禪院家の末っ子は、禪院家を潰したい。   作:バナハロ

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怒った後は後始末もさせる。

 パンダと棘を降ろしても巻き込まれなさそうな場所を勘で見定め、降りた。二人とも地上に降りた。

 下から見ると、下は円形に見えて、上は平地……なのだが、下の部分は大きなNの刻印がいくつかついていて、全体をSとNが混ざり合った刻印が包んでいる。

 ラピュタが浮いているようにさえ見えるその様子を見て、思わずパンダは呟く。

 

「やれやれ……とんでもないな。余裕があれば、少し上で地上を見てみたかった」

「しゃけ……」

「あ、あはは……人がゴミのようだーって?」

「俺はパンダだからゴミじゃないな」

「おかか」

「おいこら棘」

 

 ずっといつもの様子の二人だが、そんな様子を見ると憂太は安心する。

 

「もしかしたら、スマブラで落下する時の景色ってあんな感じだったんじゃね」

「しゃけ」

「スマブラ……僕、やったことないや」

「なら、今夜あたりやるか。全員でな」

「そうだね」

 

 その為には、真希と真依を助け、そして要を止めないといけない。

 覚悟を決めた憂太は、刻印を手のひらから出した。

 

「じゃあ、行ってくるね」

「おう」

「ツナマヨ」

「うん」

 

 それだけ言って飛び上がろうとした時だ。ふと目に入ったのは、空いている地上を包む刻印が消滅したとこ。

 誰が考えたって、ヤバいと分かる。

 

「! あれ……!」

「やばくないか……?」

「明太子」

「ごめん、急ぐ。里香ちゃん!」

『分かッタ……!』

 

 すぐに空に向かって跳ね上がった。

 

 ×××

 

 落下中の地上で、要は再び両手に術式を込める。が、刻印は広がらない。良いとこ半径3メートルのものが限界だ。

 

「クソっ……!」

「逃げるしかないよ、悟!」

「ダメだ。こんなでかいもん地上に落としたら、高専が吹っ飛ぶどころじゃない」

「しかし……!」

「そうだ……姉ちゃん!」

 

 すぐに要はその場から消え去った。二人のことは刻印でマーキングしておいたので、すぐに追いかけることが出来る。

 

「あ、ったく……」

「勝手なのは変わらないね」

 

 そう言うと傑は地上に腰を下ろす。

 

「おい、何してんだ!」

「私はこのまま、残るよ。悟には、生徒を助けてあげて欲しい」

「っ……」

 

 どうせ死ぬ身だ。脱出出来る人数は限られているだろうし、一人でも減らした方が良い……そう思ったのだが、悟は傑の唯一の腕を掴んだ。

 

「バカ言うな。このままにしたら、お前を殺したのは要になっちゃうでしょ」

「悟……」

「下に戻ったら速攻で殺してやるから。覚悟しろよ」

「……ふふ、それは恐ろしいな」

「さて……まずは、どう降ろすか考えないと」

「だね」

 

 といっても、もう砕くしかない。まぁ、このままなら呪術界の老人どもも皆殺しに出来ると思えば放っておきたいところだが……それでも犯人は要になってしまう。

 なんにしても、一度傑を下ろす必要はあるため、悟は傑を抱えて外に降りた。

 

 ×××

 

 激しい振動によって、当然ながら真希と真依も立っていられない。辛うじて地上に刺さっている呪具を真希が掴み、反対側の手で真依の手を掴んでなんとか離されないようにしている状態だ。

 

「真希、手を離して!」

「ッ……!」

 

 いくら真希でも、この落下速度の中、女性一人を持ったまま落下の風圧に耐えられるはずがない。

 だが、真希は無視して手を強く握る。歯を食いしばりながら、死ぬ気で耐えていた。このまま手を離せば、真依は死ぬ。普通に死んでほしくないのもあるが、要が姉を殺すことにもなり得る。そんな真似、絶対にさせない。

 

「黙ってろ……!」

「無理よ、これ着地しても死んじゃうもの!」

「なら……最後の時くらい、一緒にいろ!」

「っ……なに、恥ずかしいこと言ってんのよ、こんな時に……!」

「うるせーな! 照れられるとこっちにも移んだろ!」

「私だけ辱めようとした罰よ、バカ!」

 

 通常運転だった。こんな時でも最後まで変わらない様子だが、いかに超人の肉体といえど限界はある。

 するっ、と、手からあまりにも呆気なく手は離れた。

 

