錦が如く   作:1UEさん

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最新話です

今回の断章は豪華二本立てでお送りしていきます。
それではどうぞ


断章 1996年
義理人情 前編


1996年。1月某日。

東京神室町のとある場所の地下深く。

一般人は決してその存在を認知出来ないアンダーグラウンドなその場所は、かつて無いほどの興奮と熱狂に包まれていた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

「ゼェ、ゼェ、ゼェ……」

 

その熱狂の中央で、桐生一馬は一人の男と上裸で向かい合っていた。

桐生の目の前にいるのは、浅黒い肌にボクシンググローブをつけた大柄な男。

その身体には打撲や裂傷の痕が生々しく残っており、男の負ったダメージが並大抵のものでは無い事を物語っている。

 

「シッ!!」

 

グローブの男が歯の間から鋭く息を吐き、渾身の右ストレートを繰り出した。

並の素人であればダウンどころか大怪我は避けられないその一撃を、桐生は完全に見きった。

 

「フンッ!」

「グボッ!?」

 

そのストレートに合わせたカウンターのボディブローが直撃し、怯んだ所に正拳突きを二回追い討ちで叩き込む。そして。

 

「はァァァああああああ!!」

 

桐生は両拳で相手の頭部を左右から挟むように叩き付けると持ち前の腕力で圧迫し、そのままの状態で飛び上がった。

そして地面に着地するタイミングで男の顔面を右膝に叩き付ける。

 

「ブギャッ!!?」

 

頭部の左右を拳で圧迫された上で顔面を強打した相手は後ろに倒れ込むと、そのまま動かなくなった。

 

『決まったァァァ!!桐生の必殺の喧嘩殺法が元世界チャンプをマットに沈めたァァァァ!!勝者!!桐生ゥゥゥ一馬ァァァ!!なんという強さだ!この男の無敗神話は、いつまで続くのかァァァ!!?』

 

この闘いをどこかから見ている実況者の声が会場の興奮を煽り立て、更なる歓声が桐生を包み込む。

しかし、桐生はそれに打ち震える事もなくリングから降りた。

自分の入場したゲートに戻ると、近場にあったベンチに深く腰を下ろす。

 

「フゥ………ぐっ、ぅ……!!」

 

肉体の緊張を解いた事で、ダメージと疲労が一気に襲いかかる。

肩のあたりを走る鋭い痛みと呼吸する度に味わう激痛から、桐生は冷静に己の身体を分析した。

 

(鎖骨にヒビ……アバラも何本かやられてるな……)

 

常人であれば即搬送、場合によってはそのまま入院すらありえるほどの大怪我だ。

 

(次の試合は1週間後だ……しばらくは安静にするか……)

 

しかし、それだけの傷を負ったとしてもファイター達に安息は無い。

ここは地下格闘場"ドラゴンヒート"

なんでもありのバーリトゥードが成立するこの場所で命懸けで闘う男達の姿に、客は魅了され多額の金を落としていくのだ。

 

(今は、ここで大人しくしていよう……)

 

無論、そのような場所にも医務室は存在する。

如何に命懸けの闘いと言えど、ここで闘うファイター達はドラゴンヒートの運営にとって利益を生んでくれる貴重な存在。みすみす死なせる訳には行かないからだ。

しかし、桐生は医務室に直行せずあえてベンチで大人しく過ごす事を選んだ。

 

(相手の方が重傷のはずだからな……)

 

桐生は先程繰り出したトドメの一撃に確かな手応えを感じていた。顔面の骨が陥没していても何ら不思議では無いだろう。

桐生はあくまで目的があってここで闘っているに過ぎず、相手の選手に恨みがある訳では無い。

意識がある自分の方が譲るのが大事であると桐生は考えた。

 

(しかし……こんな闘いを後五回か……)

 

桐生がドラゴンヒートに参戦したのは約二ヶ月前。

何かと付き合いのある嶋野組の極道、真島吾朗の紹介と推薦でこのリングに上がった桐生は並み居る猛者たちとの激闘を潜り抜けていた。

一人目の真島吾朗から始まり、空手の全日本制覇者、柔道の元世界王者、元横綱力士、そして今日倒したのはボクシングの元世界チャンピオン。

いずれもが、その格闘技のトップ戦線で生き抜いてきた猛者ばかり。

短期間での連戦により、桐生の身体もまた決して浅くないダメージを負っていた。

 

