錦が如く   作:1UEさん

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最新話です。

昨日は突貫工事のエイプリルフールネタで悪ふざけしてましたが、今日はちゃんと本編です。

伊達さん編最後になりました。
親子の行方をどうか見届けてあげてください。




伊達家の事情 後編

2005年

12月8日。午後18時。

伊達と共闘してギャング共を片付けた錦山は、通常営業をしているスターダスト店内の二階にあるVIP席で、ユウヤの持ってきたフードメニューに舌鼓を打っていた。

 

「ふぅ……ごちそうさん。美味かったぜ」

「錦山さん、結構食べるんですね……!」

 

テーブルに置かれた大小様々の空になった皿を見て、ユウヤがその健啖ぶりに驚いた表情を見せる。

 

「まぁな。今は違うが俺も昔はヤクザだった男だ。食える時に食っとかねぇと力が出ねぇって教えられてたからよ」

 

朝からほとんど何も口にせずにタカシのいざこざに巻き込まれ、その後は立て続けに沙耶絡みの一件。

あまりのタイミングの無さに、とうとう錦山の腹の虫は根を上げた。

 

「それに、今は早く怪我を治さないといけねぇ。怪我を治すには食うのが一番だ。人間、腹にモノが入ってねぇとはじまらねぇからな」

「ははっ、ですね!」

「とにかくありがとう、ユウヤ。この分は今度

"アキラ"が働いてキッチリ返すよ」

「お?言いましたね錦山さん?楽しみにしてますよ!」

「おう!」

 

ユウヤはその後、空になった皿を下げてその場を後にする。

店の前でいきなり因縁を付けられてから始まった彼らの縁だが、今ではかなり距離が縮まっていた。

 

(にしても、遅いな。伊達さん……)

 

店前での喧嘩の後、伊達はギャング達にこう言ったのだ。

"俺はあの子の父親だ。お前らのボスと話をさせろ"

その後、伊達は当然同行を申し出た錦山を突っぱねて、たった一人で向かってしまったのだ。

 

(いくら刑事っつっても伊達さんは一人だ。何が起きてもおかしくねぇぞ……)

 

法の番人とは言え、多勢に無勢だ。

密室にでも連れ込まれたら伊達に逃げ場はないだろう。

 

「錦山さん」

「一輝」

 

錦山が物思いに耽っていると、ユウヤと入れ替わるように一輝がやってきた。

 

「すみません錦山さん。ちょっと店を開けてる間にこんな事になるなんて……」

 

一輝には先程、事の経緯を説明したばかりだ。

店の運営がひと段落したので、俺の所に来たんだろう。

 

「いや、良いんだ。それよりも……伊達さんが心配だ」

「えぇ……まさか沙耶ちゃんが店にツケがあるなんて…………翔太のバンスもそれが理由だったんですね」

 

バンスとはホスト用語の一つで、ホストが店に金を借りる事を指す。

店に来た女性客が払えなかった分を立て替える為の制度だ。

ツケの回収はホスト自身が行うのが通例となっている。

 

「普通に考えればそのバンスの返済の為って事になるが……」

「ちょっと考えにくいですね。うちはバンスに金利も期限もありませんから」

「だよなぁ……って、そういえば翔太はどうしたんだ?」

「今日は早番だったので、もう上がりましたよ」

「…………そうか」

 

錦山は嫌な予感をヒシヒシと感じていた。

沙耶の抱えた店のツケ。借金。

シェラックのマスターから聞いた翔太の素行不良や、悪い仲間達。

そして、このタイミングでスターダストを退勤し姿を消した翔太自身。

 

(仕方ねぇ……)

 

何か裏がある。

そう感じた錦山は伊達を連れて立ち去った連中のアジトへと乗り込む為、VIP席を立って階段を降りた。

 

「錦山さん……」

 

店を出ようとした錦山を背後から呼び止める声があった。

声の主は、今の状況を作り出した張本人にして伊達真の娘。沙耶だった。

 

