そんな訳で翌日午前10時、俺は街の西部の高台にあるバルザック家の屋敷へと赴いた。
試験は本邸の庭で行われるらしいのだが、いざ行ってみて困惑した。
庭? これが?
牧場と呼ぶにしても広大すぎる。俺の目からは、どう見ても野山と草原にしか映らんのだが……
バルザック家はルナティアで世話になったソフィーお嬢さまの嫁ぎ先でもあるので、ここは一発モンフォールの若頭筆頭として、「ウチのお嬢を夜露死苦!!」って挨拶ブチかましとこうかと思ったが、そんな気持ちは早くも霧散した。
うん。他人のフリしよう。
こんなうさん臭い野郎が知り合いと知れたら、逆にお嬢さまの評価が下がりそうだしな……
会場には、すでに受験生とその他賑やかしみたいな連中が大勢集っていた。
ゲラゲラと謎の笑い声と、類人猿よろしく、両手を叩いてしきりに喜ぶ『ウキウキウッキー』と化している連中が散見される。
ああいうのを見ると、とりあえず一歩距離を置きたくなるのは俺だけなんですかね。決して混ざりたいとは思わない自分がいる。ウホッ。
「おい。どいてくれ」
振り返ると、チビがいた。
失礼、エルフがいた。
「ボサッと突っ立てるんじゃないよ。邪魔だ」
弓を背負い、カーキ色の外套を纏った背の低いエルフは、そう言うや否や、テクテク受付の方へ向かっていった。
おう小僧……トンガってるのは耳だけにしとけよ。
内心そう呟くと、俺もまた受付へと向かった。
べ、別に「わ~、人がいっぱい~。ど、どこへ行けばいいの~オロオロ~」とかしてたんじゃないんだからね! 勘違いしないでよ!!
受験の手続きを済ませてから十分くらい経って、「暇だな、早くしろよクソが」と鼻毛を抜き始めたころ、手前の離れのような建物の扉が「ばん!!!」と開いた。
「オウ。全員揃ってるみてェだな」
褐色じみた緑色の肌に、口元の二本の牙。その特徴的なシルエットは、本土北部の海岸で見られるセイウチの姿を彷彿とさせる。
現れたのは、オークの重戦士だった。
体格は優に3セクトを超し、手足が巨木のように太い。岩のような筋肉だ。背中には馬鹿でかい斧を背負っていた。背負ってる本人がデカいから、見てるこっちの縮尺というかサイズ感がおかしくなりそうだが、人間の感覚からすると馬鹿でかいのは間違いない。
ふむ……あそこまでゴリゴリのオークは、本土じゃ中々見ないな。
オークは種族の絶対数が人間やエルフと比較すると遙かに少なく、地縁・血縁を重視し、コミュニティへの帰属意識を何より大切にする種族だ。したがって、多種族と交わって生活することを基本的によしとしない。
そういう事情もあって、現在ではザクソンなど、南部の限られた地域で、独自の生活圏を築いていることが多い。
「オレの名はヌシ。バルザック家に仕えるもので、今回のクエストの隊長を任されている。みんな、ヨロシク頼むぜ! ゲシシシシ!!」
そう言って、彼は豪快に破顔した。
屈託のない彼の表情を見て、「ゲシシシシ」と言うのは笑い声だったのかと皆悟ったらしく、時間差で拍手や口笛が起きた。
「ほンじゃ細けェことは、副隊長のガイラルが説明するからよ。おら、ガイラル」
ヌシに促されて、祭服のような厳めしいローブに身を包んだ銀髪の人物が、前へと進み出る。やたら小さく見えるのは、隣にいるヌシが馬鹿でかいせいであり、決して本人が他の一般男性と比較して小さい訳ではない。
ちなみに銀色の髪は、大陸の北方系に多く見られる特徴だ。出身はガラテアやノルカ・ソルカの方なのかもしれない。
「ヌシと同じく、バルザック家に仕えるガイラルだ。職業は神官……といっても、現在は教団を脱退している。元神官、今は客人の白魔術士といった方が正しいだろう。こたびの竜退治において、副隊長に任命されている。よろしく」
周りの兄ちゃんのコソコソ話によると、彼は神官であっても
どこぞのアリシアちゃんよろしく、神官ってのは畜生じゃないとなれない職業なのか?
