「そう怖がることはないよ。私は君を迎えに来たんだ……限りない孤独の中、真に理解してくれる者が一人もいない中であえいでいる君を、救いたいと思ってね」
「おあいにく様……そういうの、もう間に合ってるから」
頬を冷汗が伝う感触を覚えながら、ミレーネルは、悠々と歩いて近づいてくるその男……エンブリヲから、後ずさりして距離をとろうとする。
しかし、すぐに今しがた自分がついていたシステムデスクに突き当たってしまい、それもかなわない。
では、どうするか。
一応、護身用の拳銃は懐の中にあるが、はたしてそれで、この……どうにもただの人間であるようにはどうしても見えない、こと得体のしれない男を倒せるのかどうか、わからない。
そもそもこの男は、『サイデリアル』の社員さえ、限られた人物しか知らないこの施設に、しかも最高レベルのセキュリティを敷いているここに、一体どうやって入ってきたのか。
考えても答えは出ず、焦燥ばかりが募っていく。
そんな彼女の心の内を知ってか知らずか、エンブリヲの口からは、すらすらと耳聞こえのいい言葉ばかりが出てくる。
「ジル司令から聞いてるわ。この世界の『神様』だそうね……その神様が、こんなちんけな工場に一体何の御用?」
「神、という言い方は好きではないな。私はいわば、世界の調律者だよ。この世界を、あるべき姿に導き、正すこと……それが私の使命だ。君にはぜひ、それを手伝ってもらいたいと思ってね」
「……悪いけど、お断りよ!」
2人の間の距離が2mを切ろうとしたところで、ミレーネルは思い切って拳銃を出し、瞬時に狙いをつけて……撃った。
パァン、と乾いた音が響き、銃弾は予想に反して、防がれることも何もなく……エンブリヲの眉間に吸い込まれるように命中。
驚愕したような表情で、エンブリヲは仰向けにどう、と倒れ込み……動かなくなった。
予想外に呆気ない幕切れに、逆に困惑するミレーネル。
しかし、これで終わってくれたのなら、それはそれで最善と言っていい。
ふぅ、と安堵したような息をついた……その瞬間、
彼女の額に、そっと触れるように……エンブリヲの手が触れた。
「!?」
「思っていたよりも行動的なようだね、少し驚いてしまったよ」
瞬きほどの間に、ミレーネルの眼前で、全く理解できないことが起こっていた。
先程まで確かにそこにあったはずの、エンブリヲの死体は、忽然と消え――血の跡すら残っていない――傷一つない状態となったエンブリヲが、目の前に立っていた。
ぽん、と気味が悪いほどに優しく頭に乗せられているその手は、幻影でも錯覚でも何でもない。れっきとした生身の人間の手だ。
「だが、私の協力者となるのなら、もう少しおしとやかで、聞きわけがよくなくてはね」
「誰がっ……っ……!?」
「救ってあげよう……君のその孤独を。私が君の友となることでね……彼女達のように」
次の瞬間、エンブリヲの手を解して、ミレーネルは何か得体のしれない力が、頭の中に干渉してくる感触を感じていた。
それは、まるで彼女の意識を塗り替え、ないし書き換えてしまうかのような……今の今まであったはずの嫌悪感や敵対心が、全く逆の、好意的な感情に置き換えてしまわれるような……
(……っ……ふざけるな! こんなもの!)
ほとんど本能的にその『何か』の危険さに気づいたミレーネルは、思念波を全開にする。
自分の脳内に干渉しようとしてくる、その力にさらに干渉することで抵抗し、それが拮抗している間に、力任せに放った思念波によって、押し流すように干渉をはじいて無効化した。
これにはエンブリヲも驚いた様子で、一歩後ずさって、不思議そうに今弾かれた自分の手と、ミレーネルを交互に見ていた。
「驚いたな、私の力をはねのけるとは……」
「ハァ……ハァ……あいにくだけど、精神干渉系は私のホームグラウンドなのよね。洗脳しようったってそうはいかないわよ。私の何を利用するつもりだったのか知らないけど……あんたには、何一つ……渡しはしないんだから!」
かなり強力な力を使ったがゆえの反動か、息を荒くしているミレーネルは、そう言うなり、デスクの上に乗っていたPCについている、何だかいかにも危険そうなスイッチを、叩くようにして押し……その瞬間、モニターが一瞬にして暗転し、ハードディスクから煙が吹き上がった。
「……! データを消したのか」
「あんたみたいな連中には渡しちゃいけないデータが多いからね……いざと言う時の備えは、普段からしてあったのよ。データも……私もね」
そして次の瞬間、今度はミレーネルは、胸のあたりに着けていたブローチのような飾りを操作し……
―――ドガァァアアァアン!!
