それから二週間後。
俺はカトブレス郊外の鉱床にいた。
鉱床と言っても、ゴリゴリの坑道堀りの、つるはし・カンテラ・トロッコが三種の神器の鉱山奥深くにいる訳ではない。地表から渦を巻くように地下へと階段状に掘り下げていく、昔ながらの露天掘りの採掘場だ。
お目当ては当然、魔石である。
魔石魔石とパンピーでも当たり前に口にするようになったこのご時世だが、魔石とは一体なんぞやと言うと、マナが凝縮された特殊な鉱石のことであり、多くは魔法使いが魔法を発動する際に使用する、魔導具に取り付けられる。
たとえば、俺なら右手人差し指に着けてる指輪、ドロシーさんならワンドと言った具合に。
他にはネックレスやイヤリング、アンクレット……珍しいものだと、こないだ討伐で一緒だったチュウタツは、スペルカードとは別に、詠唱で発動を行う際は水晶をメインの、
機能としては、体内に蓄積されたオドを、外部のマナと調律して、魔法として具現化するための媒体……なのだが、これはかなりざっくりした定義である。
要はある種の補助装置みたいなもので、初心者ならいざ知れず、熟達した魔法使いならば、魔導具がなくとも魔法を発動することはできる。
なので、魔導具が破壊されると、魔法使いは直ちに無能と化すという、巷でよく聞く流説は間違っている。むしろ破壊された時にこそ、魔法使いの真価が問われると言ってもいい。
しかし、ここで一つの疑問が生じる。
「だったらどうして、お前やドロシーは魔導具を使ってるんだ? 出涸らしのお前はともかく、一流の魔術士であるドロシーが魔導具にこだわる理由があるのか」と。
もちろん理由はある。
術者は魔導具を用いることで、魔石の加護を得ることができるのだ。
加護と言うと、またずいぶんオカルティックな響きがするが、早い話が性能の付与だ。能力の増幅、拡張と換言してもいい。
たとえば、スカーレットという深紅の魔石は、炎系統の魔法をより少ない魔力で使用できるという特典をもれなくプレゼントしてくれる。
また、ラピスラズリという紺青色の魔石は邪気や邪念を退ける効能があり、集中力増大によって術の安定に寄与してくれる。
一般に魔石の加護は、魔石の数だけ性能の優劣が異なり、二つとして同じモノはないとされている。
先ほどの例で言うと、同じスカーレットの魔石でも、めちゃくちゃ魔力消費を減らしてくれる優秀なスカーレットもいれば、「これ本当に減ってる? むしろ増えてない?」と感じる怠惰なスカーレットもいるということである。
前者を神石、後者をバッタモン、クズ、ゴミ、カス、ガラクタ、無能、役立たず、パッパラパーなどと言う。一応言っておくが、俺がこれまでの人生で受けてきた罵詈雑言リストではない。
性能の優劣は、魔石の色や輝き、純度や耐久性が関連していると言われているが、この辺りはまだまだ未解明な部分が多く、研究が追いついていないというのが正直な所だ。
そもそも現在解明されている魔石は、この星に眠る魔石の二割に過ぎないというデータもあるくらいだからな。
まあ個人的な意見を言わせてもらえば、見た目がくすぶっている奴は、大抵中身もくすぶっていると言うのは、魔石の世界も人の世界も同じである。
中には見た目が美しくても、蓋を開けたら中身スッカラカンのポンコツもいたり、磨けば恐ろしく光る原石もいたりと、もちろん例外はあるんだがな。
俺? 俺は例外じゃないよ。見た目も中身も空っぽの、磨いてもこれ以上光りようがないクズ鉄ですよ。発掘されても規格外と即座にポイ捨てされ、店先に並ぶことすら叶わない選ばれざる者。
ニケ知ってるよ。花屋の店先に並んだ色んな花は、熾烈な競争を勝ち抜いた選ばれし存在だってこと……
手に取った隕鉄の欠片をしげしげと眺めながら、「そうか……俺は魔石ですらなかったんだ。魔石にすらなれなかった、ただの石。弱くて脆い意志の男……それが俺」と、そこはかとない無常観に浸っていると、ふとある人物に声を掛けられた。
「ニケ。今日も精が出るな」
視線の先には、北方人らしい銀髪に、がっしりとした体躯の男が立っている。背中には籠を背負い、細目が特徴的な彼の名前は、カムイ。
カトブレスで魔石屋を営んでおり、此度の俺の雇い主でもある。
「どうだ? レアストーンは見つかったか」
「いや全然……今日はダメ。俺のビギナーズラックも、いよいよ尽きたみたいだ」
「ははっ、そうか……まあここの採掘場も、いい加減掘り尽くしたんじゃないかって、昔から散々言われてるからなあ」
「そうなのか?」
