勇者にはなれない   作:高円寺南口

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35 後日淡々

「おめでと~!! まさか本当にドラゴンを討伐して、手柄まで立ててくるなんて! さっすが~! 私も推薦した人間として鼻が高いわ~♪」

 

 報酬を受け取りにギルドへ赴くと、受付のお姉さんが出会い頭に満面の笑みを浮かべては、そんな風にマシマシのニギニギで褒めてくれた。

 例の如く、「ウェヒヒヒ……」と薄ら笑いを浮かべながら照れていると、高額案件なので支払い含めて諸々の手続きは別室でと言われ、奥の部屋に通される。

 

 革張りの長椅子に腰掛け、出された湯飲みには茶柱が立っていた。

 これは吉兆。

 

 しかしここで南洋由来の緑茶をチョイスするとか、中々渋いセンスをしておるな受付嬢よ……個人的には紅茶より緑茶の方が好みだから、ニケさん的にもオールオッケー! 

 

 それから、十五分くらい待たされた。

 

 えらい遅いな……

 これはアレか。受付のお姉さんがドアの外で、「どうしよう……ここで想いを告げないと、彼は旅立ってしまうのに……でも、私ったら勇気が……ああもう! しっかりしなきゃ、私ったら!!」と逡巡している時間待ちか。

 

 へっ、モテる男はつらいねえ……いいぜ。ちっとぐらい長いプロローグで絶望する俺じゃない。ずっと待ち焦がれてたんだ、こんな展開を……

 アルル最後の夜は、君のために捧げると誓うYO――

 

 などと、気持ち悪い妄想にも飽きてきたころ、ようやく部屋のドアが開いた。

 

 受付のお姉さん……ではなかった。

 犬耳でオールバック、肩に髪が掛かるほどのロングヘアー、モノクルをかけ、キッチリとした身なりの真面目そうな獣人のオッサンが現れる。

 年頃は三十代、俺より一回りくらい上かな……人間換算だとそれくらいだろう。そしてその後ろに、受付のお姉さんがいた。

 

「紹介するわね、こちらが私の上司の支部長よ」

「どうも。支部長のスメラギです」

 

 シブチョーのスメラギは対面の長椅子に腰掛けると、俺の目をまっすぐ見つめてくる。クンクンと鼻がひくついている所は、なるほど犬耳族っぽい。

 やがて彼は、モノクルのフレームに、すっと手を当てた。

 

「ニケさん。報酬の件ですが……単刀直入に申し上げます。今より数時間前、貴方に支払うはずだった報酬は、全額差し押さえられました。よって、当方が貴方に支払う報酬は、1フランたりともございません」

「そうですか……って、は?」

 

 アイスブレイクもなしに唐突に放たれた死の宣告に、呆然として言葉を失う。

 三人の間を天使が通り過ぎたあと、シブチョーは俺に封書を渡した。

 

「詳しくはこちらを。差押人からの書状です」

 

 言われるがまま、封書を開ける。そこにはこうあった。

 

 

「親愛なる竜殺しの魔術士へ

 

 よおゴクツブシ。元気でやってるか?

 

 ちょっと見ない間に、モンフォールのお嬢にちょっかいかけたり、ドラゴンぶっ殺したり、色々楽しんでたみたいじゃねえか。

 ロクでもなかった時代のお前を知っている数少ない人間の一人として、ここ最近のお前の活躍ぶりは、我が事のように嬉しい限りだよ。

 

 だが同時に、あのどうしようもなくくだらなかった時代に戻りたいなんて欲求が、そろそろ芽生えてきてるころなんじゃねえか?

