勇者にはなれない   作:高円寺南口

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22 されど罪人は竜とブレイクダンスする

 やるなら全力でぶちかます以外、方法はないだろうなと思っていた。

 ユニークな魔法を披露するのも面白いが、コイツは宴席の余興でもなければ、新春かくし芸大会でもない。

 

 シンプルイズベスト。

 

 単純であればあるほど、なおいい。馬鹿でも理解できる。圧倒的な力とは、本来そういうものだ。玄人にしか理解できない代物は、所詮その程度の代物でしかない。

 まして無名の六等級冒険者、おまけに試験の順番が最後の方とあれば、より強烈な印象を残すためにも、全身全霊の一撃以外に選択肢はないと思っていた。

 

 しかし、問題はそのチョイス。

 今の俺が保有している魔力と、得意な属性を鑑みると――

 

 魔法の世界に、万能の天才は存在しない。誰にだって得手不得手はあるし、種族によって扱いやすい系統も異なる。

 魔法の研究が進んだ現代においては、いっそう専門化が進んで、現にアイゼンルートなんかでは、攻撃魔法一つとっても、炎は炎、風は風のスペシャリストといった風に、分業制が当たり前になっているとの話も聞く。

 

 肝心の俺はというと、個人的に嫌っている強化魔法を除けば、ひととおり修めてはいるが、それでも自分の中で得手不得手の序列は明確に存在する。

 たとえば攻撃魔法だと、一番得意なのが炎で、次に土。雷と風は得意でもなければ苦手でもないイメージで、氷はやや苦手、氷に輪をかけて苦手なのが水だ。

 

 個人的な嗜好としては、一番好きなのは断然闇なのだが、残念ながら闇なんて属性は、東洋魔術にも西洋魔術にも存在しない。光も同様だ。

 南洋の陰陽道という流派が、炎と風と雷を「陽」の属性、水と土と氷を「陰」の属性に区分しているだけのことである。つまり陰陽道の見地に立つと、俺は言うほど陰キャラじゃない。むしろ陽キャラまである。

 

 まあ正直言うと、俺は攻撃魔法より、減退魔法(デバフ)の方が得意なんだが……

 

 ただ、減退魔法は余りに地味すぎて、インパクトに欠ける。

「私には周りを巻き込む力があります。具体的には、干渉・束縛・妨害・混沌・抑圧です」とかアピールされても、面接官は「お、おう……」ってなるだけだしな。

 第一そんな奴と、誰が一緒に働きたいのか。俺だって嫌だよ。

 

「名はニケ。種族は人間。職業は無……魔術士だ。冒険者としてはまだ駆け出しだが、自分の腕を試すために本試験に参加した。よろしく」

 

 自己紹介をすると、ヌシとガイラルが無言でうなずく。

 

「先ほど受験番号三十二番が、矢を当てた木……あそこの森一帯を、魔法で消してみせます」

 

 周囲は相も変わらず落ち着きがない。場にそぐわない笑い声も漏れ聞こえた。

 もっとも、俺のことを笑っている訳ではなく、観衆はすでに飽きて、試験から興味を失っているのだ。だからたぶん、ヌシとガイラル以外に、俺の話をまともに聞いている奴はいないのだと思う。

 まあいいさ。これくらい弛緩した空気の方が、かえってやりやすくていい。

 

 振り返って瞳を閉じると、全身の感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。あらゆる音が後退して、世界が遠ざかる。集中力が増していく。

 視覚と聴覚のリソースが、全て指先の触覚に注がれていくこの感覚……懐かしいな。心は忘れていても、身体はどうやらまだ覚えているらしい。

 

「煉獄の炎帝よ。血の盟約に従い、地の底より蘇れ――」

 

 詠唱を始めると同時に、足下に六芒星の魔法陣が展開し、差し出した両の掌から、蛍火のごとき紅き光芒が舞い上がった。

 炎が滾り、激しく光芒を散らして、巨大な火の玉を形成する。

 

「気高き御身は燃え盛ること紅蓮の如く、何人(なんぴと)たりとも触れること(あた)わず。蹂躙(じゅうりん)せよ――火炎球(ファイアボール)

 

 そして次の瞬間、耳をつんざくような轟音と共に、掌から火の玉が解き放たれた。

 

