勇者にはなれない   作:高円寺南口

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25 現地到着

 翌朝は、ルチアに起こされて目覚めた。

 

「おい起きろ。いつまで寝てるんだ」

 

 まさかコイツに起こされる日が来るなんて……我ながら、一生の不覚。

 寝ぼけ眼で支度を始めると、俺の寝床にふさわしくないフローラルな香りがした。一言でいうと、女子の香り。俺の持ち物で女子の香りがするものなんてあるはずもないので、そうなると答えは一つ。

 

 アイツか?

 

 鞍袋に荷物をまとめているルチアの周辺を、これといった用も無いのにクンクンとうろついた結果、俺は確信した。

 やはりアイツだ。

 

 えぇ……野郎のくせに香水とか、気取りやがってこの小僧……

 臭さ全開の俺を少しは見習えよ。いや、全開なのは臭さじゃなくてキモさの方だったか。訂正。

 

「風が、昨日より強く吹いているな……」

「風?」

「東南の風だよ。感じるだろ。この季節にはない風だ」

「おお、言われてみれば……風水術が上手くいってるってことか」

「ところでニケ、少し気になってたんだが……」

「あん?」

「お前の左手に付けている指輪、どこで手に入れた?」

「どこもくそも……母親の形見なんだが。何で?」

「いや、変わった魔石だなと思って……」

「だろ? 俺もこれが何なのか知らねえんだわ」

「知らねえって……は? お前は効能も知らない魔導具を使ってるのか?」

「別にいいだろ。こんなもん所詮ただの補助装置(ブースター)なんだから。ファッションだよファッション」

「……呆れた。まあこんな調子じゃ、僕の勘違いだろうな……」

 

 ルチアは何やらブツブツ言っていたが、大して興味もなかったので、ハナクソをほじっていた。

 

「ところでおい。準備はできたのか?」

「あ、すまん……まだだ」

「まだ? さっきまで何やってたんだよ……」

 

 ブツブツ言いながら、ルチアはテントの撤収を手伝ってくれた。何なら俺がのそのそ着替えてる間に全部やってくれたまである。

 あ、ありがとうなんて絶対言わないんだからね! ばか!!

 

 一面にぶどう畑が広がる景色の中、旅路は続く。

 今さらな話で恐縮だが、俺は自分の馬を持っていないので、ヌシとガイラルに事情を話し、特別にバルザック家から馬を拝借している。

 さすがバルザック家御用達ということもあり、聞き分けの良い賢い牝馬で、久しく乗馬から離れていた俺でも、すぐに勘を取り戻すことができた。

 ただ、久しぶりすぎて、ケツが痛いのが悩みの種だ。ジンジンしやがる……余りの痛みに、このまま二つに割れそうな勢いである。これが本当の半ケツか……

 

 ちなみにこの話をヌシに切り出した際、たまたま居合わせたルチアに、「旅人なのに馬を持っていない? 冗談だろ?」と言われた。

 むろん冗談ではないので、「歩くのが好きなんだよ」と返すと、「つまらない冗談はよせ」と言われてしまった。「つまらない冗談はよせ? 冗談だろ?」と言って、話を無限ループさせてやろうかこの小僧。

 

 やれやれルチア君……そんな風に最短距離ばかりで生きていたら、見えてるはずの物まで見落としちまうぜ? 周回遅れの余り、見えない敵とばかり戦っている男からの貴重なアドバイスだ。

 

 アルバ・ユリアが目前に迫った九日目の宵、雨がちらつき始めた。

 同行するスタッフから次々と歓喜の声が上がる。どうやら、コウメイ・チュウタツ姉妹の風水術が、無事成功したようだ。

 

「これであとはドラゴンを上手く引きずり出せるかどうか、だな」

 

 全くもってガイラルの言うとおりなのだが、雨脚が徐々に強くなってるような……

 

 俺の不安は的中し、小雨はあっという間に叩き付けるような強烈な雨へと移行した。みるみるうちに雨水が大地に染みこんで、水たまりがそこかしこにできる。雨はやがて夜更け過ぎに、みぞれになりそうな案配だ。

