「なんだありゃ……一瞬ゴライアスの身体が光ったように見えたが」
マヌケな面を浮かべる俺を見て、エルがピンと人差し指を立てた。
「ああ……アレは、気合いだよ」
「気合い?」
「一流の戦士は、戦いの中で感覚が限界まで研ぎ澄まされると、ああやって自身の闘気がフツフツと体外へ溢れ出すんだ。元々はオークの戦士の技術だったそうだが……いわゆるゾーンに入ったってヤツさ。結果、凄まじい怪力を発揮することができるのさ」
「……」
なんかようわからんが、要は火事場の馬鹿力みたいなもんらしい。
魔術的に言うと、オドの解放か? 戦士も魔法使いも、平たく言えば力の源泉は同じって理論は聞いたことがあるが……
しかし気合いって……そんな簡単に片付けられる戦闘技術に見えんかったぞ。
自身のスキルに一切ロジックを求めず、感覚的な言葉で間に合わせてしまうのが、いかにも戦士らしいと言えば戦士らしいな……
「ニケ。それよりも」
「ああ――」
無惨に崩れた演習場の壁へ視線を移し、俺は目を細めた。
「決まった……のか?」
バトルフィールドの端にいた彼女が、ゴライアスのあの一撃をしのぎきれたとは思えない。場外に出されたとなれば、二度目の場外判定で、軍配はゴライアスに上がる訳だが……
風が凪ぎ、砂塵が少しずつ晴れていく中、誰もがドロシーの姿を追い求めていた。
ふと、戦場の中心に佇むゴライアスに視線を移す。彼は両目を瞑り、ふーっと大きく息を吐き出した。
「驚いたな……あの一撃をいなすとは――」
見開いた彼の視線の先には、ドロシーがいた。
左手で右腕を抑え、呼吸が乱れているように見える。ハットは風に飛ばされ、マントはすり切れていた。観客に動揺が走る。
「嘘だろ……しのいだのか?」
「くっ、しぶとい奴だ」
「しかしどうやって……」
ざわめきの波紋が、刻一刻と広がっていく。
「風魔法か? 咄嗟に同程度のエネルギーをぶつけて、力ずくで軌道を変えた――そんなとこか」
「……」
「まあ何にせよ、ノーモーションでそんな芸当ができるとは、正直信じがたいね。大したものだ。君は私の中にある魔術士の常識を、いとも簡単に塗り替えてくれる」
「そうでもないわ……おかげで右腕が使い物にならなくなった」
ドロシーが右手をプラプラさせる。
なるほど、ゴライアスの一撃を強引にいなした代償は大きかったようだ。
「回復しないのか? 君ほどの魔術士だ。当然、白魔法の心得もあるんだろう」
「……」
「もっとも、回復に使えるだけの魔力は、もう残っていないと言った方が正しいのかもしれんが」
その一言に、観衆が瞬きを止める。
相変わらず不遜な表情のドロシーを見ながら、ゴライアスは続けた。
「序盤からあれほど魔法を多用していたのだから、無理もない……それも、燃費の悪いウイッチクラフトなら、なおさら当然の結果といえよう」
会場に混乱の波が広がる。
隣のエルが、「どういうことなんだ?」と俺に尋ねた。
「……ウイッチクラフトは、詠唱速度や魔法の再現性において、極めて優秀な技術だが、一つだけ弱点がある。魔力消費が大きいんだ」
膝の上で両手を組み、俺は言った。
「理由は、発動に使用する魔力を、オドだけでなくマナにも依存しているから……詠唱を基本とする東洋魔術と比較して、2倍から3倍の魔力を使わざるを得ないんだ。中級以上の魔法や、多重詠唱をあれだけ使えば、いくらドロシーとはいえ、早急にケリをつけないと、こうなる結果は見えてたってコトさ」
ドロシーはマントを脱ぎ捨てると、ハットを被り直す。
