勇者にはなれない   作:高円寺南口

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27 決戦前夜

 小雨舞う中、翌日は戦場の視察が行われた。

 例のランデブーポイントである。腹を空かせたドラゴンをこの谷底平野に誘い出し、フルボッコにするのだ。

 作戦の流れは、おおまかに次の通り。

 

 ①ドラゴンが巣から飛び出すと同時、戦闘スタッフが狼煙を上げる。

 ②気流の流れに乗って、南下してくるであろうドラゴンを、各隊のサイドアタッカーが攻撃し、注意を引く。

 ③谷底に降り立ったドラゴンを、総力戦でしばき倒す。

 

 ②まではいいのだが、問題は③だ。

 誘い出すとはイコール、こちらに地の利があるということなのだから、コイツを利用しない手はない。要するに罠だ。

 賢明な諸君ならすでにお気づきであろう。そうです。デバフ大先生のご登壇です。

 

 実を言うと、今日の視察は俺にシセル、チェスターにテレサと、各隊でデバフに心得のある連中が、前もって「罠」を張っておくのが最大の目的だったりする。

 

 魔法には、時限式というプログラムが存在する。

 名前のとおり、あらかじめ仕掛けておいた魔法陣に踏み入った瞬間、起動して「ドーン!!」ってなるヤツだ。「ドーン!!」の種類は、どういう魔法を仕掛けるかによる。

 

「クケケケ……起動する瞬間を思い描くと、ワクワクして仕方ねェな……」

 

 嬉しさの余り、心の声が漏れ出ていたらしい。

 

 顔を上げた瞬間、δ隊のテレサが真顔で俺を見つめていたことに気づく。同じくδ隊で、女戦士のベアトリクスと、コンビで旅を続けている魔法使い……だったような気がする。

 年頃は、俺と大差ないように感じる。同じ女魔術士といえど、ルイーズのようなアート(笑)な感じではなく、知的で落ち着いた雰囲気の女性だ。どこぞの財務官僚と名乗られても違和感がない。

 

 彼女は眼鏡のブリッジに手を当てると、俺に言った。

 

「ニケ。そう言えばあなた……ロゼッタの出身だったわよね。ドロシーのこと、知ってる?」

「お?」

 

 知ってるも何も、俺はアイツのファンクラブ会員第九号、十傑のうちの一人「キモさ余って憎さ百倍、漆黒の弾丸(ダークネス・ブレット)ことニケ」とは俺のことだぞと言いたかったが、冷静に考えなくても気持ち悪いのでやめておいた。

 

 まあ実際、ファンって表現が的確かどうかはわからんが、魔法使いとして彼女が非常に魅力的な逸材であることは事実だ。

 恵まれない体格から、あらゆるクソみたいな魔法を過去にするパーフェクトな魔法……ありとあらゆる魔法に精通した、東洋魔術の理想を体現したような奴だからな。

 言うなれば、ロマンの塊。

 

 別に俺に限った話じゃなくて、同業者の魔法使いなら、多かれ少なかれアイツに憧れや畏敬、あるいは嫉妬のようなものを見出すはずだ。

 早い話が、無関心の範疇に留めておくことができない。天才の定義の一つなのかもしれんな。

 

 何よりアレでまだ十代前半ってのがね……未だ発展途上とか、ロートルの魔術士からしたら勘弁してくれよって話だ。

 恵まれない体格の方も、あきらめなければまだまだワンチャン……

 

「知ってるよ。向こうは俺のこと知らないから、要するに他人だけど」

「そう……あなたといいドロシーといい、ネウストリアの魔法使いってのは、徒党を組まない者ばかりなのかしら。良くも悪くも、古き良き時代の魔法使いの在り方に忠実というか……まるで尻尾が掴めやしない」

「ん? どういう意味だ」

「言葉通りの意味よ。ある日突然、降って湧いたように現れては、突然消えたりする……二年前彗星の如く現れて、ギルドの魔法使いクラスでいきなりランク一位になったときも驚いたけれど、今回はあの時以上ね」