「コウメイ、ちょっと頑張りすぎちゃったのだ。テヘッ☆」ってことなのかな。

 へっ、意外と可愛いところあるじゃねーか……

 

「こりゃもう、アルバ・ユリアまで強行軍をかけた方がいいんじゃないか。野営をするには危険だ」

「ああ。ルチアの言うとおりだが、俺たちが行けば後続するδ隊が孤立すンぞ」

 

 別に孤立したらいいんじゃね、どうせウホウホオラつきマンさんの隊でしょ……と思ったが、そうこうしているうちに、後ろから早馬の姿が見えた。

 

「δ隊より伝令です! α隊は後ろを気にせず、先に行ってくれとのことです」

「先に行け? どういうことだ。アイツらはこの天候で野営するつもりなンか?」

「はい。何でも同伴する魔法使いのテレサが、雨露をしのげる結界を作ることができるそうで」

 

 ほあー……そりゃまた便利な……

 などと呆けた顔をしていると、ルチアに脇腹を小突かれた。

 

「ニケはそういうの使えないのか」

「たぶん、守護結界の応用だと思うが、使える以前にそういう発想がなかったから……どうだろうな」

「要するに、今すぐは使えないんだな」

「そのとおり」

 

 チッと舌打ちの音が聞こえた気がした。雨音の中に隠した、巧妙な舌打ち。

 おいボウズ。隠すならせめて、恋心とかにしとくんだな……

 

「行こう。強行突破だ」

 

 ルチアの一声で、指針は決まった。

 豪雨でぬかるんだ悪路を脇目もふらず駆け抜け、飛ばしに飛ばした結果、夜中の三時頃に、俺たちはようやくアルバ・ユリアへ辿り着くことができた。

 

 

    *

 

 

 村はドラゴンの襲撃を受けたということもあって、ひどい有様ではあったが、建物の大半は全壊を免れていた。問題ない。廃屋だろうが幽霊屋敷だろうが、風雨をしのげる屋根と壁さえあれば十分だ。

 篝火が見える方向に馬を向けると、先遣隊のスタッフ並びにγ隊のイケルのじいさんが出迎えてくれた。

 

「じいさんとはいえ、ずいぶん早起きなんだな」

 

 ふおっふおっふおっと言って、イケルが笑った。

 

「この雨じゃから、強行軍をかけるだろうと思うてな。寝ずの番で待っておったんじゃ。ほれ、こっちへ来い。風邪をひかんよう、魔法で温めてやるぞい」

「すまん。頼むよ」

 

 シセルは掌に小さな光の玉を作り出すと、その玉を巧みにコントロールして、俺の腕から足、足から背中へと眩い光を照射していく。

 すると、見る見るうちに衣服の湿り気が取れていった。簡単なように見えるが、熱量を適度に調節するのは相当難しいはず。器用なじいさんだな……

 

 ヌシとガイラルは、アルタイルとシセルを交えて話し込んでいた。

 ふと、ルチアの方を見ると、

 

「な、何だよ……ジロジロ見るなってば」

 

 ジロジロって、まだ目が合ってから0.3秒くらいしか経ってないんだが……

 俺は見たものを即座に石化させる怪物か何かなの? なるほどどおりで、ロゼッタにいた頃は、みんな俺と目を合わせてくれなかったのか……

 

「ルチア。そなたもこっちに」

「僕はいいよ。自分で乾かすから」

「ほおん? 向こうに温かいスープを用意しておる。そなたも後で来るがよい」

「ああ……ありがとう」

 

 ルチアはうなずき、テクテクとどこかへ消えていった。何だ? うんこでも我慢してたんか? 

 

 それから俺はイケルと共に、討伐隊の本営がある建物へと向かう。

 ひび割れたステンドグラスに、所々崩落した石造りのドーム。奥に見える、右腕がもげた巨大な女神像。ここがかつての教会なのだということは、すぐにわかった。

 

 祭壇の前に、篝火が見える。

 その火を囲むように、チェスター、ルイーズらβ隊改めウェイ組の面々が見えた。俺が来たことに全く気づいていない。

 ムダにデカい話し声に、それぞれが右手に持っている盃を見て、大凡の事情は察した。

 

 いっつも思うけど、コイツら陽キャラの体力は底なしだよな……長旅で疲れ果てたあとに、どうしてそんなに騒げるんだよ。酒でバフかけてんのか? 