(だが、辞める訳にはいかねぇ……九鬼組長との約束だ)

 

桐生はここに参戦する前、ドラゴンヒートの元締をしている九鬼隆太郎とある約束を交わしていた。

その約束とは、地下格闘場において未だかつて誰も成し得た事の無い十連勝を成し遂げる事。

それを達成させる事が出来ればファイトマネーとは別に賞金を用意する上に、殿堂入りファイターとしてドラゴンヒートのシノギに今後関わる権利を貰えるというものだった。

これを達成させる事が出来れば、優子の手術代7000万円を用意するのも決して夢物語では無くなる。

 

(必ずここで勝ち抜いて、手術費用を間に合わせてみせる……!)

 

道筋は既に見えた。

後はがむしゃらに前に進むだけ。

長い闘いが折り返しに差し掛かり、桐生は改めて己の決意を固めていた。

 

「兄貴ィ!!」

 

そこへ一人の男が現れた。

その男は今の桐生にとっての頼りがいのある右腕だった。

 

「シンジ」

「はぁ、はぁ、あ、兄貴……大変なんです……!」

「落ち着け、一体何があった?」

 

桐生組舎弟の田中シンジは血相を変えて桐生に詰め寄る。

その並々ならぬ様子から桐生もまた何があったのかと気を引きしめた。

 

「い、今さっき組から連絡があって……松重の奴が、柏木さんが世話してる組がケツ持ってる店からみかじめを取ったらしいんです!」

「なんだと……!?」

 

それは、桐生組の人間が問題を起こしたという報告だった。それもかなり深刻な問題だ。

 

「この事を、風間の親っさんや柏木さんは知ってるのか?」

「今はまだ……ですが、いずれ柏木さんの耳に入るのは時間の問題です……!」

 

極道の世界においてはシマ、つまり自分の縄張りに他の組織が入り込んで商売をするのは基本的にタブーとされている。それは即ち相手組織の縄張りを奪う行為に他ならないからだ。

そんな事になれば血の気の多い極道連中は実力行使に打って出る事も有り得るだろう。場合によってはそのまま関係が悪化し内部抗争の引き金にすらなりかねない。

 

(どうなってる?アイツも昔は風間組の人間だったはずだ。その松重が古巣であるはずの風間組の柏木さんをコケにするだなんて……一体どうしてそんな事を……?)

 

理由はどうあれ、松重のやった事は必ず桐生組と風間組に不和を引き起こす卑劣な行為だ。

対処が遅れれば取り返しのつかない事になる。

 

「兄貴、これ、どうしたら……!」

「シンジ、お前は表に車回して来い。俺は今から電話で松重に事の次第を問い詰める」

「分かりました!」

 

シンジは桐生に一礼すると、すぐに踵を返して駆け出していった。

桐生もまた、痛む身体に鞭を打ってその場から立ち上がる。

 

(松重は事務所にいるか?)

 

桐生はロッカールームで手早くいつもの服装に着替えると、備え付けの固定電話の受話器を取った。

慣れた手つきで番号を入力し、受話器を耳に当てる。

電話はすぐに繋がった。

 

『はい、桐生組!』

「俺だ」

『組長、お疲れ様です!』

「松重に代わってくれ」

『はい、少々お待ちください!』

 

電話番の返答後、電話の声はすぐに松重へと変わった。

 

『組長さん、何か御用で?』

「松重……!」

 

相変わらずとぼけた声音で話をする松重に、桐生は怒りを覚える。

 

「お前、柏木さんが世話してる組がケツ持ちしてる店からみかじめ取りに行ったってのは本当か?」

『えぇ、バッチリ稼いできましたよ』

「お前、何故そんな事をしやがった……!」

『ハッ、おいおいそんな事も説明しないと分からねぇのかよ?』

 

松重は嘆息すると、悪びれることも無く理由を話し始めた。

 

『雨後の筍みてぇに次から次へとビルが建ってた時代はとっくに終わってんだ。これからは限られたシマを力で奪っていったもんが勝つんだよ』

 

