今回は少し短めですが、錦山がいよいよあの名セリフを言います
不運
2005年12月6日。時刻は夜の9時頃。
錦山彰はバッカスで偶然出会った遥を殺人現場と化した店から連れ出していた。
「さっきのお店のこと、誰かに伝えた方がいいんじゃない……?」
「あれだけの事があったんだ。とっくに誰かが通報してるよ」
直に店の周辺は騒ぎを知った警官達で溢れかえるだろう。錦山達は一刻も早く、その場から離れる必要があった。
「さぁ、急ごう」
「……」
「どうした?」
しかし、遥は一向にその場から動こうとしなかった。
一点を見つめる遥の視線を錦山が追う。
(仔犬……?)
犬種は柴犬だろうか。
薄茶色の毛並みをした仔犬が、錦山達の目の前で蹲っているのが見えた。
直後。
「きゃうん!」
「あ……!」
横合いから飛んできた石が仔犬の身体を直撃した。
仔犬が痛々しい悲鳴を上げた直後、石の飛んできた方向から下卑た笑い声が聞こえた。
「ぎゃっはっは!今のは内臓イッたんじゃねぇの!?」
「キャンつった、キャンつったよな今!」
「残酷だなぁ、早い所トドメ刺しちゃえよ!」
複数の、若い男の声だった。
姿は見えないが、きっと街の不良が動物を虐めて楽しんでいるのだろう。
こうした卑劣な行いが横行するのもまた、神室町が危険な街であることの証だ。
「やめて……やめてよ……!!」
しかし、遥にとって神室町がどんな場所であるかなど関係ない。
被害を受ける仔犬があまりにも可哀想で、遥は悲しさと憤りを覚えていた。
「……ちょっと待っててね」
「え……?」
錦山は遥にそう告げると、仔犬の所へと歩み寄った。
直後、再び仔犬に襲い掛かる石を素手でキャッチする。
そして。
「オラッ!!」
「ぶぎゃぁ!は、鼻がぁ……!?」
「ヨッちゃん、おい大丈夫かよ!?」
錦山はキャッチした石を全力で不良達へと投げ返した。
石は真っ直ぐ不良達の所へと飛んでいき、メンバーの一人の顔面に直撃した。
「なに?アンタ……?」
自分達の楽しみを邪魔したばかりか仲間の一人を傷付けられた以上、彼らも黙っている訳には行かない。
不良達は敵意を撒き散らしながら錦山を囲むように接近する。
しかし、彼は今更そんな事で怖気付いたりはしない。
元極道である錦山にとって、たかだが街の不良程度は恐るるに足らないのだ。
「俺は今日、大変な一日でよ。すこぶる機嫌が悪いんだ」
「あぁ?」
「運が無かったんだよ……お前らは」
錦山の過ごした今日という一日は、それは凄まじいものだった。
目の前で育ての親が撃たれ、大勢の極道を相手に大立ち回り。
その後はかつての兄弟分と出会って、彼が抗争している中国マフィアを敵に回す。
そして唯一の手がかりの写真を元に一連の事件を調べていた最中にこの騒ぎ。
彼のフラストレーションは溜まる一方だった。
「そう?」
しかし、リーダー格と思われる不良が錦山の恫喝に対しても余裕を崩さない。その理由はすぐに明かされた。
(仲間か……)
別の方向から更に数名ほど不良達の仲間と思わしき連中が集まり、完全に錦山を囲んでしまったのだ。
その頭数は、合計10人。
「運が悪かったのはオッサンの」
それより先の言葉が紡がれる事は無かった。
錦山の拳がリーダー格の不良の鳩尾にねじ込まれていたからだ。
「ぐ、ぉ……!?」
「オラァ!!」
その後、錦山は間髪入れずに右ストレートをリーダーの顔面に叩き込んだ。
文字通りぶっ飛ばされたリーダー格の不良が、無様に地面を転がる。
「て、テメェ!」
「ごちゃごちゃ言ってる暇があるならかかってこいよクソガキ共ォ!!」
リーダーが真っ先に沈められ、ようやく臨戦態勢に入る不良達。
闘いの火蓋は、既に切って落とされていた。
「この野郎!」
正面から襲いかかる二人目の拳を躱し、カウンターの膝蹴りをボディに直撃させて仕留める。
「テメェ!」
左側から襲い来る三人目の右ストレートを掴み、鼻にエルボーを叩き込んで戦意を折る。
