作戦は、第三フェーズへと移行した。
オペレーション「決壊戦線」で仕留めきれず、白兵戦に突入した場合……つまりパターン・ブルー。
シセルとイケルと合流すべく、旧本営を目指すコウメイとチュウタツとは別れを告げ、俺は北東の高台に陣取るβ隊の元へと馬を走らせる。
「来たかニケ! 待ちくたびれたぞ!」
到着するや否や、アルタイルが足早に出迎えてくれた。その奥の切り立った崖の上で、ヒョードルが戦場を俯瞰していた。
戦況は一進一退。
ヌシとガイラル、さらにはベアトリクスにオーウェン、テレサにクルーガーらδ隊の四人が戦線に加わり、ドラゴンと押しつ押されつの攻防を繰り広げているようだった。
パターン・ブルーにおけるβ隊の役割は、予備兵力として控えると同時に、敵の弱点や傾向を分析すること。
戦力の逐次投入は一般に愚策とされるが、今回のように、一対多数でフルボッコにする場合は話が別だ。
一気に全兵力を投入すれば、後衛の攻撃に前衛が巻き込みを食らったり、射線が競合するなど、てんやわんやのしっちゃかめっちゃかで、むしろデメリットの方が大きい。まして、寄せ集めの傭兵部隊なら、各々好き勝手にとっちらかすから、なおのことその傾向は強くなる。
したがって、味方を第一陣と第二陣に分け、第一陣のα隊とδ隊に疲労が見え始めた段階で、第二陣のβ隊とγ隊と交代する。
待機部隊はハナクソほじりながら休憩していいのかというとそうではなく、敵の分析や魔力の充填、武器の補修に努めると同時に、前線に戦闘不能者が出た場合、すぐにバックアップできるよう備えておく。
そうすることで、より効率的に戦うことができ、長期戦にも対応できる――という算段だったのだが……
「そういや、チェスターとルイーズは? 大丈夫なのか」
「……ああ」
アルタイルは、ため息交じりにうなずいた。
「すぐにスタッフが回収してくれたが……使い物にはならんだろう。戦力として計算はできない」
「そうか……」
「すまない、俺の統制ミスだ。彼等を信用しすぎた。結果として、無駄に戦力を失ってしまった」
いやまあ、誰がリーダーでもアイツらはああいう行動取ったような気がするけどな……所詮、転売クソ野郎だし。転売クソ野郎にふさわしい末路とすら言える。
抜け駆け禁止、一人一限の鉄の掟を破った罪は、それほどにまで重いのだ。
しかしアルタイルの言うとおり、あの二人を失ったことで、当初の目論見が狂ってしまった。
あんな連中でも、戦場ではいないより、いてくれる方が遙かにマシだからな……数合わせが重要なのは、カードゲームや、男女のいかがわしいコンパだけではないのだ。
実を言うと、本来α隊であるはずの俺が前線に合流せずに、β隊の元に来ているのも、チェスターとルイーズが戦闘不能になってしまったからなのである。
白兵戦に突入するまでの段階で、万一戦闘不能者が出た場合、欠損者が出た部隊に合流しろと、ガイラルに予め指示されていたのだ。
個別のミッション、またの名をパターン・ホワイト。ブルーと合わせて、パターン・限りなく透明に近いブルー。
要するに欠けた戦力を補完すべく、俺はβ隊の元に来ている。
良く言えばユーティリティ、悪く言えばたらい回しの使い走り。
信用されていると言えば聞こえはいいが、同じ給料でいいように使われている感が半端ない。所詮この世は不条理ならば、やはり男は腹を決め、潔く部屋に引き籠もるに限る。
パターン・ホワイト? 馬鹿野郎ブラックだよ。めっちゃブラック。
限りなく暗黒に近いブルーだよ。
「過ぎたことを悔やんでも仕方ないさ。それより……どうなんだ、ヒョードル」
ヒョードルは両腕を組み、無言。
一瞬無視されてるのかと哀しい気持ちになったが、やがて首を回し、戦場の方角を促す。
刹那、ドゴォ!!と鈍重な音が響いて、見ればヌシとドラゴンが真っ向から組み合っていた。がっぷり四つ。
「ぬうッ…………ウオラアアアアアアッ!!」
自らの五倍以上の体躯を誇るドラゴンと組み合って、あろうことかヌシは全く退く気配がない。むしろ慣れない二本足で踏ん張っているドラゴンの方が、旗色が悪いようにさえ映る。
ヌシの奮闘を支えるべく、テレサやルチアの後衛陣が、相次いで魔法に弓矢を放つ。
さらにはオーウェン、クルーガーが距離を取って、弓矢にスイッチ。ベアトリクスは爆薬による攻撃を仕掛ける。
さすがδ隊は、対白兵戦用に特化した部隊ということもあって、連携がスムーズで、攻撃にほとんど無駄がない。
