勇者にはなれない   作:高円寺南口

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8 それぞれの思惑

「スゲぇ!! あのチビ本物だぞ!」

「やるじゃねえか魔法使い! 面白くなってきた! いいぞもっとやっちまえ!」

「嘘だろ……ゴライアスが場外判定喰らうところなんて、初めて見たぞ……」

 

 鳴り響く口笛。下馬評を覆し、ドロシーの健闘を称える声が、そこかしこで上がっている。

 開始前の嘲りはどこへやら、実に正直な観衆を目の当たりにしながら、俺とエルだけは険しい表情を浮かべていた。

 

「ニケ……正直なところ、どう映った?」

「……そうだな。多重詠唱は見事だと思うが、それよりも気になるのはアイツの詠唱速度だな」

「詠唱速度?」

「お前も気にならなかったか? ありゃ早いと言うより、一時が万事、破棄しているといった方が正しい」

 

 一般に、魔法の発動と詠唱は不可分の関係とされているが、厳密に言うとその考え方は古い。

 魔法の研究が進んだ現代においては、「発動に当たって魔法陣の構築が必須となる上級魔法を除いて、詠唱無しでも発動は可能である」というのが正しい見解になる。

 

 つまり、何でもかんでも、「炎の精霊よ、我に力を」うんぬんと、格好付けた枕詞(まくらことば)をほざく必要はない。

 むやみやたらにウンタラカンタラほざいてる奴もいるが、アレは「ぼくのかんがえたさいきょうのポエム」に酔ってるだけの痛々しいクソ野郎だから無視していい。ソースは昔の俺だ。

 

 魔法使いなら誰もが一度は通る道だから、どうか温かい目で見守っていただけると幸いである。

 

「破棄……そうか! ドロシーが使っているのは西洋魔術……つまり、ウイッチクラフトか」

「ご明察」

 

 魔法は詠唱の際に用いる言語で大抵の流派が判別できるが、ドロシーが用いているのは、今や中つ国で東洋諸国(アヴァロニア)に比肩する勢力を誇る、アイゼンルート魔導帝国発祥の、ウイッチクラフトと呼ばれる系統に属する。

 

 ウイッチクラフトが誕生したのは、今から十五年ほど前。

 たった十五年ほどで、このウイッチクラフトが瞬く間に大陸西部を席巻し、既存の西洋魔術の流派を尽く絶滅に追い込んだ理由は、起動式の省略、つまり詠唱破棄によって、魔法の自動化ができるという一点にあった。

 

 それを可能としたのが、人工魔石。

 特殊な細工を施した魔石を魔導具にセットすることで、爆速のリロードと、安定した再現性を可能とする。

 

 術者は魔力を充填し、あらかじめ指定した「符牒(ふちょう)」を諳んじるだけで、魔法の発動が可能となるというメカニズムだ。ドロシーで言うところの「燃え上がれ(アオフ・ローダーン)」だの「拒絶せよ(ヴァイガーン)」が、ここでいう「符牒」に該当する。

 

 たかが数秒、されど数秒。

 

 詠唱から発動に至るまでの数秒を埋めることに、それまで魔法使いがどれだけ苦心してきたかを考えると、これは革命と言っていいほどの劇的な発明だった。術者の調子や外的要因によって、魔法の再現性・安定性が左右されにくい点も、極めて革新的だった。

 

 何より、それまで少数の専門家の技術とされてきた魔法の習得を容易にしたという点で、戦術上の価値は極めて大きい。

 ほんの十五年前まで、強国に板挟みの弱小勢力に過ぎなかったアイゼンルートが、西洋に一大勢力を築き上げたのは、ウイッチクラフトの発明によって、戦争の在り方を抜本的に変えてしまったからだと言われている。

 

「どーすんの? まだやるつもり?」

 

 ハットを拾い上げ、ぽんぽんと埃を払いながら、ドロシーが言った。

 ゴライアスの元には審判のアリシアが駆け寄っていたが、彼はアリシアの支えを振り払い、ゆっくりとその場から立ち上がる。

 

「むろん、続行だ。たかが一度の場外判定で、折れるつもりはないよ」

 

