勇者にはなれない   作:高円寺南口

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14 あの丘を越えて

 それから三日が経過した。どういう因果か、クビになっていない。

 なぜ? なぜなんだろうね。俺が聞きたい。

 

 とりあえずこの三日間で起こったセンシティブな出来事と言えば、ソフィーに「オマエの敬語はなんか気持ち悪いわ。もっと普通に喋ってちょうだい(意訳)」と指摘されたことくらいか。

 

 なので、俺が敬語をやめたのは、打ち解けた途端に急にオラつき始めるという、クソ野郎にありがちな部分を余すことなく発揮したからではない。俺は確かにクソ野郎だが、クソ野郎にも色々種類があるということを、皆様にはご理解いただきたい。

 人はそれを同族嫌悪と言う。

 

 三日目のご奉公が終わったあと、ライラに「正直、感心いたしました」と褒められた。

 何でも今までここに派遣されてきた家庭教師の連中は、皆三日も経たないうちにお嬢様のご機嫌を損ね、早々にお(いとま)をくらったのだと言う(ギルドのお姉さんが言っていたとおりだ)。

 それがどうしたことか、俺が来てからは文句の一つも出ていないらしい。

 

 ハハハ……またまたご冗談を。

 このまま体良く俺を騙して、モンフォール家主催の、社会のクズを集めた一攫千金デスゲームに参加させる魂胆じゃなかろうな。マジでそういうのやっててもおかしくないからな、この一族……

 

「ひとまず、新記録達成ですね」

 

 ライラがくすりと優しく微笑んでくれる。

 そんな風に言われると、ライラに騙されるのならむしろ本望と思ってしまった僕でした。うーんこのチョロ無職……

 

「何か特別なことでもされたのですか?」

 

 特別なことと言われても、別に何もしてない。むしろ良くも悪くも、自然体なのが功を奏したのだろうか……。

 

 実際、この家に取り入るとか取り入らないとか、俺にはクソほどどうでもいいからな。金銭でスッパリ割りきれるビジネスライクな関係も、意外と悪くないどころかむしろ心地良いと思い始めてるまである。

 

「自分が子供だった頃の初心を思い出して、なるべく興味を引くように工夫はしてますけど……そう考えると、子供の頃にアカデミーで受けた退屈極まりない授業も、長い目で見れば役に立っているのかもしれません」

 

 馭者席に座るライラが、ふふっと声を出して笑う。

 馬車の後方に、夕陽を浴びた景色が流れていく。銀杏は黄色く色づき、宵の空気は日増しに冷たくなりつつあるように感じた。

 

「それと、良くも悪くもあきらめてくれたのもあると思いますよ。『どいつもこいつも、偉そうに教師とか名乗ってる割に、大したことないな』って、お嬢さまは達観してしまったんじゃないかと」

「そんなことはないと思いますけど……」

「この三日間接してわかりました。お嬢様は賢い子ですよ。言い方は少しキツい所もありますが、アレはアレで理由があるんだということが、何となく見えてきました」

「……というと?」

「その、何て表現したらいいのかな……頭が良いからこそ、見えなくていい所まで見えてしまうというか……ある種の危うさのようなものも持ち合わせているように感じたんです」

 

 ライラの方を一瞥して、俺は続けた。

 

「彼女の感情の導線がどこにあるのかよくわからなくなるのは、たぶんそういうことなんですよ。あの子はきっと、我々大人が考えている以上に、色んな事を考えながら生きている。そして、自分の中でその整理がついていない。だから、時折何でもないことで、張り詰めた糸がプツンと切れたりするんでしょう。

 要するに、お嬢さまは今大人と子供の中間地点にいるんですよ。他の子供たちより、ずっと早くにね」

 

 などと口ではほざきつつ、内心はいくつになってもクソガキマインドのお前がそれ言うかという寂寥感に満たされていた。

 いい年こいて親のすねをかじって食うメシは旨いか? むろん美味しいです。

 

 秋の夕空にふさわしい、虚しい自責が五臓六腑に染み入る俺をよそに、ライラは何か考えているようだった。

 

「……そうですね。私も子供の頃は、早く大人になりたいって考えてましたから……まあ大人になったらなったで、子供の頃に戻りたいとも思うんですけどね。そういう意味では、人はいつまで経っても、大人にはなりきれないのかな……」

 

 車輪の下で、落ち葉が軋む音がした。

 辺りは少しずつ夜の色に染まり始め、東の空に三日月が見えた。

 

「でも、凄いですねニケさん……こんな短期間で、お嬢さまのそんなところまで見抜いてしまうなんて。少なくとも私には、そういう発想がありませんでしたから……」

「まあ、同じ屋根の下で暮らしてるからこそ、見えないこともあると思うんで。縮尺の大きすぎる地図が、時として役に立たないのと同じですよ」

 