 目にも留まらぬ早さで草原を駆け抜けたソレは、着弾と同時、周囲に強烈な閃光をまき散らした。

 爆炎が巻き起こり、世界が一点の白も許さず、黒く染め上げられる。

 

 光が褪せて、辺りに静寂が戻った頃には、三百メルト先に空白の景色が広がっているのが視認できた。火の玉の軌跡をなぞるように、草原が俺を始点として一直線に焦げ付き、見事なまでにハゲ上がっている。

 

 どうやら上手くいったようだ。

 俺の宣言どおり、森林は消えて、草一つ生えない荒れ地と化していた。

 

「へ……は……え??」

「うそだろ……あれ、ただの火炎球だよな? 教科書の最初の方に載ってる、下級魔法の……」

「あんなゴツい火炎球、俺、初めて見たんですけど……」

「威力がおかしいだろ。下級魔法のレベル、軽く超えてませんかね……」

 

 にわかに静まり返った群衆は、誰もが唖然として、言葉を失っていた。どいつもこいつも、目の前で起きた出来事が信じられないという顔をしている。

 

 ここは一発、「俺の魔法の威力がおかしいって、強すぎって意味だよな?」と、清々しいまでのイキリ火の玉ストレートをど真ん中に投げ込みたい気分だったが、生憎それどころではなかった。

 

 痛い。

 ていうか滅茶苦茶痛い。

 

「ああーーッ!! 死ぬ死ぬマジで死ぬヤバいってコレマジでヤバいってんああああああああああァァァァーーーんッ!!!!」って叫びたいのをかみ殺すのに必死で、表情筋が翌朝筋肉痛になりそうなくらいにマジで痛い痛いここに居たくないっていたいけなくらいに痛い。

 

 いくらベースが下級魔法とはいえ、ガキの頃以来久々に全力でぶっ放したから、身体中がびっくりして悲鳴上げてるな……

 

 未だに手がじんじんするし、この呪文の何がヤバいって、反作用で後方に吹っ飛ばされないよう堪えるために、滅茶苦茶必死で踏ん張らないといけないのがヤバい。

 

 見てみ、地面。クソほどめりこんどるじゃろ。この調節にクソほど神経遣うんじゃ。一体何の魔法なんだよコレって話だよな。

 一応言っておくが、大砲なみの強烈な反作用にその場で耐えるための魔法ではない。よくある火炎球です。

 

「参ったな。消すってそういう意味か……てっきり幻術系かと」

「気にすンナ。止めなかったオレが悪い」

 

 ふと見れば、ガイラルが両手で顔を覆い、明らかに困惑していた。

 同じく渋そうな面構えで顔を上げた隣のヌシと、目が合う。

 

「ああ……ニケって言ったか。なんつーか、その、称賛したいのは山々なンだけどよ……はっきり言うわ。さすがにやり過ぎ」

 

 ヌシは一度視線を下げ、ふーっと息を吐き出してから言った。

 

「あの森、屋敷の私有地なんよ。バルザック様の狩場なんだわ」

 

 え?

 俺はその場で凍り付く。やがて視界にヒビが入り、砕け散ると同時に、目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。

 

 ……え?

 

 

    *

 

 

 アルル刑法第七十八条から八十二条には放火罪に対する具体的列挙があり、故意か過失か、その他自己の建物か他人の建物かなどの要件によって、最終的な刑罰が決定される。

 

 つまり俺は、やっちまったらしい。

 イキリ魔法オタクが調子こいた結果がコレだよ。「またオレ何かやっちゃいました?」どころの話ではない。死にたい。

 

 試験がお開きになったあと、通された屋敷の一室の片隅で、俺は文字通り燃え尽きた灰と化し、悄然とうなだれていた。

 取り返しのつかないやらかし具合に、心が壊れたのか、さっきから虚ろな独り言が口を突いて勝手に出てくる。

 

「アカンテ……サスガニコレハアカンテ……オワッタ。マジオワタ……」

 

 やがて、ぎいっと軋みを立てて奥の扉が開く。

 ヌシが戻ってきたようで、「どうだった?」とガイラルが席を立つ。

 

「オウ。まあ、バルザック様はああいう人だからよ……剛毅な者もいたモンだと鼻で笑い飛ばしてくれたんだが、取り巻きの茶坊主どもがうるさくてナ……ニケには悪いけど、ある程度の額は弁償してもらうことになりそうだ」

