錦が如く   作:1UEさん

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最新話です

いよいよ伊達さん関連のエピソードが始動します。

それではどうぞ!


伊達家の事情 前編

12月8日。時刻は15時頃。

タカシの一件を片付けた俺は、賽の河原へと戻っていた。

サイの花屋に恩を売る為だ。

 

「よう」

「錦山か……」

 

花屋の態度は相変わらずぶっきらぼうだったが、その表情からはカドが取れたような気もする。

まぁ、身内のトラブルを心配する必要が無くなったとあれば余裕も出来るだろう。

 

「関わるなと遠回しに言ったつもりだったんだがな……思いっきり首突っ込みやがって」

「なんだよ、それが息子を二回も救った恩人に対する態度か?タカシの方がまだ素直だったぜ?」

「フッ……冗談だよ。世話になったな、礼を言うぜ」

「良いって事よ。今後もよろしくな、花屋」

 

実際のところ俺がタカシを助けたのは花屋に恩を売る為でもあったが、それだけじゃない。

ユウヤの時もそうだったが、若くて熱いヤツらが居るとどうにも応援したくなってしまうのだ。

 

(俺もオジサンになっちまったって事か……)

 

思わずため息が出る。

10年間も塀の中に居たからか自分が歳をとったという自覚が薄かったが、ここに来てそれを再認識してしまった。

 

「あぁ、そうだ。そういえば、タカシの連れの親父さんがこんなもん置いてったんだ」

「ん?」

 

花屋はそう言うと、自分の机の上に何かを置いた。

 

「こいつは……」

 

それは、白い鞘に納められた短刀。

少しだけ刃渡りの長めに造られているそれは、俺たちの界隈で言う所の長ドスと呼ばれるものだ。

 

「京香って女の親っさんからか……俺にくれるって?」

「あぁ、ここで一緒に見てたんだよ。なんならその前に一度顔を合わせてたな」

「やっぱりか……」

 

俺の脳裏には、数十分前にちょうどこの部屋で出くわした極道の顔が浮かんでいた。

タイミングからしてそうじゃないかと推測していたが、やはりあの男が跡部組の組長だったのだろう。

 

「お前にとても感謝していてな。"機会があれば、いずれ酒でも汲み交わそう"と言ってたぞ」

「そうか……」

 

俺は机に置かれた長ドスを手に取った。

しっかりとした重さがあり、抜かなかったとしても鈍器になりそうだ。

刃を軽く抜いてみると、うっすらと刃紋が刻まれた刀身が顕になった。

これは造りからしてそこらのヤクザが護身用に持ち歩くような粗悪品とはわけが違う。

凄まじい切れ味を誇る、紛れもない業物の短刀だった。

 

「気持ちは嬉しいが、随分と物騒なモン貰っちまったな……」

「さしずめ、御守り代わりの懐刀って所か。それまで生き延びろって事なんだろうよ。まぁせっかくの差し入れなんだ、ありがたく貰っとけ」

「そうさせて貰うよ。使う機会は無いかもしれんがな」

 

何せ今の俺は刑事である伊達さんと行動を共にしているのだ。

こんなものを持っているのがバレたら銃刀法違反で捕まってしまう。真島のように表立った喧嘩で使う訳には行かないだろう。

 

「それから、コイツも持っていけ」

 

すると花屋は更に何かを取りだした。

 

「これは?」

 

俺は尋ねながらもそれを手に取る。

先程のドスと勝るとも劣らない重さを持った黒い円筒のような形状をした物体だ。

材質は金属が主だが、他にも特殊樹脂や硬めのゴムなどが使われているのが見て取れる。

 

「ウチの部下のモグサって奴がいるだろう?ソイツがお前さんに渡してくれってな」

「モグサ……あぁ、アイツか」

 

俺はすぐに思い出す。

ピンク通りのあたりで花屋が不機嫌だからどうにかしてくれと言ってきた、髭面のホームレスだ。

今回の一件のお礼という事なのだろう。

 

「モグサの奴は昔、ホームレス狩りに遭っていた事があってな。護身用の武器を幾つか持ち歩いていたのさ。これはそのうちの一つで、スタンバトン。言わば電流の流れる伸縮式の警棒みたいなモンだ」

「ほぉ、そいつはすげぇな……!」

「そこで軽く振ってみな」

 

俺は、右手で持ったそれを素早く振った。

すると、円筒形のグリップから鈍色のシャフトが飛び出す。

 