 そんな風に話しているうちに、馬車は麓の市街に到着し、宿の前で停車した。

 馬車を降りると、不意にライラと目が合う。三秒ほどの沈黙を挟んだ後、俺は言った。

 

「ライラさんって、いつもその髪型なんですか?」

「え?」

「あ、いや……毎日編み込むの大変そうだなと思って」

「ああ、これですか……このシニヨンはですね。毎朝お嬢さまが結ってくださるんですよ」

「お嬢さまが?」

 

 あの居丈高な小娘が一体どういう風の吹き回しだと思っているのが、顔に出ていたんだろうか。

 ライラがくすりと微笑した。

 

「ああ見えて、意外と優しい所もたくさんあるんですよ。私、ずっと自分の髪型には無頓着だったんですけど、お嬢さまが『ライラには絶対これが似合う』って譲らないので。いつの間にか、お互いがお互いの髪を結うのが、毎朝の日課になってました」

「へえ……お二人は付き合い長いんですか?」

「かれこれ五年くらいになりますかね……小さい頃は、何をやるにしてもライラ、ライラって、私に懐いてくれて。お嬢さまは、お二人の姉上様と年の離れた末っ子でしたから、余計に私も可愛がってしまって」

「今は可愛くないんですか?」

「え? そんなつもりは……」

「冗談ですよ」

 

 ハハハと笑いながら、内心あのお嬢さまにもそういう時代があったんだなと意外に思った。

 まあ誰だって、昔は子供だったからな……かく言う俺も、昔は可愛い時代があったのだ。それが今やモンスター無職に……どうしてこうなった。

 

「……それでは。明日以降もお嬢さまのこと、よろしくお願いいたします」

「ええ。また明日」

 

 そう言うと、ライラはスカートの裾をつまみ、すっとお辞儀をした。

 

    *

 

 それからも家庭教師の日々は続いた。

 魔法の歴史を一通り修めると、黒魔法、白魔法、補助魔法、召喚魔法、空間魔法の五大魔法を系統別に解説した。ちなみに五大魔法という区分は、東洋魔術のクラシカルな分類に過ぎない。

 

 系統のカテゴライズは流派によって大きく解釈が異なるところで、例えば魔導師ノルンは五大魔法に固有魔法を加えた六大魔法を提唱しているし、南洋の陰陽道では、それぞれの系統の中に「陰」と「陽」という区分を設け、より詳細な分類がなされている。 つまり同じ炎の魔法でも、「陰」の炎と、「陽」の炎があるって解釈だ。

 

 俺個人の見解も、どちらかと言えばこれに近い。

 師匠が陰陽道の出身だったことも多分に影響しているのだろうが、俺の解釈はこれをさらに発展させて、「陰」と「陽」の区分は、属人的な気質に影響されると提唱したものになる。

 

 実際、アカデミーの頃はそういう論文を書いていた。

 古き良き東洋魔術が原点にして至高と、頭の天辺から足のつま先まで信じ込んでいるアカデミーの石頭どもには、まるで理解されなかったがね。

 

 家庭教師を始めて一週間が過ぎたころ、さすがに座学ばかりも飽きたろうと言うことで、外に出て演習をやることにした。

 

 ライラたち複数人のメイドの監視の下、俺氏主催による青空教室は開始された。さすがのソフィーも、今日は髪を後頭部で結び、ドレスではなく動きやすい軽装をしていた。

 

「炎よ、起これ」

 

 唱えると同時、右の掌に火の玉が浮かぶ。

 何てことはない、慣れてしまえば念じるだけで具現可能な基本中の基本の動作だが、初心者はこの程度でも難儀する。

 センスの良い奴でも、安定して火を起こすことができるようになるまで、大体一週間はかかると見ていいだろう。炎は基本属性の中でも、発動がもっとも難しい属性とされているからな。

 

「タリスマンは身につけたな? んじゃ、早速やってみよう」

 

 言われるがまま、やってみたソフィーだが、やはり上手くはいかない。

 六回連続で失敗したあと、彼女は恨めしそうな目線を俺に向けた。

 

「この魔導具、きっと壊れてるんだわ」

「そんなことはないよ。いいか? 全身の魔力の流れを感じ取って、指先に意識を集めるイメージだ」

「うーん……そう、やってるつもりなのだけれど」

 

 それからも、ソフィーは幾度となく詠唱を繰り返す。

 十何回目かのトライで、タリスマンに埋め込まれた魔石が微かに反応し、炎が起こった。

 

「わっ! 点いた……ってあれ?」

 