「ふーん……知ってたのに、持久戦に持ち込まなかったのはどうしてかしら?」
「決まってるだろう。そんな勝ち方をしても、つまらないからだよ」
「優しいのね。意味わかんないけど」
「騎士道とはそういうものさ」
ゴライアスは両手で剣を握り、上段に構える。突撃の姿勢だ。
「実に名残惜しいが……決着の時は近い」
ドロシーが、宙に浮いていたワンドを左手でパシッと掴む。
両者にらみ合って、いよいよ次の一幕で決着するという予感に、観客は固唾を呑む。
「参る――」
ゴライアスが踏み込み、ドロシー目がけて駆け出す。
そのときドロシーが微かに笑っているように見えたのは、たぶん俺の気のせいじゃなかった。
*
投げられた勝負の賽。
その結末に、観客はしばし茫然として言葉を失っていた。
「え? おい……何がどうなってんだ……?」
ざわざわとした空気が、瞬く間に伝染していく。
当然だろう。今目の前に広がっている光景は、人々の予想を大きく裏切るものだったから。
止まっていた。
ゴライアスの剣は、ドロシーに達しようとする手前でピタリと止まり、そこから微動だにしなかった。
「決まったな……おい何やってんだ魔法使い! さっさと負けを認めやがれ!」
「そうだそうだ! ゴライアスが手心を加えてやったんだから、感謝しろよ!」
「ったく、甘い奴だぜゴライアスも……ヒーラーもいるんだし、とどめを刺しちまえばよかったんだ」
気の早い連中が、ゴライアスがわざとそうしたのだとばかりに、盃を交わし始める。
つくづく見る目のない連中だ。
手心? 甘い? 何言ってんだバカが……アレはそんなんじゃねえよ。
止めたんじゃない。
「これは一体――なぜだ……どうして」
ゴライアスは抵抗するも、見えない鎖に縛られたかが如く、剣は静止を続けたまま。
ワンドをゴライアスに向けたまま、ドロシーがクスリと笑った。
「なぜ? そんなの
「デバフ……だと?」
「貴方の身体を拘束したのよ。一切の身動きができなくらいに、強くね」
「くっ……いつの間に」
「貴方が勝ち誇ったように、ご講釈垂れてる時によ。悪いけど、私は貴方ほど優しくないの」
「嘘だ……こんなことが」
すると、ドロシーの左腕にメイスが顕現。
次の瞬間、彼女はこれでもかというくらいに、ゴライアスの横腹を激しくどついた。たまらず、ゴライアスがえづく。
「受け身が取れないと、こんなにも痛みが響くなんて知らなかったでしょ? どう? 出来の悪い頭でも、嘘じゃないって理解できた?」
「……なぜだ。魔力はもう、使い果たしたはずでは……」
「魔力? ああ……簡単な話よ。なくなったんなら、ある所から奪ってこればいいじゃない」
そう言ったドロシーの瞳は、紅く妖艶な輝きを放っているように映った。その美しさの余り、見る者を
すると突然、俺の隣に座っていたエルが、苦しそうに胸を抑える。
「……エル? おいどうしたんだ?!」
「わからん……息苦しくて」
様子がおかしいのは、エルだけでなかった。周囲を見渡せば、会場のそこかしこで、観客の大勢が苦悶の表情でうつむいている。
ドロシー、あいつ一体何を……
「さてと。それじゃ、とどめといきましょうか」
ドロシーはワンドを高々と天空に掲げる。そして、馴染みのない言語で詠唱を始めた。
相転移を意味する逆三角形の巨大魔法陣が、蒼く瞬くほどに、強く輝きを増していく――
「オイ。何だよ……あれ」
雲が逆巻き、光が陰った上空に、次々と浮かび上がった巨大な氷の剣に、観客は一様に言葉を失った。
大規模魔法陣の構築に、ここに来てはじめての詠唱解放――
間違いない。アレは、