「ドキッ! 畜生だらけのイリヤ教団☆ギロリもブスリもグサリあるよ♥」とか、あんま笑えねえな……
「それでは早速、試験の概要を説明する」
ガイラルの説明によれば、本日の試験は受験生同士による実戦は一切想定しておらず、各々、もっとも自信のある魔法ないしスキルを、試験官の前で披露してほしいとのこと。なお、合格者は最低で二人とのことだ。
「おいおい、それだけでいいのか」、「簡単じゃね?」、「えー、それだけじゃ実力なんてわからないでしょ」との声が一部で上がっていたが、アイツらはサイドアタッカーに求められる役割をまるで理解していないようだ。
しばき合いにドツキ合いは、それが専門の前衛の連中に任せとけばいいんだよ。
サイドアタッカーはサイドアタッカーらしく、前衛を支援して、回復役を守りつつ、目立ちはしないが、いなければ困るポジションに終始すればいい。
なおかつ、単調になりがちな前衛陣の攻撃にアクセントをつけられるような、強烈な魔法ないしスキルを持っていれば、言うことがない。
戦場全体を見渡せる視野の広さに加え、つなぎの役割を果たしつつ、意外性のあるパンチ力を備えているのがベストだな。
ボトムを支えてリズムを生み出し、コードとコードの間を橋渡しする。要約すると、スタイリッシュかつクールにかき鳴らせ! ってことですね。
試験官の意図すら読めんとは……ククク。愚か者めが。試験はもう始まっておるのだぞ……
「おし、ンじゃ始めっか! みんな気張らず、肩の力抜いてナ! ゲシシシシ!!」
ヌシの一声で、早速試験が開始される。
受験番号一番の魔法使いらしき男が名前を呼ばれて、自己紹介を始めていた。俺の受験番号は四十四番だから、こりゃ結構待たされそうだな……
「君……中々できるな」
声がした方を見ると、そこには重厚な装備を纏った騎士の男が立っていた。
年頃は俺より少し上、顔立ちは俺よりイケメン。緑がかった髪の色から、おそらく東洋の人間ではない。他国から渡ってきた冒険者だろう。
「うだつの上がらない風采。それでいて、適度に鍛えられた日焼けした筋肉。そして腰に剣をぶら下げているのは、相手を油断させ、自分の本当の姿を隠すための布石……君の本当の職業は、戦士ではないだろう。違うか?」
内心何言ってんだコイツと思ったが、暇なので、「ああ。よくわかったな。俺が魔術士だって」と適当に答えておいた。
ちなみに腰にぶら下げているのは剣だが、股間にぶら下げているのは槍だ。ごめん何でもない。
男は小刻みにうなずき、俺の目をまっすぐ見つめてきた。
「やはりか。その佇まいと言い、只者ではないと思っていたよ。私の名は、アルタイル。すでに騎士として、此度の竜退治への参加が決まっている者だ。願わくば、君と同じパーティにならんことを……健闘を祈る」
俺は目を細め、したり顔でうなずいた。
「ああ」
男はフッと笑い、その場から立ち去った。
むろん、断る。
てか、アレの色違いみたいな奴を、ルナティアでも見た気がするんだが……何なの? 都会じゃ最近ああいう絡み方流行ってるの?