 その言葉に、観客がおおっとどよめく。ゴライアスの勝利を信じて疑わない戦士ギルドの連中が、「そうだ! まだこれからだぞゴライアス!」と、声を張り上げる。

 どうでもいいが、声の九割以上が野郎なのは、俺の気のせいだろうか。

 

「ふーん……実力差を冷静に見極めるのも、能力の一部だと私は思うケド。私がわざわざ、あんたの得意なショートレンジに付き合ってあげたのは、そこんとこ理解してもらうためよ。魔法を卑怯とか言う貴方たち戦士の脳味噌じゃ、ロングレンジの勝負で勝ったところで、どうせ負けを認めようとしないんだもの。わかってる? ()()()()()

 

 ドロシーはこめかみをトントンと指でノックし、小悪魔めいた笑みを浮かべる。

 その挑発的な態度に、例のむくつけきゴライアス信者どもが激怒した。

 

「てめェコラぶっ殺すぞ!」

「ガキがふざけやがって! 今に見てやがれ!」

「どうせ処女なんだろ! だから魔力高いんだろ!」

 

 残念なことに、反論というより中傷に近い言葉の数々が、連中のオツムのレベルを雄弁に物語っている。

 

 ふと、俺の前に座っていた兄ちゃんが、「やばい……癖になりそう」と呟いていたのが聞こえた。不覚にも、ドロシーファンクラブ会員爆誕の瞬間を目撃してしまったらしい。

 お前もまた、真実の扉を開いてしまったか……ウェルカム・トゥ・ドリームワールド。ようこそ紳士の庭へ。

 

「ドロシー。君の意図する所は理解した……だが、周囲を認めさせるために、あえて不本意な戦術を選ぶ必要などない。真剣勝負において、そのような気遣いは不要だ。君がどういう戦法を取ろうと、私は自分が敗れた時は潔く敗北を認める……戦士は戦士のやり方で、魔法使いは魔法使いのやり方で、互いに本気を出して勝負しようじゃないか」

 

 数メルトの距離を隔てて、ゴライアスとドロシーの視線がぶつかる。

 ドロシーは両腕を組み、やがてため息をこぼした。

 

「自分の得意な土俵で戦って負けた人間の台詞とは思えないわね……意味わかんない。もっとボコボコにしてくれってコトかしら?」

 

 顔は笑っているが、目は笑っていない。

 嬉しい。じゃなかった。怖い。

 

 ゴライアスはふっと微笑を浮かべると、盾を捨て、籠手を外し、にわかに鎧を脱ぎ始めた。

 そのまま裸にでもなるのかと思いきや、軽装にスタイルチェンジ。鎧の重量に、大地がドスンと揺れた。

 

「アリシア。武器の変更を申請する」

 

 防具は鎖かたびらのみとなったゴライアスが、手にした斧を、バトルフィールドの外へと放り投げる。

 そして、禿頭のセコンドのオヤジから投げ込まれた武器を受け取った。

 

「ロングソード……なるほど、その武器こそが、貴方の本気の証ということですか……承知しました。変更を許可します」

「感謝する」

 

 「ウオオオオオ!!」と、観客がたまらす声を上げた。さらなる白熱した勝負への期待に、場内がさらなる盛り上がりを見せる。

 

「装備の多様さも、戦士の長所の一つでな。君のような機敏な相手には、ディフェンダーとしてではなく、アタッカーとしての戦法が有効だろう……なァに」

 

 剣を引き抜き、鞘を投げ捨てる。

 重厚なブレードの切っ先をドロシーに向けると、ゴライアスが言った。

 

「言い訳はせん。今度こそ本気で行かせてもらう」

「ふーん……少しは楽しませてくれそうね」

 

 口笛に喝采、鳴り物が入り乱れて、会場のボルテージが最高潮に達する。

 俺はちびちび麦酒を飲みながら、クロノアの方へ視線を移す。ふと、彼の隣の見覚えのあるシルエットが目に止まった。

 

「あれは……ギルドマスター?」

 

 

    *

 

 

「どうだい勇者さん、お楽しみいただけてるかな?」

 

 ギルドマスターの言葉に、クロノアは両腕を組んだまま、視線だけ彼の方へ向けた。

 

「想定の範囲内ですね」

 

 マスターがくっくと鼻で笑う。

 くわえた煙草に火を付けると、彼はすーっと煙を吐き出した。

 

