勇者にはなれない   作:高円寺南口

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32 VS悪竜戦⑤ ~食後のデセール

 長い夢を見ていたような気がした。

 ぼんやりとした視界の果てで、誰かが呼びかける声がする。

 

「ニケ……? よかった。やっと目を覚ましたか」

 

 おぼろげだった輪郭が線を結び、瞳にルチアの顔が映った。長いお耳に、長いお睫毛。端正なトンガリ☆フェイス。

 どうやら俺は、ルチアに介抱されているらしかった。それも膝枕のVIP待遇。

 

 何だ、よりにもよってお前なのかよ……妙に柔らかい感触がしたから、てっきり女子かと期待したのに……クッソー……

 

「っておい! ドラゴンは?! それにみんなは……」

 

 慌てて起き上がろうとするが、全身に痺れるような痛みが走った。

 ああん…………!

 

 視界はぐらつき、猛烈な吐き気を覚えた。頭も痛い。思わず、頭痛が痛いと言ってしまう程度には痛い。

 よほど青白い顔をしていたのだろう。ルチアがそっと背中をなでてくれた。

 

「大丈夫か?」

「ああ悪い……典型的な魔力中毒だ。久々に後先考えずぶっ放したから……」

「お前のような熟練者でも、魔力酔いするのか?」

「オドの絶対量と、魔力酔いのしやすさに因果関係はないからな。ひどい二日酔いみたいで苦手なんだよコレ……ってそんなことどうでもいいんだ。ドラゴンはどうなった?」

 

 ルチアは無言で、右の方を指差す。

 視線を向けるとそこには、馬鹿でかいドラゴンの身体が横たわっていた。首と胴体は切断され、すでに事切れていることは疑いようもない。

 

「大変だったんだからな……お前を助け出すの」

 

 ルチア曰く、ドラゴンにとどめを刺すや、俺は気を失ってぶっ倒れ、危うくドラゴンの下敷きになりそうだったんだと。そこを間一髪救ってくれたのは、チュウタツの符術と、ルチアの素早い機転だったようだ。

 

「ふーん、あっそ。お疲れ」とハナクソほじりながら放屁してやろうかと思ったが、さすがに人格を疑われそうなので、「ありがとう」と素直に礼を言っておいた。

 べ、別に相手がアンタだから言ったんじゃないからね! 勘違いしないでよ!!

 

「あ……そういやヌシは?」

「あっち。さっきからずっとあんな調子だ」

 

 ヌシは両膝を九十度に曲げて、三つ指つき、頭頂部を地面にこすり着け、清々しいほどに土下座をしていた。 

 相手はオーウェンにベアトリクス、テレサと……クルーガーか。δ隊こと、ヌシ被害者の会ご一行様だ。

 

 何でもドラゴンが倒れたあと、ヌシは程なく正気を取り戻し、ガイラルから事の次第を説明されたそうな。ヌシが泡を食ったのは言うまでもない。

 いくら敵に操られたとはいえ、味方を傷つけ、前線に混乱を招いたことは紛れもない事実。彼の律儀な性格もあいまって、先ほどからああやって仲間に延々謝罪を続けているのだという。

 

「みンな本当にすまねェ……いくら謝っても謝り足りねえことはわかってるが、どうか……」

「だからもう、大丈夫よヌシ。みんなこうして無事だったんだから……それに、一歩間違えたら私やトリスがああなってしまう可能性だってあった訳だし」

「そうだよヌシ。アンタは貧乏クジを掴まされただけさ」

「けどようテレサ、ベアトリクス……俺はみンなのリーダーなんだゼ。その俺が……本当に情けねェ……」

「ああもうしつけーんだよヌシ!! 戦場での斬った斬られたは言いっこ無し! そういういざこざも含めて、お互い支え合っての戦いだろうが!」

「ク、クルーガー……でもよう……」

「でももクソもないんだよ! いいか、この話はもうこれで終わりだ! 俺もお前も無事だった。これ以上の結末があるか? ないだろ。ハイじゃあこの話は終わり!!」

 