「そうか。統治者たるバルザックが、法をねじ曲げるにはいかない――大方そんなとこだろう? アイツら石頭の理屈はいつもそうだ」

「ああ。途中からハナクソほじって聞き流してたから知らンけど、大体そんな感じだったナ」

「しかし、弁償と言っても……どうするんだ?」

「そりゃあもう、働かざるもの食うべからず。働いて返してもらうほかないわナ」

 

 ヌシはニッと笑い、部屋の隅で縮こまっている俺の方へ近づいた。

 

「おうニケ。ちったあ落ち着いたか」

 

 早くも板についてきた罪人顔を浮かべ、「島流しですか? それとも公開処刑ですか?」と俺が言うと、ヌシが「ゲシシシシ!」と剛胆に笑った。

 

「冗談言えるようになったンなら、もう大丈夫そうだナ」

「いや全然、冗談でも何でもなくて大マジなんですが……」

「そうなンか? そう言ってるようには見えねェンだけどナァ……まあ図太く開き直られるよりは、しおらしくていいンだけどよ……結論から言うぞ、ニケ。お前はこれから、討伐隊に加わってもらう」

「討伐隊? 俺を討伐するんですか?」

「何言ってンだ、竜退治だよ……つまり、おめェは合格ってこった」

「え? 嘘……またどういう風の吹き回しで……」

「そこなンだが……オメェがバルザック様の狩場を破壊した件については、事が事だけに不問に付すことはできねェってのが、ウチの茶坊主もとい文官どもの見解だ。俺も食い下がったンだが、お前に然るべき損害賠償を求めるって結論は変わらなかった。ケド、それじゃオメェがあンまりだろう? 

 だから、ニケを討伐隊に入れて、俺とガイラルの監視下に置く。竜退治の功績と報酬をもって償わせれば文句はねェだろって、話付けた。文官どもはウダウダ言ってたが、『アレだけのルーキーを使わない方がどうかしてンだろ。牢屋に入れてる場合か』つって、強引に押し通してきてやった」

 

 ヌシは両肩を揺らし、「グシシシシ!」と愉快そうに笑った。

 ガイラルが腰元に手を当て、やれやれと言わんばかりにため息をつく。

 

「閣下は何と?」

「ヌシの好きにしろってよ。無事恩赦にできるよう、任務中は逃げられないよう縄付けとけって、笑いながら言ってたぜ」

「あの方らしいな……悪いなニケ。こういう形になってしまって」

「いえ。竜退治に加わることは構いませんが、その……いいんですかね? 俺もガキの頃、狩りの手伝いとか、薪を集めたりやらされてましたから。あれだけの森を一から育てるのに、どれだけ手間暇かかるのかは知ってます。それをその……一瞬で葬った訳ですから。金だけでなく、然るべき刑に服すべきでは……」

「心配しなくていい」

 

 ガイラルが言った。

 

「今回の件は、お前だけの責任じゃない。監督していた私やヌシにも責任はある。当座はヌシが言ったような条件付き裁量保釈の形になるんだろうが、任務完了後に改めて、お前の負担が最小限となるよう、こちらから働きかけるつもりだ。そこは我々を信頼してほしい」

 

 その言葉を聞いて、ほっと胸をなでおろした。

 後先考えず突っ走った己の愚行は悔やまれるが、とりあえず、この二人がまともな監督者であったことには感謝したい。

 不幸中の幸いとでも言うのか、前科一件不可避だった案件を、上手く丸めてくれた訳だしな……

 

 こういう所でわかるんだよなあ、人の上に立つ器って。

 責任とは、背後に立たれた瞬間背負い投げするものだと思っている俺だからこそ、それがよくわかる。

 

「ところでニケ。先ほどの火炎球(ファイアボール)は見事だったが……水はどうなんだ?」

「水ですか? まあ、扱えることは扱えますけど……」

「そうか、それはよかった。というのも、今回の討伐は火竜が相手なんだよ。相性を考慮すると、水属性の魔法が使える術者は、一人でも多く欲しかったのでな」

「ははあ……なるほど」

 

 水……水かあ。

 できるっちゃできるんだが、細かい制御がどうにも苦手でして……。ガキの頃は、十回に七回は暴走させてた記憶しかない。オイそれ使えるって言っていいのか?