「真依‼︎」

 

 すぐに真希も呪具から手を離し、真依の元へ移動しようとするが、空を飛べるわけではない。手を必死に伸ばすが、届かない……そう思った時だ。

 

「間に合った!」

 

 二人の元に飛んできたのは要だった。両手の刻印を起動し、二人を引き寄せて小脇にかかえると、落下する地上から離れる。

 

「か、要……!」

「おせえよ……!」

「……ねぇ、真希ねーちゃん。真依ねーちゃん」

 

 声をかけられ「何?」と視線で問うと、そのまま要はいつになくしょぼんと肩を落とした様子で聞いた。

 

「……俺、迷惑だった? いない方が、良い?」

 

 子供っぽい直球の聞き方。それだけに、二人ともすぐに理解した。おそらく悟から説教か何か受けて、思う所があったのだろう。

 二人とも顔を見合わせると、小脇に抱えられたまま要の頭に手を伸ばす。

 

「迷惑っちゃあ……迷惑だったわ」

「うぐっ……」

「でも、いない方が良いわけがないでしょ?」

「……え?」

 

 ハッとして顔を上げる要を見て、二人とも呆れたようにため息をつく。やはり、強くなったのは術式だけ。中身は全然、変わっていない。

 

「誰の為に呪術師になったと思ってんだ」

「その辺のこと、よく考えなさい」

「っ……ごめん、なさい……」

「……」

「……」

 

 浮遊中とはいえ、弟の謝罪に真希と真依は黙り込む。本当にやんちゃをやらかしてくれたくせに、謝る時は子供のようにショボくれるものだ。

 やがて長女がため息をつきながら、先に口を開いた。

 

「許さねーよ」

「えっ……?」

「あれ、ちゃんと無事におろして、お前も帰って来ねーとな」

「っ……う、うん……」

 

 それを言われても、要は少しショボンと肩を落とす。さっきの説教を聞き、自分なんかに助けられるのか、不安になっている。

 それを見透かした真依が、要の背中を叩いた。

 

「……何しょぼくれてんのよ。気持ち悪い」

「死のうかな……」

「一々、ナイーブにならないで。あんた、禪院家でもかなり才能があるんでしょ。私達と違って」

「……」

「なら、それらしい活躍を見せなさい」

「っ……でも、出来るのかな……俺に……」

 

 今までやり方を間違えて来た自分なんかに出来るのだろうか、と不安になっていた。

 ボコボコにされて負け、自分が姉を想って取ってきた手段も全て間違いだったと知らされ、また間違えるかも、と自信を失っているのだろう。

 その要の様子を見て、真希と真依は抱えられたまま要の頭に手を伸ばした。

 

「大丈夫だっつってんだろ。お前は自分のケツも誰かに拭いてもらわないといけない腰抜けなのか?」

「やれるだけやって、さっさと戻って来なさい。あなたに言いたいことも話したいことも、山程あるんだから」

「……うん!」

 

 言われて、要は気合を入れる。姉に言われてすぐに気合が入るあたり、単純だ。

 

「よし……行ってきます! ……と、その前に」

 

 二人を地上まで送らないといけない。

 呟くと、要は術式を解除した。それはつまり……。

 

「あああああああ‼︎ 落ちる、落ちてる!」

「情けないわね、真希。私はこういうの今日で二回目よ。慣れたわ」

「それ慣れて良い奴か⁉︎」

「真依姉ちゃんの場合は、戦闘の中だったからねー」

「説明してる場合か! もうすぐ地面……!」

「よっ、と」

 

 直後、術式を再び起動。体を浮かび上がらせ、そのまま真下は避けて横の方に移動し、着地する。

 足をつけると、要は「ふぅ……」と息を吐いて、二人に片手をあげる。

 

「ごめんね。呪力をなるべく節約したくて。じゃ、俺上戻るね。下ろした時の衝撃、どうなるか分からんから、なるべく遠くに逃げて」

 

 それだけ言って、要は空中に戻った。その背中を眺めながら、割と虫の息の真希は疲弊した様子で呟いた。

 

「あいつ殺す……」

「殺したらあんた殺すから」

 

 ×××

 

 天空の城の真下に到着した要は、両手の刻印を構える。おそらく呪力切れが原因で落下したのだろう。あれを普通に落とすには、今の呪力じゃ明らかに足りない。

 

