話は二週間ほど前に遡る。
討伐隊のメンバーが発表された日のことだ。
ブリーフィングが終わったのち、ガイラルから隊長格とα隊の二人は残ってくれと告げられる。何でも、特別ブリーフィングがあるのだという。
いやさっきまで散々会議してただろ。何でまたやるの? アホなの?
いけませんねこれは……会議を減らすための会議が必要です!! さらには会議を減らすための会議を減らすための会議もマスト!! いよっ、もう一声! これでどうだ、会議を減らすための会議を減らすための会議を減らすための会議だァ!!!
ハイ。お薬出しときますね~。
などとアホなことを考えていると、β隊のチェスターやルイーズたちウェイ組が中心となって、これから決起会と称して一杯やらないかとワイワイキャイキャイ騒いでいた。
…………。
いや~断る理由が見つかってよかったわ~……
通された小部屋には、すでにヌシとルチアがいた。
アルタイルが俺の肩を叩き、「よっ」と声を掛ける。相変わらず慣れ慣れしい野郎だ。その奥にはシセルと、腕組み沈思黙考ポーズのウホウホオラつきマンさん改めクルーガーもいた。どうやら俺が最後だったらしい。
ヌシに「悪いナ。これから皆でお楽しみの所呼びつけちまって」と言われたので、「滅相もない」と返しておいた。いやホント滅相もない。
「一応言っとくが、この場での話は、他のメンバーには口外しないようにナ。頼むぜ」
その一言で、討伐が終わった後の慰労会の幹事を、ルチアとニケに頼みたいといった類いの話ではないことがわかった。
俺とトンガリが幹事やったら、乾杯と同時に自由解散、余興としてこれから一番早く家に帰れた奴がナンバーワン選手権が開催されちまうからな。優勝するのは、むろん俺だ。
「要件は、作戦が失敗に終わった場合……つまり、撤退の時機について、隊長間で意志を統一しておきたいんだ」
ガイラルの言葉に、アルタイルが口元に手を当てる。
「またえらく慎重だね……君がそこまで石橋を叩きまくる男だとは、正直意外だったよ」
「臆病の間違いなんじゃねぇか? もしくは責任逃れか……せっかく手に入れた忠犬のポジションだもんな。手放したくない気持ちはわかるぜ」
皮肉たっぷりに、クルーガーがそう言う。
いつもなら拳闘士ばりの反応速度で即座に煽り返してくるはずのガイラルが、このときばかりは珍しく黙っていた。
「……今回の討伐は、敵がこちらの想定を遙かに上回ってくる可能性がある。無駄な死人は、一人でも減らしたい。そのために、打てる策は可能な限り、事前に打っておきたい。それだけさ」
「あ? 今さら何を……」
クルーガーがうつむき加減に舌打ちする。シセルのじいさんが、パイプを口から離し、煙を吐き出してから言った。
「ガイラルよ。なぜそう思った?」
「ただの勘だよ」
予想外の答えだったのだろう。シセルが声を出して笑った。
「理詰めが信条のお主が、『勘』などという言葉を使うとはのう……一体どういう風の吹き回しじゃ。てっきり、魔力泉がどうこう言うのかと思ったが……」
「それもある。何にせよ今回の討伐は、腑に落ちないことが多すぎるんだ。むろん、任された以上は最善を尽くすが……」
「まるで上層部が何か隠しているような言い草だね。まあ、実際そのとおりなんだろうが」
皆の視線が発言者に集まる。
窓の外の暮れなずむ空が綺麗だな、今日の晩ご飯は何にしようかなと思いつつ、俺はルチアに問うた。
「どういう意味だ?」
「とぼけるなよニケ、お前だって気付いているはずだ。異常に金払いが良い点といい、守秘義務が徹底されてる点といい、過去に例のない速度で緊急保護案件への移行が決定した点といい……これはどう考えても、政治案件だよ」
「政治案件だって?」
「ああ。アルル公とトランシルヴェスタ公は、士官学校時代からの旧知の仲だ。裏で示し合わせがあったと考えるのが穏当だろう」
「そりゃお前の勝手な憶測だろ。友達だからって何でも通じ合ってると思うのは、友達いない奴の幻想だぞ」
「ならばファクトの話をしようか。ジギスムントがギルドに依頼を頼んだのが二週間前。本件が緊急保護案件とされたのが六日前。その間九日。たった九日で、一体どうやってドラゴンのねぐらを特定できるんだ? アルルからアルバ・ユリアまで、馬を飛ばしても片道一週間弱はかかるってのに」
人差し指をこめかみに当て、まるで答え合わせをするかのように、ルチアは俺の目を見据えた。
「答えは簡単。ジギスムントがアラドで待たされていた間に、トランシルヴェスタ公からアルル公に話が行っていたんだよ。つまりジギスムントがクラインに泣きつくより早く、アルルは調査を開始していた。そう考えれば筋は通る」
「……つまり。ジギスムントがアルルに行ったのは、要するに唆された。連中の掌の上だったと」
「ああ。トランシルヴェスタだけで背負うには荷が重い案件と判断したんだろうな。そして、アルルにとってはこれはチャンスでもあった。リスクとコストを引き替えにしてでも、手を出すべき案件だった」
「チャンス? どうして?」
「つくづくとぼけたヤツだ……一々言わせるなよ。わかってるんだろ?」
言われて、俺はふっと笑みを浮かべた。
「まあな……」
したり顔でそう応えてみせるも、実際は全然わかってなかった。
なるほど、竜退治して女子にモテるチャンス到来ってことか……いや絶対違うな。
「グシシ……やっぱおめェは頭がキレるな、ルチア」
「いいのか? そんなにあっさり認めて」
「構わン。隊長格には、すでに伝えてたことだしナ……それより、そろそろ話を本題に戻そうぜ。ガイラル」
「ああ」
ガイラルがうなずく。そして俺の目を見た。
……俺?