「……すまん。さっきから何を言ってるのか、さっぱりわからないんだが」

 

 趣味のデバフいじりから手を離し、デバフおじさんこと俺はその場から立ち上がる。

 目が合って二秒、テレサが信じられないような面持ちで言った。

 

「あなた、まさか知らないの? ドロシーが、行方をくらましたって」

「へ?」

「確か、二週間ほど前だったかしら……ドロシーが突然ギルドから登録を抹消して、ロゼッタから姿を消したの。事実上、勇者の仲間になることを辞退したって。ロゼッタや大陸の魔術協会は、今その話題で持ちきりらしいわ」

「……え? マジで……でも何で」

「それがわからないから、みんな騒いでるのよ。ごめんなさい、てっきり知っているものだとばかり思っていたから」

「……」

 

 考えれば考えるほどに、わからない。

 アイツは順当に勇者の仲間になって、行く行くは四大英雄(仮称)の一角として名を連ねるのだろうと思ってただけに、この知らせは衝撃的だった。

 

「これから先の人生を考えたとき、本当にこのメンバーでいいのか。自分の居場所はここでいいのか。ここにいて、自分は自分のやりたい魔法を奏でることができるのか。人間性や感性、人生観のズレ……贅沢な悩みであることは重々承知しています。わがままと言われても仕方ないと思います。でも、自分と真剣に向き合った結果、向き合えば向き合うほどに、脱退という選択肢しかない、という気持ちが自分の中で大きく、そして強くなっていきました。一度しかない人生、こんな私の決断を尊重してくれたメンバーの皆には感謝の気持ちしかありません。本当にありがとう」ってことなのか?

 

 いや、そもそもやめてどうするつもりなんだ。

 せめて仕事にありつけている今この瞬間だけでも、精一杯マウントを取らせてもらうぜ……持たざる僕から、持てる君へと捧ぐこのエール。聞いてください。

 

 はーい、はい! はい! はい! はい! はい!

 無職! 無職! やーいやーい無職! 無職! 無職! やーいやーい無職! 無職!  無職! やーいやーい無職!(※以下無限リピート)

 

 っておいコラ。

 

「悪い。世情には疎いモンで、全く知らなかった……教えてくれてありがとう」

「いえ……私も何か知ってたら、って思っただけだから。同じはぐれ魔術士同士、もしかしたらって……ごめんね。作業中のところ、邪魔しちゃって」

 

 そう言うと、テレサは踵を返し、トラップ設置の作業に戻った。

 

 同じはぐれ魔術士同士、ね……

 いいこと教えてやるよテレサ。ぼっちとぼっちが交わることはない。なぜなら、俺たちはぼっちだからだ。Q.E.D.

 

 さて、俺も日課のデバフいじりに戻るかと思ったところ、ガイラルとシセルが何やら話し込んでいる。

 

「こんな想定でええか、ガイラル? あんまり数打ちすぎても、万一白兵戦に突入したときに、前衛が誤爆してしまう可能性があるじゃろ」

「そうだな。場所と種類だけ、遺漏無く伝えてくれ。前衛に覚えさせるから」

「アルタイル辺りはともかく、他の連中は覚えられるんか? はっきり言ってアホそうなんじゃけど」

「覚えるんじゃない。覚えさせるんだよ」

「……数減らそうか?」

「……。いや、そのままでいい」

 

 今一瞬考えたな、ガイラル……

 

 シセルのじいさんも、中々に毒舌じゃないか。

 確かに、ヌシを筆頭に討伐隊の前衛は、「戦うことは、暴れることと見つけたり」みたいなパワー系の連中ばっかりだしな。一個くらい誤爆しても、「あちゃー……まァ人生そういうこともあるわナ」くらいにしか考えてなさそう。

 頭の小回りが利きそうな前衛って、割とマジでアルタイルとヒョードルくらいしかいないんでは……

 

