禪院家の末っ子は、禪院家を潰したい。   作:バナハロ

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何しに来たんだろうね。

 禪院扇の元に相談が持ちかけられたのは、ミゲルが戻ってすぐのことだった。ミゲルの話を聞いてすぐに、真奈美は動き出した。裏切り確定、とでも言うように禪院家に交渉した。扇なら、確実に息子を殺したがっているだろう、と。傑から難しい家庭と聞いていたので、後は傑が残したお金を一部、持っていけば、その狙いはうまく行く確信があった。

 扇も快諾した。金にも困っていたし、姿を消した後でも自分の道を阻む愚息を今度こそ消し去れる。勿論、他の家族に知られるわけにはいかないからこっそりと出て行った。

 いくら要が強いと言っても、まだ15歳のガキ。父親である扇に勝てるはずがないと、両者とも思っていた。

 

「ちょっと、真奈美? あなたいつのまに御三家なんかと……!」

「ソウダ。俺達ニモ内緒ダッタノカ?」

「俺は知っていた。……ミゲルがいるとはいえ、向こうが仲間を連れてきたら確実に殺せないかもしれないからな」

 

 真奈美と利久は二人だけで交渉に向かっていた。何せ、ラルゥや双子は絶対に反対するから。

 とにかく、要の所為で自分達が敬愛する人物は死亡した、と本気で思っていたため、手段を選ばなかったのだ。

 ……しかし、その狙いに早くも暗雲が垂れ込める。

 

「っ……!」

 

 距離を詰めてくる要に対し、扇は刀に炎を込めようとする。が、それが発現しない。まさか、とすぐに理解した。あのサングラスは九眼を相殺させる効果を持つわけでなく、普通の黒いサングラス、という事だろうか? 

 ならば、自身の目には見えていないはず、と思い、迫ってくる要にカウンターを放つ……が、それをあっさりと回避されたと思ったら、フッと加速して通り過ぎられる。

 扇にダメージはない。何もされなかった? と片眉を上げてしまう。……が、要の視界に映っていない周りから見れば一目瞭然だ。扇の左手の甲と頬に刻印が一つずつついている。

 要が格好つけて指をパチンと鳴らした直後、その刻印がついた手の甲が頬に迫り、直撃。そのままくっ付いてしまった。

 その隙に距離を詰めた要は、扇の刀に蹴りを叩き込んでへし折ると共に、こちらに顔を向けさせて顔面に掌底を叩き込んでぶっ飛ばすと共に刻印を付与。反対の手をかざして引き寄せ、ボディに膝蹴りを叩き込み、頭を掴んで自身もろともグルグルと回転して振り回し、遠くに投げつけた。上空に舞い上がった扇に手を向け、そこから刻印をさらに放ち、山の中へと捨てるように吹っ飛ばす。

 

「グオアアァァァァ……」

 

 瞬殺である。それはもう、何が起こったのか分からないレベルで。生死は確認出来ないが、少なくとも戦える状況ではないだろう。

 真奈美にとっても利久にとっても想定外。自分達が援護をする暇もなく終わってしまった。

 あっさり蹴散らした要は、いつの間に出血したのか、頭から流れる血を拭ってそのまま双子に顔を向ける。

 

「で、どうすんの? 菜々子、美々子。なるべく早く返事をしてくれると嬉しいんだけど。もしくは……また後日にするか」

「……後日、でも良いの?」

「強制連行したいのは山々だけどね。でも……ちょっと気が変わった」

 

 言われて、二人とも顔を見合わせる。

 要は父親を見て思い出した。自分は強引に姉達と引き剥がされたわけだが、もしかしたら菜々子や美々子にとって他のメンバーも同じように家族なのかもしれない。ならば、強引な手は打たない。

 

「……とにかく、どうすんの?」

「私達のこと連れてったら、他の家族は?」

「知らん。少なくとも俺が『頼む』って言われたのは二人だけだし、その後はそいつら次第じゃね」

 

 つまり、捕獲もしないし殺しもしない……という事だろう。

 

「いったら? 二人とも」

 

 そんな中、声をかけたのはラルゥだった。ハッとして二人はラルゥの方を振り向く。

 