「軽く触れただけじゃ何も起きないが、相手に強めにぶつけたりグリップにあるボタンを押せば強い電流が流れる仕組みになってる。並の奴なら気絶間違いなしだぜ」

「これはありがてぇ……使わせてもらうぜ」

 

これならば先程貰ったドスとは違い比較的簡単に取り出せる為、咄嗟に扱う武器にピッタリだった。

俺は警棒のシャフトを縮め、懐にしまい込んだ。

 

「錦山、これからどうするんだ?」

「一度セレナに戻ろうと思ってるが、その前に腹ごしらえだな。流石に腹が減っちまった」

「そうか。なら、この河原の中に料亭があるからそこで食っていくと良い。今回は俺の奢りにしてやる」

「お、良いのか?」

「構わねぇよ。俺からの礼だ」

 

その申し出は今の俺にとって何よりの馳走だった。

護身用の武器も手に入り、腹も膨れ、最高の情報源である花屋に恩も売る事が出来る。

思っていた通り、三つのタスクを同時にこなす事が出来たのだ。賽の河原に足を運んだのは我ながら良い選択だったらしい。

 

「ありがとよ、遠慮なくご馳走になるぜ」

「あぁ」

 

その時、俺の携帯から着信音が鳴り響いた。

記された番号には見覚えがある。セレナの番号だ。

 

「ん?セレナから?……もしもし?」

『あ、もしもし錦山くん?私、麗奈よ』

 

電話の主は思っていた通り、セレナのママである麗奈からだった。

 

「おう、どうしたんだ?」

『伊達さんがセレナで酔い潰れてるのよ』

「え?伊達さんが……?」

 

時刻はまだ夕方と言うには早い時間帯だ。

現役の警察官とは言え、今は職務中の時間帯であってもおかしくない。

 

「まだ昼間みてぇなもんだろ?なんでまたこんな時間から……」

『分からないわ。でも、このままってわけにも行かないし……一旦セレナに戻ってきてくれないかしら?』

「分かった、行くよ」

『うん、早く来てね』

 

俺は携帯電話を切ってポケットに仕舞った。

どうやらメシの時間は後回しにした方が良いらしい。

 

「悪ぃな花屋、ちょっと急用が出来ちまった。また今度奢ってくれ」

「みてぇだな。まぁそういう事なら仕方ねぇだろう。気を付けて行けよ」

「あぁ、じゃあな」

 

そう言って俺は踵を返した。

この閉ざされた世界から、麗奈の待つ地上へと向かうために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2005年12月8日。15時30分。

天下一通りにあるバー、セレナへと足を運んだ錦山の耳に聞こえてきたのは、彼が今面倒を見ている少女である"遥"の話し声だった。

 

「うん……うん…………大丈夫だよ、お母さんを見つけたらすぐ帰るから………うん…………」

 

遥は自分の携帯に耳をあて、誰かと話していた。

バーカウンターにいた麗奈と目が合った錦山は黙って頷くと、静かに入ってきたドアを締めた。

 

「うん……うん……分かってる。ヒマワリには内緒にしててね。それじゃ……」

 

遥が電話を切ったのを確認した後、錦山は声をかけた。

 

「おはよう遥。誰と電話してたんだ?」

「おはようおじさん。私の事よりも、伊達さんの事で戻って来たんでしょ?」

「まぁ、な…………」

 

遥はなんでもない事のように言って、携帯をポケットにしまった。

そんな遥を見て錦山もそれ以上追求するのをやめ、バーカウンターに突っ伏して寝ている伊達に視線を向けた。

 

「ほんとにぶっ潰れてんだな……」

「そうなのよ、伊達さん錦山くんが戻ってくるまでの間ずっと飲み続けててね」

 

若干呆れたように言う麗奈。

そこで錦山はカウンターに置かれていた酒瓶を見る。

先程まで伊達が飲んでいた銘柄だろうか、中身は空になっていた。

 

「こんなに強い酒を……一体どうしたって言うんだ?」

「さぁね……色々あるみたい」

 

人間は誰しもが大なり小なり苦労や悩みを抱えているものだ。正義に生きる伊達もまた、その例外では無いという事なのだろう。

 

「ん?」

 

その時、伊達の頭の横に置いてある携帯に着信音が入った。

錦山が手に取った携帯電話の画面には『沙耶』という文字が表示されている。

 

「……?」

「……!」

 

