勇者にはなれない   作:高円寺南口

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20 ドラゴンクエスト

「……竜退治(ドラゴンバスター)、ですか?」

 

 頭に布きれを巻いて、ひげ面の胡散臭い面構えで、アホそうな表情を浮かべてる俺を見て、ギルドの受付のお姉さんは優しく微笑んだ。

 

「うん。アルルより遙か南方、トランシルヴェスタ領内のバスティヴァル山脈に、悪竜が現れたらしくてね。ふもとの町が壊滅させられたそうなのよ」

「しかしドラゴンとなると……通常は政府が動くんじゃないんですか? ゴブリンだのグリフィンだの、民間でどうにかなるレベルを超えているように感じますが」

「それは本土(ネウストリア)の常識ね。大陸じゃ、その理屈は通用しないわ」

 

 お姉さんは、にこりと微笑んでこう言った。

 

「アヴァロニア諸侯国連合は、六つの自治政府からなる国家同盟。騎士王といえど、六人いる首長の中の筆頭という位置づけに過ぎないのよ。だから、絶対的な王が全てを司る本土とは、色々勝手が違うの」

 

 あー、そうだったな。

 アヴァロニアの王、またの名を名ばかりの騎士王。

 

 連合という言葉が示すとおり、アヴァロニア諸侯国連合の実態は、一つの長屋に六つの世帯が入居して、それぞれ独立して生計を立てていると言った方が正しい。

 

 実際、言語や通貨、度量衡は地域によってまちまちで、ローカルルールの百鬼夜行(オンパレード)なのだ。よそはよそ、ウチはウチの縦割りが当たり前で、横串を刺すという発想がそもそもない。

 片や本土からの移民が支配層を占めている国もあれば、片や(いにしえ)からの土着民が未だ根強く幅を利かせている地域もあるので、そうした歴史的背景を鑑みると、統一感を出したくても出せないというのが、実情なのだろう。

 

 アルルは本土に近接した商業都市ということもあって、ネウストリアの言語や通貨が当たり前のように通用するから、違和感覚えることが少なかったけど、大陸(こっち)じゃテンデンバラバラの方が普通なんだよな……

 

「……そうなると、ドラゴンが現れたトランシルヴェスタの統領が、解決に乗り出すべきなんでは?」

「ないわ。自分たちに直接危害が及ばない限り、辺境の村のために軍隊を動かすなんてあり得ない。どうしてかわかる? 軍隊は、あくまで領主の私兵だからよ。大陸じゃ、軍隊は公のためのモノだなんて捉える人は一人もいない。身も蓋もなく言えば、大多数を従わせるための暴力装置に過ぎないのよ。

 だから、三次東征に対する世論の温度感も、本土と大陸じゃ全然違う。まして王国の後ろ盾である教団の影響力が後退した今となっては、本土のいざこざに俺たちを巻き込むなよって、冷めた目で見てる人も多いからね......熱心なのは、王国の威を借りたくて仕方がないアンブロワーズと、信仰心の篤いガラテアくらいのものよ」

 

 むぅ……そりゃまたドライなこって……

 俺の険しい顔色を読み取ったのか、受付のお姉さんはふふっと表情を崩して言った。

 

「冷たいって思った? でもね。義侠心に駆られて、一々正義を執行してたら、その国は立ち所に破産するわよ。莫大な手間と労力を費やして辺境の村を救ったところで、お金になんてなりやしないんだから。それに、支配する側がそういう考え方だと、支配される側も、自分たちの身は自分たちで守らねばという意識が芽生えてくる。だから、アヴァロニアには、どんな小さな村や町にも、必ず自警団という組織が存在しているのよ」

 

 お姉さんにそう言われて、ふとアルルの紋章がクリナムの花であったことを思い出す。

 花言葉は、「どこか遠くへ」。

 

 今でこそ自主自律の精神が尊ばれる街だなんて謳われてるアルルだが、この街が自治都市として発展してきた背景には、お姉さんが言ったようなアヴァロニアの歴史や風土が多分に影響しているのだろう。

