勇者にはなれない   作:高円寺南口

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40 湯けむりの夜

 仕事が終わり、街の定食屋で夕食を済ませ、宿のベッドでゴロゴロしてからしばし。

 二十二時を過ぎたころ、夜な夜な公衆浴場へと繰り出すのが、カトブレスに来てからの、俺のルーティンとなっていた。

 

 こんな時間だと、すでに閉店している公衆浴場も多いのだが、水商売が多いエリアなんかだと、夜遅くに仕事を終えた人たち向けに、二十四時(てっぺん)過ぎても営業してる店がチラホラある。

 つまり二十二時という時間帯は、一般の客はとうに利用を終え、水商売の人たちが来るには早すぎるという、海で言うところの、凪の時間帯なのだ。

 

 したがって、混雑を避け、風呂を独り占めできる可能性が極めて高い。

 

 もはや顔なじみになった番頭に挨拶がてら、お金を払う。

 相場に比べると料金は高めだが、ここの風呂屋の売りは、なんといっても露天風呂だ。小高い丘の上に位置しているということもあって、カトブレスの夜景がこれまた綺麗でねえ……

 

 のれんをくぐり、更衣室に向かうと、誰もいなかった。いつもは一人二人客がいるのだが、ラッキーなことに今日は俺一人だけらしい。

 

 テンションマックスと化した俺は、すぽぽぽーんと服を脱ぐと、いち早く浴場へダッシュ。飛び込むようにして風呂に入ると、しばし潜水のち浮上。

 キンタマ丸出し、生まれたままの姿で、大空に向かってガッツポーズするという奇行に及んだ。

 

 ウヒョー! これぞお一人様の特権よ!

 

 空は青白く、半月が浮かんでいた。辺りには小雪が舞っており、海の方角から微かにさざ波の音色が伝う。

 桶には自前の熱燗(中身はレモンベースのホットウオッカ)を配備、ぷかぷかと温泉の熱で温めるという粋なスタイル。

 

 雪・月・酒。

 欲を言えば、隣で身を預けてくれる大人のお姉さんがいれば、何も言うことはなかったのだが……

 

 熱燗を一口飲み、身体は熱すれど、心は一向に温まりそうになく、その対比にどうしようもない虚しさを覚えたので、肩までどっぷり風呂に浸かることにした。

 

 くゥ~、最高です! 

 温泉ってのは、たまらんぜ……日々の疲れを洗い流してくれるパワーがありますよパワーが。

 アルルにて、温泉というものをしてみんとてするなりした結果、すっかり熱烈な温泉信者と化していた俺なのであった。

 

 冬の星空をぼけーっと眺めながら、しんみりと今までの旅路を振り返ってみる。

 

 色々あったが、まあ何とか西方への入口まで来ることができたのは及第点だな。

 結果として、ノルカ・ソルカに寄り道することにはなったが、こういう機会でもなければ、あんな最北の辺境に行くことはまずないだろうし……

 

 イカルガ鉱山にも、興味はあった。

 というのも、今回の発掘でハイスペックな魔石をゲットし、新たな魔導具を導入できれば――という気持ちがあったのだ。身も蓋もなく言うと、そういう打算があったからこそ、俺はカムイの代理を名乗り出た。

 

 現在、俺の所有している魔導具は、母さんの形見でもある指輪のみ。

 

 個人的には、魔導具を何個もチャラチャラつけて、ウホウホご加護マンと化している魔法使いは「煩悩まみれの欲しがりクソ野郎」と内心バカにしまくってきたのだが、盛者必衰の理があらわされた結果、そうも言ってられなくなってきた。

 魔石の加護だろうが何だろうが、出涸らしは出涸らしらしく、すがれるものは何でもすがっていかないと、正直この先やっていける自信がない。

 

 まあ二つくらいなら、別にいいよな……

 欲張って魔導具を装備しすぎると、加護が競合して打ち消し合ったり、逆にマイナスの効果を及ぼすって聞いたことあるから、現実問題、メイン1・サブ1くらいが妥当な選択肢なようには思う――

 

 身体もだいぶ温まってきたので、岩場に腰掛け、足だけ湯船に漬ける足湯スタイルへと切り替える。その時だった。

 