「あなた達はまだ若いもの。傑ちゃんがいなくなった今、私達の理想もおしまい。……なら、これからは日陰でこそこそ暮らすより、堂々と生きられる道を選んだ方が良いんじゃない?」

「ちょっと、ラルゥ……!」

「大丈夫、立場が変わっても私達は家族よ」

 

 真奈美が止めかけたが、ラルゥは無視して声をかけ続ける。

 そう言ってくれる人がいるなら、心置きなく離れられるのかもしれない。ラルゥもミゲルも真奈美も利久も、今まで一緒に生活してきた仲だ。その家族が背中を押してくれているのだ。

 それならば……自分達は……。

 

「……アレハナンダ?」

 

 そんな中、ミゲルが声を漏らす。つられて全員、顔を上げる。飛んでいたのは一羽のカラス。やたらと自分達の上をグルグル回り続けている。

 

「カラスだろ?」

「イヤ……ニシテハズット同ジ旋回ヲ繰リ返シテイル気ガ……」

 

 まずい、と思った要は、すぐに手元から刻印を放ち、そのカラスを引き寄せて殺害した。

 

「! 何して……!」

「ミゲル! さっさと……!」

 

 全員、連れて逃げろ、と要が指示を出そうとした直後、その全員を取り囲むように口元をマスクで覆った呪術師達が姿を現した。

 囲まれている……いや、森の方は比較的層が薄いか。

 

「……ちっ」

 

 カラスを使った追跡……やられた。どこの術師だか知らないが、腕が良い。

 

「何これ、どういうこと⁉︎」

「何でここがバレて……!」

「そんな事より、逃げないと……!」

 

 全員、狼狽えるように声を漏らす。これだけの人数で揃いの制服……高専か呪術連の連中だろうか? 何にしてもまずい。

 この後、どう思われるかは、要にもすぐ分かった。それを理解したのか、真奈美が声をかけてきた。

 

「要、私達を売ったわね……!」

 

 その言葉に、菜々子や美々子もさっきとは違う視線が向けられた。確かにこのタイミング……要の後に続いて現れた呪術師ども。どう考えたってそれにしか見えないだろう。

 

「っ、あ、あんた……!」

「……最低……!」

 

 菜々子や美々子も油断なく要を見据えるように構える。その視線は、もはや完全に敵意を持った顔だ。

 

「っ……」

 

 否定したい……が、しても信用されない。それ以上に、思った以上に胸の奥にダメージが来た。そんな顔で自分を見るな、と思ってしまったが、どうにもそんな場合ではなさそうだ。

 というか、そもそも呪術連だか何だか知らないが、よくもやってくれたものだ。五条悟の仕業か? 

 

「禪院要、及び夏油傑一派を確認。これより、戦闘を開始します」

 

 思考を中断させるように、リーダーらしき男がそう告げた直後だ。ミゲルが夏油一派達の前に出て構える。

 

「逃ゲロ、オ前ラ」

「ミゲル⁉︎」

「どういう……!」

「ラルゥ、全員ヲ任セタゾ」

「ちょっ、ダメだそんなの!」

 

 ここで足止めをする構えのようで、ミゲルは全身に呪力を込める。

 そして、その意を汲むようにラルゥが近くにいた真奈美と菜々子の襟首を掴む。

 

「行くわよ」

「っ、ら、ラルゥ……!」

「ミゲルが……!」

「いいから!」

 

 すぐに動き始めた。仕方なく後を追う利久。最後に、美々子が要に目を向ける。

 

「……美々子」

「……馬鹿……」

 

 そう静かに告げて、美々子は自分の前から立ち去った。

 家族の後を追おうとする呪術師どもを、ミゲルが拳で止めに行く。一人で数多くの敵を相手にしていた。

 それを目の前にしながら、要の全身に呪力が少しずつ込められていく。やはり、呪術師はクソだ。どいつもこいつも他人を利用することばかり考えて、自分勝手に他人を大事にしている人達、丸ごと掻っ攫う。

 

「上ッッッ等だよ……!」

 

 ここにいる連中、全員殺してやろうか、そう思い、要は両手の刻印を大きく広げようとした。

 その直後だった。ドゴッ、と夏油一派が住処としていた拠点に何かが降って来る。

 凄まじい轟音に全員が手を止めて、そちらに視線を向けた。崩れる瓦礫と砂煙の中から出て来たのは、五条悟。すでにマスクを外し、六眼を開放していた。

 

「双方……というより、三方か。納めて。要もだよ」

 

 自分をジロリと見られ、要も術式を解く。このタイミングでの介入……それも手を引かせた以上、呪術連側でもないのだろうか? 

