勇者にはなれない   作:高円寺南口

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第3章 アルル編
19 アルルの男


 各馬最終コーナーを回って、観客が地鳴りのような歓声を上げる。

 騎手が次々鞭を振るって、二十四頭の馬がゴール目がけて一斉に殺到する。先頭を走っていた馬がすぐに馬群に呑まれ、抜かした馬もまた別の馬に抜かれて、道中に沈んだ。

 やがて中位から抜きん出た白毛の馬が、このまま一気に差し切るかと思った、その時だった。観客が一斉にどよめく。

 

 大外から疾風のように突き進む、黒い影。

 道中では後方で息を潜めていた青鹿毛の馬が、他馬が止まって見えるかのような怒濤の追込で、先頭を走る白毛に食らいつく。

 

 ラスト百メルト。ゴール板は、すぐそこまで迫っている。

 白か黒か。

 

「いけえええええええええーーーーーーーっ!」

 

 白か黒か。

 

「うおっうおっうおっ、うぇあああああああーーーーっ!!」

 

 白か黒か。

 

「うおおおおおおおおおおおおうああああああああああああああああアアアアアアアアア嗚呼ーーーーーーーーッ!!!」

 

 一進一退の攻防の末、決勝戦を駆け抜けた二つの影。

 明暗を分けたのは、首の上げ下げ。下された勝敗のジャッジに、歓声と悲鳴が混じり合って、割れんばかりに残響する。

 

「嘘だろおおおおおおお!! なんで今日に限って、これまで無敗の一番人気が負けんだよおおお!!」

「クソが!! 3万フランも突っ込んだってのに、ふざけんじゃねえ!」

「俺のケツカッチン……最下位って、そりゃねえよ……」

 

 大本命の白毛が敗れ、ブービー人気の青鹿毛が制するという番狂わせに、観客の大半は動揺を隠しきれないようだった。怒気や失望をはらんだ声が忙しなく飛び交う。そんな競馬場の片隅で、悄然とうなだれる一人の男の姿があった。

 

 痩せ型の体格に、うねる天然パーマ。年頃は二十代前半といったところか。

 儚げな笑みが浮かべ、男は無情なる心で天を仰いだ。

 

「やべえ……全財産、スッちまった…………」

 

 

    *

 

 

 ボンジュール!

 

 皆さんどうもおはこんばんにちは~。

 この世のありとあらゆる悲しみを一身に引き受ける男、ニケです……

 

 いや~、やって来ましたよアルル! ホント待ってましたって感じですよコレホントにね……

 途中定期船でゲロって、ガキの頃の記録を更新するっていうイベントもありましたけどね……まあそんなことはどうでもいいんです! 

 

 ついに辿り着いた訳ですよ、中央大陸(セントレイル)! 

 いや~、いよいよ本格的な旅の始まりって感じがしてきましたよね~うん!

 

 ところで皆さん、アルルといえば何を思い浮かべますか?

 

 自主自律の精神? いよっ博識ィ!! 

 そうですね、この街は今でこそ諸侯国連合に加盟していますけど、元々は自治都市として発展した歴史がありますからね。今でこそ政府と名乗ってはいますが、かつては軍隊や行政も、すべて民間のギルドによって運営されていたんですよ~。

 

 中世の名残というか、未だにこういう気風が残ってる町は、世界的に見てもかなり珍しいそうですねえ。

 

 ちなみに、アルルの紋章はクリナムの花をモチーフにしているんですが……その理由がですね。クリナムの花言葉、「どこか遠くへ」に由来してるんだとか! 

 

「どこか遠くへ」、ねえ……私も常々、どこか遠くへ消えたいと思ってますね。だったら消えろって? 確かに消えてた時期もあったんだけどな……HAHAHA。

 

 さてお次は……バルザックの街? 

