勇者にはなれない   作:高円寺南口

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9 右手には花束を、左手にはダガーを

「なんだありゃ……一瞬ゴライアスの身体が光ったように見えたが」

 

 マヌケな面を浮かべる俺を見て、エルがピンと人差し指を立てた。

 

「ああ……アレは、気合いだよ」

「気合い?」

「一流の戦士は、戦いの中で感覚が限界まで研ぎ澄まされると、ああやって自身の闘気がフツフツと体外へ溢れ出すんだ。元々はオークの戦士の技術だったそうだが……いわゆるゾーンに入ったってヤツさ。結果、凄まじい怪力を発揮することができるのさ」

「……」

 

 なんかようわからんが、要は火事場の馬鹿力みたいなもんらしい。

 魔術的に言うと、オドの解放か? 戦士も魔法使いも、平たく言えば力の源泉は同じって理論は聞いたことがあるが……

 

 しかし気合いって……そんな簡単に片付けられる戦闘技術に見えんかったぞ。

 自身のスキルに一切ロジックを求めず、感覚的な言葉で間に合わせてしまうのが、いかにも戦士らしいと言えば戦士らしいな……

 

「ニケ。それよりも」

「ああ――」

 

 無惨に崩れた演習場の壁へ視線を移し、俺は目を細めた。

 

「決まった……のか?」

 

 バトルフィールドの端にいた彼女が、ゴライアスのあの一撃をしのぎきれたとは思えない。場外に出されたとなれば、二度目の場外判定で、軍配はゴライアスに上がる訳だが……

 

 風が凪ぎ、砂塵が少しずつ晴れていく中、誰もがドロシーの姿を追い求めていた。

 ふと、戦場の中心に佇むゴライアスに視線を移す。彼は両目を瞑り、ふーっと大きく息を吐き出した。

 

「驚いたな……あの一撃をいなすとは――」

 

 見開いた彼の視線の先には、ドロシーがいた。

 

 左手で右腕を抑え、呼吸が乱れているように見える。ハットは風に飛ばされ、マントはすり切れていた。観客に動揺が走る。

 

「嘘だろ……しのいだのか?」

「くっ、しぶとい奴だ」

「しかしどうやって……」

 

 ざわめきの波紋が、刻一刻と広がっていく。

 

「風魔法か? 咄嗟に同程度のエネルギーをぶつけて、力ずくで軌道を変えた――そんなとこか」

「……」

「まあ何にせよ、ノーモーションでそんな芸当ができるとは、正直信じがたいね。大したものだ。君は私の中にある魔術士の常識を、いとも簡単に塗り替えてくれる」

「そうでもないわ……おかげで右腕が使い物にならなくなった」

 

 ドロシーが右手をプラプラさせる。

 なるほど、ゴライアスの一撃を強引にいなした代償は大きかったようだ。

 

「回復しないのか? 君ほどの魔術士だ。当然、白魔法の心得もあるんだろう」

「……」

「もっとも、回復に使えるだけの魔力は、もう残っていないと言った方が正しいのかもしれんが」

 

 その一言に、観衆が瞬きを止める。

 相変わらず不遜な表情のドロシーを見ながら、ゴライアスは続けた。

 

「序盤からあれほど魔法を多用していたのだから、無理もない……それも、燃費の悪いウイッチクラフトなら、なおさら当然の結果といえよう」

 

 会場に混乱の波が広がる。

 隣のエルが、「どういうことなんだ?」と俺に尋ねた。

 

「……ウイッチクラフトは、詠唱速度や魔法の再現性において、極めて優秀な技術だが、一つだけ弱点がある。魔力消費が大きいんだ」

 

 膝の上で両手を組み、俺は言った。

 

「理由は、発動に使用する魔力を、オドだけでなくマナにも依存しているから……詠唱を基本とする東洋魔術と比較して、2倍から3倍の魔力を使わざるを得ないんだ。中級以上の魔法や、多重詠唱をあれだけ使えば、いくらドロシーとはいえ、早急にケリをつけないと、こうなる結果は見えてたってコトさ」

 

 ドロシーはマントを脱ぎ捨てると、ハットを被り直す。

 