「死ねやオッサン!」
右側からビール瓶を逆手に持って振り上げた四人目の手首を掴んでビール瓶を奪い取ると、そのまま相手の頭目掛けて振り抜いた。
「うぎゃぁ!?」
そして割れたビール瓶の鋭利な矛先を、その横にいた五人目の腹に突き刺す。
少なくない出血が伴うが内臓には達していない。
「うご、ぉぁっ……?!」
「ひ、ひぃ……!」
「言っただろうが、すこぶる機嫌が悪いってなぁ!!」
あまりにもショッキングな光景に慄く六人目に対し、錦山は声を荒らげながらその胸ぐらを掴むと壁にもたれかからせた。
「へっ?」
「ふっ、はっ!」
その後、左右二発のボディブローを叩き込んでダメージを与える。
「おごぉ!?」
「オラァ!!」
その後、前のめりになった六人目の顔面を掴んで後頭部から背後の壁に叩き付けた。
白目を剥いた六人目が地面に崩れ落ちる。
「大人しくしやがれ!」
背後から七人目が錦山を羽交い締めにするが、そんな程度で彼は止まりはしない。
「離せよガキ!」
錦山は背後の七人目の顔面に肘打ちを叩き込んで怯ませ、腕を取りながらすかさず脱して肩関節を極める。
「うぎゃっ!?」
「おゥらよォ!」
そして、そのまま一本背負いの要領で七人目を投げ飛ばした。
その後、仰向けに倒れた所に顔面を踏み抜いてトドメを刺す。
「な、なんなんだよコイツ!」
「おい、これヤベェだろ!?」
「に、逃げた方が良いんじゃ……?」
残る不良はあと三人。
いずれもが錦山の強さと危険さを感じ取り、逃走を画策する者も居る。
無論、錦山に彼らを逃がすつもりは毛頭ない。
「ぉぉお、オラァ!!」
「ぶげぁっ!?」
錦山はすかさず八人目の顔面に飛び膝蹴りを放ち、一撃で無力化した。
「う、うわあああああ!」
「逃がすかよ!!」
ついに逃亡を始めた九人目に難なく追い付き、背後からチョークスリーパーをかけて首を締め上げる。
「がっ!?……か……っ…………」
頸動脈を締められて失神した九人目が、開放されたのと同時に糸の切れた人形のように地面へと崩れ落ちる。
「残ってんのはテメェだけか……?」
「く、クソっ!」
追い詰められた十人目は、ポケットからナイフを取り出して切っ先を錦山に向けた。
「死ねぇぇぇ!!」
そのまま大声を上げて錦山に突っ込む十人目。
錦山はその一刺しを冷静にいなして背後に回ると、十人目の左足を右足で思い切り蹴り抜いた。
「うぉわっ!?」
片足を蹴り抜かれた十人目がバランスを崩して後ろへ仰け反る。
そして振り抜いた回転の勢いのまま左足を振り上げると、十人目の顔面にかかと落としを叩き込んだ。
「ぶげぇっ!?」
錦山の靴底とアスファルトに頭部を挟まれて気絶する十人目。
わずか一分足らずで、その場は血祭りに上げられた不良達が倒れ伏す地獄絵図となっていた。
「く、くそっ……」
「あ?」
錦山が振り向くと、倒れていたリーダー格の不良が起き上がっていた。
どうやら最初の攻撃だけでは仕留めきれなかったらしい。
「ほう……ただのヤンキーにしちゃ骨があるな」
「おっさん……あんた、何者だよ……?」
問いかける不良に対し、錦山の行ったのは拳による返答だった。
ボロボロの身体に叩き込まれた追い討ちにより、今度こそ不良の身体が地面に崩れ落ちる。
「ぶぎゃぁっ!?」
その後、錦山は地面に這い蹲る不良の髪を持ち上げるとその顔面を思い切り蹴り上げた。
うつ伏せだった体勢が仰向けになり、無様に腫れ上がった顔面が顕となる。
「ひ、ひぃ、もうやめて……」
「うるせぇんだよクソガキが!!」
許しを乞う不良の顔面に馬乗りになると、錦山は容赦なく拳を振り下ろした。
戦意喪失し、もはや抵抗出来ない相手を一方的にぶちのめす。
ともすれば外道とも取られかねないその行動だが、錦山は敢えてそれを行っている。
「良いかよく聞けクソガキ。これが……さっきのお前らの行動だ」
