翌日明朝。
結局あれから一睡もできなかった……と言いたいところだが、存外グッスリ寝られた。
俺もアホではないので、今回のクエストが胡乱な事件であることは百も承知してる。当然、トンガリの素性が怪しいことだって察しているし、アイツが暇つぶしの気まぐれにこのクエストに参加したのだろうと無邪気に信じるほど、ピュアな人間でもない。
トンガリもトンガリなりに背負う立場があって、このクエストに参加していると考える方が、どう考えたって自然だわな。これがきな臭い事件だというなら、なおさらそうだ。
しかし、だからと言って、俺にそれ以上どうしろと言うのだ?
俺は名探偵でもなければ、物語の主人公でもない。ましてコイツは仕事なのだ。下手に首突っ込んで、余計なことに巻き込まれるとかマジで勘弁願いたい。
早い話が、「もう我慢できん、こんな所にいられるか! 俺は(実家の)部屋に戻るぞ!」と怒り狂うのも一興なら、「よくわかったな……俺が真犯人だと」とハナクソほじって屁こくのも一興という訳だ。
そんな訳で、大人しく開き直ることにした。
ルチアの言う敵とやらが何なのかはわからんが、あの言い草だと即座に害をなすものではないのだろう。彼にとっての敵対勢力に与する者が討伐隊に紛れ込んでるとか、その辺かね……まあ何にせよ、蚊帳の外の俺が取り越し苦労をしたところで意味がない。
パチンと両の頬を叩いて、今は目の前のバトルに集中集中……と念じる。
すると、隣にいるコウメイがにへらと笑った。
「気合い入ってんなーニケ。百パーセント勇気、もうやりきるしかないのだ」
何言ってるのかよくわからんので、申し訳ないがスルーする。
しばらく林に身を潜めていると、木々の合間から、西北の空に狼煙が上がったのが確認できた。ドラゴンが巣を飛び立った合図だ。
「なあコウメイ。ずっと思ってたんだが……川辺に置いてある、木彫りの像みたいなのは何だ?」
「よくぞ聞いてくれたニケ……あれぞボクギュウリュウバなのだ」
あーそれな、ボクギュウリュウバねボクギュウリュウバ。だと思った~最近流行ってんよね~超ウケる~……って、わかるか。
一見すると荷車なのだが、前部が牛の頭のように尖って、後部が馬のケツようにしなやかなフォルムをしている。あれぞトルファン三千年の歴史がなせる神の御業……沈々とした趣を感じるぜ。沈々?
眉間に皺を寄せたまま笑顔を浮かべるというよくわからん表情をしていると、前列のチュウタツが補足してくれた。
「まあその、説明が簡単すぎて逆に難しいんですが……あれでドラゴンの注意を引けたらいいなっていう……」
「え? それだけ?」
「一応、触れたら起爆する呪符を仕込んでいます……そうじゃないと、ガイラルさんの許可が下りなかったので」
「ドラゴンは牛さんや馬さんが好物なのだ。きっと引き寄せられるに違いないのだ」
ワクワクウキウキ、子供のように嬉々としたした表情を浮かべるコウメイを見て、俺は思った。
コウメイお前、実はとんでもないバカなんじゃ……
「さて、そろそろですよ……目標確認、およそ三千メルト先」
千里眼を行使して、チュウタツが言う。
俺の目には、言われてみたら何かおるなくらいにしか映っていないが、彼女の視界は、すでにはっきりとドラゴンを捉えているのだろう。
五秒後、地響きのようなドラゴンの雄叫びが聞こえた。
「……始まったか」
作戦は第二フェーズへと移行する。
α隊のルチア、β隊のチェスター、ルイーズ、γ隊のイケル、δ隊のオーウェンたち馬上のサイドアタッカーによる一斉射撃が始まった。
彼らの目的は、陽動。
弓や魔法による遠距離攻撃によってドラゴンを挑発し、昨日仕掛けたトラップ地帯へと誘導するのだ。
ドラゴンの叫び声と前後して、爆音や破裂音がこだまし、黒煙が舞い上がる。味方の魔法か、ドラゴンのブレスによるものか、この距離からだとイマイチ判然としない。
そして徐々に、確実に、蹄鉄の音がこちらへ近づいてくる。
「友軍右からβ、α、γ、δ……扇状に展開。目標接近、およそ五百メルト。到達までおよそ三十秒」
