そのまさかが起きた。
翌日正午、屋敷の庭に貼り出されたメンバーリストを見て、俺は唖然とした。
α隊:ヌシ◎、ガイラル○、ルチア、ニケ
β隊:アルタイル◎、ヒョードル○、チェスター、ルイーズ
γ隊:シセル◎、コウメイ○、イケル、チュウタツ
δ隊:クルーガー◎、ベアトリクス○、オーウェン、テレサ
※◎は隊長、○は副隊長に任ずる。
「…………」
なんでやねん。
腹と背中がくっつきそうなバカデカため息をつくと、三歩先にトンガリ☆ボーイの姿が映る。
お互い目が合って、三秒くらいの沈黙の後、「あ、コイツそういえば……」みたいな顔をされた。気づくの遅いよ。
「サイドアタッカー二人のワントップとは、珍しい配置だね……まあいいや。くれぐれも僕の邪魔をしないでくれよ。ミケ」
いや、俺の名前はミケじゃなくて、ニケなんだが……
心の中で、トンガリ☆ボーイとか言う蔑称を、密かに定着させておちょくっていた報いだろうか。因果応報。神様は見てる。
どうせそこまで見てるなら、僕が頑張ってる所はどうして見てくれないんですかね。おかしくない?
無情なる心で天を仰いでいる間に、ルチアはどこかへ行ってしまっていた。
あいつ俺のこと、肉料理に添えられた香味野菜程度にしか思ってないだろ……
「やあ。意外な結果だったね」
不意に、男に肩を抱かれた。キャッ☆大胆! と思って振り向くと、どこかで見たことあるような奴がそこにいた。
えーと、名前何だっけ……ほらあの、色違いの……
「君とは同じチームになれると思っていただけに、残念だよ。ヌシにガイラルめ。自分の足下はガッチリ固めておこうって算段か」
そこまで言われて、ようやく合点がいった。
あーコイツ、アルタイルだわ。
β隊の隊長。メンバーリストを見る限り、間違いないようだ。
てか隊長だったんかよ……
「α隊の配置は最前線。そこにサイドアタッカー二人を配置ということは、実質3トップに近い超攻撃型のフォーメーションだな。ガイラルもまあ、ずいぶん大胆な構成を考えたもんだ」
え? 最前線?
ちょ、おま……そんな話聞いてないし。後ろからチマチマコッソリ、思い出したように魔法ぶっ放すだけの簡単なお仕事じゃなかったのかよ……嘘だろ……
「ククク……わかってねえなアルタイル。この編成は、ヌシだからこそできるんだよ。アイツの図抜けたパワーとタフさに釣り合う前衛なんざ、世界中探してもそうはいねえからな。凡庸な友軍は、アイツにとって攻撃の邪魔でしかねえ。なら、組織的な連携より『個』の力を重視した隊形の方が望ましいと判断した――そういうこったろうよ」
一体いつからそこにいたのか、訳知り顔の男がそう言った。
恐らくモンスターの皮を加工したものだろう。特殊な生地で編み込まれた防火性のマントに、ただカッコつけてるだけのバンダナ。腰元のシースと、バングルにリングにタトゥー。あとネックレスの護石と、無駄に装飾品が多い。
シーフもとい、最近流行りの装飾系男子ってか? チャラチャラしやがってボケが。あと誰だお前。
「あら。そんなこと言ってる余裕があるの、チェスター? 私はα隊に手柄を独占されるんじゃないかと、危惧してるんだけど。金銭以外の報酬は、功績に応じて分配だからね」
またヘンなのが現れた。今度は女魔術士だ。
フード付きのローブに、アクアブルーの魔石が埋め込まれたステッキ。スカルの指輪や、七色の宝石が埋め込まれた首元のタリスマンは、魔力の循環を促すためのマジックアイテムだろう。
俺個人の意見としては、こういう補助アイテム頼ってる魔術士にロクなのはいない。魔法を芸術だかファッションだかと勘違いしてる、個性派気取りの二流によくいるタイプだ。
しかもこういう連中に限って、使う魔法は驚くほど個性がない。お前らどこで勝負してんだって話だ。全然アートじゃねえぞ。
「ククク……お前は本当に性格が悪い女だぜ、ルイーズ。てめえはハナから報酬より、ドラゴンの素材目当てだもんな」
「それはアナタも同じでしょ? ドラゴンの鱗や内臓が、どれだけ市場で高くさばけるかは、シーフのアナタが誰より知ってるくせに」
「よせよルイーズ、チェスター。そういう皮算用が、足下を掬いかねんぞ」
「お前は黙ってな、アルタイル。コイツは重要な話なんだ」
「同感。お宝の取り分で争わないなら、この世界に裁判所は要らないし」
「はー……ったく」
コイツら人を間に挟んで、ようしゃべるな!
