ひとまず佐渡医師と原田衛生士をベッドに寝かせ、医務室を出たミツルは、その直後に通路を走っていく総司とナイン、そして、オレンジ色の制服を着た小柄な女の子……岬百合亜准尉に出くわした。
3人は今、岬の先導で波動エンジンに向かっているとのこと。
そこに、今回のこの騒動の原因となる何者かが潜んでいる、と見ているらしい。
以前のこともあるし、今回もまさかまだガーディムか? などと嫌な予想を浮かべながら、3人に加えてミツルも一緒になり、一路、波動エンジンが搭載されている部屋に向かう。
途中、やはり何人か眠って倒れている者がいたが、助ける手段がないのと、一刻も早くこの状況を打開するため、元を断つべきだと足を急がせた。
なお、ナインが無事なのはAIだからだろうが、総司と岬が無事な理由は不明。
ミツル自身についても定かではないが、案外気合か何かで何とかなったのかも、と無理やり納得することにした。
そして、エンジンルームの前まで到着した一同は、そこで古代戦術長と森船務長と合流した。
この異変が起こった際、真田副長を含めた3人は、外部に出ていたために影響を受けず、無事だった。そのため、アナライザーからの通信で異常事態を知って帰ってきたのだ。
真田副長はひとまず別れ、沖田艦長らのいる艦橋を目指したという。
合流した一行は、念のためそれぞれの武器を手にもって扉を開け、中の様子を確認する。
その直後、彼らの前に姿を現したのは……予想外の人物だった。
「み、ミレーネル!?」
「何をしているんだ、こんなところで……」
彼らにとっては最早見慣れた、白に近い灰色の髪の毛と肌。
しかし、彼らの記憶にはないデザインの――唯一、ミツルだけは過去に見たことがある――パイロットスーツのようなぴったりした服を身に着けた、ミレーネルの姿だった。
その瞳はしかし、苦楽を共にしてきた仲間達を見るのとはまるで違う、無機質で冷徹な……それどころか、敵意や警戒心すら併せ持った光を帯びていた。
「……お前達は、誰だ? なぜ、私の精神干渉を逃れている? いや、それ以前に……なぜ、私の名前を知っている?」
「……何ですって?」
そして、かけられた言葉は……まるで自分達を知らないかのような口ぶりのそれ。
その言葉に、森雪は動揺したような声音で返し……いや、動揺しているのは彼女だけではない。
姿は、同じ。声も、同じ。
しかし、その他の感じ取れる全てが……『違う』。そう、その場にいる全員が感じていた。
目の前にいるこの女性は、ミレーネルではない。
こちらの目を欺くために偽装しているのか? しかし、それなら彼女に成りすましたような、ごまかすような言動をとらないのはおかしい。
それに加えて、おかしなことに気づく総司とナイン。
「……おい、この部屋の扉……今、外部からロックかかって閉まってたよな? 何で君……部屋の中にいたんだ?」
「キャップ、この人……ミレーネルさんじゃありません。いや、それどころか……実体がない?」
「……ジレル人特有の精神干渉能力の応用。超空間ネットワークを介して、精神体だけをこちらに飛ばしてきているのね」
唐突に岬が口にしたそんな言葉に、一同は驚くが……目の前のミレーネルはその瞬間動く。
艦を掌握した時よりもさらに強力な精神波を発し、総司や古代達に幻覚を見せて眠らせようとして……しかし、次の瞬間。
反対方向から発せられた、さらに強力な別の精神波によってレジストされ、弾かれた。
「……何、だと……!? これは、一体……!?」
しかし、ミレーネルは、攻撃が失敗したことよりも……今、自分の精神干渉をはねのけたのが何かということに気づいて……そちらの方にむしろ驚き、困惑していた。
総司達は、一瞬強烈な眠気に襲われながらも、即座にそれが消え……そして、目の前でミレーネルが愕然としたような表情になっているのを見た。
自分達……ではなく、おそらくは、自分達の後ろにいる何かを見て、のようだ。これ以上ないくらいに驚いて、困惑している。
警戒はしつつも、どうかしたのかと、彼らも背後を確認して…………余計に驚くこととなった。