黒煙の帳を破って、味方が次々姿を現す。ここまで近づけば、自分の目でも姿が追える。δ隊のオーウェンが離脱し、継いでγ隊のイケルが横道に逸れる。
遅れて、真打ちがおいでなすった。
深紅の鱗に、馬鹿でかい翼。獰猛さを象徴する、鋭き爪と牙。大気が震えるくらいに馬鹿でかい咆哮は、見る者に戦慄を刻む。
ドラゴンのお出ましだ。
「でけぇ……」
これほど近い距離でドラゴンを見るのは初めてだったので、まともに聞いてると頭がイカれそうになる雄叫びよりも、その堂々たる巨躯に目が行った。
優に十メルトを上回る大きさだ。ヌシの五倍、ゴライアスのおよそ七倍と言うとわかりやすいだろうか。いやわかりづらいよ。
「目標接近、およそ二百メルト! 残り十秒で到達!」
その辺りで、β隊のチェスターとルイーズが手綱を捌いて、旋回するように馬の進路を変える。ドラゴンが反応し、ルイーズの方へと向かった。
「ちょっと! 何で私の方に来るのよ~!」
ルイーズが何やら叫んだと同時、先頭を走っていたトンガリ……じゃなかった、ルチアが巧みに背面騎射。
目元に刺さって、ドラゴンが急停止。一段と甲高い声で鳴く。
「お前の相手はこの僕だ。巨大トカゲ」
カッコつけやがって……ムキー!! と地団駄を踏みたい所だが、現実にはドラゴンの鳴き声がうるさすぎて、ルチアが何言ってるんだか全く聞こえなかった。
という訳で、さっきの台詞は僕の想像です。実は何も言ってないまである。
「いった~い! もう許さないんだから!!」とばかりにドラゴンが方向転換、ルチアへと牙を剥く。
翼が一段と大きく動いて、その風圧で周辺の木々がよろめいた。
「来ます! ニケさん、コウメイ、予定通り準備を!」
「いつでもいけるぜ」
「オーキードーキー、なのだ」
先ほどの一幕で、開いたはずの距離が、みるみるうちに縮まっていく。全速力で駆けるルチアと、追いかけるドラゴンの距離が、刻一刻と近づいていく。
逃げ切るか、食われるか――
喉がひりつくような緊張感が走ったあと、まばゆい閃光が炸裂する。
刹那、ルチアの乗馬が踏んだ罠が起動。
魔法陣から
ルチアが踏んだ――正確に言うとわざと踏んだ罠は、ガイラルが事前に張っておいた時限式。すなわち転移魔法だ。
転移魔法の発動により、ギリギリまでドラゴンを引きつけたルチアが、脇の林に緊急離脱。奥に控えるトラップ多重地帯に、ドラゴンを突っ込ませる。
言葉で説明すると、造作もないことのように聞こえるが、むろんルチアの卓越した馬術と、冷静な判断能力があってこその賜物である。
忌々しいけどあのトンガリ、有能なのよね……忌々しいけど。
久方ぶりの乗馬でケツが割れるとか抜かしてた俺には、到底できん芸当だ。たぶん俺がやったら、目標まで残り千メルトくらいで落馬してその辺の石に頭打って死んでる。
ドラゴンは唐突に消えたルチアに驚き、慌てて急停止しようとする。
狙い通り。
さーて、ここらで我らが鬼の副官、ガイラルの言葉を思い出すとしようか――
(――停止することに意識が向き、周囲への警戒が疎かになる。
「蒼天
傍らのコウメイが、呪符をかざして詠唱を開始。金色に彩られた、奇怪な八角形の魔法陣が足下に浮かび上がる。
「痛いの痛いの、ぶちかましたらんかいゴルアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
ふと、ドラゴンを巨大な影が覆う。奴が気付いたときには、もう手遅れだった。
巨人だ。
モノノフを彷彿とさせるシルエット。二十メルトに迫る石造りの巨人が、突如として出現し、その馬鹿でかい右腕が、ドラゴン目がけて鉄槌の如く振り落とされる。
容赦ない一撃。
ミシリと空気が潰れるような音がして、ドラゴンが撃ち墜とされる。轟音と共に、衝撃で大地が削れ抉られ陥没し、震動と共に砂塵が吹き上がった。
「あああああ!! わっちのボクギュウリュウバ……勢い余って潰しちゃったのだああああ!! うぅ……天下大凶……」
やかましいコウメイの隣で、俺は「ヒューッ!」と口笛を鳴らす。