「すぅ〜……はぁ……」

 

 真上の呪具から呪力を回収し、ありったけかき集めた。真上にSの刻印を貼り付けると、その真下で掌を向ける。

 

「ふんっ、ぎぎっ……!」

 

 ダメだ、質量が違う。このサイズを持ち上げるにはそれなりに前準備が必要だ。ましてや、置いてあるものを浮かせるのではなく、落下するものを浮かばせ、慎重に降ろすのだから当然だ。

 このままでは呪力を無駄に消費することになる。だが、だからと言って何もしないわけにはいかない。無駄な足掻きとしても、何とかして上の物を浮かせないと危険だ。

 そんな時だった。

 

「里香ちゃん!」

 

 直後、後方から自分よりさらに巨大な刻印が、真上に付着し、そのまま動きを止めた。少しずつ落ちているとは言え、その減速は目に見えて分かるほどだ。

 自分と同じ? と、顔を向けると、横にいたのは乙骨憂太だった。

 

「……なんで俺の術式……」

「説明は後……って、あれ。呪力が出ない……やばい⁉︎」

 

 直後、グラリと真上の地表が揺れる。要の瞳によって呪力を感知できなくなっているのだ。

 一瞬、放っておいても良いかも……なんて思ったが、今は姉達と約束したことを果たすのが最優先だ。

 とりあえず要は両手で目を隠した。

 

「どう?」

「あ、うん。見える見える。なんだったんだろ……」

「説明は後。とにかく俺の視界に入るな」

 

 慌てて術式を維持した憂太が、改めて聞いてきた。

 

「これ、どうしたら良いの?」

「っ……」

 

 悟にああ言われたものの、やはり信用して良いものか悩む。いや、つい最近まで一般人だった少年だし、他の術師よりはまだ信用して良いものだが……。

 なんて一人で悩んでいると、さらにその二人の後ろにヒュッと音を立てて銀髪の教員が現れた。

 

「や、お待たせ」

「五条先生! これ、どうしましょう?」

「作戦は単純。浮く前の状態から、正確に元の位置に戻す。その為に、衝撃をなるべく生まないように、僕と憂太で落下速度を殺す。下とくっつけるのは……要、君に任せるよ」

「!」

 

 言われて、少し目を見開く。が、すぐにキュッと目を細めた。

 

「……良いの? 俺に任せちゃって。あんたら二人、殺しちゃうかもよ」

「いやいや、もう悪ぶんなくて良いから。さっきお姉ちゃん二人に超甘えてたでしょ」

「っ、み、見てたの⁉︎」

「あ、ほんとに甘えてたんだ。ウケる」

「〜〜〜っ、こ、殺す!」

「ちょーっ! だ、ダメだって要くん! その人殺したらみんな死んじゃう!」

「っ……お、覚えてろよ……絶対、いつかお前殺すからな……!」

「それくらいになってくれると、僕としても嬉しいね」

 

 なんて話しながら、悟は説明を続けた。今日に限っては、言葉足らずなんて事はなかった。

 

「細かく詰めると、元の位置にピッタリと密着させたい。その為には、真下で刻印をつけてもらう必要があるわけだけど……要、それは君にしか出来ない」

「え、この人俺の術式使ってるんだけど」

「Sしか使えないんだよ。でしょ?」

「はい。僕がちゃんと見たの、それだけなので」

「……でも俺、あのサイズの刻印、今はもういくつも打てないよ。ありったけ呪力をかき集めても、半径3メートルの刻印を三つが精一杯」

「大丈夫、そのために僕と憂太がいるから」

「は? どうするつもり……」

「じゃ、作戦開始」

「ちょっ、なに勝手に……!」

 

 すぐに悟も動き始めた。憂太に術式を止めさせると、自分が前に出ていってしまう。

 

「あいつ……なんなの」

「あはは……それより、要くん。先に下に降りててくれるかな」

「あ? 大地のハンバーガーになれっての?」

「違うよ……。刻印を貼ってくれれば、僕がその真上に来るように、刻印を設置するから」

「……」

「じゃ、よろしくね」

 

 それだけ言って憂太も真上を見上げる。自分が刻印を貼るまで、上からものが落ちてきた時のために備え始める。

 仕方なく、要はそのまま真下に降りた。設置出来るのは三箇所。なるべくズレが生じない場所に設置するには、比較的平面になっている点を探す。

 

「……」

 

