勇者にはなれない   作:高円寺南口

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33 VS悪竜戦⑥ ~カフェ・プティフール

「よう。楽しんでるか?」

 

 酒が回っているのか、一体何から目線なのかよくわからんテンションで話しかけると、ガイラルが肩越しにこちらを見た。

 

「下戸の私が、こういうのを楽しめると思うか? はっきり言って拷問だ」

「あれ? そのグラス、白ワインじゃないのか?」

「水だよ。ワインなんざ不味くて飲めるか」

「ああ……ホントに一滴も飲めないタイプなんだな……。確かにこういう場で酒が飲めないとなると、それはそれで辛そうだ」

「ニケはまだ飲み足りないんじゃないのか?」

「そうだな。グラスなんてセコいこと言わないで、樽単位で持ってきてほしいぜ。そしたら頭の上から酒を被る酒行、またの名を『全身飲み』という俺の特技を披露できるんだが……」

「頼むから披露するなよ」

 

 ワインをあおると、ボーイがすぐにグラスを交換してくれた。気が利く。

 

 青白い空には満月が浮かび、吐く息は白い。アルコールのせいか、寒さはあまり感じなかった。

 

「まあ色々あったが……無事帰ってこれてよかったな。死人も出さず、ドラゴンも仕留めて、上出来すぎるくらいの結果なんじゃないか」

「そうだな。どこぞの馬鹿オークのせいで、一時はどうなることかと思ったが……」

 

 ガイラルは背の高いテーブルにグラスを置くと、テラスの欄干にもたれて、おもむろに空を見上げた。

 

「むしろ本当に骨が折れるのは、これからかもしれん。謎は依然として残されたままだ」

「そういや、ルチアが言ってた魔眼の話はどうなんだ? 一考の余地はあると思うが」

「ああ、アレか……一般にオークや亜人は、エルフや人間と比較すると、魔力の耐性が低いとされている。ドラゴンのおかしな眼力にヌシが魅入られていたと考えれば、腑に落ちない話でもない」

「到底腑に落ちた奴の言い草じゃないな」

「当然だろう。ふざけるなよ、何が魔眼だ。人心を操るなんてそんなことされたら、俺たち白魔術士は立つ瀬がなくなる。今まで信じてきた魔法観が壊されるような思いだ」

「気持ちはわかるよ。人心に働きかける魔法の研究及び開発は、教団の掟で禁忌とされているからな」

 

 ガイラルは応じなかった。複雑な心境を映し出すかのように、うつむき、唇を噛んでいた。

 ゆらゆらと揺れているワインの表面をじっと見つめながら、俺は言った。

 

「ドラゴンの遺体は回収したと聞いたが」

「これから検証を進めていく。魔力泉との因果も含めて、直に謎が解き明かされるだろう」

「そうか……実は正体は人間でした! とかならねえだろうな。アルバ・ユリアの昔話みたいに」

「ヒョードルが言ってたヤツか。あれこそファンタジーだよ。信仰が科学をねじ伏せていた時代の神話に過ぎん」

「俺もそう思うけどよ……神として崇められた、神聖なドラゴン様ですらイカれちまうような、派手な魔力の暴走を、それが引き起こす因果を、俺たちはこうして目の当たりにしちまった訳だ。人間様も、決して他人事じゃないと思うが」

「何が言いたい?」

 

 ガイラルは視線をぐるりと、俺の方へと向けた。

 ワインを一口飲み、半笑いを浮べて、俺は言った。

 

「人間は過剰な魔力にさらされることで、悪竜やアンデッドのようなバケモノに変異する可能性がある――そう言いたい」

 

 濃紺の空に浮かんでいた月が、雲間に隠れる。

 やがて、嘆息混じりに、ガイラルが言った。

 