いつかの時と同じように、自爆した。
彼女本人が隠し持っていた爆弾だけでなく、この工場自体にも仕掛けていた、機密保持用の爆弾を起爆させて、全てを瓦礫の山の中に葬り去った。
しかし、どういう手品を使ったのか……それを平然と外から眺めているエンブリヲが、工場から少し離れた開けた空き地にいた。
「やれやれ、気難しい子だ……怒らせてしまったようだな。死んではいないのだろうが、追跡は……無理か」
先の戦いの中で、今までに見たことがない種類のシステムやエネルギーを使っていると思しき機動兵器『アスクレプス』と『アンゲロイ』を目にし、その存在が少し気になっていたエンブリヲ。
その持ち主の1人であるミツルは、他の独立部隊のメンバーと共に『宇宙世紀世界』に行ってしまっていることや、そもそも彼は男性より女性の方を近くに置きたい性質であることから、西暦世界に残ったミレーネルの元に現れたのだった。
しかし、逃げられたら逃げられたで、なんとしても追跡して手に入れようというほどには執着していないらしく、ため息を1つついて、その場から立ち去ることに決めた。
……その間際、ふと思いついたように、
「精神干渉が得意分野の異星人か……しかし私の予想通りなら、私の力を弾くまでのものではないだろうと思ったが……読み違えたか?」
あの時、エンブリヲによるミレーネルの精神への干渉は、彼女の抵抗を押しのけて深層へ届こうとしていた。
しかし、突然彼女の中で、エンブリヲの力をもってしても押し切れないほどの、よくわからない……それこそ、不自然に思えるほどの力が膨れ上がり、干渉をはねのけたのだ。
必死だったがゆえに、彼女自身それに気づいているかは怪しいところだが、エンブリヲはそれが気にかかっていた。
が、すぐに気にしないことにして……次の瞬間には、掻き消えたようにその場からいなくなっていた。
そして、間一髪難を逃れたミレーネルはというと……前回同様、『バースカル』にリスポーンしていた。
用意していた新しい体に乗り換え、そのままここにとどまって研究を続ける。
「全く、あの変なののせいで時間ロスした……でも、完成は見えてる。もう少しね……もう少しで……ミツル達を迎えに行ける」
バースカルのコンピュータに向かって、途中まであの工場で形作っていたシステムを、いよいよ完成させにかかっていた。
モニターには、あの工場と同じ……しかし、より詳細な構造が記された図面が浮かび上がっていた。
そして、その図面と同じ形をした『戦艦』が……ドックの外の空間、建造用ドローンがせわしなく動き回るそこで、形作られつつあった。
☆☆☆
【□月☆日】
ホントに何というか、この世界は人をゆっくりさせてくれないんだな、って、今実感している所である。
つか、こんな頻度でトラブルが起こるような魔境じみた場所を、独立部隊の皆さんは渡り歩いてきたのか……マジで尊敬する。
情報のすり合わせも終わり、ひとまず補給もどうにかなったので、次にどうするかを決めるまでは休息の時間にしようということで、僕らはここ、第三新東京市で休んでいた。
その間、交流もかねて色々な人達と話した。
変な言い方だけど、僕は特に、今まで独立部隊の皆とは、『補給係』としてしかほとんど付き合いがなかったし、その意味じゃ、僕のことを知らない人も、全員合流した状態のこの部隊にはかなり多い。もちろん同じく、僕『が』知らない人も多い。
例外的に、アルゼナルでは僕も割と長期滞在してたから、その時一緒にいた人達とはかなり深く知り合ってるけども……その逆で、ここ『宇宙世紀世界』で出会って、ここから西暦世界には来なかった人達なんかとは、ほとんど知り合いじゃないわけだ。