 しかし、さっきまで殺し合っていた相手を、よくもまぁ信用出来るものだ、と悟に対して感心してしまう。強さ故の自信なのか、それともまさか本当に信用しているのか。どちらにしても、あの軽薄男は腹立つ。

 

「ここと……ここか」

 

 そうこうしている間に、要はその地点にNの刻印をつけた。これで呪力は空っぽ。あとはなんとか、自分で作ったでっかいクレーターから逃げ出すしかない。

 とりあえず、憂太や悟を視界に入れるわけにはいかないので、見ないようにして歩き始めた。

 不思議な事に走ることが出来なかったので、のんびりとあるいた。

 

 ×××

 

「あそこの……真上か」

 

 そう呟くと、憂太は悟の横まで跳ね上がる。

 

「準備できました」

「りょーかい。じゃあ、僕が支えている間に刻印つけちゃって」

「はい!」

 

 話しながら、刻印を設置しに行く。その後に続いて、悟が憂太に声を掛ける。

 

「どう?」

「いけそうです。……里香ちゃんには、迷惑を掛けますが」

「まぁ、これも人助けだよ。実際、失敗したらみんなしばらく宿無しだから。その辺覚悟してね」

「……えっ⁉︎」

「そりゃそうでしょ。この辺、学生寮の辺りでしょ?」

「なんでこのタイミングで言うんですか!」

「ほらほら、良いから集中して。僕もちゃんと見定めるよ」

 

 こう言う時、六眼は便利だ。正確に測ることができる。二人でそのまま刻印を付与していく中、クスッと憂太は微笑む。

 

「どしたの?」

「いや……この術式。なんだかまるで、姉二人を離さないようにするための術式……みたいに思えてしまって」

「ぷっ……生まれる前からシスコンとか。それ本人に言ってみたら?」

「嫌ですよ。絶対怒られますから」

 

 そんな話をしながら、仕事を終えた。

 

「あとは下ろすだけですね」

「憂太はあっち、僕はこっちから持ち上げるから、少しずつ降ろすよ」

「は、はい!」

 

 そう決めると、二人で移動して高度を落とし始めた。一人でおろせば、真下に移動せざるを得ないので確実にズレる。このままなら無事に降ろせそう……と、少し憂太がホッとした時だ。

 ふと視界に入ったのは、まだ要が真下から脱出出来ていない事だ。

 

「ヤバっ……!」

 

 すぐに降りたい所だったが、二人で持ち上げている以上、勝手に手を離したら悟が……というより、傾いて上から建物が落ちたりするかもしれない。

 どうするか、少し悩んでいると、真下で移動している二人の頼れる仲間が見えた。

 

 ×××

 

 頭がボーッとする。呪力を使い過ぎたからだ。姉達と合流する前に拭き取ったが、ただでさえ出血量も多かった。

 だから、さっさと脱出したくても出来なかった。しかも、クレーター型なので登り坂なのがツライ。とにかく、今はさっさと寝たい。

 ふと、要の頭上に影がさした。なんの暗がりか分からないが、ちょうど良い。少し眠る事もできるかもしれない。

 そう思って、フラリと前方に倒れかけた時だ。

 

【寝るな】

 

 急に自分の身体に何か呼び掛けられた気がして、ハッと視界が回復する。相変わらず頭がぼんやりしているが、眠れそうにないことだけは分かった。

 

【走れ】

 

 さらに、身体が自動で走り出す。無理矢理走らされている感じは中々にしんどい。

 そんな自分に新たな影が腕を掴み、やたらともふもふした小脇に抱えられて走られ、運ばれた。

 

 ×××

 

 悟は傑にトドメを刺し終え、そして憂太は里香の解呪を終え、ようやく全員、落ち着ける時間になった頃には、深夜の0時をとっくに回り、クリスマスの夜となっていた。これだけ夜更かししてしまえば、サンタが来ることはないだろう。

 

「あー、疲れた……」

「しゃけ……」

「僕ら、ずっと起きてたもんね……」

「私の方が疲れたわよ。京都からここまで屋根も壁もない乗り物で飛んできたのよ?」

「楽しそうじゃん」

「やってみたら分かるわよ。怖いから」

 

 パンダの憧れをさっくり砕いた真依は「そんなことより」と後ろにいる真希に声を掛ける。

 

「真希、あんたそこ早く替わりなさいよ」

「は? そこってどこだよ」

「要のお腹の下よ」

 