大したモンだ……久々に骨のある黒魔法を見せてもらったぜ。精巧な彫刻のようなフォルムから繰り出される、大迫力の一撃。
土の上級魔法は、こうじゃなくっちゃな。
実際問題、一流の土使い同士がぶつかると、互いにぼくのかんがえた最強の
地味だなんて言わせてたまるかよ。土ってば、マジアート。超アート。これぞロックに息づく脈動よ……転がる石には何とやらってな。
巨人が姿を消すとほぼ同時、仕掛けておいた罠が起動する。
ふらふらとよろめき、その場から何とか立ち上がろうとしていたドラゴンの上空を、黒き闇が覆った。
すると次の瞬間、ノイズが走ったかの如く空間が歪曲して、ドラゴンが不自然に震え出す。身体が押え付けられるようにして地に伏す。
メリメリと大地が穿たれ、亀裂が走ってクレーターを形成していく。
「抑圧のデバフ! あれを仕掛けたのは――」
「俺だ」
驚いたようなチュウタツに、俺は背筋を伸ばして両腕を組み、口の端を上げた不敵なスタイルで応えてみせる。
数あるデバフの中から、俺のデバフを引き当ててくれるなんて……くゥ~! ドラゴンさん、アンタはお目が高い!!
ドラゴンは何とかして立ち上がろうとするが、魔力による抑圧を容易には振りほどけない。当然だ。
抑圧とは要するに「限定した空間における重力操作」であり、重力操作は数ある魔法術式の中で、俺が最も得意とする分野でもある。
デバフおじさんの朝は早い――デバフ大好きおじさんが一つ一つ丹精込めて作った、愛情百パーセントのデバフを舐めるなよ。
どうぞ、愛の重さに潰れて死んでくれ。
「グエエエエアアアアア!!!」と、ドラゴンが尋常でない叫び声を上げる。
火事場の馬鹿力とでも言うのか、重力に抗って、身体を無理矢理起こそうとする。が、結果としてその抵抗が
もがこうとした前足が、別の時限式に触れる。
触れた瞬間、地面からニョルニルと無数の植物の蔓が湧き出て伸縮し、ドラゴンの身体にまとわりついては絡みつく。
さらに別の場所にあった、時限式がリンクして起動。ドラゴンの四肢と翼が一瞬で凍り付いた。
土と氷の連鎖陣――
時限式のうち、どちらか片方が発動すれば、もう一方も発動する。それが連鎖陣だ。
仕掛けたのはおそらく、シセルのじいさんだろう。ああいうデバフの高等テクニックを使いこなす魔術士は、俺以外だとあのじいさんくらいしか思い当たらない。
ドラゴンがいる場所を挟んで、南の方角に上がった赤色の狼煙を確認してから、俺は言った。
「追い討ちは不要――みたいだな」
「ええ。術式を解除していいですよ、ニケさん。ここまで時間稼ぎができたのなら、もう十分かと思います。その証拠に――」
チュウタツが、俺とコウメイの目を交互に見て、言った。
「来ますよ。
ドドドドドドと、何かがけたたましくこちらへ突き進んでくる音が聞こえる。
押し寄せる現実の波の音だろうかと思ったが、案ずるなかれ。ここは俺の自室じゃない。よって、主に平日の朝方に観測される、恥の多い人生への敗北感から生じる激しい動悸の音でもない。
転じた視界の先、映し出された光景は、いつかアルルの競馬場で見た景色を彷彿とさせた。
最終コーナーを回って鞭が入り、決勝戦目がけて殺到する馬群のよう――
「
決河の勢いで押し寄せた大量の水が、瞬く間にドラゴンを飲み込む。谷底平野一体が、あれよあれよと水浸しになる。
言っておくが、これは魔法ではない。
チュウタツ・コウメイの風水術により雨が降り出すより早く、先遣隊が川の上流に大量の土嚢を積み、水の流れを堰き止めていたのだ。
ドラゴンがデバフで拘束された頃合いを見計らい、狼煙を合図にスタッフたちが土嚢の堰を決壊させる。
すると、連日の雨ではち切れんばかりに貯められた水が、怒濤となって川下へと流れ、ドラゴンを飲み込む……そういうカラクリだ。
立案したのはもちろん、我らが鬼の副官ガイラル先生である。
何という鬼畜外道……貴様それでも神官か。ブリーフィング時、そこまでやる必要あんのかとクルーガーが皮肉っぽく告げたところ、「やり過ぎなくらいがちょうどいいんだよ」と即座に斬り返してきたあたり、あの男は中々どうして骨のある畜生である。