「はー……ったく」じゃないよ。それは俺の台詞だよ。
「アルタイル、ルイーズ、チェスター」
声がした方を見ると、二足歩行の黒豹がいた。
猫耳に、腰から延びる長い尻尾。そしてフサフサとした美しい黒毛。半獣半人、広義には亜人と呼ばれてる連中だ。
「会議、始マル。モタモタスルナ。行クゾ」
「ああそっか、このあとブリーフィングだっけ」
「わーったよヒョードル! 今行く」
チェスターが立ち上がり、ルイーズもそれに続く。そしてアルタイルが、俺の背中をパシッと叩いた。
「行こうぜニケ。俺たちの伝説の幕開けだ」
オオ、ソウカ。
ヒトマズ俺、ウンコシテクル……
*
大広間には、すでに大勢の人物が集まっていた。
窓際の壁にはルチアが一人両腕を組み、目を瞑って、佇んでいるのが目に入った。
向かって左手には不遜な面構えのクルーガーちゃん、またの名をみんな大好きウホウホオラつきマンと愉快な仲間たちがいた。
しかしクルーガー、こういう時でも律儀に背中に大剣背負ってるんだな……何かシュール。寝るときも、一緒に抱いて寝てるのかな?
あとは魔法使いに騎士と、初めて見るような連中がほとんどだった。男女比は2:1と言ったところ。
たぶん風水士だろうか。顔や腕に独特のペイントを施し、どこぞの民族衣装っぽい奇抜な紋様の貫頭衣に身を包んでいる奴もいた。
部屋の中心には、円卓があり、地図が広げられていた。上座の位置に、ヌシとガイラルが並んで立っている。
「全員集まったようだナ。じゃ、手始めに自己紹介しとくか」
げっ……マジか。俺こういうの苦手なんだよな……結局みんな、当たり障りのないことしか言わないし。
「女子にモテたくて、竜退治始めました! オナシャス!!」とか言ったら、盛大にスベりそうだな……やめとくか……。
勇者になろうとした奴から先に死んでいく。これはそういうゲームなんだと思った方がいい。
「改めて、オレはヌシ。バルザック家に仕える者で、種族は見ての通りオークだ。討伐隊の隊長として、クエストを成功に導きたいと考えている。ヨロシク頼むぜ」
そうこう逡巡してるうちに、ヌシが自己紹介を終え、大きな拍手が起こっていた。
続いて、ガイラルが挨拶を始める。
ん……あれ? この順番で行くと、次は同じα隊の俺かルチアなんじゃね?
