36 北の国から
北の
ガラテアの首府であると同時に、現騎士王のお膝元でもあるこの街は、東洋随一の温泉街として名高い。
古代の火山活動の名残で、街中には二十以上の源泉が湧いており、公衆浴場の数が多いのはもちろんのこと、飲泉という独自の文化がある。街中には「
実際、温泉の効能なのか、カトブレスの人間は他国に比べて長寿で健康であり、色白の美人が多いと専らの評判だ。
また、カトブレスは景観が美しい街としても有名で、石畳の道沿いに、黄色にオレンジ、赤に青といった色とりどりの細長い三角屋根が軒を連ねており、余所から訪れた者は、まるで童話の中に身を置いたような感覚に囚われる。
もっとも、景観がカラフルなのは、冬の間どんよりとした空模様が続き、雪も大量に降り積もるため、建物まで無彩色にしてしまうと見分けがつかなくなるという、至極現実的な理由から来ているそうだ。
メルヘンの欠片もない。
そうだこれは夢の国じゃない、現実の国なんだ……
アルルにて竜退治という大仕事を終えた俺は、その後なんやかんやあって無一文に返り咲き、架橋工事現場の作業員としてしばらく働いていた。
なんやかんや働いているうちに、稼ぎのほとんどを競馬に費やす、酒の席で全身飲みを披露するといった道化へのプロ意識が高く評価され、親方や職工の連中(大体がドワーフだった)とも次第に打ち解けていった。
とある宴の席で、「俺、この仕事が終わったらカトブレスへ行くんだ」と告げた所、「ワシらもこの仕事を片したらザクソンへ戻るから、何ならニケ。途中まで一緒に来るか?」との申し出があった。
まさに旅は道連れ、世は情け。
そんなこんなで、俺はアルルからカトブレスまでの道のりのうち、三分の二ほどを親方一行と共にすることとなった。
道中、手先が器用なドワーフのおっちゃんが、「見た目は拙いが、こいつは魂のこもった良い剣だ……鍛冶の気概が伝わってくるぜ。どれ、俺に貸してみろよニケ。もっと鋭く研いでやるからよ」と言ってくれ、エルに貰った白金の剣がパワーアップするという謎のラッキーイベントも発生した。
しかしこの剣……貰ったはいいが、実戦でほとんど使った試しがない。
竜退治のときも、結局最後まで使わなかったしな。クルーガーに「お前、その剣はただの飾りなのか?」と言われたのは、今となってはいい思い出だ。
いつぞやかルナティアに滞在中、エルに背中に背負うタイプの鞘を作って欲しいと頼んで、アルルを旅立つ時にギルド経由で受け取ったものの、その後鞘から一度も引き抜かれておらず、もはや剣の形を取ったお守りと化しているというこの有様……
いい加減、この剣の使いどころを、本気で考えねばならん時が来ているのかもしれんな。
一応、魔法剣というアイデアがあるにはあるのだが、どうにも気乗りしなくてなあ……
というのも、俺みたいに魔法に熟れてる人間からすれば、「何が楽しくて剣を媒体にする必要があんの? それ、ぱっと見カッコいい以外、何かメリットある? 忙しいから二十字以内で説明してみろ」としか思えんのだ。
「もうそれ最初から魔導具でいいよね」って、三日後には飽きる未来が目に見えてる。
第一、魔法剣とか邪道なんだよ邪道。
あんなモン、剣の道も魔法の道も、どっちつかずの半端野郎が苦し紛れに編み出した技術に過ぎんだろ。それを連中はハイブリッドとかほざきやがるんだから、本職の人間からすれば笑止千万、失笑噴飯。チャンチャラ可笑しの片腹痛し。
万一、どうしても剣で戦う必要に駆られたら、魔力で自ら剣を作り出すのが、魔法使いという生きものなのだよ。御前試合でドロシーがやってたようにね……
まあそうやって、何でもかんでも「それ、魔法でできるよね?」とか言って一々マウント取ろうとしてくるから、魔法使いは他の職業から嫌われるんだけどな……
話が逸れた。
なんやかんやで、愛馬のポチョムキンと共にカトブレスに辿り着いた俺は、早速クラインのガラテア支部に向かい、当座の仕事にありつくこととした。
ガラテアはノルカ・ソルカと並んで東洋では有数の豪雪地帯であり、雪解けまで西方に抜けることは困難だ。
現在の暦は二月。来る春先の出立に備え、当面の間はカトブレスで腰を落ち着け、ゆるりと旅の準備を進めるのがよろしかろうという算段である。
カトブレスの中心街にあるギルドに辿り着くと、何やら人だかりができて、騒然とした雰囲気になっている。
何だ? 何かあったんか?