「滅多なことを言うなよ。お前、教団に消されるぞ」

「魔族を絶対悪とみなす教団の教義からすれば、人間と魔族が、元をたどれば同じ種族であると示唆するような主張は言語道断……だっけか?」

「そうだ。だからこそ教団は、黎明期に異教徒を徹底的に排斥することにこだわった。アルバ・ユリアの昔話に出てくるような説を頑として認めなかった。お前もそれなりに学があるのなら、その辺の歴史は詳しいだろう」

「まあね……ま、真実はどうあれ、俺たちは触れてはならない扉に、触れてしまったのかもしれんな。そうやって目くじら立てるのは、立てるだけの理由があると考えるのが自然だと、俺は思うんでね」

「お前のようなことをほざいて、亡骸が下水道に浮かび上がってた連中を、俺は何人も知ってるよ」

「ハハッ。仕事熱心で有名な、暗部サマのご活躍か……」

「正式には異端審問官だ。連中を甘く見ない方がいい。影より薄く、闇より昏く、月より無慈悲……俺のように神官として教団に属していた人間すら、連中のことはまるで尻尾が掴めない。徹底した秘密主義を貫いている」

「じゃあ、仲の良い同僚が実は……なんてことがあり得る訳か。嫌な職場だな。どおりで教団の神官は性格の悪い奴が多い訳だ」

「ああ。ニケには向いてると思うよ」

 

 からかうように微笑を浮べると、ガイラルは手元の水を飲み干す。グラスをテーブルの上にことりと置くと、ため息をついた。

 

「妙に眠くなってきたな……辛気臭い話はこの辺にしておこう。せっかくの酒が不味くなる」

「お前飲んでないだろ」

「……ニケはこれから、どうするつもりなんだ?」

「東方へ向かう。エフタルに行きたいんだ」

「エフタル? どうしてまたそんな遠くに」

「アルス・ノトリアを探してるのさ」

「アルス・ノトリアって……魔導師ノルンの伝承で有名な、あのグリモワールのことか? そういや、エフタルが発掘したとか何とか、数ヶ月前に噂で聞いたな」

「ああ。どうしても、手に入れたい理由があってね……」

 

 雲間から射す月明かりに、遠くの海がほのかに照らし出される。

 背後の喧騒がほんの少しだけ、遠ざかったような気がした。

 

「……魔導師ノルンは、実は教団から疎まれていたって話は知ってるか?」

「ああ。自慢じゃないが、俺はアヴァロニア一のノルンフリークだからな」

「彼女が一次東征後、あらゆる仕官のオファーを断り、世界を旅したのは、教団の目から逃れるためだったという説もある。自身の秘術を分冊して隠すなんて面倒な真似をしたのも、死後、教団の手で、自らの人生を費やした研究の数々が抹消されるのを許せなかったからだ。つまり――」

「教団もエフタルのアルス・ノトリアを狙ってるって、そう言いたいのか?」

 

 ガイラルが言うより早く、言の葉を継ぐと、彼はふっと微笑を浮かべて見せた。

 

「……もちろんそれもあるが、妙な噂を聞いてな。帝国がアルス・ノトリアに関心を示しているらしい」

「帝国が?」

 

 ガイラルがうなずいた。

 

「皇帝クラウスは、禁術にいたくご執心のようでな。不老不死だの、魔術による人心掌握を目論んでいるとか、色んな噂が流れている。囚人や身寄りのない子供を集めて、研究と称して人体実験を繰り返しているとか、そんなうさん臭い流言飛語まで飛び交う始末だ」

「おいおい。古今東西、栄華を極めた権力者が行き着く先は同じかよ」

「真偽はともあれ、お前も西方に向かうなら、気をつけることだな。予期せぬ所で、思いも寄らぬ相手を敵に回すことがある。お前がやろうとしているのは、そういう危険と隣り合わせなんだと自覚しておいた方がいい」

「ご忠告どうも。せいぜい死なない程度に頑張るよ」

 

 鼻で笑い、俺はグラスに残ったワインをごくりと飲み干す。

 

「いや……もう手遅れかもな。ほら、後ろ――」

「え?」

 

 言った瞬間、勢いよく肩を掴まれる。

 何奴と思って振り向いた時には、すでに手遅れだった。

 

 荒々しく身体をつかみ取られ、足下をすくわれたと同時、視界が空を向く。そして激しく上下に何度も揺れた。これは――

 

 …………胴上げ?