 わずかな瞬きの後、炎はすぐに消えてしまった。

 ソフィーがまじまじと俺の顔を見る。

 

「今のは……成功したって言っていいの?」

「ああ、上出来だ。やったじゃないか。もっと時間かかると思ってたよ」

「いやでも……こんなの、煙草の火さえ着けられないでしょう」

「そうだな。そのレベルまで行くには……あと三日は必要だな」

「えー、そんなに?! はぁ……ウイッチクラフトが流行って、東洋魔術が廃れるワケよ。こんな地味で面倒くさい工程、誰だって自動化できるなら自動化したいわ」

「必ずしもそうとは言えんぜ。魔法をなるたけ自動化して、世の中一般に、日常の至る所にまで幅広く普及させるっていう、西洋魔術の思想はなるほど立派だと思うが、見方を変えれば、道具がなけりゃ何もできない人間を量産することになる」

「それの何が問題なの?」

「魔法から個性を奪っちまうんだよ。特に魔術士を名乗って、それを商売にしてる連中まで楽な方、楽な方に流れちまうと、クリエイティビティは退化する。なぜなら、人は与えられたカゴの中でしか物事を見ようとしないからだ。目先の事ばかりに囚われて、あの丘の先にどんな景色が広がっているのか、そんな風に考える人間はいなくなってしまうかもしれない。

 だから、効率化や最適化は大いに進むだろうが、今後魔術の世界で革新的な発明が生まれることもなくなるだろう。長い目で見ると、先細りになっていく未来しか見えないって不安はある」

「ふーん……そんなの未来の人たちが考えたらいいんじゃないの? 今を生きる私たちが、そんな先の話まで責任持てないわよ」

 

 俺は鼻で笑った。

 

「ま、そういう考え方もある」

 

 気を取り直して、再度発火の作業に勤しむお嬢さまであったが、やはり中々上手くいかず、「キーッ!」と地団駄を踏み始めた。心なしか、ポニーテールも逆立っているように見える。

 頃合いかなと思った俺は、助け船を出すことにした。

 

「ちょっと発想を変えてみようか。炎ってのは激しいイメージがあるから、その印象に引っ張られて、力任せに発動させようとする人が多いんだけど……実はそうじゃないんだ。炎ってのは本来、とても繊細な属性なのさ」

「センサイ?」

「ああ。たとえば炎は、風や雨にさらされるとすぐに消えてしまうだろ? 周囲の環境に、モロに影響を受ける属性なんだよ。何にでも合わせちまう優等生の水や、ぶきっちょで頑固な土なんぞとはワケが違う。コイツはこういうヤツなんだってわかってあげないと、この属性と上手く付き合うのは難しい」

「まるで人間みたいに言うのね」

 

 人間と言われたら、確かにそうだ。実際、俺は黒魔法に関しては、属性それぞれの特徴を擬人化してイメージを構築している。

 水は優等生、風は寂しがり屋、土は堅物、氷はクール、雷はオラオラ系みたいな感じで。

 炎? そんなの決まってるだろ。

 

 ツンデレだよ。

 

「そうさな。特に炎は、俺に合わせろってスタンスじゃ、まず言うこと聞いてくれんぞ。こっちから合わせにいって、ご機嫌取って、それでようやくちょっとずつ心開いてくれるような属性なんだ」

「……なんか面倒くさいヤツね。友達少なそう」

「わかってねえなソフィー。そこがいいんじゃないか」

「そうかしら」

「まあ他の属性もそれぞれ一長一短あって、中々面白い連中が揃ってるんだけどな。みんな違って、みんな良い。エレメンタルマスターたる者、いかなる時もそういう心構えを忘れてはならん」

「いや別に、そういうのは目指してないのだけれど……」

 

 彼女は背伸びをして深呼吸すると、俺の顔を見て、微かに口角を上げた。

 

「ま、センセイがそう仰るのなら、やぶさかではないわ。やればいーんでしょ、やれば」

 

 それから三十分ほど試行錯誤を重ねた結果、ソフィーは五回ほど発火に成功した。うち二回は、十秒ほど炎を維持することにも成功した。

 俺はその都度、「いいよいいよその感じ! 今の感覚を忘れないで!」、「ハイ集中が足りてないよ集中が! もう一回行こう!」、「あきらめんなよ……あきらめんなお嬢! どうしてそこでやめるんだそこで! もう少し頑張ってみろよ! ダメダメダメ、あきらめたら!」と、熱血教師よろしくな台詞を吐いていたが、内心猛烈に焦っていた。

 

 え? ちょま……コイツ、めっちゃセンス良くない?