「ゴライアスの奴、少し慎重になりすぎてるように見えるな」

「貴方が余計なこと焚き付けるからでしょう」

「おいおい、俺のせいなのか? それを言うならアリシアのせいじゃないの?」

「どうして彼女の名前が出てくるんです?」

「いや何と言うか……無言のプレッシャー? 怖いじゃんアイツ」

「怒られますよ……」

 

 クロノアが苦笑を浮かべた。

 

「やっぱり、こういうのは貴方が適任だったように思いますね」

「やめろよ。俺が出て行くとか、観客は意味わからんだろ」

「こっそりランクに登録してるじゃないですか」

「それはいざという時の方便。俺は人前に出るのが苦手なんだ。こう見えてあがり症で、大勢に見られると緊張してしまう」

「よくしゃあしゃあとそんなこと言えますね……後ろから操るのが好きなだけでしょう」

「ひでぇな。お前にゃ、そんな風に映ってたのか?」

「だって、人を試すのは得意でしょう?」

 

 マスターは煙草をくわえたまま、クロノアの目をじっと見た。やがて、彼の口元が不敵に歪む。

 

「そうだな……昔取った杵柄っつーか、騙すとか欺くとかカモにするとか、そういうのは得意でね」

「……頼りにしてますよ」

 

 クロノアの呆れたような言葉に、マスターはにっと笑う。

 そこへ、どっと喝采が湧いた。

 

 見れば、ドロシーがうずくまるように片膝をついていた。

 場外判定。どうやらここに来て、ゴライアスが一矢報いることに成功したようだ。

 

「やるじゃねえかゴライアス……ほんじゃ、そろそろ行くわ。また後でな」

「ああそうだ、トラヴィス。貴方に言いたいことがあったんです」

「おん?」

 

 名前を呼ばれて、マスターが振り返る。肩越しに視線が合うと、クロノアがこう言った。

 

「生前、父がお世話になりました。その節はありがとうございます」

 

 マスターは瞬きを止めて、しばし黙していた。

 やがて、煙草を口から離して、ポリポリと頬を掻く。

 

「今さらどした? 何でこのタイミングなの?」

「いえ、別に……この前、ある人に同じ言葉を言ったので」

「……。世話になったのは、むしろ俺の方だと思うがな……あのとき俺がアイツを止めていたら、未来は変わっていたような気がする」

「そうですかね。遅かれ早かれ、結末は同じだったと思いますよ」

「あらら。冷たいのね」

「一人の人間にできることなんて限られてます。だから、自分一人の力で状況が変えられるなんて発想は、思い上がり以外の何物でもないと僕は思いますよ」

「……それ、俺に言ってるの? それとも親父の方か? あるいは自分自身に言い聞かせてんの?」

「さあ。どうでしょう」

 

 クロノアは答えなかった。いや、わざと答えなかったのだろう。

 マスターは煙草をピンと指で弾くと、ブーツの下でもみ消した。

 

「俺さ。お前が成長したら、『やれやれ、お前も少し親父に似てきたな』とか言うのが、ささやかな夢だったんだぜ。ローランに後を託された身としてな」

「すみませんね。貴方の夢が叶えられそうもなくて」

 

 微かに笑ったクロノアの横顔を見て、マスターは半笑いを浮かべながら、踵を返した。

 

「やれやれ。ドロシー然り、ホント最近のガキは可愛げがないねぇ......」

 

 

    *

 

 

爆ぜよ(エクスプロジオン)

 

 瞬間、空間に浮かび上がった無数の球体が小刻みに震えだす。琥珀色の閃光が炸裂して、轟音と共に次々爆発が生じ、火花が枝垂れの如く散っていく。

 

 しかし――

 

 立ちこめる黒煙流の中、ドロシーの視界に、唐突にソレは飛び込んできた。

 

「つっ!!」

 

 剣圧。

 振り下ろすと同時に、大地を削りながら猛進した真空の刃がドロシーの頬をかすめ、わずかに血が伝った。

 

「くそ……しくった」

「油断してる場合か?」

「!!」

 

 煙幕の帳を破り、ドロシーの正面にぬっと姿を現したゴライアス。勢いそのままに、高速の剣舞を披露する。

 