一切の抵抗が出来ない相手を、一方的に虐めて嘲笑う。それは、先程不良達が仔犬に対して行っていた行為そのものだ。
ましてやトドメを刺して殺そうとまでしていたその残虐性に、錦山は激しい憤りを感じていた。
「今のお前ら、とっても可哀想だよなぁ……俺がここでトドメを刺してやっても良いんだぜ?」
「ひぎぃっ!?」
錦山はそう言うと左手で不良の喉元を掴む。
不良がじたばたと暴れ始めるが、鍛え上げた錦山の力の前ではどうする事も出来ない。
「俺が何者か知りたがってたよな?教えてやるよ。俺はな、刑務所上がりの元極道だ」
「!!」
それを聞いた不良は一気に青ざめる。
単純に悪ぶってるだけの自分達とは次元が違う。
今、彼の前にいるのは前科持ちの完全なるアウトローなのだ。
「殺しで10年行ってたんだ。今の俺にとっちゃ、一人殺すも二人殺すも同じなんだよ」
そんな男の口から漏れた言葉に、不良の恐怖心は限界まで高まっていた。
自分は間違いなく殺される。恐怖から震えと涙が止まらなくなる不良に対し、錦山は拳を振り上げた。
「死ねや、クソガキ」
「っ!!?」
不良は迫り来る拳に思わず目を瞑った。
しかし、いつまで経っても痛みと衝撃は襲って来ない。
「……?」
「……なんてな。今回はこれくらいで勘弁してやる」
首から手を離し馬乗りを解く錦山だったが、不良は恐怖と緊張から未だ動けずにいる。
そんな不良に対し、錦山は顔を近づけて言った。
「だが、もしもまた同じ事をしてるのを見かけたらその時は容赦しねぇ…………分かったな?」
「は、はい……!!」
錦山は不良に対して念入りに痛みと恐怖を植え付けて、徹底的に心をへし折った。
もう二度と、同じ過ちが起きないようにするために。
「ふん……分かったら消えろ。二度とその面見せんじゃねぇ」
「す、すいませんでしたぁ!!」
不良は叫びながら逃げるように立ち去って行った。
それに続き、彼らの仲間も皆一様に逃げていく。
「ったく、手間取らせやがって……」
時間にしておよそ三分。
この喧嘩は錦山の圧勝だった。
タチの悪いガキ共を血祭りに上げてから数分後。
俺はバッカスで偶然出会った遥を連れていた。
そして、ガキ共から虐められていた仔犬も一緒だ。
「くぅん……」
「よしよし……」
遥は仔犬の事が放っておけないのだろう。
先程酷いことをされていた分を取り返さんと、一生懸命撫でている。
だが、俺たちが今いる場所は現場からはそう離れていない。今、警察に勘づかれるのは面倒だ。
「そろそろ行かない?」
「でも、この子お腹空かせてるみたいなの……こんなに痩せちゃってるし……」
俺は声をかけるが、どうやら遥にとっては今はこの仔犬が大事らしい。
だが、彼女にはもっと大事な目的があったはずだ。
「遥ちゃん……だったよね?お母さんは何処にいるんだい?探してるんだよね?」
「分からない……今日ずっと探してたんだけど……」
「ずっと?」
神室町はアジア最大の歓楽街であると同時に日本でも有数の犯罪都市だ。
つまり、この子はそんな危険な街を一日中歩き回っていたという事になる。
「遥ちゃん、家はどこにあるんだい?今日はもう遅いから俺が家まで送ってくよ」
それを聞いた俺は彼女に、家まで送り届けるのを買って出た。本当は構っていられる場合じゃないが、神室町は年端も行かない子供が長居していい場所じゃない。
何かあってからでは遅いのだ。
「……孤児院、黙って出てきた」
「孤児院……?遥ちゃん、孤児院に居たのかい?」
その言葉を聞いて俺は遥にどこか親近感を覚えた。
俺も桐生も同じで、施設で育ったからだ。
そんな少女が今、母親を探してたった一人でこの街に訪れているという。なかなかの行動力だった。
「ねぇ、おじさん」
「ん?なんだい?」
「その喋り方、なんか嫌」
「な……」
その言葉を聞き、俺は開いた口が塞がらなかった。
遥が、年端もいかない少女が俺の目を真っ直ぐに見てそう言ってのけたのだ。
(俺が、怖くねぇのか……?)
