錦が如く   作:1UEさん

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最新話です

ほとんど原作通りになってるやもしれませんが、お付き合いください。


組長の描いた絵図

2005年。12月8日。

吉田バッティングセンターで始まった喧嘩は、終始俺の優勢に進んでいた。

 

「く、クソっ……!」

 

悪態を付くリーダーの周囲には、俺がバットでぶちのめした彼の手下達が転がっている。

 

(ちょっと大人気なかったか?)

 

俺は手にしたバットをかなり強めに振るっていた。

その攻撃はどれも鈍い金属音を立てながら不良達の身体を打ち付け、グリップ越しに伝わる生々しい感触から察するに骨くらいは折れている可能性がある。

蓋を開ければ大したこと無かった不良達に対しやり過ぎてしまったのかと懸念するが、即座に首を振る。

 

(ま、これくらいは正当防衛って事で良いだろ)

 

何せ俺は昨日の戦いで左手をドスの刃が貫通するほどの大怪我を負っているのだ。

その関係で左手を使った攻撃はほぼ封じられている上に、敵には頭数のアドバンテージもある。

これくらいは多めに見ても問題無いだろう。

 

「さて、残ってんのはテメェだけだな?」

 

俺は戦闘可能な相手がリーダーだけと判断すると、手にしたバットを放り捨てた。

 

「これでこっちは武器無し、そっちは頭数無しだ。フェアプレーの精神で行こうぜ?」

「ナメやがって……上等だコラァ!」

 

勢いのある怒号とは裏腹にリーダーの男は小刻みな左ジャブとボディ狙いの左ストレート、さらに右手で追撃のフックという格闘慣れした動きで襲いかかって来た。

 

「っと、結構やるじゃねぇか……!」

 

錦山は距離をとってそれらの一撃を躱すと、素直にリーダーの動きを賞賛した。

街の不良にしては、かなり手練の部類に入るだろう。

 

「良いぜ、合わせてやるよ」

 

俺は構えをいつもの構えからコンパクトな構えに切り替えた。

刑務所にいた頃に久瀬との闘いの中で身に付けたボクシングベースの構え。

しかし、今回の構えは右半身を前に出した左利き用の構え。いわゆるサウスポーと言う奴だ。

 

「シッ、シッ!」

 

俺はその構えのまま距離を詰めると、前手である右のジャブを小刻みに打った。

 

「ぐっ、くぅ!」

 

腕で防御するリーダーの顔が渋い表情になっていくのを見て、俺は自分の計略が上手くいってる事を悟った。

通常、オーソドックスと呼ばれる右利きのボクサーは基本的に軽いパンチであるジャブと重いパンチであるストレートを交互に打つ"ワンツー"コンビネーションが一般的だが、左手を負傷してる今の俺はその"ワン"の役目であるジャブを打つことが出来ない。

故に左利き用の構えであるサウスポーにする事で利き手の右でジャブを放ったのだ。

利き手で放たれる右のジャブは通常のジャブよりも威力が高く、相手の防御を削る上でこれ以上無いほどの役目を果たす。

 

「こ、の野郎!!」

 

防御が崩されそうになる事を焦ったリーダーは行動に出た。

姿勢を低く落として俺のジャブを躱し、レスリングの要領でタックルを繰り出してきたのだ。

 

(来た!)

 

こちらが狙っていた動きをした事に内心でほくそ笑んだ俺は、そのタックルに合わせて左足で地面を蹴った。

 

「ぐぼっ!?」

 

結果として、俺の放った左の膝蹴りがリーダーの胴に深く突き刺さる事になる。

腹部を抑えて明確な隙を晒したリーダーの隙を突き、俺はリーダーの口元に手を伸ばした。

 

「こんな所にピアスなんか開けちまってよ……」

「っ!?」

 

俺は右の人差し指でリーダーの唇にされていたピアスを引っ掛ける。

 

「似合ってねーんだよ!!」

「うぎゃああああ!?」

 

直後、勢いよくそれを引きちぎった。

決して少なくない量の血が吹き出し、リーダーの悲鳴が鼓膜を叩く。

そして。

 

「オラァァァ!!」

 

ピアスを引きちぎった反動のままに俺は左右の足を入れ替え(スイッチ)し、右手をピアスごと握り締めて渾身のストレートを顔面に叩き込んだ。

 

「ぶげぁっ!?」

 

その一撃で文字通りぶっ飛ばされたリーダーは、その勢いのまま仰向けに倒れ込んだ。

俺の勝利が決定した瞬間だった。

 