 まして、人から褒められることなんざ、久しくなかったお前のことだ。変わり行く景色の激しさに、戸惑っているってのが正直な所だろうよ。

 

 いいこと教えてやる。

 それは贅沢な悩みっていうんだぜ。

 

 報酬は全額いただくことにした。

 これでツケまくってたお前の酒代はチャラだ。お前の実家の安全も保証してやる。

 

 悔しいか? まあこれも一つの社会勉強だよ。

 あんな形でロゼッタを出て行ったくせに、俺のギルドを使って小遣い稼ぎしようとしたお前が悪い。そんなことやったら、情報が筒抜けになるに決まってんだろ。馬鹿なの? 

 俺は悪くない。お前が悪い。お前の責任。要するにお前が全部悪い。

 

 まあそんな可哀想なお前のために、お前の親父さんには、お前の意志でギルドに100万フランもの送金があった。これで督促状の件はチャラですと伝えておく。

 俺のせめてもの優しさだ。額を地面にこすりつけて、這いつくばって感謝しろよ。

 

 これからは西方に向かうんだろ? 

 財布スッカラカンで、陸路を選ばざるを得なくなったお前に朗報だ。ガラテアの首府、北の白都カトブレスにも、アルルと同様クラインの支部がある。

 今後とも変わらぬご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

 

 P.S. 最近アリシアが俺に会うたびに、クソ無職はどうしてんだって訊いてきてウザいんだが。何なの? 俺が知ってる以上に、お前とアイツの間には何かあんの?

 

 

 クライン ギルドマスター トラヴィス・クローバー」

 

 

「…………………………………………………………」

 

 俺は絶句した。

 ふと右端を縦読みしたら、

 

「ニ・ケ・さ・ん、だ・い・す・き……? これは……」

「そこに気付くなんてさすがだわ……そうよニケさん、これが私の気持ち」

 

 シブチョーがそこで、パーン! とクラッカーを打ち鳴らす。

 

「この手紙は彼女がギルドマスターの名を語って、創作したもの。つまりドッキリさ」

「支部長の言うとおりよ。私が本当に貴方に伝えたいこと。今度は勇気を出して、自分の口から言うね……」

 

 俺の目をじっと見ると、受付のお姉さんはやがて俺の手にすっと触れた。

 

「ニケさん……だいすき」

 

 といった妄想に逃避する程度には、やるせない感情に心を支配されていた。心にドデカいメテオクレーターが生じたかのような気分だ。

 言葉にできない。

 

 長い長い沈黙のあと、俺は手紙をテーブルの上に置き、そして言った。

 

「すんません……短期のお仕事。紹介してもらっていいですかね?」

 

 

    *

 

 

 ボンジュール! 

 

 皆さんどうも、悲しみよおはこんばんにちは……ニケです。

 そんなこんなで、半日限定の無料体験アップグレード期間を経て、再びその日暮らし冒険者へとダウングレードしちゃった僕なんですけど……

 

 せめてカトブレスまでの旅費と、ポチョムキンの餌代を稼がないことにはどうしようもないので、ギルドのお姉さんに工事現場の作業員のお仕事を紹介してもらいました。

 短期間で稼ぐには、その仕事が一番条件よかったので。

 

 まるで時間を巻き戻したが如く、宵の麦酒(ルービー)を楽しみに、あくせく働いては、夜中の二時に路地裏でゲロ吐くあの日々に、何の因果か再び舞い戻った次第。

 

 今の心境を率直に述べるなら……そうですね。

 形容するのが難しいんですけど、「この素晴らしきろくでもない世界に乾杯」ってカンジですかね。

 

「おらァニケ! 手止まってんぞ! きびきび働かんかい!!」

「うっす! さーせん親方!!」

 

 土嚢を台車に積んでは運び、積んでは運びの作業の繰り返し。

 結構腰に来るんだよなあこの動き……ちなみに魔法を使ったら負けだと思ってるので、絶対に魔法を使わないという縛りプレイを己に課している。

 

 この調子だと、魔術士にあるまじき黒光りのムキムキボディになっちまうなと、謎の心配をしていると、町中で「おい」と声を掛けられた。

 

「なにやってるんだ、お前」

 

