Side.ミレーネル
……ずっと、長い夢を見ていたような感覚だった。
眠りに入る直前のような、おぼろげな意識の中で……今までの人生が、走馬灯みたいに流れて見えていた。つらかったこと、苦しかったことも……嬉しかったこと、幸せだったことも……。
レプタボーダで、ミーゼラと一緒に身を寄せ合って耐え忍びながら過ごしていた日々。
そこから、デスラー総統によって救い出され……その恩返しのために、ガミラス軍に入って、特殊部隊のようなやり方で反抗勢力を相手に戦っていた。
その後、ヤマトの無力化のために挑んだ任務で失敗して……記憶の多くを失った私は、地球に流れ着いて……ミツルと出会った。
そこからは……それまでの人生では、どれだけ望んでも手に入らなかった、多くのものを手に入れた。
平和な世界……平穏な日常……暖かい仲間……
私を私のまま、当たり前のように受け入れてくれる……かけがえのない居場所。
それが、私が異民族……ないし、異星人だと知られていないからだとしても……私はこの地球での日常が、黄金のように輝いて見えていた。
そして、思った。絶対にこんな日々を……失わせてしまってはいけないんだと。
侵略によって押し付けられる価値観や、押さえつけられた状態の形だけの平和なんて……時に苦しくもあるけど、それでも皆が懸命に生きて輝いている今の世の中に比べたら……魅力なんて、価値なんて……塵ほどもないんだと。
だから……
「……いいわよ、そのためなら……私の命くらい、喜んで賭けてあげるわ……!」
『無意識下で状況を理解していたか。ならば……説明は、要らなそうだな』
ふいに、私の周囲に浮かんでいた……おぼろげな、幸せな生活のビジョンが消える。
そして代わりに、何もない真っ白な空間と……その中心に立つ、1体の、女性型の見た目を持つアンドロイドが現れた。
「ネバンリンナ……で、いいのよね?」
『そうだ、ミレーネル・リンケ……お前に、この状況を打開するための提案をしに来た。だが、お前も察しているように……それを実行するには、私とお前が、命を……いや、今の存在そのものをかける必要がある』
そう言うなり、またしても景色が変わる。
現れたのは……見慣れた『ソーラーストレーガー』の艦橋。
恐らくはこの景色は、現実の『ソーラーストレーガー』のものじゃないんだと思う。多分……ネバンリンナが作り出した、言ってみれば……イメージによるものだ。今はもう、『ソーラーストレーガー』自体は、既に吸収されてなくなってしまっているはずだし。
けれど、実際に必要な操作はここからできるようになっているはずだ。
聞いた話の通りなら、今のこの、『至高神Z』の降臨によって書き換えられた宇宙……『カオス・コスモス』は、認識が力を持つ世界なんだから。
『私もいろいろと試してはみたが、『至高神Z』の力は……まさしく絶対的だ。正攻法での攻略は……不可能と言っていい』
「その『正攻法』ってのは……力ずくで、ってこと?」
『それもあるが、もう1つ……『次元力』への干渉もだ。『至高神Z』の次元力制御能力は、我々が太刀打ちできるものではない。我々に有利になるようにこの世界に、あるいは『至高神Z』そのものに干渉しようとしても、容易くはじかれ……あるいは、干渉し返される。ゆえに、まずはその、奴を絶対たらしめている部分を切り崩す必要がある』
「……そのために、『リヴァイヴ・セル』を使うのね……外側からは何も通じないから、内側から蚕食して腐らせる、か……まるでシロアリね」
『お似合いだろう。私もお前も白いからな、見た目』
「しょーもない自虐?ネタ言ってんじゃないわよ……さすがはナインのお母さんね。娘に似てセンスが独特だわ……」
『……言っている意味が分からないな。叢雲総司も言っていたが……機械である私達に、お前達が言うような生物学的な親子関係はない。我のプログラムは、ナインの収集したデータも取り入れて構築されているゆえに、人格的な意味でのAIに類似点があるというのはわからなくもないが』
「そう小難しく考えなくていいわよ。……世の中には、血縁がなくても親子になったり兄弟姉妹になったりする人なんて、いくらでもいるんだから……」
言いながら私は、私にとって……唯一『姉』と呼べる人のことを思い出していた。
……彼女も、『大マゼラン銀河』そのものの消滅に伴って、きっと……なら、このままには絶対にさせない。
既に、縁を切られてしまったような形になってしまったけど……それでも、彼女は……ミーゼラは、私にとって……かけがえのない、大切な人だから。