あっ……
「――それと、最後に一つだけ。此度の竜退治、生きて帰れる保障はどこにもない。これは最後通告だ。命を賭ける覚悟のない者は、今すぐお引き取り願いたい。
エクソシストらしいユーモアとも取れる表現ではあったが、お世辞にも冗談には聞こえない。その証拠に、部屋の空気がにわかに重苦しいものとなっていた。
「グシシシ! おめえは本当にそういうの好きだよな、ガイラル」
ただ一人ヌシだけが、面白可笑しく笑っていた。あとの皆は一様に「ハハハ……(笑えねえ)」みたいな顔をしている。
おいどうすんだこの空気……ガイラルてめぇ……。
自分の一つ前の奴が、変化球ぶっ込んできた時の絶望感。割とマジでしばきたくなるよな。自己紹介あるあるの一つですね。
「ンーと、せっかくだからα隊から順に紹介すっか。ほンじゃ」
そう言って、ヌシが俺の方を見た。やっぱそう来たか。そう来るわな。
やべーな……時間がなかったから、「ドラゴンに襲われた町とかけて、寄る辺なき無職と解きます。その心は、どちらも等しく『しょうきゃく』される運命でしょう」とか、「おっぱいが好きです。でもそれと負けないくらいお尻も好きです。よく胸か尻かみたいな論争になりますけど、両方愛せる人間が最強だと僕は思うんですよ。それに加えて、僕は鎖骨とかおへそも好きですからね。一部も全部も愛せる、稀代のユーテリィティプレイヤーだと自負しています。オナシャス!」とかクソ中身のない話題しか思いつかん。
しゃーない。
ここはみんなのためにあえてスベって、緊迫したこの空気をほぐしてやるとするか……
「名はルチア。種族はウッドエルフ。職業はレンジャー。ドラゴンを狩るのはこれで三度目だ。よろしく」
「おん? ルチアおめェ、ドラゴンスレイヤーだったンか?」
「いや。別にドラゴン専門というワケじゃない」
「……なんか事情でもあンのか? そもそもお前、この辺りの出身じゃないだろ」
「悪いが、ペラペラと身の内を明かすつもりはない。人の過去には踏み込まない。それが冒険者における、暗黙のルールだろう」
「つれないねえ……まあ、お前が話したくないならいいんだけどよォ」
「経験者か。コイツは頼もしいじゃねえか」、「アイツかい。試験でみんなの度肝を抜いたって奴は」、「しかしあれだけの腕を持ちながら、冒険者ギルドに登録してないとはのう……一体何者なんじゃ?」などと、そこかしこで囁き声が漏れ聞こえた。
…………。
あのねえ、ルチアくん……君ねえ……
辺りの空気が静かになって、みんなの視線が俺の方に集まり出す。次こそいよいよ俺の番らしい。
あークソ、えーと……へへ……
「ニケです。種族は人間、職業は魔法使い。出身はネウストリア。デバフと黒魔法には自信があります。えー……試験でバルザックさんの森を燃やしてしまったのは俺です。ご迷惑をお掛けした関係者の方々、この場を借りてお詫びさせていただきます。大変申し訳ございませんでした……あの時のガッツと言いますか、向こう見ずな勇気をですね。是非竜退治でも発揮したいと思います。よろしくお願いいたします」
すっと頭を下げると、パチパチとまばらな拍手が起こった。ヌシやアルタイルを始め、人の良さそうな連中が何人か、ふふっと笑顔を浮かべてくれていた。
…………。
何だろうこの、試合に勝って勝負に負けた感じ……
ザ・無難。
ニケよ。お前いつから、そんなつまらない人間になっちまったんだ……何だよこの、良くも悪くも社会に丸め込まれた中年親父のようなスピーチは……
そんな風に軽い後悔に
マジかよ……「第一犠牲者発見!」の筆頭候補くさい、あんなクソモブですら笑い取ってると言うのに、俺ときたら……
そんな風に軽い後悔に苛まれているうちに、いつの間にやら最後のδ隊の紹介まで話が進んでいた。自分の出番が終わると、後はクソどうでもよくなってほとんど聞いてない。これも自己紹介あるあるですね。
「オシ、じゃ本題行くか。ガイラル」