 

 うんそうですね、そのとおり。ルナティアのモンフォールと、アルルのバルザックといえば、今や東洋を代表する二大財閥ですからね。

 ただバルザックの方は文化や芸術の育成に熱心だったって所が、モンフォールとの大きな違いですね。いわゆるパトロンってヤツです。

 

 多くの芸術家を保護した結果、様々な音楽や美術、文学が、このアルルの地から羽ばたいたのです。元々大陸側の極東人は、質素な生活ぶりを好む島国のネウストリア人や、内向的で保守的な北方人と違って、派手好きで社交的って特徴がありますからね。

 

 二大財閥の違いは、それぞれの地域性の違いも反映されていて、何だか面白いですね~。

 

 じゃあ、最後行きましょうかね……。

 競馬? ……競馬!

 

 はーん、アナタかなりのギャンブラーですね。そうです。アルルは競馬発祥の地として有名なんです! 

 

 遡ること一世紀前、バルザック家が諸侯国連合加盟を祝して、ネウストリア王家をアルルに招いた際、余興として馬のレースを開催したのがキッカケなんですと。現在のエリザベート女王杯の起源にもなってるそうです~。

 

 いや私もね、つい先日ね、行っちゃいましたよ競馬場。

 くゥーッ! 私も競馬デビューです!! いや~……うん!

 うん。

 

 

 そろそろ普通のしゃべり方するか……

 

 

 結論から言う。

 馬が欲しかった。

 

 遡ること一ヶ月前、ルナティアから定期船に乗り込み、アルルへと辿り着いた俺は、今後の旅程について、早速情報の収集を開始した。

 

 やはり事前に計画していたとおり、アルルからガラテアの首都カトブレスを経由し、ラウル山脈を沿うように南へ向かい、中西部に入ったのちは、アシュバール砂漠を縦断してエフタルを目指すのが一番最短かつ、安上がりのルートになるようだ。

 残念ながら海路は、俺のようなパンピーが気軽に乗れるほど充実していない。金策でどうにかなる話ではなさそうだ。

 

 さて陸路で行くとなれば、問題は交通手段だが、さすがに歩いて行くのは骨が折れる。

 ましてソロの俺では、常に魔物に襲われる危険と隣り合わせで、リスクが高い。寝込みをゴブリンの集団にでも襲われたりしたら、もうその時点でエンドロールだ。

 俺の戦いはここまででした! チーン! ってな。

 

 そうなると、カトブレス行きの隊商辺りにでも同行させてもらうのが望ましいのだが、俺のような中途半端な魔術士に用心棒としての需要など皆無だし、隊商からすれば、「お前を混ぜることに何かメリットがあるのか? 忙しいから二十文字以内で説明してみろ」って話になる。

 

 先方にメリットがないのに、交渉なんざ成立するはずがない。

 そもそもそれは交渉じゃなくて、強要とか無理強いの類いだ。コミュ力どうこう以前の問題である。

 

 もっとも、金を積めば同行させてくれる連中も中にはいるだろうが、そうやって人の足下見てくる連中が果たして信用に値するのか……。

 集団行動ってのは、どうしたって目立つからな。きな臭い隊商は、得てして舐め腐った護衛しか引き連れていないことが多い。ソロより逆に危険なんじゃないかという懸念すらある。

 

 ならば、手段は一つしかあるまい。

 馬を買う。

 

 馬を使えば、徒歩の二分の一くらいの行程で移動できる。徒歩だと一ヶ月かかるカトブレスまでの旅程も、馬だと二週間前後で辿り着ける。おまけに誰とも会話する必要がないので、一人上手の僕には最適!