 頭に包帯を巻いたクルーガーがそうやって捲し立てると、ヌシは顔を上げ、つぶらな瞳を真ん丸に見開く。

 やがて感極まったのか、ヌシはぽろぽろと大粒の涙をこぼし、クルーガーに抱きつこうとした。

 

「クルーガー……おめぇ何て良いヤツなンだ!」

「だあくっつくなバカ! 暑苦しいんだよ!!」

 

 リーダーの意外な一面を目撃したせいか、オーウェンにベアトリクス、テレサが「おお……」と謎の拍手をする。

 それを見たクルーガーが照れたように、「おい! 何拍手してんだコラ!!」とキレていた。所構わず噛み付く狂犬、ウホウホオラつきマンの本領発揮だ。

 

 楽しそうだな、お前ら……

 

「にしても、結局ヌシが操られた原因は何だったんだろうな」

「それなんだが……アレは魔眼の一種だったんじゃないかと僕は睨んでいる」

「魔眼?」

「お前も魔術士なら一度くらいは耳にしたことがあるだろ。魔族の中でも高位に位置づけられるものは、瞳に特別な力を宿していて、人心を巧みに操ることができると聞く。俗に言う、あやかしってヤツさ」

「ふーん……いやでも待てよ。どうして神聖なドラゴンが魔族の力を――」

 

 そこまで言って、ハッとした。

 

「そうか。ドラゴンはドラゴンでも、俺たちが倒したのはドラゴンゾンビ……」

 

 ルチアが不承不承といった調子でうなうずく。

 

「アンデッドに墜ちた結果、ダークサイドの力に目覚めたと考えれば、腑に落ちないこともない。もっとも、僕もこんなケースを目の当たりにしたのは初めてだから、憶測に過ぎないけどね……ニケはどうだ。何か、思い当たる節はないのか?」

「うーん……俺も魔眼に関しては、机上の知識しか持ち合わせていないから、何とも言えんな……」

 

 口ではそう言ったが、記憶の淵で何やら引っかかっていた。

 いつかどこかで、それに近いチカラに触れたことがあるような気が……気のせいかな?

 

「なあニケ。一つ訊いていいか?」

「ん?」

「あの場面、どうして水ではなく風を選んだんだ?」

「ああ……水で高圧の刃を作り出すとなると、風と比べて工程も増えるし、生成する速度も遅い。それに何より、俺は水が苦手なんでね。コストや相性、自分の能力を天秤にかけて、より成功する可能性が高い方を選んだだけさ」

「なるほどね。全属性の中で最速を誇る風なら、一撃一撃の威力は水より劣っても、手数の多さでカバーできると踏んだ訳か」

「そういうこった」

「けど、あの追い詰められた局面で、よくそこまで冷静に計算できたな……」

 

 冷静もクソも、この「奥の手」については、事前にガイラルに伝えた際、「寝言言ってんじゃないだろうな」と鬼のように小一時間詰められた挙げ句、「それじゃダメだ」と出し直しを食らい、後日何度目かのトライでようやくゴーサインが出たかと思えば、「死んでも成功させろよ。ゆえに奥の手と言うんだ」と、無惨に橋を切り落とされる仕打ちを受けたからな。

 

 いやー持つべき者は鬼上司ですよ。

 とどめの一撃は男のロマンという幻想に取り憑かれて、うっかり口を滑らせたことを死ぬほど後悔したのも、今となっては笑い話……

 

 「そういやニケ、あれどうなった」と催促されるたび、うんこ漏らすような気持ちになってたからな。出来すぎた上司ってのは、部下にとって良し悪しだよ。身に染みて勉強させてもらいましたわ……

 

「ニケ! やっと意識が戻ったんだな」

 

 聞き馴染みのある声に振り返ると、アルタイルが「よっ」と右手を上げ、その後ろにはヒョードルもいた。

 