「良質な鉱床ほど、みんな熱心に発掘するからね……資金繰りに余裕のある連中ほど、ここの発掘はとっくに打ち切って、新たな鉱脈を求めてガラテア中を走り回ってる所だと思うよ」
「へー、さすが資源大国……」
「ザクソンほどではないけどね。最近は政府がそういった新規の開発を、経済的に援助してくれててさ。俺もいつかは参加したいと思ってるんだけど、零細事業者の宿命というか、目先の収入が第一で、いかんせんそんな余裕はなくて……」
自嘲気味にそう呟くと、カムイは俺の目を見て、「ちょっと早いけど、今日はこの辺でもう切り上げようか」と言った。俺はうなずく。
雲一つない青空の下で、乾いた風が頬を撫でる。視線の遙か先、丘の上には枯れ木が三本立っていて、銀雪が陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
本日の取れ高を竜車に積み終え、額の汗を拭う。防寒対策で色々着込んでいるのはいいが、重労働をすると、途端に全身汗だく茹で蛸マンになってしまうのが難点だ。
幌に覆われた積荷部分の空きスペースに腰を下ろすと、カトブレス目指して竜車が走り出す。
ガタガタとケツが揺れて、白き冠を戴いた山々が、少しずつ遠のいていく。狐の親子が三匹、まっさらな雪の上に足跡を刻んで、水平線の方角に駆けていくのが見えた。
なすこともなく、箱の中から魔鉱石を取り出して、繁々と観察してみる。
透明で美しい翠の輝き……これは。
「
斜向かいに座るカムイが、俺の方を見てそう言った。
市場では原石のまま取引されることもあれば、原石からカットして、加工処理を施した上で取引されることもある。カムイのように、自分の店で工房を有している場合は、後者の方が圧倒的に多いみたいだが。
「ここの部分で、大体いくらくらいの値が付くんだ?」
手元の小さな結晶を指さして言うと、カムイは口元に手を当てた。
「研磨したあとの、色合いや光沢にもよるだろうけど……2カラットで10万から20万前後かなあ」
「うえっ、そんなに?!」
「元々レーヴ鉱床のエメラルドは、良質なものとして名高いからね……いくら掘り尽くされて低ランクのものしか取れなくなったとはいえ、まだまだ需要はあるんだ。ブランドというのかな」
「ほあー。こんなオークのデカいハナクソみたいなのが10万……」
俺がそう呟くと、カムイが声を出して笑った。
「エメラルドは魔石としての需要だけでなく、観賞や装飾用として富裕層にも人気があるからね。あとは薬師からの人気も高い。解毒剤や軟膏の原料として使えるそうなんだ」
それについては、俺も聞いたことがある。いわゆる鉱物薬というヤツだ。
またエフタル辺りでは、魔石をすり潰して粉末にしたものを、化粧として用いているんだとか。ホントか嘘かは知らんが、魔除けの効能があるらしい。
こんな風に、普段意識することはないが、意外と生活に身近な所で結びついていたりするのが、鉱物学という分野の面白い所ではある。
「こんなモンが地中で自動生成されてるなんて。大自然の力って、すげー……」
「自動って言うと少し語弊があるけどね。魔石が採掘できる場所は限られているから」
「ああ……魔力泉がある場所、か」
カムイはうなずいた。
「この星の地下深くには、魔法エネルギーすなわちマナが血管のように幾重にも循環している。ニケも当然知ってるだろうが、魔力循環というヤツさ。それを司っているのが、約束の地にある世界樹で……魔石の多くは、既存の岩石にマナが侵入し、元の岩石が分解され、再結晶化する過程で生み出されると言われている……つまり、マナが地上に噴き出すスポットである魔力泉の近くには、当然マナの大きな流れがあり、良質な鉱床が見つかる可能性が高い」
「でも、最近は大変だろ。魔力泉の暴走が頻発してるから」
「そうなんだよ」
カムイは嘆息混じりに、小さくうなずいた。
「とある発掘隊がモンスターの襲撃を受けて壊滅したなんて知らせは、今じゃ決して珍しいものではなくなってしまった。魔物の巣窟になって、採掘不可となった鉱床も数知れず……そうなると安全な鉱床は限られてくるから、必然、狭い世界の中でのパイの奪い合いになってしまう。実際、ここ数年の間で、廃業を決めた同業者もたくさんいるんだ……なんせ、先の見えない世の中だからね。来月ならともかく、来年・再来年の話となると、全く読めない。そろそろ戦争も始まるって言うし……。
かく言う俺だって、将来のことを考えると、正直不安で一杯だよ。来月には子供も生まれるから、余計にね……」