「翔太が 言ったの。街金から借りた店のツケ、直ぐに返さないとヤバいからどうにかして金作れって……」

「いつからそんな事してたんだ?」

「……ホントは初めてだったの。でも、来週までにお金を用意出来なかったら 翔太殺されるかもって言うから!」

「ハッ……くだらねぇな」

 

それを聞いた錦山は思わず鼻で笑ってしまった。

翔太の意気地の無さもそうだが、単純な事に気付けない沙耶に対して呆れたのだ。

 

「えっ……?」

「くだらねぇって言ったんだよ。自分の命が惜しくてテメェの女に何とかしろだ?そんな事言ってる時点でお前の事なんか大事に見てる訳ねぇだろ。そんな事も分からねぇのか?」

「でも、私には翔太しか居ないから……!」

 

ここまで言ってもなお、翔太の事を口にする沙耶。

錦山はむしろ翔太の"女を依存させるテクニック"に舌を巻くべきだろうかと検討もしたが、いずれにせよロクなものじゃ無いと内心で首を振った。

 

(やっぱり、背伸びしててもまだまだガキだな)

 

口で言っても分からない手合いには一発張り倒して目を覚まさせるというやり方もある。

だが、錦山も女に手を上げる訳には行かない。

それにその行動は、錦山ではなく父親である伊達がやるべき事だろう。

錦山は沙耶を納得させるために言葉を紡ぐ。

 

「そうか……なら伊達さんは、どうして今お前が金を借りた街金の連中の所に向かって行ったんだろうな?それもたった一人で」

「!」

 

目を見開く沙耶に、彼は続けた。

 

「あの人はな……お前を守りたい一心で向かっていったのさ。そりゃそうだ。正義感の塊みてぇなあの人が、テメェの娘が売られるかもしれねぇって時に何もしない訳がねぇ」

「…………」

「我が身可愛さに女に泣きつく翔太と、どんな目に遭わされようと娘を救おうとする伊達さん…………本当にお前を大事に想ってるのは、どっちだ?」

 

そこで錦山は沙耶に答えを投げかけた。

ここまで言っても分からないほど、彼女も愚かではない。

沙耶はしばし俯いて沈黙すると、顔を上げて呟くように口にする。

 

「錦山さん……私、お父さんが心配」

 

その言葉は、答えも同然だった。

 

「その街金の場所……分かるか?」

「……ピンク通りの花形ビル。そこが奴らの事務所なの」

「よし、行くぞ沙耶。お前も一緒に来い」

「うん……!」

 

こうして、錦山は沙耶を連れてスターダストを出た。

沙耶の父である、伊達を救い出す為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神室町、天下一通り裏。

俺は沙耶を連れてピンク通りへと続く道を真っ直ぐに歩いていた。

 

(全身黒スーツの男に年若い女……こないだの遥の時といい、見つかったらまた職質されちまいそうだな……)

 

ふと沙耶に軽く視線を向ける。

流石に制服姿でホストに行く訳にも行かなかったのか、ちゃんと女物の私服姿だ。

身長は中々高く、伊達さんと同じかそれ以上はあるだろう。

確かにこれなら女子高生には見られないかもしれない。

 

(遥の時よりはマシ……か)

 

対して先日ミレニアムタワーに向かった時は、ヤクザ風の男が小学生の女子児童を連れ歩いていたのだ。

怪しさで言えばあの時が一番酷かったのは間違いないだろう。

 

「錦山さんって、お父さんとはどういう関係なの?」

 

ふと、沙耶がそんな質問をしてきた。

遥の時と同様、多少なりとも言葉を交わしておくのは悪くないだろう。

 

(どういう関係、か……)

 

正直に"元ヤクザでおたくの親父さんの取り調べを受けてました"と言う訳には行かない。

 

「まぁ……仕事関係で世話になった事があってな。腐れ縁みてぇなモンだよ」

 

結果としてそう誤魔化すしか無かった俺だが、沙耶は納得したように頷いた。

 

「やっぱり、そうじゃないかと思ったのよね」

「何がだ?」

「だって錦山さんのその格好、まるでヤクザだもの」

 