「ニケ。君は今回の討伐隊に、一番不足しているモノは何だと思う?」
急になぞなぞみたいなことを言われて、困惑する。
不足ってそりゃ、チームワークだろうよ。
俺やルチア、クルーガーの兄貴を筆頭として、単独行動に自信のある野郎が多すぎる。しかしそんな明け透けなこと言うと、またぞろ議論が脱線しそうなので、ここは無難な発言に留めるか――
ポクポクポク……チーン!
「友情、努力、勝利ですかね」
「そんな訳ないだろ」
真面目に答えたはずなのに、ゼロコンマ数秒でルチアに否定された。むしろ被せ気味だったまである。
エルフはホント冗談通じねえな……いや冗談じゃないんだけどね。
「答えは火力だ。敵を一撃で屠れるほどの、圧倒的な攻撃力を備えた者がいない」
ガイラルにそう言われて、俺はちらっとヌシ、そしてアルタイルにクルーガーを見た。
「腕力に覚えのある方は、多数お見受けされるようですが……」
「普通の怪物が相手ならな。
「ああ。だからこそ、逆鱗に狙いを絞るんだろ?」
「今はそれが失敗したときの話をしている」
「ルチアなら、きっとやってくれるよ」
「今はそれが失敗したときの話をしている」
「ルチアなら、絶対やってくれるって」
「今はそれが失敗したときの話をしている」
「……削るのが難しいのは、魔法も同じだと思うが」
「俺もそう思っていたよ。試験で君の魔法を見るまではな」
ピンポンピンポーン! じゃない。おいコラ。
嫌な予感がした。
ちょっとトイレ行ってきていいっスか、さっきからうんこがしたくて……と口にするより早く、ガイラルが言った。
「ニケ。試験で見せた君の
全員の視線が俺に集まる。
長い沈黙のあと、アルタイルがふふっと笑みをこぼした。なにわろてんねん。
「同感だね。彼はまだまだ、底が計り知れないように感じた」
「ぶっちゃけ、ワシにもそう映った。経験則とでも言うのかの……コイツの全力はこんなものではないという直感は働いた。火力に話を限定するなら、討伐隊の魔術士の中で、此奴と対等に張り合えるのは、コウメイくらいのものじゃろうな」
パイプをふかし、シセルのじいさんが賛同する。ルチアは黙したまま、ヌシは「グシシ……」と嬉しそうな顔をしていた。
かくなる上は、あの御方に待ったをかけてもらうほかあるまい……
おいでなすって! ウホウホオラつきマンさん!!
「知らん。よく見てなかった」
俺は視線を転じ、窓の外の夕陽を見つめる。鳥が群れをなして茜色に染まった空を渡り、その鳴き声が無情に響いた。
お前なら……お前なら、俺を罵倒してくれると信じていたのに!!