すると、後方で突然閃光が走り、間髪を入れずに笑い声が上がった。
どうやら実技試験が始まったらしく、発声源はその他賑やかしの連中のようだ。
「オイオイ魔法使い! その程度で全力なのか? 笑わせんじゃねえよタコ!! そんなんでドラゴンが倒せるか!」
一目して気を引いたのは、背中にしょった身の丈ほどもある大剣。
ツンツン頭のイカつい風貌の男が、大声でそう罵った。
…………。
何だあの、ウホウホオラつきマンは……君、試験官じゃないよね? 街の人? ここ競馬場じゃないんですけど……
「おいクルーガー、静粛にしろ。試験の邪魔をするな」
さすがにどうかと思ったのだろう。
ガイラルが名指しで注意すると、男はチッとふてぶてしさ100%で舌打ちした。「反省してま~す」と今にも言いそうな雰囲気だった。
「いいじゃねーかよ。事実を言ったまでだ。足手まといは要らないって、お前やヌシだって言ってただろうが」
「……」
不穏な空気が流れた。
無表情ながら、「ガキが……舐めてると潰すぞ」という剣呑な雰囲気を醸し出しているガイラルの隣で、ヌシは一人ハナクソをほじっていた。
周囲のヒソヒソ話や会話の流れから察するに、どうやらあのツンツン頭も討伐隊の一員らしい。
おいおいマジかよ……あんなのと組まされるとか、冗談じゃないぞ……
特にやることもなかったので、その後も興味半分でウホウホオラつきマンの動向に注目していたのだが、奴は受験者が魔術士の時に限って、水を得た魚のように、罵声を浴びせていた。
いわゆる典型的な、魔法使いアンチのようだ。
しかし、ただのアンチではない。
よくよく奴の罵声を聞いていると、
「効果の割に、発動がおせーんだよ! 術式の構成からやり直してこい!」とか、
「仮にもエンハンサーを名乗るなら、多重魔法くらい容易くできねえと話にならねえぞ! 演算が狂ってるんだよオラァ!! ちったぁ頭使え!」とか、
「威力が凄くても当たんなきゃ意味ねえぞ! ドラゴンは跳んでんだよ! てめえの魔法は前衛を巻き込むことを目的にしてんのか? ソロプレイがやりたいんなら、てめえの家に引きこもってろ! 一生出てくんな!!」とか、
中々どうして的確な指摘をしている。
なんなんじゃアイツ……ああ見えて実は、魔法使いのこと大好きなんじゃないのか。
並のアンチにしては、魔法の造詣が深すぎるんだが……
あのウホウホオラつきマンが、魔法使いを叩きたいがために、夜な夜な必死に魔法の研究をしているのかと思うと、なんか泣けてくるな。
「アイツよォ。実は過去に、仲間の魔法使いを亡くしてるんだ。自分の不注意で守れなかったって、ずっと後悔してて……もう、自分の前では魔法使いが死ぬところを見たくないんだろうな。だからつい、魔法使いを見ると、あんな風に厳しくなっちまうんだよ……」といったエピソードがあれば、なおよい。
やべぇ、俺も早くアイツに罵倒されたくなってきたぜ……熱心なアンチとは、信者がダークサイドに墜ちた成れの果てとは、まさにこのことよ。
恥ずかしながら小生、一周回ってアイツのファンになりそうな予感……
「次、三十二番」
呼ばれて、姿を現したのはトンガリ☆ボーイ。
じゃなかった。エルフだった。
外套のフードを外すと、トンガリお耳が露わになる。エルフらしく、中性的な顔立ちに美しいエメラルドの瞳を備えている。
いわゆる美形というヤツだ。死ねばいいのに。
「名はルチア。種族はウッドエルフ。職業はレンジャーだ」
「年齢は?」
「答える必要があるのか?」
「いやホレ、エルフって見た目じゃ全然トシわかんねェからよ。こう見えて五百歳とかだったら、さすがに俺らも敬意を払わんワケにはいかんからナ」
「礼には及ばない。僕はまだ、六十年ほどしか生きていないからね」
「ってこたァ、オークで例えると十歳くらいか。人間で例えると……いくつだガイラル?」
「十五歳前後といった所だろう」
十五歳? なんだガキかよ……ガキでいいんだよな? 六十年も生きてるのにガキとか、人間の感覚からすると困惑するな……
長命種族の成長速度とそれに伴う外見の変化は、極めて個人差が激しいから、実際外見だけだとまるで年齢がわからないんだよなあ。俺の師匠も(見た目は)永遠の二十五歳だったし……