ヌシの一声で、皆の視線がガイラルへと注がれる。
「それでは、本作戦の概要を伝える」
*
「本件のクライアントは、トランシルヴェスタ南部、アルバ・ユリアの自警団副団長のジギスムント。今より一月ほど前、彼は部下二人を連れて、隣町オラデアまで出張した。用務を終え、帰路についたところ、彼は自分たちの町が、煌々と燃え上がっているのを目撃する。慌てて駆けつけるも、建物の多くは炎上し、被害は甚大だった。なんとか生存者を探そうと、部下と手分けして捜索しているところ、彼は一匹の怪物と出くわす――」
ガイラルが、すっと顔を上げる。
「それがロイヤルドラゴンだ」
周囲を睥睨しながら、彼は続けた。
「一口にドラゴンと言っても、ワイバーンやリヴァイアサンだのの亜種も含めれば、実に様々な個体がいるが……ロイヤルドラゴンは、その中でも高位種に位置づけられる。ドラゴンの中のドラゴン、俗に竜王と崇める地域もあるくらいだ。
ジギスムントたちは、いきり立って応戦したそうだが……
そして落ち延びたジギスムントは、トランシルヴェスタの首府アラドに向かい、領主に竜退治を懇願したという。
しかし、十日ほど待たされた挙げ句、トランシルヴェスタ公からの答えはノーだった。ジギスムントは涙ながらにすがりつくも、結果は変わらなかったという。
この辺りは、大陸側に根強い自警の風土と、辺境の田舎騎士の主張がどこまで信用に足るのかという疑いの念があったのだろうとガイラルは言った。
泣き寝入りを覚悟したジギスムントだったが、哀れに思った官吏の一人から、アルルのクラインを頼ればどうかとの助言を得る。
そして彼は一路、アルルへと馬を飛ばした――それが二週間前の出来事。
「大したオッサンじゃねえか。アラドからアルルにたった三、四日でやってくるなんざ、昼夜問わずに馬を走らせねえと無理だぜ」
クルーガーがそう言った。
地図を見れば明らかだが、トランシルヴェスタはアルルから南下して、東西に長いアンブロワーズ領を縦断したさらにその先にある。
ざっと四、五百ロキはあると見ていいんじゃないだろうか。ジギスムントがいかに必死だったかがよくわかる。
「幸いなことに、アルバ・ユリア以外の集落がドラゴンに襲われたとの報告は、今のところ上がっていない。ジギスムント曰く、ドラゴンは古来より竜の住処とされてきたバスティヴァル山脈に身を潜めているのでは、とのことだが……なんせ、町を一夜にして廃墟にせしめたドラゴンだ。今後、人里を襲わない保証はどこにもなく、その脅威は到底看過できるものではない。
したがって、アルル統領府はギルドとの合意の下、これ以上被害が拡大する前に、早急に手を打つべきであると判断した。よって、本件は緊急保護案件に指定された。これが六日前の出来事だ」
「緊急保護案件とか言うわりには、決断下すまでに時間掛かりすぎじゃない? いかにもお役所仕事って感じよね~」
「そりゃ、一を見て一を知ることしかできんアホの意見じゃろ。決断には責任が伴うという言葉をご存じか?」
若い女魔法使いルイーズの意見を、同じく魔法使いであるじいさんが一蹴した。
名は確か……シセルと言ったか。γ隊の隊長だ。
「ジギスムントの主張を裏付けるための証拠集めに、調査隊の派遣、討伐隊の編成……考える事は山ほどあったじゃろう。それをたった一週間程度でまとめ上げ、決断にまで至ったのは、非難どころかむしろ讃えるべき行為だとワシは思うがな。軽率な発言は、己の浅慮を示す結果にしかならんぞ。
「フン……悪かったわよ。私の想像力が足りてませんでした……じゃあ何? メンバーの選抜にこだわってたのも――」
「ああ。中途半端な部隊を送り出して全滅した挙げ句、悪竜を刺激するような結果になっては最悪じゃからな……多少時間が掛かっても、精鋭部隊を送り出して、確実に駆逐すべきだと、アルル公は考えたのじゃろう。決断とはとどのつまり、何を捨てるかの選択よ」