カムイは竜車の後ろの、過ぎゆく景色をじっと見つめながら、儚げな表情でそう零した。
「長くこの商売やってるとさ。つくづく人間って自然に生かされてるなって、ホントそう思うよ」
長い沈黙のあと、不意にカムイが言った。
「昨日までの日常が、明日も続く保証なんてどこにもない。それも、ある日を境に劇的に変わるんじゃなくて、ゆるやかに変わっていくっていうのが一番怖いよね。気づいた時には、『あれ? どうして……』ってなってる。それが一番怖い」
そこで突然、馭者を務める
俺はケツがガタガタ揺れて仕方ない竜車の片隅で、一人ハナクソをほじりながら、非日常が日常に変わる瞬間の定義について深く哲学していた。
ごめん嘘。
別に何も考えてなかった。
*
時刻は14時。
もっとも、北国は冬の日照時間が短く、あと二時間もすれば日が落ちてしまうのだが。もっと北のノルカ・ソルカの北端まで行くと、一日のほとんどが真っ暗の極夜と言う現象が起きるそうだ。
カトブレスの臨海地区には、ネルソン広場と呼ばれている大広場がある。
今は昔、大航海時代に世界一周を成し遂げた冒険家、ネルソン・トラヤヌスの栄誉を称えて造られた広場……らしく、広場の中心には高さ40メルトほどの、ネルソン記念塔と呼ばれる無駄にデカいモニュメントがある。
塔の天辺には、三角帽子を被り、左手には双眼鏡。首にはアストロラーベをぶら下げ、東の方角を指さして佇むネルソンの彫像がちょこんと乗っている。ちょこんと、と言っても、彫像の部分だけで5メルトくらいの高さはあるが。
大広場に竜車を止めると、カムイは石工ギルドの本部へと向かった。報告やら手続きやらの事務処理があるらしい。その間、俺とリザーニキは竜車から積荷を降ろし、ギルドへ貢納する分を仕分けて、本部の倉庫へと運ぶという作業に勤しんでいた。
何で俺たちが汗水垂らして取ってきた鉱石を、ギルドになんざ渡さないかんのじゃクソがとボヤきたいところだが、これには深い訳がある。
負担金である。
全然深くないので補足すると、坑夫たちは採掘のたびに成果物の何割かを負担金としてギルドに納めることで、自分たちの採掘権をギルドに保護してもらっているのである。
ギルドは採掘場の運営者として、一日の採掘量などについて細かく運用ルールを定め、自由競争を排除し、採掘権を持たない者やルールを守らない者に対しては厳しく取り締まる。
そうすることで、組合員たちの共存共栄を測るというシステムなのだ。一人の無法者の出現によって、全員が滅びの道を辿る「共有地の悲劇」を防ぐという狙いもある。
まあこういう同業者間におけるメンバーシップ・システムは、別にカトブレスに限った話ではない。ある程度商業が発達した都市なら、拘束力に大小の違いこそあれど、どこにだって見られる。
かくいう俺の実家もロゼッタの宿屋ギルドに属していて、毎月訳のわからん名目でギルドから金をせびられていた記憶がある。
親父はそのたびに、「共存共栄? みんなで我慢して、みんなで貧しくなりましょうの間違いだろ。ケッ!」とブー垂れていた。
さすが俺の親父である。とかなんとか威勢のいいことをほざきながら、最後には仲間外れになるのを恐れてキッチリ払うところも、さすが俺の親父である。血は争えない。
でも正直、親父の言うことも一理ある。
ギルドの運営者は、出資者。出した金額に比例して、組織内での発言権も強まる。
つまりこのシステム、ともすればカンタンに癒着と馴れ合いの温床へと成り下がる。
表向きは平等公平を謳いながら、裏では「俺だけは特別に許される」チケットを巡っての熾烈な椅子取りゲーム。
現にこういう同業者ギルドの負の側面は、時代が下るほどに深刻化し、経済の発展を妨げる要因にもなった。
こうした社会の閉塞感に風穴を開けたのが、大航海時代の到来と、それに伴う流通の活性化だ。自由な生産と交易を妨げる足かせでしかない同業者ギルドは、次第に空中分解、衰退の一途を辿り、親父のようなチキンから組合費を徴収しては、週末にジジババが集会所に集まって茶をしばくだけの、名目的な組織として形骸化した。
んだが、これはネウストリアやアルル、アンブロワーズといった大東洋側の諸国に多く見られた現象で、大陸側の穀倉地帯――特に保守的な気風が強い北方諸国においては、そうは問屋が卸さなかった。
カムイの話によると、ガラテアでは形骸化というよりも、腐敗化が凄まじかったようだ。要するに金権政治である。当たり前のように賄賂が横行し、特定の業者だけが得をする仕組みが、周到にかつ隠密裏に完成されていた。