 ドドスコスコスコ〜ドドスコスコスコ〜ドドスコスコスコ〜♪ バフ注入♡

 

 そもそも女神像の前で酒盛りとか、罰当たりにも程がありませんかね……

 

「あ! アルタイルが帰ってきたわ~。ヌシにガイラル、おっつかれさまー!!」

 

 物理的な距離としては、俺が前にいてヌシやガイラルは後ろにいるはずなのに、当然の如くルイーズに無視された。

 コイツ、マジで俺のことスタッフの一人と勘違いしてるんじゃなかろうか……確かにモブ顔や、察せられないスキルには定評があるこの俺だが……

 

 朽ち果てた礼拝堂のベンチに腰掛け、イケルがよそってくれたスープをすする。玉葱をワインやら塩やらで煮込んだスープだ。先日のトメイトゥー入りのスープには劣るが、即席のキャンプメシとしては上出来な部類だろう。

 ややあって、シセルが戻って来た。

 

 じいさん二人に囲まれる俺。

 道中も野郎ばかりの旅路だったし、ここ最近女子力の枯渇が深刻である。麗しきソフィーお嬢様やライラと毎日のようにお話出来てた日々が、今となっては奇跡のように思える。

 情けない話だね。失ってからようやく、二人の大切さに気づくなんて……。コイツいっつも失ってから気づいてんな……

 

 「コウメイとチュウタツは?」と訊くと、シセルがグラス片手に応じた。

 

「もう寝てしもうたよ。姉妹で代わる代わる、三日三晩寝ず喰わずで祈祷を続けていたからのう。アレはなかなか根性のある娘たちじゃ」

「何を感情移入しとるんじゃジジイ。お前に娘はおらんだろうが」

「うるさいのう。おらんからこそ、こみ上げるものもあるだろうて」

「それを言うなら、第一娘じゃなくて孫の年代だろが」

「さっきから揚げ足ばかり取ってくるのう、このクソジジイは」

「お前もクソジジイだろが」

「おお?!」

「ああ?!」

 

 じいさん二人が年甲斐もなく言い合ってるのを見て、思わず吹き出してしまった。

「仲が良いんですね」と言うと、「「腐れ縁の間違いじゃろ」」とピッタリ息を合わせて返してきた。やはり仲は良いらしい。

 

「そうじゃニケ。こんなタイミングで訊くのもなんじゃが……試験のときに見せたおぬしの火炎球(ファイアボール)、アレは見事じゃった。して、アレは純粋な東洋魔術の術式ではなかろう? ワシの目はごまかせんぞ」

 

 そう言ったシセルの瞳を、俺は繁々と眺める。

 なるほど、やはり玄人が見ればすぐに看破されるか……

 

「ええ、違いますよ。俺の攻撃魔法のベースは、大部分を陰陽道から持ってきてるんで」

「陰陽道って……南洋のか」

「はい。陰陽道のフォーマットに、西洋や東洋の型を調味料みたいに継ぎ足してるイメージです。別に攻撃魔法に限った話じゃなくて、俺の魔法は大体そんな感じですよ。良いとこどりのツギハギ。人によっては、邪道以外の何物でもない」

 

 ほほうと感心の声を上げたのは、イケルだった。

 

「面白いことをやるヤツじゃのう。まさに型破りと言ったところか」

「じゃがニケ……おぬしはネウストリアの人間じゃろう。どこで陰陽道など学んだのだ?」

「師匠がいたんです。陰陽道出身の」

「師? 名は?」

「エンジュ。エンジュ・アテナ」

「……聞いたことがないのう」

「でしょうね。世間的には無名なんで。母の古い友人で、直接教わったのは、半年くらいの短い期間でしたけど……お二人は確か、ガラテアの出身でしたよね」

「そうじゃな。あんまし愛着ないけど」

「ワシはシセルとちごうてあるけどな」

「おいジジイ。毎度毎度後出しジャンケンみたいに、ワシの逆を行くのはやめんかい。卑怯じゃぞ」

「卑怯も何も、虚心坦懐に語ったまでよ」

「虚心坦懐の意味、知っとる?」

「……ガラテアと言えば、史上最年少で即位した騎士王が有名ですよね。実際、どんな方なんですか? 今は確か、二十歳くらいになってるはずですけど」

 