そう言ってシセルが目配せすると、ヌシが「グシシ……!」と肩を揺らして笑った。
「さすがシセルのじいさんだナ。すべてお見通しってワケか」
「ちょっといいか。オレは正直、ドラゴンが町を襲ったってのが、未だに信じられねェんだ」
口を挟んだのは、クソモブ……じゃなかった、チェスターか。
例の装飾系男子もといチャラ男だ。
「ドラゴンは知性の高い生き物で、人間に危害を加えることは滅多にない。その辺のゴブリンだのダイアウルフだのとは訳が違う。魔力に当てられてカンタンに理性を失っちまう、オツムの弱い生きモンじゃねェんだよ。なあヒョードル」
「ソノ通リ。
「そんなこと言ったってねえ。事件は現実に起きてるんだし。人間と同じで、ドラゴンの中にだって例外はいるでしょうよ。まして、こんな世の中なんだから、魔物に墜ちるドラゴンがいたって、全然不思議じゃないと思うケド」
魔力泉の暴走が各地で相次ぎ、魔力の濃度が局地的に高まった結果、見境なく人を襲う生物が昔より増えた。そして彼等はいつしか、魔物と呼ばれるようになった――なんて話は、俺もガキの頃から幾度となく耳にしてきたストーリーだ。
個人的にはルイーズの意見に賛成だが、ドラゴンは山岳地域なんかだと、神聖な生き物として信仰の対象にもなってるらしいからな。
「そんなドラゴンがどうして人を? その心は?」と疑問を持つ者がいてもおかしくはない。
「オウ。その辺ハッキリさせるのも、今回の任務なんだわ」
「おいヌシ――」
「いいだろガイラル。察しのいい連中は、言わずとも気づいてるサ。今回のクエストの、裏の目的をナ」
ああ……もちろん、気づいてるぜ。
「お前ら全員、竜退治して女子にモテたいかー?!」からのーーー?!
「ウオオオオオオーーー!!!!!」だろ。
アホなことを考えている俺をよそに、ガイラルが観念めいた口調で言った。
「魔力泉の調査。各地で暴走が相次いでいる魔力泉について、その原因及び影響を究明し、沈静化する方法を模索する……それが今回のクエストの裏の目的でもあるんだ」
「……その言い方だと、すでにホシはついておるようじゃな」
「そのとおりだシセル。我々はすでに現地へ調査スタッフを派遣しており、バスティヴァル山脈における魔力泉の暴走を特定・観測した。同時に、例のドラゴンがそこを住処としていることも、突き止めている」
隊長格数人を除いて、居合わせた全員の顔つきに緊張が走った。
「魔力をたらふく喰ったドラゴンが相手ってことか? 聞いてた話と違うじゃねえか」
そう言ったのは、ウホウホオラつきマンさん(男性二十代、職業騎士)。またの名をクルーガー。
ガイラルは顔色一つ変えずに、彼の方を見た。
「想像していた、の間違いだろう。予測できた話ではあったはずだ」
「チッ、一々ムカつく言い方する野郎だぜ……。問題は、ドラゴンが狂うほど魔力の汚染が進んだ地域に、俺たちを踏み込ませるのかって話だ」
ごもっともな指摘だった。
クルーガーが言う「魔力の汚染が進んだ地域」とは、通称「瘴域」と呼ばれており、濃度の高い魔力は紫と灰が混ざったような色を示すことから、「
種族差・個体差があるのは言うまでもないが、濃度の高い魔力は多くの生物にとって有害であり、頭痛や目眩、耳鳴り、思考力の低下といった症状から、痙攣、錯乱、昏睡、精神崩壊、最悪の場合は死に至るケースもあり得る。
魔力を源泉とする魔法が、人間にとって過ぎたる力とされる由縁でもある。
現に、人間が中つ国に渡ってきて間もない遙かいにしえの時代においては、魔法の中でも魔族に端を発する黒魔法を忌むべき力として憎悪し、禁忌としていた歴史があるようだ。
時代が下るにつれ、白魔法と並んで黒魔法も文明の発展には欠かせないものであり、社会と共存させていくべきだとの主張が優り、黒魔法への偏見も次第に和らいでいったそうだが……
