「彼、我々に協力してくれますかねえ」
「してもらう」
飄々とした態度で言うヤマサキの言葉を、草壁はきっぱりとそう言い切った。
しかしそれと同時に、同じようなやり取りを最近したばかりだな、とも思い、苦々しい気分にもなっていた。
異世界からやってきたという戦艦『ヤマト』。
それを接収し、用いられている技術を自分達のものにしようと考えていたが、一瞬の隙をついて乗組員もろとも脱走された。
それだけではなく、ナデシコやソレスタルビーイング、さらにはまた別な異世界の勢力と思しき機体群と合流され、『火星極冠遺跡』で挑んだ決戦では、こちらの戦力の大半を喪失する惨敗を喫することとなった。
その戦いでは、見たこともない
先程は交渉の席ゆえ、大物ぶって見せはしたが、率直に言って今の『火星の後継者』には余裕がない。だからこそ、新たな支援者、新たな武器、そういったものが必要だった。
(幸い、ボソンジャンプのネットワークはまだこちらにある。逆転するのは不可能ではない……連邦政府の無血開城、それさえ成れば……ゆえに、今は雌伏の時だ)
そう考え、ミツルに首を縦に振らせるための次の手を考え始めた草壁だったが、その直後、一人の部下が慌てた様子で駆け込んできた。
「た、大変です総帥! ね、ネルガルの連中が!」
「っ……何だと!?」
☆☆☆
【△月×日】
攫われたのもあっという間なら、助けられるまでもあっという間だったな、今回の事件。
草壁っていう奴に呼び出されて、『協力しないとひどいことしちゃうぞ(意訳)』って脅された後に、じっくり考えろってまた部屋に戻された。
なんかもっともらしい言葉を並べてはいたし、一部に限れば賛同できそうな部分はあったものの、テロリストに協力するなんて選択肢は、どう考えてもあり得ない。
目的がどうあれ、連中のやってることはテロそのものだしな。それを『必要なことだ』で全部片づけて、しれっと次の非道に着手することにためらいがないあたり、最高にタチが悪い。
けど、拒否したら拒否したで……アレ絶対拷問とか洗脳とかされる流れだもんな。
北辰が心なしか楽しそうにしてたし、提案してきたヤマサキって奴も、飄々としてたけど絶対ヤバい奴だったもんね。笑って人体実験とかするタイプだよアレ。
やっぱろくでなしだなあいつら……とか思ったその時だった。
突如、爆発音みたいなものが響いて、拠点内があわただしくなった。
扉の向こうの物音がどうにか聞こえてきた程度だけど、それでも『何かあったんだ』とわかった。
扉にぴったりと耳をつけてどうにか聞き取れた単語は……『襲撃』『ネルガル』『機動兵器』『ボソンジャンプ』……その他諸々。
まあ、結論から言ってしまうと、ネルガルの警備部門……通称『ネルガル・シークレットサービス』が襲撃してきたのだった。徹底的に秘匿、とは何だったのか。
表で機動兵器同士の戦いが始まり、どうしよう勝てるか、いや逃げる準備を、ってことであわただしくなってたわけだ。
そして、『火星の後継者』はこの拠点を放棄して逃走することに決めたようだったが、その際に僕も連れて行こうとして……しかし、部屋から連れ出そうとした兵士達が、突如気絶した。まるで睡眠薬でも嗅がされたみたいに一瞬の出来事だった。
一体何が起こったのかと驚いていた僕の目の前に現れたのは、なんとミレーネルだった。
ああ、今の、彼女の精神干渉か……っていうか、乗り込んで助けに来てくれたの!? いや、ありがたいけども……仮の体とはいえ、思い切った手に出るなあ。
そしてコレは後から聞いた話なんだけど……この基地の発見・摘発についてもミレーネルが一枚嚙んでたっぽい。
今更だけど……ほら、この子、人の心読めるから。
僕が拉致されて連れていかれたあの時、その場にいた他の面々……ミレーネルや、ネルガルの月臣さんとかは見逃されたんだけど……その時ミレーネル、速攻で連中の頭の中覗いて、拠点とか全部見破ってたのよ。
そしてその後、メンツを潰されたネルガルと協力して僕の救出に取り組むにあたって、さも『調査の結果判明しました』的な感じでここの情報とか全部提供して、それに自分も同行して殴り込みに来た、って感じらしい。
しかも、突入して以降も、途中のロックされた扉とか隔壁なんかも、近くにいた構成員の頭の中からパスワード抜き取ってノータイムで解除しながら、ほぼ素通りでここまで来たって。
相変わらずチート級に頼もしい能力である。
で、そんなこんなで無事に再会できたわけだ。
再会と同時に、『よかった……!!』って喜んで、抱き着いてきて思いっきりぎゅっとされた時にはまたドキッとしてしまったけど、こんな風に大事に思ってくれてるってのは嬉しかった。
けど、さすがに敵陣の真っただ中でぼやぼやしているわけにもいかず、5秒くらい互いの体温を確かめ合った後は、ミレーネルの先導で逃走を開始。
出会った敵は片っ端からミレーネルが眠らせてくれた――今更だけど、白兵戦がチート級に強いなこの子――ので、ほとんど邪魔されることもなく、もう少しで脱出、という所まで行った。
けど……僕が覚えているのは、そこまでだ。
