僕は木偶の坊だ。
いつも友達の後ろについて行くことしか出来ない金魚の糞。多少勉強や実技が出来ても何も自分では決められない。何かするにしても友達の後をついて行くだけしか能のない雑魚。そんな言葉がよく似合う。
だから、今もみんなの後ろについて行くべきなのに……僕の体は動かない。
霊術院に入って初めての魂葬実習。
先輩方に教えてもらいながら魂葬を学ぶ現世での実習。実習自体は簡単で、しっかりと手順さえ踏めば誰にでもできる簡単な実技。だけど、終わった後、実習終了後が問題だった。
実習生の行く手を阻むように現れた
最初は、先導隊の蟹沢先輩だった。
みんなの先頭を歩いてて何か問題があったときにいつでも動けるように常に警戒を解かなかった。だから、最初に死んだ。上半身を巨大虚の爪に貫通されて……一瞬だった。目に追えない速度で気付いたら蟹沢先輩はアイツの手の中で死んでた。
その後に青鹿先輩が巨大虚に向かっていったけど結果は同じだった。何も変わらない。一瞬で死んでいく。
そこからは地獄だった。
一瞬の出来事で追いついていなかった僕ら一回生の脳内がやっと現実に追いついたんだ。爆発するように混乱が広がっていった。走って逃げまわる一回生、それを纏め上げようと必死の先輩方、僕らを守るために巨大虚に立ち向かう先輩。全部がゴチャゴチャだった。
そんな中で僕は他の一回生と同じように逃げようとしてた。
でも、みんなは違った。そこで、先輩方を助けに行く選択をしたんだ。勝てるはずのない相手だって分かってるはずなのに……それでも戦うことを選択した。
それが僕には出来なかった。
身体が巨大虚に向くことすら拒否してた。足はまるで棒のようで固定されて動かなかった。恐怖で震えることしか出来なかった。みんなが先輩方を助ける話をしてるのに僕の頭の中はどうやったら生きて帰れるのかそんなことばっか考えてた。本当に僕は木偶の坊だ。
そんな僕を見てみんなは笑いながら優しい言葉をかけてくれる。
『修君、私たちは大丈夫!』
『修一!俺らが何とかするからお前は安心して逃げていいぜ』
『修一君、僕たちのことは気にしなくても大丈夫だよ』
―――襲われている先輩を助けるため虚に向かっていく幼馴染とその後をついて行くように走る二人の友人。そして、恐怖で動けなくなっている僕。
いつもみんなについて行くことしか出来ないのに、それすらも出来なくなった唯の木偶の坊、それが僕。今もみんなの後ろ姿を見るだけで、身体はついて行こうとする意志すら見せない。
本当ならみんなについて行きたい。だけど、体が足があの化け物を見て恐怖に震えている。あれは絶対に勝てない相手だと、行けば死ぬだけだと全身が感じ取っている。だから、動けない。いや、動こうとすらしない。
それが、惨めで情けなくて悔しかった。僕にもみんなのような一歩踏み出す勇気が欲しかった。それだけの力が欲しかった。どんなに危険だと死ぬと分かっていても踏み出す力が欲しい。
……力が欲しい。ほんの少しでもいいから僕に……力を……。
『力が欲しいか?』
「え?」
思わず顔を上げて周囲を見渡す。そこから見えるのは、さっきと同じ風景、同じ地獄。そして、こんな危険な場所で、逃げる訳でも立ち向かうでもなくただ馬鹿みたいに立ちっぱなしの人間は僕しかいない。本当に周りには誰もいない。なら、先ほどの声は気のせいだろうか?
『力が欲しいか?』
―――いや、違う。
確かに誰かの声が聴こえる。今の僕の気持ちを知っているかのように……この瞬間、僕が欲しいモノを聴いてくる。だから、言葉を抑えるなんてことはしなかった。気付けば叫んでいた。
「力が欲しい!」
『なら、俺の名を呼べ今代の相棒。俺の名前は―――だ』
「雛森下がれッ!」
そんな阿散井君の声を無視して私は巨大虚に向かって走る。先輩の戦いは邪魔せずに巨大虚の行動だけ止められるような攻撃の隙間、それを探して今自分が出せる最大威力の破道をタイミングよく放つ。そのためだったら多少危険でも巨大虚の近くに寄る。それが今の自分に出来る最大限のサポート。だから、静止の声を無視して走る。
「破道の三十一『赤火砲』!!!」
そうして死線を潜り抜けながら放った赤火砲は、今まさに巨大虚の手に貫かれそうだった檜佐木修兵を救った。
「いい援護だ!一回生ッ!」
檜佐木は、赤火砲によって自分から逸れていく手を見て瞬時に逃げる体制から攻めへと移行する。そして、虚の二の腕部分が丁度自身の近くに来たタイミングでそれを削ぐように刀を振るう。
「おらあぁぁあああッ!」
打ち合わせのないぶっつけ本番での拙い連携。そんな全部がアドリブの戦い。それでも巨大虚の片腕を再起不能にすることが出来たのは、さすが特進学級というべきか。何とか四人での時間稼ぎが出来ていた。だから、心の中で希望が生まれてしまった。
「こ、これなら時間稼ぎも出来るはず……」
―――と、そのとき地面が揺れた。
片腕の無くなった巨大虚の後ろから二体の巨大虚が現れる。まさに絶望。負傷している巨大虚と合わせて三体。一体だけでもこちらの戦力は心許無いというのに……こんなの勝てっこない。そんな気持ちが相対していた四人の中で広がる。
「ハハッ、どうすりゃあいいんだこんなの」
「僕らには勝てないよ……」
雛森桃も三体の巨大虚を見て心が折れていた。
あんなに強い化物を三体も相手して勝つなんて私達じゃ無理だよ。阿散井君、吉良君、檜佐木先輩の三人と力を合わせても……こんなの勝てっこない。そんな絶望が心を蝕める。
誰でも良い……誰でもいいから―――
「……助けて」
気が付くと雛森の前に一人の少年が立っていた。
見覚えのある後ろ姿。もし記憶の通りなら自分の幼馴染。つい先程、逃げるように言ったはずの少年。もしかして、助けに来てくれたの?と淡い期待を雛森は心の中で否定する。なぜなら、自分の記憶の中にいる幼馴染はこんな危険な場所に飛び出すことなんてこと出来ない少年だからだ。
だから、こんな場所にいるはずない。
「もう大丈夫。ぼ、僕が何とかするから桃ちゃんは休んでて」
なのに、聴こえてくる声は自分の知ってる声で思わず安心して体の力が抜けてしまう。
「修君!早くここから逃げて!……私は大丈夫だから、修君はここから離れて!」
「桃ちゃん、僕は大丈夫。……だから、任せて」
私の知っている修君じゃない。さっきまで恐怖で震えてたはずなのに、今は私の前に立ってる。まるで、私を守るみたいに……。
「 目覚めろ 赤龍帝 」
瞬間、修一の持っていた刀の形状が右手を肘まで覆う赤き籠手へと変化する。
「今度は僕がみんなを守る!」