勇者にはなれない   作:高円寺南口

30 / 68
26 雨、無音、廃墟にて

 アルタイル曰く、昨晩には激しく降り続いていた雨も、朝が近づくにつれ穏やかになったそうだ。今ではしとしと細い糸のような雨が大地を濡らしていた。

 

 廃墟に降る雨とは、なかなかどうして心揺さぶられるものがある。

 

 昨晩は真っ暗でほとんど全容が把握できなかったが、俺が思っていた以上に村はかつての原形を留めており、ドラゴンの襲撃により壊滅した村と言うより、人が去って生活の音が途切れてから百年ほど放置された村と言った方が的確なように思えた。

 

「竜神信仰って知ってるかい?」

「聞いたことはあるが、詳しくはないな」

「バスティヴァル山脈は、太古の時代からドラゴンが住まう土地として知られていてね。ドラゴンがこの辺りの空を飛んでいるのは、ごく日常的な光景だったそうだ。ドラゴンは決して人に危害を加えることはなく、次第に人々は、ドラゴンがこの土地を守ってくれていると考えるようになった。トランシルヴェスタは平和が何よりの取り柄って、君もそんな言い回しを聞いたことがないかい?」

 

 俺はうなずいた。

 

「この地に天災や争いが少なく、作物は実り、凶暴な獣が寄りつかないのは、すべてドラゴンの加護のおかげ。人々のドラゴンに対する畏敬の念は、やがて宗教という姿に形を変えて実を結んだのさ」

「土着神ってヤツか。東洋じゃ珍しいな」

「そうだな。一神教のイリヤ教団が根を張ってる東洋だと、影でこういうローカルな信仰が共存し続けた地域は稀と言ってもいいかもしれないーー着いたぞ」

 

 坂を上り、案内された場所は、小高い丘の上に立つ半壊した神殿だった。

 討伐隊が本営に使っている礼拝堂より、規模も大きく、建築の様式も独特というかローカルだ。装飾や紋様が質朴としていて、イリヤ教団のそれと異なる。

 

 室内は薄暗かった。

 天井の一部が損壊しており、室内の一部に大きな水たまりができている。

 

 瓦礫の山を踏み分けてしばらく進んだ先で、アルタイルがパチンと指を鳴らした。掌から小さな光の玉がふわふわと浮かび上がり、辺りを眩く照らし出す。

 簡易魔法のトーチだ。

 

「ここだ」

 

 照らされた光の先に、地下へと続く螺旋状の階段が見える。足下が覚束ないので、俺もまた簡易魔法でトーチを作った。

 ぐるぐると五周くらい回って、ようやくブーツのつま先が地面を掴んだ。

 

「……洞窟か?」

「ああ。こっちへ」

 

 アルタイルの後に続いて、洞穴のような地下道を進む。

 地下ということもあって、襲撃の余波がここまで及ばなかったのか。あるいは魔術の力か……道の脇に並ぶ松明がまだ生きていたのが、この場の不気味さを逆に際立たせていた。

 ふと、奥に扉が見える。

 

 ぎいっと湿り気のある軋みと共に、開いた扉の先は、ここだけ日中かと見紛うほどに明るかった。それもそのはず。おびただしいほどの数の燭台に煌々と火が点り、洞窟の壁面に刻まれた巨大なレリーフを照らしていた。

 

「これは……見事な壁画だな。ドラゴンを祭ったものか」

「そうだ」

 

 アルタイルがうなずいた。

 

「ヒョードル曰く、あえて地下に作ったのは、イリヤ教団の目を避けるためだろうと。つまり、異教徒に対する弾圧が厳しかった、いにしえの時代に描かれたものと見て間違いないそうだ。彼は民俗学者でもあるからね。元々はカタコンベとして使われていたんじゃないかとも言っていた」

 

 ヒョードルって、あの亜人の?

 へぇー、意外だな。そういう方面に明るかったとは……

 

「でもこれ……ドラゴンに生贄を捧げている場面にしか見えないんだが」

「そのとおり。いわゆる人身御供(ひとみごくう)ってヤツだよ」

「うえっ。マジか……」

「ま、東洋じゃそれが普通の反応だよね。でも、自らが信仰する神に対して人身を供物として捧げるっていう風習は、世界的に見ると珍しくも何ともないんだぜ。生贄として選ばれることが名誉とされていた地域だってあるんだから」