「何はともあれ、お疲れ様。やはり君は、俺が見込んだとおりの逸材だったな……他のみんなも、君の健闘を称えていたぞ。今日の勝利は、君があってこその賜物だ。どうもありがとう」

「プレッシャーノカカルアノ局面デ、本当ニ良クヤッテクレタ……大シタモノダ、ニケ。俺カラモ礼ヲ言ワセテクレ」

 

 平素から俺の過大評価が著しいアルタイルはともかく、普段は寡黙なヒョードルにそう言われると、少しこみ上げるものがあるな……

 オデ、コンナニ人カラ優シクサレタコト、今マデ一度モナカッタカラ……

 

 ワシは害獣か何かなの?

 

「γ隊のみんなは?」

「ああ……さすがに皆、くたびれきった様子だったよ。シセルに至っては、しばらく安静が必要なんだと。実際、一番消耗が激しかったのは彼らだからね。彼らの粘りがなければ、俺たちの反撃も届かなかった」

「確かに……まあでも、みんな無事なら良かったよ」

「ニケ、安静が必要なのはお前も同じなんだぞ。後のことは他の連中に任せて、もう休んでおけよ」

 

 唐突にそう言ったルチアの顔を、俺は繁々と見つめる。

 何だこのトンガリ、どういう訳か今日は気持ちが悪いくらいに優しいな……明日は空から弓矢でも降るんじゃねーの……

 

「な、なんだよ……じっと見て……」

「わかった。じゃあ今日ばかりは、ルチア様のお言葉に甘えさせてもらうとしようかな」

 

 俺はルチアの膝を枕にして、ごろんとその場に寝転んだ。

 

「いやーお前の膝枕、やっぱ最高だわ。今日は助けてくれてありがとな……お前が同じ隊の仲間で、本当によかったよ」

「…………」

 

 おいコラ何で黙るねん。

 しかも何か頬赤らめてない?

 

 えぇ……こっちが珍しく素直に感謝の意を表明したってのに、何だその照れたような気色悪い対応は……

 ったく、野郎同士なのに勘弁してくれよ。アルタイルとヒョードルの手前、俺にその気があるんじゃないかと勘違いされるだろうが。ただでさえ、野郎ばかりの花園に辟易してるってのに……

 

「あ、そういや」

 

 身体を起こそうと、不意に腕を伸ばした瞬間、指先にツンとした感触が走った。

 ツン……からの、むにゅっ? 

 何だこれと思って力を込めてまさぐると、次の瞬間、右の頬に張り手を食らった。☆HARITE☆

 

 は?

 

 え、何でちょま……と思った瞬間、今度は左の頬に張り手を食らった。痺れるような衝撃のあと、痛みがじんじんと膨張していく。

 予想外の平手打ち、理不尽な二回連続攻撃に、俺は困惑した表情でルチアを見つめる。

 

 すると、奴は唇を噛み、顔を真っ赤にしてこう言った。

 

「これで目が覚めたか? お前に安静は不要だ。このバカ」

 

 ルチアは立ち上がると、ドスドスと肩で風を切り、足早に奥の幕舎の方へ消えていった。

 

 え……は? 

 何アイツ、どういうこと? さっぱり意味がわからんのだが……乳首? まさか乳首だったの? 野郎が乳首触られたくらいでキレてんじゃねーよボケが。

 男たるもの、触りたい放題のまさぐりたい放題。いつでもウェルカムくらいの気構えでいてほしいものだ。

 

「なあアルタイル……アイツ、何であんな怒ってんの? さっきと言ってること真逆だし。アイツも実はドラゴンに操られてんじゃねーのか」

「え? お、おう……そうだな」

「ニケ。オ前ニ気ガアルカラジャナイカ?」

「ちょ、ヒョードル……そんなはっきり」

「おいおいマジかヒョードル……ええ? それはちょっと……まずいだろ。色々とその、俺の性癖というか倫理的にほら……」

「エ」

 

 マジかよ。ニケさんってば、まーた野郎にモテちまったか……はあ。

 せっかく竜退治したのに、これじゃ意味がない。俺がモテたいのは男子じゃなくて女子なんだよクッソー……もうここまで来ると発想を転換して、逆に俺が女子になるしかないのか? 