今や都内は崩壊したバブル経済や不動産屋の土地転売の影響で沢山のビル群で溢れ返っている。

土地の値段も延々と上がり続け、今の神室町はこれから開拓される土地は愚か針の隙間も無いのが現状だ。

神室町は決して大きい街ではない。その中で何十というヤクザ組織があの手この手で資金をかき集めている以上、新たにシノギを拡げるのは至難の業と言える。

しかし、シノギが頭打ちになってしまえば組が発展する事は出来ない。松重はそんな現状を打破する為に今回の行動に打って出たと言う。

だが、桐生からしてみればそれは大問題に他ならなかった。

 

「お前……スジの通らねぇ真似は許さねぇと言っただろう!まだ懲りてねぇのか……?」

 

以前、松重にカタギを泣かせるシノギから手を引けと命令を下した桐生。

それを守らなかった松重に対し桐生は一度鉄拳制裁を加えている。

その時に堂島の龍の恐ろしさを骨身に刻まれたハズの松重だったが、彼の反骨精神は未だ桐生に屈する事は無かったのだ。

 

『スジねぇ……柏木さんが文句言ってきたら、組長上手いこと言っといて下さいよ』

「ふざけるな!テメェのやった事の落とし前を組長に押し付けるヤクザが何処にいる!!」

『はっ、好きなだけ吠えるのも結構ですがね。今のアンタが何を言おうが怖くなんてありませんよ』

「なんだと……?」

 

余裕を崩さぬままに松重は電話越しにこう言ってのけた。

 

『アンタが九鬼組長に泣きついて何処ぞの地下で喧嘩に明け暮れてる間、こっちはずっと頭を捻ってたんだよ。どう逆立ちしたって普段のアンタには勝てる訳がねぇ。だからこそ、アンタが弱りきったこのタイミングを待っていたのさ』

「テメェ……!」

『前みたいにヤキ入れようとしても構いませんよ?今のアンタに出来るものなら、な』

 

松重は桐生のドラゴンヒートにおける戦績や戦い方を情報として常にチェックし、虎視眈々と復讐するタイミングを見計らっていたのだ。

桐生一馬が連戦で衰弱し、その力を失うタイミングを。

 

『それじゃ、俺はこれから呑みに行くんでこれで失礼。せいぜい柏木さんに絞られて下さいや、組長さん?』

「おい松重!松重ぇ!!」

 

桐生の叫びも虚しく、電話は切られてしまった

最悪のタイミングで反旗を翻された事により、桐生は窮地に立たされた。

 

「クソッ!」

 

乱暴に受話器を置き、ロッカールームを出る。

大急ぎでエレベーターに乗って地上に出ると、シンジの乗った車が目の前に停まっていた。

 

「兄貴、どうぞ!」

「あぁ!」

 

すぐさま車に飛び乗る桐生。

シンジもまた、直ちに車を発進させた。

 

「兄貴、松重はなんて?」

「柏木さんにナシをつけるよう俺に言ってきた。どうやらアイツは、俺がドラゴンヒートで消耗するのを待っていたらしい」

「なんですって!?」

「おそらく、松重はこのタイミングで反旗を翻す事で俺の面目を潰して失脚させるのが目的なんだろう」

「なんて野郎だ……どこまで腐ってやがる……!!」

 

松重の卑劣な行いに歯噛みするシンジ。

桐生の背中を追いかけてこの世界に入った彼だからこそ、桐生を蔑ろにする者を彼は許せないのだ。

 

「シンジ、松重の奴はこれから飲みに行くと言っていた。アイツが行く店に心当たりはあるか?」

「そうですね……なら、チャンピオン街の可能性があります。ウチの連中がそこで松重をよく見かけるそうです」

「よし、チャンピオン街までやってくれシンジ」

「分かりました!」

 

シンジの車は最短距離をひた走る。

桐生の顔に泥を塗った不届き者を見つけ出すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(へっ、いい気味だぜ)

 

一方その頃、松重は陽気な足取りでチャンピオン街へと向かっていた。

自分の考えた作戦が見事に上手くいったからだ。

 