まあ何にせよ、神官とは異なり、魔法使いが陽の当たる道を堂々と歩けるようになったのは、長い歴史の中で見ると、割と最近のことなのである。
大魔導師ノルンの活躍以降と言ってもいいだろう。
ちょいと話が逸れたが、クルーガーの指摘は、皆も思うところがあったようで、不安の声が上がっていた。
「おいおい。職業柄魔力の耐性が高い後衛職の連中はいいだろうが、俺たち前衛職はたまったもんじゃないぞ……」
「オーウェンの言うとおりだ。どうすんだガイラル? お前ら一人一人にタリスマン配るから、それで頼むわとか抜かすんだったら、俺は降りるぞ」
「心配いらん。誰もドラゴンの巣穴で戦うとは、一言も言ってない」
「あ?」
「引きずり出すんだよ。敵が手ぐすね引いて待ってる場所に、わざわざ突貫する阿呆がどこにいる。前衛職とはいえ、お前も少しは、足らない頭を振り絞る訓練を積んだ方がいいんじゃないか」
さすがは喧嘩早いクルーガー御仁、席を立ってガイラルとやり合うのかと思いきや、何者かが口を挟んだ。
「雨か」
ルチアが言った。
「風水士がここにいる意味がようやくわかった。雨中では活動できない、火竜の習性を利用するんだろう」
言葉足らずなその説明に、納得した者三割、未だ頭に疑問符を浮かべたままの者六割、今日の夜飯何食べようかなと考えている奴一割といった感じだった。
「コウメイ、チュウタツ」
ガイラルに視線で促され、二人の女性が彼の隣に歩み出る。
方や、黒と赤を基調とした裾長のチュニックのような衣装。長い黒髪は腰元にまで届き、花をあしらった髪飾りをつけている。手元には扇子を持ち、西洋というよりは、大西洋を隔ててさらに極西のトルファンの人間といった印象を受ける。魔法使いというよりは、妖術師とでも言った方が的確だろう。
もう一方は、黒髪を頭の両端でお団子状に束ね、顔や腕にはペイントを施している。イヤリングにブレスレットにアンクレットと数多くの装飾品を身につけ、彩色の派手な貫頭衣に象徴される出で立ちは、南洋の気風を感じる。いかにも風水士といった感じだ。
「ここからは私たちが説明させていただきます。先ほども紹介しましたが、私はチュウタツ。隣に立つのが妹のコウメイです」
髪が長くて背が高く、神秘的な雰囲気の方が、姉のチュウタツ。
髪が短くてちんちくりんで、あとちんちくりんな方が妹のコウメイ。
会釈をすると、チュウタツが話を始めた。
「我々二人は討伐隊に採用されたのち、特命を受けて現地の分析にあたっていました。具体的には、先ほどガイラルさんが仰った調査隊から上がってくる情報や地勢図を基に、現地の気候を検証することです。
目的は、雨。冬になると乾燥した気候が続き、雨量が少なくなるトランシルヴェスタ地方において、風水術により長期間雨を降らせることができるかを確認していました。分析の結果――」
「トウナンの風なのだ」
コウメイが言った。
「トウナンからモノゴッツイ風を吹かせて、意図的に蛇行させるのだ。すれば、上空に達した空気が冷えて、雨雲ができる。それをドカンと山にぶつけるのだ。少々強引なやり方だが、海洋に運ばれてきた雪雲が、山を越えて大陸側に雪を降らせるのを気長に待つよりは、タイザンの安きに置ける――なのだ」
……なのだ?
なんつーか、姉とは対照的に、異国人らしい独特なしゃべり方にイントネーションだなと思っていると、ヌシが問うた。
「おうよコウメイ。ンで、雨はどれくらい持ちそうだ?」
「わっちのキモントンコウを駆使すれば、三・四日は」
「三日続けば……十分だよな? ルチア」
「ああ」
ルチアがうなずいた。
「三日も動けないとなれば、腹をすかしてすぐにでも外へ出てくる。空腹で気も立っているだろうから、こちらの挑発にも容易く乗ってくれるだろう。そこを叩けばいい」
「そのとおり」
全員の視線が集まると同時、ガイラルが告げた。
「腹をすかせて巣から飛び出たドラゴンを、ランデブーポイントまで誘い出す。そこで一斉に袋叩きにするのが、本作戦の根幹だ」