 てか俺は男なら、美少年系でも優男系でもなく、ゴライアスみたいな荒削りなタイプがいいって何回言えば……ブツブツ。

 

 しょんぼりとした様子でため息をつく俺のそばで、アルタイルとヒョードルが(いぶか)しげな視線を向けていたことを、そのとき俺は知る由もなかった。

 

 

    *

 

 

 それから十日後、俺たちはアルルへの帰還を果たした。

 

 町人からの拍手喝采、王者の凱旋とまでは行かなかったが、バルザック家本邸に戻ると、叙勲式を執り行いたいので、しばらくのち大広間に集まってくれと言われる。

 何でもドラゴンを討伐した栄誉を称え、統領のバルザックから直々に、黒蹄勲章を授けてくれるんだと。

 

 ドラゴンの返り血まみれの臭そうなローブで大丈夫かな、いやでも一応洗濯したし……と不安に駆られていると、「別にそのままでいいゾ。オークに正装なんて概念はねえからナ。グシシ!!」とヌシに言われたので、ほなええかと時間を潰してから広間に向かうと、ヌシ以外のメンバーは全員ちゃんとした礼装に着替えていた。

 

 えぇ……

 

「まあニケさん、好きなのねえその格好。何か思い入れがあるのかしら……ふるさとに残してきた大切な彼女が織ってくれたものだったり……ふふふ」

 

 戦いの時とは異なり、髪をポニーテールに束ね、ほのかに甘い香水の香りがする。美しく着飾ったチュウタツにそう話しかけられて、俺はハハハと笑った。笑うしかないやろこんなん。

 精一杯良い方向に解釈してくれようとしている彼女の優しさが、心臓を貫いて痛い。君の優しさで僕の内臓が破裂しそうだよ。責任取って結婚してくれ。

 

「ま、まあ俺にとっては、ある意味これが正装ですから。宗教上の理由みたいなもんです」

「宗教上?」

「ええ……いかなる時も、自分らしくありたいという信念の……」

「さすがニケなのだ。俺が合わせるんでなく、周りが俺に合わせろ。最高にパンクな生き様なのだ」

 

 自分で言ってて死にたくなっていたところに、コウメイから、褒めてるんだかけなしてるんだかよくわからんお言葉を浴びせられて、心は文字通り十字砲火(クロスファイア)

 正面の窓格子をワイルドに突き破って、今すぐお家に帰りたい気分だ。

 

「お前、中々来ないと思ったら……せめてこういう場くらいは、ちゃんとした格好してこいよ。下で用意してくれてたじゃねえか。せっかく手柄立てたのに」

 

 珍しくクルーガーに話しかけられたと思いきや、そんなことを言われて、俺のお目々が点になる。

 

「は?」

 

 え? 下で用意……は? 

 言われてみれば確かに、みんなクルーガーと同じ、洒落た肩章が特徴的なダブルブレストのフロックコートに身を包んでいる。チュウタツやコウメイが珍しく、東洋風の服装してんなと思ったら、なるほどどうやらそういうことだったらしい。

 

 ちなみに俺が遅れて馳せ参じたのは、うんこに行ってたからである。コイツこの屋敷に来るたび、うんこしてんな……

 

 いやしかし……確かに屋敷に着くなりゴーイングトイレットで離脱してたのは事実だが、どうして屋敷の使用人たちは、俺が戻ったあと、「お着替えを用意してますよ」と声を掛けてくれなかったんだろう……

 

 これについては後日譚があり、あとから聞いたところによれば、使用人たちは俺のことを、討伐隊と一緒に帰ってきたスタッフの一人と勘違いしていたらしい。

 

 ……。

 俺、これでも一応、ドラゴンにとどめを刺した男なんだが……

 普段散々自分で影が薄いとか、闇より出でし者とかネタにしているくせに、いざ実際にこうやって他人から仕打ちを食らうと無性に哀しくなるのなんでだろう……なんでだろう……

 

 ショックの余り、俺は記憶を改竄する魔法をかけられていて、あたかも自分がドラゴンを討伐したかのように思い込んでいるが、本当はそれを遠くから眺めていたスタッフの一人だったんじゃないかと、真面目に勘ぐってしまった。

 

 おいニケ。お前は本当に……ニケなのか?