 やはり、戦斧(バトルアックス)の時とは、スピードが段違いだ。

 一閃二閃三閃――驟雨(しゅうう)の如く、目にも止まらぬ早さで繰り出される猛攻を、ドロシーは紙一重の差でかわしていく。

 

 装備変更が功を奏したと言っていい。

 防御を捨ててでも、アジリティを優先し、力押しで粉砕するという彼の狙いどおり、事実ドロシーは付いていくのが精一杯で、反撃の(いとま)すら与えてもらえない。その表情にも、じわりじわりと疲労の色が見え始めた。

 

 無理もない。

 単純なスタミナ勝負で、魔法使いが戦士にかなうはずがない。

 

 大きくバックステップを刻み、低姿勢から立ち上がろうとしたそのとき、彼女の身体がぐらついた。しゃがんだ瞬間、翻った自分のマントに足を取られたのだ。

 当然、この隙をゴライアスが見逃すはずもなく――

 

(シルト)!!」

 

 振り下ろされたロングソード。

 片膝をついた彼女を覆うように、半円状に展開した守護結界。

 

 剣と盾がぶつかり合うと同時、耳をつんざくような金属音が散って、大地へ波紋の如き衝撃が走った。

 

 両手で剣を握りしめ、盾を破らんとするゴライアス。

 右手を差し出し、迫り来る剣を押し返さんとするドロシー。

 

「ぐぬぬぬぬ……!!」

「……くっ……」

 

 両者譲らず。

 押しつ押されつの拮抗が続くも、やがてドロシーの右手が小刻みに震え出す。

 

 バリアを不必要に展開しすぎたな、と俺は思う。

 防御魔法は展開範囲が大きくなればなるほど、それに反比例して、全体の耐久力は低下する。ゆえに、展開範囲全てに均一の耐久力を保持するためには、魔力を湯水の如く注ぎ込む必要がある。

 

 一点強化が防御魔法の鉄則、と言われるのはこのためだ。

 魔力が有限である以上、必要最小限の範囲で、防御力を最大限にまで高めるのが、戦略上一番賢いのは、算数ができる人間なら誰でも理解できるだろう。

 

 当然、ドロシーとてそのことはわきまえているが、ゴライアス相手のスピード勝負でそれを求めるのは酷に過ぎる。いかな天才魔術士と言えど、万能の神ではない。

 むしろそこまで読み通して、柔軟に戦術を変えてきたゴライアスの洞察力にこそ驚嘆すべきだろう。

 

 バリアに亀裂が走る。限界は近い。

 さすがのドロシーもここまでかと思ったそのとき、彼女はぴたりと左手を地面に添えた。

 

轟け(ブリッツ)

 

 二重魔法。

 バチバチと電流が弾けると同時、カッと光が瞬いて、上空より雷撃が打ち落とされる。

 

 ゴライアスは即座に剣を引き、後方へと飛び退く。間一髪で回避するも、息つく時間すら許さず、ドロシーが畳みかけた。

 

駆け抜けよ(シュトルムヴィント)

 

 強烈な突風が牙を剥き、ゴライアスの身体に襲いかかる。

 

 ゴライアスは咄嗟に剣を盾にし、その場で踏ん張るも、めり込んだ足場が一秒、二秒と時を刻むと共に、後ろへ削られていく。

 それを見たドロシーが、ここが勝負所だとばかりに、魔力を注ぎ込む。ゴライアスもまた懸命に歯を食いしばる。

 

 場外に吹き飛ばされるのは、よもや時間の問題と誰もが思ったそのとき、ゴライアスの身体からフツフツとオーラのような闘気がほとばしった。

 

「まだだ……まだこんなところで……やられる訳にはいかんのだ!!!」

 

 するとどういう訳か、彼の剣が命を吹き返したように躍動し、風の束を一閃した。いや違う。剣圧でかき消したのだ。

 

 起死回生のカウンター。

 放たれた衝撃波が音の速さで戦場を駆け抜け、彼方のドロシーを呑み込まんとする。

 

「やば――」

 

 チリッと大気が潰れるような音がして、ドロシーの紅い髪の切れ端が宙を舞う。

 刹那、巨人の足踏みのような重低音が響いて、時間差で後方の壁が真一文字に刻まれ抉られ粉砕され、音を立てて崩れた。

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