 そう言う通り、真希の背中では要がぐっすり寝息を立てている。あの後、棘とパンダの活躍でギリギリ要を助け出して脱出。無事に学校の4分の1もおろすことができて、とりあえず悟に「あとで教室集合」と言われたので、無事である教室に向かっていた。

 

「やだ」

「ふざけないで。5分交代の約束よ」

「まだ4分36秒だろうが」

「たかだか24秒くらい良いでしょ」

「じゃあお前は次から4分36秒だけおんぶな。私は5分だけど」

「は? ふざけないでくれる?」

 

 とても醜い争いが繰り広げられていた。棘もパンダも憂太もげんなりしている。

 

「……もう二人ともまんまブラコンだな……」

「しゃけ……」

「なんなら、似たもの姉妹だよね」

「「なんか言った⁉︎」」

「「なんでもないです!」」

 

 慌てて謝る二人だった。

 こう言う時、空気を取り繕うのは憂太の役割だ。

 

「で、でもさ、良かったね。要くん無事で。時間はかかっちゃったけど、ようやく真希さん達と一緒になれたもんね」

「いやー、どうだろうな」

「え?」

 

 口を挟んだのはパンダ。珍しく神妙な顔で告げた。

 

「要が夏油の一味だったことには変わりないし、真依の話じゃ京都ではほとんどの術師を戦闘不能にしちまったんだろ? 怪我はないとはいえ」

「ええ、そうね」

「その上、あのド派手な術式だ。壊れた設備に重要なもんは無かったにしても費用は重なるだろうし、頭の固い上の連中がどんな反応するかは微妙だぞ」

「そ、そういうものなの?」

「残念ながら、な」

 

 あまり詳しくない憂太は分かりやすく狼狽えたが、なんとなく察してたように他のメンバーはため息をつく。

 

「悟がいるから死刑にはなんねーと思うけど、幽閉とか逮捕も全然、あり得る」

「大丈夫だよ、その辺は」

 

 急に割り込んできたのは、教員の声。五条悟が軽いノリで声を掛けてきた。

 

「どういう意味だ?」

 

 聞いたのは真希。なんとかする手立てがあると言うのだろうか? 

 

「どうも何も、子の責任は保護者が果たすものでしょ?」

「というと?」

「親族にも殺したの内緒にして、行方不明にしちゃったのが仇になったよね」

 

 ×××

 

 少し未来に行って、翌日の禪院家、扇の部屋。そこで、強面のおじさんは高専から届いた一枚の用紙を見つけた。

 

『請求書

 禪院扇の息子、禪院要が破壊した校舎の修理費。

 4,048,900,000円也』

 

「……」

 

 ×××

 

「それ、生きてるのバレちゃうんじゃない?」

 

 真依が呟くが、悟はヘラヘラした口調で続けた。

 

「大丈夫大丈夫。今の要を夜襲しても、禪院家程度じゃ誰も勝てないから。勝つには、それこそさっきみたいにスマブラの終点ステージでトップ6が一斉に襲い掛からないと勝てないんじゃない?」

 

 それはそうかもしれない。というか、やる事がえげつない。シャンクスでも捕まえないと払えないだろう。

 

「というか、なんでそんな高額なんだ?」

「京都で壊した分も込み」

 

 七海が壊した道路もしれっと混ぜているのは内緒だ。

 

「高専側からしたら『禪院家のガキがしでかした事を、表沙汰にはせずに金で解決してやる』って立場なわけ。高専のメンバーしか校舎が浮いたことは知らないしね」

「はっ、ザマーミロだぜ。あのクソ親父」

「ほんとね」

「少し、えげつない気もするけど……」

「憂太、こういう時は黙ってるのが一番だ」

「すじこ」

 

 とはいえ、それでも罪がなくなるわけではない。続いて、と悟は追加で説明する。

 

「勿論、要自身にも罰はあるけど……まぁ、その辺は僕がなんとかするから、安心して。真希、真依」

「……チッ、うるせーよ。別に不安になんてなってねーわ」

「あら、私は超不安だったわよ。要の事、大事だもの。だから、いい加減おんぶ替わりなさい」

「あっ……てめ!」

「今、4分オーバーだから。10分、私がおんぶね」

「1分サバ読んでんじゃねーよ!」

 

 なんてまた取り合いが始まるのを無視して、悟は続けた。

 

「で、まぁこっちが本題。今日の寝床の話ね」

「あ、そうだ。どこで寝るんだ?」

 