 女子の声がした。

 

 衝立の向こう、女湯のエリアから、明らかに若い女子(おなご)のそれと思われる声がした。

 

「……た~! 独り占め……るじゃん!」

「…………ことか?」

 

 どうやら二人組らしい。その後も何やら喋っていたが、はっきりとは聞き取れなかった。 

 ふむ……どれ、少し近づいてみるとするかのう……

 

「私夢だったんだ~♪ こういうの」

「普段…………が言うことか?」

「いいじゃん別に。最初で最後かもしれないんだから」

「……でもない……」

「ねえねえ、せっかく故郷に帰ってきたんだからさ」

「ガラテアは故郷じゃねえ」

「寂しいこと言わないでよ。同じ北方人のよしみじゃん」

「ハハハ……明暗分かれたけどな。……のせいで」

「…………のせいかなあ?」

「さあね。……というと自滅だろありゃ。…………だと、そりゃ見限る人間も出てくるわ」

「……みたいに?」

「……ノーコメントで」

「ねえ。おっぱい触っていい?」

「脈絡なさすぎじゃない?」

「うわ。おっきい~!」

「おいコラちょっと……やめなさいっての」

 

 女性の傍らの方は、声のトーンが低いこともあり、やや聞き取りづらい。しかしそんなことより……パイオツカイデー、だと?

 ふむ。アリィちゃんか。これはちと、調査する必要がありますね……

 

「いいな。女として勝てる要素が一つもない」

「それは嫌味で言ってるのかな?」

「まさか。私も貴方のように、あるがままに生きたいんだよ」

「十分楽しんで生きてるように見えるけどな。私より」

「フフフ。わかってないなあ……乙女心が」

「それを言うなら……って。ん? ちょっと」

「何……モゴモゴ」

「衝立の向こう……妙な気配がする」

 

 ピクリと俺は耳をそば立てる。

 まずい……魔力を察知されたか? いかん、ひとまずここは戦略的撤退――

 

 いち早く更衣室へ退散しようと思ったそのとき、ドゴォ!! と強烈な音がして、目の前の衝立が粉々に砕け散った。

 同時に、「どえー! ちょいちょいちょい!」というトーンの高い方の女性の声がこだまする。

 

 ……は?

 

「人がくつろいでる時に襲撃たァ、いい根性してるわねえ。どこの回し者だ……って、あ?」

 

 目を疑った。

 バレッタで束ねられた蒼く銀色にも近い美しい髪に、タオル越しにもはっきり主張してくる胸部の双丘。

 

 今や勇者の仲間となった女神官アリシアが、そこにはいた。

 

「へ……どうしてアンタが、こんなとこに……」

「あ、ハイ。どうも……ご無沙汰してます」

 

 お互い三秒くらい硬直したのち、アリシアは軽くため息をついた。俺の貧相なキンタマにガッカリしたのだろうか。

 そんな邪推を察したのか否か、彼女はゴキッと指を鳴らす。

 

「まぁアレだ……とりあえずくたばっとけ」

 

 間断許さず、手刀らしきものが振り落とされ、俺の意識はそこで途絶えた。

 

 

    *

 

 

 虚ろな視界の先に、ぼんやり明かりが灯る。

 見知らぬ天井――ではなかった。ここはおそらく……風呂屋の更衣室か?

 

「目ェ覚めたか」

 

 声がした方へ顔を向けると、アリシアがいた。

 ロッキングチェアーに腰掛け、肘当てに頬杖をついている。すでに浴衣に着替え、長い髪を無造作に下ろしていた。

 

 俺はおもむろに上半身を起こし、そこでようやく、下半身にタオルがかけられていたことに気付く。つまりタオルを取れば、俺は全裸である。

 俺はすっと、アリシアに視線を戻した。

 

「……お前、見たのか?」

「あ?」

「そうか、見たのか……アリィのエッチ! ヘンタイ!! ドスケベ!!!」

「はあああ?!」

 

 アリシアはいきり立って席を立つも、俺がタオルで顔を覆い、股間を丸出しにした状態で悲しみに打ちひしがれていたので、慌てて視線を外した。

 