 まあそれもこれも、時限式の使い勝手の悪さに由来している。

 発動条件は、陣に踏み入ること。シンプルに、それだけ。特定の誰かが踏み入ったときにだけ発動するなんて便利なアルゴリズムは、残念ながら発明されていない。

 だから、味方の仕掛けた時限式を踏み誤って前衛が負傷するなんて事例が、戦場じゃ頻発する。魔法使いと戦士の因縁を増長させてきた要因の一つとも言える。

 

 また、一度仕掛けた陣は、時間が経てば自動的に消滅するが、術者の意志で任意に発動させたり、停止することはできない。

 解除は理論上可能だが、仕掛けた罠が高度であればあるほど、それに比例して時間はかかる。複雑で頑丈な錠前ほど、解除に時間を要するのと同じだ。魔法の世界は、創造より破壊の方がずっと困難であることが多い。

 

 一応、任意で発動できる術式もあるにはあるのだが(猶予式という)、これは仕掛けてからせいぜい数十秒の範囲でしか留め置くことができない。

 したがって、今回のような「ドラゴンさんいらっしゃい」の状況だと、時限式がベストな選択肢となるのだ。

 

「ニケ。終わったか?」

 

 ぼけっと突っ立っていたら、ガイラルに声を掛けられた。

 

「とりあえず、あそこと、そこ。一時間後に有効化して、大体二十四時間後に消滅するよう設定してる」

「種類は?」

「まずあっちが、干渉束縛妨害抑圧混沌の全部乗せ」

「全部乗せ?」

「といきたかったんだが、ここで過剰に魔力割くのもどうかと思ったんで、断腸の思いで抑圧をチョイスした」

「……抑圧って、束縛とは違うのか?」

「全然違う。抑圧は上から来る感じ。束縛は主に横、時々下からも来る。人間関係で言うなら、上司や目上からの嫌がらせが抑圧で、同僚や親類、友人とのしがらみが束縛だ」

「やけに具体的だな……もう一つは?」

「攻撃魔法の時限式を仕掛けておいた。属性は土。拘束するには氷が一番向いているが、火竜が相手だし、その次に向いてる土にしといた」

「なるほど。了解」

 

 何かもっともらしいことを言ってしまったが、本音を言うと、俺には氷の時限式なんざ難しくて、到底扱えない。

 言ったじゃろ? 氷は水の次に苦手だって。水が苦手なら、水の派生である氷が得意なワケがない。

 

 氷といえば、御前試合でドロシーさんが、氷の刃を無数に作り出して自在に操作してたけど……あんなん俺には絶対できん。さらっとやってたけど、あれハイパーウルトラ高度な技術の寄せ集めだからな。職人芸と言っても差し支えないレベル。

 

 第一、氷と雷は、制御が鬼のように難しいのだ。

 メチャクチャ曲がるがゆえに、かえって使い勝手の悪い変化球みたいなモンだ。その分ハマれば、それ一つだけで無双できるくらいに強いんだけど。氷と雷が、上級者向けと言われる由縁でもある。

 

「それより。川上の方は大丈夫なんか?」

「ああ。さっき伝令からヌシの報告が上がってきた。予想以上の雨量で、はち切れんばかりだそうだ」

「ほう……コイツでカタがつけば、御の字なんだがなあ」

「全くだ。戦いなんざ、戦わずに済むのならそれに越したことはない」

 

 足下の干上がった川から視線を上げ、俺は西の空を見上げる。

 連日の雨は、昨日から小降りになっているものの、空が腹を空かせたかのように、雲の隙間から雷鳴を轟かせていた。風の流れが変わってきている。

 

 決戦の時は近い。雷雲が去れば、明け方過ぎには青天が広がるだろう。

 

     *

 

 決戦の時は来たれり――

 

 と言いたかったが、実際には中々来てくれなかった。

 理由は簡単。俺のスピリッツがソウルブレイクしたからだ。要約すると、緊張して寝付けなかった。

 

 こりゃダメだ、一旦起きて外の空気でも吸ってこようと思い、俺はモソモソと寝床から這い出る。

 討伐隊の皆は、夜回りのスタッフを残してスヤスヤグゥグゥと眠っていた。緊張で寝付けないチキンはどうやら俺だけらしい。

 ちなみにヌシは、イビキがうるさすぎるという理由で、初日早々別の部屋に追いやられている。

 