「ぐ……クソ、がっ…………」

 

上体を起こしながら悪態をつくリーダーの男。

その様子では、まだ心は折れていないと見える。

中々に見上げた根性だ。

 

「おい。タカシの事はもう放っておいてやれ。メールで抜けるってのは確かに不義理かもしれねぇがな、所詮パシリにしてた程度の奴なんだ。お前らだって思い入れやこだわりがある訳じゃねぇだろ?」

「フン……どっちにしろ、アイツは終わりだ」

「あ?」

「筋モンが網張ってるからなぁ」

 

この男の言う筋モンとは、おそらく東城会のことでは無い。

先程タカシの口から聞いた"跡部組"という組織だろう。

 

(……何だか妙だな)

 

俺の推測では、タカシに娘の京香を連れていかれたくない子煩悩な組長が追っ手を放っているだけかと思っていた。ちょっとした家庭の事情の一環だろうと。

だが、本職の人間による"網を張る"とはつまりは包囲網を敷いているという事だ。

それは対象の人間を絶対に逃がさないという意思表示に他ならない。

 

(いくら可愛い娘の為とはいえ……本職がそこまでの事をするか?)

 

ヤクザも馬鹿じゃない。

一人の人間をマトにかけて追い込むからには、それなりの人数と労力を割く必要がある。

そしてそれだけ派手に動けば動くほど、警察や世間の目に止まりやすい。

さらに言ってしまえばここは東城会のお膝元である神室町。

外様の組織の人間が自分達のシマを彷徨っていたら決して良い目では見られない筈だ。

 

「カタギのガキ相手になんでそこまでする必要がある?お前、何か知ってんのか?」

 

俺の問いに対し、リーダーの男はぶっきらぼうに答えた。

 

「アイツの女……親父の金持って逃げたんだってよ」

「親父の……?」

 

そこで俺は京香と呼ばれていた女のことを思い出す。

デニムワンピースを着ていたあの女は、確かに手に何か大きめのカバンを抱えていた。

 

「組の金を持ち逃げしたって訳か……」

 

俺は酷く納得した。

陽の当たる場所で生きられないヤクザ者が、あの手この手で必死こいてかき集めた金が奪われたとなりゃ、当然黙っちゃいないだろう。

規模こそ違うが、今まさに東城会が100億円の事で揺れているのもそう言った理屈なのだから。

 

「ちっ……手間のかかるガキ共だ」

「アンタ……なんでそこまでタカシの野郎に肩入れするんだ?」

「お前らにゃ関係ねぇ話だよ。そら」

 

俺は手に持っていた血塗れのピアスをリーダーの男に投げ渡した。

と言っても、持ち主の元に返しただけなのだが。

 

「これに懲りたら、もうピアスを開けんのはやめとくんだな。親に貰った身体だ。無闇に傷なんか付けるもんじゃねぇ」

「けっ、うるせーよ。オッサン……」

「あばよ」

 

短く告げてからバッティングセンターを出る。

タカシが向かった場所は、劇場前のデボラという名前のクラブだったはずだ。

 

(俺が行くまでやられるなよ、タカシ……!)

 

ヤクザが追い込みをかけている以上、残された時間は少ない。

俺は急いで劇場前へと向かった。

止めなければならない。

取り返しの付かない事になる前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~12月8日 14時45分。クラブ"デボラ" ギャラリーブースの防犯カメラ映像より〜

 

 

閉鎖された地下空間を、強めの明かりと音楽が彩っている。

若者たちが飲んで騒いで歌って踊る楽しげな様子を見せるダンスフロアとは対照的に、その上のギャラリーブースは緊迫した空気に包まれていた。

 

『ここまでだクソガキ』

『チッ……』

 

タカシと京香。

二人を取り囲んでいるのはスーツ姿の男達。

いずれも、跡部組の構成員達だった。

 

『どきなさい!私はもう帰らないんだから!』

 

組長の一人娘である京香が毅然とした態度で男達へ言ってのける。

その言葉に対し、サングラスをかけた幹部らしき男が一歩前に出る。

 

『お嬢……申し訳ありませんが、力づくでも』

 

男の名は浅井。

浅草を取り仕切る極道組織。"跡部組"のNo.2だ。

 

『タカシは?タカシはどうする気?』

『お嬢をたぶらかしたガキです。キッチリ落とし前付けさせて頂きやす』

 

浅井は懐から白鞘のドスを取り出す。

極道がこれを取り出すという事は、そういう事だ。

 

『そんな……!』

 