まぁ、このような格好をしていればそう思うのも仕方が無い。

結果的に誤魔化したのは無駄だったようだ。

 

「四課の人って、本職よりそれっぽいって言うじゃない?」

 

……と、思っていたがどうにも様子がおかしい。

 

「え?四課?」

「ホント、刑事って周りの事が見えてないんだから。もっと普通の公務員らしい格好して欲しいのよね……」

 

どうやら沙耶は俺を四課の刑事と勘違いしているらしい。

まぁ、そういう勘違いは俺にとって都合が良いのでそのままにしておくとして。

 

「いや、沙耶。四課の格好がヤクザに近いのにはちゃんとした理由があるぜ?」

「え?どういう事?」

 

ついでだ。

伊達さんの名誉回復に一役買ってやるとしよう。

 

「四課が相手にするのは勿論ヤクザだ。ヤクザの事務所を家宅捜索したり、任意同行や取り調べもする。場合によっちゃ抵抗するヤクザとやり合う事だってある。そんな連中が如何にも人畜無害そうな普通の格好してたら、ヤクザ共は直ぐにナメくさって言うこと聞かなくなるだろう。場合によっちゃ隙を見て拉致られた挙句に何処かで消されちまうかもな」

「……!」

 

俺の口から語られる生々しい情報に、沙耶が唾を飲み込んだ。

 

「ヤクザも四課も相手にナメられたらおしまいだ。だからこそ、そういう風に格好が似通っていくもんなのさ」

 

実際、東京の郊外のある革製品や背広を扱っている専門店じゃヤクザと四課の顧客がそれぞれ居るなんて事も珍しくない。

四課の連中はそこで特注の製品を買うことで店に顔を売って贔屓にし、そこでモノを買うヤクザの情報を集めたりもする。

結果として四課の格好はヤクザに近しいモノになっていくという寸法だ。

 

「伊達さんは、そんな死と隣り合わせの厳しい世界でお前が育つ分の金を稼いでたんだ。少しは、自分の親父を誇ってもバチは当たらないと思うぜ?」

「……かもね」

「もっとも、伊達さんはそこまでビシッとしちゃいないがな」

「ふふっ、言えてる」

 

雰囲気が和やかになった所で、いよいよ俺達はピンク通りへとたどり着いた。

 

「"花形ビル"……アレだな」

 

直ぐにビルの位置を把握した俺は、沙耶と共にビルの中へと足を踏み入れた。

案内板には沙耶が金を借りたであろう街金のテナント名である"花形金融"の文字が確認できる。

 

「よし、行くぞ」

「うん……!」

 

エレベーターに乗り込んで、街金の事務所へと向かう俺と沙耶。

ドアが開いた瞬間に、鈍い音と男の叫び声が聞こえてきた。

 

「強がってんじゃねぇよ!」

(ん?この声……)

 

どこかで聞き覚えのある声だった。

俺と沙耶は慎重な足取りで事務所に近付き、中の様子をブラインド越しに覗き込む。

 

「薄情な親父だねぇ、アンタ……」

 

中に居たのは倒れた伊達さんと、スーツ姿のチンピラ達。

そして、黒いホストスーツを身に纏った若い男。翔太だった。

 

「翔太?なんで……!?」

(アイツ、グルだったのか……!)

 

どうやら俺の嫌な予感は的中してしまったようだ。

 

「娘、大事じゃないの?」

「大事だ……大事に、決まってんだろ……沙耶には、指一本触れさせねぇ!」

「だったら要求を呑めよ!」

 

聞こえてくる会話の内容から察するに、翔太達は伊達さんに何かの要求をしたらしい。

それを呑めば沙耶の件はチャラにするとでも言われたのだろうか。

 

「俺ぁ沙耶の父親だ。だが、警察官だ。お前らの要求は呑めねぇ」

 

だが、正義感の塊である伊達さんは当たり前のようにそれを突っぱねた。

 

「じゃあ沙耶はどうなっても良いんだな?あぁ!?アンタは沙耶より、仕事を取ったんだな!」

 

それに逆上した翔太が声を荒らげる。

一瞬の睨み合いの中、伊達さんの口から衝撃的な言葉が飛び出してきた。

 

「殺せよ……」

「なんだと?」

「"殺せ"って言ったんだ」

(何言ってんだ伊達さん……!?)

