感と充足感が全身を包む。

しかし、ここは死地の只中。いつ襲われるかわからない状況でいつまでもそれに浸っている訳には行かない。

 

「ぐぅ、くっ、……ッ!!」

 

俺は限界を訴える身体に鞭を打って、正門へと踵を返した。一刻も早くここから脱出する為に。

そこへ。

 

「待ちやがれぇ!!」

 

他のどの追っ手よりも早く、俺の前に現れた坊主頭の極道がいた。

 

(シンジ……!?)

 

田中シンジ。

俺の渡世の兄弟である桐生の舎弟だった男で、風間組の構成員。先程、俺が風間の親さんと合流するための手引きをしてくれた男だ。

そんな男が額に青筋を浮かべながら俺に対して怒鳴りこんでくる。

 

「テメェ……よくも風間の親っさんを!!」

「ま、待てシンジ!それは誤解なんだ!」

「うるせぇ!そんなもん信じられる訳ねぇだろうが!!」

 

俺が事情を話す前にシンジは問答無用の精神で殴りかかって来る。錦山は放たれるパンチのキレから、シンジが相当の使い手である事を見抜いた。

 

(ここまで、か……!)

 

しかし、今の俺にはどうする事も出来ない。

嶋野を倒すのでかなりの体力を消耗し、度重なる痛みと怪我で走るどころか歩くのがやっとの有様なのだ。

俺は直後に走るであろう痛みと衝撃を受け入れようと覚悟を決めるが、実際にシンジの拳は俺を傷つけることは無かった。

 

(……?)

 

放たれたシンジの拳は俺の真横を通過し、シンジの顔が彼のすぐ隣にあるような格好になる。

そして、追っ手達の喧騒と怒号の中でも聞こえるように、シンジは耳元でこう囁いたのだ。

 

「懐のチャカで俺を人質に」

「ッッ!!」

 

その言葉と共に、何か固いものがぶつかった感覚があった。

それは意図的に俺と肉薄したシンジが、自分の懐にある拳銃をアピールするためにスーツのジャケット越しに擦り付けてきたからだ。

シンジは、自分が風間組の代表として敢えて人質になる事で追っ手が来れないよう時間を稼ごうとしているのだ。

 

(すまねぇ、シンジ!!)

 

迷っている暇は無い。

俺は心の中でシンジに謝りながらも、彼の懐に手を突っ込んで拳銃を奪った。

そしてシンジの首を背後から左腕で固定し、右手に持った拳銃をシンジの側頭部に突き付ける。

 

「近づくんじゃねぇ!コイツがどうなっても良いってのか?あァッ!?」

 

我ながら悪役そのもののセリフだが、その効果は覿面だった。

 

「ぐっ、クソっ!離しやがれ!」

「しまった、田中の兄貴が!」

「てめぇ汚ぇぞ!兄貴を解放しろ!」

 

先程まですごい勢いで俺に迫っていた極道達が、全員悔しそうに歯を食いしばりながら立ち止まっていた。

人質に何が起こるか分からないため、一定の距離以上は向こうも近付けない。

 

「どこまで行きゃいい……?」

「そのまま後ろへ……今は時間を稼ぎましょう……」

 

バレないように耳元で問う俺にシンジは後退するように指示をした。言われるがままにジリジリと少しずつ後ろへ退っていく。

そして俺とシンジの身体が本部の門を通り、道路へ出た時。

 

(ん?なんだありゃ……!?)

 

一台の車が猛スピードでこちらへ向かって来た。

やがてその車が俺とシンジの背後に陣取るように急ブレーキをかけて停車する。

 

「乗れ!!」

 

運転席から一人の男が叫ぶ。

まるで示し合わせたかのようなタイミングでやって来たのは偶然か必然か。

いずれにせよ、この場において運転席の男は俺の味方のようだ。

 

「あばよシンジ……!」

「お、叔父貴……!」

 

俺は拘束していたシンジを解放すると、その場に拳銃を捨てて背後の車に飛び乗った。

 

「待ちやがれこの野郎!」

「逃げんな外道が!」

 

俺を乗せた車はすぐさま発進し、怒号を上げて追るヤクザをみるみるうちに引き離していく。

俺は死地を越えたことを実感し、張り詰めていた緊張の糸が今度こそ切れて安堵のため息がこぼれる。

 

「ふぅ、なんとかなったな……」

「ご無事ですか?錦山さん」

 

声をかけてきた運転席の男は、黒いスーツに紫のシャツを着た如何にもな風貌をしていた。

パンチパーマにサングラスをかけたその外見はどう見てもカタギには見えないが、少なくとも今は俺の敵ではないようだ。

 

「あぁ。おかげで助かったぜ。ありがとよ」

「いえ、お気になさらず。貴方は会長にとって大切な方ですから」

「え?会長?」

 

服役前の俺は各方面に顔を売って商売していたが、流石に会長の知り合いは居なかった筈だ。

怪訝に思う俺を他所に、運転席の男は不敵に笑った。

 

「フッ、しかし仮出所二日目にして東城会三代目の葬儀で大乱闘とは……聞いていた話とは大分違いますが、流石は会長の兄弟分だ。やる事が派手で良い」

「えっ……兄弟って、まさかアンタ!?」

 

驚愕する俺に運転席の男はピシリと態度と声音を引き締め、自己紹介をしてきた。

 

「運転しながらのご挨拶、失礼致します。自分、関東桐生会で若頭代行をやらせて貰ってる松重って者です。以後よろしくお願いします。錦山さん」

「関東桐生会、だと……!!?」

 

俺は確信した。

この男は、桐生が独立させた組織の人間であると。

 

 

 

東城会。消えた100億。世良会長暗殺。そして関東桐生会。

動き出した陰謀の闇が今、俺を飲み込もうとしている。

この出会いはその、ほんの序章に過ぎなかった。

 

 

 

 




以上で第三章は終了です。如何でしたか?
次に投稿するのは断章ですがおそらくそれが年内最後になると思われますのでお楽しみに
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