「……やったか?」
「ええ……索敵結界にも反応がありません。生死は不明ですが、意識を失っている状態にあることは間違いないと思います」
「作戦が順調に進んだおかげなのだ。ニケの出番がなかったのが、その証拠なのだ」
コウメイが俺を見て、脇腹を小突く。
確かに彼女の言うとおり、俺はここまで何もしていない。両腕を組んで突っ立ったまま、一人実況に勤しんでただけだ。
索敵と指揮役を引き受けていたチュウタツと、ドラゴンを地面へ叩き落とす大役を任されていたコウメイと比較すると、俺の貢献度はまるで皆無である。
割とマジで「え? いたの?」と疑うレベル。何ならいなかった方がマシまである。
しかし、これには理由がある。俺に任された役目は遊撃だったのだ。
ルチアが上手く離脱できなかったとき、コウメイの攻撃が失敗に終わったとき、ドラゴンがデバフを振りほどき、こちらへ襲いかからんとしたとき……
何らかの不測の事態が起きたときは、俺が真っ先に攻撃魔法を放ち、場合によってはオペレーション「水攻め」、またの名を「決壊戦線」を中止して、白兵戦に移行する予定だった。
つまり、本来α隊の俺がγ隊と行動を共にしていたのは、ガイラルからそんな特命任務を与えられていたからなのである。
「ニケ。お前はクビだ」
「お前みたいな足手まといは、僕たちのパーティーには要らないんだよ」
と言われて、α隊から追放された訳ではないので、賢明な諸君には何卒ご理解をいただきたい。
ククク……ドラゴンさんよォ、アンタついてるぜ。俺という最終兵器が戦場に投入されていたら、お前はすでに骨一つ残ってなかったろうからなァ……
やがて水が引き、ドラゴンの姿が露わになる。
時間の経過で、すでにデバフによる拘束は解除されているが、ドラゴンは微動だにしない。意識を失っているのか、死んでいるのか……
いずれにせよ、あっけない結末ではあった。
戦闘というよりモンスターハンティングのような手際の良さで、肩透かしを食らった気分だ。
まあ、いつぞやかガイラルが言っていたとおり、戦いなんざ戦わずに済むのならそれに越したことはないんだが……
「おや? あれは……β隊の……誰なのだ? 姉上」
「チェスターとルイーズじゃないかしら。おかしいわね。あの二人は戦線から離脱した後、β隊に合流するはずだったけれど……」
ふと、南の丘を見る。ガイラルとヌシがいる本陣だ。狼煙はまだ上がっていない。
オペレーション「決壊戦線」が上手く運んだ場合……つまりパターン・レッドの場合は、本陣から狼煙が上がるまで全軍待機だったはずだが……
「まさかあの二人、勝手に向かってるんでは……」
「「え?」」
姉妹が声を揃える。
あり得ない話ではない。アイツら二人は、ドラゴンの素材がどうのこうの言ってたからな。お宝の鮮度が気になって仕方ないのだろう。
ドラゴンの牙や鱗、果ては内臓や竜涎香といったアイテムを、武器や防具屋、薬師など、その道の専門家に高い値段で売りさばくのが目的なのだ。
早い話が、転売クソ野郎である。
実際、ドラゴンの素材はその貴重さから、市場では仰天するような高値で取引されるそうだが……
俺たち三人が布陣している林は、全部隊の中で「ドラゴンさんいらっしゃい」の現場に一番近い所に位置していたので、チェスターとルイーズの会話が漏れ聞こえてきた。
「楽勝だったわねー。散々警戒してた割には、ザコすぎて拍子抜けだけど」
「カカッ! その割にはドラゴンがお前の方に行ったとき、めちゃくちゃ焦ってたじゃねえか」
「うっさいな……そりゃあんなのに目付けられたらビビるっての」
「ルチアには感謝しとけよ。アイツは大したタマだ」
チェスターが馬を降り、大地に横たわるドラゴンの身体に上る。そして、腹部を乱暴に蹴飛ばした。
「白玉楼中の竜となったか……ざまあねェな巨大トカゲ」
「これだけデカいと、取れ高も大きそうね~。楽しみだわ」
「カカッ! お前は本当に現金な女だぜルイーズ……」
声でけえなアイツら……陽キャはいかなる時も、腹式呼吸で発声しなきゃいけない決まりでもあんのか?