エヴァチームやマジンガーチーム、合流後のゲッターチームや、ロンド・ベルなんかの。
あとは、これは僕に限った話じゃないけど、ごく最近仲間に加わったってことで、サラマンディーネさん達『龍の民』なんかもそうだな。
そういう人達とも……まあ、一部は仕事人間だったり、共通の話題が見つからなくて話が進まなかったりしたけど、割と仲良くなれたと思う。
特に向こうから積極的にアプローチ?してきてくれたのは、サラマンディーネさんと、NERVの葛城ミサトさん、あとは、ヤマトのクルーだった。
ヤマトのクルーは、以前一度、『火星極冠遺跡』での戦いの直前、宇宙で補給物資を届けた時に知り合ってはいるものの、あの時はホントにほぼ最小限のやり取りで分かれてしまった。
話せた相手と言えば、ほぼ沖田艦長と真田副長くらいだったので、時間に余裕があって話せる+僕が同じ世界の出身だってことを知って、話してくる人も多かったのだ。
話してみると割と気のいい人ばかり、砕けた感じの人が多くて。
戦術長の古代さんを筆頭に、『しばらくは一緒に戦うわけだから、これからよろしく』って感じで仲良くなった。
戦闘機チームの加藤さんとかは、かなりプロ意識強めの人だったので、挨拶はしつつも、まだ見極められてる最中、って感じだったけど。
あと、クルーと言っていいものかは微妙だけど、メルダさんとも話した。
彼女はある意味、あの『次元断層』での戦いの時に一緒に戦った(僕はほとんど棒立ちでヤマトを守ってただけだけど)間柄でもあるので。
それにどうやら彼女、順調に地球の文化に毒され……もとい、馴染んでいるらしく、特にパフェとか甘味が大好物なんだとか。
ふむ……NERV関連で子供も増えたし……次の補給物資はお菓子類を多めに見ておこうか。
そのNERVの葛城ミサトさんは……どうやら、スメラギさんやマオさんから、僕のことをよく聞いていたらしい。
どうしてその2人の名前がわざわざ上がったのかは……まあ、考えるまでもないか。
案の定、『ハムの人』ならぬ『ビールの人』扱いをされていたため、『これからよろしくね! 主に補給物資の面で!』とまあ、満面の笑顔で……はいはい、お酒仕入れてきますよ、多めに。
まあ、残念ながら僕は今回、アスクレプスとこの身1つで流されてきた状態だから、補給はできないけどもね。どういうわけか、この世界からだと『バースカル』にも飛べないようだし。
そして最後にサラマンディーネさんだが……どうやら彼女は、技術者としての立場から、僕の『アスクレプス』に興味があるようだ。
自分達の乗る『龍神機』――あのパラメイルに似た機体の名前というか区分らしい――と同じように、『次元』に関係するエネルギーを使っている機体だからとして。
まあ、残念ながらその全てを話す、ないし公開するわけにはいかないんだけども、僕も多少なり技術分野に関する話はできる。この2年以上の間に、勉強したからね。
聞きたい部分全部は聞けなかったようで、そこは残念にしてたけど……今度、資材や時間に余裕がある時に、さらに機体を強化できそうだってことで、有意義な時間を過ごせたようだった。
僕としても同感である。彼女達の機体に関するテクノロジーや知識は参考になった。
そんな感じで、つかの間の休息を楽しんでいた(過去形)んだけども。
突如、NERVの警報が鳴り……敵の襲来が告げられた。
それも、部隊の警報じゃなくて、『特務機関NERV』としての警報、ってことは……相手は、使徒。この世界を滅ぼしかねない、なんとしても討伐しなければならない存在である。
が、すぐに出撃することはできない、とのこと。
その理由は……今回の使徒が、宇宙から来ているから。
ってことは、あの受け止める奴かぁ……このタイミングで厄介なのが来たなぁ……!