元ヤクザ者で、先程まで結構な暴れ方をしていたのだ。
まともなカタギならまず恐れる所を、この子はそんな素振りも見せずに堂々と自分の意見を押し通したのだ。
年齢にしてはあまりにも肝が据わり過ぎている事に、俺は驚きを隠せなかった。
「そ、そうか……悪かったな。気を付けるよ」
「うん……ねぇおじさん。この子に何か食べさせてあげて、このままじゃ死んじゃうかも……」
すると遥は、俺に仔犬の餌を要求してきた。
遥の言う通り、仔犬はぐったりとしていて衰弱していた。
空腹な事に加え、さっきのガキ共の虐めの事もあるのだろう。このままでは本当に死んでしまうかも知れない。
「確かに可哀想だな…………でも、今助けてあげても、またあんな目に遭うかもしれない。その子だって、お前が面倒見れる訳じゃねぇだろ?」
「それは、そうだけど……」
「仕方ねぇ事なんだ。責任が負えないなら、生き物は助けるべきじゃない」
動物の世話をするということは、その動物の命を背負うという事。
守ることが出来ないのなら、関わるべきでは無いのだ。
「そんな……でもほっとけないよ!ねぇ、おじさん!」
「…………」
遥は必死だった。
仔犬が助からないのならテコでもここから動かない。
この子からは、そんな強い気概を感じる。
「はぁ……仕方ねぇ」
その揺るぎない態度に俺は折れた。
いずれにせよ、遥は安全な場所まで送り届けなければならないのだ。
それでこの子が納得するならやるしかない。
「分かったよ、ちょっと待ってな。今、その子が食えるもん買ってくるからよ」
「うん、お願い」
俺は遥の願いを聞き入れると、ドッグフードを手に入れる為にその場を離れた。
(さて、何処がいいかな……)
神室町にあるのは、何も如何わしい店ばかりじゃない。
薬局やスーパー、コンビニに雑貨屋なんかも多く存在する。
その中からドッグフードを探して見つけ出さなければならない。運良く見つかれば良いが、何店も回ることになればそれなりに大変だ。
オマケに、今の俺は街中のヤクザから狙われてる身分だ。そんな中神室町を歩き回るってことはつまり、そいつらに狙われるリスクも増えるという事に他ならない。
「結構、骨が折れそうだな……」
出所してからまだ二日。
中々ハードなおつかいに嘆息しつつ、俺は店を探し始めるのだった。
如何でしたか?
次回はちょっとしたオマージュが入る予定です。
何のオマージュか分かったら、是非感想欄で教えてください。
あぁそうだ。感想欄といえば、断章において桐生ちゃんがどのようにして7000万円を稼いだのか、色んな予測が飛び交って居ましたね。
ここでひとつ、言っておきます。
実はその感想の中に一人、その答えに限りなく近い事をを言い当てていた方がいます。
誰なのかはあえて伏せますが、一体何なのかみなさんも考えてみてくだだいね!
それではまた次回