そんな風に思った矢先、チュウタツに声を掛けられる。
「どうしましょうか、ニケさん。私たちも向かうべきでしょうか……」
「うーん……そうだな」
応じようとした、まさにその瞬間だった。
ドラゴンの身体が、熾火のように紅く明滅する。
影が揺れて、チェスターが咄嗟に振り返ると同時、ドラゴンが首を起こして炎を吐いた。
俺も、チュウタツもコウメイも、突然のことに言葉を失った。
やがて、チェスターから少し離れた所にいたルイーズが、両手で口元を抑え、呆然とその場に立ち尽くした。
「え? う、うそ……チェスター……そんな」
ドラゴンが「グエアアアアアアアアア!!!」と耳をつんざくような雄叫びを上げる。そして前足で地面を荒々しく掴み、その先にいるルイーズを見下ろす。
「あ……あ……やめて」
ドラゴンが深く息を吸い、体内の火袋が明滅して、彼女がやられると思ったその瞬間、突如閃光が散って、ドラゴンの頭部で爆発した。
魔法ではない。おそらくは爆薬の類い――
「馬鹿野郎ルイーズ! さっさと逃げやがれ!!」
驚いた。
なぜなら声の主は、先ほどの一幕で死んだと思っていたチェスターだったからだ。
なぜ――そうか、マントか。よく見れば先ほどまで、チェスターが身につけていたマントが消えている。
彼が装備していたマントは、モンスターの皮を編み込んだ特殊な生地でできており、防火性が極めて高い。おそらくは咄嗟にそれを身代わりにして、事なきを得たのだろう。
「一体どうなってやがんだ、この巨大トカ――」
何か口走ろうとした瞬間、ドラゴンの尻尾がうなり、チェスターが側面の岸壁に叩き付けられた。めり込んだ、と言ってもいい。
それとほぼ同時、ドラゴンの前足が振り払われて、今度はルイーズが吹き飛ばされる。呻き声も虚しく、砂塵の隙間から、二人の身体が崩れ落ちる瞬間が見えた。
「姉上、ニケ! このままでは――」
「わかってます!」
「くっ……」
コウメイが言うとおり、やるなら俺かチュウタツのどちらかしかいない。先ほどの上級魔法で消耗したコウメイでは厳しい。
俺とチュウタツの足下に、魔法陣がほぼ同時に展開。俺たちがやるが先か、ドラゴンがやるが先か――
しかし、投げられたコインが示す先は、そのどちらでもなかった。
大気が戦慄き、空間を突き破って、九本の光の槍が現出。
四方八方からドラゴンに突き刺さって、その巨体をがんじがらめに拘束する。突然のことに、思わず目を見張った。
デバフ? いや違う。白魔法による魂縛だ。それもかなりレベルの高い……
間違いない。
討伐隊の中で、こんなことができる奴は――
「やれやれ。あれほど、独断専行はやめろと言ったんだがな……」
満を持して、姿を現したのはガイラル。
続いて、その堂々たる巨体を揺らし、ヌシが姿を見せた。
「過ぎたことは仕方がねェさ。幸いにして、二人ともまだ生きてる」
言うや否や、ヌシは背負った馬鹿でかい斧を引き抜く。引き抜くと同時、斧を激しく地面に叩き付けた。
刹那、大地が揺れて、噴き上げるような凄まじい衝撃波が一直線に走り、彼方のドラゴンを呑み込む。後にはその軌跡をなぞるように、地割れが生じていた。
「目ェ覚めたか? ずいぶんと寝起きが悪いようだったンでナ」
巨大な斧を肩に担ぐと、ヌシは不敵に笑ってこう口にする。
「今のはほンの挨拶代わりだ。俺もお前も、まだまだこンなモンじゃ暴れ足りねェだろ? 存分に、楽しませてくれよ」