 

「飲み足りねエ奴がここにいるぞオオオオ!!! その名は我等が討伐隊の立役者、竜殺しの魔術士!! ニケだああああああああ!!!!!」

 

 

「ウオオオオオオオオ!!」と謎の歓声が上がり、ワッショイワッショイと俺の身体が、何度も何度も宙を舞った。

 

 声から察するに、音頭を取っているのはヌシか。

 どうやらシセルにイケル、チェスターにオーウェンにスタッフたち、酔っ払ってすっかり出来上がってしまった野郎どもが、狂喜乱舞しながら俺を胴上げしているらしい。

 

 いやいや……僕こういうノリをこの世で一番憎んでるんで……マジ勘弁。

 からのーーーーーー?!

 

「よっしゃあ酒持って来い酒!! バレルごと持ってこいやァ!!!」

「ウオオオオオオーーー!!!!!」

 

 そして運ばれた樽を、魔力で浮かし、俺は頭の上からワインを被るという酒行、またの名を全身飲みを披露した。I am the entertainer.

 

「どうじゃあああ!!! これがロゼッタ三番街宿屋の息子にして竜殺しの魔術士、ニケの全身飲みじゃあああああああああああ!!!!!!」

「ウオオオオオオオオオオオーーーーーーー!!!!!」

「者ども出会えエエエエエエエ!!!! 宴じゃ! 祭りじゃ!! (いくさ)じゃあああああああ!!!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 そしてロゼッタ三番街宿屋の息子にして竜殺しの魔術士こと俺が、再び胴上げされる。

 

 その辺りを最後に、俺の記憶は定かではない。

 

 

    *

 

 

 #$%&’☆▲()~=~`+*?{|<○×>?

 くぁせdrftgyふじこlpキンタマ??????

 

 …………あぁ……

 めっちゃアタマ痛い…………

 

 ガバッと勢いよく起床すると、窓の外からチュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえた。そしてガシッと、右手で顔を鷲掴みする。

 

「…………」

 

 猛烈な二日酔いでグロッキー。

 夕べは一体どうやって寝床に辿り着いたのか、一切の記憶がござらぬ……

 

 何かの間違いで、隣でスヤスヤチュウタツが眠っていたりしないかと思ったが、そんなことはなかった。王様サイズのやたらデカいベッドの上で、シーツを何度もまさぐってみるが、断じてそんなことはなかった。

 そろそろドアが開いて、「あらまあニケさん。ゆうべはお楽しみだったわね。ふふっ……見かけによらず、ずいぶん大胆なのね」などと耳元で囁かれる展開を夢想したが、ドアは永久に開く気配がなかった。

 

 

 

 俺は一人だった。

 

 

 

 ていうか……ここどこ?

 まあ考えるまでもなく、バルザック邸だわな。昨日散々飲んで騒いで酔い潰れて、誰かがこの部屋に運んでくれたんだろう。

 

 やっべー、記憶がなくなるほど飲むっていつ以来だよ。確か四ヶ月前くらいにクラインの酒場で……結構最近だなオイ。まあ、あの時は一人だったが……え? 一人で記憶がなくなるまで飲むってどういうことなの? 逆にすごくない?

 

 俺の一人上手もついにここまで達したかと感心半分絶望半分、益体もない思考に頭を巡らせていると、不意にドアがノックされる。

 扉が開いた瞬間、俺はハッとしてときめいた。

 

 まさか……チュウタツ?

 

「うっすニケ! おはよーさン!! そろそろ目ェ覚ましたかと思ってよ! これから一緒に風呂でもいかねエか? グシシシ!!!」

 

 筋肉バキバキ、声量マシマシ、存在感ムンムンのオークが、そこにはいた。

 

 俺は無情なる心で天を仰いだ。

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