 

伊達さんは沙耶が見守る中、己の覚悟を示してみせる。

それは文字通り"決死の覚悟"だった。

 

「ここで俺が死ねば、流石にお前らでも逃げ切れねぇだろう……日本の警察はアマくねぇんだよ。それに……沙耶は……」

 

伊達さんの声が震えている。

恐怖か、悲しみか、怒りか。

表情の見えない以上は定かではない。

 

「沙耶はきっと……俺の友達が守ってくれる……!」

 

だが、そこまで言われた以上はこっちも応えなくてはならないだろう。

今までは利害関係で成り立っていたが、そういうのはもう無しだ。

 

「じゃあ望み通りにしてやるよ。別に俺らは"サツ"なんて怖くねぇ。ハナっから失うものなんてねぇんだよ!!」

 

翔太が叫んだ直後、俺は勢いよくドアを蹴破って事務所へと押し入った。

 

「さぁ、そこまでだぜテメェら!」

「お父さん!」

 

沙耶が一目散に伊達さんの元へと駆け寄っていく。

翔太にはもう、見向きもしなかった。

 

「アンタ……スターダストの新入りの……!?」

「翔太センパイよぉ……アンタにゃ世話になった。右も左も分からねぇ俺に、ホストのいろはを教えてくれたんだからな。だが……」

 

伊達さんに肩を貸す沙耶を一瞥し、俺は湧き上がる闘気を表出させた。

 

「俺の"ダチ"を傷付けて、その娘まで食い物にしようとしやがった……!もう容赦はしねぇ!俺が直々にヤキ入れてやる、覚悟しやがれ外道共!!」

「クソっ……こうなりゃまとめてぶっ殺してやる!」

 

翔太率いる街金のチンピラ達との闘いが始まった。

 

「オラァ!」

 

向かってくる一人目の動きに合わせて地面を強く蹴り、顔面に飛び膝蹴りを放つ。

 

「ぐぎゃっ!?」

 

カウンター気味に直撃した飛び膝蹴りは、一撃で一人目の意識を刈り取った。

 

「せぇや!」

 

俺が地面に着地した瞬間を狙って二人目が俺の側頭部目掛けてハイキックを放った。

 

「ちっ」

 

咄嗟に左腕で受け止めたが、衝撃が左手の傷にまで伝播して痛みを訴える。

 

「らァ!うりゃァ!!」

 

俺はハイキックを蹴った事で片足立ちになった軸足に足払いをしかけて転倒させ、ガラ空きの顔面を勢いよく踏み付けた。

 

「く、クソっ!」

 

三人目がゴルフクラブを手に襲いかかる。

俺はその一振を冷静に対処すると、左の肘を顔面に叩き込んだ。

 

「あばぶっ!?」

「せいやァ!!

 

鼻から多量の血を流す三人目が顔を抑えた瞬間、ガラ空きになった胴にボディブローを捩じ込む。

その後、悶絶し地面に崩れ落ちる三人目の顔面を思い切り蹴っ飛ばしてトドメを刺した。

 

「な、なんて強さだよ……!」

 

バタフライナイフを手にした翔太が怯えた表情で俺を見る。

まぁ、自分の仲間が立て続けに全滅すれば致し方ないだろう。

もっとも、だからといって容赦する事は無いが。

 

「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだ?翔太センパイ。手……震えてるぜ?」

「う、うるせぇぇぇ!!」

 

やる気になったのか、それともヤケになったのか。

翔太は手にしてバタフライナイフで俺に斬りかかって来た。

普段からバタフライナイフの扱いには心得があるのか、非常に慣れた手付きで刃が迫る。

 

「シッ、フッ、ッ!」

 

俺はそれを難なく躱す。

刃物の扱いにおいて曲芸師レベルの動きをする"嶋野の狂犬"と比べれば、俺にとっちゃこの程度は児戯にも等しかった。

 