 そこにはルチアがいた。

 ルチア? そうルチアだ。またの名をトンガリ☆ボーイ改め、トンガリ☆ガール。

 

「何って……働いてるんだよ。見ればわかるだろ」

「こないだ100万フラン手にしたヤツが、何で働く必要があるんだよ。しかも汗水垂らして」

「うるせえな。人生色々あるんだよ」

「色々ありすぎだろ……」

 

 しかしコイツ、ひげ面でタオル巻いた俺によく気付いたな……討伐隊のときと大分身なり違うのに。共通点といえば、臭そうな格好くらいしかない。

 誰が臭いねん。

 

「そういやアルルのスローガン、ニケの案が正式に採用されたらしいぞ」

「すろーがん?」

「とぼけるなよ。『もっと遠くへ』って、お前がアルル公に提唱したんじゃないか」

「へぇー……って、え? マジで?」

「ホントに知らなかったのか? ここ数日、公示人が町中で派手に宣伝してたのに……」

 

 知らん。

 

 ていうかここ一週間くらい、仕事終わりのルービーのことしか考えない生活ばかり送ってたから、余計なこと視野に入れる余裕がなかったんだよ。

 またしても、俺の熱心な仕事ぶりが証明されてしまったか……くゥー! 真面目すぎて申し訳ない。

 

「マジかー。クソ適当に、その場で思い付いたこと口走っただけなのに……」

「思い付きだったのかよ……」

「それよりルチアこそ、何でまだアルルにいるんだ? もうとっくに旅立ったと思ってたのに」

「ああ……まあこっちも色々事情があってね。ジギスムントって覚えてるか」

「ジギスムント? ああ、依頼人のおっさんか」

「アイツが姿を消した」

 

 ちょうど昼時なこともあって、往来を行く人の波は激しい。

 家の合間から射し込んでいた光が翳り、市井の喧騒がわずかに遠のいた。

 

「消えた? へ……どういうこと?」

「言葉通りの意味さ。いなくなったんだよ。パーティーの翌日、アイツは屋敷から忽然と姿を消した」

 

 言われて、あの日の朝のことを思い出す。

 そういや、ガイラルが「朝から色々立て込んでて」と言っていた記憶がある。そうか――アレはまさに、このことだったのか……

 

「さらに、回収したはずのドラゴンの遺体も、消し炭になって見つかったそうだ。保管していた倉庫ごと、燃やされていたらしい」

「え……嘘だろ」

「屋敷の幹部はジギスムントを容疑者と見て、捜索を進めているみたいだが……一週間経った今でも、何の進展もないことから察するに、このまま迷宮入りだろうね」

「……」

 

 しばしの沈黙を置いてから、俺は言った。

 

「いや。いくら何でも、話ができすぎじゃないか? 俺にはあのオッサンが、そんな大層なことをしでかす人間には見えなかったぞ。良くも悪くも、生真面目な老騎士にしか見えなかった……」

「同感だね。つまりこう言いたいんだろう? 誰かがジギスムントがやったように仕向けたと考える方が、自然じゃないか――と」

 

 俺は唖然としてその場に立ち尽くす。先日のパーティーで、涙を浮べながら俺の手を握った老人の姿が、ありありと脳裏に蘇った。

 右手の拳に、おのずと力が籠もらずにはいられなかった。

 

「俺たちの考えが合ってるなら、おそらくもう、ジギスムントは……」

「殺されてるだろうね。ドラゴン同様、骨一つ残ってないだろう」

「一体誰が……せっかくこれから、ドラゴンの謎も解き明かされるはずだったのに……」

「ニケ。気持ちはわかるが、この件については、これ以上深入りしない方がいい」

 

 ルチアは壁にもたれかかり、両腕を組んで、ため息をついた。

 

「裏で糸を引いているのが誰なのか、それがわからないほどお前は馬鹿じゃないだろう。ならば、悪いことは言わない。知らぬ存ぜぬを貫きとおせ。何も気付いていないフリをしたまま、大人しくこの街を去れ」