本職の凄みに戦くタカシ。

いくら不良と言えど、その筋のプロの凄みには敵わなかった。

 

『違うの!私が一人でお金を持ち出したんだから!タカシは関係ない!』

 

京香はそう弁明する。そしてそれは真実だった。

組から金を持ち出した上で、タカシに駆け落ちするよう嘆願したのは京香の方なのだ。

 

『お嬢……違いやす。お嬢はそう仕向けられたんですよ』

『京香……下がってろ』

 

タカシはそう言うと京香を庇うように前に出た。

覚悟を決めた彼は脅しをかけるヤクザ者を相手に真っ向から睨み返す。

 

『ずっと前に決めたんだ……俺は、何があっても京香を守るって!』

 

一触即発。

次の瞬間には血腥い光景が拡がってもおかしくない緊張感の中、一人のスーツ姿の男がその場に足を踏み入れる。

錦山彰だった。

 

『すいません兄貴、コイツ勝手に……!』

 

錦山の後に続いて、人払い兼門番役だった構成員が顔を出す。

どうやらこの門番の警備を突破して足を踏み入れたらしい。

 

『ほぉ……下のフロアに負けず劣らず、こっちも随分賑やかじゃねぇか』

『外野の出る幕じゃねぇ。引っ込んでな』

 

浅井が白鞘からドスを抜き出して錦山に突き付ける。

 

『そうはいかねぇよ。アンタら……そのガキを殺りかねねぇからな』

 

錦山は僅かに語気を強める。

極道がドスを抜いた時は本気の証。

それに対し、錦山もまた本気であると態度を以て示したのだ。

 

『やかましい!』

 

背後から門番役のヤクザが殴り掛かる。

しかし、錦山はまるで見ていたかのように僅かに首を振ってそれを躱してみせる。

 

『ぬぉっ!?』

 

空振った勢いで錦山の前に出るヤクザ。

その無防備となった隙を、錦山は逃さなかった。

 

『ドラァ!!』

『ぐぁっ!?』

 

右足で放った渾身の前蹴りでヤクザの体を蹴り飛ばす。

吹き飛ばされたヤクザは落下防止の手すり付近にいたヤクザをも巻き込み、階下のダンスフロアへと落ちていった。

 

『うわぁ!?』

『きゃぁ!?』

 

ダンスフロアにいた若者たちが悲鳴を上げ、一目散にその場を立ち去っていく。

ヤクザ同士の抗争に巻き込まれる訳には行かないから

だ。

 

『何しとんじゃボケェ!?』

『いっぺん死ぬか?あぁ!?』

『随分血の気が多いんだな、アンタの舎弟は。こりゃ遠慮しなくて済みそうだぜ』

 

錦山はそう言って口の端を歪める。

跡部組から先に手を出した事で、自分が遠慮なく暴れる大義名分を得る事が出来たからだ。

 

『大した根性だな……この人数相手に』

『そりゃどうも』

『話はしまいだ……やれ!』

『『『『『へい!』』』』』

 

跡部組の構成員が臨戦態勢に入ったのと同時に、錦山もまたファイティングポーズを取る。

闘いが始まった。

 

『くたばれぇ!』

 

一人目のヤクザが錦山目掛けて荒々しいストレートを放った。

錦山はその一撃を紙一重でやり過ごし、カウンターの右フックを顔面に叩き込む。

 

『ぐぶぁ!?』

『この野郎!』

『くそボケェ!』

 

地面に倒れた一人目を乗り越えて二人目と三人目が同時に飛びかかる。

 

『せいっ!』

 

錦山は振り抜いた右フックの勢いのまま身体を反転させると、右足を軸に回転を加えて左脚を上段に振り抜いた。

後ろ回し蹴り。

数多ある空手の蹴り技の中でも威力の高い大技だ。

 

『『ぐぉっ!!?』』

 

横凪に振るわれたその攻撃に、ヤクザ達は文字通り一蹴される。

 

『ガキがぁ!!』

 

後続の四人目がどこからか持ち出した鉄パイプを真上に振り上げる。

直後、鉄パイプが錦山の頭部へと振り下ろされる。

 

『ふッ、でぇりゃァ!』

 

錦山は半歩後ろに下がってそれをやり過ごした。

そして、振り下ろされた鉄パイプを踏みつけて飛び膝蹴りを繰り出す。

 

『ぎゃぶっ!?』

 

下顎を砕かれた四人目が白目を剥きながら崩れ落ちた。

 

『うおおおっ!』

 