「死ねぇ!!」

 

焦って業を煮やしたのか、翔太は俺に対して真っ直ぐな刺突を繰り出す。

 

「かかったな、マヌケ」

 

俺はそれを既の所で回避すると右手で翔太の手首を掴み、ろくに使えない左手を翔太の肩に軽く添えた。

そして。

 

「オラァ!!」

 

肘の逆側に全力で膝蹴りを叩き込んだ。

確かな手応えと鈍い音が響き渡り、翔太の右肘が逆方向に折れ曲がる。

 

「ひぎゃあああああああああああ!!!!?」

「行くぞコラァ!!」

 

断末魔のような絶叫を上げる翔太の顔面を追い討ちの右ストレートで思いっきりぶっ叩く。

 

「ぶぎゃぁぁあっ!!?」

 

その一撃は翔太の鼻を潰し、前歯をぶち折り、端正だった彼の顔を不細工に歪めた。

 

「ふぅ……新兵器を出すまでもなかったな」

 

この喧嘩、俺の圧勝だった。

 

「それで?伊達さん……コイツらの言ってた沙耶の借金、いくらだったんだ?」

「……元金が20。利子が付いて400だとさ」

「ハッ、なんだそりゃ?冗談にしても笑えやしねぇなぁ……」

 

明らかな暴利だ。

どうやら健全な街金とは言い難いらしい。

 

「さてと、翔太センパイ」

「ひぃっ!?」

 

俺は翔太の胸ぐらを掴み、揺さぶりをかけた。

 

「大人しく証文を出すのと、もう一本腕をへし折られるの……どっちが良い?」

「こ、こんな事して……ただで済むと思うなよ……?」

 

減らず口を叩く翔太に、俺は頭突きをぶちかました。

潰れた鼻がさらに折れ曲がり、さらに血が吹き出る。

 

「ブゲェッ!?」

「あーあー心が痛むぜ翔太センパイ。俺ぁホントはこんな事したくねぇのによぉ」

 

そう言って俺は翔太をうつ伏せに倒すと、左腕を背中に持っていく形で捻りあげる。

いつでもへし折れる体勢だ。

 

「て、テメェ警官の前でこんな事して、なんのお咎めもねぇのか!?」

「その警官を寄って集ってボコった挙句"怖くねぇ"なんて啖呵切ったんは何処のどいつだよ、あぁっ!?ハナから失うものがねぇってんなら、今更腕の一本や二本でガタガタ騒いでんじゃねぇ!!」

 

翔太の左腕が軋むような音をあげる。

このまま力を加えれば折れるのは時間の問題だ。

 

「お、お父さん?錦山さん、流石にやり過ぎなんじゃ……?」

「沙耶……実は俺、アイツらに殴られて目に血が入っちまってよ。今何が起きてるかまるで分かんねぇんだ」

 

背後から沙耶と伊達さんの声が聞こえる。

俺の事を刑事だと勘違いしていた沙耶からすれば確かにやり過ぎに映るかもしれないが、伊達さんは目を瞑る事にしてくれるようだ。

案外ノリが良いらしい。

 

「わ、分かった!分かったから許してくれ!」

「証文は?何処だ?」

「で、デスク!デスクの中!一番上の棚の中にぃ……!」

「そうかい……ありがとよセンパイ!!」

 

証文の在処を聞き出した俺は捻り上げた腕をそのまま勢い良くへし折った。

 

「ぎゃあああああああああ!?な、なんでぇぇぇえええ!!?」

「選択権は与えたが"折らねぇ"とは言ってねぇからな……テメェみたいな外道に、慈悲なんぞあると思うなァ!!」

 

そして俺は最後に、翔太の後頭部を掴んで顔面から床に叩き付けて完全にトドメを刺した。

 

「ぎゃぶ、っ……ぅ、………………」

 

事切れたように沈黙する翔太。

全治三ヶ月は下らない大怪我だが、女を食い物にする腐れ外道には似合いの末路だろう。

 

「さて、と」

 