 

 拝啓、竜退治でお世話になった皆さん。

 俺、ニケにはなりきれませんでした。いつかどこかで、本当のニケくんに会えるといいですね……

 

 などとしょうもない与太話はさておき、程なく催された叙勲式では、バルザック家十五代目当主アレクサンドル・途中省略・ド・バルザックがお見えになった。

 

 頭部こそ潔いほどにハゲていたが、身長は思いのほか高く、鍛えられた分厚い体躯が、軍服越しからもはっきりと窺えた。

 整った口髭に、眼光鋭い目つき、厳めしい顔つきはなるほど確かに名家の当主と呼ぶにふさわしい威厳に満ちていた。

 

 さぞ近寄りがたいタイプなのかと思いきや、意外にそうでもないらしい。

 勲章のメダルを授与されたとき、

 

「おお、君がニケか……話は聞いているよ。ドラゴンを仕留めた、討伐の立役者だと。試験のときと言い、君はやることなすこと派手だな。目立たずにはいられぬ男のようだ……わざとやっているのか?」

 

 などと言われて、すごまれる。

 試験の時のやらかしが尾を引いていたこともあり、「いや、その、そういうつもりでは……ウェヒヒヒ」と気持ち悪い対応に終始していると、どういう訳かバルザックは、HAHAHAと破顔した。

 

「不言実行とでも言うのかな……私は君のような人間は好きだよ。よかろう。君の功績を讃え、試験の件は不問としよう。ただし、一つ条件がある」

「……条件、ですか?」

「うむ。跡地に植樹してくれんかね。ドラゴンスレイヤーが育てた木と名付ければ、三百年後には箔も付いて、アルルの観光名所になってるだろう。どうかね?」

 

 そこまで言うと、バルザックは呵々大笑した。

 

 後半の部分は冗談……でいいんだよな?

 お偉方のエスプリはハイセンスすぎて、庶民には理解しがたいでござるよ……隙あらばうんこの話してるような小生には特に……

 

「あの、植樹は好きにしていただいて構いませんけど、この機会に一つ、ぜひ閣下にご提案したいことがありまして……」

「ほう。言ってみたまえ」

「アルルのスローガンは、『どこか遠くへ』より『もっと遠くへ』の方が、格好良いと思いますよ」

 

 目が合って、三秒くらいの沈黙が流れた。

 バルザックの後ろに控えている茶坊主みたいな連中は、揃いも揃って鳩が豆鉄砲を食ったようなツラを浮かべている。背後の討伐隊の連中のリアクションが気になるところだが……ふむ。何だろうなこの懐かしい感じ……

 

 まるで学生時代、授業中に発言したら、「プークスクスあいつの声初めて聞いたぜ」と手荒な歓迎を受けた時のような……

 おいやめろ。昔を思い出すだろ。

 

「クリナムの紋章のことか。あれは公式に定めたのではなく、いつの間にやら流布していたものなのだが……」

 

 バルザックはふうむと顎に手を当てると、やがて俺の目を見て、ニッと破顔した。

 

「よかろう。この機会に、正式に制定するのも悪くない。前向きに検討するよう、部下に指示しておくよ」

 

 俺は深々と礼をして、後列に下がる。

 ヌシがニンマリほくそ笑み、ガイラルは呆れたように冷笑し、ルチアは目すら合わせてくれなかったのはここだけの話だ。相変わらずだなお前ら……

 

 そんなこんなで、叙勲式が終われば、レッツパーリー!