「あーもう、目覚ましたんならさっさと着替えなさいよ。調子狂うな……」

「ひどい。あんなことしといて、私とはやっぱりその場限りの――」

「いいからさっさと着替えんなさいよ!」

 

 さすがにこれ以上やると、いい加減マジでぶっ飛ばされるなと思ったので、大人しく着替えることにした。

 

「そもそもなんだが……お前何でここにいるの?」

「そりゃこっちの台詞だっつーに」

「俺はまあ、色々あって陸路をエッチラホッチラ、はるばるやって来たんだよ」

「ルナティアからカトブレスまで船出てんじゃん。乗れよ」

「君たちみたいな特権階級と一緒にしないでくれる? しがない庶民は、せいぜいアルルまでの三等客室の運賃しか払えんのだよ」

「……どこまでも遠回りが好きなのね」

「それよりお前、クロノアの仲間に選ばれたんだって?」

「よくご存じで」

「いやー、僕も鼻が高いですわ。なんたって次世代を担う英雄にグーで殴られたんですからね。一生の思い出です。トラヴィスさんは元気ですか? その節は大変お世話になりましたとお伝えください。君の気配りには、心底感謝していますとね」

「……うぜぇ」

「アリィ」

「誰がアリィじゃ」

「お友達はどうした? ツレがいただろ」

「ああ……アイツは別に――」

 

 とかなんとか言ってるうちに、のれんの向こうから声がした。

 

「おーい、アリィ~! ニケくん目覚ました~? こっちは番頭さんにちゃんと話して、今日はもうお店閉めてもらうことにしたから~。アリィも後でちゃんとこっち来て、謝るんですよ~!」

 

 俺とアリシアは無言のまま、一瞬だけ目を合わせた。

 

「オカンみたいな友達だな」

「ありゃ半分面白がってんのよ。どうにも腹の底が読めんヤツでね」

「ちなみに謝るってのは、お前が衝立を壊した件のことだと思うが、お前はその前にまず俺に謝るべきだと強く思うな。ただ風呂に入っていただけの善良な一般人を襲うなんて、貴様それでも正義の味方か」

「聞き耳立ててたスケベが何言ってんのよ。衝立越しにも、邪気が伝わってきたっつーに」

「邪気? 男気と言ってくれないかね」

「死ね」

 

 言い残すや、アリシアはスタスタとのれんの向こうへと消えていった。

 俺はやれやれと嘆息し、やれやれと荷物をまとめて、やれやれとタオルを首にかけ、やれやれと歩き出す。

 

 やれやれ。

 

 のれんをくぐり、待合室に出ると、右手の方から、「いいのよそんな気にしなくて」、「いえ申し訳ありませんでした。全力で弁償させてください」との話し声が聞こえてきた。アリシアと番頭の女将だろう。

 アイツ、人にちゃんと謝るとかできたんだな……

 

 ふと左手の方へ視線を向けると、ロッキングチェアーでぐらぐら揺れてる女の子と目が合った。

 彼女が口を丸くする。

 

「お」

 

 肩に流れる程度の、ピンク色のふわふわクルクルヘアー。くりくりのパッチリしたお目々に、テカテカしたカラフルな付け爪。

 熱いのか、わざとやってるんだかよくわからん着崩した浴衣に、膝の上で組まれた美しいおみ足。

 

「お~! 君がウワサのニケくん? ははっ、本当にクルクルじゃん。私と一緒~♪ ウケるんだけど~」

 

 赤い実がはじけたように、彼女はケラケラ笑っていた。俺は両目を細める。

 

「……クルクル?」

「髪の毛。私も君と一緒で癖っ毛なんだよね~。これよく勘違いされるんだけど、生まれつきなんだよ。巻きたくて巻いてる訳じゃないんだよ」

「へぇ、なるほど……」

 

 女の子は指先でクルクルと、肩にかかる髪の毛をいじっていた。

 

 陰に生きる者特有のスキル、何の発展性もない同意と、「なるほど」感がこれっぽっちもない「なるほど」の二連コンボがオートで発動し、またぞろ初見の者を無慈悲に斬り伏せてしまうが、彼女は全く意に介していないようだった。

 此奴……中々の実力者とお見受けした。

 