その直後に五人目が錦山へのタックルを敢行。

錦山もそれにすかさず対応し、両者の取っ組み合いに発展する。

 

『フンッ!』

 

錦山は左腕を相手の首下に差し込み、右手で左腕を引っ張って五人目の首を締めた。

フロントチョークと呼ばれる関節技の一種だった。

 

『が、っ……カ…………』

 

程なくして力を失う五人目。

頸動脈を締められた事で意識が落ちたのだ。

 

『次はアンタか?』

『テメェ、やってくれんじゃねぇか……!』

 

無力と化した五人目の体を放り捨て、錦山は浅井へと標的を定めた。

浅井もまた、錦山を自らの標的とみなす。

 

『死ねやぁ!』

 

ドスの刃が錦山の顔面へと迫る。

狙いは両目。

視界を奪ってしまえば大抵の生物は無力化が出来る。

それは人間であっても同じだろう。

 

『おっと!』

 

しかし、錦山はそれを紙一重で回避してみせた。

刃物を全く脅威に感じていないのか、余裕のある笑みすら浮かべている。

 

『ナメんじゃねぇ!』

 

その後浅井は何度も追撃するが、ドスの刃は虚しく空を切り続ける。

錦山の顔どころか髪の毛の一本すら斬ることが出来ずにいた。

 

『っと……のろいぜアンタのドス捌き!』

『っ、ふざけてんのかオラァ!』

 

痺れを切らした浅井は錦山の腹部目掛けて刺突を繰り出した。

錦山はそれに対し、あえて前に出た。

 

『なっ!?』

 

直後、浅井の顔が驚愕に染まる。

彼の突き出したドスは錦山の腹部へと突き刺さらず、ドスを持った右手ごと脇腹と左腕に挟み込まれていた。

 

『俺に傷を付けたいなら……真島吾朗でも呼んでくるんだな!!』

 

叫ぶのと同時に、錦山の頭突きが浅井の顔面に直撃する。

 

『ぐぶっ!?』

『はァッッ!!』

 

まともに喰らった浅井は思わずたたらを踏む。

その隙を逃さず、錦山はがら空きになった胴体に正拳突きを叩き込んだ。

 

『ぐ、ぉ……!!』

 

かつて受けた事が無いほどの一撃に浅井は悶絶した。

手に持っていたドスを取り落とし、その場に膝を着く。

 

『よう?まだ続ける気か?』

『ちっ……!』

 

余裕の表情で見下ろす錦山に対し、浅井は舌打ちをするだけで抵抗する力は残っていない。

錦山の完全勝利だった。

 

『タカシ』

『な、なんだ……?』

 

勝負を終えた錦山はタカシに声をかけた。

 

『露払いはしてやった、女と逃げたきゃ好きにしろ。だが……その金は置いていけ』

『……』

 

錦山はテーブルの上に置かれた黒いカバンを見ながらそう言った。

その中には、京香が父親から持ち逃げした多額の現金が入っている。駆け落ち用の逃亡資金と、当座の生活費に宛てるつもりだったのだろう。

 

『惚れた女と駆け落ちしようってんなら、テメェ一人の力でやってくのが筋ってもんだろうが。それをテメェの女が持ってきた……ましてや盗まれた金で養われようなんざ、図々しいにも程があるぜ』

『……分かったよ』

 

タカシは力なく背後の席に座り込みながらも、それを了承した。

ここまで世話を焼かれ、二度も危機を救われた恩人の言葉を無碍にするほど腐ってはいないという事なのだろう。

 

『ダメよ、お金も無くてこれからどうするの!?』

『でもよぉ……』

『クソガキ……!』

 

考え直すように説得しようとする京香だったが、タカシの態度はハッキリとしたものではない。

浅井は、そんなタカシを睨みつけて吐き捨てた。

 

『テメェそんな半端でお嬢と逃げる気か?チームじゃパシリで……挙句にゃメールで組抜けるってか?』

『……!』

 

痛い所を突かれたのか、タカシの表情が凍り付く。

それに対して京香が噛み付くように言い放った。

 

『黙りなさい!……いいよタカシ、もう行こう?』

『お嬢……!親父は何より、お嬢の幸せを……』

 

浅井のその言葉に、京香の沸点が限界を迎えた。

 

『なら、なんでお父さんは来ないの?』

『いや、それは……』

『ふざけないでよ!!私はね!お父さんがヤクザなばっかりに……今まで散々だった!』

 

瞼に透明な雫が溢れ出し、京香はタカシに抱きついて顔を埋めてしまった。

まるで、今の自分にはタカシしか居ないと言わんばかりに。

 