「名誉?」

「ああ。その地域では、死イコール神の世界に踏み入ることを意味する。つまり、神々に下僕として仕えるにふさわしい者を送り出すことが、下界に生きる人間の使命と考えられていたんだ。そのため、生贄候補なる子供たちは幼少期から大切に保護され、一定の年齢に達するまで英才教育を施される。そして厳選に厳選を重ねた上で、神の国へと送り出される……そして生贄を輩出した一族は、神に近しい人間を輩出した誇り高き一族としての名誉を得るーーそういうシステムさ」

 

 システム。

 ほーん、システムねえ……んな野菜の出荷みたいに言われても。トコロ変われば常識も変わるというか何というか……

 

「んで。アルバ・ユリアはそんな前時代的な風習を、未だに続けていたのか?」

「いや。さすがにそれはないと思う。こういうのは時代と共に疎まれ、人形などの代用品を捧げるようになるのが一般的だとヒョードルも言っていたし」

「んじゃ、ドラゴンはそれに怒ったんかね」

「ん?」

「自然を敬意の対象ではなく、支配の対象として見るようになった人間どもへの警鐘として、見せしめに町を破壊したんじゃないの。知らんけど」

 

 何か格好つけた言い方をしてしまったが、要はこういうことだ。

 

 

送信元
りゅうおう
件名
最近私の求心力低下が半端ない件について
本文
もう我慢できない! 昔は毎年若い娘を生贄に差し出してくれたのに、

去年に至っては人間の頭に見立てたまんじゅう一つ……もういい加減にしてよ!  

これが神に対する仕打ち? 私だって、怒るときは怒るんだから!  

今に見てなさい、人間ども!!  

 

 

「……君は面白い見方をするんだな。アルバ・ユリアには、ドラゴンにまつわるこんな寓話があってね」

 

 口元を微かに綻ばせて、アルタイルが言った。

 

「村の代表として、生贄に選ばれた美しい娘がいた。しかし彼女には、永遠の愛を誓い合った恋人がいた。村の掟は絶対で、二人にはどうすることもできない。結局二人は、駆け落ちする道を選んでしまう」

「わかった。怒ったドラゴンが、その後村を焼き払うんだろ? よくある筋書きだ」

「いいや、そこは少しひねっていてね。困った村は、逃げた娘の妹を生贄として差し出すことにしたのさ。当然、選ばれた娘は困惑する。なぜなら彼女にもまた、永遠の愛を誓った恋人がいたからだ」

 

 FUUUUU……まーた永遠の愛ですか……

 どいつもこいつも、永遠なんて所詮はまやかしってのが、この寓話の裏テーマかと疑いたくなるレベルでホイホイ誓ってやがんな。

 

 当然、選ばれなかった男は困惑した。なぜなら彼は、いい年こいて失って困るものが何もなく、この世界から早急に消え去りたいと願っていたからだーーとかいうアナザーストーリーが裏で展開しててもいいんじゃないの?

 あっ、これ俺の話(以下省略)

 

「娘は最終的に、村のために犠牲となる道を選んだ。哀れなのは残された男の方だ……最愛の人間を奪われ、悲しみに暮れた男は、復讐を選択するのさ」

「復讐って何に?」

「世界にだよ」

 

 アルタイルは言った。

 

「男はその後、ドラゴンに告白する。村が嘘をついて、別の娘を差し出したこと。そのせいで、自分は最愛の人間を失ったこと……そして自分たちの保身のために、神さえも平然と偽るこの村には、天罰を下すべきだと。ドラゴンは彼の申し出を承諾し、一夜にして村を焼き尽くしてしまうーーやがて夜が明け、焼き尽くされた故郷の村を見たとき、男は我に帰るんだ。ひょっとして、自分はとんでもないことをしでかしてしまったのではないか? 何もここまでやる必要はなかったのではないかと……そして何より、亡くなった自分の恋人は、こんな結末を望んでいなかったはず……。

 激しい自責の念に駆られたあと、男はようやく、これが罰であったことに気づく。本当に身勝手であったのは他の誰でもなく自分自身であったのだと理解させるために、ドラゴンは自分の願いを受け入れたのだと、彼は悟ったんだ」

 

 炎に照らされた壁画をじっと見つめながら、アルタイルは告げた。

 

「深く反省した男は、その後改心して、竜神信仰の伝道者として生涯を捧げる道を選んだ。話はここで終わる」

「むう。いまいちスッキリせん結末だな」

 

 口元に手を当て、俺は言った。

 

「まず、最初に駆け落ちした二人は一切お咎めなしってのがモヤってするし。そもそも、この寓話のテーマは何なんだ? 個人的には、罪と罰的な話かと思っていたんだが……その割には、物語の着地点がちぐはぐな感じがするんだよな」