何せ、ミレーネルの視線の先……そして、自分達の背後に立っていたのは……
「「「…………ッ!?」」」
「ミレーネルが……2人……!?」
自分達の背後で、手のひらを突き出す姿勢で……しかし、冷や汗を流し、ショックを受けたような表情になっている……もう一人のミレーネルの姿だった。
こちらは……『サイデリアル』の会長秘書としての、見慣れたスーツ姿である。
よく見るとわかる程度にではあるが、その手を震わせている彼女は……同じように愕然とした表情でこちらを見てくる、同じ顔の何者かの前で……
「思い……出した……! そうだ、私は……ッ……!」
ほとんど誰にも聞こえないような、掠れるような声で……呟いた。
☆☆☆
彼女の名は、ミレーネル・リンケ。
アケーリアス宙域のどこかの星の出身で、『ジレル人』の末裔。
『ジレル人』は、幻覚や精神干渉、記憶の覗き見といった特異な能力を持っていたことで、他の種族におそれられ、迫害されてきた歴史を持つ種族である。
現在は絶滅寸前の状態にあり、彼女自身が存在を認識している同胞の生き残りは、自身と、自身の姉のような存在であるミーゼラ・セレステラのたった2人だけである。
幼少の頃、収容所惑星である『レプタボーダ』に入れられていた過去を持つ。
主に政治犯や、ガミラスに逆らった種族、戦争で負けた種族の生き残りなどが入れられるそこは、表向きは矯正施設としながらも、囚人への非人道的な扱いが公然とまかり通る、控えめに言っても地獄のような場所だった。
そこで、決して短くない時を過ごしたミレーネルだったが、ある時、彼女とセレステラに転機が訪れる。
たまたまその惑星を訪問していた、大ガミラス帝星の総統・デスラーの目に留まり、レプタボーダを出ることができたのだ。
それを恩に思った2人は、彼の役に立つことを望み……ガミラスの軍に入った。
ガミラス人ではない2人にとっては、決して居心地のよくない、楽な道のりではないことを覚悟の上で。
並々ならぬ努力の果てに、セレステラはデスラーの側近にまで上り詰めた。
単なる補佐としての手腕のみならず、その感応能力をもって、デスラーと敵対する者達の策謀を見破り、彼を助け、補佐する立場となった。
そして、ミレーネルはそのセレステラ直属の部下であり、『中央情報部特務官』の地位を手に入れていた。
そんなある日、ミレーネルはセレステラの命により、ある秘密作戦を実行することになる。
内容は、現在ガミラスにとっての敵対目標である
ミレーネルは、アケーリアスの宙域にあった超空間ネットワークを介して、ジレル人の特殊能力『ゴーストリンク』により、自らの精神体のみを飛ばしてヤマトに潜入させた。
その際、周辺宙域に展開していたドメル上級大将指揮下の艦隊に協力を要請し、精神干渉能力を補助する特殊な物質を散布させることで、非常に広範囲にその力を発揮することができた。
ヤマトの窓から観測できた、雪のような物体の正体がこれである。
そして、増幅された精神波を放って乗員達をことごとく眠らせ、無力化していった。
後は、無防備になったヤマトを操作し、待機しているセレステラ達の乗る艦隊を呼び寄せて制圧すれば任務は完了……というところまで来ていた。
しかしここで、彼女にとって想定外の事態が3つ発生する。
1つ目は、遺跡の調査のために、古代、森、真田の3名が艦を離れていたために、精神波の影響を受けずに無事だったこと。
アナライザーから異常事態発生の連絡を受け、対応のために彼らが戻ってくることとなった。
2つ目は、精神波が効果を発揮せず、無事にすんでいた者がいたこと。
生物ではなくAI……機械であるために影響を受けなかった、ナインやアナライザー。
ナインの記憶と混線してしまったために催眠のかかり方が不十分だった、叢雲総司。
とある理由で影響を受けなかった、あるいは受けても無事にすんでいて動くことができた、岬百合亜と星川ミツル。
そして……もう1人。
これこそが、彼女にとって3つめの『想定外』であり……いや、そもそも想定すること自体が不可能であるといっても過言ではない、特大の異常事態。