(今頃、桐生の野郎は柏木のカシラにケジメを迫られてるハズだ。今のアイツは虫の息。俺を詰めようとしたって簡単に返り討ちに出来るからな)

 

松重はこの日の為に念入りな情報収集と下準備を重ねて来た。

まず、桐生が参戦した地下格闘場に己の部下を行かせ、逐一その試合内容報告させて怪我の状態や消耗具合を把握する。

そして松重は、その怪我の具合と箇所を対戦相手の陣営にこっそり横流ししていたのだ。

当然勝利を狙う相手陣営はその弱点を徹底的に突く。

結果として、桐生に降りかかる怪我やダメージは蓄積されて自然と弱体化していくという寸法だった。

 

(エンコでもなんでも詰めさせて失脚させて、後は何かと邪魔な田中さえ消しちまえば桐生組は晴れて俺のモンだ……!)

 

そして組を乗っ取った暁には、自分の思い描いたシノギを中心に組を拡げて出世を狙う。

他人の血と涙を遠慮なく使い潰しながら。

 

(クックック……楽しみすぎてニヤケちまうぜ……)

 

そうして松重は、邪悪な笑みを浮かべながらチャンピオン街へと足を踏み入れた。

行きつけの店に向かって迷いの無い足で歩を進めて行く。

その時だった。

 

「おい」

「あ?」

 

背後からの声に松重が振り向いた。

直後。

 

「がっ……!?」

 

松重の頭部が鈍い金属音を立てる。

金属バットを振り下ろされた事による音だった。

突然の痛みと衝撃で松重の身体が崩れ落ちる。

 

(な、なに、が……?)

 

松重が状況を理解するよりも早く、彼の体を第二第三の衝撃が襲った。

 

「ぐっ、がっ、げはぁっ!?」

 

金属バット、鉄パイプ、木刀。

身動きが取れない所に振り下ろされる無慈悲な凶器たちの嵐。

先程まで傷一つ無かったはずの松重は、あっという間にボロ雑巾のような有り様へと変貌を遂げてしまった。

 

「う……ぅ…………っ」

「よし、これで動けなくなったな」

「連れてくぞ」

 

数名の男の声の後に、何処かへと引き摺られ始める松重。

彼が連れて来られたのは、チャンピオン街の裏にある路地。四方をビルで囲まれた空き地だった。

 

「カシラ、連れてきました」

「ぐ、ぅ……」

 

乱雑に投げられ地面を転がる松重。

彼が仰向けになって見上げた先には、一人の男がいた。

 

「よぉ松重。いいザマだな?」

 

白いスーツを着たその男は下卑た笑みを浮かべながら松重を見下ろしている。

松重はその顔をよく知っていた。

 

「は、羽村……!」

 

東城会直系風間組内松金組若頭。羽村京平。

風間組における松重と同様、やり手の極道としてそれなりに名の通った男だった。

 

「テメェ、いきなりこんな事しやがってなんの真似だ……!?」

「それはこっちのセリフだろうが、松重。オラァ!!」

 

ボロボロの状態でありながら凄んでみせる松重に対し、羽村は容赦なく追い打ちをかけた。

 

「ぐほっ!?」

「テメェが、ウチの組がケツモチしてる店からみかじめ取ったんだろうが!」

 

羽村が松重を追い詰める理由。

それは自分達のシマを荒らされた事によるものだった。

 

「はっ、何のことだか分からねぇな……」

「とぼけても無駄だ。ネタは上がってんだよ」

 

羽村はポケットから写真を取りだして松重に突き付けるように見せる。

そこに映っていたのは、風俗店の従業員に詰め寄り金銭を要求する松重の姿だった。

 

「店のモンが万が一の為に撮影していたモノだそうだ。ついさっき現像が終わったんで持ってこさせたんだよ」

「ちっ……」

「いけねぇなァ松重。いくらテメェんとこのシノギが頭打ちだからって他所のシマに手を出そうってのは」

 

ズタボロにされた上に証拠まで押えられてしまえばもう逃げ場はない。

今の松重に出来るのは、ただ羽村の裁定を待つ事だけだった。

 