「ドロシーダメよ! すぐに術を解除しなさい! さもないと――」
「ああん?」
血相を変えて叫んだアリシアを、ドロシーはじろりとにらんだ。
「当たれば死ぬかも、って言いたいの? 寒い冗談やめてよ……この程度でくたばるんなら、ハナから魔王に挑む器じゃなかったってことでしょ。それに」
不敵に笑って、彼女が言った。
「『本気で来い』って言ったの、コイツじゃん」
「この――!」
ドロシーがワンドを振り下ろす。アリシアが咄嗟に駆け出す。デバフで拘束されたゴライアスは、膝を着くことすら許されず、その場に立ち尽くしている。
すでに加速を始めた無数の氷の刃は、もはや誰にも止めることができず、ゴライアスを真っ直ぐに射貫こうとする。
観客が目を覆う。悲鳴が走る。そのときだった。
勇者が、動いた。
*
彼がいつ動いたのか、それは誰にもわからない。
気付くと勇者はゴライアスの前に立ち、鞘から抜き放った黒刀ブリュンヒルデを、常人の認知を超える速度で動かした。
「――」
音は無い。否、音が来るより先に、事は終わっていた。
風が吹いたその刹那、十をも超える氷の刃が、縦横無尽に微塵に次々両断され、タイミングを合わせたかのように、バラバラと一斉に砕け散った。
快刀乱麻を断つ――眼前で繰り広げられた超絶技巧に、誰もが絶句する。
神速の剣さばき。氷の欠片が光を反射して、キラキラと輝いては、花びらのように宙を舞っていた。
唖然とした観衆を尻目に、勇者はただ一人、涼しげな面持ちでいる。
黒髪が風に揺れ、剣を鞘へと仕舞う音が、凜とこだました。
「す、すげぇ……」
沈黙を破り、堰を切ったかのように、観客がどっと快哉を叫んだ。
「マジかよ! 信じらんねえ!
「上級魔法を、剣一つで……バケモンだ……」
「見たかお前ら! これが英雄ローランの血を引く、アヴァロニアの勇者だ!!」
鳴り響く拍手喝采、おさまることのない人々の称賛。
俺が何より驚いたのは、クロノアがあの一瞬で、ゴライアスだけでなく観客にも被害を及ぼさないよう、剣をさばいたことだ。
まるで、この出来事を起こるのを予見していたかのような、淀みのない動き……到底人間業とは思えない。
俺の後ろから、小さな男の子と女の子が駆けてきて、フェンスから身を乗り出し、バトルフィールドの中のヒーローに向かって叫ぶ。
「勇者さま、カッコいい~~~っ!!」
ざわめきの中心に居並ぶ、勇者と戦士、神官と魔法使い。
真っ先に口を開いたのは、ドロシーだった。
「ちょ、ちょっとクロノア! あんた勝手に何やってんのよ。こんなの――」
「ご心配なく、ドロシー。この勝負、貴方の勝利です……アリシア。それにゴライアスも、異論はありませんね」
勇者の言葉に、神官と戦士はうなずく。
一方は力強く、他方は力なく。
「すまないクロノア……お前の手を煩わせてしまって」
「……。アリシア、すぐにゴライアスの治療を」
アリシアがゴライアスの元に駆け寄って、治癒術を行使する。
クロノアは、彼方のドロシーを真っ直ぐ見つめて、やがてこう言った。
「ドロシー、君は確かに強い。だが……その心には、浅からぬ闇があるようだ」
ドロシーはハッとしたような顔を浮かべ、うつむき加減に唇を噛んだ。
「何よ……あんたに私の、何がわかるって言うのよ……」
クロノアは沈黙したまま。やがて踵を返し、その場を後にする。
アリシアが「此度の御前試合、勝者は魔法使いドロシーです! 皆さん、両者の健闘に盛大な拍手をお願いします~!!」とアナウンスする。
「いい勝負だった! ハラショー!!」