 

「動いたら全員、殺すから」

 

 その殺気は本物だ。ミゲルでさえ動けなくなっている。割と頭にきているようだが、それは要も同じだ。

 そんな中、悟がまず気に掛けたのは要だった。目の前まで接近してきて聞いてくる。

 

「要、お目当ての二人は?」

「……逃げた」

「まだ遠く行ってないなら追って。……で、ちゃんと話して来なさい」

「? うん?」

 

 やたらと真剣な声音で言われたのは、何か意味があったのだろうか? 

 何にしても、許可を得たからには追わねば。というか、許可をくれるのは意外だ。そう思って、要が両手の術式を起動しようとした直後だ。どろり、と視界が赤く染まる。今まで少しずつ漏れてたのと違うレベルの頭痛もセットだ。頭が割れるように痛み、片膝をついてしまう。

 

「! 要……!」

「大、丈夫……!」

「じゃないでしょ……。やっぱり追っちゃダメ」

「っ……」

 

 強引に行こうとする要の腕を悟は強く掴み、逃がさないようにする。

 その悟に、敵のリーダーが声を掛けた。

 

「何の用だ、五条悟。禪院要を餌に夏油一派の残党を始末する作戦の指揮権は私にあるはずだ」

「決まってるでしょ。それをやめさせにきたんだよ。要はもう、うちの学校の生徒だ。学生証も作った。だから、要は駆除対象にならない。……で、それと同時に作戦指揮権を僕に移させてもらった」

「……何?」

「わかったら、撤退してくれる? そこの外国人は捕縛するけど、僕が管理する」

「……ちっ」

 

 何という身勝手でわがままな権力の使い方だろうか? 正直、要も少し引いた。

 そのまま他の部隊を撤退させると、残されたミゲルに悟は声をかける。

 

「そこの……ミゲルだっけ? 僕を前にして逃げるほどバカじゃないでしょ?」

「……分カッテイル。投降スル……ガ、一ツダケ確認サセロ」

「何?」

「……アノ連中ハ、要ノ援護ニ来タワケデハナイノカ?」

「違うよ。要はあくまで、自分の判断で来た」

「……ソウカ」

 

 ミゲルにはとりあえず誤解が解けた。さっきの敵のリーダーらしき男との会話からしても、口裏を合わせている様子ではない。

 

「要、帰るよ」

「……あいつらは?」

「追わない方が良いよ。僕が現場に着いた時は、あの子達はいなかったんだから」

「なら、俺一人で追うよ」

「ダメ。……追うのは、ちゃんと検査してからにして」

「こんなの平気だから。痛いのにも慣れてきたし」

「真希に言っちゃうぞー?」

「……汚い大人め」

「真似しないようにね?」

「自分で言うな」

 

 なんて話しながら、とりあえず要と悟も撤退した。

 扇は置いていかれた。

 

 ×××

 

 任務自体に大した時間は掛からなかった為、夜明け前までには高専に着いた。ミゲルは呪詛師ではあるため、一応捕縛。何となく悟はミゲルを「使える奴」と判断した為、悟が処分を預かることに。

 さて、その後は要の診察である。頭部から突然、出血した理由を探さないといけない。本当なら呪術師に診察されるなんて死んでもごめんなのだが「真希に傷バレるよ?」と言われては仕方ない。あと普通に頭がぼんやりしてて、何か思考することが叶わなかったというのもある。

 それから一時間ちょいかけて診察開始。医療に使われる、割とハイレベルな機器が揃っているそこを、最初は要も物珍しそうに見ていたが、すぐに飽きて「真希と早く寝たい」と思い、大人しくなった。

 何をされているのかよく分からないが、とにかく待機していると部屋の扉が開かれた。入って来たのは、カフェオレを飲んでいる悟の姿だった。

 