「ほう。鋭いね」

「鋭い? どういう意味だ」

「実はヒョードル曰く、この寓話は、歴史のある段階で結末が書き換えられたみたいなんだ。つまり、別の結末があった。当初の設定では、ドラゴンは男の申し出を承諾しなかったそうでね」

「ほう……そいつは面白い」

「ドラゴンに願いを聞き入れられなかった男は、さらに絶望を深め、自分の力で復讐を成し遂げようと誓うんだが……するとどういうことか、彼の身体はどす黒い闇に包まれた。そして意識を取り戻したとき、彼の目の前には焼き尽くされた故郷の村があった。なぜーーそう思うと同時、彼は気づくんだ。自分の身体が、すでに人間ではなくなっていたことに。あろうことか、彼の身体は、ドラゴンへと変貌を遂げていたーー」

 

 ポチャリと水滴が垂れ落ちる音が、洞窟内に反響する。

 外ではまだ、雨が降り続いているらしかった。

 

「すでに復讐の虜となっていた男は、やがて人間としての理性を完全に失う。破壊と殺戮のみを願う化け物と化してしまう。これが世に言う、悪竜の起源とされている……その一文を最後に、話は幕を閉じる」

 

 炎が揺れて、その影も静かに揺れる。

 洞窟に延びた自分の影をぼんやり見つめながら、やがて俺は言った。

 

「俺の性格の悪さも手伝っているんだろうが……すまん。個人的には、その結末の方が好きだわ」

 

 アルタイルはハハッと声を出して笑った。

 

「君ならそう言うような気がしたよ」

「でも、どうして書き換えたんだろうな。さすがに後味が悪すぎるからか?」

「そうだな。権力者が竜神信仰にまつわる話に結びつけたかったってのもあるだろうし……ちなみにヒョードルは解釈の余地が大きすぎるから、と言っていたよ。普通寓話ってのは、子供でもわかるような単純なストーリーラインに、ありがちな教訓で締めるものだけど……当初の結末だと、一番の悪者は誰なのか判然としない。登場人物誰の視点に感情移入するかで、物語の解釈が如何様にも広がり、教訓の部分を受け手に委ねすぎてしまう嫌いがある」

「要するに、寓話にしては生々しすぎるってことか。わかりやすい勧善懲悪ではない」

「そのとおり」

「しかしどちらの設定にしろ、最初に駆け落ちした二人がお咎めなしなのが残念だな……諸悪の根源がのうのうと生き長らえている辺りは、確かにリアルで評価できるんだが」

 

 アルタイルは再び声を出して笑った。

 

「君は妙にそこにこだわるんだな。俺は、二人にも十分罰が下されてると思うけど」

「罰? 何の?」

「例えば……生き延びた二人が、のちに真実を知らされたとしたらーーどうだろう?」

「んなこと、この寓話は語ってないだろ」

「だから例えばって言ってるだろ? 自分たちの代わりに誰かが犠牲になり、挙げ句村が滅んだと知れば……少なからず、彼らは罪の意識に苛まれるだろうね。そいつをずっと背負ったまま生きていかねばならないってのは、ある意味で死より辛い罰だと思うよ」

「どうかね。永遠の愛だの何だのほざいて、何もかも放り出して逃げ出すような連中は、そもそもそういう発想がないんじゃないの。二人だけは例外的に、いつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたしとでも言われた方が、万倍納得できるわ」

「君は本当に、人間嫌いなんだな……人間なのに」

「ああ。否定はしない」

 

 両肩をすくめる俺の隣で、くっくとアルタイルが苦笑する。

 

「そうやって色々考えさせるところが、この話が創作ではなく、実際にあった話なんじゃないかと一部で主張されている理由なんだろうね」

「実際にあった? 人間が悪竜に化ける話がか?」

「そこはさすがに、何らかのメタファーなんだと思うけど……その一点に目を瞑れば、中々に人間臭い話だと思わないか? 少なくとも、俺はそう感じたよ」

 

 否定はできなかった。

 牛が嘶き馬は吼え、悪徳は良識を駆逐する。昨日までの善人が、些細なことをきっかけに、簡単に悪しきへと流れてしまう。

 

 それが人間という種族だ。

 

 そういう意味ではこの寓話は、人間という種族の特徴を端的に示しているのかもしれない。

 

「ま、真実がどうあれ、俺たちには知りようがないけどね……今となってはもう、全て土の下だ」

 

 ぽつりとそう零したアルタイルの言葉が、胸中にわだかまる。

 外ではまだ、雨が降り続いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。