 少し視線を外すと、壁に立てかけられている剣が目に入った。

 刀身が納められた鞘は、何と言うかこう……光り物がちりばめられてデコられて、「きゅぴきゅぴルンル~ン♪」していた。

 

 むぅ……さすがにここまで揃えられると役満(フルハウス)か。

 まあ、アリシアがあそこまで過度に警戒していた時点で、何となく察しはしていたが……

 

 壁際の長椅子に腰掛け、この店のサービスでもある霊泉場から汲み上げられたキンキンに冷えた水、略してキンキン水をごくりと飲んでから、俺は言った。

 

「あなた、騎士王ですよね?」

「よくわかったね~。いかにも! 余がアヴァロニア第二十六代目騎士王である! 以後お見知りおきを~♪」

 

 ビシッと、脇を閉じて二本の指をこめかみに当てる大陸式の敬礼。

 俺は思った。

 

 軽っ。

 めっちゃ軽っ!

 

「王様が、こんな所にいていいんですか?」

「いいんじゃない? ある意味最強の護衛もいるし、別に減るモンでもなし……って、あ! そのタオル!」

 

 彼女は椅子から乗り出すと、俺の首にかけたタオルをがしっと掴んだ。

 

 例のモヒーニキから買った(買わされた)、可愛らしいコウモリのイラストが入ったタオルである。

 公演が終わってから、身体ふきふき風呂用タオルとして使い回していたのだ。

 ちなみにモヒーニキにそれを言うと、「お前はそのタオルを何だと思ってるんだ」と小一時間説教を食らった。タオルを純粋にタオルとして使ってるだけなのに、僕のどこに落ち度があるんですかね……

 

「私のヤツじゃん! どこで手に入れたの? なになにニケくんってば、私のファンだったりするの?」

「これはその、こないだカトブレス劇場に行ったときに買って……」

「え? うそ、最終公演見に来てくれてたの?」

「あ、はい……綺麗な歌声で。すごくよかったです。めちゃくちゃ感動しました」

「ホント~? やだ、超嬉しいんだけど~♪」

 

 そう言って、俺の肩を揺すぶってくる騎士王。

 

 グイグイ来るなコイツ……おかげで着崩した浴衣の合間から覗く、胸の谷間が気になって、オラ全然会話に集中できねぇぞ……

 あと笑ったときに見える八重歯が可愛い。

 

「今日はまた、あの時とだいぶ雰囲気が違うんですね……」

「そりゃそうじゃん。あの時は外向け、今は内向けっていうか」

「アリシアみたいな?」

「うーん。アリィほどスイッチが極端っていうか、ゼロか百しかない人は珍しいと思うけど……女の子は、大体みんなそうなんじゃないかな。相手や状況によって、いくつものペルソナを使い分けているのだよ」

「そういうの、辛くないっすか? 俺だったら疲れて、一年後に自分探しの旅に出ますね」

「もう出てんじゃん! ウケる~」

「ハハッ。確かに出てたわ」

 

 なんか知らんが、会話が盛り上がってしまった。

 上手く立ち回ったと言うよりは、上手く転がされたようなこの高揚感……やりおるわ。

 

 騎士王はロッキングチェアーから立ち上がり、俺のすぐ隣に座った。そして両膝を組む。

 近いよ。あと何で俺の手に手を重ねてくるの。おじさんをからかうのもいい加減にしなさい。

 

 彼女は下から覗き込むようにして、俺の目を見た。

 

「ねえ、ニケくんはアリィとどういう関係なの? 色んな人から聞いた話だと、普通の知り合いってカンジではないよね~」

「普通とは? まずはその定義を教えていただきたい」

「しらばっくれないで。ずっと気になってたんだから」

「アリシアに聞けばいいでしょう」

「聞いても教えてくれないんだもん」

「そりゃそうですよ。話したくもないんじゃないかな」

「なんで?」

「まあその、ロゼッタにいた頃に色々……最悪な別れ方をしたもんで、まだお互い腹の底に気まずさがあるというか……」

「……」

 

 騎士王は俺から身体を離し、うつむき加減に正面に向き直った。それから、ピンと人差し指を立てる。

 

「なるほど。つまり二人は付き合ってたんだね」

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