 

 一週間どころか、明日か明後日には発火をマスターしてそうな勢いなんだが……来週には初級レベルの炎魔法なら、普通に使いこなしてそう……

 

 貴様さては天才かと思ったが、よくよく考えてみれば俺の教え方がよかったからだな。

 やっべー、プレーヤーとしてもさることながら、コーチとしての才能にも恵まれていたとは。天は俺に何物与えれば気がすむのかしら……

 

 などとアホなことを考えているうちに、休憩時間となった。

 木陰に腰掛け、汗をぬぐっているお嬢さまを「ヨシヨシどうどう」と手懐けていると、ライラが紅茶を持ってきてくれた。むろんホットではなくアイスだ。気が利く。

 

 本日の茶葉はエクヴァターナ。

 エフタル南東のグラナダ山脈の麓で栽培された茶葉で、秋摘みされたものは春摘みされたものと比べて、渋味が増して云々。

 

「美味しい。昨日のヤッサムも芳醇でよかったけど、こっちはこっちで味に奥行きがありますね」

 

 もっともらしいコメントをしたが、本当は違いなんてまるでわかっちゃいない。

 違いがわかる男になりたかった。でもなれなかった。その哀しみなら、わかる。

 

「……秋も深まってきたわね」

 

 足を開き、地面にお尻をつけてぺたんと座り込んでいたソフィーが、グラスを両手に持ちながら、ふとそんなことを呟いた。

 

 彼女の視線の先を追うと、色づいた紅葉がさらさらと揺れて、上枝の合間から木漏れ日が射していた。空は青く澄み渡り、風が心地よい。

 今日も綺麗な夕焼け空が拝めそうな、空色だった。

 

「この空の果ては、どこにつながっているのかしら」

 

 詩的なその言葉は、独り言なのか俺に訊いているのか判然としなかったので、少し離れた場所、ワゴンの側に佇むライラの方に目をやった。視線が重なる。

 

 ハッ。これは……恋……?

 

「ここより南東の方角は、現騎士王のお膝元でもある、ガラテアの首都カトブレスがございます」

「へぇ。その先は?」

「ガラテアを抜け、ラウル山脈を沿うように南に進むと、西にエルフの森であるダーク・ヘッジス、東にはスピカ荒原が広がり、その先にはアシュバール砂漠が待ち構えています。砂漠のオアシスには、世界最古の国家と謳われるエフタルがございます」

「そういや、ライラはその辺りの出身だったわよね」

「……ええ。まあ」

「そのさらに先は?」

「砂漠の西、ステップ地帯を進むと、その先は帝国の圏内です。一代で今の東洋に比肩しうる勢力を築き上げた、クラウス1世が治めるアイゼンルートがあります」

 

 俺はチマチマと残りの紅茶を啜った。

 へえ、ライラは中西部(ミドル・ウェスト)出身だったのか……なるほどどおりで、雰囲気がエキゾチックというかオキシデンタルで、瞳の奥にドキリとするような野性味があるのか。この調子で「休みの日は何してるんですか?」とか訊いてくれないかなソフィーさん……ってコラ。

 

「ねえライラ。空に終わりはあるの?」

「ございません。いにしえの時代は、世界は平面であると捉える説が主流だったため、海にも空にも終わりがあると考えられていたようですが……大航海時代に、世界一周を成し遂げたカトブレスの冒険家ネルソン・トラヤヌスによって、この星は球体であることが証明されました。球体である以上、終わりはないという結論になります」

「ふーん。でもそれって、少しがっかりよね……」

「? どうしてでしょう?」

「だって、終わりがあると信じて進み続けたのに、結局一周回って元に戻ってきたってことじゃない」

 

 溶けずに残ったグラスの中の氷をしげしげと見つめて、ソフィーは言った。

 

「世界一周を成し遂げたカトブレスの冒険家は、きっと最果ての景色を見たかったのよ。誰も見たことがない景色に辿り着きたかったから、危険を冒してでも、荒海の中に飛び出そうとしたんだわ。でもその結果が……色んな代償を支払って、ようやく辿り着いた結果が最初の景色って、あんまりだと思わない? 物語の結末として、少しもの悲しいような気がするわ」

 

 柔らかい風が吹いて、落葉がふわりと宙を舞った。

 時の余白に、ひっそりと沈黙が積もる。

 

「余計なこと話したわね……キリもいいし、今日はここまでにしましょうか。オマエはもう帰っていいわ。お疲れ様。ライラ、後はよろしくね」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 ソフィーは立ち上がり、数人のメイドを引き連れて、屋敷へ戻っていった。

 

 残された俺は木陰に座ったまま、彼女の残した言葉の意味について、しばし考えていた。

 妙な気分だった。夜にはまだ遠い昼の真ん中で、まるで時間が止まったかのような感覚が、腹の中でしばらく(うず)いていた。

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