 

 ちなみに水系統が苦手な理由は、ハッキリしてる。カナヅチだからだ。

 つまり、水に対して刷り込まれた恐怖がある。攻撃魔法はイメージが何より重要だから、こういう苦手意識やトラウマは、術の制御に大きな影響を及ぼしてしまうのだ。

 

「他には何か使えンのか? 編成の参考にしたいからよ」

「そうですね……自信があるのは、デバフですね」

「ほー、デバフか! 若いのに珍しいじゃねェか。今回の討伐隊に、魔法使いのジイさんがいるンだけどよ。最近の若い連中はどいつもこいつもバフばっかりで、デバフなンか誰も学ぼうとしないってぼやいてたぜ」

 

 ハハハ……言えてる。

 若者のデバフ離れは深刻だからな。無理もない。

 

 デバフといえば、どうしてもマイナスのイメージがつきまとう。だって、干渉・束縛・妨害・混沌・抑圧だぜ……字面眺めてるだけで、お前友達いないだろって気持ちになってくる。

 対してエンハンサーの連中が、バフを習得した理由に、「人のためになる魔法を覚えたかったから」というフレーズを使う率は異常。

 

 しかし前から思ってたけど、バフをかけると「お前がいてくれて助かったぜ!」って感謝されやすい反面、デバフを使うと「いい戦いだったな!」とか言って軽く感謝をスルーされる風潮、アレ何なんだろうな。

 何なら、(うわっ……コイツ性格悪っ……)と思われてるまである。扱いの格差がひどすぎやしませんかね。

 

 そもそもバフ使いの「エンハンサー」というカッチョイイ呼称に対し、デバフ使いの呼称といえば「特にない」からな。

 何だよ「特にない」って。ストレッサーとかウホウホ足引っ張りマンとか、蔑称で呼ばれる方がまだマシだわ。埋めようのない溝を感じる。

 

 だからバフは嫌いなんだよ。「アイツにばっかりバフかけて、俺にはどうしてかけてくれないんだよ!」とか言って仲違いしてるパーティを見ると、この上なく愉快な気持ちになるわ。

 これに男女関係のもつれとか絡んでくると、もう最高。

 

 バフ大好き若者諸君!

 バフの使いすぎは、内輪の人間関係にデバフをかけるぞ。用法・用量を守って、正しくお使いください。

 

「とはいえ、ドラゴンのように巨体で、すばしっこい者が相手では、デバフの制御や拘束にも限度があるだろう?」

「そうですね。まあそこは実際に戦ってみないと、なんとも……」

「わかった。しかしそうなると、ルチアをどうしたものか……ふむ」

「ルチア?」

「合格者はおめェのほかに、もう一人いるンだ。そいつがルチア。ホレ、ウッドエルフの弓使い。覚えてねェか? クルーガーの喧嘩を買うと同時に、リボンくくりつけて返品したヤツだよ」

 

 ああ、あのトンガリ☆ボーイ……アイツもやっぱり合格してたのか。チッ……

 じゃなかった。むぅ……

 

 できることなら、アイツと同じチームは避けたいな。ああいう手合いは神経質だと相場が決まっているので、射線に入っただの何だのうるさそうだし。

 他人の射線なんざ踏みにじるものとしか思ってない俺とは、すこぶる相性が悪そうだ。

 

 確か、討伐隊は四人×四組の編成だったか。

 まあ同じサイドアタッカー同士だし、同じ隊になることはないかな……別の隊なら、そもそも布陣してる場所が違うから、射線が競合することもないし……

 

「それではニケ、今日の所は解散としよう。明日正午に、再び屋敷に来てくれ。そこで編成の発表、ブリーフィング。出発は明後日だ。討伐にはおよそ二週間を見込んでいる。慌ただしくなるから、諸々の準備は今日のうちから始めておくといい」

「くれぐれも逃げ出さないでくれよ。その時はマジで俺たちの首が飛んじまうからナ」

「……わかってますよ。地を這ってでも来ると約束します」

 

 ヌシが「グシシシ!」と笑い、ひとまずその場はお流れとなった。

 

 部屋を出ると、早速編成について、ゴニョゴニョ話しているヌシとガイラルの背中が確認できた。俺は遠い目を浮かべる。

 

 まさか、ねえ……

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