 何せ、そのままの形で戻したとは言え、地下を丸々掘り起こしたのだ。下水道などはズタボロだし、電気も繋がっていない。少なくとも学生寮なんて使える状態ではない。

 

「校舎の教室で雑魚寝。シャワーは悪いけど、武道場の使って」

「マジかよ……」

「さっき、秤とか綺羅羅もブチギレてたよ」

「あの二人にとっちゃ寝耳に水だからな……」

 

 新宿で戦っていた二年生や三年生と会うのは少し気が重かった。

 

「で、部屋割りだけどー……真希、真依。三人部屋にする?」

「え……良いのか?」

「うん。積もる話もあるでしょ」

「っ……」

 

 こっちから強請るつもりだったとはいえ、まさか認められると思っていなくて、驚いてしまった。

 ほんのりと嬉しそうに、真希と真依が頬を赤くしていると、ふと目に入ったのは男子三人。ヒソヒソとなんか話している。

 

「めっちゃ嬉しそう……まさか、近親?」

「え……ええっ⁉︎ そ、それはちょっと僕もどうかと思うというか……」

「パンダと憂太ァッ‼︎ マジぶっ殺すぞコラァッ‼︎」

「え……3人ってそういう関係? だとしたらあんま認めたくないかな」

「なんであんたが真に受けてんのよ、バカ目隠し!」

「赤飯」

「棘、テメェそれどういう意味だ、なんで赤飯だ⁉︎」

 

 ムカつくこいつら、と姉妹揃って青筋を額に浮かべる。ちょうど良いのか悪いのか分からないタイミングで校舎まできた。

 

「行くぞ、真依!」

「ええ!」

 

 そのまま背中の弟を連れて教室に戻ろうとした時だ。その二人に、憂太が声を掛ける。

 

「あ、待って。真希さん」

「襲わねーよ」

「いや違くて。実は要くん、結構傷だらけだったから」

「あ?」

 

 ジロリと睨んだ先は悟。ボコボコにした張本人はさっと目を逸らした。

 

「一応、反転術式で傷口は塞いだけど、無理はさせないでね」

「お前それどう言う意味で言ってんの? 殺されたいのか?」

「え? ……あ、いや違うよ!」

「次のトレーニング、しごくから」

「……」

 

 話の流れが悪すぎたまま、全員校舎に入った。

 

 ×××

 

「っ……んっ」

 

 吐息が漏れる。うっすらと目を開けると、初めて見る天井。こんな事が、前にもあった気がする。

 中は見覚えのない天井、そして壁、窓の外。何をしていてこんな傷だらけになったのか、いまいち思い出せない。

 ……いや、嘘。思い出した。確かー……やたらともこもこした生き物に運ばれて、その後で寝ちゃって……そうだ、街を外に降ろしていたんだ。

 その後は……。

 

「目が覚めたかよ」

「お寝坊さん」

 

 ふと、隣から声音が全然違うのにどこか似てる声が聞こえる。振り向くと、真希と真依が並んでいる。

 

「ねえちゃ、ん……!」

 

 声を掛けようと体を起こした直後、少し頭が痛い……というより、重い。ボーッとする。

 が、悟られたくなかったので、笑顔を作った。

 

「ここどこ?」

「どこか痛むの?」

「え、何急に?」

 

 真依の質問に惚けて返しながらも、内心ではドキッとする。なんでわかんだよ、と。

 その要に、横から真希が腕を伸ばして首を脇腹で締め上げる。

 

「あがががが! 首もげる、首もげるって!」

「うるせーな。嘘つく癖がついたのか? んな悪ガキに育てた覚えはねーぞオイ」

「あんたも悪ガキっぽいけどね、今は」

「一々、茶々を入れんな、オメーは」

「あなたもこんな風に口が曲がる人になっちゃダメよ?」

「毒舌なのはどっちかっつーとお前だろが」

「はぁ? 品がないよりはマシだと思うけど?」

「なんでそっちで喧嘩が始まんの⁉︎ てかギヴギヴ!」

 

 なんか自分がいない間に喧嘩するようになったな、と少しだけ思ったり。

 真希の腕をパンパンと叩くと、手を離してもらったが、身体はそのまま真希の方へ倒された。強引に膝枕されている状態だ。

 上から顔を覗き込んでいる真希は、少し不機嫌そうな表情で自分の額を叩いた。

 