 支配されることに慣れきっている本土の人間の感覚からすれば、自主自律だなんてエラく心地の良い言葉に聞こえるが、裏を返せば、「てめえの問題はてめえで落とし前つけろ。俺は知らん」ってことだからな。

 

 究極の自己責任社会。

 砕けて言うなら、全員集まって全員ぼっち。

 

 そう考えると、本当の意味での自由なんてどこにもないんだな……自由には、常に孤独と責任がつきまとう。

 なるほど確かに、「どこか遠くへ」行きたくなるわ……

 

「事情は理解しました。逆に言えば、こういう風土だからこそ、アルルには冒険者ギルドというシステムがすぐに根付いたんですね」

「そ~う! そうなのよ~♪ そこに気づくなんて流石だわ~」

 

 お姉さんはカウンターから身を乗り出し、俺の両肩を掴んでユッサユッサと揺すった。

 

 要は今回の竜退治のような、「公」でも「私」でも解決しづらいグレーゾーンの問題が最後に行き着く先が、冒険者ギルドという訳だ。

 さらに言えば、個人主義全開のこの街に、金さえ払えば大抵のことは請け負ってくれる冒険者ギルドのシステムが、驚くほどにマッチしていたのだろう。

 

 クラインはそこまで見越して、アルルに支部を置いたんかね。

 思慮深いギルドマスターのことだから、たぶんそうなんだろうな……ホント、あのオッサンの金に対する嗅覚は、背筋が凍るほどに超一流ですわ……

 

 しかしこのお姉さん、さっきから俺のこと揺らしすぎなんだが……

 おかげでお姉さんの禁断の果実も揺れて、俺としてはこのまま永遠に揺れていたいくらいだから、別にいいんだけどよ。

 

「あらら、つい興奮しちゃったわ。それで……竜退治のクエストについてだけど」

 

 お姉さんはコホンと咳払いをしてから、続けた。

 

「四名×四組、計十六人編成での討伐を予定していて、前衛とヒーラーについてはすでに人材が揃っているそうなの。一方で攻撃的後衛、つまりサイドアタッカーが不足している」

「サイドアタッカーってことは、魔法使いや弓使い、盗賊(シーフ)とかその辺ですかね」

「うん。魔法使いの貴方にはピッタリだと思って」

「でもこれ、要件に『冒険者ギルドにおいて、二等級以上のクラス認定を受けている者に限る』って書いてますよね。俺はまだ駆け出しのペーペーだから、二等級どころか、ようやく六等級の星が付いたビギナーですよ」

「そこは心配しなくて大丈夫よ。その要件は撤廃されたから」

「撤廃?」

「最初はその要件で募集をかけたんだけど、どうにも納得できる人材が集まらなかったんだって。それで、クラスの認定、あるいは冒険者ギルドに登録しているいないを問わず、広く人材を募って在野の実力者を探そうって方針に切り替えたらしくて。ここ数日、公示人が町の至る所で派手に宣伝してたんだけど、知らなかった?」

 

 俺は首を横に振った。

 知らん。

 

 ていうかここ二週間くらい、仕事終わりのルービーのことしか考えない生活ばかり送ってたから、余計なこと視野に入れる余裕がなかったんだよ。

 またしても、俺の熱心な仕事ぶりが証明されてしまったか……くゥー! 真面目すぎて申し訳ない。

 

「試験が開催されるのは、明日。今ならギリギリ間に合うわ……どう? 受けてみない?」

「ちなみに報酬は?」

「100万フラン」

「生き残ったメンツで山分けってことですか?」

「ううん。一人あたり100万」

「一人あたり?!」

 

 素っ頓狂な声を出した俺を見て、受付のお姉さんはふふふと笑った。

 

「当然でしょう。ドラゴンといえば、危険度レベル5指定のモンスターよ。これくらいは用意しないと、誰も志願してくれないわ」

 