「ゴライアスもナイスファイト! お疲れさま!!」
「お前らなら魔王を倒せるぜ! 頼むぞ!!」
「ったく、勇者がいなかったらどうなってたんだよ……ヒヤヒヤしたぜ」
「ホントそれな」
様々な声が飛び交う中、俺はふと会場を後にしようとしていたドロシーの背中を見つめる。
その背中は、勝利の栄光を掴んだ者とは思えず、なぜだろう。
少し哀しみの色が混じっているようにも映った。
*
「しかし参ったね……こうもクロノアが予見したとおりの展開になるとは」
薄暗い夜半の境界に、淡々とした男の声色が響く。
クロノアは黙したまま、やがて教壇の女性を一瞥した。
「ゴライアスの容態はどうですか?」
「んー大丈夫よ。外傷は大したことない。あの程度で心折られるようなタイプでもないし、今頃ベッドの上で、もっと精進せねばとかブツブツ言ってるわよ」
「そうですか……それは安心しました」
「それより、問題はドロシーの方でしょ」
教壇に尻をつき、足をプラプラさせながら、ためらいがちに、彼女は言った。
「ねえクロノア……本当に、アイツに任せるつもりなの?」
「ええ。意見を変えるつもりはありません」
女性はため息をつき、視線を落とした。
「言っておくけど、私はやっぱり反対だからね。あの子は絶対、私の監視が行き届く所に置いた方がいい。今日だって、見たでしょ。あの力は、間違いなくホンモノだわ。人外よ……」
「んなこと、クロノアだってわかってんだよ」
「でも! だからって、何でアイツなのよ……アイツはもう、とっくに――」
「そうか? 俺は悪くねえ人選だと思うけどな。第一、俺らの下に置くって言ったって、ドロシーは素直に飼い慣らされるようなタマじゃねえ。むしろここは、好きに泳がせてやった方が得策だと思うぜ」
「はあ? そんな、無責任な……」
「いいかアリシア。どういう未来を選んだって、リスクはゼロじゃねんだ。だったら勝負するしかねえだろ。早い話が、ギャンブルと一緒だ。勝てば上等、負ければその時――びびって何もしないのが、勝負師としては一番の下策なのさ」
「呆れた……あんたのイカれた脳味噌は、私の治癒術でも治せそうにないわ」
「どういたしまして。多少アタマがぶっ飛んでるくらいじゃないと、魔王を倒すなんて無理難題に、喜び勇んで乗り出したりしねえからな」
そう言うと、男はポケットから煙草を取り出し、火を付けた。
「おいコラ。ここ教会だっつーの。神聖なる空間で、喫煙すんな」
「神官のくせに、偉そうに教壇に座ってる、行儀の悪いお前に言われたくないんだが……」
男は口から大きく煙を吐き出し、クロノアの方を見て言った。
「でもよクロノア。本当に、これでいいんだな? 言っとくけど、ここが
「承知の上です」
きっぱりとしたクロノアの言葉に、男は半笑いを浮かべた。
「お前が腹括ってるんなら、それでいい。ゴクツブシもここ最近いろいろ嗅ぎ回ってるみたいだし、都合が良いことに、ドロシーと概ね利害は一致している。何より、特定の誰かを切り捨てないって選択が、お前らしくていいんじゃねえか。正義の味方にふさわしい決断だ」
「甘いんじゃないの? そーいうの」
「お前ちょっと黙ってろ。人が珍しく良い話してんのに、水差すな」
またしても、不毛な言い争いを始める二人。クロノアは一人微かに、相好を崩した。
深く瞳を閉じてから、勇者が言う。
「彼を動かすのなら、なるべく早い方がいい。頼みますよ、トラヴィス」
二人の視線がクロノアの方を向く。
ギルドマスターは煙草をくわえたまま、やがて不敵に口元を歪めた。
「任せとけ。昔から、