「お前はいつまでスパイごっこしてるつもりだよ。家族しかいねー中で隠し事すんのはやめろ」

「……」

 

 そうだった。もう、辛いことは辛いと言って良いんだった。なんだか、そう思うと少しだけホッとする。

 

「……ごめんなさい。少し、頭が重いです……」

「よし、良い子だ」

 

 言いながら頭を撫でられる。

 

「ま、偉そうに言ってるけど、別に真希はそれをすぐに楽にしてあげられるわけじゃないんだけどね」

「うるせーな。だから茶々を入れんな」

「私の方においで? 私の方が柔らかいわよ?」

「お前のほうが脂肪が多いからな」

「あなたの方がゴリマッチョって言ってるのよ」

 

 二人から頭を撫でられながら、要は少しため息が漏れる。……が、果たして自分はこんな風に今、甘やかされて良いのだろうか、という葛藤が浮かぶ。何せ、自分はさっき姉を殺しかけたのだ。

 それに、まだ踏ん切りがつかない。これからどう生きていけば良いのか。ノコノコ姉について行っても良いのか、自信がない。

 

「……姉ちゃん達は、呪術師続けるの?」

「そりゃ勿論、そのつもりだよ。要が戻って来た今、次の目標は強くなることだからな。家の連中、全員見返してやる」

「……戻っても、良いの?」

「あ? ……ああ」

 

 要の言わんとする言葉の意味がわかったのだろう。真希と真依は、小さくため息をついた。

 

「良いに決まってんだろ」

「……でも」

「でももヘチマもないわ。あなたが私達に迷惑をかけたと思っているなら、尚更一緒にいなさい。また勝手にいなくなったら、それこそ許さないから」

「お前が呪術師を信用出来なくなった理由は分かる。でも、それで憂太やパンダ、棘達の価値を下げるのはやめろ。……あいつらは、ちゃんと私が信用出来ると思った連中だ」

「……現に、あなたは助けられているしね」

「え?」

「気づいていなかったの?」

「棘に起こされて走らされて、パンダに抱えられてたらしいじゃねえか」

 

 あの時のそれは、あの二人だったのか、と思い返す。嫌っていたはずの呪術師に助けられたことを思い出し、なんだかちょっとだけ恥ずかしく思えてしまったり。

 その要に、真希は続けて言った。

 

「今すぐ信用するのは無理なのは分かる。でも、私はお前に知って欲しいんだよ。信用出来る呪術師もいるってことをな」

「私も。今度、京都校のみんなを紹介させなさい。東堂以外」

「……」

 

 そんな説教を聞きながら、要の瞳には少しだけ涙が浮かぶ。こんな風に怒られる日が来るなんて……。

 あれだけ失敗の連続でボコボコにされて怒られて死にかけて……その上で手に入るなんて思わなかった。

 それと同時に、もしあのまま引き離していたら、むしろ自分は二人から恨まれていたのかもしれない。

 嬉しさのあまり、ちょっとだけ……いや、かなりの感激が涙腺を緩ませに来る。まぁ、今後呪術師になるかどうか、と言う問題は置いといて、少なくとも姉もこうして話せている上に、姉達に許してもらえてしまっていることが、嬉しくて辛い。

 つうっ……と、涙がこめかみを伝って真希の膝に流れ落ちると、それに気づいた二人が心配そうに声を掛けてくる。

 

「ど、どうした要? なんで泣いてるんだ?」

「真希のハムストリングスが岩みたいで嫌?」

「……ううん。いや、硬いけどそうじゃなくて……」

「おいこら」

「また……こんな風に三人でいられるなんて……ちょっと、いや普通に……というかかなり嬉しくて……」

「「……」」

 

 言われて、真希と真依は顔を見合わせる。そんな風に泣かれてしまうと、少しだけ喧嘩をしづらい。今日くらいは、仲良し姉妹でいても良いのかもしれない。

 

「というか、まだちゃんと謝ってなかったね。……ついさっきは、その……ラピュタみたいなことして、ごめんなさい……」

 

 そのセリフを聞いて、いよいよ真希と真依は顔を見合わせた。

 というか、真依は涙腺が緩み始めていた。

 

「……バカ、そういうのは一度謝ったら言わなくて良いのよ……」

「まったくだっつの……いつまでもガキだな、お前は……」

 

 そんな話をしながら、その日は結局、寝ることなく朝まで語り明かした。

 

 


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