「お前の噂はだいぶ耳にしてるぞ?汚ぇ手口でカタギを飼い殺しては徹底的に金を搾り取る外道だってな」

「うるせぇ……ヤクザが金稼ぐのに手段なんか選んでる方がよっぽどアホらしいだろうが」

「フン、言いたい事は分からんでもねぇがテメェはもう終わりだ」

 

羽村はそう言うと、懐から一丁の拳銃を取り出した。

 

「!!」

 

羽村は拳銃の安全装置を外すと、目を見開く松重にゆっくりと銃口を向けた。

 

「俺の所にある匿名の依頼が回って来てな。手数料、死体処理、証拠隠滅。諸々含めてお前を消してくれたら1000万って話になってんだ」

「なんだと……!?」

「名前は明かせねぇが、そいつはカタギの人間だったぜ。へっ、いくらカタギだからって恨みなんざ買うもんじゃねぇよな。まぁ俺としちゃ邪魔な人間は消せるし金も手に入るしで一石二鳥なんだがよ」

 

今までカタギを食い物にしてきたツケがここに来て松重に回ってくる。

まさに因果応報。自業自得。

もはやこの場に、松重を救おうとする者など一人も居なかった。

 

「あばよ、松重」

(クソッ……こんな所で……!!)

 

一人の外道が人知れずに消されようとしてる。

だが、それに異を唱える者などいはしないだろう。

カタギもヤクザも。神も悪魔も。

その裁定を妥当だと判断した。

だが、

 

「待てぇ!!」

 

"龍"の裁定は、それを真っ向から否定した。

 

「き、桐生……!?」

 

目の前に現れた男の姿に、松重は驚きを隠せなかった。

何故ならその男は、つい先程自分がハメた筈の相手だったからだ。

 

「桐生だと?」

 

驚いたのは羽村も同じ。

この神室町においてヤクザをやっている以上"堂島の龍"という名前は絶対に耳に入ってくる。

そして当然、羽村は今の松重がその桐生がやっている組の人間である事も知っていた。

 

「お前ら……誰に断ってウチの組員ハジこうとしてんだ?」

「「「っ!!」」」

 

静かな怒気を内に秘め、羽村に一歩ずつ近づく桐生。

流石の気迫に息を飲む羽村の手下達だったが、羽村はいち早く冷静さを取り戻した。

 

「これはこれは桐生組長。俺は松金組の羽村ってモンだ。こうして会うのは初めてか?」

「お前が誰かなんてどうでもいい。もう一度聞くぞ……誰に断って松重を殺ろうとしてるんだ?」

 

無駄な問答をするつもりのない桐生は、再度羽村に問いかける。羽村は余裕の態度を崩さぬまま答えた。

 

「はっ、随分お優しい事だな。アンタだって知らねぇ訳じゃねぇだろ?コイツがウチのシマからみかじめ横取りした事くらいよ」

「あぁ知っている。だがそれが松重を手にかける事とどう繋がるんだ?」

「それだけじゃねぇ。今俺の所に、コイツを消せば1000万って依頼が舞い込んでるんだ。それもカタギの人間からな。アンタだって組の看板に泥を塗るような奴が死んだところで得こそすれ損はしないだろう?こんな外道を庇い立てする事はねぇ。分かったら引っ込んでな」

 

義は我にありと言わんばかりに羽村の態度はどんどん大きくなる。

そしてその様をいつまでも眺めていられるほど、桐生は大人ではない。

 

「……言いてぇ事はそれだけか?」

「なに?」

 

桐生はその直後、一気に羽村との距離を詰めて拳銃を握る手を捕まえると、もう片方の手で拳を作り羽村の顔面に真正面から叩き込んだ。

吹き飛ばされる羽村の手から拳銃が離れる。

 

「ぶがっ!?」

「カシラ!」

「テメェよくも!」

 

その行為に羽村の手下達が殺気立つ。

しかし桐生は、そんな彼らを気にもとめず毅然と言い放った。

 

「どんな理由があろうと松重はウチの人間だ。コイツの処分は俺が決める。お前らにそれを譲る気はねぇ」

 

桐生は内に秘めていた闘気を表出させ、鋭い眼光で羽村達を睨み付けた。

ゆっくりと構えを作って、彼は堂々と言い放つ。

 