コソコソと近づいて、野次馬の話を盗み聞きしたところ、どうやらロゼッタで、勇者の仲間が正式に発表されたらしい。
勇者クロノアの旅立ちは、彼が十六歳の誕生日を迎えた後の四月との噂だから、ここに来てようやく、その陣容が明らかにされたということなのだろう。
まず、一人目は戦士ゴライアス。
妥当な線だ。ドロシーが欠けた今、ゴライアスの選出は確実視されていたようだし、改めて驚くことでもないだろう。
アタッカーとしての実力もさることながら、彼の本領はディフェンダーとしての役割に尽きる。鍛えられた分厚い肉体がもたらす、並外れたタフネス……俗に
実力は申し分ないが、人間的には真面目で面白味のなさそうな奴だったから、強いて言うならそこがネックだな。
続いて、二人目は神官アリシア。
うーむ……あのおっぱい、裏でやっぱり勇者と通じていたか。素性が怪しい点といい、御前試合で審判を務めていた件といい、なーんかきな臭い奴だなと常々思ってはいたんだが……
野次馬に混ざっていた、事情通のモヒカン兄貴、略してモヒーニキの情報によると、アリシアはクラインのランクに登録されていない人材ではあるが、社会への貢献と、神官としての高い技量を見込まれ、選出されたとのことだ。
取って付けたみたいな理由だが、まあ神官はガイラルみたいな野良神官を除けば、教団本部の内部規則だの何だのの関係で、ああいうランクに勝手に登録することは認められてなかったらしいからな……。
かといって今の時代、
しかしクロノアさんよ。お前よりにもよって、とんでもない
ありゃビジュアルこそ当世に二人といない最高の逸材だが、腹に宿してるのは悪魔ですよ悪魔。その証拠に、ロゼッタを旅立ったあの日の教会の出来事が、俺の脳裏には未だはっきりと刻まれている。
まあ今となっては、あんな美人に罵倒されて殴打されたのは良い思い出だけどな……。
何なら記念に、もっとボコボコにされていればよかったまである。お恥ずかしながら、ちょっとクセになりそうなecstasyを見出してしまいましてね……ポッ。
あれぞまさしく神の啓示であったと、
アホな冗談はさておき、最後の人物の名前に目を通す。
ストライダー、トラヴィス。
「ふえっ?!」
突然幼女みたいな大声を発したせいで、周りから奇異な視線を向けられる。おお恥ずかしや恥ずかしや……
最近疲れてるのかな私と思って再度見たが、やはりそこに書かれている名前はトラヴィスだった。
トラヴィス。正式名称、トラヴィス・クローバー。
諸君には今さら説明するまでもない。例のギルドマスターである。
「…………」
えぇ……こんなのルール違反てか、なんつーひどい出来レースだよと思い、隣のモヒーニキにぼやいてみた。
すると、
「おん? 何言ってんだ
盗賊のランク1位……だって……?
さらにモヒーニキの話によると、前々からクラインのギルドマスターが、何らかの職業で密かにランク登録しているという噂が出回っていたそうな。まさかそれが盗賊だとは、誰も予想していなかったみたいだが……
マジかよ。盗賊なんざクソ底辺のうんこジョブとしか思ってなかったから、全然知らなかったわ……。
当然、ランクなんざ一度も目を通したことがない。そもそも「賊」がついてる職業が、何で職業として認められてるんだよって話だし……ランク登録する前に、まず牢屋に行かんかい。
てかStriderて……なにカッコつけてんねん。盗賊風情が。
それを言うなら、俺だってハイパーマジカルクリエイターだよ。何だこのクソダサい職業名は……
まあマジレスすると、本来は索敵や隠密スキルに長けた連中を「ストライダー」というカテゴリに入れて管理していたのだが、ネーミングが余りにハイセンスすぎたのか一般には定着せず、民衆の間では「
なんで盗賊と言いつつも、実際は賊でもなく犯罪者でもない愉快な連中(たぶん)の集まりであるので、そこはご安心いただきたい。
さすがに犯罪者が勇者の仲間になっちゃいかんしな……いや、あのギルドマスターは、裏で平気で犯罪まがいのことやってそうな雰囲気あるけど……
しかしまあなんだ、本来ならばトラヴィスではなく、ここにドロシーの名前が記されるはずだったんかね……
あいつ今、どこで何してるんだろうなホント。知らんけど。