 

 まことに残念ながら、万障お繰り合わせならず、小生は欠席……

 といきたかったが、到底抜け出せそうな雰囲気ではなかった。いつの間にやら、欠席する奴は異端者のクソ漏らしのような空気が醸成されている。

 

 しゃーねーなー。

 こうなりゃ開始早々トイレに逃げ込むしかあるまい。トイレだけが、俺にとって唯一無二のベストフレンドだからな。

 アイツああ見えて結構、寂しがり屋だからさ。俺のケツで温めてやらないと、すぐに冷たくなっちまうから……放っておけなくて……

 

 などと脳内シミュレートに余念がない俺をよそに、乾杯の音頭が交わされ、宴はつつがなく進んでいく。

 宴には討伐隊のメンバーだけでなく、スタッフの皆やバルザック邸の要人、クラインの関係者らしき人物たちも参加していた。本件の依頼人である、ジギスムントも姿を見せていた。

 彼は俺の姿を見つけるなり、

 

「ニケさん……竜退治では多大なる尽力をいただいたと聞いています。このたびはどうも、本当にありがとうございました。亡くなった部下や、世話になった町の人たちも、これで浮かばれると思います」

 

 深々と頭を下げ、俺の手を握りしめてそう言った。

 目の端に涙を浮かべ、微かに嗚咽が漏れたその姿から、その言葉は紛れもない彼の本心なのだろうなと思った。見るからに温厚な好々爺という感じだ。

 そこまでガチで感謝感激雨あられされると、俺も頑張った甲斐あったというものだ。まあ頑張ったのは終盤だけだけどな。人はそれを美味しいとこ取りと言う。

 

 月は傾き、宴はいっそう賑やかさを増していく。

 お生憎様、こういう不特定多数を相手にしながらの場ってのが、俺はどうにも苦手だ。ソロだと喋りまくるくせにって? やかましいわ。

 

 別に他人に関心がない訳じゃないさ。

 俺だって、チュウタツ辺りをつかまえて、「今日の下着何色?」、「お尻、触ってもいい?」と聞いてみたい気持ちはある。いやそれは関心じゃなくて下心だろ。

 

 ぼっちはぼっちらしく、他人に迷惑を掛けないよう気配を遮断しておこうと、壁のそばの椅子にぽつんと座り、ワインを忙しなく口元に運ぶ。

 

 ふと目をやった先で、δ隊の面々、さらにはウェイ組筆頭のチェスターとルイーズが、ゲラゲラと大声で騒いでいるのが見えた。

 あらまあ気丈なことで。アイツらすっかり、元気になったんだな……

 

 やらかし組筆頭のご両人も、さすがに討伐での不始末を恥じ入ったのか、叙勲式への参加は辞退していた。報酬も一部返上するとか聞いて、内心少しがっかりしたのは記憶に新しい。

 おいおい、そうじゃねえだろ。もっとオラついて楯突いて吠え散らかして、クソ野郎っぷりを遺憾なく発揮してくれっての。それがお前らのアイデンティティーだろ。

 

 奥ではヌシとシセル、イケルのじいさんが盃を頻繁に酌み交わし、右手の方にはアルタイルにヒョードル、シセルとコウメイの四人が親しげに話しているのが見えた。

 

 ルチアは……まあアイツはどうでもいいか。

 なんか知らんけどアイツ、ドラゴンを仕留めたあの日以来、俺と一切口聞いてくれないんだよな……

 

 このまま一人でワインをちびっていると、いつの間にか後ろの壁に吸い込まれて、そのまま壁の一部になって永遠にこの世界に戻ってこれなくなるんじゃないかという恐怖に駆られたので、テラスに出て夜風にでも当たることにした。

 

「お」

 

 考えることは同じなのか、いやたぶん同じじゃないと思うが、同じくワイン片手に一人で夜風に当たっている男がいた。

 ガイラルだ。

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