ベアトリクスとテレサはコンビで旅をしているくらいだから息が合うのは当然として、二人を軸にして、そこにぴったり合わせてくるクルーガーやオーウェンも大したものだ。
二人とも傭兵として、これまで数多くのモンスター退治や迷宮探索をこなし、各地を転々としては、名を上げてきたと聞く。
どうすれば生き残れるか、ということに対する嗅覚は、討伐隊の中で誰よりも鋭いのだろう。日頃のオラつきっぷりが嘘のような、協調性の発揮だ。
相次ぐ攻撃により、ドラゴンが怯みだす。
その隙を逃さず、ヌシが一気に畳みかける。低く身をかがめると、一瞬の隙をついてドラゴンの尻尾をつかみ、ふっと宙に放り投げた。
すると次の瞬間、ヌシの全身から雷撃のような闘気が激しく迸る。
おいでなすったか……戦士が得意とする、訳わからんパワーこと「
両手で握りしめた巨大斧を、顔の前近くにテイクバック。頭はブレずに体重を軸足に残したまま、前足をステップと同時に腰を切る。
独楽のようなトルクを活かし、ただ押すのではなく斧の先端を走らせるイメージで解き放たれたアッパースイングが、まもなく落下せんとするドラゴンを捉えた。
「フン……ぬらばアっ!!!!」
たまげた。
メッシャ……からのグワァラゴワガキーン!! という激烈な衝撃音と共に、ドラゴンの巨体が放物線を描いて吹っ飛び、落下した衝撃で、岩壁が崩れて抉れて跡形もなくなる。
ヌシは一仕事終えたみたいに、フォロースルーよろしく斧を後ろに放り投げる。そして大声で言った。
「ルチア! あとは任せた!!」
「言わなくてもわかってるよ……そんな大声出したら、相手に勘付かれるだろうが……」
トンガリ☆ボーイのことだ。どうせまた、そんなトンガリ☆ツイートをかましながら、今頃弓に矢をつがえているのだろう――
次の瞬間、茂みに隠れたエルフの指先から解き放たれた矢が、ドラゴンの喉元を鋭く穿つ。
狙ったのは、逆鱗。
八十一枚あるとされるドラゴンの鱗のうち、喉元に一枚だけ、逆さに生えている鱗。ドラゴン唯一の弱点であり、ドラゴン殺しの常道ともされる箇所だ。
一陣の風が舞う。
寸分違わず、弱点を射貫かれたドラゴンは全身を激しく痙攣させ、次の瞬間、支えを失った大木のように崩れ落ちた。
「やった! 仕留めたぞ!!」
「さすがだねえ、あのエルフ……」
δ隊の面々が、相次いで歓声を上げる。アルタイルもまた口笛を鳴らし、俺の肩を抱き寄せるように叩いた。
おいおい、マジであいつら強すぎて、俺の出番が全くねぇな……
哀しいやら嬉しいやら、複雑な心境で戦場を眺めていると、ヒョードルがスンスンと鼻を鳴らし、突然「ウオーーーーーーン!!」と遠吠えした。
「え? 何、発情期?」などとアホな冗談を抜かしている場合ではない。
警戒の合図。前線のメンバーに緊張の色が走ると同時、すぐさまガイラルが大声を発した。
「総員退避!! 奴が起きるぞ!!」
ハッとして、地に伏すドラゴンを見る。
映し出された光景は、まるで時間を巻き戻したかのように、先ほどの再現と言っても差し支えなかった。ドラゴンの身体が紅く明滅し、瞳に色が灯る――
ブレス。
ドラゴンが飛翔し、激しく炎を吐き出しては、周囲一体を焼き尽くす。さっきまで鬱蒼と茂っていた森林地帯が、灰も残さず一瞬にして焼け野原と化した。
その熱量はここまで伝わってくるほどで、爆風で目を開けていられない。焦げた匂いが鼻腔をつき、火の粉が空に散り、ドラゴンの絶叫もあいまって、まるで煉獄に落とされたかのような心境だった。
戦場一帯は黒煙で覆われ、ガイラルやヌシ、ルチアにδ隊の面々が無事退避できたのかはわからない。
まあ、ガイラルとテレサが咄嗟に守護結界を展開したように見えたから、たぶん大丈夫だと思うが……
やがて、呆然とした面持ちでアルタイルが呟いた。
「嘘だろ……ドラゴンは逆鱗を射貫かれて、死んだはずじゃ……あれじゃまるで、アンデッドじゃないか」
「……。ニケ、オ前ハドウ見ル?」
ヒョードルにそう聞かれて、答えに窮する。
ここは是非とも、その道の専門家である、
「俺の専門は自宅警備なもんで、悪霊退散の類いはちょっとね……俺自身が世間における悪霊みたいなモンだし。ハハハ」と言いたいところだったが、そんなアホな冗談をほざいてると腹パンを食らいそうな雰囲気だったので、真面目に答えることにした。