『……ミーゼラ・セレステラのことを考えているのか?』
言い当てられた。……顔に出てたかしら。
『すでにお前と彼女は、袂を分かったはずだ。それどころか彼女は、『裏切り者』であるお前に対して、敵意すら抱いているかもしれない。……そんな相手でも、お前は……』
「当然よ。……たった1人の、愛する姉だもの」
嫌われたってかまわない。二度と会えなくたって構わない。
生きて……生き延びて……きっといつか、彼女自身の幸せを見つけてくれれば、それで……
『……それだ』
「?」
『それが……唯一、我がわからなかったもの……ナインからデータを抜き取り、最適化させてAIに反映させてもなお、理解できない、人間の感情……ミレーネル・リンケ、『愛』とは何だ?』
「……ホント、ナインと同じで、答えにくい質問をしてくるわね……『愛』、か……」
……きっと、もう少し前の私だったら……私も、この問いに答えをだすことはできなかったでしょうね……そんなものとは、縁遠い世界で生きていたから。
きっと、それが何かを分かっていても、気づくことも、言葉にすることもできなかったんだろう。
でも、今なら……
「心の底から、誰かのことを大切に思うこと……かな」
『心から……誰かを? それは、ただ単に協力関係を築いて、互いを助け合うこととは違うのか?』
「違うとも言えるし、違わないとも言える。……もっと言えば、何が愛で、何が愛じゃないかなんて、人によって違うのよ。あいまいな答えで申し訳ないけどね。きっと愛は……人の数だけある」
『……やはり、理解できない。明文化して定義できない、そのようなあやふやなものが……なぜ、『地球艦隊・天駆』に、あれほどの力を与えている……!? どうして……どうして私にはそれがわからないのよ! あらゆる人物のあらゆる価値観も、私の中にはデータがあるはずなのに!』
……なんかいきなり、すごく人間らしい口調に変わったネバンリンナ。え、何いきなり!?
ていうか、何かこの口調とか反応……どっかで見覚えがあるような……
『あなたの言うとおりなら、愛が『人の数だけある』のなら……個々人の価値観なんてバラバラのはずなのに……なのに、なんであんなに結束を強くして、どんなに強大な敵にも立ち向かえたの!? 完璧に同じ目標を見て、同じ価値観を共有して、極限まで社会の無駄を省いたガーディムは失敗したのに……どうして、そんな不完全なあり方で……あんなにも強くて、素晴らしくて……』
びっくりした、けど……不思議と、怖くはない。
むしろ……なんだか、こんな風に困惑して、答えを探し求めている様子は……すごく人間らしくて、ある意味ほっとするっていうか……ああ、やっぱりナインに似てるな。
場面や条件は違うけど、あの子も……割と無表情多いからわかりにくいけど、いつも一生懸命だったっけ。
「……ごめんね、私は……それにも答えは返せない。けど……」
『……けど?』
「それを……人間同士の『愛』や『絆』が強い力を生むってことを……それが素晴らしいことだっていうことを、あなたはもうわかってる。だったら、いつかあなたにも……『愛』というものが何なのか、わかる時が来ると思うわ。……ううん、ちょっと違うか……きっと……あなたの中にも、もう『愛』はあるのよ。それが何のことなのか……自分でもわかっていないだけ」
『私の中に『愛』が? でも、私は……心なんてもののない、AIなのに……』
「今のあなたを見て、単なるAIだなんて思う人はいないとおもうけどね。……きっと、ナインも同じよ。もう『愛』を持っていて……でも、自分の中にあるそれが『愛』だってことに、気づいてないだけ。いつか……わかるときがくる。あなたとどっちが先かしらね」
『……本当に、そう思う?』
「嘘ついたって仕方ないわよ」
『そう……なら……』
そこで、ネバンリンナは……目を閉じて、心を落ち着けるように、しばし沈黙した。
そして、再び目を開けた時……機械のはずのその瞳には……強い意志が宿っているのを、感じ取ることができた。
『なら……こんなところで終わるわけには、なおさらいかないわね』
「そうね……私も、絶対にあきらめない。可能性がほんの少しでもあるのなら……最後の瞬間まで、未来へ向かう。そう、決めたわ」
もう、時間も残り少ないはずだ。
私は、『ソーラーストレーガー』の艦橋の中央にある、操縦席に座り……思考操縦で、お目当てのプログラムを探し当てる。