いい加減、野次馬の話題ループにも飽きてきたので、窓口に行ってお仕事を紹介してもらうことにした。
「あれ? あなた、ひょっとして……」
言われて、俺も察した。
なーんか、どっかで見たことあるような受付嬢顔……
「やっぱり! あなたアルルで妹が世話した人ね。竜退治で活躍した人だって聞いてるわ!」
妹? ということは――
「ロゼッタ? ああうん、あの人は姉さん。つまり私は次女ってこと」
次女。
やべえな、ついにスリーカード揃えちまったよ……あとは従姉妹を二人揃えれば、フルハウスも夢じゃない……
受付のお姉さんの話によると、俺は竜退治での功績により、クラスがペーペーから一気に五階級特進したそうで、現在二等級の冒険者に位置づけられているんだと。
しかし五階級特進てお前……殉職は殉職でも、星の危機を救ったレベルの殉職でもない限り、普通そこまで特進せんぞ……ていうか俺、まだ死んでないんだけど。なんかの間違いで、死んだことにされてんじゃないだろうな……
「二等級にまで上がると、仕事も選びたい放題、断りたい放題の選り取り見取りになってくるわよ。そうねえ……こういうのはどう? 雪男の退治とか、吸血鬼が住まうとされている古城の探索とか……」
あー、そういうのはちょっと……前回の竜退治でお腹一杯なんで。
もっとほのぼのしたのがいいよね。温かい南の島で、可愛い女の子と一緒に、春までまったりスローライフとか……
「温かい南の島? 何寝ぼけたこと言ってるの。ここはガラテアよ。しばれる大地での、寒気凛烈たるオーダーしかないわ」
なるほど。まさに試される大地ということか……果たして本当に試されているのは、俺の方か、あるいはガラテアの方なのか……
「あ、これなんかいいんじゃないですか。魔石採掘の手伝い……嫁が身ごもって、一人で店を回さなければいけなくなり、人手が足らず困っています。魔法や鉱学に精通している人であれば、誰でも歓迎します。余り報酬は用意できませんが、何卒よろしくお願いします……」
お姉さんは、しばし無言。やがて、机の上で組んだ俺の両手を、包み込むように撫で回すように、優しく握った。
自然と目が合う。
「だーめ♪ こういうのは、もっと下のランクの冒険者に譲ってあげないと。貴方は優秀なんだから」
っしゃー! 雪男でも吸血鬼でも退治したるわオラァ!!
と叫びたいところだったが、この程度で籠絡される俺ではない。
わかってねーなわかってねーよ。私を誰だと思ってるのかしら? 包み込んで撫で回すのなら、もっと別の箇所でないとね……ウフフ。
「……ふーん。まあそこまでやりたいんなら、別にいいけど……こういう楽なクエストを、高位の冒険者が独占して、下位の冒険者に仕事が回らなくなるのは、『下位締め』って言われてる行為で、やりすぎるとランクが降格するから気をつけてね」
「買い占め?」
「買い占めじゃない。下位締め」
「……まあ楽かどうかは、やってみなきゃわかんないですよ。それに、人助けに楽も困難もないと僕は思ってますから」
キリッとした顔つきでそう言ってみせるも、受付のお姉さんは顔も上げず無言のまま、シャッシャと事務的に書類を処理していた。
これが三女なら、「ふふっ、それはそうかもね~」とゆるふわボイスで対応し、これが長女なら「ははっ。綺麗事言ってくれるじゃん」と力の抜けた微笑を浮かべてくれるのに対し、このガン無視である。
さすが、次女の看板は偽りにあらず。三姉妹の真ん中はマイペースって、昔から言うからな……三等分の個性。みんな違って、みんないいの素晴らしさよ。
くゥー! たまんねェこの塩対応! シンプルな味付けでありながら、実に奥が深いッ!! と拳を突き上げて歓喜したいところだ。
「何か持って行くモノとかあります?」
「持って行くモノ?」
お姉さんはぱちくりと目を開けたまま静止していたが、やがて視線を下げ、ぼそりと「特にないんじゃね」と呟いた。
しびれるねェ……コイツは大したタマだ。
どいもこいつも、隙あらば人の顔色を窺うようなこの時代にあって、私は私の道を行くというその強い心意気……買った。
「妹さんにはなかった、口元のホクロ。お姉さんとは逆の位置にあるんですね。似合ってますよ」
そう言うと、お姉さんは書類にドン! と認可の判を押し、顔を上げて俺の目を見る。
そして笑った。
「あっそ」