どうする?とアイコンタクトで麗奈に問う錦山。

それに対して麗奈はジェスチャーで電話に出るように伝えた。

それに応え、錦山は通話ボタンを押して耳元に端末を近づける。

直後。

 

『なんでいっつも来てくれないのよ!バカ!!』

「っ!?」

 

女の怒声が端末越しに錦山の鼓膜を叩いた。

突然の事に驚いた錦山が一瞬身体を震わせている間に電話は一方的に切られてしまう。

 

「びっくりさせやがって……何なんだ一体?」

「なになに?」

「沙耶って名前の女からだ。いきなり叫ばれたんでビックリしたが……どうやら、伊達さんが約束をすっぽかしたのが原因らしい」

「それ、伊達さんの娘さんよ。さっき酔っ払いながら言ってた」

 

錦山はふと思い出した。

十年ぶりに再会し協力関係を結んだ時の事を。

 

(娘、か……そういや女房と娘が愛想つかして出ていったって言ってたな……)

 

伊達は上の意向を無視して堂島宗兵殺しを追った結果、捜査一課を降ろされてしまった過去を持つ。

彼に"お前に関わったおかげで人生が狂った"と恨み言を吐かれたのは錦山にとって記憶に新しい出来事だ。

 

「この辺で約束してたみたいだけど……しょうがないわね」

「この辺?どこだ?」

「第三公園……って言ってたわね。確か」

「第三公園か……」

 

第三公園とは、天下一通りの裏路地にある小さな児童公園の事だ。

街の性質上、神室町には小さな子供がほとんど居ないため、現在はドラム缶で焚き火をしているホームレスの溜まり場になっている。

 

「仕方ねぇ……ちょっと行ってくるか」

「行くって……第三公園に?」

「あぁ。伊達さんもこのままって訳にもいかねぇだろうし、娘さんにも今の事を伝えてやらねぇとな。それらしい女の子を見つけたら声をかけてみるよ」

 

あくまでも親切で言っている風だが、興味本位で言っている部分もある錦山。

そんな事など知るはずもない遥が、錦山に問いかけた。

 

「おじさん、またどこかに出かけるの?お母さん探しは?」

「あぁ、まだ新しい手掛かりが見つからなくてな。今は動きようがねぇ」

「そうなんだ……」

 

少しだけ残念そうに俯く遥。

そんな遥に錦山はこう続けた。

 

「でもな、今夜あたり新しい手掛かりが掴めるかもしれないんだ」

「本当?」

 

錦山は頷く。

彼の言っている手掛かりとは、海藤の呼び出しの事だった。海藤は錦山と、錦山に話がある誰かを引き合せるつもりでいる。

錦山はその人物は海藤の兄貴分、つまり松金組の幹部であると踏んでいた。

もしもそうなら、消えた100億の事件について何か知っている可能性があっても不思議では無い。

そして100億事件を追うという事は、それに密接に関わっていると思われる美月。つまり遥の母親へと繋がる可能性もあるという事だ。

 

「あぁ。ただ、そこに行くのはかなり危険なんだ。だから少しだけ待っててくれ」

「……うん、分かった」

「ありがとよ。麗奈、行ってくるぜ」

「行ってらっしゃい」

 

頷く遥に礼を言い、錦山はセレナを出た。

その後は、迷いない足取りで天下一通り裏へと向かう。

第三公園は天下一通りと中道通りを繋ぐ通路の中にある為、セレナから公園までは目と鼻の先だった。

 

(さて、この辺りだったはずだが……)

 

程なくして、錦山は第三公園へと辿り着く。

公園の中には公衆トイレと簡素なブランコ、ベンチが存在し、その中央に焚き火がされたドラム缶が鎮座している。

本来こういった児童遊園での焚き火は禁止されている筈だが、こういった事では一々取り締まられないのが如何にも神室町らしさを物語っていた。

 

「ねぇ、おじさん、暇?」

「ん?」

 

錦山が背後からかけられた声に振り返ると、そこには二人の歳若い女性がいた。

 

(じょ、女子高生……だよな?)