「ふーん……知ってたのに、持久戦に持ち込まなかったのはどうしてかしら?」

「決まってるだろう。そんな勝ち方をしても、つまらないからだよ」

「優しいのね。意味わかんないけど」

「騎士道とはそういうものさ」

 

 ゴライアスは両手で剣を握り、上段に構える。突撃の姿勢だ。

 

「実に名残惜しいが……決着の時は近い」

 

 ドロシーが、宙に浮いていたワンドを左手でパシッと掴む。

 両者にらみ合って、いよいよ次の一幕で決着するという予感に、観客は固唾を呑む。

 

「参る――」

 

 ゴライアスが踏み込み、ドロシー目がけて駆け出す。

 そのときドロシーが微かに笑っているように見えたのは、たぶん俺の気のせいじゃなかった。

 

 

    *

 

 

 投げられた勝負の賽。

 その結末に、観客はしばし茫然として言葉を失っていた。

 

「え? おい……何がどうなってんだ……?」

 

 ざわざわとした空気が、瞬く間に伝染していく。

 当然だろう。今目の前に広がっている光景は、人々の予想を大きく裏切るものだったから。

 

 止まっていた。

 ゴライアスの剣は、ドロシーに達しようとする手前でピタリと止まり、そこから微動だにしなかった。

 

「決まったな……おい何やってんだ魔法使い! さっさと負けを認めやがれ!」

「そうだそうだ! ゴライアスが手心を加えてやったんだから、感謝しろよ!」

「ったく、甘い奴だぜゴライアスも……ヒーラーもいるんだし、とどめを刺しちまえばよかったんだ」

 

 気の早い連中が、ゴライアスがわざとそうしたのだとばかりに、盃を交わし始める。

 

 つくづく見る目のない連中だ。

 手心? 甘い? 何言ってんだバカが……アレはそんなんじゃねえよ。

 

 止めたんじゃない。()()()()()()()――

 

「これは一体――なぜだ……どうして」

 

 ゴライアスは抵抗するも、見えない鎖に縛られたかが如く、剣は静止を続けたまま。

 ワンドをゴライアスに向けたまま、ドロシーがクスリと笑った。

 

「なぜ? そんなの減退魔法(デバフ)に決まってるじゃない」

「デバフ……だと?」

「貴方の身体を拘束したのよ。一切の身動きができなくらいに、強くね」

「くっ……いつの間に」

「貴方が勝ち誇ったように、ご講釈垂れてる時によ。悪いけど、私は貴方ほど優しくないの」

「嘘だ……こんなことが」

 

 すると、ドロシーの左腕にメイスが顕現。

 次の瞬間、彼女はこれでもかというくらいに、ゴライアスの横腹を激しくどついた。たまらず、ゴライアスがえづく。

 

「受け身が取れないと、こんなにも痛みが響くなんて知らなかったでしょ? どう? 出来の悪い頭でも、嘘じゃないって理解できた?」

「……なぜだ。魔力はもう、使い果たしたはずでは……」

「魔力? ああ……簡単な話よ。なくなったんなら、ある所から奪ってこればいいじゃない」

 

 そう言ったドロシーの瞳は、紅く妖艶な輝きを放っているように映った。その美しさの余り、見る者を(とりこ)にしてしまう神秘の魔石のような……

 

 すると突然、俺の隣に座っていたエルが、苦しそうに胸を抑える。

 

「……エル? おいどうしたんだ?!」

「わからん……息苦しくて」

 

 様子がおかしいのは、エルだけでなかった。周囲を見渡せば、会場のそこかしこで、観客の大勢が苦悶の表情でうつむいている。

 ドロシー、あいつ一体何を……

 

「さてと。それじゃ、とどめといきましょうか」

 

 ドロシーはワンドを高々と天空に掲げる。そして、馴染みのない言語で詠唱を始めた。

 相転移を意味する逆三角形の巨大魔法陣が、蒼く瞬くほどに、強く輝きを増していく――

 

「オイ。何だよ……あれ」

 

 雲が逆巻き、光が陰った上空に、次々と浮かび上がった巨大な氷の剣に、観客は一様に言葉を失った。

 

 大規模魔法陣の構築に、ここに来てはじめての詠唱解放――

 