俺は翔太に言われた通りの場所を捜索し、あっさりと目当ての書類を見つけた。

この手の借金関連のシノギは桐生の専門だったが、俺も心得が無いわけじゃない。

まぁ、どうにかなるだろう。

 

「伊達さん、後は任せときな」

「錦山……」

 

数少ない元ヤクザとしての利点だ。

せいぜい、役に立つとしようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後19時。

神室町の東西を結ぶ三つの通りの内の一つ、七福通り。

その西にある児童公園のベンチに錦山と伊達は座っていた。

沙耶の借金の整理が全て滞りなく終わり、一息入れてる最中だった。

 

「ふぅ……これでようやく落ち着けるな」

 

ひと仕事を終えて煙草を吹かす錦山。

約10年ぶりに行う借金の後処理に手間取っていた錦山だったが、先程ようやくカタが付いたのだ。

 

「借りが出来ちまったな……」

「ん?あぁ……そうだな。本当なら貸し二つ目って言いてぇ所だが……」

 

そこで錦山は煙草の箱を差し出した。

 

「今更気にすんなよ。俺達、もう"ダチ"じゃねぇか」

「ダチ……?」

「おいおい、自分で言ったこと忘れちまったのか?"沙耶は俺の友達が守ってくれる"……だろ?」

「フッ……そうだったな。いけねぇいけねぇ」

 

その言葉にふと破顔して、伊達は錦山から煙草を受け取った。

口にくわえたタイミングで、錦山が火のついたライターを近づける。

 

「ふぅ……」

 

伊達の口から白い吐息が煙と共に吐き出され、十二月の寒空の中に溶けていく。

 

「だが錦山。今回の一件、借りは借りだ。いずれ、何らかの形で返させて貰うぜ」

「フッ……そうかい。なら、せいぜい期待して待つとするかな」

 

出所して間もない元極道と、マル暴の現職刑事。

正反対と言える二人の間には、いつしか奇妙な友情が生まれていた。

 

「さて……じゃ、俺は行くぜ」

 

錦山はおもむろに立ち上がってそう宣言した。

突然の事に伊達は怪訝な顔をする。

 

「行くって、何処へ?」

「実は俺この後用事があってよ。その時間がそろそろ迫ってるのさ」

「そうか……」

「それに、俺はもうお邪魔みたいだし……な」

 

そう言って錦山が視線を向けた先には、一人の若い女が立っていた。

 

「お父さん」

 

伊達の娘、沙耶だった。

 

「沙耶……」

「ま、そういうこった。後は親子水入らず、仲良くやんな」

 

そう言うと、錦山は軽く手を挙げながらその場を去っていた。

後に残されたのは、一組の親と子。

 

「お父さん……」

「……っ!」

 

一発。

伊達は娘の頬を張った。

決して暴力や虐待などではない、愛のある平手打ちだ。

 

「沙耶……俺はダメな親父だ。10年前、お前とお母さんから逃げ出した。だから お前に何も言えた義理じゃないと分かってる。でもなぁ、それでも 一つだけ約束してくれないか?」

 

そして伊達は口にした。

刑事としてでは無い、一人の子を持つ親としての本当の想いを。

 

「自分を……もっと 大切にしてくれ。沙耶自身が幸せになる為に、自分をもっと愛してくれ」

 

沙耶にとって、今までほとんど感じてこなかった父の愛情が乗せられたその言葉は、今までのどんな言葉よりも重く深く彼女の心に染み渡っていく。

 

「それでも、お前が苦しんだり、危ない目に遭ったら……俺が、守ってやる……守って、やるから……!」

 

伊達の目から、涙が零れ落ちる。

血の繋がった家族を心から愛する男の、偽りの無い涙だった。

 

「分かった……分かったから、泣かないでよ……」

 

沙耶もまた、その涙につられて涙腺に熱いものが込み上げる。

ゆっくりと父の胸に抱きつく沙耶。

そんな娘を、優しく抱擁する伊達。

そこには確かに、どこまでも暖かい親子の姿があった。

 




如何でしたか?

少し本編が長引いた感じではありますが、次回は断章に行きたいと思います。

お楽しみに
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