「どうしても松重を殺りてぇってんなら、俺を倒してからにしろ!」

「ナメやがって……おい、こいつからぶっ殺せ!!」

「「「へい!」」」

 

羽村の手下達が臨戦態勢を整え、次々と手に持った凶器を振り上げた。

しかし、そんなことで堂島の龍は狼狽えない。

 

「オラァ!!」

 

桐生は一人目が振り下ろした金属バットの柄を掴むと、そのまま腕力で強引に奪って顔面にフルスイングを叩き込んだ。

 

「ぐぎゃっ!?」

「テメェ!」

 

続いて鉄パイプを振り上げ襲いかかってきた二人目の一撃を難なく躱し、カウンターのボディブローを直撃させる。

 

「ごふっ!?」

 

悶絶してその場に蹲る二人目。

もはや戦闘続行は不可能だった。

 

「クソォッ!」

 

そして木刀を持った三人目が勢いよく得物を振りかぶったのと、桐生が全力のハイキックを繰り出したのは全くの同時だった。

 

「ひぇっ!?」

 

直後、三人目の持つ木刀が鈍い音を立ててへし折れた。

その衝撃的な光景に硬直している隙を突き、桐生が追撃の前蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐぶぁっ!?」

 

蹴り飛ばされた三人目はコンクリートの壁に激突すると、そのまま動かなくなった。

 

「次はお前か?」

「な、なんて野郎だ……!」

 

瞬く間に手下達が全滅し戦慄する羽村。

しかし、それは松重も同じだった。

 

(馬鹿な……何だこの動きは!?怪我してたんじゃねぇのか!?)

 

松重は入念なリサーチにより、桐生がドラゴンヒートでの闘いで怪我を負っている事を知っている。

故に彼は今回の行動に打って出たのだ。

しかし、実際に松重の目の前で起きている出来事はそんな彼の思惑を真っ向から否定している。

桐生は決して、弱くなってなどいないのだ。

 

「ふざけやがって……死ねやコラァ!」

 

羽村が怒号と共に桐生に襲いかかる。

しかし、双方の戦力差は火を見るよりも明らかだった。

 

「オラァ!!」

「ぶげぁっ!?」

 

剛腕一閃。

桐生の放った右ストレートは見事に羽村の顔面をぶっ叩いていた。

文字通りぶっ飛ばされた羽村の身体が地面を転がる。

この喧嘩は、圧倒的な力の差を見せつけた桐生の勝利に終わった。

 

「ぐっ……くそぉ……!」

 

先程とは一転して窮地に追い込まれる羽村。

桐生はそんな羽村に歩み寄ると、ゆっくりと片膝を付いて話しかけた。

 

「羽村さん……だったな」

「あ、あぁ……?」

「今から一緒に来てもらいたい所がある。付き合ってくれるか?」

「はぁ……?」

 

先程の応酬が嘘かのような桐生の態度に困惑する羽村。

しかし、彼の真っ直ぐな瞳は決してふざけている訳では無い事を物語っていた。

 

「……警察じゃ、ねぇだろうな?」

「大丈夫だ、安心してくれ。俺も捕まる訳にはいかねぇからな」

「そうかい……分かったよ」

 

観念した羽村はその要求を飲む。

元より抵抗した所で無駄な事は明白だった。

 

「松重、動けるな?お前も一緒に来い」

「なに……?」

 

地面に倒れた松重に対して桐生は短く命令する。

怪訝な顔をする松重に対し、桐生は語気を強めた。

 

「命令だ、従え」

「……はい」

 

有無を言わさぬ迫力に、松重もまた首を縦に振るしか無い。

それを確認した桐生はその場で立ち上がると踵を返して空き地から出ていった。困惑しながらもそれについて行く羽村と松重。

これより先に彼らを待つのは、徹底した責任の追求。

起こした事への落とし前と、迫られるべきケジメだ。

 

(このケジメ、必ず俺が付ける……!)

 

悲鳴を上げる身体の声を無視して、堂島の龍は一歩先を往く。

これから許しを乞う事になる"鬼"の顔を思い浮かべながら。

 

 




如何でしたか?

次回はまた断章です。
桐生ちゃんはどうケジメをつけるのか……是非お楽しみに
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