 俺の問いに、シセルとイケルが互いに目を糸のように細める。

 五秒ほどの沈黙のあと、シセルが言った。

 

「騎士王な……一言でいうと、ギャルじゃ」

「ギャル?」

「ああ」

 

 イケルが慇懃にうなずいた。

 

「ピチピチの、ギャルじゃ」

 

 いや、そんな力込めて言われても……

 騎士王がピチピチのギャル? 何というパワーワード……果たしてこれは、育成成功なのか失敗なのか。いや、俺的には間違いなく大成功なんだけどよ。

 

 そのときだった。

 不意に、床の上の備品がカタカタと揺れ、地響きのような重低音が周囲に伝った。

 

「何だ、地震か?」

「いや、ドラゴンの叫び声じゃ」

 

 俺の疑問に、シセルが応じた

 

「これでもう何度目になるかのう……よほどこの雨が気にくわないと見た。相当怒っとるぞアレは」

「まるでウンコをきばっとる時のお前みたいな声じゃな」

「じゃかましいわ」

「……襲ってきやしませんかね」

「心配ない。火竜は雨中で活動できんし、麓に討伐隊が集結しとるなんざ気づきようもあるまいて」

 

 ふーん……まあそれだけゴキゲンナナメなら、ガイラルの作戦も上手く機能しそうだな。

 

 スープの残りを飲み干すと、酒盛りをしている連中をよそに、スタコラサッサ。礼拝堂のバックヤードに用意された寝床に入って、長き一日の疲れを癒やすこととした。

 

 ちなみに女子は別部屋らしい。ガッカリ。

 まーた野郎だらけの花園かよ……これじゃ竜退治しても女子にモテる訳がない。ムキムキなオークに鬼の副官、トンガリエルフやジジイにばかりモテちまうよ……

 

 ガイラル曰く、明日はオフにするから休養に充てろとことなので、全力で惰眠をむさぼらせてもらうことにしよう。しかし休むのも仕事のうちとか、俺は仕事のために生きてるのか? 強くなることが、いつの間にか手段から目的にすり替わっていた戦士のような虚しさを感じる。

 あっ、明日って言ったけど明日じゃなくて、もう今日じゃねーか。クッソ……気付いたらもう朝とか、どんだけ働かされとるんだ俺は……ブツブツ。

 

 おやすみ。

 

 

    *

 

 

 翌朝は、アルタイルに起こされて目覚めた。

 

「起きるんだニケ君。いつまで寝てるんだ」

 

 寝ぼけ眼で上体を起こすと、そして誰もいなくなっていた。

 

 何だこのホラー。俺が一番早く寝たはずなのに……

 アルタイルがいなかったら、俺だけ世界に取り残されたのかと錯覚しちゃうところだったぞ……まあ精神的な意味では、確かに取り残されてるんだが。

 

「もうみんなとっくに起きてるぞ。δ隊もすでに到着している」

 

 アッハイ……それはまあどうでもいい知らせだな……

 細やかな雨音が、外から聞こえてくる。懐中時計で確認すると、午前十時過ぎだった。確か寝たのは四時くらいのはずだから……あれ? 言うほど寝てないな。

 つまり、俺より遅く寝たはずなのに、先に起きてる連中がおかしい←結論。

 

「ニケ君。準備ができたら、少し付き合ってくれないか」

 

 付き合う? ダメだ。俺はお前みたいな優男じゃなくて、ゴライアスみたいな無骨な男の方が好きなんだ。

 ハッ、俺は一体何を……いかん、まだ寝ぼけとるな……

 

「ヒョードルに面白い場所を教えてもらってね。廃墟探索と行こうじゃないか」

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