 間違いない。アレは、()()()()だ。

 

「ドロシーダメよ! すぐに術を解除しなさい! さもないと――」

「ああん?」

 

 血相を変えて叫んだアリシアを、ドロシーはじろりとにらんだ。

 

「当たれば死ぬかも、って言いたいの? 寒い冗談やめてよ……この程度でくたばるんなら、ハナから魔王に挑む器じゃなかったってことでしょ。それに」

 

 不敵に笑って、彼女が言った。

 

「『本気で来い』って言ったの、コイツじゃん」

「この――!」

 

 ドロシーがワンドを振り下ろす。アリシアが咄嗟に駆け出す。デバフで拘束されたゴライアスは、膝を着くことすら許されず、その場に立ち尽くしている。

 

 すでに加速を始めた無数の氷の刃は、もはや誰にも止めることができず、ゴライアスを真っ直ぐに射貫こうとする。

 

 観客が目を覆う。悲鳴が走る。そのときだった。

 

 勇者が、動いた。

 

 

    *

 

 

 彼がいつ動いたのか、それは誰にもわからない。

 気付くと勇者はゴライアスの前に立ち、鞘から抜き放った黒刀ブリュンヒルデを、常人の認知を超える速度で動かした。

 

「――」

 

 音は無い。否、音が来るより先に、事は終わっていた。

 風が吹いたその刹那、十をも超える氷の刃が、縦横無尽に微塵に次々両断され、タイミングを合わせたかのように、バラバラと一斉に砕け散った。

 

 快刀乱麻を断つ――眼前で繰り広げられた超絶技巧に、誰もが絶句する。

 神速の剣さばき。氷の欠片が光を反射して、キラキラと輝いては、花びらのように宙を舞っていた。

 

 唖然とした観衆を尻目に、勇者はただ一人、涼しげな面持ちでいる。

 黒髪が風に揺れ、剣を鞘へと仕舞う音が、凜とこだました。

 

「す、すげぇ……」

 

 沈黙を破り、堰を切ったかのように、観客がどっと快哉を叫んだ。

 

「マジかよ! 信じらんねえ!

「上級魔法を、剣一つで……バケモンだ……」

「見たかお前ら! これが英雄ローランの血を引く、アヴァロニアの勇者だ!!」

 

 鳴り響く拍手喝采、おさまることのない人々の称賛。

 俺が何より驚いたのは、クロノアがあの一瞬で、ゴライアスだけでなく観客にも被害を及ぼさないよう、剣をさばいたことだ。

 まるで、この出来事を起こるのを予見していたかのような、淀みのない動き……到底人間業とは思えない。

 

 俺の後ろから、小さな男の子と女の子が駆けてきて、フェンスから身を乗り出し、バトルフィールドの中のヒーローに向かって叫ぶ。

 

「勇者さま、カッコいい~~~っ!!」

 

 ざわめきの中心に居並ぶ、勇者と戦士、神官と魔法使い。

 真っ先に口を開いたのは、ドロシーだった。

 

「ちょ、ちょっとクロノア! あんた勝手に何やってんのよ。こんなの――」

「ご心配なく、ドロシー。この勝負、貴方の勝利です……アリシア。それにゴライアスも、異論はありませんね」

 

 勇者の言葉に、神官と戦士はうなずく。

 一方は力強く、他方は力なく。

 

「すまないクロノア……お前の手を煩わせてしまって」

「……。アリシア、すぐにゴライアスの治療を」

 

 アリシアがゴライアスの元に駆け寄って、治癒術を行使する。

 クロノアは、彼方のドロシーを真っ直ぐ見つめて、やがてこう言った。

 

「ドロシー、君は確かに強い。だが……その心には、浅からぬ闇があるようだ」

 

 ドロシーはハッとしたような顔を浮かべ、うつむき加減に唇を噛んだ。

 

「何よ……あんたに私の、何がわかるって言うのよ……」

 

 クロノアは沈黙したまま。やがて踵を返し、その場を後にする。

 アリシアが「此度の御前試合、勝者は魔法使いドロシーです! 皆さん、両者の健闘に盛大な拍手をお願いします~!!」とアナウンスする。

 