「アルタイルの言うとおり、アレはアンデッドだな。有り体に言うとゾンビだよ。ドラゴンゾンビ……あれだけ攻撃を食らっているのに、未だピンピンしてるのがその証拠だ」
すぐにピンと来たのだろう。ピンピンだけに。
ヒョードルが、俺の目を見て言った。
「ツマリ……奴ハモウ、死ンデイル?」
「おそらくな。いつから死んでいたのかは判然とせんが……正気を失っている。痛みを感じていない。前衛の攻撃は通っている。にもかかわらず、急所を突いても蘇る……ここまで揃えば
「でもどうして……あれも、魔力泉の暴走が原因なのか?」
「わからん」
アルタイルの疑問に、俺は両肩をすくめた。
「そう考えれば筋が通るような気もするが、今重要なのはアレがアンデッドに墜ちたミステリーを紐解くことじゃない。早急に駆除する手立てを考えることだ」
「確かに。アンデッドの弱点といえば、一般に炎だが……」
「問題ハ、奴ガ火竜トイウコトカ」
「そうだ」
俺はうなずいた。
「何度倒しても蘇るアンデッドをぶちのめすには、脳天吹き飛ばすなり、身体を徹底的に破壊するのが常道。つまり、灰になるまで燃やし尽くすことが可能な炎が、その攻略に最適だが……今回の相手は火竜。炎には当然耐性があり、焼き切ることはまず不可能と見ていいだろう」
もっとも、俺に全盛期の魔力があれば、ゴリ押しできないこともないんだろうが……
ちなみに民間伝承なんかだと、アンデッドに回復魔法をかけると「こうかは ばつぐんだ!」とまことしやかに語られているが、あれは全くもってデタラメ大嘘ホラフキーである。
はっきり言おう。
アンデッドに回復魔法をかけると、普通に回復します。見た目がちょっと健康そうになって、アンデッドっぽくなくなるだけです。ましてダメージなんか受けるはずがない。
魔法使いや神官からすれば、職業柄こんなの当たり前の話だが、良く言えばピュア、悪く言えばただのアホの戦士や拳闘士の連中だと、本気でそう信じている奴がいるから困る。
ゾンビにだって回復する権利はあるんですよ! いい加減にしろ!!
「ガイラルを頼るしかないだろう。彼は白魔法の達人だ。彼の術でドラゴンを足止めし、全員で総攻撃を仕掛ければ……」
アルタイルらしい、現実的な解決策だった。
確かに回復魔法は論外だが、法力を用いた結界ならば、アンデッドには一定の効果がある。ドラゴンの動きを鈍重にすることくらいなら、十分可能だ。
まあそれ、デバフでもできるんだけどな……
あんまりこんなことボヤくと、白魔術士が回復以外はまるで役立たずの無能に聞こえてくるので、一応擁護しとくが、そもそもガイラルたち神官が得意とするのは、レイスや鬼火といった実体を持たないアンデッドたちなのである。
幽鬼は実体を持たないがゆえに、剣撃や黒魔法による攻撃が一切通らないという特性を持つ。しかしその反面、聖なる力には滅法弱い。悪霊退散や除霊といった言葉に象徴されるように、真言や結界で一発ノックアウトされる。
先述した「アンデッドには、回復魔法が効くゥ~♪ 効いたよね、早めの回復魔法」なんていう迷信は、この辺りの知識の混同から生じているものだと思われる。
一方で、今回のドラゴンゾンビのように、相手が実体を持つアンデッドだと、勝手が違ってくる。
悪霊に取り憑かれているようなパターンならまだしも、ゾンビだのリッチーだの、元は正常な生物だった連中が、何らかの理由で狂化してイカれたパターンは、白魔術士たちの手に負えない。
なぜなら、すでに手遅れだからだ。今さら、浄化や除霊の仕様がない。
師匠はこれを、「魂が彼岸にあるか此岸にあるか、その違い。白魔術士は、此岸に留まった魂を彼岸に送ることはできるが、その逆はできない」と言っていた。
つまりゾンビのように、魂がとっくにあの世に行っちまって、肉体だけがこちらに留まっているようなパターンは、もうどうしようもないってことだ。見つけ次第、早急に駆除して弔うという対症療法でしか、抗する手立てがない。
「それじゃジリ貧だね。決定打らしい決定打もないまま、ズルズル行って、先にこっちが力尽きてゲームセットが関の山だ」
エアーブレイカーの自称よろしく、お得意の空気ぶち壊し発言をかますと、ヒョードルが怪訝な顔つきを浮かべた。
「ナラ、ドウスレバ――」
「簡単な話だ。俺が出る」
アルタイルが瞬きを止めて、俺の顔を見る。
黒煙の帳が失せ、間もなく視界が晴れつつある戦場を睥睨しながら、俺は言った。
「俺が、あのドラゴンを駆逐してみせよう」