 礼拝堂を出ると、満点の星空が迎えてくれた。東の空に浮かぶ月。南の空に瞬く星座は、冬の五角形か。

 久方ぶりに拝んだ雲一つ無い空は、胸が空くくらいに美しい眺めだった。

 

 吐く息は白い。

 空気は肺の底が冷たくなるくらいに澄んでいて、もうとっくに冬が来ていたんだなと実感させられる。そりゃそうだ、もう12月だもんな。

 ここ最近、忙しなく行動していたせいか、時が過ぎ去るのが無性に早い。季節の巡りが異様に長く感じた無職時代とはエラい違いだな……

 

 そうやって、物思いに浸っていたのも束の間。

 妙なノイズが耳を伝った。

 

 まさか……幽霊? 屍鬼(グール)の類いでもうろついてるんじゃなかろうな……

 言うなればこの村は、古戦場のようなものだ。大規模な戦いが起きた場所は、得てして現世に未練を残した兵士の亡霊や、屍肉を貪るアンデッドのたまり場となりやすい。

 ゆえに現地の人間は聖職者に頼んで、霊を弔ってもらうと同時に、屍鬼を寄せ付けないよう結界を張り、大地の汚れを祓ってもらうのが、いにしえよりの習わしだ。

 

 現にアルバ・ユリアも、先遣隊のスタッフが、被害状況の調査の際に、村人の死体を回収し、穢れを払う儀式を速やかに行ったとガイラルから聞いている。

 

 まさかな……と思った矢先、また雑音が聞こえた。

 よっしゃ寝るか!! という訳にもいかなかったので、というか放置したままでは俺のチキンハートが朝までギンギンなこと必定だったので、仕方なく音のする方へ向かうこととした。

 万一に備えて用心深く、無音の歩み(ウォーカーインザダーク)を発動して、物影をそろりそろりと移動する。

 

 すると――

 

「あれは……ルチアか?」

 

 目を凝らした先には、紛うことなきトンガリの姿があった。さらに奥には……スタッフの女性がいた。姿を見るたび、丁寧に会釈してくれる人だったから、はっきりと印象に残っている。

 

 ……。

 アイツら、こんな時間に何してんだ? てか、あのトンガリ、夜な夜な女の子と逢引きとはどういう了見だ。野郎だらけの花園で息が詰まりそうな俺とは対照的に、いいご身分じゃねえかああん?

 寝床でアイツの姿を全然見かけないなと思っていたら、なるほどそういうことかよ……しかもこんな人目をはばかってコソコソ……クソ!! くやしい!!

 

「……全く、厄介な案件を掴まされたもんだ」

「まあまあ。だからこそ、あの御方は貴方を派遣したんでしょう」

「良いように使われてるだけだろう」

「フフフ……でも、気になりますね。ルチアさんの言うことが本当なら、この事件は相当根深い……アルル公も慎重になる訳です」

「あの男は大したタヌキだよ。おそらく全て勘付いて、知らぬ存ぜぬを貫き通そうとしてる。六大諸侯なんて、権威だけが誇りの出来損ないの集まりと思っていたが、あいつは別格だ。敵に回すべきでない人物とは、ああいう手合いのことを言うんだろうな」

「ヌシさんやガイラルさんにも、真意は伝えていないと?」

「おそらく全てはね。ガイラルはともかく、ヌシは芝居ができる性格じゃない」

 

 二人とも小声なのもあいまって、さっきから何の話をしているのか、イマイチ聞き取れない。

 とりあえず、「ルチアきゅん……いや、もう少しだけ側にいさせて……」といった胸糞案件でないことは理解したが……

 

 長い沈黙の後、女性が口を開いた。

 

「……どうすれば」

「そんなの決まってる。僕らも予定通り、与えられた仕事を忠実にこなすまでさ……いいか。くれぐれも、余計な気は起こすんじゃないぞ」

 

 ルチアが、いつになく真剣な声色で言った。

 

「敵はもう、()()()に紛れてるかもしれないからな」

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