「いい勝負だった! ハラショー!!」

「ゴライアスもナイスファイト! お疲れさま!!」

「お前らなら魔王を倒せるぜ! 頼むぞ!!」

「ったく、勇者がいなかったらどうなってたんだよ……ヒヤヒヤしたぜ」

「ホントそれな」

 

 様々な声が飛び交う中、俺はふと会場を後にしようとしていたドロシーの背中を見つめる。

 

 その背中は、勝利の栄光を掴んだ者とは思えず、なぜだろう。

 少し哀しみの色が混じっているようにも映った。

 

 

    *

 

 

「しかし参ったね……こうもクロノアが予見したとおりの展開になるとは」

 

 薄暗い夜半の境界に、淡々とした男の声色が響く。

 クロノアは黙したまま、やがて教壇の女性を一瞥した。

 

「ゴライアスの容態はどうですか?」

「んー大丈夫よ。外傷は大したことない。あの程度で心折られるようなタイプでもないし、今頃ベッドの上で、もっと精進せねばとかブツブツ言ってるわよ」

「そうですか……それは安心しました」

「それより、問題はドロシーの方でしょ」

 

 教壇に尻をつき、足をプラプラさせながら、ためらいがちに、彼女は言った。

 

「ねえクロノア……本当に、アイツに任せるつもりなの?」

「ええ。意見を変えるつもりはありません」

 

 女性はため息をつき、視線を落とした。

 

「言っておくけど、私はやっぱり反対だからね。あの子は絶対、私の監視が行き届く所に置いた方がいい。今日だって、見たでしょ。あの力は、間違いなくホンモノだわ。人外よ……」

「んなこと、クロノアだってわかってんだよ」

「でも! だからって、何でアイツなのよ……アイツはもう、とっくに――」

「そうか? 俺は悪くねえ人選だと思うけどな。第一、俺らの下に置くって言ったって、ドロシーは素直に飼い慣らされるようなタマじゃねえ。むしろここは、好きに泳がせてやった方が得策だと思うぜ」

「はあ? そんな、無責任な……」

「いいかアリシア。どういう未来を選んだって、リスクはゼロじゃねんだ。だったら勝負するしかねえだろ。早い話が、ギャンブルと一緒だ。勝てば上等、負ければその時――びびって何もしないのが、勝負師としては一番の下策なのさ」

「呆れた……あんたのイカれた脳味噌は、私の治癒術でも治せそうにないわ」

「どういたしまして。多少アタマがぶっ飛んでるくらいじゃないと、魔王を倒すなんて無理難題に、喜び勇んで乗り出したりしねえからな」

 

 そう言うと、男はポケットから煙草を取り出し、火を付けた。

 

「おいコラ。ここ教会だっつーの。神聖なる空間で、喫煙すんな」

「神官のくせに、偉そうに教壇に座ってる、行儀の悪いお前に言われたくないんだが……」

 

 男は口から大きく煙を吐き出し、クロノアの方を見て言った。

 

「でもよクロノア。本当に、これでいいんだな? 言っとくけど、ここが分岐点(セーブポイント)だぜ。ここから先は、どれだけ悔やんでも、やり直すことなんてできねえぞ」

「承知の上です」

 

 きっぱりとしたクロノアの言葉に、男は半笑いを浮かべた。

 

「お前が腹括ってるんなら、それでいい。ゴクツブシもここ最近いろいろ嗅ぎ回ってるみたいだし、都合が良いことに、ドロシーと概ね利害は一致している。何より、特定の誰かを切り捨てないって選択が、お前らしくていいんじゃねえか。正義の味方にふさわしい決断だ」

「甘いんじゃないの? そーいうの」

「お前ちょっと黙ってろ。人が珍しく良い話してんのに、水差すな」

 

 またしても、不毛な言い争いを始める二人。クロノアは一人微かに、相好を崩した。

 深く瞳を閉じてから、勇者が言う。

 

「彼を動かすのなら、なるべく早い方がいい。頼みますよ、トラヴィス」

 

 二人の視線がクロノアの方を向く。

 ギルドマスターは煙草をくわえたまま、やがて不敵に口元を歪めた。

 

「任せとけ。昔から、()()()()()は得意なんだ」

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