何が起きたのかわからないまま、一瞬で景色が暗転して、僕は意識を失った。
……強いて言えば、その直前の一瞬のこと……
天井が崩れて、落ちてきたように見えた、気がした。
☆☆☆
何が起こったのか、それを説明するのは簡単である。
『ネルガル・シークレットサービス』の襲撃を受け、やむなく草壁達は、拠点を放棄することを決めた。
その際、人質もかねてミツルを連れ出そうとしたわけだが、乗り込んできたミレーネルの妨害に遭い、連れ出すどころか奪還されそうになってしまう。
やむなく草壁は、連れ出すのを諦めて、移動用に用意していた戦艦に乗り込み、部下達も乗れるだけの人員を乗せた上で、これを発進させる。
そして、拠点の直上で、戦艦のディストーションフィールドを全開にし……それによって真下にある拠点を押しつぶしたのである。
ミツルが最後に見た『天井が落ちてくる』という光景は、この時のものだった。
当然、拠点内部にいたミツルとミレーネルはもちろん、逃げ遅れたり気絶していた『火星の後継者』の構成員達や、ミレーネルの他にも乗り込んでいた『ネルガル・シークレットサービス』の隊員達は全てこの崩落に巻き込まれ、圧殺された。
「機密保持のためとはいえ、もったいなかったですね……データや機材も、あの若会長も」
「やむを得ないことだ、もう言うな。……元々『サイデリアル・ホールディングス』は、彼が一代で立ち上げた企業だ。トップである彼がいなくなれば自然と分裂していくだろう。技術に関してはそこで拾い上げればいい」
淡々と言って自分の行いを正当化し、ミツルの死後も迅速にその会社を利用する算段を考える草壁。崇高な目的のためには、何を犠牲にしてでも前進をやめるべきではないと、本気でそう信じている彼は、数十分前まで言葉を交わしていた青年の死を目の当たりにしても……いや、そのGOサインを自分自身が出したのだと理解していても、一切歩みを止めるつもりはなかった。
しかし、その双眸がこの後すぐ、驚愕に見開かれることとなるのを、彼はまだ知らない。
同時刻……『サイデリアル』の秘密生産拠点、『バースカル』の艦内。
作り物の肉体(2代目)が死を迎えた……ないし、破壊されたことで、ミレーネルの精神はまたしてもここに飛ばされて戻ってきていた。
「……よくも……」
しかし、3代目となる肉体に憑依したその直後……いや、それよりも前から、ミレーネルは怒り狂っていた。
普段は冷静なその顔に……これ以上ないくらいの、烈火のごとき憤怒の色を浮かび上がらせて、ダン、とテーブルに両拳を叩きつける。
「あいつら……よくも……よくもミツルをっ!!」
本体とも言える精神体そのものを、この『バースカル』に保管している彼女にとっては、肉体の死は、本当の意味での死にはつながらない。ゆえに、そのような状況に陥っても慌てる必要はなく、むしろその不死性を生かして情報収集に徹することすらあった。
今回もその特性のおかげで、ミレーネルは大まかにではあるが、何が起こったのか、それによって自分達はどうなったのかを把握していいた。
恐らくは、『火星の後継者』が何らかの目的で、機密保持のために基地そのものを崩落させ、内部にいた者達全員の口を封じたのだろうと。
そしてその魔の手は、ミツルにも及んだのだろうと。
自分の肉体がああも無残に破壊されたほどの威力。恐らく、基地そのものの重量がそのまま凶器になったのであろうアレは、生身の人間ではひとたまりもない。
となれば、既にミツルは……
容易にそんな、残酷な結論にたどり着けてしまうミレーネル。
目をそらしても、逃避しようとしても、その事実は変わらないであろうことを……聡明な彼女だからこそ理解してしまう。
悲しみ、怒り、憎しみ、失意……色々な感情がごちゃ混ぜになり、これも作り物の脳がショートしそうなほどの感情の奔流に彼女は身を晒していた。
しかし、その直後……彼女はあることに気づき、一気にその感情を鎮静させた。
「……えっ?」
彼女の目は、偶然そちらを向いただけではあるのだが……『バースカル』の格納庫スペースに向けられていた。
そこは通常、ミツルの愛機である『アスクレプス』や、その他、試作段階の様々な機動兵器などが格納されている場所だ。
先程、新しい体に魂を入れてこの部屋に来た時……その時も、同様に偶然、そこの景色が視界に入ってきていた。
主を失った『アスクレプス』が、どこか虚しく鎮座している様子が見えて、それが余計に痛々しく思えて、ミレーネルの心に突き刺さった。
その時には、確かに見えた、確かにそこにあったはずの、ミツルの『アスクレプス』が……
「…………ない」
僅か数秒の間に、忽然と消えていた。
そして、同時刻。
突如として、瓦礫の山となり果てた、『火星の後継者』の拠点跡地から、天を突くような光の柱が立ち上り……その中から……
「バカな……なぜ、あの機体がここに!?」
困惑する草壁。その部下たちも同様。
しかし、目の前に広がっている光景は、変わらない。
光の柱から出てきたのは……先程まで彼らが話題にあげていた、『白い機動兵器』そのもの。
「……あーもー、死ぬかと思った」
星川ミツルの乗る、『アスクレプス』だった。