 時間と安全とノンストレスを金で買うと考えれば、安い買い物だろうと思い、早速街中で馬を取り扱っている商人を尋ねてみた。

 すると――

 

「今だと、一番安いので50万フランくらいかな」

 

 全然安い買い物じゃなかった。

 馬にも当然グレードはあり、高ければ高いほど、頑丈で脚も早く、おまけに賢い。寿命幾許もない老いた馬なら、もっと安いのはいくらでもあるよと言われたが、それでは安物買いの銭失いだ。

 

 一方で、来たるべき三次東征に備えてマーケットの動向が活発化しており、今後ますます価格は高騰していくだろうとの話だった。

 割高だと思って悠長に構えてると、一ヶ月後、二ヶ月後には、どうしてあの時買っておかなかったんだと後悔するよと、商人に釘を刺される始末。

 

 どうすんねん。

 

 考えた末、俺は競馬に辿り着いた。

 いやわかってるよ。最初はまあ、こんなもん上手くいく訳ないし、程々で切り上げようって思ってたさ。

 ところがだ。

 

 あれよあれよという間に、俺は40万フランを手にしていた。

 

 破竹の三連勝を成し遂げ、競馬の神に愛されたのだと確信した俺は、最終レースに全額をぶち込むことを選択した。

 もう迷ったりなんかしない――これが私の、全力全開!

 

 今思えば、完全にどうかしていたと思う。

 初めての競馬で勝ちまくって冷静さを欠いていたとか、所詮ビギナーズラックで調子に乗るべきじゃなかったとか、最終レース一番人気の白毛に全額ぶち込めば、ちょうど目標にしてた金額に到達できる打算があったとか、そんなことは言い訳にならない。

 俺はあのとき、間違いなく手を引いておくべきだった。

 

 結果はもはや、言うまでもなかろう。

 白毛は負け、俺は全財産を失った。

 

 全財産を失った俺は、これから先どうすべきか、町の片隅で途方に暮れた。

 金なし職なし家なし。あと人望とか将来性とか向上心もない。心の広ささとか折れない精神とかは、あと七回くらい人生やり直しても手に入りそうにない。詰んでる。

 

 ルナティアを旅立つ前に購入した、冬用の毛皮のコートにくるまり、橋の下で浮浪者よろしく蓑虫みたいに二日ほど丸まって、一通りの自己嫌悪を吐き出したあと、俺はふと閃いた。

 

 そうだ、冒険者ギルド行こう――

 

 俺はルナティアで冒険者の登録を済ませている。

 モンフォール家でのご奉公を終えたあと、受付のお姉さんが「これからアルルに行くんでしょ? じゃあこれ、転出証明。アルルの支部でそれ見せて、転入の登録すれば、ネウストリアでの功績を引き継げるから。頑張ってね~♪」と言われたのを、すっかり忘れていた。

 クラインのアルル支部を訪れば、何か仕事が見つかるかもしれない。

 

 そこからはあっという間だった。

 

 商品の積荷・輸送、建設現場の作業員といった力仕事から、霊薬の素材となる植物の採集、鉱石・魔石の発掘……

 簡易な仕事を片っ端から引き受けた結果、二週間ほどで野宿生活から、安宿生活へステップアップすることができた。

 

 いやー、働くって気持ちイイーッ!!

 いい汗かいて仕事が終わった後の、酒場での麦酒(ルービー)がね……これホントたまらんのですよ! くゥー、最高です!!

 そんな生活がしばらく続いたあと、ふと気づいた。

 

 あれ? 俺、この町に何しに来たんだっけ……?

 

 日雇い労働者としてすっかりこの町に馴染みつつある俺だが、そもそも仕事を探すためにこの町に来たんじゃなかったよな……

 

 そうだ、馬――馬だ!

 

 馬を買って、カトブレスに向かい、アルス・ノトリアを求めてエフタルへと辿り着く……それが当初の目的だったはずだ。

 

 頭にタオル巻いて、盃片手に「くゥー、最高です!!」とか言って、夜中の二時に路地裏でゲロ吐いてる場合じゃない。

 何をその日暮らし満喫しとるんじゃ俺は……一刻も早く、このサイクルから脱出せんと……

 

 チマチマしたクエストばかりじゃダメだ。もっとこう、一攫千金できるクエストを探さねば……

 

 そしてギルドに相談した結果、俺はとあるクエストを紹介されることになる。

 竜退治(ドラゴンバスター)

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