 

髪の色は茶髪と金髪。

青いブレザーとスカート、そしてルーズソックスを履いたその出で立ち。

彼の知るイメージから大分かけ離れていたせいか、錦山は目の前の二人が女子高生である事を認識するのに僅かに時間をかけた。

 

「これから私達と遊ばない?」

「一人でもいいけど、二人一緒でもOK。条件は特に無いけど、ムチャなのは勘弁ね」

「…………」

 

錦山は二人の口ぶりから、目の前の少女達が錦山に求めている事を瞬時に察した。

 

(女子高生で"ウリ"か……相変わらずだな、この街は)

 

売春(ウリ)

またの名を援助交際と呼ばれるそれは己の体を性の対象として明け渡す代わりに、金銭を手に入れようとする行為だ。

こういった行為は日本でなくても決して珍しいことでは無い。発展途上国の繁華街やスラム街等では日常茶飯事であると言われている。

まだ20歳にも満たないうら若き女性が一時の金欲しさに己を安売りするのは、決して褒められた事では無いだろう。

 

(だが……頭ごなしに説教するのは筋違いだ)

 

しかし、長い期間この街で生きてきた錦山はこのような手合いには大なり小なり理由があるという事も知っている。

中には快楽目当てでこのような行為に走る物好きも居るのだろうが、大抵の場合はそれには当てはまらない。

己の体を明け渡すのに抵抗がある中で、どうしても金が必要である場合がある事が多いのが現実だ。

 

(……そうだ)

 

そこで錦山はある方法を思い付いた。

彼女達のプライドを傷付ける事無く、そして彼女達の体を汚すことなく、それでいて自分にとって有益な方法を。

 

「そうだな……生憎、キミらと遊べるだけの時間は無いが、お小遣いならあげられるかもしれない」

「えっ?どういう事……?」

 

怪訝な顔をする女子高生に、錦山は提案した。

 

「今、ちょっと人探しをしていてな。知ってることを教えて欲しいんだ。もしそれが有益な情報なら、その対価としてって形で報酬を出すよ。それでどう?」

 

それは、報酬と引き換えにした聞き込みだった。

錦山が先程電話で聞いた女性の怒鳴り声は、かなり若い声だった。

伊達の娘であることを鑑みて、歳頃は10代後半から20代前半である事を錦山は予測した。

であれば、目の前の少女達はその年齢の範囲内に該当する為、錦山にとって何か有益な情報を知っている可能性が高いのだ。

 

(この子達が情報を持ってれば金も稼げるし、ウリもしないで済む。俺も情報が手に入る。いい事ずくめじゃねぇか)

 

我ながらいい落とし所だと内心で頷く錦山。

 

「うん、それでいいよ」

「まぁ、知ってる事しか話せないけどね」

 

少女達は顔を見合わせて頷き合うと、錦山の申し出を受け入れた。

彼女らも金が手に入れば文句は無いのだろう。

 

「それで、何が聞きたいの?」

「あぁ……」

 

そして。

 

「探してるのは俺の知人の娘さんでな。沙耶って名前の若い女なんだが……」

「!!」

 

錦山がそう口にした途端、茶髪の女子高生の顔が強張った。

金髪の女子高生もまた、目を見開いて絶句する。

 

「ん?何か、知ってるのか?」

「その……知人の人の名前って……?」

「伊達だ。伊達真」

「っ!」

 

すると茶髪の女子高生は慌てて踵を返した。

錦山は、一秒後には走り去ってしまうであろう彼女の手を咄嗟に掴まえる。

 

「ちょっ、待ってくれ!一体どうしたってんだ!?」

「いや!離して!」

 

拒絶する少女の叫び声が錦山の耳朶を打ち、同時につい先程の記憶を鮮明に呼び起こした。

 

「ん…………?」

 

錦山が電話口で聞くことになった叫び声と目の前の少女の声が、彼の中で完全に一致したのだ。

 

「もしかして……君が、沙耶か?」

「っ……!」

 

指摘された彼女は何も答えない。

しかし、無言のまま諦めたように抵抗をやめたのが何よりの証拠だった。

 

(おいおい、マジかよ……)

 

錦山はこの日、とんでもない事実を知ってしまった。

腐れ縁の協力者である伊達の娘が、その場の金欲しさに援助交際をしていたという事実を。

 

(俺ァ、伊達さんになんて言えば良いんだ……?)

 

実父である伊達にはとても説明できない程の衝撃的な事実に内心で頭を抱える錦山。

正体を暴かれた女子高生 "沙耶"はそんな錦山の事を真っ直ぐに睨み付けていた。

 




如何でしたか?

今回は愛は盲目を体現する女子高生、沙耶の登場です。
果たして錦山はどう接していくのか

次回もよろしくお願いします
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