次元力を用いた『事象制御システム』……ではない。全ての事象制御に『至高神Z』が介入している今、それは力不足で役に立たないし……そもそも『次元力』の行使自体、まともに行えないはず。
けど……それから完全に切り離された存在なら……独自に稼働させることは可能のはず。
「……あった、『リヴァイヴ・セル』。……ネバンリンナ、覚悟はいい?」
『もちろんだ。……もしかしたら、お前とこうして話すことができるのは……これが最後かもしれないな』
「そうね。……聞いてもいい?」
『何をだ?』
「……この戦いが終わったら、あなたは何をするつもり? また……ガーディム再建のために、『地球艦隊・天駆』の皆と戦うの?」
『……私にも、わからないわ。今の私はもう……それが本当にやるべきことなのか、わからなくなってしまったから。もし……今あの『アドミラル』がやっていることと同じで……それが、人間の可能性を閉ざすことにつながってしまうのなら……アドミラルを否定した私が、それと同じことをするわけには……でも、それなら……私はこれから先、何のために……』
「……それも、見つけなきゃね。大丈夫よ、あなたが敵にさえならないのなら……きっとどこかに居場所はあるわ。もしかしたら……私達もそれに協力できるかもしれない。ソフィアとか、あの……名前なんだっけな、フロンタルの元親衛隊長の……似たような奴いっぱいいるし」
『……ホント、あなた達ってお人よしよね』
「かもね」
何か、思わず笑ってしまいそうになりながら……私は、『リヴァイヴ・セル』の中枢システムにアクセスする。そして、私とミツルしか知らないコードを入力し……プロテクトを解除。
覚悟は、もう決めた。
迷いは……ない。
「……『リヴァイヴ・セル』の機能凍結を全解除。並びに、作成者権限により中枢システムからコード発信……対象を『ソーラーストレーガー』及びその搭乗者に指定……『ヴァイオレイション・システム』作動! ……もし私の人格が消えたら、その時は……皆のことをお願い、ネバンリンナ」
『……わかった。逆にもし私が消えたら……ナインのことをお願い。彼女なら……本当に『ネバンリンナ』の1人としてやるべきことが何か……間違えずに選択してくれるだろうから。きっと……ガーディムにとっても、地球人にとっても……本当に正しいと言える道をね』
そんなことを話す私たち2人の周囲の空間が……急速に変容していく。
同時に、意識が遠くなる……私たちの中に、何かが入ってくるような感覚……浸食が始まった。
……ミツルが作ったナノマシン『リヴァイヴ・セル』……その、禁断の能力。
それは、パイロットと機体を物理的に融合させ……『次元獣』と呼ばれる怪物に変容させる力。
『次元獣』となった者は、理性も記憶も失い……ただ破壊衝動のままに暴れ続ける存在と化す。
見た目だけでなく、中身も全て書き換わり……全く別な存在になってしまうのだ。
このとんでもない機能があったからこそ、ミツルは『リヴァイヴ・セル』の開発や使用に、極限まで慎重になっていたし、幾重にもリミッターをかけて機能を封印していた。
けど……今回の場合は、それを利用する。
『至高神Z』は、私とネバンリンナを、復活のための材料にした。
けどそれなら、完全に吸収される前に、その重要な『材料』のうちの2つが……全く別な何かに変容してしまうことで、その部分が空白になってしまったら?
儀式そのものが無効になって、消滅する……かどうかはわからないけど、少なくとも、その完全性は揺らぐはずだ。不完全な材料で、無理やり復活させたことになるわけだから。
……もちろん、『まったく別物に変わってしまう』わけだから……私やネバンリンナがその後、どうなるかはわからない。……もしかしたら、何もかも全て忘れて……皆の敵になってしまうかも。
それでも……皆を助けるには、もうこれしか方法がない。
悲しませることになってしまっても、怒らせることになってしまっても……これで、これが、きっと……
そんな風に思って……私が半ばあきらめて、最後に残った意識を手放そうとして……
……けど、その瞬間。
「やはり、限りある命……それを賭ける者の覚悟は、かくも美しい……それが君達の思いであるのなら……少しだけ、私も力を貸そう」
「……ほら、何諦めて消えそうになってんの。行くよ……ミレーネル! あとネバンリンナも」
聞き覚えのない、けれど、どこか暖かい声と……
一番救いたかった人の、待ち望んだ声が……聞こえた。