さらには二次東征勃発の混乱に乗じて、それまでの慣行を無視して好き放題やらかすような連中も出てきた。腐敗から暴走、そして無秩序へ……よくある組織の末期症状、怒濤のロイヤルストレートフラッシュである。
流石にこれはいかんということで、待ったをかける人物が現れる。
騎士王だ。
第二十六代目騎士王、ロローナ・アナスタシア・ツェペシュ。
戦後間もなく騎士王の座に就いた彼女は、まずは足下を固めんと、自国の立て直しを図った。その一環として行われたのが、財界における綱紀粛正――同業者ギルドを始めとした、「時代遅れ」な経済制度の改革である。
ギルド制は廃止こそされなかったが、内部規則を徹底的に改めるようお上のメスが入り、政府への届出・許可制が必須となった。政府に公認されてない同業者ギルドは、非公式ギルドとして、お上にグーで鉄拳制裁を食らうシステムに改めたのである。
また、騎士王の改革はギルドだけに留まらず、その他保護貿易政策の推進、農奴解放令の施行や国営工場の設立による、農耕社会から工業社会への移行促進……
経済以外に目を向ければ、貴族の特権廃止、司法警察機構の整備による中央集権体制の強化や、病院や孤児院建設による貧民救済制度の確立、教育や税制の改革と、枚挙に暇がない。
とても十代のギャルがやったとは思えないキレッキレぷりを、随所で遺憾なく発揮しているのだ。コイツマジで人生三周目なんじゃないかと疑うレベル。
まあ実態は、脇を固めるブレーンが極めて優秀だったんだと思うけど……
「俺っちバカだから、あんまし難しいことはわかんねえけどさァ……騎士王サマは、マジパネェんだ。俺っちの知り合いでも、あの人に感謝してる商売人は、たくさんいるぜ。あの人のおかげでメシが食えてるって、みんな言ってんよ」
感慨深げにそう語るリザーニキの横顔を見て、実際そのとおりなんだろうなと思った。
ちなみに俺がやたらと騎士王の内政事情に詳しいのは、図書館で文献を漁りまくったからである。カムイの下で働くのが決まるまで、しばらく間が空いたので、暇つぶしに図書館通いを続けていたのだ。
「中には小娘如きがどうのこうの、叩いてる連中もいるけどよォ……そういう奴らは、隣のノルカ・ソルカを見て見ろってんだ! ああはならなかっただけ、マシと思えって言いたいぜ……」
「ああ、ノルカ・ソルカ。先代騎士王、マロノフの
そうこう話してるうちに作業が終わり、リザーニキは次の配送の仕事があるからと言って、竜車と共に足早に去っていった。
残された俺はなすこともなく、ギルドのおばちゃんと世間話に興じていた。しばらくすると、二階からカムイが降りてきた。
「お疲れ、ニケ。待たせたね。今日はもう上がりでいいよ」
「いいのか? じゃあお言葉に甘えて……」
「あ、ちょっと待って。渡すモノがある」
そう言って、カムイが二枚の紙切れを差し出す。見れば、カトブレス国民劇場うんぬんと書いてあった。
「これは……?」
「あら、知らないのニケちゃん? カトブレス劇場って言ったら、オペラよ~。騎士王様肝煎りの文化政策でね~、二年前にできたのよ。綺麗な建物でね~、上演してるオペラもすっごく良くて、何度行ってもうっとりした心地になっちゃうの。これ嘘じゃなくてホントよ。うふふっ!」
俺が尋ねたのはおばちゃんじゃなくてカムイだったのだが、間に立つおばちゃんが懇切丁寧に説明してくれた。
悪りィなおばちゃん。サンキューサンキュー!
「ギルドマスターが急な都合で行けなくなったからって、譲ってくれたんだよ。ニケならどうかと思って」
「え、俺がもらっていいのか?」
「日付が今日でね。さすがに今日は家に帰らないと、俺はカミさんにどやされちまうから……ニケならどうかと思って」
「じゃあせっかくだし、ありがたくいただこうかな……ん? これ、二枚あるのか?」
「ああ。君も年頃の冒険者なら、親しくしてる女の子の一人や二人いるんだろ? 誘ってあげたらどうだい」
その一言に、何とも言えない心地になった。
親しくしてる相手に草木や花も含まれるなら、それはそれはたくさんいるんだが、種族を指定された上に性別まで限定されちまうとコレもうね……
「あら~♪ 隅に置けないわね~ニケちゃんったら! こう見えて意外とモテるのね~、んもう!」
おばちゃんは剛胆に笑い、俺の背中をバシバシ叩いた。
やめなおばちゃん。俺はもうずっと、魔法に恋してんだ……
悪いがこの恋だけは、いつまで経っても醒めそうになくてよ。他の女は眼中にねえのさ。ふっ……
死にたい。