トンガリ☆ボーイ改めルチアは、背負っていた弓を右手に掴み、試験官のヌシとガイラルから背を向けた。
「およそ三百メルト先に、林があるだろう。一番手前の木の幹に、三つ同時に弓を当てる」
会場がざわついた。
それもそのはず、ルチアが手にしているのは長弓ではなく短弓であり、有効射程はせいぜい五十メルト。
どう考えても、届く距離ではない。人間の目で、何とか視認できるかという距離だ。
周囲の疑念などどこ吹く風、ルチアは三本の矢を同時につがえ、静かに弓を構える。ひりつくような緊張感のあと、矢が真っ直ぐに解き放たれた。
見えなかった。
誇張ではなく、矢は放たれると同時に彼の手元から消え、全員が幻にでも包まれたかのようにポカンとしていた。
「……あ、当たったのか?」
ガイラルがパチンと指を鳴らす。
俗に千里眼と呼ばれている、
「……当たっているな。三本の矢が縦に三つ、同じ木の幹に突き刺さっている」
ガイラルの言葉を聞くや、会場にわっと歓声が巻き起こった。
驚嘆すべきポイントは二つ。
通常あれだけ遠くの標的に矢を当てるには、その軌跡は直線ではなく放物線を描かなければならない。そして、仮に届いたとしても、直線で射貫くより格段に威力が落ちるはずだ。
軌跡と威力。
その二つの物理的な制約を無視して、標的を捉えることができたのは、言うに及ばず。魔法のアシストを使ったのだ。
おそらく、バフによる力や速度の調節ではなく、エンチャントによる風属性の付与だろうな……早すぎてよくわからんかったけど。
術式の構成や演算はたぶん、そっちの方が簡単なはずだ。物理法則いじくるのって、地味に難しくて膨大な検証が必要なうえに、発動時にクソほど神経遣うからな。
たとえて言うなら、突発的なうんこを、何が何でもあと一時間死守せねばならん状況と同等の、気合いと集中力を要する。
「ほーン、やるじゃねェか! 他には何かできねェのか?」
「当然」
すると、ルチアは再び弓を構え、矢が放たれた。
「ん? おい……あそこの木、燃えてねえか?!」
観衆がざわつくと同時、ルチアは次の矢を放った。すると、先ほどまで燃えていた木が、一瞬で凍り付いた。
炎の矢に、氷の矢。
おいおい、新春かくし芸大会かよ……
沈黙を切り裂いて、観衆が一斉に驚きの声を上げる。
ヌシが「グシシシシ! おもしれェじゃねェか!」と言って、その巨体を揺らす。気の早い者が、「こりゃ合格者一人目は決まりだな!」と声を上げた。
しかし、あのご意見番が黙っているはずがなかった。
「……気に食わねぇな」
「木だけにな」と言わんばかりの口調でそう
ヒューッ! 待ってたぜ、アンタの一言をよォ!!
「止まってる的ぐらいなら、俺だって当てられるんだよ。動いてる的に当てられてこそ、真の一流だぜ」
一体何から目線なんだよお前はと言いたくなるような台詞ではあったが、まあそれはいい。
ルチアはクルーガーの方へ視線を転じるや、素早く矢をつがえ、弦を解き放つ。風に吹かれて、木の葉が舞い落ちる。
「え?」
クルーガーの顔面わずか数十セクト隣を通過した矢は、彼の後方にて、今まさに宙を舞っていた落ち葉を貫き、地面へと突き刺さった。
刹那の神業に唖然とする周囲を尻目に、ルチアはいつになく冷めた表情を浮かべる。
「次は、アンタが動いてみるかい?」
クルーガーは何も言わなかった。否、言えなかったのだろう。
正義の味方トンガリ☆ボーイと、悪の怪獣ウホウホオラつきマンの勝負は、俺の声援むなしく前者の圧勝に終わった。
普段煽ってばかりのヤツは、いざ自分が煽られるとすぐ涙目になるって言うけど、その道理を地で行くようなヤツだったな、クルーガーちゃん……
ルチアのハイレベルな技術に気圧されてしまったのか、その後の受験者はパッとしない実技が続き、あれよあれよという間に、俺の番が回ってきた。
俺の後ろはもう三人しか残ってないから、「そろそろ飽きた。はよ終われ」という冷めた空気が会場に蔓延している。
「次、四十四番」
ようやく番号を呼ばれ、俺は重い腰を上げる。
お待たせしました真打ち登場と言いたいところだが、ここにいる全員の目を覚ますには、ちーとばかし骨が折れそうだねェ……チートの魔術士の本領発揮ってトコロか。
「ッスー。受験番号四十四番ッスー。よろしくお願いしやーす」