「硝子ー、どんな感じー?」

「ん。別に、特別な事は何もない……けど、まぁ一言で言うなら脳を酷使し過ぎってとこ」

 

 脳を? と、要が小首を傾げたのに答えるように言った。

 

「彼が全力で戦闘を行えば、脳に大きな負担が掛かる。……まぁ、聞いてた能力的に仕方ないのだろうが、出した刻印、全てを把握した上で操作、制御しようとすれば、脳に負荷が掛かるのは当たり前だ」

「やっぱりそういうことね」

「ああ。多分、後遺症も残りつつあるだろう。……要。戦闘後、頭がぼーっとしたりする事はなかった?」

「ありませんよ」

「真希起こす?」

「……あった」

「だろうね。まぁ2日か3日休めば治まるだろうが、それでも無理に頭痛を抑えて呪力を使えば出血する」

「このくらい大した事ないよ」

「1度や2度ならな。何度も続けば死ぬよ」

 

 言われて、要は少し困ったように顎に手を当てる。それは嫌だ。

 

「でも、今後全力で戦闘しないでいられるわけないじゃん。どうすんのさ」

「反転術式を覚えれば良いんじゃない?」

「……え、反転術式って……」

「僕も使ってるよ。無下限術式でフルオートに身を守る時とかに。これがないと脳が焼き切れる」

「最後、向こうから帰るときは本気出す前なのに、アホほど頭痛かったけど?」

「長距離移動に戦闘で呪力使った後、マジギレして呪力が高まったからじゃない?」

「ふーん……」

 

 血を流すことに慣れてしまっているのか「たまにクラつく程度なら全力での戦闘を控えればよくない?」と言わんばかりの表情で相槌を返す要。数日、休めば治るなら、何一つ問題ないという考えなのだろう。

 そんな要の考えを見透かしたように、悟は言った。

 

「要、まだ若いんだから、後遺症が残るままでいんのは良くないよ。病気して真希とかと長く一緒にいられなくなっちゃうかもでしょ?」

「……まぁ」

「はい、決定。僕か硝子が教えるから、これからも」

「いやいい。自分でやり方探す」

「……ホント、素直じゃない」

「とりあえず、あと2日は術式の使用を控えるように」

「ま、そもそも処罰が決まるまで風呂とトイレ以外で部屋から出ちゃダメだしね」

 

 まとめるように硝子と悟に言われた。

 

 ×××

 

 さて、悟が形だけの見張りについてシャワーを浴び終えた要は、改めて窓から侵入しに行く。壁に張り付いてベランダに入り、行くときに付与しておいた術式を解除し、中に入る。

 で、音を立てないようにパジャマに着替え、血で少し汚れた着替えは隠さないといけないので、とりあえず使っていないロッカーの中に入れた。

 

「……」

 

 寝る前に、少しだけ窓の外を眺める。菜々子と美々子と、結局離れ離れになってしまった。最後に自分に向けられた表情は、非呪術師を見るそれと同じ。別に呪術師に嫌われるくらいどうって事ないはずなのに……何故か、お腹にドスっとカジキマグロが突き刺さっているかのように痛かった。

 ……いや、呪術師がどうこうではない。やはり、自分は菜々子や美々子の事はどうしても嫌いになれなかったのだ。あの二人だって夏油傑達と同じのはずだが、彼女達とは距離を近くし過ぎて、情が芽生えてしまっている。

 こういう時、大人ならタバコでも吸うなり、お酒を飲むなりして窓の外を眺めるのだろうが、要はそのどちらも興味がない。

 

「……はぁ」

 

 大切な人を失う気持ちは痛いほど分かる。それも、彼女達の場合は二度と戻って来ない相手だ。

 自分はこうして姉を手に入れたが、その件によって二人は大事な人を失った。しかも、要の所為だと思い込んで。今後、彼女らは自分をあらとあらゆる手を使って殺しに来るだろう。

 その時に、自分は手を出せるだろうか? 出せたとしても、加減が出来るだろうか? 考えれば考えるほど、その時が来るのが怖くなる。

 ……とりあえず、今はやめておいた。上手く頭が働かない。あの家入硝子という人の診察は割と的確なようだ。

 

「……寝よう」

 

