勇者にはなれない   作:高円寺南口

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幕間①

「すみませんねえ、ご主人。こんな三文芝居に付き合わせちまって」

 

 三番街の居酒屋。

 かのローランが足繁く通っていたという、1階のバーカウンターに腰掛けたマスターは、煙草に火を付けながら言った。

 

「結果として、あなたにまでご迷惑をおかけしてしまったことは詫びます。だがこうでもしなきゃ、あの腰の重い男を動かすのは無理だと踏んだもんでしてね」

 

 マスターは紙切れをひょいと指でつかむと、パチンと指を鳴らした。

 支払督促状、と記された書状が、ゆっくりと燃えていく。

 

「あのバカが出て行ってからしばらくして、あなたがウチに来たときは、さすがに驚きましたよ。借金の話が嘘だったことはもちろん、あのバカ息子が旅に出るのを許してやってほしいと、まさかクラインのギルドマスター直々に懇願されるとはね」

 

 マスターはグラスのワインに目を落とし、煙草を口から離して、灰皿に灰を落とした。

 

「本意ではありませんでしたか?」

「そりゃ、親としてはね。もういい年なんだから、魔法はここらで見切りをつけて、まっとうな生き方をしてほしいってのはありますよ。でも、あいつが魔力を失ったとき、どれだけ辛い思いをしたかも知ってますからね。親として、俺はあいつを誰より一番近くで見てきましたから……エルレインと同じくらい」

「エルレイン、というのは……例の、彼の親友ですか?」

「ええ」

 

 皿に盛ったチーズが出されると、マスターは礼を言った。

 

「俺の数少ない友達の(せがれ)で……生まれつき、病弱な子でね。今はだいぶマシになったみたいだけど、子供の頃はほとんど寝たきりで……それをウチのバカが、しょっちゅう通ってはしょうもない話を延々してたみたいでね。エルレインは優しい子だから、未だに当時のことを恩義に感じていて、アイツが色々あってからも、頻繁にウチに様子を見に来てくれてたんですよ」

「そうだったんですか……息子さんは良き友人に恵まれましたね」

「まったく。昔からあのバカの近くには、不思議と善人が集まるんですよ。アイツ自身がクズだから、余計に善人さが際立つ」

 

 笑っていいのか笑ってはいけないところなのか、判断が難しい冗談を言うところは、息子とよく似ているなとマスターは思った。

 チーズをかじり、グラスのワインに一口つけると、彼は言った。

 

「……最後、息子さんは何か言ってましたか?」

「別に……なんか珍しくしおらしいこと言ってたけど、もう忘れちまったな。今となっては、すぐに音を上げて帰ってこないことを祈るばかりだよ」

 

 マスターは苦笑を浮かべる。

 居酒屋の主人はグラスを丁寧に磨きながら、嘆息混じりに言った。

 

「まあ何にせよ、賽は投げられちまった訳だ……俺には難しいことはよくわからんが、あんなバカ息子でも、勇者さまのお役に立てるというなら、いくらでも使ってやってくださいよ。アイツはどうせブツクサ文句垂れるんでしょうけど、俺は許可しますんで」

「ありがとうございます。今回の件は、すでにお伝えしたとおり、クロノアの意向もあるんですけど……私自身の希望でもあるんです」

 

 居酒屋の主人が顔を上げる。

 目が合うと、マスターは言った。

 

「彼という人間を世界という器に浸したとき、そこにどんな化学変化が起きるのか、私はこの目で見てみたいんです。四畳半の小さな世界に閉じこもっていた彼の可能性が、一体どこまで広がりを見せるのかをね……。

 失敗に終わるのか、成功に終わるのか、それは誰にもわからない。わからないけれど、どちらに転んでも、彼自身にとってはプラスになるでしょう。そう考えられるくらいに、人の一生は長い……まだ若い彼には、ピンと来ないかも知れませんがね」

「……買いかぶりすぎじゃないですか」

「いえ。少なくとも、私はそう信じています。こう見えて商売柄、()()()()()には自信がありますんでね」

 

 そう言うと、マスターはグラスに残ったワインをごくりと飲み干した。

 

「もう一杯いただけますか? いいワインですね。少なくとも、俺の店にはない味だ……ローランがこの店に入り浸っていた理由が、何となくわかるような気がしますよ」

 

 居酒屋の主人はふっと笑うと、振り返ってワインセラーの方へ向かう。

 戸を開くと、ふと自分自身を落ち着かせるように、小さく深呼吸した。

 

「やれやれ……随分時間はかかっちまったが、やっと一歩踏み出すことができたじゃねえか。

大バカ野郎が」

 

 目を瞑ると、彼は祈りを捧げるように呟いた。

 

「母さん。アイツの行く末を、どうか見守ってやってくれ……」

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