 

 納得しているのかしていないのか、判然としない面持ちの俺を見て、彼女はたしなめるように告げた。

 

「たぶん、察してるのは僕やお前だけじゃない……少なくとも、バルザック公はもう気付いてる。だからこそ、呑気にスローガンの制定なんかして、表向きは解決した事件として処理しようとしてるんだ。クロをクロだと騒ぎ出した奴から先に消される……この事件の背後に控えてるのは、そういう連中だよ」

「……お前は違うんだよな」

 

 不意の言葉に、ルチアが瞬きを止める。視線を離さず、俺は告げた。

 

()()()()()()()()()()()、信じてもいいんだよな?」

 

 俺たちの後ろを、通行人が忙しなく通り過ぎては、離れていく。

 何も知らないような顔をして、一人、また一人と視界の端に消えていった。

 

 やがて、ルチアが口を開く。

 

「どうかね。少なくとも、()()()()()()()()、信じる価値はあると思うよ」

 

 俺は「はん」と鼻で笑った。

 

「スカした答え方しやがって。少しは動揺しろよ」

「それはお互い様だろう。森を見て木を見ず。僕を男だと最後まで勘違いしてたくせに、そこには気付いてるなんて、訳のわからん男だ」

「ぐっ……お前、何でそれを……」

「お節介なアルタイルが教えてくれたよ。あいつ、どういう訳かルチアのこと男だと思ってるぞって」

 

 あの野郎、余計なことを……

 かくして、俺の鈍感力が白日の下にさらされた訳だ。おお神よ。私を真っ新(無職)に生まれ変わらせておきながら、さらなる贖罪を求めるのですか……

 

「ま、何にせよ余計な心配だったみたいだな。ニケがこうやってあくせく働いて、阿呆な冒険者を演じているのも、要は自分の身を守るための手段なんだろ? 最初は何やってんだと思ったが、ようやく意図がわかったよ……つくづく、馬鹿なんだか、計算高いんだかわからん男だ」

 

 個人的には、そんなつもりは全く全然これっぽっちもなかったのだが、とりあえず毎度お馴染み不敵な笑みを湛えて、こう答えることとした。

 

「ああ……よくわかったな」

 

 ルチアは右手を上げ、「じゃあな」と言って俺の元を去る。雑踏の中へと姿を消した。

 

 そういえば、「お前のおっぱい、中々どうして悪くなかったよ。まだ十五歳なんだろ? 将来が楽しみだ」と言うのを忘れていた。

 千載一遇のチャンスだったのに……これじゃ紳士失格だな。

 

 って、やべ……こんなアホなことほざいてる場合じゃなかった。早く現場に戻らんと、親方にどやされる……

 

 急ぎ現場に戻ろうとエッチラホッチラやっていると、行きずりの子供にぶつかる。台車が傾いて、土嚢が崩れ落ちた。

 うひゃ~、あっちゃっちゃ~! やっちゃった~!!

 

「すまない。大丈夫か?」

 

 慌てて声を掛けると、黒いローブを羽織った子供は俺の手を取り、その場から立ち上がると、こちらを見る。

 

「ええ大丈夫よ。こちらこそ、前をよく見てなかったものだから……ごめんなさい」

 

 フードの合間から見えた、その瞳の色と髪の色に、思わず心を奪われる。

 宝石のように美しいダークブルーの瞳に、燃えるような紅い髪をした少女は、一礼すると、俺の元を足早に去った。

 

 え、今のって……

 

 ドロシー?

 

 行き交う人の波は絶えることなく、賑やかな喧騒が耳元から近づいては遠ざかっていく。どこからともなく美味しそうな昼食の香りが漂い、軒を連ねる家々の合間から、石畳の道の上に斜陽が落ちた。

 

 はっとして振り返った視線の先、少女の姿は、もうどこにも見当たらなかった。

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