 さて、こっそりと真希の隣に腰を下ろ……そうとしたが、真希の寝相が悪過ぎて布団の中に入るどころか敷布団の上にも座れない。

 冬なので、割と布団無しで寝るのは死ねるのだが、要は何一つ不満げな表情を見せずにニコニコしていた。寝相が悪くて可愛い、と言わんばかりの顔である。

 

「……とはいえ」

 

 一応、教室内には布団セットがもう一つある。今日は一緒に寝るから布団1セットを二人で使っていた。

 だから、もう1セット出すと布団から出たことがバレる。

 仕方ないので、上手いこと潜り込む事にした。そーっと布団をめくり、中に入る。その直後だった。

 

「……どこ行ってた?」

「……」

 

 真希の瞳はいつの間にか開かれていた。

 

「トイレ……」

「……」

 

 ジトーっとした目で見られる。バレてるか……? と、冷や汗が背筋を伝った。

 そんな嫌な予感が脳裏を冷やしたのも束の間、布団の中から手を伸ばした真希は、要の手首を掴み、布団の中に引き摺り込んだ。

 おかげで要は布団には入れたが、冷や汗は止まらなかった。

 

「っ、ね、姉ちゃん……?」

「なんかあったろ」

「……え?」

「……」

「な、ないよ?」

 

 そもそも外に出ていた事もバレるわけにはいかない。なのでそう言ってみた……のだが、握られている手がミシミシ言い始めた。

 

「え、えーっと……」

「なんかあったろ」

「……な、ないよ?」

 

 さらにメキメキと軋み始める。すごく痛い。

 

「あ、あの……痛いんですけど……」

「なんかあったろ」

「三回連続⁉︎ あ、あのホント……」

「なんかあっ」

「あ、ありました! ありましたから離してください!」

 

 慌てて謝った。すると手を離してくれたが、真希の表情は不機嫌なままだ。

 

「お前、嘘下手になったか? シャワー浴びたばっかなのすぐ分かったし」

「あー……今、あんま頭回ってなくて」

「いいから話せ。……何があった?」

「……まぁ、ちょっと。教室出て菜々子と美々子の元に戻ってた」

「は⁉︎」

「あ、ま、待ってよ。ちゃんと五条に許可もらったし、俺は俺で用があったの」

 

 外に出てから許可を得たのは内緒だ。とりあえず真希は「聞いてやるから言ってごらん?」と言うように続きを無言で促す。

 

「で……まぁ、色々あったんだけど、結局……上手くいかなくて。その時に二人に誤解だけ残して何もしてあげられなかった」

「そいつらはどうしたんだ?」

「俺が仮宿にしてた連中と一緒に消えたよ。追おうとしたんだけど……まぁ、五条に止められた」

 

 頭から血が流れたことも黙っておいて続ける。

 

「……その時に、裏切り者のままいなくなられて……その場であの連中、全員殺してやろうかと思ったけど、五条に止められた」

「そりゃ正解だろ。殺してたら高専にいられねえぞ」

「……正直、ちょっとだけ迷った。こんな姑息な真似する連中と一緒にいて良いのかなって」

「……」

 

 少し身を置こうとしたらこれだ。実際、少し前の自分なら癇癪起こして逃げていたかもしれない。その点、頭が微妙に働いていなかったことが功を奏したと言えるだろう。

 その要を、真希は正面から抱き締めた。顎の下に要の脳天を置くようにして、後頭部に回した手で撫で回す。

 

「……要、正直な話をすると、今の呪術界は御三家同様、腐ってはいる」

「……え?」

 

 突然、そんなこと言われ、少し驚いたように目を丸くした。このタイミングでそんな話をされるとは思わなかった。何せ、自分が本当に出て行くかもしれないからだ。

 

「基本的に、どの組織も上の連中ほどきな臭ェもんなんだよ。上の地位まで上り詰めたら、どいつもそうなんのかもな。うちの学長とか悟とか硝子さんとか、信用出来る人は数少ねえ」

「……」

 

 その辺は信用してるんだ、と正直よく知らない人達の名前を聞いて、とりあえず頷いておく。

 

「けど、そいつらだって不死身じゃねえ。いつか必ず死ぬ。……それは、うちらの当主も同じだ。変えたきゃ、私らがその地位になるまで上がるしかねえ。だから私は、禪院家の当主になる。お前や、真依の居場所も作るためにな」