敵側に……もう1人、自分以外の『ジレル人』が……それも、他ならぬミレーネル自身が、もう1人いたことだった。
2人の『ミレーネル・リンケ』の邂逅から先に起こったことを簡潔に述べよう。
当然ながら、混乱の極みに至ったミツル達は、ひとまず服装と態度から、侵入者の方のミレーネルを敵と判断し、問いかけた。
お前は誰だ、なぜミレーネルの姿をしている、正体を現せ、目的は何だ……etc。
侵入者の方のミレーネルは、それに一切答えずに再び精神波を放つものの、それは、ミツル達にとって仲間の方のミレーネルが放った精神波によって相殺されてしまう。
やむなく古代が発砲し、その銃撃は侵入者の方のミレーネルの体に風穴を開けたが……すぐにふさがってしまった。
彼女は現在、実体のない精神体。物理的な攻撃は、多少痛みを覚える程度で、実質意味がない。
しかしその隙に、岬百合亜が波動エンジンを操作し、その力を一部開放。
それによって生じたごくわずかな空間のひずみは、実体であるミツル達には何ら影響を及ぼすことはなかったものの、精神のみの存在となっていた、侵入者の方のミレーネルには致命的だった。
空間のエネルギーそのものが、まるでバキュームのように作用し、彼女の精神体をからめとり……そのひずみに引きずり込み……この場から追放した。
これにより、ミレーネル(侵入者)という脅威は取り去られ、犯人がいなくなったことで精神波による影響も消えたため、ヤマトは危機を脱することができた。
ヤマトの側からすれば、それで終わりのことだった。……そのはずだった。
ここから先は、誰も知らず、誰も予想もできなかったこと。
本来ならば、異空間に飲み込まれ、膨大なエネルギーの奔流の中ですりつぶされて破壊され、消滅……生物としても絶命するほかなかったであろうミレーネル。
現に、とある世界線では……そのまま精神体が消滅してしまったために、肉体もそれと同時に命を失ってしまっていた。
しかしこの世界では……ある理由から彼女の精神は壊れることなく、異空間の中を押し流され、漂い続けた。
精神だけの存在であるがゆえに逃れられない苦痛の中で、彼女は助けを求めてもがき続け……しかし、ゆっくりとその精神は、記憶は、傷つき、摩耗していった。
不幸中の幸いとでもいえばいいのか、心が失われていくのに従って、彼女が感じ続けていた苦痛も取り去られていったが……それが彼女にとって救いになったかどうかは、わからない。
しかし、ある時彼女は……何かのはずみにその流れからはじき出された。
それはあるいは、どこか近い場所で、次元震のようなものが偶発的に起こり……異空間の壁に穴が開き……その余波によるものだったのかもしれない。
彼女が流れ着いた先は、宇宙も、世界も、時間すらも……全てが異なる場所だった。
青い海、平和な街並み、異なる文明だと一目でわかる大都会。肌色や小麦色といった体色の民族が主に暮らし、機械文明が主に発達した世界。
彼女たちがかつて『テロン』と呼んでいた、しかしそれとは異なる世界の同一惑星。
その頃の彼女には、もはや何かをするだけの気力もなく、記憶は摩耗して大きく削れてなくなり……自我すらほとんど消滅し、精神の存在としても死を迎える寸前だった。
心のどこかでそれを理解しつつも、そのことに対しても、彼女は忌避感ももはや示さなかった。すでに彼女は、全てを諦めてしまっていたのかもしれない。
あと数日もそのまま経過していれば……彼女は今度こそ、終わりの時を迎えていただろう。
そして、そんな今わの際に……
……彼女は、運命の出会いを、
いや、運命を変える出会いを果たす。
「うわっ、何、え、何!? いやいやいや、マジで!? マジで幽霊!? ちょっ、やば……ん? なんかそれにしちゃ服とか近未来っぽいな……耳尖ってるし。エルフ? ……え、マジで何? 誰? うちの会社の倉庫で何してんの? ……もしもーし、聞こえてる?」
こうして、今から約2年前の、西暦世界の……とある場所の、倉庫の中において。
ミレーネル・リンケと、星川ミツルは……初めての邂逅を果たしたのだった。