『分かってやす。お友達も出来ず……お嬢はずっとお一人きりだった。親父もそれが不憫でならねぇと……』

『……』

 

浅井の口から出た京香の過去に、錦山は僅かに眉をひそめた。

彼にもどこか、思い当たる節があるのだろうか。

 

『……っ』

『タカシ……?』

 

タカシはおもむろに立ち上がると、浅井の前に立った。

 

『オレ……』

『あ?』

 

そこでタカシは、その場で両膝を着くと浅井に対して頭を下げた。

彼は、自分なりのケジメを付けようとしていた。

 

『オレ……確かに今はハンパです。でも……目一杯働きます!頑張って……頑張って、絶対に京香さんを幸せにしますから!』

『口先だけか?』

 

浅井の言葉はどこまでも冷たい。

彼はタカシを軟弱な半端者としてしか見ていないのだ。

 

『……証明します』

 

タカシはそう言って地面に落ちていたドスを拾うテーブルの上のバックをどかして刃を机に突き立てた。

そして、自分の左手もそこに置く。

 

『タカシ!!』

 

極道の娘として育った京香は、タカシが何をしているのかすぐに察した。

タカシは、京香の生まれ育った稼業の習わしに従って"ケジメ"を付けようとしているのだ。

 

『……っ、うわああああ!』

『よせ!!』

 

しかし、その刃がタカシの指を落とす前に彼を力づくで止めた男が居た。

錦山だった。

 

『お前はヤクザじゃねぇんだ。ケジメを付けるってんなら……命懸けでさっき口にした事をやり遂げろ。良いな?』

『っ!は、はい!』

『よし……アンタもそれで良いよな?』

『……それについちゃ、これで答えさせて貰うとしよう』

 

浅井はそう言うと、懐から一枚の書状を取り出した。

 

『お嬢……親父からの、伝言です』

『え……?』

 

達筆な文字で書かれたそれを拡げ、浅井は静かに読み上げた。

不器用な父の想いが綴られた、その手紙を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

賽の河原の最奥にある花屋の屋敷。

その地下にあるモニタールームで、二人の男が事の顛末を見届けていた。

 

『京香。私は生まれついての極道だ。何十人の部下を連れながら……だが、たった一人の娘を幸せにしてやれない極道者だ。汚れ過ぎた私の手に、お前を抱きしめてやる資格は、もう無い。だから行け。京香を……よろしくお願いします』

 

手紙を読み上げる浅井の声がモニタールームに響き渡る。

彼は確かに、父の伝言を娘に託したのだ。

 

『……ハナっから、組長の描いた絵図通りって訳か』

 

モニターの向こうにいる錦山が、真っ直ぐにカメラを見つめる。

その顔には"やれやれ"と書かれていた。

 

『ったく……人が悪いのはお互い様ですね』

 

錦山には当然、今のこの場の状況は伝わっていない。

彼はあくまで防犯カメラのレンズを見つめているに過ぎないからだ。

 

「ははっ、違いねぇ……」

 

しかし、十中八九自分に向けて発せられたであろうその言葉に対し、跡部京三はそう返した。

そして、静かにメインモニターに背を向ける。

 

「もう良いんですかい?」

 

花屋が確認するが、跡部は震えた声で返答した。

 

「あぁ……そのモニター、滲んじまって見れたもんじゃねぇ」

「へへっ、こいつぁ……」

 

跡部は静かに目元を拭ったあと、ふと口にした。

 

「あの長い髪の兄ちゃんから聞いたぜ……アンタ、ヤクザ嫌いなんだってな?」

「……えぇ」

「良いのか?」

 

尋ねる跡部に対し、花屋はなんでもない事のようにこう返した。

 

「あんたは、せがれの選んだ女の親父……俺にはそれだけです」

「……そうかい」

 

そして跡部はもう一度向き直る。

メインモニターには、お互いを慈しむように抱きしめ合う二人の姿があった。

 

「立派な息子さんだ」

「……俺が育てたんじゃ無いですから」

「ウチもさ……」

 

その言葉を最後に、花屋はメインモニターの電源を落とした。

これでもう、二人が互いの家族を見守る事は無い。

いや、もうその必要も無いのだろう。

二人はこれから、二人だけの道を歩んでいくのだから。

自分達の足で、どこまでも。

 

 




如何でしたか?

次回は引き続き、錦の世話焼きです。

ホスト通いはハタチになってから。

是非お楽しみに
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