「……すごいね」

 

 本当に驚いた。呪力が少ない身でそこまでの目標を宣言出来るなんて。自分はそんな事、考えたこともなかった。

 ……自分の場合は、菜々子と美々子の居場所、とかだろうか? いや、しかしあの二人はそんな偉くなるなんて悠長なことを言っている場合ではない。

 

「でも……菜々子と美々子は……」

「ああ、分かってる。そいつらはいますぐ何とかしてやりてーよな」

「……うん」

「正直、どうしたら良いのかは私にも分かんねえ。だから、お前は出来ることをやってやれ」

「良いの?」

「バカ、出来る事ってのは『お前に課せられたルールの中で出来る事』だ。今のお前なら、少なくとも処罰が決まるまでは、お前に出来ることは『どうするべきか考えること』だ」

「……それ何もしてなくない?」

「でも、それが姑息な真似も、残酷な真似も、人を偽る真似もしないで出来るなら、それに越した事はないだろ?」

「……」

 

 それはその通りだ。合法で済むなら、それはそれで助かる。あまりルール違反をしても罪悪感は芽生えない要だが、それでも姉に迷惑がかかると思えばそうでもない。

 

「……分かったよ」

「……良い子だ」

 

 言いながら、頭を撫でてくれる真希に、要は思う存分に甘えた。甘やかしてくれる姉がいるのは本当に心地が良いものだ。

 昔を思い出す。父親の特訓が嫌になった時、いつも甘えていた二人の姉。あの時より、少し力が強くなっているだろうか? 

 いや、それはそうだろう。元々、力が強い真希だ。それが成長期を経て出来上がった肉体なら、強くなってて当然……というか、だからこれむしろ痛いくらいで……。

 

「あの……真希ねーちゃん。痛……」

「じゃあ、そろそろ私に黙って出撃した罰の時間に移るからな」

「え……い、いやだから五条に許可は……」

「取っていようが取っていまいが、私に何も言わずに出て行ったのは事実だろうがあああああああ‼︎」

「あだだだだだだッ⁉︎ 内臓出る! 口から内臓出るって!」

「遠慮すんな。このまま抱き枕にしてやるから。そんなん好きだろ男は」

「それ寝技の間違い!」

「え、男は寝技が好きなのか? ……変わってんな」

「何勘違いで珍百景を見た顔してんの⁉︎」

「で、謝罪は?」

「ごめんなさい!」

「嫌だ。反省しろ」

「ええええええ⁉︎」

 

 そのまま締め上げられた。

 

 ×××

 

 息子にフルボッコにされた禪院扇はボロ雑巾のようにされた老体に鞭打って、何とか屋敷へ身を引き摺って戻った。

 誰にも見られないように自室に戻ると、鍵を掛けて身体を手当てする。

 それにしても、予想外だ。まさか息子が、姿を消している間にあそこまで力をつけていようとは。昔から才能がある奴だとは思っていたが、それにしてもだ。

 その上、あの瞳。付与された刻印も自分の術式が見えなくなるのも厄介この上ない。

 あれの所為で、本来なら要を仕留めた後に夏油一派も仕留め、借金を帳消し……或いは軽減させる予定だったのが台無しだ。

 

「……だが」

 

 逆に言えばあの瞳さえなければまだ自分の方が強いはずだ。自分が15歳の小童に負けるなんてあり得ない。五条悟でもない限り。

 とりあえず、今後はあの瞳対策を考えた上で、次の奇襲を考えないといけない。

 やれやれ、とため息をつく。結局、当主の座は兄に奪われ、愚息の生存サプライズによる唐突な借金に、厄介な瞳……何が禪院家の要になる、だろうか? むしろ破壊をもたらしそうなものだ。

 

「……このままでは終わらせんぞ。小僧め……」

 

 そう呟きながら、奥歯を強く噛み締めた。

 

 




今回出てきた揃いの制服の口元をマスクで覆った人達ですが、原作で夜蛾学長を前にイキってた人です。多分あれ、暗殺部隊的な感じなんじゃないかなって。

あと次の話から次のシリアスまで、少しだけシリアス成分が減ります。

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