 言われて、契約状に目を落とす。

 確かに、「依頼を受けるにあたっては、自らの意思でこの任務を受けた旨を文書で表明し、署名の上血判を押す。必要に応じて遺書を添付すること」との文言がある。

 要するに、金払いはいいけど、仮に死んでもギルドは一切責任負わんぞお前の自己責任やぞってコトだ。

 

「はあ……しかしまあ、ずいぶん金払いのいいクライアントもいたもんだ」

「そりゃそうよ。この案件は報酬の大部分をバルザック家が肩代わりしてる、緊急保護案件だもの」

「緊急保護案件?」

「うん。緊急性は高いが、それに見合う報酬をクライアントが用意することが困難な案件については、様々な要素を総合的に勘案した上で、バルザック家が報酬の全額もしくは一部を負担する――それが緊急保護案件。あの家は元をたどれば、ネウストリアからの移民だから。ノブレス・オブリージュ、だっけ? ネウストリアには伝統的にそういう発想があるんでしょう」

「ああ……なるほど」

 

 確かにネウストリアでは、道路を作ったり橋を架けたりといった公共事業に、貴族が積極的に金を出して、民衆の信頼を集めて自身の社会的地位を高めるというパフォーマンスが、昔から広く行われてきた。近年では形骸化しているとの声も聞くが。

 

 つまり、此度の竜退治は、バルザック家が事実上の依頼主ということか。

 元の依頼主は、トランシルヴェスタの領主に掛け合うも、けんもほろろの対応をされ、最終的にクラインに泣きついた……そんなとこかね。

 

 しかし、モンフォールの次はバルザックか……うーむ。

 あんま近寄りたくない連中の相手ばっかしてるな俺……かく言う俺も近寄りたくない類いだから、人のこと言えんのだが。

 つまり、持てる者と持たざる者。ノブレス・オブリージュならぬ、ジョブレス・オブリージュ。

 

 持たざる者を「モテざる」者に変換すれば、ラブレス・オブリージュとも言える。

 溢れ出す承認欲求が、男を竜退治へと駆り立てるのだ……

 

「決めました。是非やらせてください」

「ホント? さっすがー、姉さんが認めた人のことだけあるわ~」

「……姉さん?」

「ほら、この転出証明出した発行人、私の姉なのよ。私の顔よく見てみて~。ね? 結構似てるでしょ」

 

 お姉さんは吐息がかかるくらいの距離まで迫って、そう言った。

 

 うむ。

 胸の大きさといい、確かに似てはいるが、目元と鎖骨の下にほくろがないな。鷹揚なしゃべり方から感じるポワポワ加減、とどのつまりは包容力は妹の方が◎だが、大人の色気は姉の方が上と言ったところか。

 

 中でも鎖骨は俺的に重要なポイントだ。鎖骨より始めよ。鎖骨の魅力がわからない男に、おっぱいを語る資格はない。

 つまり俺の中では、受付のお姉さんはお姉さんでも、姉のお姉さんすなわちお姉さんのお姉さんがジャスティスという訳だ。

 

 個人的には、お姉さんのお姉さんの、あのけだるい雰囲気に惹かれるモノがある。優しさは確かに重要だが、優しいだけではつまらないのよ……アナタにその違いがわかるかしら?

 

 ハッ、どさくさに紛れて何を語っとるんじゃ俺は……

 

「では明日午前10時、バルザック家に直接向かってください。地図はこれね。試験に合格すると、誓約書の提出と引き換えに、報酬の前金20万フランが支払われます。残りは討伐完了後の支払いとなります……まあ詳細は合格後でいいわよね。オーケー?」

「わかりました。何か持って行くものとかあります?」

「持って行くモノ?」

 

 お姉さん(妹)は、ぱちくりと目を開けたまま静止していたが、やがて合点がいったかのようにうなずき、顎に人差し指をあてて俺にウインクした。

 

「ハートよハート。くじけぬ、こ・こ・ろ♡」

 

 俺は目を細めて、「ハハハ」と笑った。

 なるほど似てる。

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