信頼していた仲間に裏切られ、失意の面持ちで俺は呟いた。
「買いかぶりすぎですよ。話の流れから察するに、俺に
「なら、属性を変えてみたらどうだ?」
「無理です。一撃で仕留めるのを所望なら、なおのこと無理です」
「どうしてだ?」
「俺が一番得意な属性は炎だからですよ。いいですか? 一撃必殺ってのは、毒殺や石化、氷漬けなどの例外を除いて、爆殺か一刀両断の二通りと相場が決まっている。前者に適しているのが、炎と雷。後者に適しているのが、風と水。今回は火竜が相手だから、必然後者のやり方を取らざるを得ない。相性を考慮すると、必然選ぶべきは水。高圧の水の刃を魔力により具現化して、ドラゴンをぶった切るんです。ところが俺は、水が正直あまり得意ではない。まして、前衛の攻撃も通らないほどの圧倒的硬さを誇るドラゴンをぶった切るほどの刃を作り出すとなれば、極めて高い練度の操作性と集中力と、膨大な魔力を研ぎ澄まして凝縮させる特殊な工程が必要で、これは並大抵の――」
立て板を粉砕する勢いで捲し立てる俺を見て、ふと隣のクルーガーが言った。
「お前……めっちゃ喋るんだな。びっくりしたわ」
キーッ!
誰がこんなタイミングで罵倒してくれって頼んだのよ! おバカ!!
「まあ要約すると、できないとまでは言わないが、失敗するリスクが極めて高い。イチかバチかの賭けになる……そういうことだろ? ニケ」
「……ま、まあそういうことだ」
アルタイルにフォローされて、不承不承ながらうなずく。
すると、ルチアが頬杖をついたまま、ぼそりと呟いた。
「回りくどくてイライラさせる男だな。最初からそう言えよ」
キーッ!
二つ返事でできるとか答えたら、それはそれで上手く行かなかったとき非難するんでしょ! おバカ!!
「イチかバチかの賭け、か……やっぱニケの一発でカタが付くなンて、そンな都合の良い話はないわナ。予定通り、白兵戦に突入した場合は、総力戦で地道に削る。それでも無理なら、折を見て撤退するほかねェか」
「ズルズル行って全滅が最悪のパターンじゃな……決断の責任は重いのう。合図は? わかりやすい方がいいじゃろう」
シセルの発言に、ヌシがフムと耳たぶに手を当てる。
「黒色の狼煙を、全軍撤退の合図としようか。決定権はガイラル。万一、ガイラルが戦闘不能に陥ってる場合は……シセル、アルタイル、クルーガーの順に決定を下す」
「クルーガーにお鉢が回るような場合って、それもう全滅じゃと思うが……」
「戦場は生きものみてえなモンだ。何がどう転ぶかわかんねェからな……用心するに越したことはねェだろう」
「決まりだな……これ以上話すこともないだろう」
クルーガーの一言で、その場は解散となり、銘々が部屋を後にする。がらんどうになった室内に、黄昏の光が落ちる。
最後に部屋を出ようとしたガイラルの背中を見ながら、俺はぽつりと呟いた。
「なあガイラル。確かに一撃は無理だけど、千撃くらいあればいけるかもしれん」
ガイラルが歩みを止める。
二秒後、振り返って彼が言った。
「あ? なんだって?」
***
そうと決まれば話は早ェとばかりに、俺たちは前線へと馬を飛ばす。
強烈な衝撃音に爆発音、金属が打ち合うような音がこだまし、黒煙が舞い上がっては、大地が揺れ、砂煙が行方を遮った。
どうやら前線では戦闘が再開され、派手にやり合ってるようだ。
前を駆けるアルタイルが、後方を一瞥して声を張り上げた。
「急ぐぞ! まずはγ隊と合流し、前線へ切り込む! 俺たちが時間を稼いでいる間に、ニケはガイラルと合流し、最終攻撃の手筈を整えろ!」
「承知」
「了解した!」
おそらく前線のα隊とδ隊も、ドラゴンの異変に気付いて、今まさに混乱の渦中にあるはずだ。予想外の事態に浮き足立ち、苦戦を強いられている可能性が高い。
一刻も早く現場へ急行せねば……
「トマレ!!」
突如ヒョードルが大声を発し、何事かと俺もアルタイルも慌てて馬を止める。
「どうしたんだ?」とアルタイルが問い、ヒョードルが指さした森の方を見ると、雑木の上にルチアがいた。
ルチア? なぜここに……
「すまないヒョードル……助かったよ。危うく行き違いになるところだった」
ルチアが木の上から飛び降り、俺たちの前に姿を現す。呼吸は激しく乱れ、ただ事でないのは一目でわかった。
「前線はもうダメだ……長くは持たない」
「何だって? 一体何があったんだ、ルチア」
ガイラルが問うと、ルチアはうつむき、ためらうような素振りを見せてから、言った。
「ヌシが突然、味方を攻撃して……不意を突かれたδ隊が、壊滅してしまった」